8月は終戦特集が組まれる月。
 私は終戦の年の8月(10日)生まれ。それだけにこの時期のことは看過できません。
 その意味で歴史ミステリー研究会編「終戦直後の日本」(彩図社)を興味深く読みました。

終戦直後の日本   

 一昨日(08/06)は広島に、明日(08/09)は長崎に原爆が落とされた日です。
   
 しかし当初、日本政府はこれを徹底的に隠しました。
 新聞は政府の検閲を受け、広島の惨劇を小さな見出しで「若干の被害」と書き、長崎は2日後に「比較的僅少なる見込」と伝えただけ。
 政府としては、悲惨な現実を知った国民が戦意喪失することを何よりも恐れたからです。
  

 新聞紙上に初めて「原爆投下」が発表されたのは8月11日になってから。
 政府は報道規制を解除して、アメリカ軍機が広島と長崎に落としたのが新型爆弾であること、その威力が毒ガス以上であることを発表しました。

 しかし日本が連合国に敗れ、その統治下におかれると、GHQは原爆に関する報道をいち早く封じました。原爆による大量虐殺は、アメリカにとっては世界に隠しておきたい事実だったから。
   

 ところがイギリスのデイリーエキスプレス紙の特派員記者が広島に入り、地獄のような惨状を記事にすると、GHQは直ちに報道管制を敷き、外国人記者の広島と長崎への立ち入りを禁じました。

 実は長崎に原爆が投下された直後の8月10日、日本政府は「これは国際法違反の非人道的行為だ」と、スイス政府を通じてアメリカに強く抗議しました。
 しかしアメリカ政府は、日本軍が連合国捕虜を虐待していることを理由に、原爆投下を正当化しました。
           
 さらに国内では原爆被災記録映画をつくろうとして日本映画社が広島と長崎に入り撮影したところ、そのフィルムはすべてアメリカ軍に没収され、原爆の恐ろしさを世に広めることはなかったのです。

 以上は同書の「第4章・勝者と敗者」のなかの「原爆の報道に目を光らせたアメリカ」の項に書かれていますが、これだけではなく、「その日、人々は玉音放送をどのように聞いたか」「幻に終わった日本分割占領計画」「解体された巨大財閥」「皇室に対する厳しい対応」など、「そういうことだったのか」と頷くことも多い。
          
 むろんすでに承知のことも記載されていますが、それはそれで再確認として、私としては8月に読んでおきたい一冊です。
  
   

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