2017.06.29 心斎橋の変遷

 大阪のシンボル戎橋を境にして、南を戎橋筋、北を心斎橋筋といいます。
 では心斎橋という橋はどこにあるかというと、心斎橋筋の北端・長堀通り(昔は長堀川)に架かっていました。

心斎橋筋北端   

 心斎橋筋商店街公式HPによると、
 元和8年(1622)長堀川の開削後、南北を結ぶ木の橋がつくられ、開削者の名をとって心斎橋と呼ばれた。長さ18間(約35m)幅2間半(約4m)。
    

 明治6年(1873)ドイツから輸入された鉄の橋が架け替えられた。

鉄の橋(明治6年完成) 

 当時の大坂では鉄橋は珍しかったので見物客も多く、錦絵も描かれている。

鉄の橋の錦絵 

 明治42年(1909)石橋に架け替わる。
 和製でありながら、西洋の街の橋を意識した趣向を凝らした橋で、渡り初めには多くの人が押し寄せた。

石の橋(明治42年完成) 

  この石橋は昭和39年(1964)長堀川が埋め立てられるまで55年間、橋としての役割を果たしました。

昭和35年の心斎橋(4年後に埋められた)

 不要になった心斎橋は陸橋(歩道橋)に移築されました。
 私が心斎橋を見たのは陸橋になってからのことで、「昔の橋を歩道橋に活かそうとする発想はすごいな」と思い、大阪が好きになりました。
    

 平成9年(1997)、長堀再開発によって地下のショッピングモールが完成。
 歩道橋は不要になり、心斎橋の一部を中央分離帯などに残されるようになった。

旧心斎橋の親柱  

 立派な歩道橋がなくなったのは残念だけど、これも時代の流れ。
 親柱と欄干の一部が見られるだけでもよしとすべきことなのか。

石製の欄干 


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