2017.01.15 最明寺の由来

 初雁橋の近くに最明寺という寺院があります。
 天台宗のお寺で、山号は瑶光山。本尊は阿弥陀如来像。
  

 山門には今はやりのなごみ系のお地蔵さん。

最明寺・山門   

 山門をくぐると、片側には蓮のレリーフが並び、片方には灯篭が並ぶ。
 いかにも視覚を意識した寺だ。
 私としてはあまり好きではない。

灯篭とレリーフの境内  

 しかし最明寺HPに書かれた由来を読むと、
 鎌倉幕府二代将軍・源頼家は、北条時政により伊豆修善寺で暗殺されます(元久元年=1204)が、その二男である千寿丸は落ち延びて出家。瑶光房道円と名を改め、この地で草庵を結び貧しい生活を送ります。 
 それから50年以上の歳月が流れ、五代執権・北条時頼は出家して諸国行脚の途中、この地で老僧(千寿丸)に会います。千寿丸を気の毒に思った時頼は金150貫を寄付し、時頼の法名(最明寺入道学了道崇)をとって創建された(弘長2年=1262)のがこの最明寺です。
  

 うーん、ええ話や。

本堂   

 その後、最明寺は江戸時代(慶長14年=1609)、天海により天台宗喜多院の末寺になりました。

苦抜地蔵   

 境内には至るところにお地蔵さんや観音様が建てられています。

 子安観音

 しかし、これがどうも今風で……。
 あまり好きにはなれない。
 エピソードはいいんだけどねえ。

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