3年前の4月11日、私は彦根を訪れました。
 私の父方の先祖は彦根藩の下級武士で、曾祖父は鳥羽伏見の戦いで行方不明(戸籍上は明治3年失踪)になったと聞かされていました。
 したがって一度は彦根の地を訪れたい、と思っていました。
  

 ときあたかも桜満開の季節。
 彦根城と桜を楽しみ、その足で図書館へ行きました。そこで彦根藩士の名鑑を数冊出してもらい、いろいろ調べましたが、祖父と曾祖父の名前(と住居)は個々に見つかったものの、系譜はわからず、断念しました。

彦根城と桜    

 それでも城下町を歩きまわり、「ここが先祖が暮らしていた地なのだ」と思うと、感慨深いものがありました。

 それから3ヶ月ほど経って、京都の同窓生4人と御茶ノ水で会ったとき、そのことを話すと当時我孫子に住んでいた友(今は愛知県在住)が、「お前、そんな怖いこと、ようするなあ。ワシにはとてもできん」というのです。
 というのも、彼の父親は秋田の出身で、あるとき何を思ったか、秋田の先祖の地を訪ね、非常に満足して帰ってきました。しかしその半年後に他界。
 母親は四国の人で、先祖の地を訪ね、やはり半年以内に亡くなったそうです。
  

 そのため彼は、「人間は死期が近づくと、先祖の地を訪ねたがる」、あるいは、「先祖の地を訪ねると、先祖の霊に呼ばれ、召されてしまう」と固く信じて疑わない。
 「そやからお前、半年以内にあの世へ逝くぞ」
 

 「そんなバカな」
 私は一笑に付しました。これはヤツ一流の都市伝説。
 先祖の地を訪ねたことで死ぬのなら、命がいくつあっても足らんわい。
 それに先祖の地を訪ねてぴんぴんしている人はいくらでもいる。

 私に関していえば、体調を考える限りとくに悪いところはないので、病気で死ぬことはまずないだろう。
 しかし人の死因は病気だけとは限らない。事故死だってあり得る。
 もし私が交通事故で死んだら、「見てみィ。だからワシのいわんこっちゃない」と我孫子のヤツにいわれかねない。
  

 ヤツの都市伝説は端から信じないけど、いらいチャリの運転は非常に慎重になりました。
 以前は前の信号が黄色に点滅していてもビューッと走り抜けたけど、今はちゃんと止まる。大きな通りを横切るときは車が止まってから。下り坂はブレーキを掛けながら降りる。
  

 信じてないといいながら、大いに気にしている。これでは信じているのと同じではないか。

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