<身辺>
 このところ周囲の旅立ちが目につきます。
 秋には、以前の句会の仲間で一緒に横浜へ行ったおじさん(印刷会社の社長)が他界されたと知らされました。ベーリックホールで女性がショパンを弾いてくれたのも、このおじさんが頼んでくれたからです。素朴な田舎のおじさんに頼まれては女性も断れなかったのでしょう。

 
 さらに郷里の同級生が相次いで。
 「あいつも逝ったか」「この人も……」
 そんな会話ばっかり。
 これまでまったく他人事のように思っていたけど、「明日は(今日は?)我が身」と考えるようになりました。
   

 それかあらぬか、友と別れるとき、「では、また(来年)」とは、なるべくいわないことに。
 我われにとって来年はない?
 (そんなこといったら、年末のあいさつ「よいお年を」もいえなくなる)
  

<徘徊>
 今年は2月には三浦海岸に赴き、念願の河津桜を観てきました。
 また3月には伏見の友への恩義に報いるため、藤沢市の鵠沼海岸から江の島へ歩きました。
 彼が高校の夏休みに過ごしたところを中心に写真を撮り、「今はこんなに変わったぞ」と。
 ついでに水族館やサムエルコッキング苑、岩屋洞窟など。
 紫陽花の季節には八景島を訪れ、金沢漁港にも足を延ばしました。(ここも友の高校時代、過ごしたところ)
  

 夏は念願だった鷹取山。磨崖仏も見られたし、神武寺までのハイキングコースは高齢者には厳しい洗礼を受けました。
 秋になって塚山公園から田浦へ降り、横須賀の海岸線を歩きました。
  

 また関西に行ったときは、これも念願の竹生島へ。
  

 そして一ヵ月前は、旧東海道を山王から戸塚まで。
 これは期待した割には大したことなく、よかったのは権太坂から富士山が見られたこと。
  

 これまで三浦半島で行きたかったところは、今年で果たしたので、来年はぼちぼちと鎌倉あたりを。
 (あとはあの世への下見?)
  

<健康>

 健康上はとくに問題ない。軽度の前立腺肥大で総合病院の泌尿器科へ行ってますが、尿、血液は問題なし。癌の心配もないといわれました。
 そのためか、それまで8週間置きだったのが、12週間置きに。
 薬局の人にいわせると、「それほど心配がなくなったから」とのこと。いいのかな。
  

 しかし7月に横浜・日本大通りで展示を見ていたとき、足が攣って参りました。
 足の攣りはこれまで何度かあったけど、このときは膝と足首が硬直して、座ること(膝を曲げる)ことができず、棒立ちになったまま。しかもビシーッと痛みが走る。
 「もう、ここでお陀仏か」と思いました。
 

 しかし、膝は曲げられなくても、小さな歩幅でゆっくり歩けば、なんとか歩ける。
 しかもそのほうが足が楽なので、ゆっくり歩き、それで山手通りを歩きました。(ただし上りは元町中華街駅のエレベーター利用)。
 それでイタリア山庭園まで行ってきましたが、これまでにない遅さ。
 ふつうに歩く女子高生に何人も抜かれました。情けないけど、思うように足が動かなかった。
  

 それ以来、遠出のときは医療用ストッキング(入院・手術のとき購入した)を着用することにしました。
  

 8月は鷹取山(横須賀)から逗子に降り、浪子海岸まで歩き、9月は安針塚駅から塚山公園(横須賀)に上り、そこから浦賀道を歩いてJR田浦駅まで行き、さらに海岸通りを歩いて横須賀駅(ヴェルニー公園)→どぶ板通り→三笠公園などを歩き回り、いずれも3万歩以上歩いたことになるけど、攣りそうになっても攣らなかった。
 これは旧東海道を歩いたときも然り。
 遠出のときは医療用ストッキングを手放せなくなりました。
 

<その他>

 PCには散々痛めつけられました。
 夏には突如ネットに繋がらなくなり、修正しようとあちこちいじっているうちにエラーが生じ、Outlookの記録がすべて消滅。いろんな人へメールを出すのに、すべて「相手待ち」状態になりました。
  

 それからちょっとした手違いで、保存したファイルの主要部分(湘南・三浦半島?)を消失させてしまいました。
 思い出すと腹が立つけど、「命が亡くなったわけでも、身内が亡くなったわけでもない。写真ならまた撮りに行けばよい」と思うようにしています。
 ということで、これについてはなるべく考えないことに。
 

 来年はどんな年になるのやら。(あッ、いってしまった)

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