喜多院の南にある仙波東照宮は普段は閉ざされていますが、日曜日は開いていて、境内に入ることができます。(ただし拝殿には上がれませんが)
 
 高さ五間の丘陵を築きあげた立派な社殿で、徳川家康が祀られています。
 これは家康が亡くなったあと、元和3年(1617)遺骨を久能山から日光に至る道中に川越の喜多院に寄り、天海僧正が4日間法要をあげたことから、その南の地に築き上げられたもので、日光、久能山と並ぶ日本三大東照宮のひとつです。

仙波東照宮への石段   

 ここは、わらべうた「あんたがたどこさ」発祥の地だそうです。
 私が覚えているのはこんな歌詞でした。
  

 ♪あんたがた どこさ 肥後さ 
 肥後どこさ 熊本さ 
 熊本どこさ せんばさ
 せんば山には たぬきがおってさ
 それを猟師が 鉄砲で撃ってさ
 煮てさ 焼いてさ 食ってさ
 それを木の葉で ちょいと隠す
   

 これは問答歌形式で、戊辰戦争の際、川越に駐屯した官軍の熊本藩兵士と地元の子どもたちのやり取りである、といいます。なるほど。
  

 キーポイントは、「熊本どこさ せんばさ せんば山には たぬきがおってさ」のくだり。
 兵士は熊本の「船場」の地名を答え、川越の子どもはそれに呼応して(せんばならこっちにもあるよ、と)「仙波山には」と引き取った。

拝殿   

 仙波山のたぬきとは、いわれているように仙波東照宮に祀られている家康のことでしょう。
 したがって「それを猟師が 鉄砲で撃ってさ」とは、「あなたたち官軍が徳川をやっつける」という意味。
 それ以降はすべて子どものセリフで、「煮てさ 焼いてさ 食ってさ  それを木の葉で ちょいと隠す」とは、「幕府側を焼き尽くし、江戸にさんざん狼藉を働いて、そうした事実を巧妙に隠蔽する」と推測されます。
 子どものセリフにしてはあまりに風刺が効いて、表現が小じゃれている。
 子どもが官軍相手にこんなキツイ皮肉をいうだろうか。

境内   

 これは、兵士と子どもたちの間にこんなやり取りがあったというより、想像でつくられたに違いない。

 ことば遣いからして作者は関東の人で、官軍の蛮行に対する皮肉を込めて、子どものことばに託したのではないか。

 私はそのように解釈します。

  

 この歌に関しては諸説あり、熊本発祥説はもちろん、同じ川越説でも当方とは違う解釈があることも重々承知しております。

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