天王町をあとにして、旧東海道を京に向かって歩きました。
 このあたりは環状1号と合流するので、道幅は広く、車の通行量も多い。
 それだけに旧道の風情はありません。

旧東海道(環状1号)   

 この辺りは寺院が多い。
 香象院、月光寺、天徳院、大蓮寺、遍照寺……など。
 そのうちのひとつ、遍照寺に入りました。

 遍照寺   

 ここは高野山真言宗のお寺で、号は医王山延壽院。
 創建年代は876年開山と伝えられ、寛永10年(1633)賢海僧正によって再興されたそうです。東国八十八ヵ所霊場27番。 
    

 境内には弘法大師の若き日の石像があります。
 「修業大師・生かせいのち」がそれ。

 修行大師・生かせいのち碑(遍照寺) 

 「四国八十八ヶ所ご霊所を巡拝するお遍路さんはこの修業大師を習っていると申せます」
 石碑にはそう書かれています。

保土ヶ谷駅前  

 そこから少し歩くと保土ヶ谷駅。
 この辺りは程ヶ谷宿があったところで、史跡も多い。(といっても看板だけ)

東海道五十三次・程ヶ谷新町入口(初代広重)    

 「問屋場跡」では、問屋場、助郷、高札場の解説。
 問屋場とは、大名行列の際の宿泊の手配や、飛脚、荷物運搬の手配を担っていたところで、宿場でも重要な施設だったとか。

問屋場跡   

 そこからほど近くに「金沢横丁道標」が4基あります。
 ここは金沢・浦賀往還(街道)への出入口にあたり、通称「金沢横丁」と呼ばれていました。
 4基の道標は次の通り。
 ①円海山之道(天明3年=1783・建立)
 ②かなさわ、かまくら道(天和2年=1682・建立)
 ③杉田道(文化11年=1814・建立)
 ④富岡山芋大明神社の道(弘化2年=1845・建立)

 金沢横丁の石碑

 そこから先は東海道線と交差し、その踏切を渡ります。

東海道線の踏切 

スポンサーサイト
Secret

TrackBackURL
→http://aitokodoku2.blog.fc2.com/tb.php/1394-bdfab7fe