所沢ではまだ不案内の狭山丘陵の北麓にやってきました。
 先ずは三ケ島にある中氷川神社。鳥居の形は神明社(伊勢系)です。

中氷川神社・鳥居   

 当社の由緒は、崇神天皇御代、大宮氷川神社より勧進され、日本武尊が東征の折に立ち寄って大己貴命と少彦名命の両神を祀った、と伝えられる。
 室町時代までは「中宮」、江戸時代は境内が細長いことから「長宮明神社」と呼ばれた。天正19年(1591年)徳川家康より朱印地を賜る。明治初年、中氷川神社へ改称した。(Wikipedia)

中氷川神社・参道    

 では「中氷川神社」とはなにか。
 これは大宮の氷川神社(本宮)と東京都西多摩の氷川神社(奥宮)の中間に位置するので、中氷川というのだそうです。

中氷川神社・拝殿    

 入ってみると、この神社は鳥居からの参道が長く、拝殿、本殿、さらにその奥に森林があって、境内が細長い。なるほど、「長宮明神社」か。

中氷川神社・境内    

 この神社には拝殿の奥にいろんな境内社があり、山王社(大山咋命)、八坂社(須佐之男命)、稲荷神社に並んで、神明社(天照大御神)がありました。

  神明社  

 その奥に戦後間もなく暴風雨によって倒れて枯死した御神木のケヤキが保存されています。
 樹齢1000年だそうです。

欅の御神木   

 またここには、当社神官の子女で歌人の三ヶ島葭子(みかじまよしこ)の歌碑があります。
   

 はるのあめ けぶるけやきの こずえより をりをりつゆの かがやきておつ

三ケ島葭子の歌碑   

 歌碑は平仮名ですが、漢字を入れると、

 「春の雨 けぶる欅の梢より をりをり露の かがやきて落つ」
  

 うーん、いい歌だ。(アララギ派の歌人だそうです)
  

 ところで所沢市にはここより3kmほど東、山口にもうひとつの中氷川神社があります。
 「中氷川」と名乗るからには、当社同様「本宮と奥宮の中間」説をとっていると思われます。
 機会があれば行ってみましょう。

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