代々木八幡宮は代々木公園の裏手の小高い丘の上にあります。
 八幡神として応神天皇を主座に祀り、天祖社・天照大神、白山社・白山大神を配祀するとのこと。

 代々木八幡・鳥居  

 社伝にはこうあります。(意訳)
 「元久元年(1204)源頼家が修禅寺で暗殺され、家来だった荒井外記智明は武蔵野国代々木野に隠遁し、主君の冥福を祈る日々を送っていたが、建暦2年(1212)鎌倉の八幡大神から宝珠のような鏡を授かり、託宣を受ける夢を見、元八幡の地に祠を建て鶴岡八幡宮より勧請を受けたのが始まりである」

代々木八幡・境内 

 ふーむ、鎌倉の鶴岡八幡宮とつながりがあるのか。

 代々木八幡・拝殿  

 そのむかし代々木の月のほととぎす
  

 どうじゃ、名句であろう。
 といっても私がいっているのではない。
 これは境内にある臼田亜浪(うすだ・あろう)の句碑。
 亜浪は一時期、代々木山谷(現在の代々木3丁目)に住んでいたことから、彼の主宰する「石楠花(しゃくなげ)」の同人有志が 会の創立20周年を記念して、昭和9年に建立したもの。 

臼田亜浪の碑   

 句の解釈ですか?
 そのまんまということで……。
  

 またここには「訣別の碑」という燈篭があります。
 代々木深町(今の代々木公園)に陸軍練兵場ができるため、移住を余儀なくされた住民が別れを惜しんで訣別の言葉を刻み奉納した燈篭です。明治42年1月建設。 

 訣別の碑  

 さらにここには縄文時代の復元住居があります。
 これは昭和25年の発掘調査で、多くの土器や石器とともに縄文時代の住居跡とその中に掘られた柱穴が発見されたものを復元したものです。
 今から約5000年前、神社のある丘陵地(標高32m)に多くの人が集まり、集落をつくって暮らしていたことが想像されるとのこと。 (渋谷区の史跡)

 縄文時代の復元住居  

 うーん、いろんなものがあってよくわからんけど、この小高い丘に縄文時代の集落があったことはわかった。

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