富の神明社から2.5kmほど西に行った、富岡中央通りと県道川越・所沢線の交差点。
 その近くに「牧水の歌碑」(若山牧水)の看板が。

牧水の歌碑の看板 

 牧水の歌碑は神社の脇の竹藪の奥にあります。
       

 のむ湯にも焚火の煙匂ひたる 山家の冬のゆふげなりけり
   

 ※ゆふげ(夕餉)夕食のこと。

神社

 なぜこんなところに牧水の歌碑があるのかというと、ここは牧水の祖父・健海の出身地。
 若山健海は、文化8年(1811)所沢市神米金の農家に生まれ、長崎で西洋医学を学び、宮崎で医院を開業。 その後、オランダ人モーニッケより種痘の方法を学び、宮崎で実施。日本における種痘の先覚者としてその名を残しています。

ここから入る    

 若山牧水(1885~1928)は宮崎県で生まれ、早稲田大学に入学してから短歌の才能を発揮し、多くの歌を発表しました。ここ所沢の祖父の生家にも数回訪れています。(所沢市図書館HP)
 そうした縁もあって、昭和53年(1778)ここに牧水の歌碑が建てられました。

竹藪   

 ところでこの竹藪の屋敷の持ち主は?
 表へ回って表札を見ると、若山さん。えッ?
 それもそのはず、ここは若山健海の子孫が営む農家で、地名も所沢市神米金(かめがね)。なるほど。

表札   

 牧水といえば旅を愛し、各所で歌を詠んでいるので、日本各地に歌碑があります。
 埼玉県でいえば、秩父市・羊山公園には、
  

 秩父町出はづれ来れば機をりの うたごゑつゞく古りし家竝に
  

 という歌碑があり、秩父の春を詠っています。

 牧水の歌碑  

 それに比べると、「のむ湯にも……」は所沢市神米金で詠まれたものかは定かではない。
 むろん縁の地だから、いいんですけど。

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