川越まつりの日に、ふだん見られない「永島家住宅」(第3土曜日のみ公開)が公開されているとのことで寄りました。
 残存する武家屋敷としては埼玉県唯一とのこと。

永島家住宅    

 解説書によると、ここは城にも近く、南大手門の南西に広がる(中級)武家屋敷の一画で、川越藩の御典医(堤愛郷→石原昌迪)が住んでいたそうです。
 大正6年(1917)永島家がここに住むようになったので、「永島家住宅」と呼ばれるようになりました。

 玄関   

 しかし、正直いって、武家屋敷というよりあばら屋。
 台所には汚れたステンレスの流し台。最近まで人が住んでいたというから、仕方がないのかもしれないけど、いかにも中途半端だ。

台所(江戸時代のものではない)    

 見学者は屋敷に上がることはできず、庭を歩かされる。
 井戸には割と新しいポンプが。
 小学生が漕ぐと水が出てきた。

今でも水が出る井戸    

 御典医だったというだけあって、庭には薬草が植えられていたらしい。

庭には薬草が植えられていたと推察される    

 屋敷のなかは庭先から見るだけ。

見学者たち 座敷  

 興味を持ったのは「切腹の間」
 細長い四畳の板敷で、間取り図を見ると、比較的玄関に近く、屋敷の中央に位置している。
 この屋敷は次第に増築されていったけど、この部屋は建てられた当初からありました。武家の屋敷には必ずこういう部屋があったのか。常に覚悟しているという意味?
 一説には、御典医なので手術の際に使ったという説も。

 四畳間の向こうが切腹の間   

 下男部屋。
 意外に広い。しかも独自のトイレと台所がついている。当時の下男は恵まれていた?

下男部屋   

 全体的な印象をいうと、武家屋敷見学としては物足りない。
 「現存する」にこだわっていては、年月とともに朽ちていくのだから、むしろ建物を完全補強して、江戸時代の武家屋敷に復元するほうがいいのではないか。
 それにはかなりの費用がかかるけど、川越は観光客で潤っているのだから。

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