2016.10.15 竹生島②

 観音堂を出て急な階段を上ると、宝厳寺の本堂。
 明治以前の竹生島は神仏一体(都久夫須磨神社と宝厳寺)の聖地として信仰されてきたのですが、明治の神仏分離令によって独立しました。

宝厳寺本堂    

 ここに弁才天が安置されているとのこと。
 すると昨日UPした弁才天は本物ではなくてレプリカ? やっぱりなあ。

    

 境内には不動明王の銅像。
 その横には「竹生島流棒術発祥之地」の石碑。
 不動明王は龍剣を持っているので、関連しているのかと思ったのですが、そうではないらしい。
 この棒術についての由緒は長くなるので省略しますが、現在も存続しています。

不動明王    

 そこからさらに上ると三重塔。
 初代は1484年に建立されたのですが、江戸時代に落雷で焼失し、2000年「浅井郡誌」に基づいて再建されたもの。道理で朱塗りが鮮やかだと思ったよ。

三重塔   

 その近くにあるモチの木は、伏見城から都久夫須磨神社本殿を移築した際、片桐且元が自ら植えたものとされています。樹齢約400年。

 モチの木  

 参拝(観光)客の行けるところではこのあたりがいちばん高いけど、島の標高は197.27m。鎌倉の天園(大平山)159.4mより高い。
  

 さて、本堂の境内から下に降りるのですが、登ってくる人たちとすれ違うのが面白い。
 彼らはふうふういいながら急な階段を登ってくる。「祈りの階段」というけど、年寄りには地獄の(?)階段だ。

下りの階段    

 彼らは上りの分岐点を直進してきた人。
 当方は右の緩やかな道を、竜神拝所→本殿→観音堂→宝厳寺・本堂と、楽しみながら徐々に登ってきたのでそんな苦労はなく、あとは重力の法則に従って降りるのみ。楽なものだ。
 「頑張れ、頑張れ。もうひと息」
 と励ましてやりました。
 下りたところを振り返って見上げると、こりゃあキツイわ。もう一度上れといわれたら断ります。(どちらのコースをとろうと好き好きです)

下りたところから見上げる  

  中腹に「湖底深井・瑞祥水」の手水場があります。
 湖底壱百参拾米(130m)とあるから、動力で汲み上げているらしい。「名水」とのことで飲んでみました。横浜のワシン坂下で飲んだような味?

 湖底深井の瑞祥水  

 こうして下まで降りて船着き場へ。
 「ここから彦根港まで何kmあるのですか」と若い船長に聞くと、「直線距離で約12km。今津や長浜に比べると、最も遠い距離です」との答え。
 三笠桟橋―猿島(2km)の6倍だ。乗船料3500円は高くない。

竹生島の船着き場    

 「ふーむ、こうしてみると、竹生島は猿島とは違うなあ」
 当たり前だ。
 もう二度とくることはないと思うけど、「冥途の土産」になるような思い出の島でした。

竹生島をあとに    

 ♪波のまにまに 漂えば
 赤い泊火(とまりび) 懐かしみ
 行方定めぬ 波枕
 今日は今津か 長浜か
  

 こうして竹生島をあとにしました。

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