では、淵田美津雄(日本)とジェイコブ・ディシェイザー(アメリカ)が出会った聖書のことばとはなにか。
 それはルカの福音書23:34に出てくる
   

 「父よ。彼らをお赦しください。彼らは、何をしているのか自分でわからないのです」
   

 ということばです。
    

 これはイエスが捕らわれ、ピラト総督(ローマ支配下のユダヤの統治者)の前に引き出されたくだりです。
 ピラトにしてみれば、イエスの罪状はまったく見当たらない。しかし民衆は「イエスを磔にせよ!」と叫ぶ。その声に押されてピラトはイエスを処刑しようとする。そのときイエスが発したのがこの「父よ…………」ということばです。
   

 イエスが「彼ら」というのはユダヤの民衆。
 イエス一行は当時のユダヤの民衆のなかではほんの少数派で、とくにユダヤ教の掟(モーゼの十戒)を頑なに守ろうとする神官たちからは目の敵にされていました。民衆はその神官たちにそそのかされて、イエスの処刑を求めたとも考えられます。

 それにしても、このくだりを読んで啓発されるとは、よほどこのふたり(淵田とディシェイザー)には渇望していたものがあったのか。
   

 私も一応聖書は読み、このくだりも読んだはずですが、とくに何の触発も受けなかった。
 このあたりの感想としては、「ユダヤの民衆は愚かだなあ。それにしても何でこんなことになるのか。当時の社会状況はよくわからん」というものでした。いかに漫然と読んでいたか。
   

 そこでもう一度、「彼らをお赦しください。彼らは、何をしているのか自分でわからないのです」ということばを考えてみました。
   

 このことばだけでは、(私は)すぐに憎しみを克服できるものではない。しかし、こう考えてみてはどうだろう。(これから先は私独自の解釈です)
 「こんなヤツ、何もわかってないんだ。こんなヤツを憎むのはバカバカしい」
 こう考えると、憎しみが半減できそうな気がします。
    

 しかしこれは傲慢であり、鼻持ちならない「上から目線」ですが、相手を憎むよりはましだと考えます。
 憎しみに捉われるのはストレスにもなり、精神的によくない。
 上から目線の気持ちは態度に出さなければいいのだから。
   

 私はまだまだ未熟者。
 当分は「上から目線」で憎しみを半減するよう努力します。

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