仕事関係や親戚関係などは、いやだからといってそう簡単に断ち切れない。
    

 街の風景を記事とイラストで描く欄を某夕刊紙で受け持ったことがあります。
 あるとき編集部から、「いつも記事が遅いそうじゃないか」と編集部にいわれ、びっくりしました。
 聞いてみると、いつも絵が届くのが遅いので、イラストレーターに注意すると、「記事がこちらに届くのが遅いからだ」といったそうです。
 「あの野郎!」
 一緒に取材に行ったときは、けっこう和やかにやっていたのに。あれはただ調子合わせていただけで、編集部には平気でうそをいってました。
 腹が立ったけど我慢しました。仕事自体は面白く、原稿料もよかったから。
 ただしそれいらい私が単独で取材し、記事は編集部経由でイラストレーターに渡るようにしました。手間はかかるけどしょうがない。それによって憎しみは半減しました。
   

 その後、川崎の大衆演劇をテーマにしたとき、ある年配女性から編集部にクレームがきました。
 「あの絵に描かれた女は私だッ」というのです。この女性は夫がこの夕刊紙の愛読者で、イラストを見て、「これはキミのことだろ」といわれたそうです。
 どんな絵かというと、舞台に上がった年配の女性が歌っている役者に札束のレイをかけるところで、女性は眼鏡をかけていて化粧はケバく、笑いながら役者の股間に手を這わせている。
   

 それを見て愕然としました。
 こんな絵は取材先の劇場関係者に申しわけがない。もし下絵の段階で見せられたら、「こんな下品な絵はやめてくれ」といったでしょう。そもそも記事には女性の卑猥な行状など何も書いていないのに。
 それにしても何たる偶然。その女性はよく川崎の劇場に通っていたそうで、描かれた女性の風貌はこの女性によく似ていたそうです。
 それを機に、このイラストレーターは降ろされました。

 長々と昔話を述べましたが、仕事上でのトラブルは成り行きに任せるしかなく、そのたび憎しみを抱いてもしょうがない、ということです。
   

 親戚関係でいえば、身近に「こんなヤツ、この世から消えればいい」と思うほど憎い人間がいました。
 しかし「末期癌で苦しんでいる」と聞かされたとき、居ても立ってもいられず病床に駆けつけました。彼は私を見るなり、カッと目を見開き、いきなり握手を求めてきました。
 それからは堰を切ったように語り合い、完全に和解しました。
   

 しかしその一か月後、彼は他界しました。
 そのときの喪失感の大きかったこと。あれほど憎んでいたのに。

 こうしてみると、憎しみというのはいつまでも続くものではなく、何らかの「帳尻合わせ」によって薄れていくのではないか、と思うようになりました。
   

 とはいえ、未熟な私は今でも「こいつ、いやだな」と思うことがあります。
 直近でいえば、関東の人間に幹事を丸投げした郷里の小学校の同窓生と、こちらの頼みをケンもほろろに断った京女(同窓生)。
  

 しかしそれも関東の同窓生の「二度の打ち合わせの交通費と宿泊費は自腹を切ってはいけない」との計らいによって解消しました。
   

 丸投げした同窓生に対しては、「ありがとうよ。おかげで二度の京都見物を楽しめた」
 京女に対しては、「ありがとうよ。キミが出席してくれたおかげで、赤字にならずに済んだ」
   

 セコイと思われるかもしれませんが、こうした「帳尻合わせ」を心のなかでやることによって、憎しみは解消されるのではないか。

 しかしそんな帳尻合わせもできず、ひたすら憎しみを我慢するしかない、という状況もあろうかと思います。
  

 それが淵田美津雄(日本)とジェイコブ・ディシェイザー(アメリカ)が出会った聖書のことばです。

スポンサーサイト
Secret

TrackBackURL
→http://aitokodoku2.blog.fc2.com/tb.php/1299-2871ad2a