先週、川越の友から暑中見舞いのメールが届きました。
 「今日(08/04)は風天忌、渥美さんの亡くなった日(1996年没)です。彼は風天と号して俳句をたしなんでおり、つくった句が200句くらい残っているそうです。そのなかから私がまとめたものを送ります」
    

 送ってきたのは50句ほど。
 何気なく読んでみたのですが、「????」
    

 蟹悪さしたように生き

 ポトリと言ったような気がする毛虫かな
   

 これが俳句か。
 まったく他からの影響を受けてないし、句会での批評など寄せ付けないマイペース句。

寅さんの銅像 

 それでも、
   

 赤とんぼじっとしたまま明日どうする
   

 という句に接して、彼は動物の気持ちと同化しようとしていることがわかります。これまで俳人が踏み入れなかった分野です。

 それに、
    

 乱歩読む窓のガラスの蝸牛
   

 なんかは面白い。カタツムリが乱歩を読むなど、シュールな感覚。
 ロートレアモンの「ミシンとコウモリ傘との出会い」を思い出しました。
   

 動物の句と傾向は違うけど、私が好きなのは、
   

 村の子がくれた林檎ひとつ旅いそぐ
       

 4年前、天園ハイキングコース(鎌倉)で、地元(?)の子どもたちが「どんぐり獲ったんだよー」と泥だらけの手を通りすがりの私に差し出しました。
 それを彷彿させた句です。

どんぐりを差し出した子    

 天園での出来事はいつまでも心に残り、後の句会で
   

 どんぐりを挨拶代わりに差し出す子……(京一郎・作)
    

 という句を出したのですが、いい評価は得られなかった。
 説明的な句だったかな。
   

 川越の友の結びのことばとして、
 「渥美さんは自由律の俳人・尾崎放哉に憧れ、演じてみたかったらしく、句も影響を受けています。私はこれから放哉の作品を読み直してみます。熱中症に気をつけて下さい」
   

 私にとっては、なによりの暑中見舞い(お中元?)。
 涼しくなったら、彼の「放哉論」をぜひ拝聴したく思います。

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