私は学生時代から関東に暮らしていますが、如実に「東京人」との違いを思い知らされたのは、新宿の出版社に就職してからです。

 倉庫の整理を手伝ったことで、営業部のYという同い年の男と親しくなりました。
 キリッとしていなせな男で、笑うと人なつっこい顔になりました。
 そのYがあるときこんなことをいいました。「今度の日曜は三社祭(浅草)に神輿を担ぎに行くんだ」
 「えッ、神輿を担ぎに。日当でももらえるのか?」
 「ははは、そんなものはねえよ。ただ担ぎたいから行くだけよ」
  

 彼にいわせると、神輿担ぎは一種の趣味のようなもので、祭になるとあちこちから同好の士が集まってくる。といっても、そこの神輿の連中に顔を覚えられなければ、担がせてもらえない、とのこと。
 担ぐにしても位置取りがあり、本当は先頭で担ぎたいけど、ここは(危険でもあるし)よほど年季が入らないと任されない。

 しかし担いでいるときは無性に楽しいし、終わってからみんなで酌み交わす酒(これは神社の側から出る)が最高に美味い。彼は浅草だけではなく、大國魂神社(府中)、富岡八幡宮(深川)でも常連だとか。
 「危ないこともあったよ。府中のくらやみ祭のときは神輿が暴れて倒れそうになり、死ぬかと思ったよ」

大國魂神社のくらやみ祭   

 話を聞いていて、祭に対する京都と東京の違いを痛感しました。
 祇園祭で山車を引いているのは学生アルバイトである。しかしこちらでは無償の有志が神輿を担ぐ。
 そして「こんな男は京都には絶対にいない」と思いました。
 (思えば「日当もらえるの?」とは失礼な質問でした)
        
 
京都(少なくとも私の周囲)の人間がこれを聞いたら、「そんなしんどい思いして、危険な目にもおうて、よう行かはるなあ、一銭にもならへんのに。そんなにうれしいんか」というでしょう。

 息子が小学生のとき、学級委員の選挙の様子を聞かされたことがあります。
 担任が「学級委員、やりたい人」というと、「はい」「はい」「オレやる、オレやる」と(主に男子が)4~5人が立候補し、選挙で決めるというのです。
         

 4~5人が立候補するなんて、京都の小学校では考えられない。
 我われの小学校時代(中高もそうだったけど)はなり手がなくて、みんなで何人かを推挙して選挙に入るというものでした。それでも拒否する子が続出し、担任が説得してようやく決まる、というものでした。
        

 私は推挙されても頑強に拒否した口です。
 というのも母親からこんなことをいわれてました。
 「あんたはおっちょこちょいで気が弱いから、頼まれると断れへんやろ。せやけど委員なんかやったらあかんえ。勉強の妨げになるし、あんなんはうれしがりのやることや」
       

 「うれしがり」というのは関東弁での適切なことばは見つかりませんが、「浮かれ者」が近い?
 いずれにせよ、バカにしたことばです。

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