2016.07.11 七月の句

 今月の兼題は「睡蓮」ということで、いろいろつくってみたのですが、いずれも気に入らない。(参照

 睡蓮については印象に残る景色があります。
 3年前の6月、一橋大学(国立市)のキャンパスの池です。あれは睡蓮ではなかったか。

一橋大キャンパスにて    

 そのときはまだ咲いてなかったけど、あのベンチに座って池を眺めたら、いい句が生まれそうな気がする。
 例えば、
 ①校庭に睡蓮の午後読書かな
   

 「読書かな」では具体性がないので、「詩集読む」。それもまだ漠然としているから、詩人の名を出したほうがいいだろう、と浮かんだのは中原中也。しかしなあ。
   

 睡蓮について書かれた詩を調べてみると、ハイネが「睡蓮の花」という詩をつくっていることがわかりました。
 だったらハイネでいいか、と、
 ①‐aハイネ読む睡蓮の午後校庭で
  

 しかし「校庭」では漠然としているので、四阿(あずまや)にしました。
 ①‐bハイネ読む睡蓮の午後を四阿で

 某都知事が変な金の使い方をして辞任しました。
 その顛末を見ていたらこんな句が浮かびました。
 ②辞任して挨拶もなく走り梅雨
  

 追及されて辞任し、ろくに挨拶もせず都庁を去る。その直後に雨がザーッ(梅雨入りです)。
 あとは知らんわい。無責任な野郎だ。(実際は空梅雨でしたが)

 熱帯夜。寝苦しい。
 私はいつも扇風機の微風を、壁にバウンドさせて頭に当てるようにして寝るのですが、タイマーが切れると(2時間)、汗びっしょりで目が覚めます。そこで
 ③寝ては汗覚めては汗に夜を返す
  

 ふつうなら「夜を明かす」とか「夜を過ごす」にするのでしょうが、敢えて「夜を返す」としたのは「こう暑くてはおちおち寝られるか」という抗議(怒り?)の意味が入っています。
 「夜を返す」については、「爪弾きをやめ鈴虫に夜を返す」(友人の名句!)のように「譲る」という意味で使うのが本道ですが、私は「返上する」という強い意味で用いました。

 夕立にちなんだ句をつくろうと例句を見ていたら、目についたのが「長電話切るきっかけの夕立かな」

夕立(汽車道にて)   

 そこで、
 ④諍いを切り上げさせる夕立かな
 ④-a夕立に中断されし痴話喧嘩
  

 それよりも息子が小さかったころ、夕立がきてよろこんで外に出てずぶ濡れになったのを思い出しました。(幸福な父親だった時代です)
 そこで、
 ⑤夕立に濡れてはしゃぎし我が子かな
   

 あまりにベタな句だ。
 あのときは私も一緒に濡れたから、
 ⑤-a夕立きてはしゃぐ我が子に父も濡れ
 ⑤-b夕立来てはしゃぐ我が子と共に濡れ
  

 いろいろつくったけど、このなかから3句を選ぶとなると、
  

 ☆ハイネ読む睡蓮の午後を四阿で
 ☆寝ては汗覚めては汗に夜を返す
 ☆夕立来てはしゃぐ我が子と共に濡れ
  

 になりました。

スポンサーサイト
Secret

TrackBackURL
→http://aitokodoku2.blog.fc2.com/tb.php/1255-92d5b29b