前回「旧東海道を往く⑧神奈川歴史の道」の続きです。
 高札場のとなりは熊野神社。

熊野神社・鳥居    

 名前の通り、紀伊(和歌山)の熊野権現を祀った神社で、地元では「権現様」として親しまれているとか。
 「元は権現山(幸ヶ谷山上=幸ヶ谷公園?)にあったが、江戸中期に金蔵院境内に移り、神仏分離令により金蔵院から別れた」(解説書き)

 熊野神社・拝殿   

 ここの特徴は鳥居脇にある大きな狛犬。

「石造 大獅子 狛犬 嘉永年間 鶴見村石工 飯島吉六作」

 とあります。

 狛犬(左) 狛犬(右)  

 この狛犬が東海道を行き来する旅人たちを見守っていたのでしょうか。

 その向かいにある大きなお寺は金蔵院。(明治以前は熊野神社を別当していた)
 真言宗智山派に属し、神鏡山東曼陀羅寺と号す。
  

 醍醐三宝院の始祖勝覚僧正が開基となり、寛治元年(1087)に創建。
 慶長4年(1599)に徳川家康より寺領10石を拝領、多くの末寺を擁する中本寺格の寺院でした。

 金蔵院・境内  

 同寺は家康とは縁が深く、家康がここで梅の枝を手折った「御手折梅」があるとか。
 いらい毎年1月に当院の住職がこの梅の一枝をたずさえて登城するのがならわしであったといいます。(「神奈川区宿歴史の道」掲示より)

 金蔵院・本堂   

 なんとも風流な習わしだけど、ここから江戸まで、交通の便もよろしくないのに、ご苦労なことです。

大震災横死者供養塔   

 本堂の前に「大震災横死者供養塔」があります。
 これは大正12年(1923)の関東大震災のことで、震災後、同寺で大規模な慰霊祭が行われたそうです。

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