中津宮から奥津宮へ行く途中に「山ふたつ」という景勝地(?)があります。
 見晴らし台から見ると、両側に切り立った崖。中央に海が見えます。

見晴らし台  

 解説板にはこう書かれています。
 「江の島をちょうど二分する境となって いることから、俗に「山ふたつ」といわれています。  断層に沿って侵食された海食胴が崩落したことで『山ふたつ』が出来たともいわれています」

山ふたつの風景    

 解説の右には昔と今の江の島の図。
 これによると、江の島の地層の上部は関東ローム層。これは箱根・富士山の火山灰が堆積したもの。一万年前の江の島はもっと大きかったのですが、波の浸食によって削られ今の形になったらしい。

山側の景色     

 「山ふたつ」の説明はこれで終わり。
     
 それだけでは間が持たないので、ここにある
「福島漁村の句碑」を。
   
 原発の影響を受けた福島県の漁村と江の島とにどんな結びつきがあるのか、と不思議に思って説明を読むと、 
 「昔、この場所には江の島館という旅館があり、福島漁村はその旅館の主人でした。漁村は、間宮霞軒(中津宮境内に句碑あり)と同じく、恵比寿楼の永野泉山の門下で俳諧・歌学を学び、とくに優れた弟子でした。句碑は、漁村の三回忌である昭和31年(1956)につくられたものです。旅館はその後、火災により焼失しました」

漁村の句碑 

 漁村って人の名前(俳号?)だったのか。
 そしその句がこれ。
     

 貝がらも桜の名あり島の春
     

 桜貝そのまんまやないか。なんというベタな句。
 しかし、これがなかなかの名句らしい。
 ふーむ、俳句のことはようわからん。
     

 江の島や漁村もありて山ふたつ

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