「おや、こんなところに?」
 帆船日本丸から北仲橋を渡ると、左側に小さな公園。
 「北仲公園」といいます。
 いつも汽車道を渡るのでこの通りはほとんど通らないけど、こんなところに公園があったとは。

 北仲公園・入口   

 パイプの手すりなどを見ると、最近つくられたものらしい。
 しかし看板には「灯台発祥の地」と書かれています。

下へ降りるスロープ       

 説明書きを読むと、
 「明治2年、政府は西洋諸国の要望を受けて、ここ横浜元弁天(現在の中区北仲通6丁目)に燈明台(とうみょうだい)局を設置し、明治7年には燈明番(とうみょうばん=灯台守)の教育や、灯台建設のための試験灯台を設置した(意訳)」とあります。

 当時の燈明台局   

 そして当時の燈明台局の遺構である煉瓦が残されています。

煉瓦の遺構     

 洋式灯台の第一号は三浦半島の「観音崎灯台」ではなかったか? と思ったのですが、要するにここは全国の灯台の大元締め(本拠地)だったらしい。

 突き当りは第二合同庁舎   

 これについては、横浜公園の入口にある英国人土木技師R・H・ブラントン(1841~1901)の銅像の説明に、彼が灯台建設に心血を注いだと書かれています。

横浜公園入口のブラントンの像    

 燈明台局は昭和23年、海上保安庁燈台局として東京に移転しますが、それまでの約80年間、日本の灯台事業の拠点になっていたとのこと。
  

 ふーむ、そういうことだったのか。
    
    

 当時の石垣をそのまま残しているところもあります。
 それにしても、あまり知られていない地味な公園だ。

 古い石垣が残されている  

 解説板が設置されたのは「平成27年3月(海上保安庁第三管区海上保安本部)」とあるから、約一年前。
    

 歴史的な遺構の割には中途半端な扱いのように思うのですが……。

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