先日、某俳句会(近くの公民館)に出席しました。
 私の投句は
 ①病院を出て雨あがり花杏(花杏が兼題)
 ②宴あとを乗せて冥府へ花筏
 ③足跡を拾うてほつく磯遊び
      

 結果は、
 ①病院を出て雨あがり花杏……(1)◎←宗匠の特選
 ②宴あとを乗せて冥府へ花筏……(1)◎←宗匠の特選
 ③足跡を拾うてほつく磯遊び……(2)○←宗匠の並選
 (参加者7名/ひとり5選/数字は得票数)
    

 宗匠(老先生)はかなりの大甘ですが、今回の特選は2句。それがすべて私の句(並選はほとんどの句に)
 他の人は全然入れなかったのに、さすがに目が高い(?)。
    

 宗匠の評は、
 「①は、病院に入ったとき雨が降っていたのに、出るときは止んでいた。しかもきれいな杏の花が咲いている、と明るい気持ちが表れています。しかもお見舞いなのか診察なのか、どっちとも取れるところがいい。これを<見舞い>とか<診察>にすると説明的でよくない。惜しむらくは<出て>ということば。これが疵かなあ」
 「<出て>に関しては、こちらもいろいろ迷いました。<帰路>とか<帰途>も考えたのですが、どれもしっくりせず、やむなく<出て>にしました」
 「なるほど、そういわれればそうかな。これは直さずに通します。希望が感じられて、とてもいい句です」

新河岸川の花筏     

 「②はすごい句ですね、ただし宴のあとが冥府につながるのが飛躍のように思うのですが……」
 「これは無常観を訴えたかったのです。この齢になるとあの世が近くなる、そんな思いを花筏に託しました。先生もそれに共感したからこそこれを(特選に)入れたのでしょう」
 「桜の宴と冥府は違いすぎる気がします」と別の女性の声。
 「私にとっては宴と冥府はコインの裏表で同じなんです。新河岸川の花筏を見ると、いつも思うのは『行く川の流れは絶えずして……』の無常観。これを表現したかった」
 「なるほど、これは京一郎さんの哲学句ということで……」(一件落着!)
   

 そして③の句を採った女性の感想。
 「お父さんと小さな子が砂浜で人の足あとを踏んだり、追いかけたりして遊んでいるのでしょうね。なんだか可愛い感じがして、いただき(=採り)ました」
 「そう、可愛さが感じられる句です」と宗匠。
 「これは誰もいない砂浜で、ひとりのオジサン(ジジイ?)が人の足あとをなぞって歩くという孤独な行動。遊びといっても、それしかないのです」
 これには一同失笑。

砂浜    

 「さらにいうと、足跡は『そくせき』とも読みます。人のやったことをなぞって(思想的に)彷徨ってきたということをも表しています」
 これには一同「えーッ、そんな意味もあるの」とおどろきの声。
 「いやあ、そこまでは気づかなかった。だとするとこれも特選にするかな」(宗匠)
 (特選の大安売りはけっこうです)
   

 「私としては『可愛い句』といわれたことが意外でした。解釈は人それぞれなんですね」
 「そうです。句というものは、つくった瞬間から作者の手を離れるもので、解釈はまさに人それぞれ。だから面白いのです」
          
 
今回も票数は少なかったけど、これはみんなの見る目がないということで……。

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