言問い通りを南西に進むとだらだらとした下り坂(善光寺坂)。寺が多くて喫茶店はない。

善光寺坂 

 坂を下りると不忍通り(地下鉄根津駅)と交差し、さらに進むと今度は上り坂(弥生坂)。
 「あの向こう側はなんや」
 「東大工学部のキャンパスや」
 「ああ、ワシが入ったところやがな」
 「キミは赤門から入って正門から出ただけやろ」
 「はははは。ばれてたか」

 弥生式土器発掘ゆかりの地碑   

 「たしかここにあるはずやけど……、あったあった。しかし、これか」
 私が探していたのは「弥生式土器発掘ゆかりの碑」
 明治17年(1884)このあたり(東京府本郷区向ヶ岡弥生町=現東京都文京区弥生)から土器が発掘されたので、当時の地名を取って「弥生式土器」と名づけられました。
 しかし何の建物もなく、土器の展示もなし。拍子抜けしました。

根津神社・鳥居    

 こんなものを見るために、みんなに坂道を上らせたことを反省しながらも、くねくねとした細い道、急な「お化け階段」を下りて(悪いネ)、ようやく根津神社へ。
 「ここはつつじで有名やから、こようとは思ってたんや。つかし、つつじはどうかな」
 「まだ、満開というほどではないな」
 ということで、つつじは諦め、鳥居のトンネルへ。

つつじ苑   

 「伏見稲荷を思い出すな」
 「伏見稲荷ほどではないで。これやったら竹中稲荷(吉田神社)並や」
 「これ、私のことやで、乙女稲荷」
 「どこが…」(男たち、顔を見合わせる)

乙女稲荷の鳥居 

 仲間のひとりが「のど渇いたぞ」というのを、「もう少し待て」とだましだまし根津神社をあとにして、日本医科大付属病院の脇の細い道(やぶ下通)を北へ。
 この道は「森鴎外旧居跡」などがある風情のあるところなのですが、あまり風情は感じられず、徒労感が募るのみ。
      

 やっと団子坂に出ました。
 昔、坂の途中に評判の団子屋があったので「団子坂」とつけられたそうですが、今はむそれほど風情ある道ではなく、ただの自動車道。
            
 だらだらとそこを下りて再び不忍通り(地下鉄千駄木駅)に出ました。
 ここまでくると店が多いので、我われはやっと喫茶店に入ることができました。

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