朝倉彫塑館を出たのがお昼どきだったので、向かいのレストランで「薬膳カレー」を食べ、しばし休憩して(記事と写真は省略)南下。
                

 次に足を止めたのが「観音寺」なるお寺。
 立派な楠に惹かれて何気なく入ったのですが、「赤穂浪士供養塔」とあるのに興味を持ちました。

観音寺山門 

 同寺は慶長16年(1611)に建てられた真言宗の寺院で、赤穂浪士・近松勘六行重のゆかりのあるところ。ここで浪士たちが密談していたともいわれています。

赤穂浪士供養塔 

 「なんやこれは。『氏田町(うじたちょう)』っていうんか」
 「違うがな。これは右から『まちだうじ』と読むのや。下に違いダカの家紋があるから、多分播州浅野家の家臣やったと思うわ」
 「違いダカってなんや」と我孫子がスマホで検索すると、まさしく浅野家の家紋。二枚の葉っぱのような図柄は鷹の羽で、「違い鷹」というそうです。(初めて知りました)
 恐るべし所沢女の歴女力。

下の家紋が「違い鷹」 

 観音寺の南側の塀もなかなかの風情があります。
 これは「築地塀」といって、土と瓦を交互に積み重ねてつくられた土塀。さらにその上に屋根瓦が積まれています。国登録有形文化財に指定。平成4年には「台東区まちかど賞」を受賞。
 我われはここで記念写真。

築地塀 

 「この通りは寺が多いのやな」
 「なんとなく京都の雰囲気もあるね」
 「せんべえ屋さんも多いね」
 「団子屋とかイモ菓子の店もある。ええ匂いしてるかせな」
 「あかんえ。そんなん食べたらまた太る」
       

 江戸時代に建てられた質屋をギャラリーに改造した「すぺーす小倉屋」にも入りました。
 「なるほど、蔵やな。ひんやりしてるわ」
 「保管にはちょうどええのやろな」
 「これは浮世絵やな。うーん、役者の絵か。男と女の交合図はないのか」
 「それは春画や。ここにはないで」
 「お前が燃やしたからや」
 「それをいうな」
 当方の旗色が悪くなったので、早々にそこを退散しました。
            

 この通りは鼈甲細工の店や、オリジナル鞄店など珍しい店がいっぱいあり、あっち引っ掛かり、こっち引っ掛かりでなかなか進まない。
 それでも大通りに出て、ようやく「下町風俗資料館・展示室」に入りました。

下町風俗資料館・展示室 

 「懐かしいな、この看板」
 「これは酉の市で売ってる熊手や。こんな立派なものやと200万ぐらいするんやろな」
 「おッ、200万か。安いな。買おか」
 「ここでは売っとらん。酉の市にならんと」
 「そうか、残念やな」
 例によって与太話です。

昔の看板と熊手 

 我われとしてはティータイムを取りたかったのですが、向かいの「カヤバ」が満員だったため、諦めて言問い通りを南西に進みました。

スポンサーサイト
Secret

TrackBackURL
→http://aitokodoku2.blog.fc2.com/tb.php/1171-f71b3bbb