大綱金刀比羅神社から旧東海道を江戸に向かうと、JR東海道線にぶつかります。
 その線路沿いの高台にあるのが本覚寺。
本覚寺
 ここは1226年に臨済宗の寺として創建されましたが、神奈川湊を見下ろす格好の位置にあったため、戦国時代にはここをめぐって戦場になりました。
 曹洞宗の寺として再興されたのは1532年のことです
 
 江戸時代になると周辺は神奈川宿として栄えました。
 幕末の横浜開港時には、横浜港が一望できることからアメリカ領事館となりました。
青木橋 
 東海道線の線路を跨ぐ青木橋を渡ると第一京浜にぶつかりますが、その手前の宮前商店街(旧東海道?)を進みます。
宮前商店街 
 左側にあるのが甚行寺。ここは明暦2年(1656)に創建されましたが、幕末になって外国勢が入ってくると、フランス公使館にあてられたそうです。
 
 しかしここは関東大震災(大正12年)ですべての建物が倒壊焼失し、さらに横浜大空襲(昭和20年)で再度全焼しました。
 再建されたのは昭和46年(1971)になってから(「神奈川区宿歴史の道」より)とのことですが、本堂・客殿・敷地もコンクリートになってどうも味気がない。。
甚行寺 
 甚行寺からさらに歩くと左側に白い鳥居が見えます。これが洲崎大神。
 ここは建久2年(1191)、源頼朝が安房国(千葉県)一宮の安房神社の霊を移して祀ったことに始まる、と伝えられています。
 「江戸名所図会」によると、神社の参道の先が船着場になっています。
洲崎大神 
 幕末になって横浜港が開かれると、山道を大きく迂回する陸路は不便なため、横浜港と神奈川宿(今の青木橋周辺)を結ぶ航路が重要視され、この船着場は大いに賑わいました。
 むろんそれだけ騒動も考えられるので、警護に当たる陣屋も造られたとのことです。(「神奈川区宿歴史の道」より)

 その洲崎大神のわき道を入り、幸ヶ谷公園を抜けると浄滝寺に着きます。
 ここは文応元年(1260)、ここに庵を結んでいた妙湖尼が日蓮聖人に出会って帰依し、寺院を建てたものです。それにちなんで山号は妙湖山といいます。
浄滝寺・山門 
 ここも横浜開港期当初にはイギリス領事館が置かれました。
 こうしてみると、アメリカ、フランス、イギリスの領事館や公使館にはすべて寺院があてられていたことがわかります。
浄滝寺・境内 
 外国の行政事務をこなす施設として、当時は寺院しかなかったのです。
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