私にとって今年はいい年だったと思います。
 なんといっても生まれて初めて幹事を務めたこと。
 これはかつての(小学時代の)学級委員が投げ出したため、関東在住の当方がやらざるを得なくなったからです。

左が母校            

 最初は意地でした。
 しかし取手の友人が手伝ってくれるようになり、打ち合わせのために彼の運転で京都を2回行き来するようになると、次第に面白くなってきました。
 とくに栗東の歴史研究家(翁?)と旧交を温め、彼の案内で拝観した芭蕉ゆかりのお寺(義仲寺)が印象に残っています。

東名高速から見る富士山 

 同窓会は前夜祭から盛り上がりました。
 関東勢が同級生のお好み焼き屋に集まってオダを上げましたが、このとき中学の同級生と再会できたのが収穫でした。
 彼とは30年ぶり。「ここ一年体調を壊して休んでいたけど、ようやく体調を取り戻した」ということで、再会をよろこび合いました。

会場近辺           

 同窓会本番は所どころ不手際はあったけど、盛り上がりました。
 みんな再会をよろこび合い、時間の経つのも忘れてしゃべりっぱなし。

会場 

 私としては中学の同窓会では出席しなかった同窓生が出てくれたことが大きかった。
 自己紹介のとき、同級生の女性が「いつの間にか消息不明者にされてました」とスピーチしたとき、傍らで数人の女性が「よう調べはったな」と私語していたのには笑いました。調べた、というほどのものではないのに。
                 
 さらに武蔵野の元女子高教師と兵庫県の農夫の出席。
 このふたりは私とは交流があったけど、他の連中からは所在がつかめなかっただけに、同級生からは感謝されました。
 これで私の同窓会の目的の大半は達せられたといっていいぐらい。
              
 散会のときはみんなから感謝され、翌日になっても数人の友から続々と感謝のメール。
 取手の友からも「大成功や」といわれて、ようやくよろこびがこみ上げてきました。

会場のロビー  

 このように同窓会は無事に終わったけど、ここへきて中学時代親しかった友の訃報。
 「あんな屈強なヤツが……」
 彼は柔道でならした元気者だっただけにショックです。
                 
 来年はどんな年になることやら。

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