川越の繁栄は新河岸川の水運(物資の運搬)にあるといわれています。
 当時は旭橋の近くに船着き場がありました。
旭橋 

 その旭橋のたもとには「新河岸川河岸場跡」の立て札が建てられています。
 それによると、
 「寛永15年(1638)川越が未曾有の大火に見舞われ、喜多院や仙波東照宮一帯も火の渦に巻き込まれたため、その再建のために資材を江戸から新河岸川を使って運び込まれたのが舟運のはじまりとされている。その一年後、越藩初代藩主の松平信綱が改修し、水量を確保して川越―江戸間の舟運体制を整えた。川越からは醤油、綿実、炭、材木が運ばれ、江戸からは油、反物、砂糖、塩、荒物、干鰯などが運ばれた」

 解説の立て札
 橋の近くに船着き場跡がありますが、コンクリートと鉄柵、当時の面影はありません。
渡し場跡
 この写真はあとで撮ったものですが、私が見たときは数羽のカモが護岸で休んでいました。
渡し場のカモ 
 しかし近寄ると、みんなドブンドブンと川へ。
 怪しいヤツ、と思われたのでしょうか、岸から離れて行きます。
飛び込んで対岸へ 
 いかにもオレは怪しいよ。

 ここは新河岸川のイベントで舟を出す際は船着き場として利用されるようですが、ふだんはカモさんの休憩所になっているらしい。
渡し場跡から見る旭橋 
 「行ってらっしゃ~い」
 カモさんたちに呼びかけても彼らはまったく知らん顔。
 当方はカモの習性を知らんからな。
川を泳ぐカモたち 
 えッ、当方がカモってこと? 
 ふーむ、バードウォッチングとは自分をみつめることか。
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