川越城は昔は本丸、二の丸、三の丸とあって、濠で区切られていたのですが、その濠も今では埋め立てられて市街地になり、城跡は富士見櫓など所どころに見られる程度。
 しかし本丸御殿は残っています。
本丸御殿外観 
 本丸御殿がつくられたのは嘉永元年(1848)、江戸時代後半。天守閣はなく、入母屋造りです。唐破風づくりの玄関を入ると大広間(36畳)。
庭  
 手前には控え武士の詰所があり、奥に行くと坊主当番の詰所、さらにその奥に家老の詰所があります。
 「寒い!」
 靴を脱いで板の間を歩くので、足もとがスース―する。
 しかも戸が開け放しなので外気が入ってくる。
 昔はもっと寒かったというから、当時の武士はエライなあ。
廊下 
 家老詰所は奥の離れにあります。
 ひと口に家老詰所といっても、手前には記録方詰所があり、たくさんの部屋があります。
 なんと奥の間では3人の家老が評定(会議)中。
家老たちの評定の様子 
 「我が藩の財政はひっ迫しております。どのような再建策をお考えか」
 「お女中のリストラであろうな」
 「それは消極案でござる。むしろお女中たちを活用してセレブな遊郭をつくるのはいかが」
 「藩が郭を経営するとは無体な。たちまちお取り潰しになろう」
 「いや、そこはバレないように表向きは民間にして」
 「そんな上手くいくものかな」
 「いきますとも。どこかの国の元首はそれで大儲けしたといいますから」
 そんな評定が行われているかどうかわからないけど、いかにもそれらしく見えるから不思議。
奥の座敷 
 この家老屋敷、本来は長い廊下を渡ったところにあったそうですが、紆余曲折を経て、現在の位置に移築されました。庭の眺めもよく、上手く納まっています。
座敷から庭を見る 
 また玄関と広間が残っているのは、ここと高知城だけだとか。
 ふーむ、きてよかった。
広間  
 本丸や藩の評定すきま風

 本丸も会議もお寒うございました。当句に至りましても……。
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