伏見の友のいう「小田急ビーチハウス」は昭和31年(1956)7月に建てられました。
 当時小田急は片瀬西浜一帯にレジャー施設を建設し、昭和33年には小田急シーサイドパレス、昭和36年には小田急鵠沼プールガーデンをオープンさせました。(小田急80年史)
 小田急ビーチハウスは今はなく、駐車場になっています。
江の島周辺 
 こちらとしてはヤツの「青春の思い出」とやらの手助けになればと、漁港、江の島の写真をプリントしました。
 柴漁港に関しては金沢シーサイドラインから撮ったものしかないけど、これは仕方がない。
 それに金沢八景周辺の地図をコピーして郵送しました。
柴漁港  
 2日後、伏見から電話がかかってきました。
 「今日届いたよ。あんな写真いっぱい、悪いね。……ところであの漁港やけど、どうも金沢漁港という気がする」
 「やっぱりそうか。しかし、金沢文庫行きのバスはどこから乗ったんだ」
 「それが、よう覚えとらんのや。なにせ50年以上前のことや。それに辺鄙な漁師町やった。およそ横浜らしゅうない」
 「元町も中華街も行かんかったんか」
 「行かん。そんなとこ知らんかった。そもそも金沢文庫(称名寺)も行っとらんのや」
 「すぐ近くやないか」
漁港 
 「しかし、どうしとるかなあ。あの漁師の娘は」
 「そら、もう、今はええお婆さんや」
 「そんなことは考えとうないな。一緒に泳いだだけで、手も握らんかった」
 「ええつき合いやないか。それがいちばん心に残るんや」
 「そうかもしれんな」
金沢漁港
 話は今年2月に亡くなられた叔母さんのことに。
 「大往生やったらしい。なにせ100歳近い年齢や」
 「あの叔母さん、若いころはきれいやったんやろな」
 「そうや、ワシが行くたび旦那が変わってた」
 「ほう、それで老後はホームでひとり暮らしか」

 「子どももいなかったからな。ひとりになってもカクシャクとしてたのは信仰の力らしい」
 「それはホームの名前でわかった。聖書に出てくる地名や」
 「あの叔母さんには、ワシ、可愛がられたんや」
 「そやろな。あのときえらい喜んではった。叔母さん孝行したやんか」
江の島海水浴場 
 「それにしてもお前と話していると、当時のことが蘇るなあ」
 「それはよかった。年取ると、昔のことを思い出すのも脳の活性化や。これはアメリカの心理学者が実証しとる。……今年は無理やけど、来年になったら金沢漁港と江の島に行ってくる。ただし千恵子という女の消息については責任持てんぞ」
 「はははは」
 そんなやりとりで電話を終えました。

 伏見の友には、京都へ行くたび車で市内(主に南部)を案内してくれるので世話になっているので、これで多少は「恩返し」できたかな。
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