FC2ブログ
 昨日(02/27)エコパへ行く途中、民家の庭先で紅白の梅が咲き揃っているのを見かけました。
          民家の庭先の梅
 紅梅は色鮮やかで、
          紅梅
 白梅は枝ぶりがいい。
            白梅

 しかし今年は例年に比べて梅が遅いように思います。
 今年は暖冬とのことですが、私の感覚では南関東の1、2月は雪こそ積もらなかったものの、例年になく寒かった。
 それに乾燥状態が続きました。
 これが梅の開花を遅らせたのではないか。
    
 山崎公園だってそう。
 これも昨日(02/27)エコパの帰りに寄ったときの様子ですが、ようやく白梅が咲いて、何とか紅白揃いました。
          山崎公園の梅
 これは1週間前は紅梅のみで、白梅はつぼみ状態でした。
          一週間前の白梅のつぼみ

 もっとも遅かったのは梅だけではなく、三浦海岸の河津桜もそう。
 3年前の2月19日(金)は満開だったのに、今年の2月21日(木)はまだ七分咲きでした。
 他のところも似たようなものではないか。
    
 気象庁の予報では、「これからはどんどん暖かくなって、桜の開花も早くなる」というからそれに期待するしかないか。
 おっと、その前に梅がまだ残っていた。どうするかなあ。

      

スポンサーサイト
 小松が池の奥は農家の畑で、大半の人はここを通って帰ります。
 畑で植えられているのは大根、ブロッコリー、キャベツなどで、所どころに販売所も設置されています。
          野菜の販売所

 見渡す限りの大根畑。
          大根畑
 この地方の大根といえば先の太い三浦大根で、ここの特産(駅前のテント村で売られているもの)ですが、先が太いだけに抜くのが大変なので高齢化が進む農家から敬遠され、最近では先の細い青首大根が主流になっているといいます。
 
 ここでの最大の呼び物は「大根抜き体験」(200円)
 これに小さな女の子がチャレンジ。
 「おッ、いいぞいいぞ。よしよし」
 農家のお兄さんに励まされて、女の子は力を入れて引っ張る。
          大根抜きにチャレンジする女の子
 「上手上手、お嬢ちゃん、上手だねえ」(兄さんの乗せ方も上手い)
 上手く引き抜けて、女の子の得意そうな顔。
          上手く抜けた
 女の子の抜いた大根を見ると、先の細い青首大根。やっぱりなあ。
 これが先の太い三浦大根(白首大根)だったら、抜けたかどうか。

 他にはキャベツ畑も。
 これは春キャベツ?
          キャベツ畑
 一時期、キャベツが高かったけど、最近になってようやく安くなってきた。
 これからはたくさん食べたい。
          柑橘類も売られている
 とはいえ、荷物になるので買うのはやめました。
          遠くに小松が池の河津桜が見える
 畑からさらに歩き、振り返ると眼下に先ほど通った小松が池の河津桜が見えました。

 桜並木の中ほどに京急の線路の下に降りる石段があります。
          線路の下に降りる石段
 降りたところは一面の湿地帯。コンクリート製の小道を進みます。
          湿地帯に渡されたコンクリート製の小道
 
 細い道に出ますが、道なりに進むと池に出ます。これが小松ヶ池。
          小松が池

 ここも土手に河津桜が咲いていて、それが池に映ってなかなかの風情。
 この時期は露店も出て、大勢の花見客でにぎわいます。
          土手の河津桜①

 小松ヶ池の名の由来は、昔お松という働き者の嫁が姑に重労働を強いられ、それを怒った神様がこの一面に大雨を降らせ、そのため大きな沼になったという伝説があります。
     
 また小松ヶ池に関しては、池のほとりの記念碑にこう書かれています。
 「昔からこのあたりの農地の水源とされてきたものの、使用権がはっきりせず、三浦市の開発事業との間にトラブルが生じ、裁判によって和解が成立した」と。
 水をめぐる争いはいずこも同じ。
 競争相手(ライバル=Rival)ということばは、川(River)の水を取り合う相手というところからきているぐらいだから。
          土手の河津桜②
 みんな注目しないけど、ちょっとした歴史を紐解いてみるのも面白い。

         
 この桜並木、道路を挟んだ線路の反対側は小高い丘陵地帯で、畑が多く、所どころ住宅も見られます。
 その一角、駐車場と道路の境界に緑、白、紫の鮮やかな花(?)の植え込みが連なっています。
             道路と駐車場の境界に
 「これは何という花ですか?」
 売店の人に聞くと「葉牡丹クジャク(孔雀)です。これは花ではなく、葉っぱです」と教えてくれました。
             葉牡丹孔雀の植え込み
 葉牡丹クジャク? 初めて聞いたぞ。
 調べてみると、葉牡丹はキャベツやブロッコリーのようなアブラナ科の植物で、形状が牡丹の花に似ていることから「葉牡丹」と名付けられた。牡丹(牡丹科)とは違うとのこと。
 なかでも葉牡丹孔雀は観賞用(?)に品種改良されてできたものらしく、葉に切れ込みが入り、チコリという野菜に似ているのが特徴。
 色は大別すると、葉緑素の色素を持つ緑、葉緑素の色素を持たない白、アントシアニンの色素を持つ紫に分かれ、その鮮やかさから「孔雀」と名付けられたらしい。
            葉牡丹孔雀の花壇
 植え込みの突き当りは斜面になっており、葉牡丹孔雀の花壇になっています。
緑、白、紫の花が整然と並び、見事です。
            上から見た葉牡丹孔雀の花壇
 牡丹の花は春先に咲くけど、この葉牡丹は寒さに強く、この時期が盛りらしい。
 珍しいものを見せていただきました。

   
 この線路沿いを歩くと、電車が通過するごとにみんな写真を撮ります。
 なるほど、菜の花と河津桜と電車の取り合わせか。
 こちらもつられて撮るようになりました。
          目の前を電車が通過する

 これは紫陽花と江ノ電の取り合わせと同じか。御霊神社前では江ノ電が通過するたびにみんなパチリパチリと写真を撮るものなあ。
 しかし江ノ電と違って京急の電車ではちょっと風情に欠けるのでは?
     
 橋の上に行くと、写真マニアがずらりと待機しています。
 みんな三脚で固定し、望遠レンズで狙っています。ひょっとして撮り鉄?
     
 こちらはその背後に突っ立って、電車がきたとき、「ちょっと失礼」と欄干の隙間から撮らせていただきました。
 この構図は三浦市の観光マップに出ていた桜祭りの写真と同じで、あれはここから撮ったのだとわかりました。
          写真マニア(撮り鉄?)が好む構図
 その反対側からも河津桜越しの電車の写真が撮れます。
 こちらのほうが「ダイナミックでいい」というカメラ女子も。
          反対側から見る光景
 なるほど、手を延ばせば届くようなところに河津桜が咲いていて、その下を電車が通過するのもなかなかの光景。彼女たちにとってみれば、こちらのほうがインスタ映えするのかも。
     
 私としては橋の上から撮るよりは、地上の高さで桜を見るほうがいい。
 桜の下には菜の花も見られるし。
          菜の花と電車と桜①

 ところで京急の電車はいずれもここをゆっくり通過します。
 安全運転はわかるけど、それにしてもノロノロ運転。
 ははあ、これは撮る人に配慮してわざとゆっくり走っているのか、と思ったら、「あれは乗客へのサービスだよ。車窓から河津桜がじっくり見られるようにね」と写真マニアのおじさんが教えてくれました。
 なんだ、そうだったのか。
  
 所沢小手指の砂川堀を思い出しました。
 しだれ桜のシーズンになると、あの通りを老人ホームの車が実にゆっくりと走る。それも何台も。なかに老人が乗っているらしい。
          菜の花と電車と桜②
 京急の車窓から河津桜を見るのは老後(?)の楽しみにとっておこうかな。
 
   
 京急の線路沿いにきました。
          桜と菜の花の道
 ここには約1kmほどの沿線沿いに1000本の河津桜が植えられ、2月になると開花します。
 時期を同じくして菜の花も。この取り合わせが圧巻です。
          桜と菜の花が続く
 この河津桜は平成11年(1999)に地元の有志によって1000本の苗木を植えられたそうで、平成14年から「三浦海岸桜まつり」が行われるようになったとか。
          河津桜の説明がある広場
 この河津桜の道、上から見るとこんな感じ。
 いかに長いかがわかります。
          上から見た河津桜の道

 奥のほうまで行くと、菜の花が2列になっていて、この景色も素晴らしい。
          奥へ進むと
 振り返ってみる景色もなかなかのもの。
          振り返ってみる景色①

 思えば3年前の2月半ば、取手の友との電話のやり取りで、「河津桜のシーズンや。見たいもんやなあ」と話したことがあります。
 その数日後、この三浦海岸から「おう、今、三浦海岸にきとるのや。河津桜がきれいに咲いとるぞ」と電話したところ、「なんやキミは。この前『河津桜が見たいなあ』というてると思うたら、もう行っとるのか。キミは欲望の赴くがままに生きとる男やなあ」と呆れられました。
          振り返ってみる景色②
 そういっていた友は、昨年の暮れに亡くなりました。
 「欲望のままに~」は彼一流の諧謔ですが、もう聞かれなくなりました。
 できればもっと聞きたかった。
 今回ここへきたのはそんな思いもあります。
          写真を撮る人も
 前回きたのは2016年の2月19日。晴れて暖かかった。桜もほぼ満開でした。
     
 今回は七分咲きぐらい?
          河津桜のクローズアップ(七分咲き?)
 曇天で風も強かったけど、それもまたよし。
 
 こんな日でも河津桜を見にくるとは、ホンマに酔狂なヤッちゃな。
 やっぱりキミは欲望の赴くがままに生きとるのやなあ。

 そんな声が聞こえてきました。

              
 昨日(02/21)は天気が良くなるとのことだったので、早朝から東武東上線に乗り、降りたところは京急の三浦海岸駅。
          京急三浦海岸・駅前
 おーッ、咲いてる咲いてる。河津桜が。
          京急三浦海岸・駅前広場

 三浦海岸の河津桜といえば、京急沿線の桜並木が名所とされていますが、ここ駅前広場にも10本ほどの河津桜が植えられ、ちょっとした名所になっています。
 そのためここも花見客で混雑しています。
 スマホで桜のアップを撮る人、桜をバックに記念写真を撮る人。
          写真を撮る人たち
 通は電車が通るのを桜越しに撮る?
          桜越しに通過する電車

 今の時期は桜祭りと銘打って、広場にはテント村が設けられ、地元の特産品(大根焼酎、桜おこし、桜どらやき……など)が販売されています。
          駅前のテント村
 ここでの注目は地元の名産、三浦大根。
 大きい。それも先が太い。
          地元名産・三浦大根
 私が駅前の八百屋で買っている大根の4倍はあるのではないか。
 価格は300円。妥当な値段なのだろうけど、食べきれないよ。
 重いので、買う気は端からありません。
          河津桜・クローズアップ

 この日は天気予報に反して朝から曇天。しかも風が強く、けっこう寒い。
 これはここ三浦地方だけのことなのか。
 ともあれ、河津桜の名所とされる京急の線路沿いへ向かいました。

    

 日本庭園にも寄りました。
 池あり、築山あり、滝あり……と変化に富んでいて、なかなか風情のある庭園です。
 ここにも数は少ないけど、梅の木があります。
          航空公園の日本庭園

 2年前はここで「松竹梅」を発見し、「これはめでたい」と高らかに謳ったことがあります。
 今年も見られました。これがそう。
 左に梅、奥に竹、右手前に松の配置です。
          松・竹・梅の配置

 松竹梅(しょうちくばい)は、慶事・吉祥のシンボルとして松・竹・梅の三点を組み合わせたもので、日本では祝い事の席で謡われたり、引出物などの意匠にも使われてきた。もともとは中国の「歳寒三友」が日本に伝わったものである。(Wikipedia)
   
 この日本庭園には彩翔亭という茶室があり、その庭先に紅梅が見られます。
          茶室の紅梅
 その縁側で茶を喫しながら梅を見るのもなかなか乙なもの。
          紅梅を楽しむ人々
 ほっこりしていて、これぞ老後の幸せ。
 「梅園」の看板前で弁当を広げるよりは、はるかに風流だぞ。

       
 あちこちで梅の花が咲き始めているとのこと。
 一昨日(02/18)は天気もよく、暖かかったので、航空公園に行ってきました。
 園内には梅園があり、 梅の木が30本ぐらい植えられています。
    
 梅は、と見ると、紅梅とピンクの梅が少し。
          航空公園の梅園
 これはピンクの梅。
          航空公園の梅園・ピンクの梅
 白梅も咲いていたけど、少ない。
 まだ早かったかな。
          航空公園の梅園・白梅

 梅見客もいましたが、「梅園」の看板の前で堂々と。
 露骨というか、あからさまというか。
          航空公園の梅園・梅見客
 梅が堪能できる場所としては、ここが最適なので悪い選択ではないのですが、いささか無粋ではあります。
 もっともこのグループにしてみれば、粋もヘチマもないのだろうけど。

 富士見櫓に行ったからには本丸御殿に行かねばなるまい。
 川越城は、昔は本丸、二の丸、三の丸とあって、濠で区切られていたのですが、その濠も今では埋め立てられて市街地になりました。
          川越城本丸御殿

 この本丸御殿も明治になって解体されましたが、いろんな経緯を経て、この地に移築・再現されたようで、当時の姿そのままというわけではありません。
          御殿内の廊下

 本丸御殿がつくられたのは嘉永元年(1848)、江戸時代後半。天守閣はなく、入母屋造りです。唐破風づくりの玄関を入ると大広間(36畳)。
           大広間に置かれた武具
 手前には控え武士の詰所があり、奥に行くと坊主当番の詰所、さらにその奥に家老の詰所があります。
          家老詰所への渡り廊下

 家老詰所は奥の離れにあります。
 ひと口に家老詰所といっても、手前には記録方詰所があり、たくさんの部屋があります。
 なんと奥の間では3人の家老が評定(会議)中。
          評定する家老たち
  「わが殿は実に情けない。雄藩にへつらってばかりで、つい先日も江戸老中に雄藩の藩主を能辺留賞に推挙した。これではわが藩の独自性がなくなりますぞ」
 「黙らっしゃい。わが藩は雄藩にへつらっていくしか生きる道がないのですぞ」
 「それにしてもあまりにみっともない」
 「みっともないとは、いささか感情的な意見でござるぞ」
 「感情的な意見ではござらぬ。これでは武士の面目が立ち申さぬ」
    
 そんな評定が行われているかどうかは不明。
          
 この家老屋敷、本来は長い廊下を渡ったところにあったそうですが、紆余曲折を経て、現在の位置に移築されました。庭の眺めもよく、上手く納まっています。
          御殿内の庭
 
 また玄関と広間が残っているのは、ここと高知城だけだとか。
 ここは有料(100円)ですが、見る価値はじゅうぶんあります。

    
2019.02.18 富士見櫓跡
 次に行ったのは廓町にある富士見櫓(やぐら)跡。
 2年ぶりです。
 以前よりも石碑の周囲が整備され、すっきりした感じです。
          整備された富士見櫓跡

 ここはかつて川越城の櫓が建てられていたところ。
 解説板にはこう書かれています。
 「天守閣のなかった川越城には東北の隅に二重の虎櫓、本丸の北に菱(ひし)櫓、西南の隅に三層の富士見櫓があって、城の中で一番高い所にあった富士見櫓が天守閣(てんしゅかく)の代わりとなっていたと思われる」
     
 ふーむ、川越城には天守閣がなかったのか。
          富士見櫓跡・登り口
     
 しかし上に登ってみても、櫓らしきものはない。
 明治になって取り壊されたそうです。
 石碑が建てられているけど、薄くて何が書かれているのかよくわからない。
          富士見櫓跡・山頂の石碑

 昔はここから富士が見えたと思われますが、それも見えない。
 ないない尽くしの富士見櫓であるぞよ。
          富士見櫓跡・山頂からの眺め

 ここは御嶽(おんたけ)神社が祀られているのだそうで、山頂の奥には御嶽神社、浅間神社、さらに富士見稲荷が祀られています。
          山頂奥の御嶽神社

 なるほど、いろんな神々がおられるのか。
 ここは川越の名所旧跡のなかでは地味すぎて、くる人はよほどの歴史好きか城好きのご仁か。
 当方は単なるもの好きの輩(やから)です。

      
 昨日(02/16)は暖かくなったので、まさに徘徊日和。
 そこで行ったのは川越。
 「なんだ、また川越か」といわれそうですが、今回はちょっと違いますぞ。
          まるひろ百貨店の屋上
 まず行ったのは、クレアモール商店街にある「まるひろ(丸広)百貨店」の屋上。
 この裏はよく通るのですが、なかに入ったのは久しぶり。
 (過去の写真を見ると8年前にきていた)
          屋上の遊具①
 ここは川越の人にとってはおなじみのところ。
 何しろ地元では「高校生が最初にデートするところは丸広の屋上」といわれているぐらい。
 これは川越特有の都市伝説としても、川越っ子は優勝時代両親に連れられて屋上に遊びにきているからだそうです。
          屋上の遊具③
 「わんぱくランド」と名づけられた遊園地で、昔懐かしデパートの屋上の雰囲気。
 ここにある観覧車は日本で二番目に小さいとのことですが、晴れた日はここから富士山が見えるとか。
          屋上の観覧車
 ちなみに富士山は、この屋上では観覧車に乗る以外は見えないようになっています。
 丸広の営業戦略おそるべし。
    
 さらにこの屋上には「民部稲荷」なるお稲荷さんが祀られています。
          屋上にある民部稲荷
 説明書きによると、
 「昔、年をとった狐が民部という侍に化けて毎晩近所の寺の人たちと交流していたが、仲良くしてもらったお礼に打ち身の手当て術を教えて去ったという。いらいここは打ち身や足腰の強化にご利益があるといわれ、そこから拡大解釈して下半身の強化→ 遊郭の女性も信心するようになった」とか。
    
 足腰に衰えを感じたら、またこようかな。

     
 寒かった今年の冬も、昨日(02/15)が底で今日から暖かくなるそうです。
 寒いと徘徊もままならなかったので、近くで茶を濁していました。
 これもその一環で、鷺森(さぎのもり)高架橋から見た富士です。
            鷺森高架橋から見る富士①

 エコパの前を通っているのが県道大久保大井線。
 それが254バイパスを跨ぐのが鷺森高架橋で、冬の晴れた日は南西方向に富士が見えます。
    
 富士の左に見える2本の建物は通称リズムタワー。
 これはふじみ野駅近くのタワーマンションですが、以前はこの場所に「アウトレットモール・リズム」(現・ソヨカふじみ野)があったため、そう呼ばれました。
            鷺森高架橋から見る富士②

 富士だけでは芸がないので、「つもり違い」十訓を。
   
 ①高いつもりで低いのが教養
 ②低いつもりで高いのが気位
 ③深いつもりで浅いのが知識
 ④浅いつもりで深いのが欲の皮
 ⑤厚いつもりで薄いのが人情
 ⑥薄いつもりで厚いのが面の皮
 ⑦強いつもりで弱いのが根性
 ⑧弱いつもりで強いのが我
 ⑨多いつもりで少ないのが分別
 ⑩少ないつもりで多いのが無駄
    
 これはさいたま市水判土の慈眼寺で戴いたおことば。
 そういわれれば当たっていなくもないので、肝に銘じようかな。



 朝日天神神社の近くにある長宮氷川神社。
 鳥居の形からすると、ここも神明社(伊勢系)らしい。
長宮氷川神社(神明系の鳥居)

 ただしふじみ野市の地図にはちゃんと出ていて、ふじみ野市文化財ガイド・神社仏閣の項にも出ています。
 縁起(解説板)によると、
 「長宮の名称は参道が長かったこと(約465m)に由来する。創立は長徳元年(995)、祭神は三神で建速須佐之男命(たけはやすさのおのみこと)、櫛稲姫(くしなだひめ)、大己貴命(おおなむちのみこと)である」
   
 ということで、この神社が有名なのは、須佐之男命と櫛稲田姫の「出会いの泉」
 神様のラブストーリーです。
出会いの泉
 仲を取り持つ(?)大黒様のへらへら笑いがなんとも無粋。
   
 拝殿は足場が組まれ、どうやら補修工事をするらしい。
 そのため何だか殺風景な感じがします。
長宮氷川神社・拝殿の足場
 それでも末社の天神様の前にはやはり紅梅が。   
天神社の紅梅
 これは八雲神社の祠に掲げられていた絵馬。
祠に掲げられた絵馬
 今日は寒さの底だといわれているけど、明日から暖かくなるのでしょうか。
        
 ふじみ野市の福岡中央通りにある「朝日天神神社」は謎の神社です。
 入口の石柱には「神道天神教會本部」とあり、天神様の総本山らしく規模はけっこう大きいのに、ふじみ野市の地図にも、ふじみ野市文化財ガイド・神社仏閣の項にもない。GoogleMapにも載ってない。
 なんらかの理由で掲載を拒否してる?
朝日天神神社・入口
 しかし一般人の立ち入りは自由です。
    
 当神社の由緒を見ると、
 「有栖川宮熾仁親王を総裁に戴いた神道事務局の……略……明治32年に創立された」
 とあるので、比較的新しい神社。
朝日天神神社・鳥居と拝殿
 御祭神は、「天之御中主神、……略……イザナミノカミ、イザナギノカミ、以上の五柱を総称して『朝日天神大神』と申し上げております」と、皇室の御祭神と同じとのこと。
 そういえば鳥居の形が神明系(伊勢系)だ。
御霊神社(実は当神社の肝)
 とはいえ天神(道真公は見られなかったけど)というだけあって、梅は見られます。
朝日天神神社・駐車場
 それも駐車場のところに紅梅と白梅が。
駐車場の梅
 ちなみに当神社の境内の御神徳(ご利益?)は、
「国土守護、家内安全、身体健康、病気平癒、交通安全、学業成就など諸願成就をお守りくださいます」とよきことばかり。ありがたき幸せ。

    

 三芳野神社にやってきました。

三芳野神社・鳥居 

 観光案内所で「梅の名所」を聞いたところ、係の方は観光マップを開いて、「いいですか、今いるところはここ。西に進めば蔵造り一番街に出ます。その北は時の鐘、そして西北へ行くと菓子屋横丁です」と答えました。
 「そこへ行けば梅が見られるのですか」と聞くと、「それは……」と絶句。
      

 ここの案内係は聞かれたことに答えるよりも、自分の勧めたいところだけを主張するのか。
 よく解釈すれば「梅の他にも見どころはいっぱいありますよ」といいたいんだろうけど、その割にはありきたりなところばかりだ。

三芳野神社・境内    

 私は質問を変えて、「梅というのは神社仏閣で見られるものでしょう。それにちなんだ寺社はないのですか」と聞くと、傍らにいたオジサンが、「それなら三芳野神社だねえ。それでも梅の木は1~2本程度だよ」といったので三芳野神社にきたのです。
     

 ここは「わらべ唄発祥の地」とされています。
 そのわらべ唄とは「とうりゃんせ」

わらべ唄発祥の地の石碑  

 ♪とおりゃんせ、とおりゃんせ 
 ここはどこの細道じゃ
 天神さまの細道じゃ
 ちょっと通してくだしゃんせ
 ご用のないもの通しゃせぬ
 このこの七つのお祝いに お札をおさめにまいります
 行きはよいよい帰りはこわい
 こわいながらもとおりゃんせ とおりゃんせ
   
      
 この天神さまは川越城内にあったため、一般の参詣者は城の役人の取調べを受けました。
 「ご用のないもの通しゃせぬ」がまさにそれ。
      

 天神様だから梅があるだろう……と思っていたら、参道に白梅が少し。

三芳野神社・参道 

 またここは「伊勢物語」の在原業平が訪れたという石碑があります。

 業平の石碑 

     
 我が方によると鳴くなる三芳野の 田面の雁をいつかわすれむ
                   
 これについては「的場の三芳野天満宮」説が有力で、ここはあとで城内に移したと考えられます。
     

 業平に触発されて、私からも一句
      

 とおりゃんせ行きはよいよい黄泉の梅
     

 中七の「よいよい」はいかようにも。

      


 時の鐘の次は菓子屋横丁です。
 ここも観光案内所で教わり(?)ました。梅の名所を聞いているのに。
  もっとも当方だって、他に行くところがなかったから、きてみたんだけど。

菓子屋横丁

 おなじみの棒ふ菓子。
 ふ(麩)は味噌汁の具に使われ、子どものころよく買いにやらされました。
 棒状になっているので、それで弟とよくチャンバラをやったものですが、すぐ折れました。
 それが今やこんな立派な(?)菓子になっているとは。

川越名物・棒ふ菓子 

 菓子屋横丁といえば、4年前の6月、大火災がありました。
 このときは店舗など5棟が全焼し、90歳の男性が死亡しました。
 焼けたのは高澤通り側の入り口付近。

高澤通り入口付近    

 火事の4日後、ここを訪れました(野次馬根性丸出し)が、フェンスで囲まれ、立ち入り禁止。
 隙間から覗いてみると、見えたのは積み上げられた焼け焦げの木材と、溶け崩れた波板や電気コード、煤けた観葉植物などが転がってました。
 それを見て「復興は何年先のことになるやら」と思ったものですが、意外に早く、1年半ほどで復興し、前よりきれいになりました。
 今では大火災があったことなど、まったく感じさせないほど。
   

 似顔絵の店も出るようになりました。

似顔絵の店も 

 芋けんぴの店もけっこう賑わっています。

芋けんぴの店 

 4年前、火災の惨状をフェンスの隙間から覗いていたとき、後ろで見ていたオジサンがこういいました。
 「あれは全部違法建築だよ。ほとんど申請しないで勝手に増築してたからなあ。これを機に是正するんじゃないの」
 そのことばを信じたい。

        

 先日(02/07)川越に行ってきました。
 この日は晴れて比較的暖かかったけど、平日なので人出はそれなりに。
 例によって蔵造り一番街。

蔵造り一番街  

 定番だけど、観光案内所で「梅の名所」を聞いてみたら、「川越に梅の名所はありません。蔵造り一番街から時の鐘に行かれたらどうでしょうか」実に埒のない答え。
 よほど川越初心者と思われたか。腹が立ったけどしょうがない。
 「おや?」
 その一角に瀟洒な建物が並んでいます。
 これまではさほど気にとめなかったのですが、この日は気が向いてちょっと奥へ。

瀟洒な建物 

 トルコ雑貨の店?
 なるほど、これが食器類か。日本とはかなり違うなあ。
 西洋とも違う。

トルコ雑貨店の店頭 

 やはりイスラム文化の影響?
 私はやっぱりシンプルな柄のほうが好きだなあ。
   

 おッ、これは……。
 漬物屋の前では大根干し。

漬物屋の大根干し 

 三浦海岸を思い出しました。
 砂浜にずらりと干されているのは壮観だった。3年前のことですが。
        

 時の鐘にやってきました。
 きたくもなかったけど、案内所で薦められたからね。

川越のシンボル・時の鐘 

 時の鐘は江戸時代の初期、酒井忠勝が川越城主(1627~1634)のころに建設されたと伝えられています。
 その後何度か焼失し、現在の時の鐘は、明治26年の川越大火の翌年に再建されたもので、高さは約16m。(説明板)

 古くは鐘撞き守が決まった時間に時を知らせていたのですが、現在では機械式で1日4回(午前6時、正午、午後3時、午後6時)時を知らせています。

下から見た時の鐘 

 塔の下をくぐったところは薬師神社の境内です。

奥の薬師神社 

 以前は瑞光山医王院常蓮寺という寺でしたが、明治維新の折に薬師神社となりました。
 御本尊は薬師如来の立像で行基菩薩の作とのこと。五穀豊穣、家運隆昌、病気平癒、特に眼病にご利益があるといわれています(説明板)。
   

 わかりきっているのに観光案内所のいう通りに訪問するとは、つくづく当方も芸がない。


 昨日(02/09)は朝から南関東にも雪が降り、都区内の一部では積雪も見られたとか。
 私の住んでいる南埼玉では、雪が降ってきたのは都区内より少し遅いように思われました。
 これは南岸低気圧の微妙な差でしょう。
    

 雪の降る日は外出はしないようにしていますが、それでも様子を見ようと、午後になって外を見回りました。
 例によって裏の畑。
 うっすらと雪化粧です。

裏の畑は薄化粧 

 ここは2年前にローソンができてから、野菜の栽培はほとんどしなくなりました。
 コンビニの仕事が忙しくなったからか、それとも農業など儲からないのでバカバカしくなったからか。
 向こう側の道が広くなって車の通行量が増え、それを当て込んで畑の一部にコンビニを建てたら、数多くの客がきて大正解。
 これが続けば、おそらく農業はやめるだろうな。そのうちマンションが建つんじゃないかな。
    

 道路はまったく積雪はなし。
 人や車が通ったりするからか。

道路はまったく積もらず 

 近くの茶畑。
 ここは雪が降るとよくUPするところですが、茶葉の上の積雪はなし。雪は畝に少し残る程度でした。

茶畑(畝に雪が積もる程度) 

 しかし苗木の畑には積雪が見られました。それでも1~2㎝程度かな。

苗木の畑には積雪 

 降雪といってもかなりショボいけど、道路に積雪していなくてほっとしました。
 雪かきしなくてもすむからね。

      

 自宅のカギを紛失した。
 それでも電車は鶴瀬に近づき、自分の身体は自宅に向かっている。
 どうすればいいのか、なかなかいい案が浮かばない。
   
 アパートの管理会社に電話して、マスターキーを持ってきてもらう……。
 しかしすぐにきてくれるか。会社はさいたま市にあるというから。
 妥当なのは鍵の業者に電話して合鍵をつくってもらうことか。
 しかし金がかかりそうだな。
 一瞬窓ガラスを割って入ることも考えたけど、自宅は道路に面した2階。どうやって上る。それに近所の人が見たら、もろ怪しい。ガラスも修理しなきゃならないし。
   
 いっそ駅前の交番で相談するか。
 そんなことを考えながら駅を出て、何気なくもう一度ポケットに手を突っ込んでみると、「…………?」
 ポケットの裏側に何やら金属片のようなものが当たる。
 もしや、と思ってズボンの裏を探ってみると、なんとループにつないだカギがぶら下がっていました。
 やれ、助かった。
 結果的には無事帰宅することができたけど、この間どんなにドキドキしたことか。

自宅のカギ     

 それにしてもズボンの裏側にぶら下がっていたということは、ポケットから飛び出しても落ちなかったわけで、「やはりこのやり方で正解だったのだ」と意を強くしました。

*    

 自宅のカギはなくさなかったけど、自転車のカギはなくしてしまった。
 エコパの駐輪場で自転車のカギをかけ、左のポケットに入れたつもりだったけど、おそらくそこで落としたか、あるいは館内のどこかでか。
 その後もフロントで、カギの落し物は届いてないか聞いてみても「届いてない」とのこと。
       
 「迂闊だったなあ、あのときに限って」
 こちらは後悔しきり。
 当方は意外にも尾を引く性格で、スペアキーを使いながらも鬱々とした日々を過ごしました。
 なるべく忘れようとしているのですが。
   
 そして、つい先日(02/04)のこと。
 出かけようと、いつものようにスキーウエアのズボンを穿いたところ、足元にかちゃりと音がする。
 見ると自転車のカギ、それも本カギ、昨年暮れ、エコパでなくして、どうしても見つからなかったものです。
 それがどうしてこんなところから出てきたのか。
 スキーウエアというのは生地が二重になっているので、そこに入り込んでいたと考えられます。

出てきたて自転車の本カギ    

 本カギを紛失したとき、このポケットも点検しました。
 そのときは内部の縫い目が少し綻んでいるのを発見し、「もしや」と思ってズボンも点検したのですが、見つからなかった。むろん破れ目は縫いました。
 しかしズボンの下から出てきたということは、やはり表地と裏地の間に入っていたとしか考えられない。
 それが今ごろになって出てくるとは。
 もう一度ズボンの裏側の裾を調べたけど、出所はよくわからない。
   
 それにしても約2ヶ月間、この姿であちこちで歩いていたのに、よく外で落ちなかったものだ。
 これは単に「運がよかった」としかいいようがない。
   
 これからはなくさないように気をつけないと。

      

 3週間ほど前のこと。
 エコパへの入館手続きをするためフロントに並んでいたところ、「カギを閉じ込めてしまいまして」と現れたのは真っ裸のオヤジ。(さすがに前はタオルで隠してました)
 これには一同唖然。
 婆さんたちは「いやあねえ」とひそひそ。私は必死に笑いをかみ殺しました。
 フロントというのは玄関から入った対面にあり、けっこう広くいろんな人が行き交うところ。すぐそばにオープン形式のレストランもある。そんなところへ真っ裸でうろついてはいかんだろう。

エコパ・更衣室 

 カギをロッカーのなかに入れたまま閉めてしまうというのはよくあることで、そんなときは更衣室にある電話でフロントに連絡すればいいだけのこと。そんなことも知らないのか。
 仮に知らなかったとしても、そばにいる人に「カギを閉じ込めてしまった。どうしょう」といえば、「その電話でフロントを呼べばいい」と教えてくれるよ。そんな機転もきかないのか、このオヤジは。

*   

 私は不謹慎にもこのオヤジの失態を笑ってしまったけど、人のことはいえない。
 実は私も昨年暮れの12月初旬、エコパで自転車のカギを紛失してしまいました。
 退館の手続きを済ませ、駐輪場へ向かってポケットに手を突っ込んだところ、カギがない!
 あわててフロントにもどり、わけを話して、もう一度カギをもらって使用したロッカーを点検したけど、そこにもない。それ以外にも他のポケットや荷物のなかを調べてもない。
 フロントに落し物の届け出があるのか聞いてみても、届いてないとのこと。
     

 自転車のカギに関しては、購入したとき予備を含めて3本ついていたので、スペアを使えばいいのですが、3本揃ってないと、もし盗難に遭ったとき補償が受けられないと自転車屋にいわれていたので、漠然とした不安に駆られました。
 このときは自転車を駐輪場に置いたまま、同じ方向に帰るオッチャンの車で近くまで送ってもらい、翌日は送迎バスでエコパにきて、その日からスペアキーを利用するようになりました。

自転車のスペアキー 

 私のようなひとり暮らしの身では、カギの紛失は深刻な問題なので、常に気をつけているのですが、一度「自宅のカギを紛失した!」と肝を冷やしたことがあります。
 それは今から6年前、京都からの帰りで東武東上線に乗っていたとき。
 「あと少しで鶴瀬だな」と思いながら何気なくズボンのポケットに手を突っ込んだとき、カギがない。
 自宅のカギはいつもズボンの右ポケットに入れているのですが、カギに鎖をつけ、その先端をズボンのベルト通し(ループ)にくっつけて入れるようにしています。こうすると何らかのはずみでポケットから飛び出しても落とすことはないだろうと考えたからです。
 それなのに、カギを紛失した。

        

 思えば京都滞在中は自宅のカギのことなどまったく念頭になかった。
 それでいて寝るときはズボンを脱いでいたので、何度も着脱している。そのときにどこかで落としたのか。
 「今さら京都にもどって探すわけにはいかないし……」
 絶望的な思いで、善後策をいろいろ考えました。

     

2019.02.07 長湯は危険

 エコパではこのところ「長湯にはくれぐれもご注意ください」という館内アナウンスが流れています。
 というのも、長湯による湯あたりで気分が悪くなる人が続出しているそうで、先日も救急車がきたとか。
     

 救急車に関しては私も昨年2台の救急車がきているのを見たことがあります。
 このときは浴室ひとりの老人が担架に運ばれて、もうひとりは女性。
 「…………?」
 一瞬変な想像をしたけど、倒れた男女は時間が偶然重なっただけで、まったく無関係でした。(なーんだ)。浴室も男女別々だしね。

エコパ・外観 

 先日、外の浴槽に入っていると、
 「いやあ、ここの湯はいいねえ。熱くないからいくらでも入ってられる」と、ひとりのオッチャンに話しかけられました。
 「それでも長湯はやめたほうがいいですよ」というと、
 「まあね。でもここは気持ちいい」
 と、まったく頓着しない様子。
    

 常連と違って初めて見る顔。
 それもそのはず、このオッチャンは通い始めて2週間、これで4回目だといいます。
 「お宅はどこからきてるの。えッ、○○から? それも自転車で? 大変でしょう」
 「いや、それほどでもないよ。あちこち寺社など散策するし、帰りは食料品を買ったりするので、チャリじゃないと困るんです」
 「なるほど、それが運動になっているんですね。いいなあ、健康的で」
 愛想がよく、けっこう話好きなオッチャンです。
   

 「ぼくも運動しなきゃと思うんだけど、テニスだからね。なかなかできないんだよ」
 「テニスはけっこう激しいスポーツでしょう。我われ高齢者には不向きだといわれてますよ」
 「そんなことはないよ。ぼくは若いころからやってきたからね・ただテニスの場合、場所と時間をとるのが難しくって」
 「そういう問題もあるんでしょうねえ」
 テニスのような高貴な(?)スポーツを持ち出されて少し鼻白みましたが、このオッチャン、齢に似合わず筋肉質でスラリとした体形。齢は当方より2歳上だそうで、テニスで鍛えたというのはうそではないようです。
    

 当方は長湯は避けたいので適当に切り上げましたが、オッチャンは他の客と話しに興じている様子。

エコパ・大広間(本文には関係ありません) 

 いつものように私は入浴後、血圧を測り、大広間のいす席で麦茶を飲んで読書。
 しばらくして、向かい側が何やら騒がしい。
 「気分が悪くなったって?」
 「ご当人は、しばらく横になったらよくなるとおっしゃるんで」
 と係の人が話し合っています。
 こちらとしては大して気にも留めず、読書を続けました。
 どうやら気分が悪くなった人は大広間の隅で横になっている様子。ときどき係の人が見にくるようです。
    

 「さて、そろそろ帰るとするか」
 立ち上がったとき、ちょうど向かい側の隅で寝ていた人が頭をもたげました。
 その人こそ、先ほどのテニスのオッチャン。
 「…………」
 私と顔を合わせるなり、何ともバツの悪そうな表情をしました。
     

 あれほどいったのになあ。いくらテニスで鍛えたといっても長湯は危険だよ。
 もっともこれは当方への戒めでもありますが。

     

 地蔵街道の先に多福寺があります。

多福寺・総門 

 ここは毎年正月には訪れるのですが、今年は行かなかった。
 というのも以前は正月の5日まで有料で裏庭を開帳していたのですが、2~3年前から廃止になったので、正月に行く意味がなくなったからです。
 近くに多門院・上富神明社があるので、そっちへ行けば初詣はできるのだから。
      

 それでも多福寺にはそれなりの魅力があります。
 山門は「呑天閣」といって、埼玉県の有形文化財に指定されています。

多福寺・呑天閣 

 近くの紅梅が少しほころび始めていました。

梅のほころびが… 

 またここの銅鐘も県の有形文化財に指定されています。

多福寺・鐘楼 

 多福寺は臨済宗妙心寺派の寺院で、山号は三富山。
 元禄9年(1696)、当時の川越藩主・柳沢吉保により、開拓農民の精神的安住の拠り所として建立されました。

多福寺・境内と本堂     

 庭はいつも手入れが行き届いており、静かな佇まいを感じさせます。

境内の燈籠と石 

 裏の竹やぶもそれなりの風情があります。

多福寺・裏の竹林 

 福が多いかどうかはわからんけど、見どころが多いのはたしかです。

     

 昨日(02/04)は暖かく天気もよかったので、地蔵街道に寄りました。
 ここは昨年の3月いらい歩道をつくる工事が続いていました。

地蔵街道・入口    

 その後、何度か通りましたが、昨年11月半ばに通ったときは、道路工事がまだ続いていたので、車は片側相互通行でした。
 これはけっこう大変で、私(自転車)も5分ほど待たされました。
   

 ところが今回きてみると、工事は終わっている!
 作業の方は見られないので、歩道はもう完成している様子。

歩道は完成 

 ただし南側(多福寺・多門院に向かって左側)のみで、反対側は手つかず状態。
  道路沿いの木は伐採されていずれは整備されるのだろうけど、とりあえず片側の歩道が完成したので、これでよしと見たのか。

反対側を見ると… 

 ちなみに木々の向こうに見える瀟洒な建物はセントラル病院。
  

 ただしこの歩道、その先は関越自動車道の陸橋で拡幅工事はされてないので、途切れています。

その先は関越自動車道の陸橋 

 関越自動車道を渡ると、また左側に歩道をつくる工事。

その先の道路も工事中 

 これはこれでけっこうなことだけど、関越自動車道の陸橋はどうするのだろう。
 市街地(三芳町)と違って管轄が違うから?
 ここだけ狭いままだと、まさにネックになると思うけど。

     

2019.02.04 冬の伊佐沼

 昨日(02/03)は暖かかったので、伊佐沼へ行ってきました。
 気温も空気もすっかり春なのですが……。

伊佐沼湖畔(西岸) 

 湖面を見ると、水位が低く、あちこちに干潟が見られます。
 干潟にはカモやサギが。

干潟のカモ 

 干潟になってわかったのは、なかは植物によって区切られていること。
 これは葦の群生地帯ですが、下は柵で区切られています。

葦の群生地帯 

 伊佐沼は南北に長い湖で、北の湖面で蓮が見られるのですが、干上がってすべて枯れた状態。

通路から見る北岸の景色 

 蓮を見るための通路の周辺もこんな感じ。

通路から見る蓮の群生地 

 最初この状態を見たとき、「今年の蓮は大丈夫か」と心配になったものですが、7月になったら何事もなかったように蓮が咲いているので、「冬はこんなものだ」と思うようになりました。
 むろんこれは、伊佐沼蓮保存会の大変なご尽力の賜物です。

通路の周辺 

 冬の伊佐沼はこんなものと割り切ってしまえば、これはこれで情趣深いのではないか。
 干潟に出て、のんびりと釣り糸を垂れる人も見られるし、

干潟で釣りをする人 

 干上がった浅瀬に小舟が打ち捨てられている(?)のもなかなかの風情。

伊佐沼湖畔(東岸) 

 春にはまたこようかな。そのころは水位も上がっているだろうし。

      

 富士見市の難波田城公園です。

 難波田城は中世に活躍した難波田氏によって築かれた平城で、昭和36年埼玉県旧跡に指定され、一部を整備して平成12年(2000)に城跡公園としてオープンしました。

難波田城公園・復元された掘割 

 公園は、城の掘割を復元した「城跡ゾーン」、古民家を移築復元した「古民家ゾーン」に分かれています。
     

 これは復原された木橋。
 堀の内側と外側では幅が違うのが特徴。馬出しに便利で、敵兵からは攻めにくいように工夫されているとか。

難波田城公園・復原木橋 

 堀の向こう側に見える建物は資料館。
 一見武家屋敷風でなかなかの風格です。

難波田城公園・資料館 

 7年前、初めてここを訪れたとき、「こんな立派な城跡公園が無料で入れるのか」と驚いたものですが、何回もくると当たり前になりました。(富士見市に感謝)
 ここは行田蓮や睡蓮が見もので、初夏のころは賑わいますが、この時期はさっぱり。
 それでも手入れは行き届いています。
    

 資料館のなかでは鎧兜(よろいかぶと)が展示されていました。

資料館・展示された鎧兜 

 冬の時期らしく、かまくらの展示も。

資料館・展示されたかまくら 

 ここに籠って、じっと暖かくなるのを待つってことか。
 もっとも今日は暖かくなるというから、そろそろ飛び出すのかな。

    

 水宮神社の近くにある大應寺。
 真言宗智山派(総本山は京都智積院)に属し、山号は水光山。
 三門(山門)は鐘楼になっており、なかなか立派。

大應寺・山門 

 創建は不詳ですが、室町時代にはあったとされ、その後何度か大火に遭い、近年には平成21年(2009)に本堂が建て替えられました。

大應寺・本堂   

 境内には弘法大師の像があります。
 これもなかなか風格のある像です。

大應寺・弘法大師像 

 境内には他にもいくつかの石像が設置されています。
   

 これは「やすらぎ地蔵」。

大應寺・やすらぎ地蔵 

 おなじみ「おそうじ小僧」。

大應寺・おそうじ小僧 

 釈迦の弟子のひとり周梨槃特(チューラ・パンタカ)をモデルにしたもので、他の弟子と違って、学業よりも毎日掃除をすることによって釈迦の教えを会得し、羅漢になりました。「なにごとも専念することが大事である」との教えだとか。
    

 他にも「延命観音」があります。
 観音様に老人がすがりついているのはおなじみの姿。「ぼけ封じ祈願」の幟旗もよく見られる光景。

大應寺・延命観音 

 かと思えば「延命地蔵尊」も。

大應寺・延命地蔵尊 

 ここはよくよく「延命」に力を入れている寺院なのか。
 とっくり拝んできたから、当方も長生きできるかな。

      

 二月は逃げて走る
    

 正月が楽しくにぎやかだっただけに、一月のあとの二月は、あっと間に逃げるように過ぎ去ると感じること。
    

 2月になったので、ありがたいおことばをということで、水宮神社(富士見市)に掲げられた訓示をUPしました。

二月のおことば 

 一月は「慇懃無礼」だそうで、下記の説明文がありました。
    

 丁寧で礼儀正しいのも度が過ぎると嫌みになり、かえって礼を失することになる。
 また、うわべは丁寧で礼儀正しいが、じつは尊大であること。
    

 神社というのはふつう厳かなものですが、ここはまったく違う雰囲気。

水宮神社・入口 

 末社の稲荷神社の祠には、たくさんの狐が納められ(捨てられ?)ていますが、その横には数多くの恵比寿・大国像が。

稲荷社の祠 

 なかには宝船に乗った七福神像もあったぞ。これにはもう笑うしかない。

納められた(?)恵比寿・大国像 

 拝殿前の両脇には二匹の狛犬ならぬ狛蛙。
 解説によると、蛙は神の使いとして人を導くとされ、さらに「無事かえる」「栄える」「迎える」「活きかえる」というめでたいことばにあやかったものらしい。

拝殿前の狛蛙 

 ちなみに九星配置による今年の運勢を占ってもらうと、

九星配置による今年の運勢 

 吉は白地(一白水星、三碧木星、六白金星、七赤金星、九紫火星)、凶は黒地(二黒土星、四緑木星、五黄土星、八白土星)だそうで、信じる信じないは人それぞれ。
    

 当社の由来を調べると、正式名称は摩訶山般若院水宮神社。
 これは室町時代、京都聖護院を本山とする修験寺摩訶山般若院として創建されたものの、明治になって神仏が分離され、このような神社になったとのこと。

水宮神社の御神木 

 御神木のイチョウ。健康・長寿にご利益ありとされているけど、この有様。
 樹齢350年位というから、「これでよく持っている」と解釈すべきか。