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 蔵造り一番街、時の鐘通りの北側に東に入る細い道を稲荷小路といいます。
 ところが先日(09/23)行ってみると、入口に「しあわせ稲荷小路」の看板。
 いつの間にこんな名前がつけられたのだ。

稲荷小路・入口 

 もっとも看板をよく見ると、飲食店(4店)の列記。
 これは飲食店が勝手につけたのだな。
     

 そんなことを思いながら路地に足を踏み入れてみると、入口にあるうどん屋は大繁盛。
 店の外にも待っている客がざっと30人。

うどん屋の前① 

 ここはいつも5~6人の客が外で待つほどの人気店ですが、こんなにひしめいているのは初めて。やっぱりこの看板の効果が大きいのか。

うどん屋の前② 

 かくいう当方、このうどん屋には一度も入ったことなし。
 (それだけに冷ややかに見ているというわけで)
     

 この通りの中程に「本宗稲荷」があります。
 稲荷といっても道端にある小さな神社ですが、一応鳥居と祠はあり、参拝客はそこそこあります。

本宗稲荷 

 鳥居の近くに湧水「稲荷の井戸」があり、ちょろちょろと水が流れています。

稲荷の井戸 

 これは明治34年新堀抜、昭和47年改掘抜された井戸ですが、地元では「御神水」としてありがたがられています。最近では観光客も「この水に癒される」と群がってくるとか。
 当方としては「勝手に癒されてろ」という思いですが、この「ありがた信仰」にあやかって飲食店が「しあわせ……」と名づけたのではないか。
 何はともあれ、それで客が増えるのはけっこうなこと。
        

 そのご利益は……。
 稲荷小路を出て南に下ったところですが、なんだなんだ、この行列は。しかも折り返している。

謎の行列 

 その先を辿ると、ひと筋南の時の鐘通り。
 さつま芋チップスの人気店の行列でした。ざっと100人ぐらい並んでいたのでは。

さつまチップ人気店の行列 

 これも「しあわせ……」のご利益かな。
 ちなみにさつま芋チップス、食べたことはあるけど、ここの店のはまだ。
 したがって美味い不味いはいいません。食べ物に関しては冷ややかな感想で悪いネ。

        

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 蔵造り一番街から菓子屋横丁側に入ったところにある「陽気遊山」(よふきゆさん)
 古い民家です。庭も広い。
 かつてここは「無料休憩所」として日曜日はオープンしていました。

陽気遊山・正門 

 私も一度ここの縁側で、魔法瓶の湯を茶碗に注いでお茶を飲んだことがあります。
 無料なのでありがたいとは思います。しかし……。

陽気遊山・木戸門 

 入口には錆びた鍋・釜などが置かれ、猫がゴロリと横たわっている。お世辞にもきれいとはいえない。
 そのため早々に引き上げました。

陽気遊山・家屋 

 この無料休憩所、今はやめています。
 入口には「由来」として、
 「当初は現在『教祖中山みき直属陽氣づくめ川越教会』であり、……江戸時代は熊野系修験道場。明治維新後は川越屈指の料亭として栄えた……」と書かれています。
 あとは天理教の教義やお家事情が連綿と書かれていて、最後は文豪森鴎外も訪れた……とあるので、何がいいたいのかよくわからない。
 この教派以外の人々をシャットアウトしたいのか、それとも由緒ある建物と自慢したいのか。

陽気遊山・庭 

 やめているといっても門は開いているので、一部入ることができます。
 古びた民家ですが、それなりに風情はあるので、ここで記念写真を撮る女性も多い。

木戸門から入ることができる 

 ふーむ、川越には不思議なところがある。
 これが私の偽らざる感想です。

    

 大正浪漫通りは川越を代表する蔵造り一番街の東側に平行する200mほどの商店街で、大正時代のレトロな店が30軒ほど並んでいるので、そう名づけられています。

休日の大正浪漫通り 

 一応私の「川越徘徊コース」に入ってはいますが、鯉のぼり以外でここを取り上げることはあまりなかったと思います。

蔵造りを利用した喫茶店 

 というのもレトロな店とはいえ、あまり魅力が感じられないから。
 食べ物の店が多いのも、私のような高齢者には不向きだし。

このような店もあるが 

 この日(09/23)は日曜日ということもあって、けっこう混雑していました。
 「おや?」
 観光客のなかにレトロな服装をした御一行。

レトロな服装の御一行① 

 あわててシャッターを切るも、スタスタと通りすぎて行く。
 これはイベント的な仮装行列ではなく、彼らは純然たる観光客で、この様な格好をして名所を観光するのが最近の流行らしい。(誰も注目しない)

レトロな服装をした御一行② 

 この御一行は蔵造り一番街でも見かけたけど、他の観光客を意識することなく、単なる観光客としてスタスタ歩いて行く。

蔵造り一番街でも 

 注目したのは当方だけ?

    

 中院の北にある仙波東照宮には徳川家康が祀られています。
 家康が亡くなったあと、元和3年(1617)遺骨を久能山から日光に至る道中に川越の喜多院に寄り、天海僧正が4日間法要をあげて、その南の地に築き上げられたもの。
 高さ五間の丘陵を築きあげて立派な社殿で、日光、久能山と並ぶ日本三大東照宮のひとつです。
彼岸花越しに見る仙波東照宮の鳥居 
 石段の上は鉄扉で閉ざされていますが、日曜日(この日は09/23)は開いており、境内に入ることができます。
石段を上ると仙波東照宮 
 この拝殿は川越大火で焼失した後、寛永15年(1638)に再建されたもの。極彩色が施されたあでやかな建築で、飾りも素晴らしい。
仙波東照宮・拝殿 
 柱につけられた装飾の動物。
 龍だと思ったのですが、以前案内係のおじさんは「諸説ありますが、バクだと思います」といってました。
 バクとは実在の動物ですが、これは中国の伝説に出てくる獏(ばく)という動物で、人の夢を食って生きるというもの。
拝殿の柱の飾り 
 他にも見ものはあって、拝殿前にある手水鉢は江戸城二の丸東照宮から移築されたとか。
拝殿前の手水鉢 
 また境内に並ぶ26基の石灯籠は歴代の川越藩主が献燈したもの。
 有名なところでは知恵伊豆として名高い松平信綱(のぶつな)、5代綱吉の側用人で三富新田の開墾事業を起こした柳沢吉保(よしやす)など。
歴代川越藩主の燈籠 
 仙波東照宮はまさに川越の歴史の宝庫。
 秋はこれらをじっくり味わいたい。

      

 再び中院(天台宗/山号は星野山/寺号は無量寿寺/院号は中院)にやってきました。
 しだれ桜が有名で春先は大勢の人で賑わいますが、今の時期はひっそりしたもの。
 それが逆に落ち着いた味わいがあります。

中院・本堂 

 前回は14日(金)でしたが、10日も経つと景色は秋づき、境内には馥郁たるキンモクセイの香り。

キンモクセイと不染亭 

 キンモクセイの木は島崎藤村ゆかりの「不染亭」近くにあります。
 うーん、いい香りだ。

キンモクセイ越しに見る本堂  

 私はこの香りが好きで、中華街の行きつけの店で桂花茶を買うのですが、先日(09/17)行ったら売り切れでした。「明日なら入りますけど」といわれたけど、明日はこないよ。
     

 お茶がらみでいえば、ここは狭山茶発祥の地であり、阿弥陀堂の近くに記念碑があります。

「狭山茶発祥之地」の石碑 

 その近くには茶の木も植えられているから、ここのキンモクセイの香りを脳でブレンドすれば、「バーチャル桂花茶」が味わえなくもない?
 ふーむ、中華街で買うこともないのか。

      

 山下公園にやってきました。
 芝生の花も秋模様になりましたが、まだ豪華客船を引きずっています。

山下公園・秋の花 

 というのも、ここからもよく見えるからです。
 右がダイヤモンドプリンセス、その向こうが飛鳥Ⅱです。

山下公園から見る豪華客船① 

 これを花越しに撮ってみました。なかなかの風情です。

秋の花と豪華客船 

 花越しではなく、そのまま見たいという向きにはこれ。

山下公園から見る豪華客船② 

 山下公園の定番「赤い靴をはいてた女の子」像と。
 外国を航海する豪華客船を見て、女の子はなにを想うのか。

赤い靴をはいてた女の子像と… 

 ちなみに像の下には「A little girl with red shoes on」と書かれています。
 これを見ると高校の英語教師を思い出します。
 「with red shoes だけではダメですよ。くれぐれもON(恩?)を忘れないように」
 (前にもいったっけ?)
      

 反対側(東側)は氷川丸。これもなかなかの味わいで。

秋の花の向こうに氷川丸 

 サンディエゴ市から贈られてきた「水の守護神」像。

水の守護神 

 5年前、俳句会の婆さんたちを引率して横浜にきたとき、山下公園で「あれは何ですか?」と聞かれたのがこれ。
 こちとら、赤い靴をはいてた女の子像や氷川丸などの定番は案内したけど、これを聞かれたのは意外でした。見慣れると気にもしなくなるからね。
    

 山下公園はいつきても感慨深いものがあります。

      

 大さん橋はデッキの先までやたら長く(約750m)、高低差も激しいので、徘徊コースを外れることが多いのですが、この日(09/17)は別。3隻の豪華客船が停泊しているのだから、間近に見ない手はない。

大さん橋    

 昨日も述べたように、大さん橋を正面にして左手前は「ロイヤルウイング号」。

ロイヤルウイング号  

 これとて(大さん橋を拠点に回遊する)食事クルーズ船としてはけっして小さくない(総トン数 2,876 トン 全長 86.70 m  幅 13.40 m 旅客定員 630名)のですが、他の2隻と比べると見劣りがします。
       
 そのとなりに停泊している「飛鳥II」(あすかツー)

飛鳥Ⅱ(船尾)  

 総トン数 50,142トン 長さ 241 m 幅 29.6 m 旅客定員 872人 乗組員 約470人というから、国内クルーズ船で日本最大の客船です。

飛鳥Ⅱ(船首側) 
               

 その反対側(右岸)に停泊している客船は「ダイヤモンドプリンセス」(Diamond Princess)
 これは外航クルーズ客船で、今の時期はアジアを回っているそう。

ダイヤモンドプリンセス(船尾側)    

 総トン数 115,875 トン 全長 290.00 m  全幅 37.50 m 旅客定員 2,706名 乗組員 1,238名というから「飛鳥Ⅱ」よりはるかに大きい。

ダイヤモンドプリンセス(船首)   

 大きすぎてフレームに収まらない。

ダイヤモンドプリンセス(大きすぎて収まらない)    

 大さん橋はふだんは寄らないところですが、この日は豪華客船が間近に見られてよかった。
 船旅? 経済的な理由で永遠に縁がないかな。

        

 大さん橋に停泊する「飛鳥Ⅱ」は何度も見ているので今さらという感じですが、近づいて見ると他にも客船が停泊していることがわかります。

3隻の豪華客船 

 これで見ると、「飛鳥Ⅱ」は左、右手前は食事クルーズ船「ロイヤルウイング号」、その向こうは巨大な豪華客船。ロイヤルウイングだってそこそこ大きいのに、この日(09/17)はすごく小さく見えまーす。
 ということで像の鼻パークにやってきました。

像の鼻パーク 

 となれば、横浜三搭(ジャック・クイーン、キング)が一度に見られる場所があるのですが、この日は修理のためなのか、キング(神奈川県庁)、クイーン(横浜税関)と塔には覆いがかけられていました。

横浜三搭が同時に見える? 

 中央のジャック(横浜開港記念館)は覆いなしです(白っぽい塔の左下)が、ちょっと見えにくいかな。
      

 しかしこの日は豪華客船が気になります。
 他の景色はそっちのけで、いろんな位置から大さん橋方向にシャッターを切っていました。
 像の鼻テラスから見た豪華客船。

像の鼻テラスから見た豪華客船 

 さらに山下臨港線プロムナードにも上がって大さん橋方向を撮りました。

山下臨港線プロムナードから見る大さん橋 

 豪華客船が3隻同時に見られるなんて、(地方の者にとって)そうはない。
 われを忘れて船ばかり追い求めていました。(お許しを)
 こうなったら大さん橋にも行かなきゃ。

       

 臨港パークから東の方向、国際橋を渡ったところが新港地区です。
 ここは島になっていて、コスモワールドやワールドポーターズ、赤レンガ倉庫などいろんな商業施設がありますが、私が好きなのは海側。

万葉倶楽部の海辺    

 とくに万葉倶楽部やカップヌードルミュージアムの海辺の景色がいい。
 このあたり、昔は「新港パーク」と呼ばれていたのですが、今は「カップヌードルミュージアムパーク」というそうです。昔のほうがよかった。

海辺の松林 

 ここは隠れた桜の名所ですが、北側は勝林になっていて、それ以外の季節でもなかなかの風情があります。
 とくに松林から見る海の景色は、臨港パークとはまた違う味わいがあります。

松林から見る海(横浜港) 

 ここから臨港パーク(西側)を見るとこんな感じ。

新港パークから見る臨港パーク 

 東側の清港埠頭9号岸壁では大規模な工事中。
 掲示板によると、大さん橋級の客船ターミナルができるようです。建物も豪華そうだし。

工事中の新港埠頭9号岩壁 

 さらにその東側の波止場は海上保安庁の敷地なので、曳船(えいせん)や巡視船などが停泊しています。
 曳船「明治丸」

曳船「明治丸」 

 曳船とはタグボートのことで、港湾内などの狭いところで小回りが利かない大型船をロープで牽引したり、船首で押したりして誘導します。
 船体は小さいながらも馬力が大きく、多機能な設備を備えたものが多いため、進路警戒、荷役警戒、海上火災や流出油の処理に当たるなど、海上の安全を守るためさまざまな作業を行います。

 

 巡視船「あさつき」

巡視船「あさつき」

 赤レンガ倉庫までくると、大さん橋に停泊している船が見えます。

客船「飛鳥Ⅱ」 

 大きさ・形からすると、あれは「飛鳥Ⅱ」だな。
 
     

 久しぶりの臨港パークです。
 今年の前半は花を見ることが中心だったので、ここは素通りでした。
 直近では昨年11月下旬、それも夜に近い夕方でした。
    

 やっぱり朝の臨港パークはいいなあ。
 今日は関東全体が雨模様だけど、この日(09/17)は晴れていた。

臨港パーク① 

 ここの海辺は山下公園とはまったく違って、海岸線がわずかに湾曲していて、護岸はゆるい階段状になっています。

臨港パーク② 

 釣りをしているおじさん。
 以前聞いたら、コノシロを狙っているとか。
     

 東側にベイブリッジが見えます。なかなか味わいのある光景です。

向こうはベイブリッジ 

 一本の木と海。
 おなじみの光景。気に入っています。

おなじみの景色 

 ぷかりさん橋。
 前にもいいましたが、厳密にいうとこれは浮いているので、桟橋ではなく船だそうです。
 水面に映る姿もなかなかの味わい。

ぷかりさん橋 

 臨港パークの角に小さな灯台があります。
 いつもはあまり気にしないけど、ここから見るぷかりさん橋も風情があるのでは。

灯台とぷかりさん橋 

          

 新高島からくるとグランモールの突き当りにクイーンズスクウェア横浜のモニュメントがあります。
 いつも目にしているのでわざわざ撮ることはしませんが、今回はランドマークタワーをバックに撮ってみました。我ながら、なかなかのできばえ。

ランドマークタワーとモニュメント 

 クイーンズスクウェアは私にとっては臨海パークに抜ける通路ですが、横浜最大級のショッピングセンターだけあって、なかなか魅力ある通路になっています。

クイーンズスクウェアの通路 

 今回気になったのは「ステーションコア」と呼ばれる吹き抜け部分。
 地下5階には地下鉄のみなとみらい駅があって、各階とはエスカレーターでつながっています。

ステーションコア 

 ステーションコアから外を見ると、これがなかなかの光景。
 ベンチに座って外を眺める人、読書する人、パンと牛乳を食すОL(朝食?)など様々。

ステーションコアから外を見ると… 

 思わずガラス窓に引き付けられました。眼下に植え込みが見えます。

ガラス窓から見た景色 

 この植え込みが気になったので、外に出ました。

外から見る植え込み 

 なだらかな高低差がつけられ、きちんと手入れされていることがわかります。
 いつもは素通りするのですが、たまにはこんなところに目を止めるのもいいんでないかい。

     

 新高島にやってきました。
 ここは地下鉄みなとみらい線・新高島駅がありますが、周囲はペンペン草の生い茂る原っぱ。
 これを見るたび、「あれは夢まぼろしだったのか」と思います。
 下の写真、右は「ゲント横浜」というゲームセンターで、左は「ベイサイド迎賓館」という結婚式場でした。

新高島駅から見る空き地 

 ゲント横浜は単なるゲームセンターではなく、ノスタルジックな雰囲気で、年配者にとっても気持ちをそそられる施設でした。他に映画館やライブハウスもありました。
 夜遅くまで若者がゲームに熱中し、この通りもけっこう賑わっていたのに。
         
 その先のすずかけ通り歩道橋からこの原っぱを振り返ると、こんな景色。
 左がゲント横浜、右がベイサイド迎賓館の跡です。

すずかけ通り歩道橋から見る空き地 

 これらは2015年1月に閉鎖され、取り壊されたというから、つい3年前。
 その後は何の建設もなく更地のままなので、無人の原野(?)になっているというわけ。
 「発展し続けるみなとみらい地区」というけど、現実はこれか。
    

 すすき原若者たちの夢のあと
   

 その反対側は「グランモール公園」なる遊歩道。
 幅25mもある遊歩道(長さ約700m)で、所どころ花壇があり、四季折々の草花が咲いているので公園といえなくもない。

すずかけ通り歩道橋から見るグランモール公園 

 この通りが整備されたのは19年ほど前、中央には水路が走り、その周囲には木のデッキが施され、歩くのには心地よい遊歩道でした。
 しかし今はタイルが敷き詰められて、あまり面白みはない。

グランモール公園の敷石 

 昨年春のガーデンネックレスでこの通りに展示店を出していた造園業の方としゃべっていたとき、「ここは昔、木のデッキで、水路が通っていたんだよ」といったところ、「えッ、そうなの? そのほうがよかったなあ」とおどろかれました。
 この人は横浜在住(磯子区だとか)といってたけど、知らない人もいるらしい。
     

 もっともここは道路施設の移り変わりは激しいようで、美術館前の噴水はなくなって、芝生になっていました。
 噴水は夏の期間だけなのか。

美術館前広場 

 そういえば美術館の向かいに「マークイズみなとみらい」ができたのは5年前だけど、ついこの間のような気がします。

マークイズみなとみらい 

 すずかけ通り歩道橋の近くに「ジャックモール」というショッピングセンターがあったけど、知ってる人は少ないだろうな。

    

 久しぶりの横浜・みなとみらいです。
 いつもは横浜駅東口からスカイビル→日産ギャラリーを経てグランモールに出るのですが、今回は日産ギャラリーの手前ではまみらいウォークを降り、「高島水際線公園」に寄りました。

みなとみらい大橋から見る高島水際線公園 

 ここは5年前(2013年4月)にもきたことがあるのですが、なんだかうら寂れた場所のような気がして、UPする気にはなれなかったのです。
 それもそのはず、ここが開園したのはその2年前(2011年5月25日)というから、あまり知られてなかったのかな。
 それから5年も経つとさすがに知られるようになったのか、この日(09/17)は母娘がテニスに興じていました。

テニスに興じる母娘 

 というより、母親のほうがはるかに上手で娘に指導している様子。
    

 その奥に貨物線の跨線橋があります。

貨物線の跨線橋 

 この線路は東海道本線の貨物支線である高島線。
 ここから高島水際線公園を見ると、向こう側に(左から)ゼロックス、日産グローバル、横浜駅スカイビルが見えます。

跨線橋から見る高島水際線公園 

 反対側は神奈川地区。右奥には水産物の中央卸売市場があります。

跨線橋から見る神奈川方面 

 みなとみらい地区の穴場中の穴場だけど、水辺ではウミウが見られたのも大きな収穫でした。

水辺のウミウ 

     

 川越氷川神社の南、約2kmのところに末社の仙波氷川神社があります。
 規模は小さくひっそりしています。
 しかし今の時期は入口から道路沿いにかけて彼岸花が咲いています。

一面のヒガンバナ①(仙波氷川神社) 

 ヒガンバナは花が派手な割には足元がスカスカしていますが、これは密集して植えると育ちにくいからではないか。(あくまでも個人の推測です)
 というわけで、ここのヒガンバナの群生はなかなかのもの。

一面のヒガンバナ②(仙波氷川神社) 

 彼岸花には毒性があり、死人花(しびとばな)、地獄花(じごくばな)といわれているだけに、どこかの公園に漫然と咲いているのとは違って、神々のおわすところだけに深いものがあります。

 ヒガンバナ(奥は拝殿、右は鳥居)

 当神社もそれは心得ているらしく、「ヒガンバナ(彼岸花)について」なるリーフレットが用意されていました。
 それによると、「彼岸花の題名は『リコリス』といいます。ギリシャ神話の海の女神リコリスの名にちなんでつけられました……(以下略)」などと書かれています。

ヒガンバナ(仙波氷川神社)   

 いずれにせよ、当神社が精彩を放つのは今の時期だけ。

     

 川越氷川神社にも寄りました。
 ここは(愛情面の)パワースポットといわれるだけあって、平日でも若者の参拝客で混雑するところですが、この日(09/14)は午前中大雨が降ったため、参拝客はそれほどでも。

川越氷川神社の大鳥居 

 拝殿への参拝客はぽつぽつと。
 いつもはこの列がL字状に折れ曲がって大鳥居にまで続くというのに。

拝殿への参拝客      

 川越氷川神社は今から約1500年前、古墳時代の欽明天皇二年に創建されたとのことで、室町時代の長禄元年(1457)、太田道真・道灌父子によって川越城が築城されて以来、城下の守護神・藩領の総鎮守として歴代城主により篤く崇敬されてきたそうです。(川越氷川神社HP)
     

 絵馬のトンネルです。
 同社は縁結びの他には家庭円満にもご利益ありとのことで、「縁結び・家庭円満」の祈願絵馬が奉納されているのですが、いつも一杯。増えすぎると適当に処分されるのかな。

絵馬のトンネル   

 同神社で見かける若い女性の姿といえば……。
 「一年安鯛」を釣り揚げる女性。なかにくじ(籤)が入っています。
 他にも「良縁あい鯛」という恋愛専用(?)の恋みくじもあります。

一年安鯛を釣り上げる 

 渡り廊下の吊り灯篭を撮る女性。
 最近ここで自撮りや記念撮影をする女性が多くなりました。

渡り廊下の提灯 

 なかには御神水をペットに詰め込む女性も。
 これは新手のタイプですが、珈琲でも淹れるのか。
 パワースポットの水だから、ご利益は大きいと思ったか。

御神水をペットボトルに… 

 なんだか不心得者のように思うけど、これもアリらしい。
 お賽銭はたっぷりはずめよ。

     

2018.09.15 中院の初秋

 久しぶりの川越です。
 伊佐沼(ここも川越)へはハスとヒマワリを見に7月下旬に行きましたが、市街は3ヶ月ぶり。
  

 先ずは中院。
 川越の寺院といえば喜多院が有名ですが、川越の「通人」は観光化された喜多院(川越大師)よりも中院を好みます。
   

 山門です。
 いかにも初秋らしく、涼しい風を感じます。

中院の山門 

 阿弥陀堂。
 いつになくしっとりした味わい。

阿弥陀堂 

 藤村ゆかりの不染亭。

不染亭 

 本堂です。
 この日(09/14)は午前中雨が降り続き、午後になってようやく上がりました。

中院(無量寿寺)本堂 

 境内に人はなく、しっとりしているのはそのためか。
  

 アジサイの小径。
 6月はここにカシワバアジサイ(柏葉紫陽花)が咲いていましたが、今はそれもなし。

アジサイの小径 

 境内にはヒガンバナ(彼岸花)が少し。
 やはり今年は早いようで。

境内に咲いていたヒガンバナ 

 中院はしだれ桜、アジサイ、紅葉……と四季折々の草花が見られるのですが、今の時期は何もなし。
 しかしそれはそれでしっとりした寺院の情感が味わえます。

   


 今年の夏はことのほか暑かったので、チャリによる徘徊はやめて、湘南、三浦半島へ赴いた模様を連日UPしました。
 しかしそれらも一応消化したので、久しぶりに山崎公園(富士見市)を訪ねました。
   

 おッ、咲いている。
 花壇一面にキバナコスモスが。

一面のキバナコスモス 

 「まあ、きれいねえ」
 とは近くを通りかかった老婦人。

キバナコスモス(クローズアップ) 

 花びらそのものはあまり面白みがない(悪いネ)のですが、群生で見るとなかなか見事です。
    

 キバナコスモスの奥の花壇に赤いヒガンバナ(彼岸花)がもう咲いていました。
 今年は早いんではないかい。もっとも夏が暑かったからか。

ヒガンバナの花壇 

 ヒガンバナはお彼岸のころに咲くのでそう名づけられたそうですが、「これを食べたらあの世(彼岸)逝き」という説もあります。
 実際ヒガンバナはアルカロイド系の有毒植物で、墓にこの花が植えられているのは、ネズミやモグラなどから土中の遺骸を(食い荒らされないよう)守るためとか。(以前にもいった覚えがあります)

近くで見るヒガンバナ 

 花はいかにも毒々しい赤で、形も個性的です。
     

 紅葉園の入口ではザクロが実をつけていました。

ザクロの木 ザクロの実

 昔、食べたことがあるけど、酸っぱいだけで上手くなかったような……。
 しかし酸味というのは身体にいいから、食するチャンスがあれば食べようかな。

     

 金沢八景駅は今、大規模な工事中です。
 金沢シーサイドラインから国道16号を渡り、京急金沢八景駅に向かって橋が架けられていますが、これは歩道橋ではなくてシーサイドラインの線路。金沢シーサイドラインは京急金沢八景駅に隣接するようです。
国道16号に架かるシーサイドラインの線路(右奥は京急金沢八景駅) 
 私は単なる旅行者なので、シーサイドラインと京急の間が離れていようと一向にかまわない。
 むしろ離れているほうが金沢八景駅周辺を徘徊するのに都合がいい。
 そのため、「なにも隣接しなくても歩道橋で結べばいいんじゃないの」と思っていたけど、通勤客の利便性を考えると、すぐ近くに隣接させたほうがいいらしい。
新しくできるシーサイドライン金沢八景駅(線路がカーブしているのがわかる) 
 しかし駅を近づけるとなると、なかなか大変。
 というのも、シーサイドラインは京急金沢八景駅に向かって垂直ではなく45度ほど傾いているので、隣接させるには線路をカーブさせる必要がある。
 それでも隣接させようというのだから、大変な意気込みであることがわかります。
反対側から見たシーサイドライン金沢八景新駅 
 一方京急側にしても、隣接するシーサイドラインに合わせるため高架にする必要があるので、その工事も行われています。
 そのため金沢八景駅は今、大変な工事中。
京急金沢八景駅も工事中 
 これらの工事は来年(2019)3月で完成するそうで、どんな景観になるのか楽しみです。
 
    

 瀬戸神社から瀬戸橋へ向かう途中に多くの船が停泊しています。
 これは船宿の釣り船。
 釣りに関しては昔、少しかじったことがあるので、船宿には魅かれるものがあります。

船宿の釣り船   

 眺めているだけでも楽しい。
     

 そこから瀬戸橋を渡って少し進むと「歴史の道」三叉路に出ます。
 何やらいわくありげな場所ですが、ここに「憲法草創の碑」が建てられています。
 この憲法というのは明治憲法で、伊藤博文をはじめ金子賢太郎、伊東巳代治、井上毅たちで、明治20年この地の料亭東屋で集まり、起草したとのこと。(説明文)

明治憲法草創の碑 

 この石碑は昭和10年、金子堅太郎により東屋の庭に建てられたそうですが、東屋の廃業により、ここに移されました。
  

 近く(野島)に伊藤博文の別邸があったので、当時の内閣の面々はこのあたりを根城にしていたのでしょう。

平潟湾の地図 

 「歴史の道」を北へ進むと数多くの寺社があり、突き当りに称名寺(金沢八景のひとつ)がありますが、足と相談して金沢八景駅に向かいました。

     

 (一昨日09/09の続きです)
 平潟湾の突き当たりに小さな島が飛び出しています。琵琶の形に似ていることから、「枇杷島」と名づけられました。(09/09の写真参照)

枇杷島神社・鳥居   

 こういう島にはあり勝ちな弁財天。
 ここの弁財天は北条政子が近江(琵琶湖)の竹生島から勧請したものとか。
 彦根がルーツの私には親近感があります。

朱塗りの弁天橋を渡ると神社の祠が 

 ここにある弁財天は珍しく立ち姿です。なんでも「立身出世」にご利益があるとか。
 弁財天は芸能(芸術)の神様で芸の向上にご利益があるのですが、これで立身出世ということは、それが世に認められ、実質的な利益も得られることになります。まさに鬼に金棒。

枇杷島神社の弁財天 

 この松林から見る平潟湾もなかなかの風情。
 ここは金沢八景のひとつ「瀬戸の秋月」の夜景を今に伝えるとのこと。

枇杷島から見る平潟湾の景色 

 よるなみの瀬戸の秋風小夜更けて
 千里のおきにすめる月かけ
               (京極高門)
 ふーむ、そんなものかね。
   

 枇杷島神社から横須賀街道(国道16号)を挟んだ斜め向かいに瀬戸神社があります。
 街道がなかった昔は海に面していたので、枇杷島とは橋で結ばれていたそうです。(枇杷島の説明書き)

瀬戸神社・鳥居 

 このあたりは昔は入り江で狭い水路が平潟湾につながっており、海神が祀られていたそうです。
 治承4年(1180)源頼朝は伊豆で挙兵した際、加護をもらった伊豆三島明神をここに勧請し、社殿を建立しました。これが瀬戸神社の創建です。
  

 それよりも私が気になったのは本殿の奥、崖に彫られた小さな祠。
 近寄ってみると小さなお稲荷さん。
 こちらのほうがありがたいような……。

本殿裏・崖の祠 

 さらに境内に横たえられた古い大きな木。
 これは延宝8年(1680)8月6日の大風に転倒した後も朽ちなかったので、「蛇混柏」(じゃびゃくしん)と名づけられた名木。金沢八木のひとつである、とのこと。

境内に横たわっている古木 

 瀬戸神社は意外なパワースポットかもしれない。

      

 今年は植物の繁殖期が早いようで、稲も例外ではなく、9月に入って早々刈り取りが始まりました。
 エコパ近くの田んぼでも一部刈り取られていました。
 例年より2週間ほど早いのではないか。
 今年の夏は暑かったから、稲の生長も早かったのでしょう。

稲が刈り取られた田と稲刈り機 

 稲が刈り取られたあとの田を苅田(かりた)というそうです。
     

 以前、ある俳句会の投句で「代田」ということば目にし、意味がわからなかった(だいた?)ので採らなかったのですが、あとで代田(しろた)とは「田植えの準備の整った田(夏の季語)である」と知らされました。
 そんなことをいわれても、当方の胸にはなんの響きもない。
     

 句会が終わって茶飲み話をしたとき、あるオッチャンが、
 「代田、好きですねえ。田を使った季語では植田、青田、穂田、蒔田……など、いろいろありますよ」
 といったのですが、当方としては「ふーん、そんなものかね」という感想でした。
 こちらは農業の従事者でもないので、こんな季語が使われた句が出てきても、なんの感慨もない。
        
 私はある句会に入会したとき、自己紹介で、
 「私は俳句特有のことばには無知なので、知らないことばが使われた句は採りません」
 といったことがあります。
 むろんわけのわからない季語は歳時記で調べますが、それでわかったとしても、そのことば自体、自分のものになってないので、よほどのことがない限り採りません。(傲慢?)

まだ刈り取られてない田も    

 稲に関する句では、ある句会で、
    

 君が代は美しい歌稲の花
   

 という句に特選が3つも入ったのに呆れ、脱退しました。(ちょうど今頃の時期です)
 「美しい」ということばを使っても美しさを表現したことにならないし、そもそもこの句は「稲の花」(秋)でなくても「梅の花」(春)でも成り立つので、明らかな季語動き。
 
 こんなことで脱会するとは、まだまだ未熟な老年です。
 宗匠にはなぜかよろこばれましたが。   

         

 夕照橋から駅に向かう平潟湾プロムナード(湾沿いの道)です。
 下図を見てください。
 平潟湾の南西側、赤い点線の引かれた直線の道が平潟湾プロムナード(約1.2km)。

平潟湾の地図 

 歩道橋から見た景色です。
 右は平潟湾。金沢シーサイドラインが見えます。
 向こうは湾の奥で、金沢八景駅もあります。
 自転車が走行しているのがプロムナード。位置的には平潟湾の南沿い
 左に侍従川が見えます。そしてこの橋は平潟橋。(侍従川については以前述べたので省略)

歩道橋から見る平潟湾プロムナード 

 振り返ると夕照橋。その向こうは野島です。

歩道橋から見る夕照橋 

 この道には棕櫚や椰子の木などが植えられていて、ちょっとした南国を思わせます。

ちょっとした南国ムード 

 途中から金沢シーサイドラインに合流。

上は金沢シーサイドライン 

 湾内には数多くの釣り船や屋形船、プレジャーボート、ヨットなどが停泊しています。

湾内には多くの船が 

 また釣りをやる人も多い。
 最も多いのは鯊(ハゼ)、他にはメバルやスズキなども釣れるそう。
 近くに高校があるので、放課後ともなるとグループで釣りに興じる女高生もいます。
     

 湾の奥にくると、弁天様が祀られた枇杷島神社が見えます。

枇杷島神社 

 この道は何度通っても飽きません。
 「日本の道百選」に選ばれている山手通りと海岸通りも何度通っても飽きないけど、ここはそれ以上かな。

      

 野島に架かる夕照橋。

夕照橋(対岸は野島) 

 しっかりした石造りの橋で、欄干の擬宝珠もクラシックな味わいがあります。

夕照橋(六浦側)① 

 この橋から平潟湾の河口側を見ると、左に野島の漁村が並び、なかなかの風情です。

夕照橋から見る平潟湾河口(左は野島漁港) 

 金沢区の広報によると、昔は野島⇔六浦間は渡し舟で行き来していたのですが、交通の利便上橋が必要になり、渡し場を廃止して昭和19年(1944)に橋が架けられました。戦時中だったこともあって「徴用橋」(ちょうようばし)、のちに八紘橋(はっこうばし)と呼ばれました。
    

 戦後の昭和27年(1952)に3代目の橋が架けられましたが、金沢八景のひとつ「野島の夕照(せきしょう)」から夕照橋(せきしょうばし)と名づけられ、(のちに「ゆうしょうばし」)、昭和60年(1985)に4代目の夕照橋が架けられ、現在に至っています。

夕照橋(野島側)     

 野島側から見るとこんな感じ。車(それも大型トラック)の通行量はけっこう多い。
 追浜方面から横浜方面に行くには、野島を通ったほうが近いからでしょうか。

夕照橋から見る平潟湾の奥 

 夕照橋から平潟湾を見るとこんな景色。
 海上、右から中央に見える青い線は金沢シーサイドライン(モノレール)。

夕照橋(六浦側)② 

 夕照橋というからには、もう少し暮れた時刻のほうがいいのかもしれませんが、帰りが遅くなるので、駅のほうに向かいました。

       

 昨日の北海道地震の様子は、時間が経過するごとに被害の大きさが伝わってきました。
 山が崩れて住宅を呑み、都市の道路は陥没してぐちゃぐちゃになり、建物は傾いて倒壊寸前。死者9名、負傷者305名、行方不明者28名。(震度は6強から7へ)
 胸が詰まりますが、私にはどうすることもできないので、横浜・金沢八景平潟河口の様子をお届けします。

         

 実はこれ、先日(09/03)の続きで、東京湾第三海堡遺構から夏島貝塚通りを追浜駅方向にもどり、途中追浜公園から北上し、日産本社前を通って平潟湾に出たというわけです。(これも3年前と同じコースです)

日産自動車本社前 

 私にとって横須賀の追浜近辺はもう「見納め」ですが、金沢八景は違います。
 向かいに野島が見えます。

平潟湾河口(向かいに見えるのは野島)

 3年前にきたとき(2015/10/15)は湾内に砂が堆積して見るも無残な状態でした。
 河口というのは放置しておくと、海から運ばれてきた砂がどんどん溜まって水路が塞がるので、定期的に砂を掻き出すのですが、このときはその直前だったのか。

3年前の平潟湾河口 

 今は水が張っていい景色です。砂掻きご苦労様です。(費用もかかるし)
 向こうに見える白い三角屋根は八景島シーパラダイス。

現在の平潟湾河口 

 この平潟湾、昔の金沢八景の図を見ると、平潟湾の南にもうひとつ湾があり(今の関東学院や横浜創学館は埋め立て地)、野島はもっと小さかったようです。
  

 平潟湾を奥に進むと、野島の漁村が見えてきます。
 この景色が何とも素晴らしい。

野島の漁村 

 夕照橋に近づいたところから見るとこんな感じ。
 ちょっと凝りすぎたかな。

夕照橋付近から見る野島漁村 

 昨日(09/05)は午後から台風一過の晴天。フェーン現象もあって気温が上昇しました。
   

 ニュースを見ると、今度の台風はやはり記録的な台風だったようで、死者11名、負傷者470人、さらに関空が使えなくなり、あちこちで寺社の建造物が崩壊、家屋が崩壊したり、屋根が飛んだりの大きな被害をもたらしました。
    

 こっちは大した被害もなく、暑さに閉口しながらも近辺を徘徊しました。
 一昨日はこちらも大雨に見舞われましたが、近辺の河川が氾濫することはなかったようです。
    

 そこで昨日も砂川用水路を見てきました。
 この日は花影橋ではなく、大井弁天の森。桜の名所です。
 川の流れはいつも通りで、水位が上がった様子はありません。

昨日の砂川堀用水路 

 その近くに調整池があるのですが、見ると水が少し貯まっています。
 ということはある程度ここに雨水が貯まったのだな。

砂川堀用水路の調整池 

 やはりこういうことで、ここ南埼玉の河川は守られているのだろうか
 具体的にここの水が満杯近くまで貯まったのは見たことはないのですが。

底に水が貯まった調整池 

 今朝3時8分ごろ、北海道で震度6強の大きな地震があったそうです。
 台風のあとは地震。
 日本列島はつくづく自然災害に見舞われるところで、被害に遭われた方々にはお見舞い申し上げます。
 一方まだ被害に遭ってない我われも何時災害に遭うかもしれず、常に何らかの覚悟を持って生きねばならないということでしょうか。

安楽寺のコキア 

 オマケは駒林にある安楽寺(天台宗)境内のコキア。
 これが紫に色づくのは約2ヶ月後? それまで安楽でありたいものです。

       

 昨日(09/04)は台風21号が西日本に上陸し、関西地方を中心に多大な被害をもたらしましたが、ここ南関東でも屋根が飛んだり(八王子市)、足場が崩れたり(横浜市)と、強風による被害があったようです。
 私の住んでいる南埼玉も朝から強風が吹き、ときおり激しい雨に見舞われました。
 この雨の降り方が極端で、降らないときは晴れ間も出るほどですが、いきなり空が曇って大雨がザーッと降る。これが数回くり返されました。
    

 最初に大雨が降ったのが午前9時すぎ。
 これはいよいよ台風の大雨か、と思ったら、いつの間にか止んで青空が出ている。
 それなら、と昼すぎになってエコパに出かけました。
 その途中、砂川堀の様子を見ましたが、あれほど大雨が降ったにも関わらず水位が上がった形跡はない。大した雨量ではなかったのか、それとも治水が上手く働いているのか。

花影橋から見る砂川堀 

 エコパではいつも会うオッチャンが、
 「台風は(午後)3時ごろ関西に上陸するってよ。こっちにも影響はあるだろうから、早めに帰ったほうがいいみたい」
 というので1時すぎにそこをあとにしました。
 途中、スーパーで食料品の買物をして外へ出たところ、空は俄かにかき曇って大雨が。
 えッ、たった10分ぐらいの間に?
     

 3時40分に歯医者に行く予定があるので、雨宿りしている余裕はなく、大雨のなかをチャリで飛ばしました。
 これが大変な難行で、路面が水浸しで車輪がとられ、しかも向かい風でなかなか進まない。しかも全身びしょ濡れでメガネに水滴がかかって、前も見にくい状況。
 それでも車に気を付け、赤信号にはきちんと停止し(こういうときこそ交通違反は危険)、最大限の注意をはらいました。
     
 帰るまでにはいくつかの難所(交差点)があるのですが、そこをも慎重に通過して、約20分ぐらいで帰宅。いつもより時間がかかったと思います。帰ったときは下着までずぶ濡れでした。(フロに入ってきたというのに)
          

 乾いた衣服に着替えて、3時すぎに再び外出。歯医者に向かいました。
 雨はもう止んでいると思ったら、また降ってました。
 それでも先ほどの大雨に比べると楽なもの。フード付きのレインコートを着てるし。

雨が降り出した近所の茶畑 

 こんな雨だから歯医者にくる人は少ないのではないかと思いきや、待合室はいつもと同じ。
 マジメというか、みんな私と同じように切実な問題を抱えているんだなあ。
 今の私の状況は、5ヶ月前に抜かれた右横の下の歯(2本)に義歯をブリッジで両隣を繋げるのですが、下の歯茎が痛んでいるのでそこを直す治療です。
 ここの歯医者は患者が多く1回抜けると1週間ぐらい先に延ばされるので、予約はきちんと守ります。早く治療を終えたいので。
    

 この日は、まだ歯茎の痛んでいるところを直す治療の続き。
 ブリッジをかけるのはまだその先かな。
    

 歯医者を出たとき、雨は止んでいましたが、本格的に降り出したのは夜になってから。
 ひと晩じゅう雨風強く、音がするほどでしたが、今朝(09/05)になって雨はすっかりあがりました。
 今(07:58現在)は青空さえ見られます。
 午後はフェーン現象で暑さがぶり返すそうだけど、暑いのはもう勘弁してくれ。

    

 8月もやはり猛暑が続いたので、チャリによる遠出はせず、もっぱら近隣でお茶を濁しておりました。
 ところが先月雨から気温が低くなってきたと思ったら、9月になって大雨。
    
 それでも昨日(09/03)は午後から雨が止んだので、航空公園(所沢市)まで行ってきました。
 元滑走路だった沈床茶園には秋の花が。

元滑走路だった沈床茶園 

 そして放送塔前の花壇にはサルビアが。

放送塔前の花壇    

 9月になってから、連日25℃を超えていた熱帯夜は治まりました。
 おかげで熟睡できるようになった、と思ったら尿意で目が覚めてしまう。
 暑いと汗で出ていた水分が、平温になって尿に溜まった? 皮肉なものです。これからは水分の摂り方を考えねば。
   
 池にやってきました。
 何の変哲もない池ですが、地元の人には愛されているようで、いつもお年寄りがベンチに坐っています。

航空公園の池  

 おや、これは?
 横たわった松の木。所どころ木の突っかえ棒で幹を支えています。
 臥龍梅(がりょうばい)ならぬ臥龍松?

臥龍松? 

 もっともこうなるのは幹が老化して自らの体重を支えられなくなったため。
 こんな老木を愛でるのは日本独特の風雅を愛する心。
 今月17日は敬老の日であります。(年寄りを大事にしろよ)
           
 ニュースでは、25年ぶりの強い台風21号が09/04(今日)の午後にも上陸するとのことで、関東にも警戒が呼びかけられています。
 しかしこのときは雨も風もなく、静かなものでした。まさに嵐の前の静けさ。
   
 今日は午後からの外出は控えたほうがいいとのこと。
 そんなこといったって、歯医者の予約があるんだけど。

       

 夏島貝塚通りに出ました。
 この通りは追浜駅から東に延びる道ですが、その先の夏島町(日産自動車テストコースの手前)に縄文時代初期の夏島貝塚があることから、この名がつけられています。

夏島貝塚通りを東に進む 

 この通りの東端に「アイクル」なるごみリサイクル施設があります。
 外から見るとホテルか商業施設と見紛うようなおしゃれな建物。

ごみリサイクル施設「アイクル」 

 ここは3年前にも訪れました。
 横須賀市営のリサイクルプラザで、「容器包装リサイクル法」に基づく施設では国内最大規模だそうです。 

ごみ回収車入口 

 それよりも当方はここの5階の窓から海を眺めるのが好きです。
 対岸は先月(07/12)歩いた走水・観音崎。

アイクルから見る東京湾 

 アイクルの斜め向かいに東京湾第三海堡遺構があります。

第三海堡遺構① 

 これは海上防衛のための要塞として明治25年(1892)に起工、30年の年月と巨費を投じて大正10年(1921)に完成しましたが、関東大震災で約3分の1が水没し、それが暗礁化して多くの海難事故を引き起こしたため、撤去工事が行われ、一部はうみかぜ公園と、ここ夏島都市緑地に設置されました。

第三海堡遺構② 

 それに対してこちらは、観測所・探照灯・砲側庫の構造物とのことで、近くには説明板も設置されています。

第三海堡遺構③ 

 こうしてみると横須賀は昔から海上防衛の要所だったことがわかります。
     

 思い起こすに、ここ浦郷地区(深浦湾~夏島貝塚通り)は3年前(2015/10/15)に訪れ、鷹取山は2年前(2016/07/15)に訪れました。
 ところがある事情で、このとき撮った写真ファイルはすべて焼失。口惜しい思いをしました。
 しかし悔やんでもしょうがない。
 なんとかあのときの情景を取りもどしたい、という思いから、追浜駅を起点とするふたつのコースをこのたび(08/23)一日で挙行しました。
 そのため多少無理したところもあり、また二度目ということもあって、省略したところもあります。観音寺や貝山緑地など。
     

 先日(08/29・鷹取山④下山)でも述べたように、この齢になっての旅というのは、冥途の土産であり、見納めの旅でもあります。
 ここへはもうくることはないかな。

       

 深浦湾を300mほど北上したところに追浜トンネルがあります。
 レンガ造りの、なんとも風格のあるトンネルです。
 つくられたのは明治45年(1912)、当時は「鉈切(なたきり)トンネル」と呼ばれていましたが、昭和8年(1933)に改修され、追浜トンネルと名前が変わりました。

追浜トンネル 

 ここを通り抜ける手もありますが、前回同様「官修墓地」への石段を上りました。
 「西郷どん」の西南戦争にも関連があるとのことで、ぜひ寄っておきたい。
 しかしキツイ。午前中上った鷹取山上り口の石段を思い出しました。

官修墓地への上り口 

 官修墓地は荒れた草むらのなかにありました。
 解説板によると、この墓地は西南戦争(明治10年=1877)に出征した政府軍兵士の墓というから、西郷どんと敵対した側。
 「この戦役で負傷した兵士が帰ってくる途中、船内でコレラが発生し、数人が亡くなり、そのうち遺族不明の48名の遺骨を政府がここに埋葬した」とのこと。

官修墓地  

 圧倒的に水夫(船員?)が多い。政府軍、しかも非戦闘員といえども、非常に劣悪な環境に置かれていたことがわかります。
 西南戦争は我が国最後の内戦。この戦役で西郷軍は滅びましたが、政府軍も6200人以上の死者が出たそうです。
 両軍の犠牲者に対して手を合わせました。
       

 地元の人の話では、毎年4月の慰霊祭になると墓地はきれいに清掃されるのですが、それが過ぎると放置されるそうで、今(8月下旬)は草が伸び放題。
    

 墓参を終えて高台へ。
 ここから北方向を見ると、正面に野島が見えます。
 その左手前が横須賀スタジアム。
 野島の右側は日産自動車の工場です。

高台から見る北側の光景

 ここは尾根道なので南側(長浦湾)も見えるはずなのですが、木々に遮られてよく見えない。
 それでも辛うじて見える、かな。

高台から見る南側の光景 

 このまま尾根道を進むと夏島貝塚通りに出ますが、かなり追浜駅寄りなので、途中から下に降り、正禅寺(臨済宗)の前を通りました。

正禅寺・山門 

 この道は追浜トンネルを通り抜けた道。
 とんだ遠回りですが、上に登ったからこそ官修墓地や野島も見られたわけで。

       

2018.09.01 深浦湾を歩く

 深浦湾にやってきました。
 ここは横須賀市の北部に位置する奥深い入り江です。

深浦湾 

 かつては榎戸湊(えのきどみなと)といって海上交通の要所でした。
 また奥は昔から漁師町として栄えてきたところ。

深浦湾ボードデッキ 

 湾の入り口あたりはヨットや小型船が整然と係留されています。
 これは不法係留をなくすことを目的として横須賀市が2007年に開業したボートパーク。

係留されている小型船 

 通常のマリーナとは違って係留は浮き桟橋のみ。

浮き桟橋に係留されたヨット 

 この景色は「南仏プロヴァンスを彷彿される」として、「水辺のユニバーサル・デザイン大賞2007」特別賞に選ばれたこともあるとか。

巡視船も係留 

 湾の東岸は工場や倉庫が建ち並んでいますが、西岸の一部に住宅が建てられています。
 なかなか瀟洒な住宅です。
 各家の出入り口は海側になく、玄関は反対側にあるのが特徴。

湾岸沿いの住宅 

 窓を開ければ海の景色。
 憧れるけど、水道管など金属類がすぐ錆びるのが心配。(自転車も)
      

 湾の奥は漁港です。
 ここは昔、相模湾で獲れた魚介類を江戸の魚河岸へ出荷する漁港として栄えたそうです。

奥のほうは漁港      

 一般人は漁港内に立ち入ることはできませんが、東岸に回ると漁港がよく見えます。

深浦漁港 

 そして東岸から先ほど歩いてきた西岸を見ると……、

東岸から見る対岸の景色 

 湾岸沿いの住宅が見えます。
 その上に見える銅板の屋根は正観寺の本堂かな。