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 (一昨日08/29からの続きです)
 雷神社から再度駅方向に歩き、夏島貝塚通りに折れて、さらに追浜東町商店街に進みました。
 夏島貝塚通りです。

追浜駅から夏島貝塚通りへ 

 腹が減ったので、その通りにある海鮮料理店で昼食をとりました。
 頼んだのは穴子天丼。これはなかなか美味かった。

昼に食した穴子天丼 

 追浜東町商店街です。
 通りにはクラシックな街燈が設置されていて、それなりに雰囲気のある商店街ですが、如何せん人通りが少ない。なんだかシャッター街のような気もしますので。

追浜東町商店街 

 800mほど進むと、ちょっと変わった住宅街。
 コンクリートの足場の上に建てられた住宅。1階はガレージ。そこから階段を上って家に入ります。というのもここは崖沿いの家。
 見晴らしはいいけど、崖崩れの恐れはないのだろうか。他人事ながら気になります。

崖沿いの住宅 

 このあたりは山を切り拓いたところで、坂道が多く、またトンネル(隧道)が多いのも特徴。
 そのうちのひとつ「筒井トンネル」をくぐります。

筒井トンネル・入口   

 このトンネルは明治38年につくられたもの。狭いので入口には「先入車優先」の表示板が。

筒井トンネル・内部 

 これを抜けた高台に正観寺があります。山号は医王山。浄土宗。本尊は阿弥陀如来。
 そこから見える海の景色は深浦湾です。

正観寺から見る深浦湾 

 実はこのコース、3年前(2015/10/15)にも歩いたことがあるのですが、今回は山を昇り降りする観音寺などは省略しました。午前中は鷹取山にも登ったからね。

    

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 岐阜市の病院で、入院患者が熱中症の疑いで相次いで死亡するという事件が起こりました。
 亡くなった患者はいずれも80代の高齢者で、エアコンが故障したため扇風機で涼を取っていたという環境にあったとのこと。
   

 連日の暑さのため、熱中症で死亡する高齢者が増え、TVのニュースなどでも、「エアコンの使用をためらわないでください」と再三注意を呼び掛けていたというのに、人の命を守る病院がそれを無視してたとは。呆れるばかりです。
    

 それなのに院長は記者の「猛暑と死亡に因果関係があったとは思いませんか」と聞かれても、「元が非常に恐ろしい病気なので」と因果関係を否定しました。
 恐ろしい病気だったら、なおのこと温度管理には気を遣うだろう。
   

 エアコンが使えなくなって扇風機で間に合わせたという理由に、「冷房をいやがる高齢者もいたため」というのがありますが、これはまったくの詭弁。
 年寄の冷房ぎらいは経済的な理由と、一種の偏見。
 たしかに人工的に冷やすのは不自然で(長い目で見れば)健康に悪いかもしれない。
 しかし気温が人間の体温以上に上昇して、このままでは命に関わるというとき、何はともあれ気温を下げるのが先決だろう。
 そんなことは病院なら百も承知のはず。
     
 私は5年前、不意の骨折事故で7~8月の2か月間入院を余儀なくされました。
 院内はどこもエアコンが効いていました。
 私は右上腕骨剥離骨折で、骨のなかに金属の支柱を入れる手術を施されました。
 術後、その金属を入れたところにエアコンの冷気が当たって妙に凍みる。
 そこで担当医にエアコンの温度を上げてほしい、と訴えたところ、「それぐらい我慢しろ」というようなことをいわれました。
 患者全体の命を守るためには一個人の「好み」など二の次だというわけです。
 むろん病院としてはこれが正しい。
   

 高齢者にとって気温上昇は命取り、これは医療関係者なら承知の事実です。
 とくに熱帯夜は危険。
 私は今月の2日と23日に遠出をしましたが、とくに2日(鎌倉~逗子徘徊)は帰宅した午後8時30分すぎ、一日中締め切っていたため室内はムアーッと暑く、扇風機をかけても熱い空気をかき回しているだけ。エアコンをかけてもなかなか冷えない。
 身体は疲れ切っているのに、暑くて眠れない。汗がだらだら出る。息がつまる。心臓の鼓動がおかしい。
 ひょっとしたら、これで脳梗塞か、脳卒中でこん睡状態に陥るのではないか、と焦りました。
 幸い、翌朝無事に目が覚めましたが。
 しかしこれは冷房を利かせたからで、扇風機だけだったら果たしてどうなっていたことか。
   

 ちなみに岐阜の病院は昨日(08/29)になって冷風機6台を購入し、高齢者をエアコンのある新館に移したとか。やっぱり高温との因果関係を認めているじゃないか。
 このあたりの詭弁・強弁に悪質なものを感じて、県警が捜査するようになったと思われるけど、病院関係者は果たしてそれを認めるか。
 あの調子では、のらりくらりといい逃れすると思います。

     

2018.08.29 鷹取山④下山

 「これからどこへ行かれるんですか」とおじさんに聞かれたので、
 「追浜に下ります。前回は神武寺へ下りて懲りました」
 「あの道はハードだからなあ。途中で鎖場があったでしょ」
 「そう。崖っぷちで鎖を伝って進むしかないので、『マジかよ』と思いました」
 「はははは。あそこは地元の人でも滅多に行きません」
 「やっぱりなあ」

鷹取山公園・広場        

 そんなことを話しながら、展望台から鷹取山公園の広場に出ました。
 ここからも横須賀の市街地が見渡せます。

広場から見る横須賀市街地 

 「深浦湾はあの辺ですか」
 「いや、もう少し右です。それにしても横須賀には詳しいですね。どちらからおいでになりました?」
 「埼玉です」
 「えッ、そんな遠くから?」
 「なーに、東武東上線と東横線が繋がっているので横浜まで1本です。そこから京急で」
 「なるほど」
      

 「追浜へは近道がいいですか。それとも楽な道のほうがいいですか」と聞かれたので、「楽な道」と答えました。
 「それじゃ、近くまで案内しましょう」
 ということで住宅街を歩きました。区画整理された閑静な住宅街です。

住宅街を下りる     

 小さな商店街を通りました。
 「ここがこの地域(湘南鷹取)唯一の商店街でして」
 なかなか小じゃれた商店街で、住宅街そのもののセレブ性を感じました。
     

 「私なんかは海は見慣れてるので逆に海のない山に憧れますね。最近は山梨方面に行くようになりました」
 「大菩薩とか?」
 「そうです、そうです。朝4時起きして車で3時間ほどで着くんですよ。そこから登るんです」
 「けっこう健脚じゃないですか」
 齢を聞くと私より2歳上ということがわかりました。
     

 「この齢になると、あちこち歩くのは冥途の土産であり、見納め旅でもありますね」
 「たしかにその通りですね」
 「だから、きた以上はなるべく多くのところを回りたいという気になるのです」
 「わかります」
 同年代という安心感から、つい本音を口にしました。

 *

 「この道を真っ直ぐ降りると追浜近くの16号に出ます」
 とおじさんにいわれました。
 「いろいろと教えていただきありがとうございます。本当にお世話になりました」
 「いえ、こちらこそ面白かったです」
 おそらく二度と会うことはないけど、丁重にあいさつしてそこで別れました。
        

 いわれた通り、住宅街をどんどん下りました。
 首斬観音から上ってきた道とは違い、広くてなだらかな坂道です。
 これだと多分首斬観音より南(田浦方面)に出るのだろう、と思っていたのですが……。

住宅街の下り坂 

 16号に着いて、向かい側を見ると「雷神社」とあります。
 あれッ、ここにも雷神社があるのか。
 しかしよく見ると、ここは鷹取山に登る前にきた雷神社。
 改めて地図を見ると、私が歩いてきたのは追浜駅の裏側をぐるッと回るバス道路でした。
      
 ちょっと遠回りかもしれないけど、おじさんは最も楽な道を教えてくれた。しかも駅にはこちらのほうが近い。
 改めておじさんの親切心が身に沁みました。

       

 磨崖仏からさらに歩くと、開けたところに出ました。
 その一画に展望台があります。

鷹取山展望台 

 展望台は切り立った断崖(親不知という)の上ですが、上りやすいように石段になっていて、所どころ手すりもついています。展望台には「標高139m」の標識があります。
 ちなみに鎌倉の天園(大平山)は159.2m。

展望台に上がる   

 西方向に富士山が見えるとのことだったのですが、生憎この日は見えなかった。
 「今日は雲がかかってますね。この分じゃ見えないでしょう」
 というのは散歩がてら(?)にやってきた地元のおじさん。

西方向(富士山は見えなかった) 

 当方と同じぐらいの年齢か。話好きな人らしく、
 「反対に横須賀湾のほうはよく見えますよ。左は夏島で右は観音崎」
 「観音崎は先月行きました」
 「おや、行かれましたか。バスでですか」
 「いえ、馬堀海岸から歩いて。走水を通って観音崎灯台にも上りました。それどころか浦賀まで歩きましたよ」
 「えッ、浦賀まで。それはかなりの健脚ですなあ」
 「いや、ただのバカですよ」

展望台から見る横須賀湾 

 「この湾はね、大型客船も見られるんですよ。横浜の大さん橋から出航すると、夏島のほうから1時間近くかかって観音崎のほうへ進む。大てい夕方でね。あらかじめ出航時刻を調べておいて、ここを通るころにくるんです」
 「えッ、ここまでですか」
 「なーに、散歩ですよ」
 ふーむ、こういう散歩なら悪くないな。
    

 おじさんはさらに、
 「あっちの湾に赤い船が見えるでしょう。あれは南極観測船『しらせ』です」
 「えッ、あれが『しらせ』ですか?」
 「そう、南極の氷のなかでも目に付くように船体が赤く塗られているそうですよ」
 「なるほど」

南極観測船「しらせ」 

 前回はここからただ眺めるだけだったけど、今回はいろんな話を聞けて、なかなか面白い。
 やはり地元の人とは話してみるものです。

     

 ハーケンの穴だらけの切り立った岩壁をいくつか通りすぎ、とある岩の隙間を抜けると……、

岩壁の間を抜けると… 

 少し開けたところに出ました。
 振り返ると、岩に彫られた仏像。磨崖仏(まがいぶつ)です。
 なんと神々(こうごう)しい。思わず手を合わせました。

木々の間から見る磨崖仏 

 この磨崖仏は弥勒菩薩で、像高約8m、像幅約4.5m。
 彫刻家の藤島茂氏が昭和35年から約1年かけて製作したものだそうです。(「三浦半島・気ままに散歩」より)
 これを彫るのにどれほどの時間がかかったかは不明ですが、1年で彫り上げたというから、春夏秋冬ここに通い詰めて頑張られたのではないか。

近寄って見る 

 この磨崖仏、見る位置によって印象が違います。
 真下から見上げると、覆いかぶさってくるような迫力。

真下から見ると… 

 像の近くの解説板によると、
 鷹取山の由来には、太田道灌がここで鷹狩りをしたという説と、高いところを示す語に「タカットー」の原意があり、これが「タカトリ」となり、鷹取の文字をあてたものという説があるとのこと。
 当方にとってはどっちでもいい。
 鷹取山の名物はこの磨崖仏にあるのだから。



 鷹取山には2年前(2016/07/15)に上ったことがあります。
 印象としては、高台にある住宅街の先っちょにある山。
 そのため「上りはそれほど困難な山ではなかった」との思いがあります。

鷹取山へ登る道 

 今回上ってみると、この住宅街に上るのもけっこう大変だ、と思いました。
 事実、首斬観音のところで話しかけられた年配女性は、「鷹取山なんてここ10年あまり上ってませんねえ」といっていた。地元なのに、と思ったけど、そんなものなのかな。
    

 この住宅街は、鷹取山の麓から上へ上へと開発されて、けっこう高級住宅街になっています。
 ほとんどの家が車を持っているし。
 それにバス停もある。ということは、登山口まではバスで行けるのか。

住宅街 

 そんなことを思いながら、住宅街を上へ上へと歩いているうちに登山口に着きました。
 前回、散歩中の老人から「登山口から上るのはきついので、鷹取小の裏手から登りなされ」といわれたのを無視して登山口から上りました。今回も同じです。

鷹取山・登山口 

 急な細い石段で、右は横須賀市水道局の敷地。そうだった、そうだった。

水道局の施設 

 「きけん」の注意書きとともに、「防犯カメラ作動中・テロ対策特別警戒実施中」という物々しい看板もあります。
 金網で囲まれた水道局の脇から、さらに裏側に回る形で進みます。

水道局の裏を通る 

 石段を登り切り、水道局の裏に回り込むように進むと、切り立った岩壁に囲まれたところに出ました。これぞ鷹取山。
 これは明治中期~昭和初期まで石材(大谷石)を切り出したため、このような奇峰が形成されたとのこと。
 大谷石は加工しやすく、耐火性にすぐれていたため、主として石造建築に利用されました。

切り立った岩壁 

 岩肌に無数の穴が開いていますが、これはロッククライミングの練習で打ち込まれたハーケンの跡。(現在は禁止)

無数のハーケンの跡 

 切り立った岩壁の間からそこを抜け山道を進むと、また岩壁に囲まれた空き地。最初は珍しかった岩壁も次第に飽きてきました。
 前回、こんないっぱいあった?
      

 しかし前回の記述を読み直してみると、岩壁また岩壁でかなり難儀したようで、「ここは三浦半島の秘境だ」と述べています。
 「喉元すぎれば熱さ忘るる」とはこのことか。
 鷹取山にはこのようなところが数カ所あり、まさに三浦半島の秘境です。

      

 追浜駅から京急線沿いを田浦方面に少し歩いたところで目にとまった「良心寺」の石柱。
 このところ人心は荒れるばかりで、良心の存在は極めて疑わしい。
 まして当方の良心など吹けば飛ぶようなもの。
「良心寺」の石柱 
 そんなことを思いながら参道を上りました。
良心寺・参道 
 同寺は浄土宗で、宗祖は法然上人、開宗は承安5年(1175)とか。
 鐘楼はなかなか立派です。大晦日はこれを撞きたくて大勢の人が並ぶとか。
良心寺・鐘楼 
 本堂が変わっています。
 日本の寺院とはまるで様相が違う。
 写真を撮っていると、「お参りですか」とお寺の関係者らしき人から声をかけられました。
 「ええ、入口に『良心寺』の石柱を見たもので。わが心のなかに良心というものがあるかどうか、はなはだ疑わしく思ったものですから」
 「疑うのは良心がある証しです」
 「えッ、本当ですか」
 「良心があるからこそ、自分の良心のあるなしを疑うのです」
 なるほど。どうやらこの人は寺の住職らしい。
良心寺・本堂 
 「それにしても、この本堂は変わってますね。日本の寺じゃないみたい」
 「これはインドのパコダを模したものでね。でももう50年ぐらい経ちますよ」
 「えッ、そんなに古くから」
 この寺院はただものではない。
   
 本堂の前に幹から複数の枝がまっすぐ上に伸びた木があったので聞いてみると、
 「これは京都の北山杉です」
 との答え。ふーむ、北山杉とはこんな特徴があるのか。
北山杉 
 そういえばこの寺、2年前(2016/07/15)にもきたことがありました。(あとで思い出しました)
 このときはただ写真を撮っただけでしたが、今回は住職らしき人と話ができようとは。
        
 そして2年前と同じように、その近くの「首斬観音」に寄りました。
 そのいわれは、大正末期、現在の16号の工事の際、頭蓋骨が数個発見され、それが江戸時代の犯罪者が斬首されたものと推測されて、地元住民が供養碑として石塔を建てたことによるものです。
首斬観音 
 良心のあとは首斬り?
 これは良心をなくすとこうなるぞ、との戒めとして、2年前と同じく鷹取山に向いました。
 なんのこっちゃ。

     

 昨日(08/23)は台風20号の上陸によって、近畿地方には暴風雨による多大な被害をもたらしていますが、当方はノー天気にも横須賀・追浜(おっぱま)周辺をうろうろと徘徊しておりました。
 というのも、このとき当地(横須賀)は晴れていたもので。

傍示堂のお地蔵様  

 まずは駅の北にある傍示堂(ほうじどう)という小さなお堂。
 説明書によると、この辺りは武蔵と相模の国境で、隣村から悪人や病気が入ることを防ぐ意味も込めてつくられたのがこの地蔵様らしい。

国道16号と傍示堂 

 ここは国道16号線沿い、車の通行量も多く、交通安全を祈って地元の人たちから信仰を集めていると思われます。
      

 その近くの雷(いかづち)神社。
 創建は931年。雨乞いの神様が起源とか。

雷神社・本殿 

 ここの御神木は二の鳥居の傍にある大きなイチョウの木。樹齢400年を越えるとか。

雷神社・イチョウの木① 雷神社・イチョウの木②

 駅周辺の案内マップによると、雷神社は当初築島地区(追浜町3丁目)にあったそうで、落雷によって黒焦げになったという柏壇(ビャクシン)の木が未だに残されて(?)います。

柏壇の木

 同神社は天正9年(1581)に現在地に移されたとのこと。
   

 その柏壇の木の近くに自得寺というお寺があります。臨済宗建長寺派の末寺。
 ここでいう自得とは、「自分自身で理解し、会得すること」という意味でしょうが、私などはどうしても「自業自得」ということばを連想してしまいます。得(徳)が足らん。

自得寺・山門 

 その裏手にあるのが豊海稲荷。
 正式名称は「正一位豊海稲荷大明神」といい、豊漁を祈願していたと思われます。

豊海稲荷の鳥居 

  
 崖の途中に「磨崖五輪塔」があるとのことで祠の裏を見たのですが、あるにはあるけど、上は欠けて二輪の塔だった。欠けてもご利益あるかな。

祠の裏は… 

 午前7時のニュースによると、今日は湘南地方でも強い暴風雨見舞われているとのこと。
 それに当方の住んでいる南埼玉も雨模様。こんな記事は不謹慎?
 災害に遭われた方々にはお見舞い申し上げます。



 先日(08/18)の「福岡河岸まつり」の際、ちょっと立ち寄った福岡河岸記念館。
 ここは幕末から明治にかけて新河岸川流域の福岡村(現在のふじみ野市)で回漕問屋(船問屋)を営んでいた「福田屋」の主屋などを保存・公開している施設です。

福岡河岸記念館・本館 

 当時「福田屋」といえば飛ぶ鳥も落とす勢いでした。
 下りは米をはじめ農作物・織物などを江戸に売り、上りは肥料(灰)安く買ってこちらの農家に売り、さらに客を運んで大儲け。
 係りの人の説明では「毎日金がどんどん入ってくるので、数える暇もなく蔵に投げ入れていた」といいます。

帳場 

 福田屋の当主は代々星野家が継いでいたのですが、なかでも10代目星野仙蔵(1870~1917)は事業だけではなく、埼玉県会議員、衆議院議員として活躍し、また剣道家としても有名で、自ら道場(名信館)の館長を務め、大日本帝国剣道形制定委員にもなりました。

DSCN1272-2.jpg 

 その回漕問屋も明治末期になって鉄道(東武東上線)によって終焉を迎えますが、星野仙蔵は鉄道建設にも尽力しました。
 「彼にしてみれば、船であろうと鉄道であろうと、流通業という意味では同じ。先を見通す、柔軟な発想をもった人間でした」(係りの人の説明)

中庭 

 当時の福田屋の屋敷は広く、20棟近くの家屋や蔵、剣道場が建てられていましたが、大部分は取り壊され、主要な建物である母屋・台所、離れ、文庫蔵を修理、復元整備して、平成8年に福岡河岸記念館として開館しました。(市指定文化財)

昔の窓ガラス 

 星野仙蔵が接客、社交の場として建てさせた「離れ」は当時珍しい木造3階建てで、「船から見るとランドマークタワーのようだった」そうです。

福岡河岸記念館・離れ 

 「ここからは晴れているときは富士山も見えますよ」
 というので、2階、3階の特別公開の日に行ったことがあるけど、建物や木々に隠れて富士山は見えなかった。うそつきめ。

      

 あるいはこのようなことになるのではないか、と戦前から危惧はしていたのですが……。
 高校野球決勝の大阪桐蔭vs.金足農。
         
 金足農の吉田投手は決勝までの5試合で749球も投げていて、疲労のピークに達していた。
 そこを強打の桐蔭打線につけ込まれるのではないか。
           
 そのいやな予感は初回に当たりました。
 これまでになく打者に粘られ、走者を出す。これはむろん桐蔭打線の力によるもので、そのため吉田投手もより慎重になったからでしょう。
 2死満塁から暴投で1点先制され、さらに右中間に二塁打を打たれ、2点を失いました。
初回、大阪桐蔭、暴投で先取点 
 金足農は三回に1死三塁から右犠飛で1点を返したものの、四回には大阪桐蔭の宮崎に3ランを打たれ1-6とリードされました。
 五回には音尾にバックスクリーンに2ラン打たれ、さらに打者一巡の猛攻で1―12と大量リードされました。
 「何を投げても打たれる」
 吉田投手の表情から精気がなくなったように感じられました。
四回、大阪桐蔭、宮崎の3点本塁打 

 彼は、「もう限界」と感じたのでしょう。
 六回からマウンドを三塁手・打川に譲り、自ら右翼の守備につきました。このときの吉田は晴れ晴れとした表情でした。
六回、吉田は右翼手に 
 急遽マウンドに立った内川はよく投げたと思います。
六回、金足農は投手打川に 
 金足農は七回、菊地亮の右越え適時二塁打で1点を返したものの、反撃もそこまで。
七回、金足農、長打で2点目 
 大阪桐蔭は七回にも1点追加し、金足農は2-13で敗れました。
試合終了 
 それにしても大阪桐蔭は強い。二度目の春夏連覇ですか。
 聞けば昨年の対仙台育英戦で、一塁手がベースを踏みそこなったためサヨナラ負けしたという悔しい体験をバネにして、一年間猛練習に耐えてきたとのこと。
 打線も強力で、エース級の投手を複数控えている。
         
 けれどもそれだけではなく、対浦和学院戦では打球を受けた相手投手に大阪桐蔭の選手が駆け寄り、冷却スプレーをかけました。これは対沖学園戦、対済美戦でも見られたといいます。
 これには感服するしかない。
 これはこの選手の資質によるものかもしれないけど、やはり指導者の姿勢が浸透しているからでしょう。
         
 どこかのアメフット監督のように「相手の主力選手を怪我させて出場できなくすれば、こちらは得だろう」と自軍選手に違反タックルを示唆した姿勢とは正反対。人間の徳の差を感じます。
         
 以前もいったように私の高校野球応援順位は、東北・北海道>関東>北陸・中部>九州>中国・四国>東海>近畿、なので大阪桐蔭は最も応援しない地域なのですが、このチームは別格。
 指導する西谷監督の勝利監督インタビューでは、相手チームをリスペクトする謙虚さが印象に残りました。
      
 金足農はよくやったと思います。
 甲子園大会の戦歴を見ると、1回戦・鹿児島実、2回戦・大垣日大、3回戦 横浜、準々決勝・近江、準決勝・日大三と、いずれも強いチームに勝っている。
 秋田県の県立、しかも選手は地元の子ばかり。
 今後もこういうチームが甲子園で勝ち進んでほしい。

 いやあ、昨日(08/20)はハラハラしました。
 高校野球準決勝・金足農vs.日大三です。

初回、金足農幸運な左前安打で1点先取    

 初回、五回と金足農が1点ずつ挙げ、2-0とリードしたけど、日大三もじわじわプレッシャーをかけてくる。
 日大三もずっと観てきたけど、どの試合も粘り強く接戦をものにしている。
 とくに準々決勝では下関国際に2-0とリードされながらも、八回に一挙3点を挙げて逆転勝ちしている。このチームはこわい。
        

 その予感は八回の攻防で半分以上当たりました。
 まず表の金足農の攻撃。
 思わぬチャンスで1死満塁。またスクイズで2点、と思ったら、あえなく外され三塁走者挟殺。柳の下にドジョウはいなかった。
 次打者も凡打に終わり得点できず。

八回表、金足農1死満塁でスクイズを外される    

 これはいやな感じだな、と思っていたら、その裏、日大三の攻撃は死球、安打で1死一、二塁。打者は3番の日置主将。カーンと打った大飛球。「やられた!」と思ったら、レフトがちょっと後退して捕りました。二塁走者が三塁に進んだけど、これは助かった。
 というのも次打者の三遊間安打で1点取られたけど、これが二、三塁だったら2点取られてかも。

八回、日大三、三遊間安打で1点を返す 

 思えば34年前、金足農は八回、私と息子の見ている前でPLの桑田選手に逆転の2点本塁打を打たれ、2-3で敗れた苦い思い出があります。1点で抑えてホッとしたけど、九回の守りもあるので予断は許されない。
        

 案の定、九回も何でもない投ゴロを一塁手が飛び出初てきたためベースがガラ空き。内野安打となって、1死一、二塁の大ピンチ。

九回、日大三、投ゴロを一塁手が出すぎて内野安打に 

 「こういうときは点を取られやすい。ひょっとしてサヨナラ逆転負けを食らうのでは」
 こちらは気が気ではない。
 それでも吉田投手は動じる気配はなく、笑顔まで見せる冷静さで、次打者二人を外野フライに抑えました。

九回、日大三、中飛でゲームセット 

 これには吉田投手の終始タフな投球もさることながら、外野手の深い守りも功を奏しました。
 「1点はやるけど2点目は許さない」という守りです。
 球が外野に飛んでも吉田投手の球威なら野手の頭を越えることはない、との読みもあったのでしょう。

校歌を歌う金足農ナイン  

 こうして金足農は2-1で日大三を下し、先輩たちの記録を追い抜いての決勝進出(秋田県勢としては103年ぶりとか)。ホッとしました。

監督、勝利インタビュー

 もうひとつの試合、大阪桐蔭vs.済美は(済美には悪いけど)大阪桐蔭が勝つ、と思っていました。このチームは図抜けています。
       

 ということで今日の決勝戦は大阪桐蔭vs.金足農。
 見どころは金足農の吉田投手対大阪桐蔭の強力打線ですが、吉田投手の連投の疲れが気になります。

      

 一昨日(08/18)金足農vs.近江戦を観たあと、「福岡河岸まつり」を見にふじみ野市の福岡河岸船着場に行ってきました。

燈籠を持って会場に入る人 

 昨年は台風がくるというので中止されましたが、今年はやっています。
 この祭りのメインは河川敷の燈籠。
 先祖や家族への思いが書かれた燈籠が河川敷に並べられ、6時前になると火が点けられます。

すでに点火されている 

 上の写真はもう点火されているのに、まだ明るい(18:22)ので、雰囲気はまったくなし。
 それでも18:40ぐらいになると、あたりが暗くなるので点火がはっきり見えるようになりました。

ようやく燈籠の雰囲気に 

 ステージでは生バンドもやっていますが……。
 最初に歌ったヴォーカルの女性は声にオーラがなくて、いきなり盛り下がっちゃった。しゃべりもつまらなかったし。その後歌った演歌のおばちゃんのほうがよほど声にオーラがあったぞ。

ステージの生バンド 

 他にはペットボトルを利用したロウソクの灯り。これはかがり火?

かがり火? 

 道にも灯りが点されていますが……。

道にも灯りが 

 やっぱり燈籠だなあ。
 点火しているおじさんに聞くと、この灯篭、以前は新河岸川に流していたけど、網ですぐ回収したため、非常に評判が悪く、また回収にも手間がかかるので、流さなくなったとのこと。

燈籠は流さずにこのまま 

 「燈籠の流しっぱなしは禁じられてるし、回収するには早めに流す必要がある。まだ暗くならないうちに流したので、情緒もヘチマもなかった」と関係者が自嘲的に語ってくれました。
 
          

 このところ秋のような空気でしのぎやすくなりましたが、暑い日中はほとんど高校野球を観ていました。
 昨日(08/18)は、なかでもいちばん面白いといわれる準々決勝。
   

 私が注目したのは金足農vs.近江。
 金足農は今から34年前(1984年)初出場ながら準決勝まで勝ち進み、PL学園と対戦しました。金足は2-1とリードしていたのですが、八回裏桑田に逆転2ランを打たれ、2-3で敗れました。このときの模様は、息子(当時小5)と甲子園で観戦していたので、昨日のことのように覚えています。
 そのためどうしても金足に勝ってほしい。
       

 そもそも金足農が準々決勝に進出したというのは奇跡に近い。
 その前日の対横浜戦も八回まで2-4とリードされ、「やっぱり横浜だなあ。金足は善戦したけど」思っていたところ、なんと八回裏に逆転3ランが飛び出し、そのまま5-4で勝っちゃった。
 これには百戦錬磨の横浜ナインも茫然自失。なかには涙を流す選手も。
 ふだんなら私は横浜を応援するけど、このときばかりはうれしかった。

対横浜戦、3ランで逆転勝ち 

 というわけで昨日の準々決勝。
 試合の組み合わせは、3回戦16日に戦った学校同士、17日に戦った学校同士の対戦となりました。16日に戦った学校は1日休めるので、同じ条件にしたと思われます。
     

 相手の近江わが祖先の地ではあるけど、この際そんなことはいってられない。
 しかし近江は強い。
 四回に上手く先取点を撮り、同点にされたものの、また六回に突き放す。
 金足は何度も得点のチャンスを迎えるけど、決定打が出ない。
 これは近江も同じで、何度も得点圏に走者を出すものの、吉田投手の速球に三振の山を築きました。

逆転の2ランスクイズ成功    

 そして九回裏。
 あれよあれよという間に無死満塁。
 はたして点が入るのか、せめて1点は入れてくれ、と思っていたのに、スクイズしたら三塁走者のみならず二塁走者もホームイン。
 これにはびっくりしました。

吉田投手 

 でもまあ、よかった。
 金足農は吉田投手だけのチームだと思っていたけど、チーム一丸となって戦っている。
 次も勝って決勝に進み、大阪桐蔭と戦ってほしい。。

     

 再び逗子海水浴場にもどってきました。

夕方の逗子海水浴場 

 逗子については海岸線や市街地をさんざん歩き回ったけど、それほどの感慨はなく、「もう、いいかな」という感じ。今一度見ておきたかった「郷土資料館」も閉鎖されていたし。
    

 しかし最後はここから夕日を眺めたい。
 まだ海水浴客がいる砂浜をぶらぶら歩きました。
      

 「どこかで珈琲でも飲めないかな」
 そんなことを思いながらなおも歩くと、デッキ風の茶店を目にしました。
 海の家がやっているようです。
   

 人のよさそうなオヤジがいたので、「ここから夕日が眺められます?」と聞くと、
 「眺められますよ。上のデッキに上がるとよく見えます」
 というのでここに決めました。珈琲はなかったのでウーロン茶(500円)を頼みました。

海の家の屋上デッキから眺める逗子海岸 

 なるほど、けっこう見晴らしはいい。
 砂浜に目をやると、ビキニ姿のギャルがあられもない姿で寝転がっている。
 いかん、こんなものを撮るのは本意ではない。
 それでも海水浴客の様子を何枚か撮りました。

海水浴客 

 そして5時30分過ぎになると、日が傾いてきました。
 しかしこの日は曇っていたため、夕日は今ひとつ見えない。

夕暮れの逗子海岸① 

 ここの夕日というのは水平線に沈むのではなく、対岸の披露山の向こうに沈むらしい。
 葉山の森戸海岸に比べると、いささか条件が悪い。
 「まあ、これが逗子の夕日かな」

夕暮れの逗子海岸②    

 この齢になると、旅はすべて冥途の土産であり、同時に「見限りの旅」でもあります。
 逗子はもうくることはないかな。

     


 浪子不動園地の先の道路標識には「この先歩道・360m・行止まり」とあります。
 先はトンネルになっていて、歩行者用の道はないとのこと。

「行止まり」の看板 

 6年前はこの看板を見たばっかりに「こうなったら山越えするしかない」と披露山ハイキングコースを上ったのですが、途中で道に迷い、遭難の恐怖を味わいました(08/11・ストレス性発汗)。
 それだけにこの看板には「恨み」があります。
     

 本当に(歩道)行止まりなのか?
 この道は鎌倉→江ノ島→大磯に通じる立派な国道134号線(湘南道路)。歩道だけここで途切れていいのか。
   

 見ていると、自転車は通っている。
 もっとも自転車は車道を走るので、これは当然か。

 さらに見ていると、トンネル側から水着姿の男女がやってくる。
 さらにこちら側からトンネルに向かう人たちも。

 

 これはどうやら行けるらしい。
 私も進みました。
     

 しばらく行くと向かい側にサーファーショップ。
 しかしここに用事があるなら、最初から海側の道から行って、そこから海へ降りているはず。

向かい側にはサーファーショップ        

 トンネルに向かうのは地元の人のようだけど、抱えている機材を見るとなにやら調査の一行(?)。

トンネルに向かう人たち

 さらに行くと、またしても「行止まり」の看板が。
 やっぱり、と思ったけど、さらに進みました。

またしても「行止まり」の看板 

 伊勢山トンネルです。
 たしかにトンネル内はガードレールに守られた歩道はないけど、側溝のフタが車道よりも一段高くなっていて、そこを歩けなくもない。
 実際、先ほど前を歩いていたらしい人(?)がトンネルの向こう側にちらっと見えました。

伊勢山トンネル・入口 

 どうやら行けるらしい。
 地図を見ると、その先は小坪海岸のバス停あたり。
 午前中はそこからバスに乗った場所です。

小坪海岸停留所(二番目の石段下) 

 これは地元の人だけが知っていることではないか。
 もし行けることがわかれば、多くの人が狭い歩道(?)を通るので事故が起こりかねない。
 そのため「行止まり」の看板を立てた?
       

 それがわかったので、引き返しました。再び小坪に行く意味もないし。
 今度くるときは、逗子海岸からここを抜けて小坪へ入るか、それとも小坪からこのトンネルを抜けて逗子海岸に入るか……。
 またくれば、の話ですが、もうくることはないかな。

    

 逗子海岸の北に位置する浪子不動園地。

浪子不動園地 

 ここは昨年訪れた「披露山公園」の麓の緑地で、中腹に高養寺(白滝山)があります。

安養寺(浪子不動) 

 白滝というのは高養寺の裏手の崖に小さな滝が流れているかららしい。

安養寺裏手の滝 

 浪子不動のいわれについては、
 今から600年以上も昔、披露山(ひろやま)から不思議な光が差すようになり、魚が獲れなくなったのを、鎌倉・補陀落寺(ふだらくじ)の頼基法印(らいきほういん)があたりを調べると、岩の洞穴に石の不動尊を発見した。村人が大切に祀ったところ、また魚が獲れるようになったという話があり、当初は「浪切不動」とか、「白滝不動」と呼ばれていました。
      

 それが「浪子不動」といわれるようになったのは、徳富蘆花の小説「不如帰(ほととぎす)」がここを舞台にしており、主人公の「浪子」にあやかったとか。
 これについては2年前にも述べましたが、相変わらず「不如帰」は読んでないので、忸怩たる思いです。

徳富蘆花の文学碑 

 昭和8年(1933)、お堂の前の海中に徳富蘇峯(蘆花の兄)の筆による「不如帰」の碑が建てられました。これは園地からも見えます。

海中に石碑が建っているのが見える 

 ここにも「さくら貝の歌」の歌碑がありました。
      

 ♪うるわしきさくら貝ひとつ
 去りゆける君に捧げん
 この貝はこぞの浜辺に
 われひとり拾いし貝よ……

浪子不動にある「さくら貝の歌」の歌碑 

 これを作詞した土屋清(花情)は、元逗子役場の職員。成就しなかった初恋の思い出を胸に、砂浜を散歩するなかでこの詩が生まれたとか。
 この歌碑、鎌倉の材木差海岸でも見たけど、実は逗子が本場だったのか。
      

 海岸に出てみました。
 ここから見る逗子湾の景色はなかなかのものですが、海水浴場ではないので、人がいない。

浪子不動園地から見る逗子湾 

 すぐ近くに「不如帰」の石碑が見えます。

海中に建つ「不如帰」の石碑 

 ここは逗子海水浴場とはまったく様相が違いますが、なかなか味わい深いところです。

    

 逗子海岸の南端、湘南道路(134号)上に渚橋が架かっています。
 下を流れるのは田越川。

渚橋 

 この橋から見る逗子海岸の景色はなかなかのもの。堤防の左が田越川です。

渚橋から見る逗子海岸 

 この橋を横切って市街地に入ります。
 田越川に沿って東に入るとまず目につくのが朱塗りの大きな橋。富士見橋です。
 この橋は京都の五条大橋を模してつくられたとか。

富士見橋 

 最初にかけられたのは明治時代で、当時は「田越橋」と呼ばれていましたが、昭和30年(1955)に架け替えられたとき、「富士見橋」に変りました。今の橋は昭和63年(1988)に架け替えられたもの。橋長35m。(かながわの橋100選)

田越川と富士見橋 

 ここから見る富士山の眺めが素晴らしいから、この名がつけられたのですが、この日は見えなかった。
     

 そこからさらに上流に向かうと、欄干が石造りでどっしりした田越橋。
 この通りは銀座通りです。

田越橋 

 欄干が石造りの橋といえば久木川に架かる東郷橋。
 この橋は昭和2年(1927)に建設されたもので、日露戦争での東郷平八郎の凱旋を祝って名付けられました。(かながわの橋100選)

東郷橋 

 この近くに東郷平八郎の旧宅があったところからこの通りを東郷通りと呼ばれたそうですが、一般的には八幡通り。亀岡八幡宮と海岸を結ぶ道だからです。
    

 八幡通りと銀座通りの交差点。
 逗子市ではこのあたりが最も賑やか。

八幡通りと銀座通りの交差点 

 市街地を歩いてみて、八幡通りは細い道ながら、逗子海岸へ通じるメインストリートであり、最短の道であることがわかりました。
 市街地は総じて魅力に乏しい。これが私の感想です。

        

2018.08.14 逗子海水浴場

 逗子といえば海水浴場。
 ここは他の海水浴場と違って雰囲気あります。

逗子海水浴場① 

 海岸線は長く(約1km)、しかもU字型になっているので、対岸を見ることができ、遠浅で波も静か。海水浴場として安心感があります。
 そのため家族連れが多く、またギャルも多い。
 若者にとってはナンパのメッカ?

ギャルの姿も 

 「向こうは江ノ島。晴れた日は富士山も見えるよ」
 とは海の家のおじさん。
 ここは海水浴だけではなく、波が穏やかなため、ウィンドサーフィンも盛ん。
 また湘南ロックのコンサートもここで催されるそうです。

逗子海水浴場② 

 沖を見るとゴムボート(?)を利用した遊具が設置されています。
 面白そうですが、これは2年前なかったような……。

沖に浮かぶ遊具 

 海水浴場の南端に「太陽の季節」の記念碑が建っています。
 私は若いころ、この小説を読んで、どんなに湘南に憧れたことか。

「太陽の季節」文学碑① 

 その原点がここだったとは。
 ここには岡本太郎がデザインした記念碑が建てられています。万博の「太陽の塔」でおなじみのデザインですが、なかなか迫力があります。

「太陽の季節」文学碑② 

 もっとも今はこの小説に何の感慨もなく、今さら「太陽族」といっても私には無縁の話です。
 私のような年齢になると海水浴に対する意欲はまったくなくなり、海水浴場は眺めるだけ。
 それでも楽しいのは、海の魅力?


2018.08.13 蘆花記念公園

 逗子海岸の東は小高い山(桜山)があり、その麓一帯は「蘆花記念公園」と呼ばれています。
 これは昭和59年(1984)4月、市制施行30周年を記念して、逗子の名を広く知らしめた徳冨蘆花ゆかりの地につくられたもの。

蘆花記念公園      

 この公園へは2年前にも訪れたことがあります。
 私は昔、京王線沿線に住んでいたことがあり、「芦花恒春園」(東京都世田谷区)には何度か訪れたことがあるので、蘆花の名を冠した公園には親しみがあるからです。

逗子市資料館への道  

 公園の奥「郷土資料館」の標識があり、細い山道になっているので、前回同様上りました。
 所どころ、季節の歌を詠んだ札が建てられています。なんとも風情があります。

所どころに季節の歌が… 

 歩くこと10分。「逗子市郷土資料館」の入口に着いたのですが……。

逗子資料館・入口 

 なんと「休館中」の貼紙が。
 「逗子市郷土資料館は、市の緊急財政対策により、平成30年4月1日~平成31年3月31日は休館します。ご迷惑をおかけしますが、なにとぞご了解ください。なお、平成31年度以降については未定です。 平成30年4月1日  逗子市教育委員会」との説明。
        

 2年前、入口で100円徴収されて、「やっとの思いで上ってきたのに、100円も取られるとは。ここは追剥か」と思ったものですが、入ってみるとなかなか風情のある建物で、展示物も蘆花をはじめ逗子ゆかりの文学者のものが多く、資料も豊富でした。これで100円は安い。
         
 資料館の人との会話も面白かった。
 「石原慎太郎のデビュー作『太陽の季節』を読み返してみたら、単なるチンピラの話でガックリしました」と係の人にいうと、
 「あの小説は真面目に読んではいけないのです。湘南の青年たちの実像というより、一種のおとぎ話として読むべきです」との答え。
 おとぎ話? ふーむ、そんな読み方があったのか。
 目からウロコの思いでした。
     

 しかし今回は閉ざされたまま。
 思えばあのときの入館者は私のみ。とても採算が合わなかったのだろうな。

逗子資料館・裏庭   

 仕方なく庭を見て、そこから見える海の景色を眺めました。
 ここは「桜山の晴嵐」といわれ、「逗子八景」のひとつに選ばれるほどの絶景スポットです。

庭から見る海の景色 

 晴れていれば、葉山港や相模湾・江の島などが望め、富士山も見えるそうですが、この日は見えなかった。
     

 来年の4月1日以降は未定となっているけど、おそらく開館は無理だろうな。
 そんなことを思いながら、そこをあとにしました。

     

2018.08.12 亀岡八幡宮

 京急新逗子駅向かいにあるのが亀岡八幡宮。

亀岡八幡宮・鳥居 

 由緒によると、「創建は不明なれど、境内地がなだらかな岡で亀の背のようであったことから、鎌倉の鶴岡八幡宮に対し亀岡八幡宮と付けられた」とのこと。

拝殿と御神木 

 なるほど、拝殿前には一対の亀(阿吽の亀?)が置かれています。
 これが何とも可愛い。

拝殿前の亀① 拝殿前の亀②

 むろんその前には狛犬もいますが、ここでは亀が主役。
   

 鎌倉の鶴岡八幡宮に対してとのことですが、鶴岡八幡宮がいわゆる観光地なのに対して、こちらはいかにも鎮守の森のようで、ひっそりしています。

境内の石塔群 

 参拝者も少ないし。
     

 境内のベンチでは若いサラリーマンが2~3人、携帯で(相手先との)やりとり。
 涼しいし、無料だし、喫茶店に入るよりいいか。
 営業は大変だなあ。私は彼らを見るたび、エールを送りたくなります。

     

 一昨日(08/09)披露山越えについて少し述べましたが、このときのことは今思い出してもぞっとします。
       
 あれは6年前(12/08/02)のこと。
 この日は葉山の長者ヶ崎から逗子まで海岸沿いを歩き、さらに浪子不動の海岸に着きました。
 地図によると、この先は小坪漁港。
 「それなら歩いて鎌倉の材木座海岸に出られるのでは」と考えました。
          
 しかし小坪へ抜けるトンネルは「歩行者は通行禁止」の標示。
 やむなく「披露山ハイキングコース」を歩き、山越えして小坪に入ることにしました。
 ところが上ってみると、何もない獣道。もどるのも腹立たしいので、そのまま進みました。
 道らしきものはなく、どこを歩いているのか、さっぱりわからない。
 心臓がどきどきし、背中から冷たい汗がダラーッと流れました。
     
 しかもカンカン照りの暑さ。
 「こんなところで遭難か」
 そう思うとまた冷たい汗がダラーッ。
 茂みを闇雲に歩きました。
 こんな山のなかで遭難して行き倒れになったら、誰が助けにきてくれるのだろう。
 そんな気持ちを抱えて彷徨い続けました。
        
 それが40分ぐらい続いたでしょうか、ようやく小さな駐車場に着きました。
 助かった。また汗がジワーッ。
 これは披露山公園の駐車場でした。
 車がきた道を辿って下りてみると、披露山公園入口のバス停でした。
 そこからはバスに乗って鎌倉に入りました。
      
 問題は帰りの湘南新宿ライン。
 私は端の席に坐ったのですが、となりに坐った女性がことごとく席を立ちました。女性だけではなく、高校生までも……。「あれッ?」
 変だな、と思って腋の下の臭(にお)いを嗅ぐと、プ~ンと臭ったのは、例えは悪いけど、浮浪者特有の饐(す)えた臭い。愕然としました。
         
 しかしあれは何ヶ月も風呂にも入らず、着替えもせずにいると発する臭い。
 たった3~4時間でこんな臭いになるのだろうか?
         
 数日後、掛かりつけの医師に聞いてみると、
 「これはストレス性発汗です。運動でかく汗と違ってアンモニア分が多く含まれるため、腐敗すると臭います。しかも何度も汗をかいたことで、シャツに吸われた汗が濃くなり、臭いがきつくなったのでしょう」
 「すると身体のどこかに異常があるのですか?」
 「それはないと思います。こういう汗がふだんから出て、しかも原因不明というなら問題ですが、原因がストレスとはっきりしているから」
     
 それを聞いて安心しましたが、となりに座った乗客には不快な思いをさせました。
 申しわけありません。

     

 鎌倉・逗子の話題ばかり続いているので、たまには地元の話題を。
 とはいえこう暑くてはチャリでの遠出は控えているので、ほんの近くの納涼地帯を。
    

大井弁天の森
 
春は桜の名所ですが、それ以外のシーズンはほとんど人気なし。
 くるのは当方のような徘徊老人(?)か、ジョギングおじさん。

大井弁天の森・夏① 

 しかしここは知る人ぞ知る納涼地帯。
 桜の木が強い日差しを遮ってくれるので、ここを通るだけでひんやり。

大井弁天の森・夏② 

 それに砂川堀用水路のマイナスイオンの効果も。
 もっともここの水は「せせらぎ」といえるものではないけど。
     

八ヶ上公園
 
県道ふじみ野朝霞線(266号)の鶴瀬とみずほ台の中間の「鶴馬橋」の下。
 道路からは橋も川も見えませんが、下には富士見江川が流れています。

八ヶ上公園① 

 そしてここは「八ヶ上公園」と呼ばれる親水公園。
 四阿もあってなかなかの風情です。

八ヶ上公園② 

 以前はここで水遊びをしている子どもを見かけましたが、最近は見られなくなりました。
 やはり水質が問題なのかな。
   

いも街道
 
県道ふじみ野所沢線。通称「いも街道」
 ケヤキ並木とも呼ばれるだけあって、木陰に入るとひんやりします。

いも街道① 

 難点は車の通行量が多いこと。
 それでも竹林に入れば涼しくなるかも。

いも街道② 

 いもの収穫でここが賑わうのは2ヶ月以上先かな。

    

 逗子マリーナのすぐ近くに小坪漁港があります。
 同漁港の歴史は古く、鎌倉時代から魚介類を供給していたとされています。

小坪漁港① 

 とはいえ漁港としては小規模で、引き上げられている船の数もそれほど多くありません。

小坪漁港② 

 ここの漁業は5トン未満の漁船による覗突(みづき)、採藻(さいそう)、わかめ養殖、刺網(さしあみ)などの沿岸漁業ですが、現在は「獲る漁業」から「育てる漁業」へと転換を図っており、あわびとさざえの稚貝を放流しているとのこと。
 これを地元では「ヤドカリ」というらしい。(4年前の取材によるもの)

小坪漁港③ 

 またここから見る逗子マリーナの景観も素晴らしい。
 これは他の漁港では見られない光景です。

小坪漁港から見る逗子マリーナ 

 ここ小坪漁港は4年前にもきたことがありますが、今回私が探りたかったのは、小坪漁港の南端はどうなっているのか。
 そこで小坪漁港の海岸通りを南に向かいました。
 海岸通りはマンションの駐車場と、左側の細い道に分かれます。

小坪海岸通り南端 

 細い道をなおも進むと海に出ました。
 浜のほうに歩いて行けないこともないけど、道はここまで。
 おそらく左の岬が大崎なのでしょう。

南端の岬 

 大崎といえば、この高台の上に泉鏡花の文学碑があります。
 ここへは昨年8月24日、披露山公園にきたとき、ついでに寄りました。
 見晴らしがよく風光明媚なところでしたが、これは高台の道なので、海岸沿いを回って逗子海岸に出る道はなさそう。
        

 ふーむ、こうなれば披露山を越えるしかないのか。
 しかし披露山越えは6年前、浪子不動から上って小坪に出ようとして、山中で迷った苦々しい体験があります。なんとか披露山公園の駐車場にたどり着き、バスで鎌倉に出ましたが、これがトラウマになって披露山越えはあきらめました。

小坪のメインストリート 

 やむなく小坪のメインストリートを歩き、そこからバスに乗って逗子駅に向かいました。

     

 逗子マリーナの一画に「シーサイド・リビエラ」という結婚式場があります。
 私にはまったく無縁なのですが、ここにはこの海ならではの特有の景色が見られます。

シーサイド・リビエラ    

 ガーデンとチャペル。

ガーデンとチャペル 

 チャペルは総ガラス張り。

チャペル 

 ガーデンのパームツリー。
 南国の雰囲気を醸し出しています。

ガーデン(パームツリー)  

 ガーデンのガゼボ(洋風四阿)。
 ガゼボに向かう道がバージンロード?

ガーデン(ガゼボ) 

 プール。
 ここも式場で、ふたりの愛を誓う場所でもあるとか。
 (そのあとはふたりでドボンと飛び込む企画はないそうです)

プール(結婚式場) 

 図らずも結婚式場の広報になってしまいましたが、結婚に縁のない当方が見てもここの景色は素晴らしい。
 せっかくのロケーションなのだから、他にも用途があるのでは? と思って観察していたところ、小学生の水泳教室にも使われていました。なんとゼイタクな水泳教室。
 もっとも式場の意図としては、小学生たちが大人になったら「あの式場で……」と考えるように、今から先行投資しているのかな?

      

 トンネルを抜けるとリビエラ海岸だった……と思わせる逗子マリーナ。

逗子マリーナ・メインストリート 

 この逗子マリーナ(正式名は「リビエラ逗子マリーナ」)ができたのは昭和46年(1971)。
 逗子市小坪の岩礁を鎌倉霊園造成工事の残土で埋め立て、地中海のリゾート地をイメージしたマリーナとして開発されたそうです。

小坪飯島公園 

  マリーナということで、むろんヨットハーバーもあります。

この奥にヨットハーバー 

 若いころは湘南といえばここの風景が浮かび憧れましたが、最近はそうでもなくなりました。
 ヨットを持っているわけでもなし。
     

 それでも風景は格別。
 駐車場も海に面していてアカ抜けています。(錆びが心配ですが)

海に面した駐車場 

 海岸線も逗子マリーナならではの風情があります。

海岸線にもヤシの木が 

 対岸に見えるのは材木座海岸。
 沖合に見えるのは前項で取り上げた和賀江島。こちらから見えるとは思わなかった。

沖に見えるのは和賀江島 

 道路標識も洋風で何から何までしゃれています。

道路標識も洋風 

 うーん、やっぱりいいなあ。
 しかしこういうところは、たまにくるからいいのであって、住んでいると飽きるのではないか。
 そうとでも思わないと、やってられんわい。

    

 光明寺をあとにして逗子・小坪に向かいます。
 小坪に行くには光明寺沿いの道を進んでトンネルを潜ればよい、と聞いたので、湘南道路(134号線)ではなく、内陸側の細い道を歩きました。
   

 「おや?」
 海側を見ると石碑が……。「和賀江島」(わかえじま)とあります。
 解説板によると、この島は貞永元年(1232)に築かれた人工島で、現存最古の港湾施設とのこと。写真では3艘の船の近くに見える堤防のようなものがそれらしく、干潮時には石積みが見えるそうです。

和賀江島の石碑

 ここはウィンドサーフィンの浜らしく、浜辺はウィンドサーファーでいっぱい・
 和賀江島は沖合左に見えます。

ウインドサーフィンの浜?(沖合左に島の一部が見える) 

 上の写真、対岸の左端、かすかに見えるのが江ノ島です。
     

 そこからすぐのところに「小坪海岸トンネル」「鎌倉側」入口が。

小坪海岸トンネル(鎌倉側) 

 ここは2年前の9月豪雨による崖崩れが発生し、昨年10月から本復旧の工事を行い、今年の6月完了したばかりとのこと。道理でトンネル内部がどことなく新しいと思ったよ。

小坪海岸トンネル・内部 トンネル内から鎌倉側を振り返る

 小坪海岸トンネルの長さは約200m。そこを抜けると……。
 椰子の木と赤い屋根のマンション群、鎌倉とはまったく違う景色。
 これが高級リゾートマンション群の逗子マリーナ。

トンネルを抜けると… 

 今しがた潜ってきた小坪海岸トンネルを振り返るとこんな景色。

小坪海岸トンネル(逗子側) 

 やはり逗子側のほうが風情があります。

      

 材木座海岸の逗子寄りに光明寺というお寺があります。
 昨年逗子からバスに乗ったとき、隣り合わせたオジサンから「光明寺には行かなきゃ」といわれていたので、その気になりました。
     

 先ず入るのは総門。

光明寺・総門 

 そして山門。この山門が大きくて立派。しかも木造建築。
 鶴岡八幡宮から移築されたものとか。

光明寺・山門 

 本堂。
 光明寺は浄土宗の大本山。山号は天照山で、本尊は阿弥陀如来。

光明寺・本堂   

 本堂の内部。
 ここは常に涼風が伝わってくる……と思ったら、大きな扇風機が。道理で。

光明寺・本堂の内部 

 本堂左手には「記主庭園」と呼ばれる蓮池。小堀遠州作とか。
 ちょっとシーズンは過ぎた(08/02)けど、まだ少し咲いていました。
 奥に聳えるのは大聖閣。
 これは宗祖法然上人800年大御忌を期して建てられたもので、堂の二階に阿弥陀三尊が安置されているとか。

記主庭園と大聖閣 

 本堂右手には三尊五祖の石庭(枯山水)。
 三尊とは極楽浄土の阿弥陀仏とその脇士である観音菩薩と勢至菩薩、五祖とは浄土教を説法流布された釈尊、善導、法然・鎮西・記主の浄土宗五大祖師とのこと。
 それぞれが石で表されているとのことですが、当方のような凡人にはさっぱりわからん。

三尊五祖の石庭 

 いずれにしても、このふたつの庭には独特のパワーが秘められ、含蓄が深い、と感じました。
 本日の旅(徘徊?)が首尾よく行きますように、との願いを込めて。

       

2018.08.04 材木座海岸

 海岸に着きました。
 この海岸広場には「さくら貝の歌」の歌碑があるのですが、大して珍しくもないからか、みんなまったく無関心。

「さくら貝の歌」の歌碑 

 私はこれを見るたび倍賞千恵子さんの歌を思い出します・
 「♪美わしきさくら貝ひとつ 去りゆけるきみに捧げん……」
    

 この海岸は若宮大路を挟んで西は由比ヶ浜、東は材木座海岸に分かれます。
 いつもは由比ヶ浜のほうを歩くことが多いのですが、今回は材木座海岸へ。

由比ヶ浜から見る材木座海岸    

 材木座の地名は、鎌倉時代、鎌倉七座(米座、相物座、博労座、炭座、材木座、絹座、千朶積座)という商工組合があり、そのうちの材木座が残ったことに由来するとか。(Wikipedia)

材木座海岸(向こうは逗子マリーナ) 

 ここは倉橋由美子「暗い旅」にも出てきた海岸で、由比ヶ浜に比べると、どことなくうら寂しい。小さな漁船が浜に打ち上げられたりしていて。

浜に打ち上げられた漁船 

 まだ時間が早いということもあって、海水浴客はまばら。

材木座海岸(向こうは由比ヶ浜) 

 それでも数人の子どもたちが波打ち際に集まっていました。これは海の体験学習?
 面白そうだな。

海の体験学習? 

 ここは毎年「砂像コンテスト」を行い、いろいろ面白い砂像が見られるのですが、今年はまだ見られなかった。これからつくるのかな。

      

 昨日(08/02)午前8時、鎌倉駅に着きました。
 暑い。
 鎌倉だったら埼玉より涼しいはずだけど、この時間からムワーッとするような熱気。

鎌倉駅 

 若宮大路に出ました。
 いつもなら鶴岡八幡宮に向かうところですが、この日は海側に向かいました。

若宮大路を海に向かって歩く 

 今さら若宮大路の歴史などを述べても仕方がないので、このとき目についたものだけピックアップします。
 先ずはレストランに並ぶ家族連れ。
 鎌倉の朝ごはんの店ということで、最近とみに人気があるらしい。当方はそんな事情など分からないので、「朝飯も家族連れで外食する時代になったのか」と思うだけ。

朝、人気のレストラン 

 その先には鎌倉野菜市場があるので、そこから野菜を仕入れているんでしょうな。

鎌倉野菜市場 

 その先に材木屋さんがあります。
 近くに材木座海岸があるけど関係はなさそう。こじつけるほうに無理あり。

材木店 

 道路の反対側に気になる教会の塔があったので、わざわざ渡って近づいたら、こんもりした林のなかに白い教会の建物。雰囲気があります。

林のなかに教会が 

 歩道橋があったので、そこから若宮大路を眺めました。
 これは鶴岡八幡宮側。

歩道橋から見る鶴岡八幡宮方面 

 これは海側です。
 目の前に一の鳥居が見えます。

歩道橋から見る一の鳥居 

 ここまできたら海はすぐ、と思われるかもしれませんが、甘い。
 退屈な道がだらだらと約500m続きます。



 伊佐沼では蓮の他に有名なのはひまわり。
 もう咲いていると聞いたので、東岸の花畑に寄ってみると……。

花畑の看板 

 おッ、咲いている。それも畑一面に。約10万本とか。

伊佐沼のひまわり畑① 

 壮観です。

伊佐沼のひまわり畑② 

 それにしても早いんでないかい。
 いつもここは9月半ばごろに満開になるのだけど、今年は先月半ばごろから咲いていたとか。

伊佐沼のひまわり畑③ 

 そのせいなのか、訪れる人が少ない。
 多くの人が、伊佐沼のひまわりは9月になってから、と思っているのでは?
 私が見たのは、ひまわり畑に入って写真を撮る夫婦と大きなカメラを持ったおじさんのみ。

ひまわり畑のなかで写真を撮る夫婦 

 ひまわりは一年草なので、種を撒く時期によって開花期を変えられるらしい。
 満開期がずれるのは一重に農家の事情。
 だったら毎年決まった時期にしてくれ。

伊佐沼のひまわり畑④ 

 もっとも無料で見せてもらっているのだから、文句はいえないか。