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 K爺さんは現在ふじみ野市で暮らしていますが、生まれてこの方80年も新宿で暮らしていたので、ときどき「里帰り」して昔の仲間と旧交を温めるのですが、それでも無性に都会が恋しくなるらしい。そんなときは「ららぽーと富士見へ行く」といいます。
 「あそこは新宿以上に都会だよ」

ららぽーと富士見・外観    

 「ららぽーと富士見」が富士見市役所の向かいにオープンしたのは3年前(2015年)の4月10日。
 254バイパス沿いの何もないところに敷地面積約152,000㎡、店舗面積約80,000㎡、入居数293店の超大型商業施設(「ららぽーと」としては船橋、横浜に次いで3番目の規模)が出現したとあって近隣は大騒ぎ。猫も杓子も押し寄せ、マスコミでも大々的に取り上げられました。
          

 私もオープン当初、探察しましたが、「なるほどアカ抜けている、クイーンズスクウェアなどと比べても遜色はない」と思いました。
 とはいえ首都圏ではもっともダサいといわれる東武東上線沿線、しかもパッとしない富士見市(悪いネ)とあっては、「いつまで持つか」と懐疑的でした。

ららぽーと富士見・入口 

 ららぽーと富士見に関しては、エコパでもときどき話題になるのですが、
 「あそこは高いよ。見るだけ」
 「シャツなんかでもしゃれているかもしれないけど、高い高い。買わないよ」
 「我われ年寄には合わないな」
 という意見が圧倒的。
 それでも飲食店(1Fのフードコート)などは利用する人もいるようです。
      

 沿線の大型商業施設に関しては、ふじみ野市の「アウトレットモール・リズム」の失敗例があります。
 ここは1993年1月(ふじみ野駅近くに)日本初のアウトレットモールとしてオープンし、マスコミが大々的に取り上げたこともあって、当初は押すな押すなの大盛況でした。
 しかし2000年ごろからあちこちに大型アウトレットモールがオープンすると客足が減り、急速に寂れました。
 私がこの地に越してきたころ(2010年)は末期状態で、翌年6月に閉店。
 その翌年(2012年)からは「ショッピングセンター ソヨカふじみ野」としてリニューアルオープンし、現在に至っています。
 そんな経緯を知っているので、「この地に都会風のしゃれた施設は合わないのではないか」と思っています。

テラスからは富士山が見える 

 ところがK爺さんは、「ららぽーと富士見は素晴らしい。なにも買わないけど、いるだけで心が落ち着く。坐れるところがあるのがいい」といいます。
 彼にいわせると、この近辺に大型のショッピングセンターは多いけど、ゆっくり座れるところはない、とのこと。
 その点ららぽーとは各フロアにゆったりと坐れる椅子が設えられている。
 ふーむ、これがららぽーとの「強み」なのか。

ららぽーと富士見・内部 

 今回、久々にららぽーと富士見を視察(?)してみました。
 客は若い人が多い。それも小さい子を連れた若いファミリー客。
 なるほど、各店この世代をターゲットにしているらしい。
 夏になると、K爺さんは冷房の効いたフロアのデッキの椅子に坐って日長一日を過ごすというけど、どんな景色を見ているのだろう。
          

 当方にとっては、飲食街やアパレルショップなどアカ抜けていると思うけど、まったく興味なし。
 愛用ののユニクロも入っているけど、川越街道沿いの店で買うわい。

         

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 最近エコパで親しくなったK爺さん。
 私よりかなり先輩ですが、こちらに越してきたのは3年ほど前。それまで80年間ずっと新宿二丁目界隈に住んでいたといいます。
            
 「二丁目というと、ゲイバーがいっぱいあるところですよ」というと、
 「そうです、そうです。今やすっかり有名になって、タレントのDをはじめ、あそこから出たのが多いんだよ」
   

 ここは30年ほど前ゲイバーの取材で何度か訪れたことがあります。
 そのころはゲイバーの全盛時代で、この狭い地域に200軒ほどのゲイバーがひしめいていました。しかし今はかなり下火になっていると思われます。

新宿二丁目の飲食街     

 「そうだねえ、あのころの勢いはなくなったけど、それでもしぶとく残ってるよ」
 「あそこはもともと遊郭だったからね。五木寛之の『青春の門』なんかによく出てました。でも売防法(昭和33年)でなくなりましたね」
 「でも私は間に合って何度か遊びに行きましたよ。なにせ地元だからね。子どものころは通学路だったもの」
  

 二丁目はともかく、学生時代は三丁目にはよく通いました。
 「シネマ新宿」「日活名画座」は低料金で名画(洋画)が観られたし、ジャズ喫茶「ピットイン」も近くにあったから。
     
 それになによりも、花園神社界隈はかつての私の職場。
 20代の半ば、初めて勤めたのが花園神社近くの出版社。私はそこで(成人向け)娯楽雑誌の編集に辣腕を振るい(?)ました。発禁で呼び出されたこともあります。

花園神社     

 「私の職場はYビルの4階にあって、下は酒屋のY商店でした」というと、
 「えッ、Y商店? 私、そこのオヤジとは友だちだったんだよ。ふだんは温厚だけど、酒飲むと性格が変わってね」
 これには絶句。

 そして「友だちだった、とは?」と聞くと、
 「10年ほど前に亡くなってね。今は息子が継いでるよ」
 「…………」
      
 さらに、
 「あそこが職場だったなら、あの辺はよく歩き回ったでしょう」
 「そう、近くに会社の分室や倉庫があったし、飯屋や喫茶店があったからね」
 「あのあたりは知り合いが多いから、よく知ってますよ」
 「じゃあ、そば屋のWや、定食屋のFなんかも?」
 「知ってるよ。明治通りの反対側にあるWでしょ。まだやってますよ。路地に入ったFはもうないけど」
 なんと、当時私が同僚たちとうろついていたところは全部知っている!
   

 「喫茶店もよく行きましたよ。作家やカメラマンと打ち合わせするのは歩道橋下のMだったけど、個人的にはGが好きで、よく行きました。あそこはコーヒーが美味かった」
 「そうそう、あの店主は私より5歳ほど若いけど、よく知ってるよ。マジメな男でね。いつもコーヒーの味を研究していたよ。そもそも私は彼の姉さんと同級生なんだ」
 あまりの一致にこちらはおどろくばかり。
     

 もっともおどろいたのは私だけではなくK爺さんも同じで、見知らぬ埼玉の片田舎へきて、自分の古巣のことをよく知っている人間に出逢おうとは夢にも思わなかった。
 「いやあ、懐かしいなあ。ここへきて新宿のことを初めて話しましたよ」
 そして、
 「今度新宿に行きましょうよ。あなたの好きなGはまだ営業してますよ」
 と誘われたのですが、答えはムニャムニャ……。
 たしかに懐かしさはあるけど、職場だっただけに負の思い出もあるので、退社してからはなんとなく避けていました。
   

 それでもふたりに共通した実感は、
 「つくづく世間は狭い」
 「長生きはするものだなあ」
 でありました。

     

 富士見市は公園行政に力を入れているようで、歴史に因んだ公園が多い。
 水子貝塚公園はその典型で、縄文時代前期の光景を彷彿させるようなところです。
 というのもこのあたり一帯は貝塚として昔から知られていました。
水子貝塚公園 
 先ず下の地図をご覧あれ。これは縄文時代前期(5500~6500年前)の東京北部の地図です。
 これによると昔は海が東京湾深くまであり(奥東京湾)、北関東の館林、古河あたりまで海でした。
 その奥東京湾の手前、西側には古入間湾が入り込み、その奥に富士見がありました。 
 対岸には浦和、大宮があり、今の荒川や新河岸川の流れているところと一致します。富士見の南東に池袋、上野が位置するのも同様。(銀座、浅草などは存在せず)
縄文時代前期・東京北部の地図       
 富士見は海の際にあり、そのためここから多くの貝殻が出土されました。富士見市だけでも14ヵ所の貝塚が発見され、その代表的が水子貝塚というわけです。
               
 ここから発掘された遺跡や、出土された貝殻や土器などは水子貝塚資料館に展示されています。人骨あり。
水子貝塚資料館・内部   
 また公園内にはあちこちに竪穴住居が建てられていますが、これは当時の資料をもとにして復元されたもの。
竪穴住居の復元展示    
 なかでも15号住居は当時の人々の暮らしが再現されています。
竪穴住居の内部 
 復元された竪穴住居に入ってみるとひんやり涼しい。自然冷房? 夏は意外に快適に暮らしていたらしい。
 当時と現在の暑さを比較してもしょうがないけど、やはり今年も安易に冷房に頼るしかないのかな。

     
2018.04.27 難波田城公園

 富士見市の難波田城公園。
 難波田城は中世に活躍した難波田氏によって築かれた平城で、昭和36年埼玉県旧跡に指定され、一部を整備して平成12年に城跡公園としてオープンしました。
  

 公園は、城の掘割を復元した「城跡ゾーン」、古民家を移築復元した「古民家ゾーン」に分かれています。

城跡ゾーン(土塁と四阿) 

 城跡ゾーンは当時の遺跡や古地図から復元されたもので、水堀と土塁が見事です。

城跡ゾーン(水堀)① 

 水堀には睡蓮が咲いていました。
 いつもなら5月中旬に咲くのですが、今年は早いように思われます。

城跡ゾーン(水堀)② 

 城跡ゾーンは1~4の曲輪(郭)があり、2の曲輪(内)と3の曲輪(外)の間には復元木橋がかかっています。

外の曲輪から見た復元木橋 

 この橋は外側は広く、内側は狭くなっており、外から入る敵に対し遠近感を狂わせる効果を狙ったものといわれています。

城跡ゾーン(左は菖蒲田) 

 難波田城は何度も攻め落とされ、城主も難波田氏→上田氏→太田氏に代わりましたが、北条方であったため、秀吉の小田原征伐によって滅び、廃城となりました。
       

 その一画に立ち入り禁止の竹藪がありました。
 これは「十玉院墓地」といって、中世に栄えた修験道寺院。戦国時代に一時衰えたものの、江戸時代前期、幕府の許可を得て難波田氏の末裔が城跡に再建したものです。

十玉院墓地   

 この墓塔は十玉院代々の院主やその関係者のものですが、明治5年(1872)の修験道廃止冷によって廃寺となりました。(説明板)
 そんな寺院があったなんて初めて知りました。
         

 古民家ゾーンの旧金子住宅。
 これは市内水子に建てられていた民家を移築・復元したもの。

旧金子住宅 

 座敷内には五月節供の武者人形が飾られていました。

武者人形 

 この住宅は農業のかたわら油商を営んでいたため、商家の造りも併せ持っているとのこと。
 なかなかりっぱな屋敷です。

       

2018.04.26 多門院の牡丹

 多福寺から600m ほど南西寄りの多門院(所沢市)。
 真言宗豊山派の寺で、山号は宝塔山、寺号は吉祥寺。本尊は大日如来。

多聞院・境内① 

 ここは牡丹の名所として知られ、境内には23種類300株の牡丹が植えられています。

多聞院・境内② 

 これがなかなかのもの。

多聞院・境内③ 

 赤もあれば白もある。

多聞院・境内④ 

 ここは毘沙門堂が有名で、武田信玄の守護神である金の毘沙門天(高さ4cm)が祀られているそうです。

多門院・毘沙門堂 

 その毘沙門天の化身が虎(寅)だそうで、狛犬ならぬ狛寅がお堂を守っています。
 また5月1日には「寅まつり」が行われて、境内は賑わうけど、主役はやはり牡丹のようです。

     

 三芳町上富にある多福寺。臨済宗妙心寺派の寺で、山号は三富山。
 ここの山門は「呑天閣」といって埼玉県指定有形文化財になっていますが、その山門近くに藤棚があります。

山門と藤棚 

 それほど大きな藤棚ではありませんが、これがなかなかの風情。
 藤棚から境内を見ると、ふだんとはまた違った景色が楽しめます。

藤棚から見る境内 

 山門に向かって左は鐘楼。
 植え込みに隠れてよく見えませんが、上から下がっている藤がなんとも情趣をそそります。

藤棚から見る鐘楼 

 その藤の房。意外に長い。

豊かな藤の房 

 藤棚から見る本堂。
 本堂裏庭の枯山水はなかなか見事ですが、この藤棚も風情があります。

藤棚から見る本堂 

 さらに左を見ると阿弥陀堂。
 これも藤棚から見ると、また違った景観です。

藤棚から見る阿弥陀堂 

 川越の友はことのほか藤が好きで、埼玉県の某藤園(有料)へ行く予定だったのですが、よんどころない事情で中止になりました。
 でもこの藤を見ればよろこんでくれるかな。

        

 喜多院では参道脇の休憩所の奥にツツジが植えられています。

休憩所の奥がツツジ苑 

 所どころに石碑(内容は不明)が建てられていて、不思議にマッチしています。

休憩所奥のツツジ苑 

 こんもりと饅頭型に整えられ、手入れはおさおさ怠りない。
 ここからは見えませんが、ツツジ苑の向こう側には五百羅漢が並んでいます。ありがたや。

ツツジ苑① 

 
 「名月や池をめぐりて夜もすがら」
 という芭蕉の句碑がありますが、これは秋の句でツツジとは直接関係はありません。

ツツジ苑②

 ツツジ苑は少し小高いところにありますが、ツツジに遮られて見晴らしはよくない。
 それだけツツジの山々が大きいということで。

ツツジ苑から休憩所を見る 

 なおツツジは「春日局化粧の間」などがある移築御殿の前の広場でも少し見ることができます。

移築御殿のツツジ 

 こちらのほうがセンスはいいかな。

       

2018.04.23 中院のツツジ

 昨日(04/22)は中院を訪れました。
 一ヵ月前はしだれ桜とエドヒガンが満開でしたが、この季節は……。

中院・境内 

 鐘楼門から観音堂に向かう参道にはヤマツツジが植えられているのですが、まだ少し早かった。
 島崎藤村ゆかりの不染亭。
 その前のツツジもようやく咲いた程度。(昨年はもっと咲いてたぞ)

不染亭前のツツジ 

 桜や藤と同様、ツツジも早いと思ったのですが。
      

 それでもトイレ前の植え込みに咲いていた赤とピンクのヤマツツジが見事でした。

赤のツツジ 

 無駄に華やかだって? それはいいっこなし。

ピンクのツツジ 

 ふつうのツツジと違って背が高いのがヤマツツジの特徴。これもなかなかの風情です。

赤・ピンク混交    

 埒もなく厠にぎはす山躑躅
   

 ツツジに囃されて用を足すのも一興。

        

2018.04.22 ご近所の公園

 昨日はあまりに暑かったので、徘徊は近所の公園ですませました。
 まず、鶴瀬駅東口にある「谷津の森公園」

谷津の森公園(道は県道三芳富士見線) 

 ここはわが家からも近く、ときどき通るものの、一度も入ったことがなかった。
 県道三芳富士見線と県道ふじみ野朝霞線の角地にありながら、鬱蒼たる森林。これがなんとなく不気味でした。(ゴメンネ)
 しかし不気味だからといって避けるのは本意ではなく、他に行くところもないので寄ってみました。 
        
 なかは思っていた通り、鬱蒼とした森林。
 夏は涼しいだろうなと思われます。

鬱蒼たる森林      

 公園の奥には下りの石段があり、窪地になっています。
 これが雑木林というか、竹林というか、なんとも落ち着かない。
 公園としてまだ整備されてない?

奥には窪地が 窪地  

 ふーむ、ヤツの森ね。
 「一度見ればじゅうぶん」とわかったので、入った意味はあったかな。
          

 次に「ららぽーと富士見」横にある「ららぽーと公園」

ららぽーと公園 

 ここはショッピングセンターの「つけたり」のような公園ですが、「谷津の森」とは正反対、木がないから直射日光をもろに浴びる。

ツツジ① 

 とはいえ所どころに咲いているツツジが見事。

ツツジ② 

 ここはショッピングセンターの管理下にあるためか、よく手入れされている。
 とはいえここも二度と寄ることはないか。夏は暑そうだし。

   

2018.04.21 文化の杜の藤

 今、文化の杜(富士見市)の藤が見ごろです。
 ほら、こんなに脚の長い藤が。

脚の長い(?)藤① 

 おッ、凄いな、富士見市にこんな脚の長い藤があるなんて。

脚の長い(?)藤② 

 おどろいた方は次の(↘)写真を。

一本藤 

 これは園内に植えられた一本藤。
 木自体は10mほどですが、120cmほどの高さの棚に一直線に乗っかっているので、下に潜って撮れば、いかにも長い藤に見えるというわけ。(なーんだ)

下に潜って撮った藤 

 文化の杜の藤棚は約400m。
 群馬や栃木の藤棚には及びませんが、このあたりでは長いほうでしょう。

長い藤棚 

 藤の下に入ると独特の香りが。
 しかしこの香り、妙に心が安らぎます。

藤の香りが… 

 所どころ藤のアーチがあります。
 これもなかなかの風情。

藤のアーチ 

 例年だと4月下旬が見ごろになるのですが、今年は10日ほど早い。
 これではGWまで持たないでしょう。

    

 久しぶりに横浜駅西口にも寄りました。
 ここは横浜の中心街とはまた違う雰囲気があります。
 相鉄の出口から出てすぐの西口五番街。歩道の段差が独特ですが、これはこういう地形のままアトランダムに商店街ができたかららしい。

横浜西口五番街①  

 そして帷子川分水路にかかる南幸橋。
 これが何とも雑然としていて、あちこちに若者がたむろしています。まるで大阪の戎橋(?)のよう。

南幸橋   

 横浜のシャレた街並みからは外れますが、これはこれで味わいがあります。

南幸橋(広場の前がビブレ) 

 この横浜西口五番街、以前は猥雑な街として知られたところでした。
 昔この付近に住んでいた女性は、「バーやキャバレーが並んでいて、女性や子どもが歩けるところではなかった」といいます。

横浜西口五番街② 

 なるほど、そういわれれば街並みの一部にその痕跡が感じられなくもない。
 これも「横浜健全化」の表れか。
      

 そんな情景とおよそ違うのが「ジョイナスの森」

ジョイナスの森 

 庭園のあちこちに有名作家の彫刻が置かれていて、ちょっとした「彫刻の森」

踊り子(ジャコモ・マンズー作) 

 ここは相鉄デパートの屋上。緑が多いのでサラリーマンの隠れた「休息所」になっているとか。
 喧騒と静寂。
 これが横浜西口の魅力らしい。

      

 横浜美術館から新高島へ向かう遊歩道を「グランモール公園」といいます。

美術館前広場 

 幅25mもある道(長さ約700m)で、所どころ花壇があり、四季折々の草花が咲いているので公園といえなくもない。

グランモール① 

 この通りが整備されたのは19年ほど前、中央には水路が走り、その周囲には木のデッキが施され、歩くのには心地よい遊歩道でした。
 しかし今はタイルが敷き詰められています。これとてシャレてはいるけど、以前のほうがよかった。

グランモール② 

 突き当りの「すずかけ通り歩道橋」の近くには両側に「ジャックモール」というショッピングセンターがありました。玩具やアウトレットの店もあって、けっこう繁盛していたのに、いつの間にかなくなり、オフィスビルになりました。

先はすずかけ通り歩道橋 

 すずかけ通り歩道橋から新高島方面を見ると……。

歩道橋から見る新高島① 

 歩道橋の向こう側には「ベイサイド迎賓館」という立派な建物(結婚式場)があったのに、完全な更地になっている。あれは夢だったのか。(2015年1月閉鎖)

歩道橋から見る新高島② 

 そしてその先の左側には「ゲント横浜」というゲームセンター(他に映画館やライブハウスもあり)もあったのに、それも更地。ここも2015年1月営業終了、その後取り壊されたとか。
 結婚式場は当方には縁がないけど、このゲームセンターはノスタルジックなそれも雰囲気で、年配者にとっても気持ちをそそられる施設でした。それがなくなったとは、なんとも寂しい。
        

 ここを見るとつくづく「諸行無常」を感じます。
 行く川の流れは絶えずして、しかも元の水にあらず……。
 今度はどんな施設ができるのか。単なるオフィスビルでは味気ない気もしますが。

        

 大さん橋に寄りました。
 何回きてもここはつかみどころがない。

ウッドデッキ① 

 全体が木のデッキで船の甲板を思わせるものの、複雑な凹凸があり、それでいて意外に殺風景。 
 救いはここからランドマークタワーや赤レンガ倉庫、ベイブリッジなどが見えること。

ランドマークや赤レンガが… 

 前にもいいましたが、大さん橋の歴史は古く、明治27年(1894)に建てられた鉄製の桟橋がはじまりで、その後何回か改修され、名称も税関桟橋→横浜桟橋→山下町桟橋と変わり(メリケン波止場と呼ばれたこともあり)、平成14年(2002)に大改装され、現在に至っています。

ベイブリッジも 

 これも前にいいましたが、この「大さん橋」は桟橋にあらず。
 桟橋というのは橋脚によって支えられているもの。ところが当「大さん橋」は土台があるので桟橋ではなく、構造上は突堤(あるいは半島)。

ウッドデッキ② 

 私は改装前にも何度か訪れていますが、両側はデッキで中央は売店とロビー、このシンプルな構造が今では懐かしい。橋脚で支えられていたので、れっきとした「桟橋」でした。

複雑な凹凸     

 売店とロビーは、現在ウッドデッキの下に隠れています。これがかなり広い。
 しかも旧函館商船学校で生徒の机上操帆訓練用教材として使用された模型帆船「北光丸」が展示されています。

模型帆船「北光丸」の展示 

 殺風景といって悪かったね。

    

 山下公園は芝生のミックス花壇だけではなく、ニューグランド前のしだれ桜を見てきました。

葉桜越しに見るマリンタワー 

 2週間も経っているのでもう葉桜です。しかしそれも一興。

葉桜越しに見る氷川丸 

 いつもだと山下公園の次は山手に向かうのですが、この日(04/09)はUターンして山下公園通りを歩きました。

山下公園通り 

 実は私、この通りを長い間「海岸通り」と思っていて、当ブログにもそのように書いたこともありますが、地図を見ると「山下公園通り」と表記されています。
 もっとも山下公園ができる(昭和5年=1930)前までは「海岸通り」(BUND=バンド)と呼ばれていたので、あながち間違いでもないのですが。
      

 この時期、新緑が見事。
 この通りは山手通りとともに「日本の道百選」にも選ばれているだけあって、いい景色です。

新緑の山下公園通り① 

 私が横浜に惹かれたのは大佛次郎の文明開化ものがきっかけ。
 とくに「花火の街」では、グランドホテル(ホテルニューグランドの前身)を出ると海岸通りで、すぐ海に面していたと書かれています。
 この景色が見たかった。

 新緑の山下公園通り②

 今の山下公園がいいのはいうまでもありませんが。
     

 オマケはホテルニューグランドの中庭。

ホテルニューグランドの中庭  

 晩秋はイチョウの黄葉が見事なので、この時期も楽しみです。

       

 おや、これは……?
 花が咲き乱れる丘に上ったの?

花の丘? 

 でもよく見ると、画面右側に白い手すり、その向こうに対岸の倉庫らしい景色が見えるでしょう。
 これは山下公園の芝生に植えられた花壇の光景です。下の写真を見れば一目瞭然。なーんだ。

芝生に花壇が 

 これらの花壇は「球根ミックス花壇」といって、チューリップ、スイセン、ヒアシンスなど多種類の花が混ぜられています。オランダ最新式の植え方だそうです。(「ガーデンネックレス横浜2018」のパンフレットより)

ミックス花壇① 

 花壇越しに見る港の景色。

ミックス花壇② 

 花壇越しに見るベイブリッジと氷川丸。

ミックス花壇③ 

 チューリップも一部見られます。

花壇越しの氷川丸 

 もっともチューリップは大さん橋寄りの芝生で数多く見られます。

ここにもチューリップ花壇 

 この芝生は季節ごとに色とりどりの花々で飾られます。つくづく横浜市はエラい。



 日本大通りに出ました。
 横浜公園から像の鼻パークへと続く幅36m、長さ400mの広い大通りには約4万球のチューリップが植えられているそうです。

日本大通りのチューリップ花壇 

 昔からこの通りを象徴するのは、神奈川県庁(キング)の古めかしくて大きな建物ですが、チューリップ越しに見るとこんな感じ。

チューリップ越しに見る神奈川県庁① チューリップ越しに見る神奈川県庁②

 またチューリップだけではなく、大きな鉢植えに色とりどりの花が植えられています。
 それより目を引くのは、所どころに置かれた8段飾りの花柱。

大きな鉢植えと花柱 

 これは花のイベントのシンボルらしい。

日本大通りと花柱 

 通りを抜けて海側(像の鼻)へ。ここにも花柱が。

像の鼻へ 

 ということで花柱中心の日本大通りでした。

       

 この時期、私が必ず立ち寄るのが横浜公園。
 色とりどり、種類もとりどりのチューリップガーデンが見事です。

チューリップガーデン① 

 写真を撮る人も多い。むろん私も。
 ときに撮りたいアングルがカチ合うこともあるけど、そこは仲良く。

写真の準備も怠りなく… 

 市役所側には品種別に植えられている花壇があり、それぞれに名札がつけられています。

品種展示① 品種展示②

 以前は品種ごとに撮っていたけど、最近は代表的なものだけ。
     

 向かいは横浜スタジアム。
 DeNAベイスターズ、調子よさそうだね。このまま秋まで突っ走ってくれよ。

向かいは横浜スタジアム 

 植えられているチューリップは全部で16万本だそうです。

チューリップガーデン② 

 チューリップを背に愛犬を撮っている方もいました。
 そっぽ向かないで、ちゃんと飼い主のほうを見てやれよ。

愛犬物語? 

 和風庭園をバックにしたチューリップもなかなかの風情。
 和と洋がマッチするのも横浜ならでは。

日本庭園を背に 

 昨年は「ガーデンネックレス横浜」でもっと派手なデコレーションが見られたけど、今年は例年通りのチューリップガーデン。これでいいんじゃないの。

   

 あたり一面青いネモフィラの畑。今、私は国営ひたち海浜公園にきております???

一面のネモフィラ 

 うそでーす。タネ明かしをすると……。

種明かしをすると… 

 これは赤レンガ倉庫のイベント広場「FLOWER GARDEN 2018」。ネモフィラが一面に敷かれたスカイブルーガーデンです。

 ワイルドフラワーガーデン。ピンクやオレンジ、白や黄色などカラフルな色が混じり合っております。

ワイルドフラワーガーデン 

 他には香りのガーデン、ベジタブルガーデンなどがあります。
 また屋台のカフェでは「食べられる花」を楽しめるそうですが、視覚的には以前よりショボくなっています。(予算が削られたのか)

香りのガーデン  

 仕方がないので赤レンガパークの八重桜を。

赤レンガパークの八重桜 

 そして新港中央広場にはたくさんのチューリップが開花してました。

新港中央広場のチューリップ 

 ということで、ここは視覚的にはネモフィラしかない?

    

 昨日も述べたように今年は桜が早い。
 ソメイヨシノだけではなく、遅咲きの八重桜(カンザンなど)もすぐ満開になってそろそろ終わり。
 実は横浜行きを早めたのは、その前日(04/08)大井弁天の森で満開の八重桜を見たからです。
   

 ここは先日(04/03)UPしたように、南埼玉では有数の桜の名所。私のなかでは新河岸川に次いで2位にランクされています。
 それにここはソメイヨシノが終わっても、その10日ほど後には八重桜が楽しめます。ひと粒で二度おいしいとはまさにこのこと。

弁天橋と八重桜   

 場所は氷川橋(ソメイヨシノの密集地帯)より100mほど上流の弁天橋付近。
 特徴は赤白の八重桜が交互に並んでいること。

赤白交互に   

 この赤白の八重桜は裏から見てもなかなかの景観です。

裏から見ても赤白が見事 

 しかも裏はチューリップなどの花畑。

花畑と八重桜① 

 なんとも豪華です。

花畑と八重桜②   

 赤(濃ピンク)の八重桜はカンザン(関山)だとわかるけど、白の八重桜は?
 跡見女子大の「構内サクラガイド」で遅咲きの八重で白っぽいものを調べてみると、シロタエ(白妙)、エド(江戸)、タオヤメ(手弱女)、フゲンゾウ(普賢象)……などが上がりましたが、よくわかりません。
            

 カンザンは橋のたもとに咲いているのが壮観です。

弁天橋にて  

 ふーむ、ここも八重桜の名所といえなくもないけど、私の好みにはちょっと……。
 赤白交互というのがいかにも人為的で、やりすぎのような気がしないでもない。
 私はやはり濃いピンク一色の関内桜通りのほうが好きだなあ。

       

 関内桜通りではすでに八重桜が満開でした。
 こういうと、「お前は3日前、横浜さくら徘徊記はこれで終わり、といったではないか」とお怒りになるかもしれませんが、これは一昨日(04/09)に行ってきたのだからしょうがない。
  

 私はここの八重桜が好きで毎年きていますが、今年はソメイヨシノが早かったのでこれも早いのではないか、と睨んでいたのです。

関内桜通り① 

 今年はやたら車の駐車が多い。
 昨年はもっと先が見通せたのに、今年は邪魔されてばかり。それも風景の一環ではありますが。
    

 関内桜道りは関内駅から県警本部まで約700m間に約60本の桜が植えられていて、その大半がカンザン(関山)。ピンクが濃く、花びらがぽってりしています。(横浜市道路局施設課)
 他にも早咲きの陽光、寒緋、薄墨などがあり、ソメイヨシノとは時期をずらしています。

まさに桜のトンネル 

 「すっかり咲きましたねえ」
 と飲食店の前を掃除していた女将さんに声をかけられました。
        

 「やはりカンザンにはあでやかな魅力がありますね」というと、
 「違います。これは八重桜です」
 違います、といわれては私も黙ってはいられず、
「八重桜とは八重咲の桜の総称で、ヤエザクラという品種の桜はないのです。カンザンがその代表ですが、他にも白っぽい八重もあります」
 思わず跡見女子大の「構内サクラガイド」で得た知識をひけらかてしまいました。(大人げない)

関内桜通り② 

 「あらあら、風が強いわね」
 女将さんと話している間に突風が吹き、はらはらと多くの花びらが散りました。
 「なんとゼイタクな」
 思わず見とれてしまいました。(シャッターを切ったのは終わりかけのころ)

突風で桜吹雪 

 大和証券の前に白っぽい八重桜が咲いていました。
 「桜マップ」によると、これはフゲンゾウ(普賢象)と推定されるとのこと。
 雌しべが普賢菩薩の乗った象の鼻に見たててこの名がついたらしい。

淡紅色の八重桜 

 関内駅の近く、サザンゆかりの「天吉」の前のカンザンも満開でした。

「天吉」前にも八重桜が 

 この日は風が強く、大半の桜は散ったのではないか。
 本当は明日行く予定だったけど、早めに行っておいてよかった。

         

2018.04.10 新河岸川の桜

 川越の桜といえば新河岸川を外すわけにはいきません。
 ここは川越だけではなく、南埼玉でも有数の桜の名所ではないか。
 7年前、初めてここの桜を見たとき、「目黒川など目ではない」と思いました。
      

 先ずは氷川神社裏の氷川橋から。
 ここは新河岸川花見のメッカともいうべきところで、いつも大勢の人が集まります。
 とくに若者が多く、ここで写真を撮る。

氷川橋にて 

 私はいつも風景の一環として人物も入れますが、若い女性はなるべく入れないようにしています。
 主な理由は、相手によけいな不快感を与えたくないからですが、そのため撮りたいアングルに女性がいると、どいてくれるまでじっと待つしかありません。
 しかしここはいつまで経ってもどいてくれないし、また女性側も誰に撮られようとさして気にしてないようなので、(やむなく?)撮っております。
      

 ここから田谷橋まで約300m、桜の多い左岸を歩きます。

左岸の景色① 

 川を見ても道路を見ても桜、桜、桜。

左岸の景色② 

 なかには舟で花見をする人も。小さな箱舟で、乗っているのは子どもたちばかり。これは子どもたちに対するサービスなのね。

舟で花見もできる 

 田谷橋からは右岸を歩いて氷川橋までもどるのですが、こちら側は桜が少ないので、下に降りることにしています。
 これはこれで情趣深い光景。

下に降りた景色 

 右岸にポツリと。オオシマザクラです。

オオシマザクラ(右) 

 下の写真は目の前の桜の花と遠くの景色を撮ったつもりでしたが、あとで見るとフレーム内の右下にふたりの若い女性が写っています。スマホで撮った写真をチェックしているのか。
 本意ではありませんが(?)、敢えてUPいたしました。
 友人はこれをも「邪魔です」というのかな。

邪魔なもの(?)が写っている 

 再び氷川橋にもどり、人物は撮らず新河岸川を撮りました。
 満開にも関わらず川面はすでに花筏。(これも先月30日の光景です)
 ゆく川の流れは絶えずして……とはこのことか。

再び氷川橋から 

 横浜の桜の景色よりよかったって? 
 それも一理あると思いますが、好みは人それぞれということで。

    


 4月に入って長々と「横浜さくら徘徊記」をUPしてきましたが、その間にも地元(南埼玉)の桜狩りもやっておりました。
 首都圏の桜が散った今、それらをUPするのはまことに心苦しいのですが、捨てるにはあまりにもったいないので、少しだけ取り上げます。
  

 桜は水辺が合う、ということで川越は伊佐沼の桜を。 
 伊佐沼は、南北約1300m、東西約300mほどの南北に細長い沼で、埼玉県内最大の自然沼。
 湖畔には多くの桜が一斉に花を咲かせます。
 特に西側の湖畔は桜が湖面に映えてなかなか見事。

新伊佐沼橋より 

 ここはプロムナードと西岸道路(車道)に分かれていて、道路の西側(写真では左)は九十川(伊佐沼代用水路→新河岸川)が流れていますがその両岸にも桜が植えられているので、桜が三列に並びます。

西岸道路(左)と湖畔プロムナード

 西岸道路はまさに桜のトンネル。

西岸道路の桜のトンネル 

 この日はパレードか、訓練なのか、白バイがやたら行き来していました。

湖畔プロムナード 

 九十川の向こうは伊佐沼公園で、ここも桜が満開
 なかにはレジャーシートを敷いて花見をる人も。

伊佐沼公園の桜 

 これは先月30日の光景です。ご容赦を。

    


 本場「ひざくらの丘」で満開の横浜緋桜を堪能して、この日(03/26)の本懐は遂げられたので、あとはオマケのような気分で本牧通に下りました。
  

 途中、本牧神社の参道(お馬通)の横浜緋桜も満開でしたが、それほどの感慨はありません。

お馬通の横浜緋桜 

 昨年はここに咲き残っていた緋桜にどれほど感謝したことか。
 しかし今回は「つけたり」気分。現金なものです。
    

 本牧通は道の両側の桜が満開でした。
 山手警察署前から間門(まかど)の交差点まで約2kmの間に400本の桜並木が続き、まさに壮観。

本牧通の桜  

 このあたりは米軍基地のあったところで、当時から桜が植えられていたというから、アメリカ人向けにスケールの大きな桜並木をつくった?

本牧通(右は本牧せせらぎ公園) 

 本牧通から三溪園に向かう小道に入りました。
 この道は本牧桜道といって、道の両側に150本もの桜の木が植えられています。

本牧桜道(桜のトンネル) 

 道幅は細いけど、所どころ桜のトンネルになっていて、なかなかの風情です。
 またソメイヨシノだけではなく、横浜緋桜やオオシマザクラも植えられているようです。

本牧桜道(緋桜も) 

 そして、その突き当りは「三溪園」なのですが……。
 時刻は夕方の5時近く。三溪園はもう閉園。人々がぞろぞろと門から出てきます。やっぱりなあ。

三渓園はもう終り 

 当方が「ひざくらの丘」に着いたのは4時近く。
 そのため5時にはギリギリだな、とは思っていたものの、まだ明るいし、それに暗くなってもこの時期だから桜のライトアップでもやるのではないか、と淡い期待を抱いていたのですが、甘かった。東京・駒込の「六義園」とは違うのね。
   

 今回の横浜桜狩りは朝から15ヵ所の桜の名所を回り、念願の「ひざくらの丘」で本場の横浜緋桜を見られたし、ニューグランド前のしだれ桜にも間に合ったし、いろんな意味で念願を果たしたので、これ以上望むことはないかな。
     

 首都圏の桜はとっくに散っているにも関わらず、長々と続けてきた「横浜さくら徘徊記」は今日で終わりです。ほっとしました?

     

 和田山口から本牧山頂公園に向かってうろうろ歩いていると、左側の木々の間からパッと明るいピンクの色が見えました。
 おッ、あれは……。
 はやる心に坂を駆け上ると、目の前に開けたのは一面濃厚なピンクの花、花、花。

ひざくらの丘・全景   

 おおーッ、咲いていた横浜緋桜が。
 これぞ私が一年間恋い焦がれていたもの。

ひざくらの丘①    

 思えば昨年(4月8日)は朝から小雨が降り続き、ここへきたときはほとんど花が散ってしまって、なんともやるせない気持ちでした。
 それだけに今、満開の緋桜を目にして感無量。「生きていてよかった!」

ひざくらの丘②    

 横浜緋桜は、父方を「寒緋桜」、母方を「兼六園熊谷桜」を交配させた新品種で、昭和60年(1985)、横浜市在住の白井勲さんの手によってなされたもの。「横浜緋桜」と名づけられたのもそのためです。(横浜シティガイド協会)

家族連れも多い    

 厳重に金網に囲まれた横浜緋桜の原木も満開でした。

横浜緋桜の原木    

 このピンクの濃さは寒緋桜系だから。
 私の友人は横浜緋桜を「横浜ヒガン」と聞き違え、「エドヒガン」の亜種のように思い込んでいるけど、まったく違う種類であることがこれでわかっただろう。

所どころにオオシマザクラも    

 この「ひざくらの丘」は明治~昭和初期に活躍した日本画家・下村観山のアトリエがあったことから、「観山広場」とも呼ばれていますが(記念碑あり)、そんなことはどうでもいい。
 この日(03/26)一番の目的は本場の横浜緋桜を見ること。
 それが叶えられたのだから、もういつ死んでもいい?

ひざくらの丘③   

 オマケは本牧山頂公園の桜(ソメイヨシノ)。

本牧山頂公園    

 ここも奥(まきばの丘?)に行くといろんな種類の桜が咲いていますが、今回はそこまでは行かなかった。


 元町を上がると山手です。
 ここは港の「見える丘公園」「山手通り」「山手公園」とそれぞれ桜の名所ですが、首都圏の桜が散ってしまった今、大急ぎで済ませねばならないので、三ヵ所一挙公開します。
   

 まず港の見える丘公園。
 展望テラスのたもとに咲いている横浜緋桜は昨年の「ガーデンネックレス横浜」の花の飾りつけと同じ位置にありました。あの花壇をそのまま維持していたということでしょうか。

港の見える丘公園の横浜緋桜    

 霧笛橋のたもとで咲いている桜は「芸亭(うんてい)の櫻」といって、
       

 ややは冷え来し芸亭のさくらかな
  

 という句(古沢太穂・作)が掲げられています。

霧笛橋近くの芸亭の桜  

 「芸亭とは奈良時代末期に公開されたわが国最古といわれている図書館」とのこと。なるほど、すぐ近くに「神奈川近代文学館」があるからか。
 さらにここには大きな桜の木があって、どこからでも見事な桜が眺められますが、洋風四阿越しに見る桜が圧巻でした。

洋風四阿と桜    

 山手通りは「日本の道100選」に選ばれているだけに桜も見事。
 とくに「山手234番館」付近の風景がいい。

山手通りの桜① 

 昔の電話ボックスにかかる桜。どこを撮っても絵になります。
 ここは山手通りの桜のメインといってもいいぐらいで、それだけに多くの人が集まります。

山手通りの桜② 

 山手通りをさらに南下すると、左手にカトリック山手教会があります。
 ここはマリア像の周囲の桜がいい。ソメイヨシノだけではなく、しだれ桜も咲いています。
 マリア像に桜吹雪がかかる景色もいいんじゃないかな。

マリア像と桜 

 そこから横手に入ると山手公園。わが国最初の西洋公園です。
 同時に「テニス発祥記念館」や「山手68館」があります。

山手公園   

 ここの桜も見事ですが、不思議に落ち着いていて、何となくホッとします。
 奥のほうにあって、花見客が少ないからか。

山手公園(テニスコート脇) 

 それだけにここまでくるのは、いわゆる通の人?

山手公園(山手68番館)   

 このときもお年寄りばかりでした。
 もっとも当方もそのひとりですが。

     

 山下公園から足を延ばして元町へ。
   

 谷戸橋のたもとに咲いている桜はなにやら曰くありそうで、
 「この桜は、日本からワシントンのポトマック河畔に植樹された3000本の桜の子孫の苗木が里帰りしたもので、植樹に貢献したエリザ・R・シドモア女史(1856~1928)を偲んで『シドモア桜』と呼ばれています」ということが説明板に書かれています。

シドモア桜   

 ふーむ、ただのソメイヨシノではなかったのか。
 その後ろには数本の横浜緋桜が咲いていて、これまた情趣をそそります。

横浜緋桜も   

 そして元町公園へ。
 ここは元町と山手の中腹にあって、なだらかに傾斜しています。上から見るとこんな感じ。

元町公園・全景   

 傾斜を上手く利用して水路をつくったり、人工池をつくったり、工夫が凝らされています。

元町公園①   

 それに所どころに建てられたレンガの柱がいかにも洋風庭園らしい。

元町公園② 

 これが不思議に桜とマッチする。

元町公園③ 

 ここも私の好きな「桜の名所」です。

       

 山下公園にやってきました。
 芝生の一画に植えられた横浜緋桜の若木が出迎えてくれました。

横浜緋桜の若木  

 これは昨年の「ガーデンネックレス横浜」で植えられたもの? なんとも初々しい。
        

 しかし私の目当ては……。
 ホテルニューグランド前にきてみると、しだれ桜が堂々と咲いている!

しだれ桜越しに見るホテルニューグランド    

 やれ、よかった。
 昨年はもう終わっていて口惜しい思いをしたので、今回はなんとしても見たかった。
 正面はホテルニューグランドですが、斜めに見るとマリンタワーが見えます。

しだれ桜越しに見るマリンタワー   

 また反対側からは氷川丸が。ひと粒で三度美味しいとはこのこと?

しだれ桜越しに見る氷川丸    

 木の下の石碑には「咲いた咲いた桜が咲いた」と書かれており、「しだれざくら エドヒガンザクラ」とあります。
 解説によると、この桜は1993年に宮城県から寄贈されたとのこと。意外に新しい。
       

 そこから東に(正確には東南)進むと「水の階段」
 その両側の植え込みの桜が満開でした。

水の階段 

 そこで花見をする人も。

水の階段の植え込み 

 上に昇ると「せかいのひろば」
 ここにはソメイヨシノだけではなく、横浜緋桜の若木も咲いていました。

せかいのひろば 

 さらに海岸通り側のデッキにくると、ここからは今上がってきた水の階段が見えます。

デッキから水の階段を見る 

 桜の花越しに見る景色もなかなかの風情。
 山下公園の桜はニューグランド前のしだれ桜だけではないぞ。

               

 気分転換のために近所の桜の名所を、ということで「大井弁天の森」(ふじみ野市)。
 ここはここはわが家のすぐ近くにあって、しかも南埼玉では一、二を争う桜の名所。東京の目黒川より素晴らしいと私は自負しております。
       
 ふだんは何の変哲もない砂川掘用水路(ドブ川)の流域ですが、この時期は両岸の桜が咲くとまるで桜のなかに入ったような気分になります。

砂川堀用水路の遊歩道   

 とくに氷川橋周辺。
 氷川橋は金網状の手すりで、橋そのものには風情はないけど、それだけに桜を引き立たせる効果があります。

砂川堀用水路に架かる氷川橋      

 橋の近くから見上げると、まるで雪が雪崩のように降ってくるような気分に襲われます。

氷川橋付近    

 これは反対側(下流側)から見た氷川橋の光景ですが、桜というより雪山にきた様。

反対側から見た氷川橋   

 横から見ても桜の雪崩です。

桜の雪崩?    

 これは「向日性」といって、川面に反射した太陽光線の方向に枝が向かうそうです(毎年いっている)が、エコパでよく会うオッチャンにいわせると、
 「あれは木の老齢化によって枝がへたってきてるからだよ。元の枝をいったん切るか、木そのものを植え替えないと、そのうち水に浸かるようになるよ」とのこと。

川面に延びる枝   

 ふーむ、最近ソメイヨシノの寿命がいわれているけど、ここも無関係ではないのか。

花見する人々 


 万葉倶楽部の横から奥にかけての緑地帯。
 今はカップヌードルミュージアムパークというそうですが、私としては以前の「新港パーク」のほうがしっくりします。今の名前は宣伝クサくて感じ悪い。

新港パークの桜 

 ただし対岸にヨコハマインターコンチネンタルホテルやぷかりさん橋、背後にはコスモクロック(観覧車)が見え、なかなかの景観。これに桜が加わるのだから、格好の花見場所になります。

対岸正面はぷかりさん橋、左はヨコハマインターコンチネンタルホテル   

 この緑地は起伏に富んでいて、中央に小高い丘があります。

中央に小高い丘 

 ここから見る景色も素晴らしい。野外ステージです。

角の野外ステージ 

 反対側の遊歩道。

反対側の遊歩道 

 さらに新港地区側の景色。

新港地区側の景色 

 桜の写真については以前「あんたの写真は人物が入っていて邪魔だ」といわれたことがありますが、私は敢えて人物を入れるようにしています。
 雑誌編集者出身の私は「花だけの写真なら植物図鑑のカメラマンに任せればいい。その花がどのような状況で咲いているのかを表現するのが写真の神髄ではないか」と考えています。
 その意味で下の写真はどうだ。

浜から丘を見上げる 

 子どもたちが満開の桜にはしゃいでいる様子が感じられるでしょう。
 これでも邪魔だ、というのかな。



 帆船日本丸から赤れんがに向かう運河上の遊歩道、これが汽車道。
 ここも桜の名所です。
      
 まず入口で迎えてくれるのが白いオオシマザクラ。
 これが意外にいい。
汽車道入口のオオシマザクラ 
 汽車道に入ればソメイヨシノ。
 板張りの路面と不思議にマッチして、ふつうの桜並木とはまた違う景色です。
奥はホテルナビオス横浜 
 ここは桜木町駅前と新港地区とを結ぶ鉄道廃線跡で、開通は明治44年(1911)。
 戦後は米軍により一時接収され、昭和27年(1952)に返還されて貨物運送に使用されたものの、昭和62年(1987)に廃止。東横浜駅―横浜港駅間約500mが遊歩道として整備され、平成10年(1998)に一般公募によって「汽車道」と名づけられました。
振り返った光景  
 振り返ると横浜ランドマークタワー。
横浜ランドマークタワー 
 また芝生に下りると運河が見えるのもなかなかの風情です。
運河を走る水上バス 

 ワールドポーターズの前の広場には多くの桜が出迎えてくれます。
ワールドポーターズ前の広場 
 これも横浜ならではの桜の景色。
 汽車道は前を見てもよし、振り返ってもよし、芝生へ出てもよし……といろんな桜が楽しめます。