昨日(07/26)は朝から激しい雨。
 TVを点けると、「埼玉県南東部、南中部に大雨注意報」とのこと。
 埼玉県南中部とは当地。
   
 この日は高校野球・埼玉県大会の決勝が行われるはずだったけど、早々と中止。
 しかし雨は昼過ぎから上がりました。
 エコパへ行く途中、砂川堀用水路を見たら、水はいく分濁っているけど、水量がとくに増えているわけではない。

昨日の砂川堀用水路(花影橋より)    

 昨年は大雨が降ると必ず取手の友から、
 「キミのことやから、川へ見に行くやろ。行ったらあかんで。そんな年寄りが必ず流されとる」
 との電話の忠告を受けたものですが、今年はなにもいわなくなりました。(バカバカしくなったのかな?)
         
 エコパでは久しぶりに会った爺さん。
 「1ヵ月防衛医大(所沢市)に入院してたんだよ」
 「えッ、どうして」
 「脳の血管が詰まってね。ここを切り開いての手術だよ。全身麻酔だからなにも覚えてない。3日間ほど寝てたらしいよ」
 と見せられたのは左耳の後ろから首へかけての手術の傷跡。
 「えーッ、それでよく生還したね。大丈夫なの?」
 「まあ、これでなんとか助かった」
            
 ふーむ、年寄りが多くいるところはこんなことも頻繁にあるということか。
 それもこの爺さんなんか朗報の部類。
 エコパでは、「あの人も亡くなった」「この人も召された」などと、あの世へ行った人の話ばっかり。
 当方の気管支炎など、可愛い部類らしい。
        
 今日は南関東でも断続的に雨が降るというから、埼玉県大会の決勝はTVで観るかな。
 雨は関東の水がめ付近にたっぷりと(被害が出ない程度に)降ってくれればいいんだけど。


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 昨日(07/25)は約1ヵ月ぶりにエーキドー工場へ行きました。徳用食パン(3斤=150円)を買うためです。
  

 工場直営店の前には誰もきてない。時刻は09:55。開店(10:15)にはまだ20分もある。
 読みかけの本を少し読みながら、待っていたのですが、10:08を過ぎてようやくひとりのおじさんがきました。
 ガラス戸から店内を見て、「あれッ? 徳用パンがない」
 私も、「そうだよ。私もさっきから見てたけど、まだ出てない」
 「いつもなら、もう出ているのになあ」
 「それに赤い字の『徳用パン(3斤)150円』の貼紙もない。変だな」
 このおじさんとしばし徳用パン談議。

エーキドー三芳工場      

 「私はこれしか買わないんだよ。安くて美味いから」
 「オレもそう。他のなんとかロール(クロワッサン、ロールパン、カレーパン、アンパン)なんて目もくれない」
 「ふたりとも店にとってはあまりいい客ではないみたいだね」
 「はははは」
 (その間、川越の友から「今、診察が終わった」との連絡あり)
   

 10:15になって店が開いたので、店員の方に「徳用パンは今日はないのですか」と聞きました。
 すると「ありません。もうつくってませんから」
 「えッ。なくなっちゃったんですか」
 「そうです」
 ガックリしました。
      

 おじさんは「しょうがない」となにも買わずに帰りました。
 しかし私はなにか買っておかないと明日のパンにも困る(?)ので、食パン4枚切り(1斤=110円)を買いました。これで8日持ちます。

4枚切り食パン    

 その後、川越の友と駅前の喫茶店で談笑しました。
 話題は主に安倍政権批でしたが、ついでにパンの話をすると、
 「いいことは長く続きませんなあ」
 「仕方なく1斤110円の食パンを買ってきたよ」
 「それだって安いよ」
 たしかにエーキドーの食パンは小麦の生地がしっかりして美味い。これでこの値段は安いかも。
      

 人は麺麭(パン)のみに生くるに非ず、というけど、私は麺麭のみに生きる人間、かな?

 昨日(07/24)は閉会中審査の実況中継を観ました。
 安倍サンは多少しおらしく、「李下に冠を正さず」などと持ち出して、国民のみなさまに疑われてもしょうがない、とはいいながら、「加計学園獣医学部新設を指示したことは一度もない」といい切りました。
         
 しかし首相官邸が文科省に圧力をかけているのは事実で、(「萩生田副長官ご発言」など)そのキーパーソンは和泉洋人首相補佐官。
 前川喜平前文科事務次官に「総理は自分の口からは言えないから、代わって私が言うんだ」と圧力をかけた(前川氏証言)とされています。
        

 その和泉補佐官は、「こんな極端な話をすれば記憶に残っております。そういった記憶がまったく残っておりません。したがって、言っておりません。言っておりません」と全面否定。
      

 この答弁、どこかで聞いたことがあるぞ、と思ったら、稲田防衛大臣が過去に籠池氏の弁護をしたことを頑強に否定しておいて、証拠が出てきたら、「記憶になかったので、ないと申し上げました」と弁明したこと。あまりの図々しさに国民は呆れました。
 この論法と同じじゃないか。
           

 「記憶にない」で通るなら、痴漢やっておいて「記憶にない。したがって私はやってない」と正当化できる。こんなご都合なことはない。
          

 これは私の考えですが、今回の和泉補佐官の妙な否定発言は、首相の足を思いっきりドロ沼に引きずり込みました。
 「総理は自分の口からは言えないから、代わって私が言うんだ」との前川発言に対して、「言ったかもしれない」といったほうがよかった。「ただし私の独断で」と付け加える。
 そして首相官邸の「忖度」を一手に引き受ける。「これが補佐官の仕事だ!」と。
 すべては「忖度」がひとり歩きしたとなれば、安倍サンは晴れて潔白の身になる。
 さらにいえばこれで和泉補佐官の株が上がる。「よくぞいってくれた」と。
         

 しかし残念ながらそうはならなかった。
 和泉補佐官という人、よほど肝が小さいのか、大所高所から見る頭脳がないのか。それとも首相を救う義侠心がないのか。
        

 こうなれば前川喜平前文科事務次官と和泉洋人首相補佐官を証人喚問すればいいと誰も思うでしょう。おそらく前川サンはOK。
       

 これに対して首相は「国会に任せる」と。(自分の一存で開くこともできるのに)
 国会に任せたら、自民・公明は多数を占めているので否定できる。明らかに逃げの姿勢。
        

 こうして安倍サンに対する疑念は少しも払拭されないまま、時間が過ぎていく。
 いいんだよ、別に。支持率はジリジリ下がっていくだろうから。
     

    

 この時期、いろんなところで夏祭りが開催されています。
 昨日(07/23)はふじみ野市の東久保中央公園で「おおい祭り」が行われました。
 ここは私が川越へ行く途中に通る道です。
   

 公園の周囲には多くの屋台が出店し、中央のステージにはパフォーマンス、路上には山車や神輿が出て、大変なにぎわい。

山車と神輿  

 屋台に関しては、私の子ども時代と少しずつ変わってきているように思います。
 ケバブやインド料理など、エスニックの食べ物が増えた。

屋台

 金魚すくいの代わりにカラーボールすくい?
 金魚は生き物なので、避けられたのでしょうか。

カラーボールすくい   

 ダーツも最近のゲームのような……。

ダーツ   

 変わったところではもみほぐしマッサージ。

もみほぐしマッサージ 

 ステージでは女子のダンスが多かった。
 高齢者のフラダンスよりはいいかな。

ダンスのパフォーマンス   

 路上では山車と神輿。
 夜になると盛り上がるらしいけど、勝手に盛り上がってくれ。

山車(夜は神輿に)   

 というわけで早々に引き上げました。

2017.07.23 金山緑地公園

 柳瀬川は狭山湖から東に流れ、新河岸川と合流し、荒川に合流する河川ですが、一部所沢市(埼玉県)と清瀬市(東京都)の県境を流れているところがあります。リオグランデ川?

金山橋から見る柳瀬川 

 しかし柳瀬川がきっちり県境かというとそうではなく、川の北側にある金山緑地公園は清瀬市の管轄。

金山緑地公園 

 緑豊かで涼風が吹いております。

金山橋① 

 この南に架かっているのが金山橋。

金山橋② 

 釣をしている人がいたので聞いてみると、オイカワやニゴイ、たまにブラックバスが釣れるとのこと。
   

 梅雨は明け、夏休みに入ったので、川遊びをする子どもたちも。

水遊び① 

 犬を水遊びをさせている人も。犬も暑いんだろうな。

水遊び② 

2017.07.21 伊佐沼の蓮

 伊佐沼にやってきました。
 今の時期、蓮が見ごろです。

伊佐沼の蓮①

 そのため朝早くから見にくる人が絶えません。
 沼の北西部に蓮田が広がり、さらに木道がつくられて、身近で蓮が見えるようになっています。

伊佐沼の蓮②   

 これは古代の蓮で一時は絶滅したのですが、「なんとしても伊佐沼に古代蓮を咲かせたい」という「川越蓮の会」の方々の執念と努力によって復活しました。

伊佐沼の蓮③ 

 我われはその恩恵にあずかって、「ほう、きれいだな」といいながら、写真をパチパチ撮っている。感謝しないと。

蓮の花 

 木道では大きなカメラを持った人が撮影の準備をしているけど、これは蓮ではなく、バードウォッチング。
 昨年は多くのバードウォッチャーが群れをなしていたので聞いたら「レンカク」とのこと。

バードウォッチングに待機? 

  レンカク(蓮鶴)とは鳥綱チドリ目レンカク科に分類される鳥類の一種で、ユーラシア大陸南東部(インドから中国まで)、スリランカ、台湾、フィリピンで繁殖し、北方の個体はインドネシア、マレーシア等に渡って越冬するらしい。

伊佐沼の蓮④   

 バードウォッチングは鳥がくるまで待たなきゃならない。
 当方にはそんな根気はなく、蓮を撮ってさっさと引き上げました。

2017.07.20 違うだろッ

 「このハゲエーッ! 違うだろ」
 ポスターをみてすぐ思い浮かんだのがこのことば。
 この人、ここ(新座市)が地元だったんだよね。

川越街道にて 

 場所は川越街道の跡見女子大を出たところ。
 ポスターは健在でした。それも向かい側には4枚も並んでいる。これも無傷。
 (ただし本人はお隠れになっているとか)

向かい側も   

 「こんな議員、地元の恥だ」と破る人は誰もいない。(地元の人は温かい)
 もっとも破ったりしたら犯罪になるからね。

ポスター   

 この人も安倍政権の足を引っ張ったけど、稲田サンに比べればごく微量。
 稲田サンは思いっきり泥沼に引きずり込んだ。
    

 しかし本当に足を引っ張ったのは当の安倍サン。
 「国民には丁寧に答える」といってるけど、「丁寧にうそをつきます」ということ?
 いくら「岩盤規制に穴をあける」と正当論をぶっても、それで国民は納得するのか。それに「ではなぜ加計学園か?」と問われたらどう答える。
 まさか本当のこと(加計学園は私の肝入り?)はいえまい。政治家としてアウトだ。
      

 だから、あくまでもしらばっくれるしかないけど、官邸が文科省に圧力をかけたのは「事実」なので、和泉補佐官が勝手に忖度して暴走した、という「図を描く」しかないんじゃないの。
    
 この「図」を安倍サンはどう演じるのか。
 和泉補佐官を悪者にして、「私は関係ない」と突き放すのか。
 それとも「有難いけど、そのやり方はどうか」と本音を吐露するフリをして、さらに和泉補佐官をかばう。「みんなに悪気はなかった。忖度がひとり歩きした」
 いささか臭い芝居だけど、国民の情に訴える。その際「私も妻も軽率でした」との反省と謝罪もほしい。
 プライドの高い安倍サンがここまでやれば、私としてはぎりぎりセーフ。しかし国民の大半、マスコミなどはもっと厳しいかも。
     
 これ以外に国民を納得させる説明(論法)があるのだろうか。今の私にはそれしか思い浮かばない。
   
 それに比べれば「このハゲエーッ!」など可愛いもの。
 どうせ自民党を離れたのだし、いっそ野党になって稲田サンや安倍サンに「違うだろッ」とやれば面白いのに。
    
    

2017.07.19 滝の城址公園

 近隣に涼を求めて所沢「滝の城址公園」にやってきました。
 ここは柳瀬川の左岸の丘陵地帯にあり、段差を利用した城と考えられます。

中堀跡 

 「滝の城は東川と柳瀬川の合流地点に築かれ、南側は高さ25mの急崖、北側は三重の堀や土塁によって守られている。本郭、二の郭、三の郭の内部とそれらを囲む外郭、出郭で構成されている多郭式の平山城で、内部は遺構が良好に残されていることから、大正14年(1923)に埼玉県史跡として文化財指定されている」(滝の城跡保存会)

城山神社・鳥居  

 なるほど、堀跡と郭跡が柵で示されている。
 そして本郭だったところに城山神社があります。

城山神社・拝殿   

 ここから眺める景色はなかなかのもの。
 武蔵野線の向こうは清瀬市(東京都)か。

城山神社境内(本郭跡)   

 同保存会によると、
 「滝の城は関東管領上杉氏の家臣で武蔵国守護代などを歴任した大石氏が15世紀後半に築いたものとされてきたが、最近では江戸城、河越城を築いた太田道灌がその中間地点に築いたと考えられる」とのこと。

神社からの眺め 

 ふーむ、ここは江戸城と河越城の中間地点なのか。

 境内には家庭円満や子育て、ボケ封じにご利益あるとされる夫婦樫や、夫婦樫があり、

夫婦樫 

 また郭の外側には血の出る松跡という気味の悪い松もあります。

血の出る松跡   

 まあ、同城は天正18年(1590)秀吉の小田原征伐で落城したというから、血生臭いことは数多くあっただろうなあ。

 ここには涼を求めてやってきたけど、別の意味で涼しさを味わったぞ。

  

 この時期、一度は大宮県営球場まで行って高校野球の埼玉大会を観戦するのですが、今年はまだ。
 喉を傷めたのと、連日暑いのとで自重気味。
 昨日(07/17)は家で冷房をつけ、TVで観戦しました。
       

 昨日行われたのは、市立川口―本庄東戦。
 本庄東はシード校でもあるので、予想では有利とされていたのですが、市立川口はしぶとく食らいついて3-3で延長戦に突入。
 11回表に本庄東が1点を挙げ、「勝負あったか」に見えたその裏、市立川口も粘り二死二塁。
 しかし打者が打ったのは平凡なピッチャーゴロ。「万事休す」

ピッチャーゴロ 

 と思ったら、ピッチャーがファーストに投げるのにもたついている。挙句の果てはグラブごと放り投げた。
 これが山なりだったため、一塁はセーフ。
 その間に二塁走者が判断よくホームをついて4-4の同点。

グラブごと放り投げた 

 これはピッチャーが打球を受けたとき、グラブの指の間にボールが挟まって取れなくなり、(窮余の一策として?)グラブごと投げたというなんとも珍プレー。
 解説の方も「初めて見ました」とビックリ。
   

 当方も初めて見たぞ。
 プロ野球でも、野手が打球を受けたとき、グラブに引っかかって投げられなくなるという場面は何度か見たことあるけど、グラブごと投げたというのはなかった。
 これ、グラブごとファーストが受け取り、間に合えばアウトになるのだろうか。

 結果は12回の表、本庄東が1点を挙げ5-4で勝ったけど、面白いものを観ました。

 その夕方、大相撲を観ていたら、横綱日馬富士が前頭4枚目の宇良のとったりを食って敗れるという波乱(?)が起きました。(もう波乱とはいわないのか)
 勝った宇良はインタビューで感極まって泣いていたけど、これは日馬富士が情けない。
 軽量の哀しさなのか、あっさりと相手の技にはまってしまう。

〇宇良―●日馬富士が 

 これは休場した鶴竜も同じ。
 当方はこのふたりのモンゴル横綱を陰ながら応援してきたけど、あまりにひどいと愛想が尽きるぞ。

 07/15~17の期間、川越の蔵里では「小江戸蔵里まつり」をやっているので、昨日(07/16)ちょっと覗いてきました。

蔵里・入口 

 いくつかの屋台が出ていたのですが、焼き鳥屋さんもタイ料理の店もさっぱり。
 暑かったからかな。

焼き鳥の店 タイ料理の店   

 地味なところでは唐桟の小物。
 唐桟(とうざん)とは和服の生地。江戸時代は粋な縞模様が人気を博しましたが、幕末になって川越商人が地場産業である絹織物の技術を活かし、安くて品質のいい川越唐桟をつくったところ、これが大人気。
 しかしそれも機械化しなかったことで一時は衰退しましたが、40年ほど前から機械化され、復活しました。

川越唐桟の小物 

 それを利用したアクセサリーや財布などが売られています。
 唐桟の財布など、昔は粋だったと思われます。
     

 催し場ではベーゴマ大会(体験?)をやってました。
 今の子はベーゴマなんて知らないのではないか、なんていわれるけど、けっこうやっているじゃないか。

ベーゴマに興じる少年たち 

 私の少年時代、メンコ、ビー玉はやったことがあるけど、ベーゴマはなかったような気が……。
 これはベーゴマが主に川口(埼玉県)でつくられていたため、関西にはあまり普及しなかったのではないか。

ベーゴマ   

 台の上で相手のコマを弾き飛ばす。
 ルールは単純だけど、見ているだけでも面白い。
   

 昨日(07/15)エコパ(ごみ焼却余熱利用浴場)へ行ったら、となりの「えこらぼ」(ごみ焼却施設&体験学習施設)で「えこらぼフェスタ2017」をやってました。
 

 連日の暑さでかき氷は大忙し。

かき氷は大忙し   

 野菜は安かったけど、買う人はなし。

野菜が安い   

 水素を原料にした車も展示されてました。乗り心地はどうなのだろうか。そこまでの実演はなかった。(走らせるわけにはいかないか)

水素を原料として走る車  

 人気は手づくりクッキー体験会。

手づくりクッキー  

 午前・午後もう締め切ったとか。せいぜいクッキーづくりにいそしんでくれ。こちとら、もう食う気ないから。(喉が渇くので)

クッキーづくり   

 イベント会場ではフラダンスをやってました。
 フラダンスに関しては、川越の夏祭りでも年配女性が踊っているのをよく見かけたので、「そんなものかな」と思ってましたが、数年前大宮の秋祭りで若い女性が踊っているのを見たとき、その違いに愕然としました。

フラダンス① 

 小さな女の子の踊りは、それなりに可愛い。

フラダンス② 

 なかなか面白い催しでした。

 御堂筋はキタとミナミを結ぶ広い道路です。
 大阪の象徴といってもいいところですが、難波や新世界に見られるコテコテ感はまったくありません。

御堂筋(北浜付近)   

 特徴はただっ広いこと。幅43.6m(24間)、全6車線。
 歩道と緑地帯には銀杏が植えられています。その数800本以上。

清水多嘉示「みどりのリズム」   

 所どころ、彫刻が置かれていて目の保養(?)になります。

エミリオ・グレコ「座る婦人像」    

 今から30年以上前、息子(当時小5)と淀屋橋から難波まで歩いたことがあります。
 暑い日でした。
 我われは水上バスで川巡りをしたあとでした。
 「ミナミまでだ。大したことあるまい」
 そう思って歩いたのですが、これが長い。いくら景色がよくても、いい加減飽きるよ。
 戎橋に着くまで、1時間近くかかりました。

御堂筋(周防町交差点)    

 息子は小さいときから不平不満を一切いわない子でしたが、さすがにぐったりしたのか無口になりました。
 あとで地図を見て距離を測ると3km以上ありました。
   
 御堂筋の名は沿道に北御堂(西本願寺津村別院)、南御堂(東本願寺難波別院)とふたつの寺院があることに由来しているそうです。

北御堂(西本願寺津村別院)    

 その後も私は大坂にくるたび、この通りを歩いています。
 「大阪へきた」と実感するのと、不思議に心が落ち着くからです。
 秋は秋で銀杏が色づくのも楽しい。

御堂筋(清水町付近)    

 それでもぶっ続けに歩くことはしません。
 あれで懲りました。この道は変化がないので、所どころ歩くだけでじゅうぶん。
 好きな道なのですが……。
   
  

 30年ほど前、大阪のビデオ制作会社を取材したことがあります。
 当時この会社は大坂でやり始めたばかりで全国的には知られておらず、社長の人柄にも惹かれたので、何とか全国区にしてやろうと当時の写真週刊誌「フォーカス」編集部に企画を持ち込みました。
  

 編集部のGoサインが出たので、関西在住のカメラマンと結託し、早朝の新戎橋で橋の両端をスタッフが見張り、通行人の爺さん婆さん、ジョギングする若者、赤ん坊を抱いた母親など、みんなスタッフの親戚縁者。そんなところへ数人の裸の女たち〈モデル〉が現れて、「イエーイ!」

新戎橋   

 撮影は首尾よく終わり、社長はよろこんで私とカメラマンを連れて行ってくれたのが鶴橋の「鶴一」なる焼き肉屋。
 仕事が終わった安堵感もあったのか、ビールが美味かった。

 もちろん結果は大成功で、新戎橋で撮った写真は「フォーカス」の見開きにドーンと出て、この会社はたちまち全国区になりました。
  

 それいらい社長とは仲よくなり、大阪へ取材に行くたび「鶴一」で焼き肉の接待を受けました。
  

 そんな経緯があって鶴橋は興味のあるところでした。
 東京の新大久保より古いコリアンタウンです。

鶴橋駅・西口 

 1ヵ月前大阪へ行ったとき、朝早く鶴橋に寄りました。
 商店街が朝早くから開いてました。

ガード下の商店街 

 それもそのはず、ここには魚や野菜の卸売市場があるから。
 こちらはなにも買わなかったけど、そのなかにある小さな喫茶店に入りました。

鶴橋市場 

 「いらっしゃい」
 カウンター席に座り、珈琲を注文したのになかなかこない。
 ひとりで切り盛りするママさんは近所の出前のモーニングセットをつくり、配達するのに忙しく、珈琲がきたのは15分後。「スミマセン。遅くなりまして」

喫茶店にて  

 この店は珈琲カップにこだわっているらしく、しばしカップ談議。
 「紅茶もやってますよね。紅茶のカップはどれですか?」
 「これで出してますねん」
 「でもこれ、深いですよね。紅茶のカップは(きれいな赤みを出すために)浅いのでは」
 「わかってます。でもここの連中は見た目より量でね。量が少ない、いうて不評なんですわ」
 これには笑いました。

市場から続く商店街  

 これが1ヵ月前の鶴橋での思い出です。

   

 富士見市の難波田城公園では恒例の「古代蓮観賞期間」(06/10~07/17)
 ここの蓮は「行田蓮」といって行田市「古代蓮の里」から分けてもらったもの。
 「数100年以上埋もれていた蓮の実が始まりで、野生に近い特徴があり、千葉の『大賀ハス』にも似ている」(解説板)とのこと。
        

 しかし先日(07/09)行ったら、もう終わってました。
 昨年は7月の始めに行ったらちょうど満開でした。1週間遅かったか。

難波田城公園の蓮 

 仕方がないのでお濠のほうへ。
 水面には睡蓮が咲いています。

難波田城公園の濠 

 昨年は白い睡蓮しか見なかったけど、今年は赤い睡蓮も見られました。

白い睡蓮 

 赤いほうがいいかな。

赤い睡蓮   

 睡蓮に関して、昨年は句会で「ハイネ読む睡蓮の午後四阿で」を投句したのですが、宗匠からの特選以外の票はゼロ。ハイネなんてしゃれたものを持ってくるのではなかった。

濠の睡蓮   

 ということで、
      

 四阿で睡蓮の午後うたた寝す
  

 ベタな句だけど、最初からこれにすればよかったのか。



 首都圏は昨日(07/11)も真夏日。
 こんな日は外へ出ず、冷房を利かせてTVを観るに限る。
 観たのはBSプレミアム(13:00~14:41)で放映されたマカロニウエスタン「裏切りの荒野」(監督ルイジ・パッツォーニ/1968)です。

 時代は19世紀後半のスペイン。
 セビリアのタバコ工場の警備をしていた軍曹のホセ(フランコ・ネロ)は、傷害事件を起こしたジプシーの女工カルメン(ティナ・オーモン)を捕まえたものの、警察に連行するとき、だまされて逃げられてしまいます。そのためホセは兵卒に降格されます。

裏切りの荒野① 

 「あの女め」
 そんな思いとは裏腹に、ホセはカルメンに惹かれ、強引に口説いて、割りない仲になります。
 しかし多情なカルメンはホセの上官とも浮気し、怒ったホセは上官を殺害。追われる身となります。

裏切りの荒野② 

 ホセはカルメンの仲間に加わり、カルメンとアメリカに渡る費用を稼ぐため、金貨の輸送馬車を襲います。
 金貨の強奪には成功しますが、仲間割れが生じます。しかも警察の目はいっそう厳しくなり、ホセは山に逃げました。

裏切りの荒野③ 

 しかし密航するのに、カルメンが山を下りて、港町で船の手配や服装などの調達をしているうち、闘牛士のルーカスに惹かれていきます。
     

 不審に思ったホセは、警察に追われる身の危険も顧みず、闘牛場に向かいます。
 そこではカルメンがルーカスに派手な投げキスを送っていました。それを見たホセは逆上し、彼女の胸にナイフを突き立てました。

 この映画はメリメの原作「カルメン」を換骨奪胎したものです。
 舞台はスペイン。追われたホセが船に乗ってアメリカに渡り、そこからウエスタン(西部劇)になるのかと思っていたら、結局スペインから出ずじまい。どこがマカロニウエスタンだ。

裏切りの荒野④ 

 しかもホセ役のF・ネロはカルメンという性悪女にだまされ翻弄されてイライラさせられっぱなし。「続・荒野の用心棒」(ジャンゴ)の硬骨漢は微塵もなく、終始無様な姿です。

裏切りの荒野⑤ 

 当時F・ネロは「続・荒野の用心棒」(1966)で一躍人気を得て、立て続けに「真昼の用心棒」「ガンマン無頼」などで硬派なガンマンを演じました。
 しかし彼はそれらの人物像が好きになれず、もっと深みのある役をやりたかったといいます。
        
 これは役者魂というもので、演技の道を追求すればするほど、カッコいい役より、人間の内面の弱さや醜さのような「負の感情」を表現したくなるそうです。
 その意味でこのホセ役はF・ネロが意欲的に取り組んだ人物像ではないか。
       

 そうはいってもこの映画はあと味が悪い。F・ネロのみならずマカロニウエスタンのファンはガックリしたでしょう。
 私も以前一度観て「もう二度と観たくない」と思ったのですが、外に出るのは暑いので観てしまいました。

 昨日(07/10)は暑かった。
 12時半すぎ、外に出ると全身を包むようなムワーッとした暑さ(体温以上?)に思わずクラクラッとしました。この夏いちばんの暑さではないか。
   

 その暑い最中、病院へ行ってきました。
 一週間前、咳が止まないので耳鼻咽喉科を受診したところ、「気管支炎の疑いがあるので、呼吸器内科を受診するように」といわれ、血液検査の結果もあるので一週間後にくるようにといわれたからです。
  

 診察では、「呼吸器内科を受診し、①レントゲン写真の結果、異状なしといわれた、②胃酸の逆流を抑える薬を処方された」と説明しました。
 医師は頷いていましたが、これはすでに把握している(同一病院なので)ようでした。
   

 医師は血液検査の結果を示しながら、
 「可溶性IL-2RとSCC抗原の値ですが、いずれも基準値内。腫瘍やポリープ、癌の心配はないということです」

行きつけの病院   

 そしてまたカメラを当方の鼻腔内に。
 これが気持ち悪い。二度目だから慣れるかと思ったけど、いいようのない不快感。
 唾を飲み込むとカメラが喉にきてるのが感じられる。それどころか動かされると思わずウェッ。
  

 医師は撮った写真を示して、
 「膿疱はそのままですね」
 「これは切除できないのですか」
 「それには全身麻酔の手術が必要です」
 「全身麻酔? うーん」(ちょっとビビりました)
  

 そこで、
 「他に方法はないのですか?」
 「自然に潰れたり、取れたりすることもありますが、今のところはなんとも。それにこれを取れば声が出るとは必ずしもいえません」
 「それはどういうことですか」
 「あなたの場合、声帯が痩せている。それが原因かも」
     
 「では声帯を太らせるというか、強化する方法はあるのですか」
 「私の分野ではありませんが、声帯にコラーゲンを注入する方法があります。ただそれで声が出るという保証はありません」
 「では喉を鍛えるのは? 例えば発声練習とか」
 「いや、喉を使うのはかえってよくない。むしろ休ませたほうが」
   

 ということで、しばらく様子を見ようということになりました。
 次回の診察は2ヵ月後。
 こちらが案じているほど深刻ではないのかもしれないけど、生煮え状態ではっきりしない。
  

 今回は処方薬もなく、病院を出たのが午後2時半。
 思わずクラクラッとしたけど、これは暑さの所為ばかりではない?

 咳が治らないので耳鼻咽喉科を受診したところ、「気管支炎の疑いがあります。早めに呼吸器内科の診察を受けてください」といわれたので、その2日後(07/05)同病院の呼吸器内科を受診しました。
  

 担当医にこれまでの経緯を説明すると、
 「咳のほうはおそらく峠を超しているでしょう。(耳鼻咽喉科で処方された)シーサール錠で大丈夫だと思います。念のためレントゲンを撮ります」
  

 ということでレントゲン室へ。
 この部屋に入ったのは4年前。
 右上腕骨・剥離骨折、左足距骨・粉砕骨折したため、右腕と左足を何度か撮られ、そのたび写真とともに説明を受けました。
 しかし今回は肺。肺は4年前に撮ったっけ?
  

 レントゲン撮影を終わり、しばらく診察室の前で待っていると医師に呼ばれました。
 担当医はでき上がった写真を見ながら、「肺に問題はありませんね。4年前と変わりない。この分なら気管支も大丈夫」
 それはいいけど、4年前?
 なるほど、2枚の写真が並べられている。あのときは手術前の検査で肺も撮ったのか。
 「念のため、胃酸の逆流を押さえる薬を処方しておきます。これで大過なければもうこなくていいでしょう」
 との診断。まずはホッとしました。
  

 渡された検査報告書を見ると、一昨日(07/03)の血液検査の結果が出ていました。それどころか過去一年の血液検査と尿検査の結果も。(レントゲン写真を含めて、同一病院にしたメリット)
  

 血液検査については泌尿器科で年に一回やっているので、ある程度の見方はわかります。
 今回は赤血球数、血色素量、ヘマトクリットの値が標準より低い。これは血が薄い(?)。
  

 前回は血色素量が低かっただけで、「これぐらいなら心配ない」との診断でした。
 今回はどんな診断を下されるのやら。
  
  

 なんの脈絡もなく京阪電車・枚方(ひらかた)公園駅。
 ここ枚方は江戸時代、京街道(京都⇔大阪)の宿場町として賑わい、また淀川を利用した舟運の中継港として栄えたところです。
 それを彷彿させるように、駅前には「枚方宿」と記された大きな常夜灯が置かれています。(これは2011年につくられたもの)

枚方公園駅の常夜灯 

 当時の「枚方宿」の様子を再現し、資料が展示されているのが旧街道沿いにある鍵屋資料館。
 鍵屋は江戸時代は船着き場近くの宿屋を営み、近代は料亭・料理旅館として最近(1997年)まで営業していたところです。

枚方鍵屋資料館・入口 

 館内には当時の宿場の様子や、客に出されていた食事、また「くらわんか舟」の様子が展示されています。
 くらわんか舟とは船着き場に停泊していた三十石船に「餅くらわんか、酒くらわんか」と飲食をセールスしていた小舟のこと。

展示室 

 せっかくなので私も大広間で抹茶とくらわんか餅を所望しました。なかなかけっこうなお味でござった。

大広間 抹茶とくらわんか餅   

      
 外に出てみると、通りはけっこうな賑わい。
 この日は6月の11日。毎月第2日曜日は「くらわんか五六市」が開かれ、旧街道沿いに多くの店が出ます。(五六とは枚方が東海道56番目の宿場町だったことに由来)

 くらわんかギャラリーでは、「くらわんか舟」で使用されていた器など、古くから枚方で売られていたものを再現し、販売しています。

くらわんかギャラリー 

 妙見宮常夜灯。
 京街道の往来が増えるとともに社会不安も高まり、折しも幕末の動乱期。治安のために嘉永7年(1854)に設置されました。これは最近(2013年)修復されたものです。

妙見宮常夜燈 

 そうこうしているうちに「宗左の辻」に着きました。
 ここは製油業・角野宗左の屋敷があったところ。
 「♪送りましょうか、送られましょうか、せめて宗左の辻までも~」という俗謡があるそうな。
 本当かね、♪せめて難波の駅までも~(たそがれの御堂筋)じゃないの?

宗左の辻 

 そういうわけで、ぶらぶらと歩いているうちに、枚方市駅に着いちゃった。
 ひと駅分歩いたことになるけど、こんな徘徊なら楽なもの。

 今日は折しも7月の第2日曜日。枚方では「くらわんか五六市」をやっていると思うよ。

 咳が止まないので先日(07/03)耳鼻咽喉科の受診したところ、「気管支炎の疑いあり」といわれ、35~36年前のことを思い出しました。

 当時私は夏風邪がひどく、それがダラダラ続くので、近所の掛りつけの医院で診てもらいました。
 「多分夏風邪でしょう。咳止めの薬を処方しておきましょう」
     
 しかし、もらった薬を飲んでも治らない。
 5日ほどして、また新たな薬をもらいましたが、一向に改善しない。
 3回目になって医師は、「それじゃ仕方がない。おそらくこれで治ると思う」と別の薬をわたしてくれました。「ただし身体が震えるよ」
     

 その薬を飲んでしばらくしたら、全身に震えがきました。と同時に咳や鼻づまり、熱などの風邪の症状が治まりました。
 そのあまりの効果に「だったら最初からこれを与えてくれ」と思いました。
    

 咳が治まってからレントゲン写真を撮られました。
 その写真を見ながら医師はこういいました。
 「肺はなんともないけど、気管支が弱いね。多分気管支炎だと思う」
 ふーむ風邪ではなく、気管支炎だったのか。
    

 そこで初めて医師の真意がわかったような気がしました。
 彼はおそらく最初から強い薬は与えたくなかったのではないか。
      

 世間には患者に一発で治るような強い薬を与え、「あそこは名医だ」といわれている医院があるけど、私たちがかかっていた医師はまったく逆で、効き目の弱い薬から与えていました。
 そのため治るのに時間がかかり、義父なんかは、「あそこはヤブだ。寝ぼけた薬ばっかり処方しやがって、全然効かん」とぼやいてました。
      

 しかし強い薬を多用して、身体にいいはずがない。
 本当に患者のためを思うなら、できるだけ飲ませないようにするのではないか。それが真の医療でしょう。あの医師にとっては世間の評判などどうでもよかったのです。
      

 残念なことにこの医師は家族の事情で、私たちの住んでいた府中市(東京都)から奈良に引っ越してしまいました。
 その後は年賀や暑中見舞いの交流はありましたが、この4~5年途絶えています。
 果たしてどうされているやら。
  
                

 先月の半ばごろから咳がやたらに出てなかなか止まない。
 ときには夜中にも咳が出て、眠れないこともありました。
 「夏風邪かな?」
 しばらく様子を見たのですが、よくなったと思ったら、また咳が出る。
 しかも声が出しにくいこともある。(これは一年ほど前から兆候があった)
    

 そこで先日(07/03)、耳鼻咽喉科を受診しました。
 この病院には泌尿器科でお世話になっているけど、耳鼻咽喉科は初めて。

耳鼻咽喉科の待合室 

 症状を手短に説明すると、医師は「では診察しましょう」と、私の鼻にシュッ、シュッと空気を吹き付け、先端が青白く光る針金のようなものを鼻の穴にスルスルと突っ込んでくる。
 (あとでカメラだとわかりました)
 痛くはないけど、この上ない不快感。しかも針金は鼻から喉まできている。妙な圧迫感。
 「エー、エーと声を出してください」
 といわれ、辛うじてウェー、ウェー。
 右が終わると、今度は左から。まだかよ。
 抜かれたときはホッとしたけど、心底参った。涙目になっていたかも。情けない。
    

 医師はプリントした写真を私に見せ、「膿疱ができてますね」
 膿疱?
 なるほど、喉が塞がるところに白っぽいできものが。別の写真では一部青黒くくすんでいるところも。
 するとこれまで声が出しにくかったのはこいつの所為?
       

 「これについては少し様子を見ますが、咳の原因はどうやら気管支炎のようですね。早めに呼吸器内科の診察を受けてください」
 早めに、というのは次にここへくる前ということで、呼吸器内科の診断も知りたいようです。
   

 気管支炎といえば35~36年前、夏風邪(?)が長引き医者に診てもらったところ、「気管支炎の疑いがある」といわれたことがあります。
 しかしその後はなんともなく、夏風邪を引いたこともなかったので、気管支炎のことはすっかり忘れてました。

診察室 

 次に看護婦さんに両方の鼻の穴に樹脂製の管を突っ込まれ、「静かに鼻から息を吸って、口から吐いてください」
 痛いのかな? 一瞬不安になったけど、湿った空気が入ってくるだけ。
 これはネブライザーという医療機器で、喉の調子を整える?
 ただしこちらは慣れてないので、心地よさは感じられなかった。
       

 あとは採血と咳止めを処方されました。
 「一週間後にきてください」とのことです。
           

 京都駅前に大きくそびえ立つ京都タワー。
 といってもこのタワーはビルの屋上にローソクのように立っている。
     

 私は京都出身ですが、ここへは一度も上ったことはなかった。
 しかし今回、上ってみました。
 展望室は地上から100mの高さ。
 大して高くないけど、他に高い建物はないし、京都市自体がこじんまりしているので、市街地が見渡せます。

展望室  

 先ずは私の住んでいた北東方向。吉田山が見えます。

北東方面 

 反対の南西方向は大坂の方向。

南西方面 

 南東の足元にはJRの東海道線、新幹線のレールが見えます。

南東方面 

 このタワーの開業は昭和39年(1964年)
 当時は建設前から喧々囂々でした。
 「京都の景観を損なう」
 「観光の新しい目玉になる」
     

 高校生の私は傍観者でしたが、できたタワーを見て笑いました。
 「これが観光の目玉かよ」
 上るのもバカバカしい。同世代はみんなそうだったと思います。
       

 その後私は京都を離れ、「関東人」の立場から京都を見ていますが、それでもこのタワーに関しては冷淡でした。
 今回はなぜか「一度ぐらい上ってやろう」という気になりました。(冥途の土産?)
    

 そうこうしているうちに西の空には夕焼けが。

展望室から見る西の空 

 そして市街地に灯りが点りました。

夜景(北方向) 

 うーん、こういう観光もありかな。

京都駅から見る京都タワー 

 夜空にそびえるタワーもなかなかのもの。

 先日(07/02)蓮馨寺で「ファーマーズマーケット2017」が開催されました。
 これは約30件の農家や飲食店が集まって、農産物や料理を販売する青空市場。
 

 「なるほど、野菜が安い」
 玉ねぎ、じゃがいもはスーパーマーケットより安いかな。
 しかも+50円で詰め放題とは。

野菜が安い 

 次に注目したのは「川越いも茶」の試飲。
 これは川越産農産物ブランドの「紅赤」を使ったお茶。
 味は? まあまあだけど、やっぱり緑茶のほうがいいかな。

いも茶の試飲 

 早くもプラムは完売。

プラムは完売  

 トマトも人気。

人気のトマト 

 クッキーを売る店も。

クッキーを売る店 

 料理でいえば、牛の赤ワイン煮込みとか、豚丸ごと一頭焼なんかあったけど、当方はもういい。

テーブル席  

 なにも食わず、なにも買わず、ただライブショーを見ていました。
 これもあまり面白くなかった。

ライブショーも 

 ゴメンネ、ただの冷やかしで。 

 今回の関西旅行は、同窓会を絡めての大坂1泊・京都2泊の旅でした。
 そのうち京都の2泊は友人のケアハウスのゲストルームを利用。

ケアハウス 

 彼は数年前から持ち家をさっさと娘の家族に譲って市内伏見区のケアハウスに入り、そこからほとんど毎日碁会所に通って、ひとり暮らしを楽しんでいます。

屋上    

 駅で待ち合わせて、彼のケアハウスへ行ってびっくり。
 「建物はしゃれているけど、周囲は田んぼばっかりやないか。こんな田舎によう住んでるなあ」
 「はははは。みんなにそういわれるけど、田園生活もええもんやで」
 市街地に住んでたころは居酒屋によく行ったけど、ほとんど行かなくなったといいます。

中庭

 彼の部屋は6畳の和室にキッチン・トイレ付。
 ひとり暮らしにはじゅうぶんでしょう。同じ階に談話室があるし、親戚などが泊まるときはゲストルームがある。
 そのゲストルームは6畳の和室にトイレ付。1泊1600円+シーツ代500円。

西方向(第二京阪道路) 

 食事は3食賄付きで下の食堂で食べるそうですが、不要のときはあらかじめ報告しておくと、その分食費がもどってくるそうです。
 「最近は朝昼兼用で自炊してるから、かえって安上がりや」

北方向   

 二日目の朝、屋上を案内してくれました。
 伏見区の市街が見渡せます。
 「なかなかの見晴らしやろ。京都駅も見えるし」
 「なるほど。それにしても田んぼばっかりやな」
 「きた当時は寂しかったけど、慣れるとなかなかええもんや」

東方向   

 田んぼ以外なにもないけど、私鉄の駅から12分ぐらい。意外に便利。
 (もっとも彼の足は車とバイク)
 今後もお世話になると思います。2泊で3700円は安かったし。


 青龍殿は青蓮院(天台宗)が東山の山頂に新たに(平成28年=2014)建立したお堂。
 堂内には青不動(国宝)が祀られ、祈祷や受講の場にもなっています。

青龍殿   

 その近くにある将軍塚。
 ここは四条通の真上に位置し、桓武天皇がここから下界を見て都にすることを決め、将軍の像に甲冑を着せて埋め、都の安泰を祈ったと伝えられています。

将軍塚   

 近代では、東郷元帥、黒木大将、大隈重信などのお手植えの松と石柱があるそうです。

将軍塚と青龍殿 

 青龍殿の庭園は回遊式、枯山水の手法が用いられた味わいのある庭園です。

青龍殿庭園・枯山水 

 圧巻は、青龍殿の裏につくられた大舞台。
 総面積1046㎡は清水の舞台の4.6倍の広さとか。

大舞台 

 なるほど、京都の市街地が見渡せます。

大舞台から見る京都市街地 

 それにガラスの茶室。
 これも珍しい。

ガラスの茶室 

 昔からの寺院を保存して観光地とする京都ですが、こんな新しいものができているとは。
 ここへ車で連れてきてくれた友人に改めて感謝です。

 ♪京都 大原 三千院~
 京都の南からいきなり北に飛びました。
  

 私は京都市出身でありながら、ここへきた記憶がない。
 大原・三千院は中学のマラソン大会(適応遠足)でコースにはなっていたけど、なかに入ったことはないし、学校の遠足にも、個人としてもきた記憶がない。
 出版社に勤めていたころ、同僚と銀閣寺→詩仙堂→曼殊院を巡って、さらに市バスで北に行ったけど、あれは寂光院だった?
  

 今回は友の車に乗せてもらって、ここの参道を歩いたとき、「ここへきたのは初めてだ」と確信しました。

茶店の並ぶ参道   

 三千院は天台宗の寺院で、山号は魚山(ぎょざん)、本尊は薬師如来、創建は最澄。

三千院・御殿門 

 なんといっても庭が素晴らしい。
 この客殿から見る庭は聚碧園(しゅうへきえん)といって、池泉観賞式庭園です。

聚碧園   

 そして宸殿前から往生極楽院にかけて広がる庭は有清園。池泉回遊式庭園です。

有清園(奥に見えるのは往生極楽院) 

 「回遊式はなんとなくわかるけど、観賞式とはなんや?」
 「ただ観賞しとったらええちゅうこっちゃ。それだけ景色がええのや」
 「なるほど」

   

 往生極楽院。
 寺伝では「往生要集」の著者・源信が寛和2年(986)が父母の菩提のため姉の安養尼とともに建立したとか。
 これを拝めば当方も極楽浄土へ行けるかな。

往生極楽院

 いずれにしても庭が素晴らしい。

紫陽花苑 

 こんないいところへ一度もこなかったというのは(京都出身者として)忸怩たる思いですが、それでも人生の晩年にこれたというのは本当によかった。

さつき 

 木津川と宇治川に架かる御幸(ごこう)橋。

御幸橋 

 ここへくるには京阪の八幡市駅で降りればすぐなのですが、橋本・遊郭跡から歩いてきたものだから、かなり遠かった。
 「たったひと駅」と思ったのが大誤算、川沿いの殺風景な道を歩くこと40分。3kmぐらいはあった? おかげで足はヘロヘロ。
 それでも「やっと御幸橋についた」という気持ちから多少元気が出て、橋を渡りました。
   

 まず木津川を渡ると中洲(?)に着きますが、正しくは細長い三角洲(反対側は宇治川)。これが背割堤(せわりてい)です。

背割堤 

 しかし……。
 もう少し高いところから背割堤を俯瞰できると思ったけど、これではなあ。

さくらであい館   

 そんなことを思いながら、反対側を振り返ると、「さくらであい館」なる建物。しかも展望塔が建っています。「ははあ、あれだな」

展望塔  

 行ってみると、展望塔は無料。早速エレベーターで上りました。
 「おッ。よく見える」
 写真、左が木津川、右が宇治川。先が合流点です。
 京都の写真家・N君の背割堤写真はここから撮ったんだな。

展望室より見る背割堤   

 反対側も。

背割堤の反対側 

 景色を見ているうちに、橋本から歩いてきた徒労感はなくなりました。
 現金なものです。
 友人には呆れられましたが。