2016.05.31 自然山天然寺

 川越の市街地から少し離れたところにある天然寺。
 山号は自然山。(大日院)天然寺。天台宗のお寺です。
 自然、天然と同じようなことばが連なっているのは何故?

天然寺・山門     

 縁起によると、
 「同寺は天文23年(1554)栄海上人によって創建された。本堂には木造大日如来坐像が安置されていて、川越市内に現存する仏像のなかでも最古のもので、市の有形文化財に指定されている」のこと。

 本堂  

 どこにも「自然、天然」のいわれは書かれてない。
   

 またここには「川越七福神」の寿老人が祀られていています。
 寿老人は長寿の神様で我われにとってはありがたいけど、「七福神めぐり」は新年の行事だから、今ひとつピンとこないなあ。

寿老人のお堂   

 ということで、ここは「自然山天然寺」、「天然山自然寺」どちらでもいいことが結論づけられました?

境内   

 余談ですが、境内のサツキは伸び放題ではなく、きちんと手入れされていました。
 五月も今日で終わりです。

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 葉桜や閉ざす鉄扉に三葵
   

 これは五月の句会で発表された句ですが、仙波東照宮のことが詠まれています。
 仙波東照宮は喜多院の南にある神宮で、徳川家康が祀られています。

三つ葵の家紋     

 これは家康が亡くなったあと、元和3年(1617)遺骨を久能山から日光に至る道中に川越の喜多院に寄り、天海僧正が4日間法要をあげたことから、その南の地に築き上げられたもの。
 高さ五間の丘陵を築きあげて立派な社殿で、日光、久能山と並ぶ日本三大東照宮のひとつです。

石段     

 普段は冒頭の句のように「鉄扉で閉ざされて」いますが、日曜日は開いていて、境内に入ることができます。(ただし拝殿には上がれませんが)

東照宮・拝殿     

 「おや?」
 気になったのは柱につけられた装飾の動物。龍ではないか。

拝殿の廂     

 案内係のおじさんに聞いてみると、
 「諸説ありますが、私はバクだと思います」
 「バク?」
 「バクというのは実在の動物ですが、これは中国の伝説に出てくる獏(ばく)という動物で、人の夢を食って生きるというものです」

柱の動物・右    

 「獏というのは悪夢を見たときに『この夢を獏にあげます』と唱えると、二度とみなくなる、といいますね。その思想が当時からあったのですか」
 「そう、これがつくられたのは江戸初期(寛永15年=1638。川越大火で焼失した後の再建)。当時の学者の意見か、あるいは職人の間で生まれたかもしれません」
 「なるほど」

 柱の動物・左     

 おじさんの話では、龍にしては足が変なのでおそらく獏だろうと。
   

 何気なく見てる社殿でも、聞いてみると意外なことがわかります。

 来月の句会の兼題は十薬、ドクダミです。
 ドクダミは薬草として知っています。
 なにに効くのかよくわからなかったけど、小さいころ煎じ薬を飲まされた記憶があります。独特の匂いがして不味かった。
 ドクダミ=十薬は、のちに「精力剤」を取材することによって知りました。

 しかし句の兼題となると、弱った。こんな植物で句をつくったことはない。
 川越の友に「来月の兼題は十薬だよ。弱ったなあ」とぼやきを入れると、早速、
    

 十薬を飲んで重役今日も行き
   

 という益体もない句を寄こしてきおった。これでは季語の意味が活きておらん。
 むろん達人一流の洒落(川柳?)ですが。
    

 人のブログにドクダミの写真が出てました。白い十字の花びら。なるほど、これが十薬の花か。
    

 どくだみや真昼の闇に白十字(川端茅舎)
    

 という句があるそうです。
 そのまんまやないか。「真昼の闇」がいいのかな。
   

 他には、
 いざこざの根は深かりき十藥も
 十薬の蕾の青き山雨かな
 十薬や津和野に古き漢方医
 十薬に触れし匂ひの深夜まで
 十薬の匂ひに雨意のとどまれる
 雨来るか十薬の香のややはげし
 神々の走り雨して花十藥
 (季語別俳句)
 などがあります。今ひとつですな。(偉そうに)
 とくに「十薬や津和野に古き漢方医」なんて川越の友と変わらんぞ。
 しかし「雨」と十薬は関連ありそうな気がする。

 花がわかったので、注意して公園や道端の草花を見るようになりました。
  

 「おや、これは?」
 富士見市の「むさしの緑地公園」の柵の下を見ると、小さな白い花の群生。 

 十薬の花   

 よく見ると白十字。これぞ十薬。
 同公園はミニSLが走ることで近所には親しまれている公園。
 レール脇にも十薬が群生しています。
  

 「そうか、レールと十薬。それに雨と合わせればいいのだ」
 単純な人間の考えそうなことだ。

十薬の群生(ミニSLの線路も見える)    

 それでできた句が、
  

 「十薬や雨後の線路に漂へり」
 「雨上がり十薬漂ふ線路あと」

  

 我ながらベタな句だ。「季語別俳句」よりひどいじゃないか。

 中華街の南門シルクロードに「オリエンタルホテル」というホテルがあります。
 泊まったことはありませんが、停まった人の話によると、狭いながらも洋室で民宿のような感じだったとか。料金は3500円と安いのが魅力らしい。

以前のオリエンタルホテル    

 もともとは船員の宿泊施設として50年ほど前にオープンしたそうです。
    

 そのオリエンタルホテルが昨年の10月に取り壊されました。
 (こんなことなら一度ぐらい泊まっておくべきだった)

 昨年10月   

 それが今年1月に見たときは布の覆いが張り巡らされ、なにが建つのか気になっていたところ、

 今年1月  

 4月下旬に見たときは茶色い3階建てのビルが建っていた。
 これが新しい建物?

今年4月下旬    

 工事現場に掲示されている「建築計画のお知らせ」によると、
 建築用途……ホテル・店舗。
 住戸数……154室。
 階数……地上9階、地下0階。高さ……28.90m。
 着工予定年月日……平成28年2月1日。
 完了予定年月日……平成29年3月1日。
   

 すると、この3階建ての茶色いビルは仮事務所?
 どんなビルになるのか。少し興味はあります。

 中華街を訪れるとよく買っていたのがキンモクセイの香りのする桂花茶。
 店は関帝廟通りの食品店です。
 料金は380円。400gあったと思います。
   

 このお茶は値段の割に美味しくてよく出た。ポットで二煎は当たり前、三煎、四煎でも茶の味とキンモクセイの香りがしました。

愛飲していた桂花茶    

 家にいるときはコーヒー以外ではこれをよく飲み、外出するときはこれを魔法瓶に入れて持ち歩くこともありました。(緑茶だと時間が経つと味が変わるから)
    

 しかしそのお茶が先日行ってみたら、ない。
 いつもは店の外に目につくような形であったのに、跡形もない。
   

 店内に入ってお茶のコーナーを見ても、そこにはなく、いずれも高いお茶ばかり。安いものでも以前の倍ぐらい。
 「以前、店頭にあった安い桂花茶はどうしたの?」
 と聞いても若い店員さんは、「お茶はここにあるのがすべてです」
    

 この青年はおそらく中国からきたばかりだから、なにも知らないのだろう、そう思って店主にたずねると、「その桂花茶は前はありました。だけど今はお茶が全体的に値上がりして……」
   

 なるほどそういう事情か、それなら他を当たるまで。
 店を出ました。

 中華街   

 とはいえ、あちこち探してみてもあの安い桂花茶はない。
 あの店主のいうように全体的に高くなっている。
   

 ようやくある店で、同じ分量が500円で売られていたのを買いました。
 安けりゃいいってものではないけど、煎れてみるとそこそこ出る。
   

 うーん、こうなったら近所のスーパーで買うかな。
 中華街が必ずしも(中国の食品が)安いとは思ってないのですが……。

 余談ですが、今横浜市長のTV撮影用のメークが公費から支払われていることが問題にされています。
 私はまったく問題ないと思っています。
 TV出演の際のメークは本来なら局側がするもの。それをTVKは(金がないのか?)やらないのだから、自前でやるしかない。しかし自腹を切る必要はないので公費は仕方がない。
 普段の議会での仕事のときのメークは私費なのだから。
    

 ちなみに昨日のTBSラジオ「荒川強啓デイキャッチ」のアンケート調査では、70%のリスナーが「問題なし」と答えました。

 先日、日本大通りを歩いていて、何気なく入った横浜情報文化センター。

 日本大通り  

 この建物は旧・横浜商工奨励館(昭和4年建設)を再利用した4階建ての旧館部分と新たに造られた12階建ての新館部分から構成されているそうで、私が入ったのは旧館部分。
 天井が高くどっしりした廊下と階段はなかなか風情があります。

情報センター   

 その3階にあるのが「旧貴賓室」。
 これは竣工3日後の昭和4年4月23日、関東大震災からの復興状況を視察に訪れた天皇陛下が立ち寄られた場所であるとのこと。

旧貴賓室①    

 室内の木の部分、飾り金物及び天井照明器具を創建時からのものを修復・再利用し、一般に公開しています。

旧貴賓室②

 もっとも見学のみ。
 公開は午前10時~午後4時30分まで。
 月曜(祝日・振替休日の場合は次の平日)、年末年始は非公開。
   

 仕方がないので、その先のカフェテラスへ。
 ここはコーヒーが安い。

カフェテラス   

 ただしセルフサービスで、紙コップ。これが当方の貴賓室?

 関西から友人(神戸の鳥見男)が上京してきて、「できれば『若冲展』を観たい」というので、昨日〈05/24〉上野に集まりました。関東在住者は取手、所沢、そして私。
   

 しかしこの日は若冲展の最終日。
 下見に行ってみると、長蛇の列。しかも左は券を持たない人、右は券を持つ人の二列。
 「今(午後3時現在)からだと、1時間待ちです」

「若冲展」に並ぶ人々・左はチケットのない人、右はチケットのある人    

 1時間待ちというのはむしろ短いそうですが、我われは「カラヴァッジョ展」に切り替えました。こちらは以前NHK「日曜美術館」で放映されたこともあって、ぜひ観たいと思っていたところでした。
    

 カラヴァッジョ(1571~1610)はイタリアの画家。
 この人の筆は群を抜いていて。ミケランジェロやダ・ヴィンチに匹敵する力量があります。ただし性格は凶暴。そのため喧嘩が絶えず、ついには人を殺してお尋ね者になります。それでも絵を描き続けましたが、志半ばで不慮の死を遂げました。享年38。

西洋美術館    

 「すごい絵やと思うけど、キリスト教に対する知識が乏しいから、今ひとつわからんな」
 「これ(メドゥーサ)はなんや」
 「魔よけの意味で、騎士団の盾に描かれたそうや」
 「これ盾か。中華鍋の底やと思った」


 メインは「法悦のマグダラのマリア」
 マグダラのマリア(マリア・マグダレーナ)は聖書に出てくる人物で職業は売春婦。
 あるときパリサイ人(びと=ユダヤ教の戒律を教条的に守る人々)から「淫売女」とののしられ、迫害されていたところをイエスに助けられます。
 パリサイ人に対しては「お前たちの間で罪なき者、この女を打て」
 といって黙らせ、マリアに対しては、
 「汝の罪は許された。多くを愛したるが故に」
   

 このときマリアは感謝と尊崇の目でイエスを見つめます。
 イエスもマリアをやさしく見つめる。
   

 聖書の愛読者でこのくだりが好きな人は多く(私の母親もそのひとり)、「両者の間には恋愛感情があった」と解釈する作家(太宰治など)も多いのです。
 なかには「磔刑後イエスは復活し、マグダラのマリアと結婚して子をもうけ、その子孫がイギリスに現存している」という「珍説」もあります。

法悦のマぐダラののマリア    

 それほどイエスとの関わりが深かったマグダラのマリア。
 カラヴァッジョによって描かれた彼女の姿は一見肉感的である種のエロティシズムを感じさせますが、薄く見開いた目から落ちるひと筋の涙にイエスを想う気持ちと、「お迎え」を従容と待つ感情が表れているようで、思わず胸を打たれます。

観終わって   

 「いやあ、よかったな」
 その後、我われは常設展も観ました。
 ここでもルノワールやモネなどの名画もあり(松方コレクション)、見応えがありました。

 「舛添といえば最近、『舛添はセコイ。それに比べて田中角栄は政治家としてスケールが大きい』とやたら田中角栄が持ち上げられてるな」
 「私から見れば、アイツが日本をムチャクチャにした元凶や」
 「元凶?」
 「そうや。政治家の立場を利用して安い土地を釣り上げて大儲けしよった。それいらい日本の政財界の品がなくなって、『儲ければええ』『数は金で買える。数がすべてや』という風潮になった」
        
 「しかし捕まったわな」
 「その容疑ではのうて、アメリカ側のリークによってな」
 「ロッキード問題やな」
 「ピーナツ5億円。角栄が濡れ手で粟でつかんだ額からすれば安いもんや。それでも証拠が確実やから、それで起訴された。もっと大きな容疑はウヤムヤや」
    

 「ということは日本の検察はアメリカのリークを利用したのか」
 「この場合は、中国と勝手に国交を結んだ田中を苦々しく思うアメリカと、日本の検察の利害が一致したからな」
 「なんや、日本は政治家の罪を裁くのも外国の力が要るんやな」

 「こうしてみると、日本にはつくづく自浄能力がないことがわかるやろ。今回のオリンピック招致問題もそうや。フランス検察庁が調べたら、日本が2億円の賄賂を贈ったことが判明した」
 「日本は『相手はちゃんとしたコンサルティング会社です』というとるけど、取材班が調べ上げた映像を見ると、インドネシアのボロ住宅。どう見てもペーパーカンパニーや」
    

 「そもそもオリンピック選考委員の間では、福島原発の汚染水漏れを懸念する声が強かった。それを払拭するには科学者や東電技術者による科学的な説明しかない。ところが御用学者でさえ『安全です』とは説明できない。それを安倍みたいな政治家が『アンダーコントロール』いうて黙らせた。これでは賄賂が効いたと見るのが自然やろ」
 「そうやな。フランス当局に頑張ってもらうしかないな」
     

 「たしかに。この国は自浄能力がないからな」
 「それとマスコミがあかんな。もっと突っ込まんと。甘利はどうなった。福島原発なんか記者会見のみ報道せよ、なんてNHKのアホ会長がいうてから、NHKだけではなく民放も腰が引けてるやないか」
 「たしかにな」
     

 「キミも以前はジャーナリストの端くれやったんやろ」
 「お恥ずかしい。しかしこうなったら窮鼠猫を噛む一手はある」
 「どんな手や」
 「日本のマスコミも自浄能力がないから、外圧を利用するんや」
 「外圧?」
 「福島原発の汚染水処理の問題。政府関係者もマスコミも臭いものに蓋してるやろ。だから海外のメディアも気がつかない。そこで海外メディアにリークするんや」
    

 「リークやと?」
 「そう。WポストやN●ポストのような大きなマスコミに現地へ行って調べてくれ。こっちもできる限り資料は提供する、と」
 「ふーむ。以前も福島第一原発で変なこというとったな。海へ流す手もある、と」
 「福島原発に関しては処理は後手後手で、ごまかし報道ばっかりや。日本のマスコミも『国益』を考えてか、突っ込まない。その点海外メディアは国益に関係ないから、ビシビシ突っ込む。そうなると隠してるものがボロボロ出てくるんではないか」
   

 「そうなったら海外から『こんな国に選手を派遣するわけにはいかん』という声が上がるかもしれん。オリンピックどころではなくなるぞ」
 「それが狙いや」
 「しかしそれは世間の袋叩きに会うぞ。日本の国益を損なうと売国奴扱いされるぞ」
 「一見売国奴かもしれんけど、それしか日本浄化の道はない、となったらどうする」
 「うーん、難しい選択やな」
 「究極の選択や」

 「沖縄の事件はひどいな。若い女性が米軍関係者に乱暴されて殺された。何度繰り返しとんね」
 「そのたび、司令官が『二度とこういうことが起こらないようにします』なんていうとるけど、全然改まっとらん」
 例によって取手の経済情報通との会話です。
        

 「これは日米地位協定の問題が大きいな。トランプのいうように『アメリカは日本を守ってやってるんだ。だから多少のやんちゃは大目見ろ』という風潮が米兵にあるのやろ」
 「ということは、上層部のいう綱紀粛正など疑わしいな」
 「ある程度指導はしとるけど、手のつけられん兵士もいるしな。おそらく日本、とくに沖縄にきてるのは質の悪い兵士と違うか」
 「日本は逆や。人間的にも優秀な隊員を海外に派遣している。だから赴任先の国に対しても畏敬の念を持っている。自衛隊が海外で感謝されてるのはそのためや」
 「アメリカはゴロツキ連中を厄介払いのために海外派兵させているフシもあるわな。畏敬の念どころか我が物顔や」
           

 「日本はアメリカの属国やからな。政治家のみならず、アメリカ国民がそう思ってるから、末端の兵士なんか『支配下の国ではやりたい放題や』と思うとるのやろ」
 「どうしたらええのや」
 「沖縄から米軍が撤退すればええのやけど、国防を考えたらそれでええのか」
 「うーん、難しい問題やな」
 「難しい問題や、なんて他人事のようにいうたらあかん。キミが世直しするんや。徘徊(俳諧?)なんかしてる場合やないで」
 「無茶いうな。そんなことできんから毎日徘徊しとるのや」

 話は変わって舛添問題。
 「あの記者会見もアホやな。『厳正で公平な第三者の精査によって……』いうとるけど、それを精査するのは舛添お抱えの弁護士やて。どこが第三者や」
 「そうやな。弁護士というのは依頼人を弁護するものやからな。その発想はおかしい」
 「おかしいというか、苦し紛れの言い逃れや」
 「あの会見でむしろ墓穴を掘ったということか」
      

 「20年ほど前にな、舛添に関連したゲームがあったらしい」
 「なんや、それ」
 「政治家の金の公私混同度を問う主旨のゲームらしい」
 「そんなヤツが今は公私混同どっぷりやからな。こうしてみると舛添というヤツは、他人に厳しくて自分に甘い人間やな」
 「そや、私と同じや」

 平成の森公園の日本一とはバラのトンネルの長さ。
 ここの「バラの小径」は、約60品種、474本のツルバラが植えられ、全長340.5m。
バラのトンネル① 
 これが平成18年(2006)に「日本一の長いバラのトンネル」(日本一ネット)にとして認定されました。
 入口に認定証が掲げられています。
認定証 
 「これが日本一? そんな気はあまりしないけどなあ」
 とほざいていた若者、しっかり見ろよ。
バラのトンネル② 
 赤、ピンク、白、黄色……数種類のバラがあちこちにビッシリ。
 バラ園①  
 「まあ、きれいなこと」
 オバサマたちは携帯でパチリ。 あちこちに大きなカメラを持ったおじさんも。
バラ園② 
 トンネルのなかだけではなく、周辺には109本の木バラが植えられているそうで、これも見事。
トンネルの外側① 
 このトンネルはひょうたん型になっていて、ふたつの中庭から見る景色も素晴らしい。
 トンネルの外側のバラも見事です。
トンネルの外側② 
 バラ越しに見る中庭も風情があります。
バラ越しに見る中庭   
 この「バラの小径」は、かわじま合併50周年記念事業として平成18年1月に完成しました。
中庭から 
 しかし長けりゃいいってものではない。
 造園のセンスを考えれば、横浜の「イングリッシュガーデン(YEG)」のほうが上かな。
バラのトンネル③ 
 とはいえここは無料なのがありがたい。(YEGは500円)
 電車賃もかからないし。(世知辛い話でスミマセン)

 川越市の北に位置する川島町(かわじままち)は人口約2万3000人の町。
 主な産業は農業で、これといった観光地はありませんが、町民の憩となっているのは町のほぼ中心にある「平成の森公園」

池      

 昭和63年(1988)に国が提唱した「ふるさと創生事業」に基づいてつくられた公園です。総敷地面積は約8.38ha。
 計画されたのが平成元年だったことから、「平成の森公園」と名づけられました。

四阿      

 「おや、あのタワーは?」
 これは「水と時の広場」。噴水の中央のタワーはときを知らせるカリヨン(鐘)が設置去れているそう。

水と時の広場     

 広い池もあります。四阿もなかなか風情があります。
 池には蓮が植えられ、7月の開花が楽しみ。
    

 また約2500株を栽培している「ショウブ園」もありますが、数本がちらほらと咲いたばかり。まだ早かった。

菖蒲園     

 公園の一角に輪船が展示されています。
 説明書きによると、川島町は周囲を4つの川に囲まれた輪中地域で豊かな穀倉地帯ではあったものの、水害が多く、堤防を強化してきた。
 ところが明治43年の大水害によって川島全体が壊滅状態になり、その反省から明治政府から支給された見舞金で30艘近くの救助用の船をつくった。
 現在は治水の整備によってその必要はなくなり、船も老朽化したが、川島の歴史を伝え、防災意識を高めるために、保存のよかった2艘を展示することになった、とか。

和船の展示      

 ふーむ、それはわかったけど、そんなものは地域それぞれの歴史ではないか。この公園ならではの特徴があるのかね。
   

 よくぞ聞いてくださった。あるんですよ、日本一が……。

 富士見市の北にある「びん沼自然公園」
 ここは荒川の支流であるびん沼川の蛇行を利用して平成14年(2002)オープンしました。
 総面積は約5.7ha。その半分近くが葦の茂る湿地です。

公園    

 公園のほぼ中央部分に見晴らしデッキがありますが、ここからは湿地帯がよく見えます。
 ここからは富士山が見えるらしいけど、富士山の方向は木で遮られて見えないぞ。

 見晴らしデッキ   

 足元を見ると、芝生を刈り込む人が……。
 よく手入れされています。
 (公園は一日にして成らず)

左は葦の湿地帯     

 湿地帯や芝生にいてもしょうがないので、森林の間を徘徊。

デッキから見た公園     

 この公園、子どもが遊ぶ遊具は一切なく、子どもが騒ぐ姿は見られません。
 このように子どもに迎合しない公園があってもいい。

遊歩道    

 新緑を満喫しました。

森林  

 新緑や冥途の路でひと休み

 今月の俳句をUPしたら早速川越の友からメールがきて、「このところ好調ですね」
 今は別々の句会に通っていますが、彼は俳句の達人で、しかもお世辞などいわない(?)人間だけに、こういわれるとうれしい。
         

 「花水木の句も先生◎くれてもよかったのにねえ」
 
髪切りてダンスホールや花水木
   

 私もこの句は気に入っていますが、宗匠からの特選はまず無理でしょう。「クリフサイド」は誰も知らなかった。

代官坂とトンネル、右端がクリフサイド    

 それでも同郷のおじさんひとり、
 「若い女性が髪を切ってダンスホールに挑む気持ちが花水木に込められている」
 と読み取ってくれました。
 私としてはこれでじゅうぶんです。
    

 横浜のクリフサイドについては、川越の友人は20年ほど前、ここで出版記念パーティーをやったそうです。
 ゲストに桂歌丸さん(横浜出身の落語家)たちがきたものの、客の半分くらいがヤクザみたいな人で、あとで会社から怒られたとか。
 ヤクザはご愛敬ですが、さすが出版人、横浜の有名どころはとっくにご存知。

クリフサイド     

 その彼が好きなのが、すぎもとまさとの「クリフサイドのリリー」
 この歌手は何年か前に『吾亦紅』を歌っていますが、内容がくどくど愚痴っぽい。
 それに比べるとこっちはさびの効いたいい曲です。これぞブルース。
      

 https://www.google.co.jp/?gws_rd=ssl#q=%E3%82%AF%E3%83%AA%E3%83%95%E3%82%B5%E3%82%A4%E3%83%89%E3%81%AE%E3%83%AA%E3%83%AA%E3%83%BC 
         

 なるほどね。いかにも川越の友の好きそうな曲だ。

 今回私が選んだ句は
 ④路地流す翁の豆腐屋夕薄暑……○
 ⑤騙されてみる海色のソーダ水
 ⑥校庭に錆びし鉄棒夕薄暑
 ⑦葉桜や閉ざす鉄扉に三葵
 ⑧麦秋の風に音あり遠筑波
 (○は特選)
       
 
④は汗ばむ季節に夕方まで豆腐を売り歩く老人の商いの厳しさを想い、採りました。特選です。
 ⑤は発想が面白いと思いました。こちらも「騙されて」採りましょう。
 ⑥そのまんまではありますが、情景が浮かんできて、落ち着いた味わいがあります。
 ⑦葉桜が勢いよく伸び、鉄扉がガチャンと閉ざされている。そして最後に徳川家の三つ葵。ははーッ。これを出されては採るしかない。(おそらく川越の仙波東照宮でしょう)
 ⑧中七の「風に音あり」が効いています。
         
 
各句の得票数と作者
 ④路地流す翁の豆腐屋夕薄暑(6)○○→作者・同郷のおじさん
 ⑤騙されてみる海色のソーダ水(3)→作者・助手の先生
 ⑥校庭に錆びし鉄棒夕薄暑(5)→作者・宗匠
 ⑦葉桜や閉ざす鉄扉に三葵(3)○→作者・同郷のおじさん(やはり仙波東照宮でした)
 ⑧麦秋の風に音あり遠筑波(4)→作者・宗匠
    
 
④の6票は(自分以外は入れないので)満票でトップ賞。私は同郷のおじさんの句を二句(④と⑦)選んでいたことになります。
 もっとも彼も私の句を二句選んでくれているから、お相子。よかった、よかった。
      
 
こうしてみると、私は「実力者」の句ばかり選んでいたことになります。一応、「見る目」はあるのかな?
    
 
ちなみに宗匠が特選に入れた私の「③風香る女車夫駆け蔵の街」以外の二句は、
    
 
⑨長床に神木添ふや風薫る……(1)◎→作者・女A
 ⑩さわさわと青葉ゆるるやねむり猫……(2)◎○→作者・女B
    
 
⑨「長床」というから、長い闘病生活かと思い、医療よりも神頼みの心境に入ったのか(?)それにしては「風薫る」がチグハグなので採らなかったけど、「長床」とは神社の長い神殿をいうらしい。
 だとしたら、単なる説明句。「風香る」も取ってつけたようで、それほどいい句だとは思わないけど。
      
 
⑩こっちのほうはインパクトは弱いけど、欠点がなくて突っ込みようがない。
 うーん、いい句なのではないか。

 昨日(05/16)近くの公民館の俳句会に出席しました。
 出席者は宗匠を含めて7人。
 私の句に対する得票と評価は、
          

 ①活劇のロケにざわめく街薄暑……(2)
 ②髪切りてダンスホールや花水木……(2)○
 ③風薫る女車夫駆け蔵の街……(3)◎←宗匠の特選
 (数字は得票数。○は特選)
   

 宗匠はほとんどの句に並選を入れるので、価値があるのは特選のみ。(特選は私の句を含めて3句)

 ①を選んだのは私と同年配のおじさん(奇しくも故郷が同じ)
 「私の故郷・京都ではよくロケが行われました。そのときの街の光景が浮かびます。季節もちょうどほんのり汗ばむころだったと思います」

 ②に特選を入れてくれたのは、やはり前出のおじさん。
 「若い女性が心に期するものがあって髪を切ってダンスホールに挑んだのでしょうね。そんな気持ちが花水木に込められているのかな。インパクトのある句だと思いました」
 ここまで読み取ってもらえば、作者冥利に尽きるというものです。
   

 続いて宗匠の評。
 「これは大胆な句だね。今どきダンスホールを持ってくるとは。おっしゃる通り、若い女性が勝負に出たのでしょうね。これは誰の句?」
   

 そこで当方(京一郎)であると明かし、これが横浜の有名な「クリフサイド」であること、花水木がアメリカ産の花で横浜にマッチしていること、そして髪を切ったのは若い女性の意気込みともとれるし、若造のGIカットともとれる、どちらでもけっこう、と答えました。
   

 「うーん、これはそういうダンスホールであるとわかると俄然よくなるんだけど、難しいねえ」

花水木    

 この句は女性陣にはまったく受けなかった。
 なかには「花水木って春の季語じゃないの?」という人も。五月の季語別俳句に出てるわい。

 ③の句にはふたりの女性が入れてくれました。
 「川越の街を走る女性の車夫さんが浮かびます。風薫るという季語が効いてますね」
 「女性の車夫さんというところがいいですね。キリッとした姿が浮かんで」
   

 続いて宗匠の評。
 「私もこれに特選を入れましたが、惜しむらくは中七の『駆け』。三段切れになっているところが苦しい」
 「私もそれはわかってました。それでもイメージを優先して、形式には目をつぶりました」
   

 「ではこう直したらどうかな」と修正句は、
   

 蔵街を女車夫駆く青葉風
  

 まあ、いいですけど。
 私としては、同郷のおじさんがダンスホールの句に特選を入れてくれたことが、なによりありがたかった。

2016.05.16 五月の句

 今月の兼題は「薄暑」
 薄暑なんて季語は使ったことがない。どんな句をつくればいいのか。
 まず浮かんだのは先日散髪してきたので、「髪切りて」の上五。
 これと下五の「薄暑かな」をつなぎ合わせる適当な中七を考えて(安易なつくり方だ)……「人の目気になる」ではベタだし、「街の雑踏」も今ひとつ。
   

 街の雑踏をいろいろイメージしていたら、映画のロケで街がざわめいている光景が浮かびました。これだと「酷暑」や「残暑」ではなく、「薄暑」がピッタリではないか。
    

 ということで、「アクションの映画のロケや街薄暑」
 しかし「アクション」「映画」「ロケ」はことばがダブるので、どれか省略したほうがいい。
 そこで「アクション」「映画」をまとめて「活劇」にして、
    

 活劇のロケにざわめく街薄暑……①

 「花水木」という季語を使って句をつくりたい、と五月の「季語別俳句」を読んでいたところ、「赤レンガ」「大桟橋」「港」など、横浜にちなんだ句がいくつかあり、それに触発されたのが山手・代官坂中腹にあるダンスホール「クリフサイド」
 花水木は元々アメリカからきた花なのでクリフサイドの建物にはピッタリ。そこで
 「暮れなずむダンスホールや花水木」

クリフサイド     

 しかし安易だ。それに説明的。それならいっそ「髪切りて」を上五に持ってきたほうがいいのではないかと、
   

 髪切りてダンスホールや花水木……②
    

 こうすると、女性が髪を切って(ある期待を持って)ダンスホールに挑んだ、という心情が読み取れるのではないか。
 しかし場所が横浜だけに、若者が当時流行の「GIカット」にしてダンスホールに向かう、という意味にもとれる。
 どっちでもとれるところが気に入りました。

 最後は時間に追われ、以前つくった句を少し変えて、
 「蔵の街女の車夫に風香る」
 これではつまらないので、「女車夫蔵の街駆け風薫る」
 しかし最後に「駆け」「薫る」と動詞が続くので、
    

 風香る女車夫駆け蔵の街……③
   

 になりました。ちょっとベタだったかな。
  太字の①、②、③が今月の出句になりました。

 「おう、チキンのトマト煮食っとるのに悪いな」
 先日、昼に取手から電話がかかってきました。

 「舛添はあかんな。完全に公私混同やな」
 「そうや。家族旅行中に(政策)スタッフと会議した、しかしスタッフの名前は明かせない、そんなアホないいわけ通ると思うか。こじつけや」
 「例えば奥さんも政策スタッフにしてしまえば、旅行中に奥さんと政治の話すれば、『政策会議』になって政治活動の経費として落とせるわけや」
 「会議というのは便利なことばやな」
 「ワシら、政治の話しても、なんにも経費で落とせへん」
          

 「それでもバツが悪いのか、『返金します』いうとるけど、金返せば済むという問題やない」
 「そうや。泥棒して、見とがめられて、金返すというても、犯罪は犯罪や」
 「兵庫県の泣きわめき議員は、金返しても横領罪は問われているわけや」
 「あとはマスコミの攻め方次第や。甘かったら逃げられる」

 「東京関連でいえば、2020東京五輪の招致問題で賄賂が発覚したな」
 「ああ、あれは完全に賄賂やな。コンサルタント会社やいうけど、相手は選考委員のひとりやからな」
 「JOCはコンサルタント料というけど、2億円もするのか。それになにをコンサルタントしたんや」
 「東京に決まるような知恵を授けてください、いうことやろ」
 「そやったら、委員の会社へ振り込め、か。上手いことできてるな」
 「状況証拠では完全にクロやけど、ワンクッション入っているところがミソや」
 「フランス当局、頑張ってほしいな」
 「これ、賄賂と立証されればどうなるのや。東京五輪中止か?」
 「そうはならんけど、この問題ではなくて、原発問題で危ういわな」

 「原発問題で、とはどういうことや」
 「1ヵ月ほど前やったか、福島第一原発の汚染物質を海へ流すことも一考やといいよったやろ。あれは怪しいで」
 「布石を打っとる、ということか?」
 「それもあるけど現実問題として、汚染水は増える一方で貯蔵タンクをつくり続けていくしかない。しかしタンクをつくる場所がなくなってきたらどうする」
 「海へ捨てるしかないな」
 「そやろ。もうこっそり捨てとるかもしれん。事故を装って『気がついたら流れてました』という事後発表や。震災以後、東電がようやった手や、そやから発表したら、『すでになにかある』と疑るのが自然や」
    

 「しかしマスコミはあまり取り上げないな」
 「NHKのアホ会長が『原発に関しては人心を惑わすようなことを発表せんように。政府発表だけにしなさい』といいよったやろ。これやったら大本営発表と同じやないか。あの国のことを笑えんぞ」
 「恥ずかしい国になったな」
 
 「この問題、海外のメディアが正確にとらえたら、東京五輪は飛ぶかもしれん。『そんな危険なところへ選手派遣するわけにはいかん』と」
 「それにしても東京五輪はいつまでもケチがつくな」
 「東京に招致したこと自体が無理クリやったからな。いろんなところで支障が生じとる」
 「ということは、こっちも躍起になって『東京五輪やめい』という必要はないのや」
 「そういうこっちゃ」

 「三菱自動車もうお陀仏か、と思ったら、日産が買い取るというとる。これには裏があるのか」
 「日産にとっては、三菱の大型自動車のノウハウが得られる、販売網が手に入るということでウハウハやろな。ゴーンはしたたかなやっちゃ」
 「なるほど」
 「三菱の本体は軍需工業前身の重工業や。これがこけたら困るけど、自動車なんてどうでもええ。日産に売り渡してもかまわん、と思っとるのやろな」
 「なるほど。この前、ジャパネットタカタが三菱のエアコンを安く売っとったけど、あれも関連あるのか」
 「あるやろな。三菱にとっては家電もどうでもええ分野や」

 「どうでもええといえば、シャープが台湾の会社に買収されたのも同じようなものか」
 「ふつうに考えれば、わが国で開発したノウハウが海外に流出するのは国家的な損失やけど、家電なんかどうでもええのや。しかし三菱重工業となれば別やで」
 「というと?」
 「あそこは軍事に利用できるものもつくっとる。これやったら、日本の国家はなにがなんでも海外からの買収から守る。工業というのはそういう側面があるのや」
 「なるほどなあ」

 「パナマ文書、日本も発表されたやろ。その割にはマスコミの取り上げ方も今ひとつやな」
 「楽天の三木谷とかソフトバンクの孫なんかが取り沙汰されてるけど……」
 「三木谷や孫ではなくて、もっと昔からの重鎮、あるいは政治家の名前が出てこん。なにか隠してるのと違うか」
 「まだ調査中で、そのうちボロッと出てくるとか」
 「それは期待薄やな。アソコが出てきたら、この国はアウトやからな」
 「日本はなにがなんでも隠すやろな。それを世界がどう判断するかや」
 「恐ろしいような、楽しみなような」
   

 彼の「骨子」は徹底したマスコミ批判。
 「甘利問題、どうなってるのや。検察はちゃんと調べとるのか。マスコミはきっちり追及しとるのか。ベッキーの謝罪問題なんか大々的に取り上げることではないぞ」
  

 彼の怒りは止まるところを知らず、まだまだ続くのですが、限がないので今日はこの辺で。

 昨日(05/13)は京都時代の同窓生のうちのひとり、我孫子の友が仕事の事情で今月いっぱいでこちらを引き払い、本拠地の名古屋に戻るというので、上野で送別会を開きました。
 参加したのは取手、所沢(女)、武蔵野、それに船橋から新参入の女性。

上野精養軒 

 普段はあまり高級なところで食事しないのですが、この日はちょっと豪華に上野公園にある「精養軒」へ。
 開店時(11:00)に行ったらすでに10数人が順番待ち。
 「えーッ、こんなに並ぶんか」
 「ははァ、数日前にここのハヤシライスがテレビで取り上げられて、それで客が増えたみたいや」
 「そやろな。以前はこんなことなかったで」

野菜サラダ 

 私たちが頼んだのはビーフシチューセット。

ビーフシチュー 

 「京都を出たのはいくつのときや」
 「30のときやった。いきなり転勤命令でな」
 「あれはショックやった。実家の母親に連絡先聞いたら,『知らん』いわれて。これでもう一生会えんと思ったで」

パン 

 「最初は北九州。次は大坂。そして名古屋。名古屋で家買うたら、関東へ転勤命令や。それが20年前」
 「再会したのが6年前やったな」
 「あれはN(中学の幹事)がいろいろ調べてくれたんや。お前からFAX届いたときはうれしかったで」
       

 その後、取手と武蔵野に引き合わせたのが2年前。
 「あれから急に輪が広がって、つき合いが濃おなったがな。仕事関係とは違って気ィ遣わんでもええし」
 「いろいろ行ったしな」
 「そやったな。この2年間はおもろかった」

上野大仏 

 精養軒は客であふれ、しかもまだ長蛇の列というので早々に退散し、公園へ。
 顔だけの上野大仏→清水観音堂→そして公園内での大道芸をしばし見学して喫茶「ルノワール」へ。

清水観音堂 

 「転勤で九州、関西、東海と転々としたけど、関東がいちばんおもろかったな。性に合おてる」
 「いやいや、自分ではそう思ってるかもしれんけど、我孫子の住民はよろこんどるで。浄化運動が功を奏した、と」
 「なんや、ワシは害虫やったんか」
 「今ごろ気づいたんか」
 例によって取手の半畳です。

大道芸 

 「これで今生の別れではないんやから、しんみりすることもないしな」
 「そうや、またこっちくるがな」
 「またくるんか」
 「なんや、迷惑そうないい方やな」
 「はははは。ばれたか」

上野駅にて 

 というわけで日が暮れる前に上野で散会しました。
 こんな送別会もありだと思います。

 川越市の北、川島町(かわじままち)に「遠山記念館」があります。
 ここは日興證券の創立者・遠山元一(1890~1972)が苦労した母親のために、幼い頃没落した生家を再興し、住まいとしてつくらせた大邸宅です。
庭園から見る屋敷 
 ここは美術館もあるそうですが、この日(05/12)は閉館。
 庭園と邸宅の見学のみ許されました。(入館料500円)
庭園 
 長屋門をくぐって入ってみると、庭は広いし、屋敷は広い。
 この時期ならではの五月人形も飾られていました。
長屋門 
 「それにしても部屋がいっぱいあるなあ。これだけあると、迷子になるよ」
 「お母さんのためだというけど、こんないっぱい部屋つくって、よろこんだかね」
 「こんなにたくさん、要らないよ、なんてね」
 とは春日部からきた(?)団体客。
五月人形 
 「もっともお母さんの没後は接客に利用したというから、本意はそこにあったんじゃないの」
 「実業家だからね」
 「それにしては辺鄙なところに客を呼ぶんだなあ」
畳の廊下 
 「そりゃあ、車での送り迎えだろうよ」
 「難しい交渉など、相手をいったんここへこさせれば、容易に帰れないから、承諾するまで帰さない、なんてこともしたんじゃない?」
部屋が入り組んでいる  
 「なるほど、実業家だなあ」
 それとはなしに聞こえてくるオジサンたちの話が面白い。
大広間 
 なかなか鋭いことをいっとる。
 邸宅の見学よりも、彼らの話のほうが面白かった。

 横浜公園のとなりにある横浜市役所は、古いけど風情のある建物です。
 ホールがなかなかいい。
 吹き抜けになっていて、ちょっとした休憩にうってつけ。
 プライバシーが保たれそうな気もするし。

横浜市庁舎   

 ともあれ、そこは市庁舎、ガードマンの目も光っております。
 私はひと目「横浜市民ではないな」と見抜かれたかも。

庁舎内のホール 

 ここには一般人でも入れる食堂があります。
 議会棟の地下にある「かをり」というレストランがそれ。
 昼食時になると混む恐れがあるので、オープンの11:30に。

食堂  

 私が頼んだのはオムハヤシ(650円)。
 食べてみるとこれがなかなか。ルーもまずまずの味で肉も入っていた。
 とびきり美味いオムライス(あるいはオムレツ)というのは食ったことないけど、この値段だったら、OKじゃないの。

オムハヤシ   

 庁舎の食堂といえば、神奈川県庁の新館12階に食堂があるけど、あそこは味よりも港の景色が売り物で……。

食堂に並ぶ人たち  

 最近中華街で「定食」を食べると、飯の量が多くて閉口する。(食が細くなった?)
 これからはここで昼食をとることにするかな。安いし。

 取手の友人が昼ごろ電話してくると必ず、「おう、パスタ食ってるのに悪いな」
 彼は私の昼食はパスタだと確信しています。
 それは彼にもいったことがあるし、間違いではないのですが……。

 材料

 私が昼食をパスタにしているのは、毎朝食べるホールトマトの後始末
 缶詰のトマトを毎朝1個食べていると、当然のこととして果汁(ピューレという)が残る。それを煮詰めるだけのこと。簡単です。

トマトピューレと調味料   

 <材料>
 タマネギ、人参、ブロッコリー、赤ピーマン、舞茸、ベーコン、トマトピューレ。
 調味料として……オニオンペースト、おろしニンニク、おろしショウガ、オイスターソース、塩、胡椒、コンソメスープの素(顆粒)、赤ワイン(なければ白ワイン、日本酒でも可)

材料を刻む    

 <つくり方>
 材料(具)を細かく刻みます。(ブロッコリーの茎は硬いのであらかじめボイル)

 フライパンにオリーブオイルをやや多めに敷き、加熱したら材料をザッと炒めます。
 これに前記の調味料を入れて味を調えます。量は適当。

具を炒める    

 調味料として以前は自家製のにんにくペーストを使っていたのですが、手間がかかるので今は市販のおろしニンニクを使用。

具がしんなりしたらピューレを投入    

 これを中火で約10分炒めます。
 具がじゅうぶん炒まったら、トマトピューレを加える。私の場合は3缶分ほど。これに塩、胡椒、オイスターソース、赤ワインなどで味つけします。

煮詰まればできあがり 

 火は弱め。焦さないように、ときどき木べらでかき混ぜます。
 40分ほど加熱してできあがり。

パスタを茹でる ソースに絡める  

 パスタはやや硬めに茹であげ、フライパンで熱したソースに絡めてできあがりですが、最近はパスタの量が減ってきて、とうとうパスタゼロに。

パスタ・トマトソース 

 これはあるとき、ベーコンの代わりに市販のチキンのトマト煮を投入したところ、ボリューム感いっぱいで、パスタの必要がなくなりました。炭水化物はパンでじゅうぶん。(エーキドーで安く買えるし)

チキンのトマト煮    

 取手の友にはまだいってないけど、もしわかったら、
 「おう、チキンのトマト煮食ってるのに悪いな」
 というのかな。
  

 昨年暮(12/18)に銀座木村屋直売店「さくらBakery」が閉店していらい、食パンについてはいろいろと悪戦苦闘(?)してきました。
 その間の試行錯誤ぶりをざっと説明しますと……。

 こんなパンを食したことも  

 スーパーで売っている「超熟」とか「職人…」というのは性に合わない。
 食パンにしては甘いし、「もちもち・ふわふわ」感が売りとのことだけど、ふにゃふにゃと軟らかいだけで、結局は「空気」を食ってるんじゃないの?
   

「ホテルブレッド」なるものも性に合わない。
 バター風味かなんか知らんけど、コテコテと余計な味がついていて、本来の小麦の味ではない。高いし。

エーキドーの工場    

 高いパンは性に合わない。
 安い食パンのほうが余計な味つけしてないので私の性には合うのですが、あるメーカーの食パンはちょっと薬品の匂い(?)がする。あまりいい小麦使ってないな。
 このなかではCOOPの「毎日食パン」というのが比較的性に合っている。安いし。
   

 3月の中ごろ、同じ町内のエーキドー(栄喜堂)というパン工場でも直売していると知り、行ってきました。
 なるほど。廊下の片隅にパンが置かれています。
 それほど種類はないけど、食パンは数種類ある。

運送用のトラック   

 そのなかに異様に長い食パン(150円=3斤分だそうです)があったので、買いました。味はわからないけど、拍子抜けするほど安かったから。
 3斤分の食パンに関しては「さくらBakery」でも売ってました。
 以前は200円だったのですが、「東日本大震災」以降は1.5斤(160円)に値上がりしました。
 それに比べると3斤分(150円)は震災前の「さくらBakery」より安い。

3斤分   

 しかし味はどうか。
 自分で切らねばならないけど、これは仕方がない。
 切ってみると弾力が感じられます。どこかの食パンのようにふにゃふにゃしてない。
 食べてみると、しっかりした小麦の生地が感じられ、重量感があります。甘くもないし、余計な味がついてない、小麦本来の味。
  

 こんなことなら、もっと早くここで買うべきだった。
 このパン工場は前から知っていましたが、直売の表示など一切出てないし、なんの宣伝もしてなかった。

DSCN6016-4.jpg   

 それはいいけど、いつもあるわけではないのが難点。
 昨日(05/09)はなかったので聞いたら、「製造過程で余ったら販売しているので……」とのこと。
 仕方なく1斤(110円)を買ってきました。4枚切りにしたのは1枚の半分が1食分としてちょうどいいから。8枚切りだと薄くて重量感が味わえない。
  

 本当はこれでも安いのだから、ここで買うことにするかな。

 岩屋洞窟や山ふたつなど、名所を徘徊しての帰りのこと。
 右手に「児玉神社」とあります。
 明治の軍人・児玉源太郎(1852~1906)が祀られた神社です。

山県有朋歌碑    

 入口に明治の元勲・山縣有朋の歌碑
   

 越えはまた里やあらむと頼みてし 杖さへ折れぬ老いの坂道
        

 「まだ越えねばならぬ里があって、老いの坂道に頼りにしていた杖が折れた」と児玉の逝去を悼んで詠まれた歌です。
   

 「これは参らねば……」
 そう思って参道を進みました。意外に長い。それに険しい上り坂。
 さすが軍神。参拝者にも過酷な行軍(?)を強いるわい。

参道    

 児玉源太郎といえば、すぐ思い浮かぶのが司馬遼太郎の「坂の上の雲」
 この小説は日露戦争のことを克明に描いていますが、なかでも印象深かったのは、大将・乃木希典(1849~1912)の軍人としての無能ぶり。
    
 司馬はいう。
 「乃木は兵士の身だしなみや規則には厳格だった。しかしこれらは末梢的なことで、無能な軍人のやること。本当に有能な軍人は敵を倒す軍略に長けていることだ。乃木にはそれが欠けていた」

一之鳥居   

 その具体例が旅順のロシアの要塞「203高地」の攻略。
 乃木は自軍の陣地と司令部を前線のはるか後方に置いた。これは乃木の臆病な体質の現れともいえるが、実質的にも兵士の突撃距離が長く、敵陣に迫る前に疲弊してしまう。しかも突撃するのに兵を小出しにした。
 敵にとってみればこれほど楽なことはない。待ち構えていて、ヘトヘトになってやってきた少数の敵に集中砲火を浴びせられるから。
 この愚かな作戦のおかげで何万人という若い命が無駄死にした。
 「これが203高地が難攻不落の要塞といわれた真相である」

境内    

 それを見かねた児玉源太郎が乃木に代わって指揮をとり、陣地と司令部を敵陣の近いところに置き、突撃の際は多量の兵を投入して一気に攻め落とした。
   

 児玉はその手柄をすべて乃木に譲り、自らは旅順をあとにした。(カッコいい!)
   

 ではなぜ児玉はそんなことをしたのか。
 それが児玉の性格ともいえるけど、主な理由は乃木が天皇に愛された軍人だったから。
   
      

 司馬はなおも書いています。
 天皇の軍隊のパレードのとき、ある少年の飼っていた小犬が飼い主から離れ、隊列を横切った。そのとき、小犬の横っ腹を銃剣でグサリと突き刺したのは乃木の指令を受けた兵士だった。

 二之鳥居    

 今から30年ほど前、これらのことを義父母に話すと、途端に不機嫌になりました。
 私は「坂の上の雲」が大好きです。
 それは我われの親の世代が「軍神」と崇め奉っていた乃木大将が完膚なきまでに「無能な軍人であった」と喝破されているから。
 
司馬にいわせると、乃木希典の無能ぶりは当時の陸軍でも「暗黙の了解事項」だったとか。(それでいて国民には一切知らされなかった)
            
 ではなぜ人々は彼を「軍神」として崇め奉り、立派な神社(京都にもあり)まで建てたのか。
 それは明治天皇崩御のとき、あとを追って殉死したからです。(国際的にも有名になった)

拝殿    

 話がすっかり脱線しましたが、そんなわけでどうしても児玉源太郎に肩入れしてしまう。
 この地に児玉神社が建てられたのは、江の島をこよなく愛していたからだそうです。
   

 今回この神社を発見したのは偶然だったけど、私にとっては大きな収穫でした。

 中津宮から奥津宮へ行く途中に「山ふたつ」という景勝地(?)があります。
 見晴らし台から見ると、両側に切り立った崖。中央に海が見えます。

見晴らし台  

 解説板にはこう書かれています。
 「江の島をちょうど二分する境となって いることから、俗に「山ふたつ」といわれています。  断層に沿って侵食された海食胴が崩落したことで『山ふたつ』が出来たともいわれています」

山ふたつの風景    

 解説の右には昔と今の江の島の図。
 これによると、江の島の地層の上部は関東ローム層。これは箱根・富士山の火山灰が堆積したもの。一万年前の江の島はもっと大きかったのですが、波の浸食によって削られ今の形になったらしい。

山側の景色     

 「山ふたつ」の説明はこれで終わり。
     
 それだけでは間が持たないので、ここにある
「福島漁村の句碑」を。
   
 原発の影響を受けた福島県の漁村と江の島とにどんな結びつきがあるのか、と不思議に思って説明を読むと、 
 「昔、この場所には江の島館という旅館があり、福島漁村はその旅館の主人でした。漁村は、間宮霞軒(中津宮境内に句碑あり)と同じく、恵比寿楼の永野泉山の門下で俳諧・歌学を学び、とくに優れた弟子でした。句碑は、漁村の三回忌である昭和31年(1956)につくられたものです。旅館はその後、火災により焼失しました」

漁村の句碑 

 漁村って人の名前(俳号?)だったのか。
 そしその句がこれ。
     

 貝がらも桜の名あり島の春
     

 桜貝そのまんまやないか。なんというベタな句。
 しかし、これがなかなかの名句らしい。
 ふーむ、俳句のことはようわからん。
     

 江の島や漁村もありて山ふたつ

 龍恋の鐘まで行ったなら岩屋洞窟まで足を延ばしたい。
 ここへは何度も行っているのですが、「これで見納めかな」と思うと、寄らないわけにはいかない。

洞窟から見る海 

 とはいえここへ行くには石畳の細い道を歩かねばならず、これがひと苦労。アップダウンがきつくて、最後(稚児ヶ淵)は急な下り階段。

稚児ヶ淵の石段   

 島の南の岸壁にある岩屋洞窟は波の浸食によってできたもので、弘法大師が訪れた際には辨財天が現れたといわれ、また源頼朝が戦勝祈願に訪れたこともあって、古くから信仰の対象とされてきました。

岸壁のデッキ   

 江戸時代には、その辨財天信仰で訪れる人は絶えなかったそうですが、昭和46年(1971)落石の危険ありとされ閉鎖。
 しかし藤沢市によって補修され、22年後の平成5年(1993)に再開されました。

入口付近   

 洞窟内は意外に広く、第一岩屋(奥行152m)と第二岩屋(奥行56m)があり、江ノ島の歴史が展示され、所どころ照明や音響で演出されています。

洞窟内の展示   

 「ここは富士山の洞穴につながっているんだって。以前TVでやっていた」
 「本当かなあ、ここから入った人が富士山の洞穴から出てきたなんて、聞いたことないぞ」
 「そこが不思議なところなんだよ……」
 前を行く若者たちがそんな(わけのわからない)話をしておる。

 デッキに通じる階段 デッキ側から見た階段  

 岩屋の奥へ行くと、小さなローソクを貸してくれます。
 このあたりになると狭くて天井も低く、頭をぶっつけるおそれがあるので、灯りは必要。
 所どころ小さな石造が立ち並んでいるのも見られるし。

 伝説の龍?  

 伝説の龍も見られます。
 位置的にはこの上あたりが例の「龍連の鐘」らしい。

岩屋と岩屋を結ぶデッキ   

 デッキに出て、後ろを見ると思いのほか切り立った岸壁であることがわかります。
 東京人が好きな(?)江の島は、体力がある時期に行っておきたい。

 江の島神社奥津宮から南東に入る山道を歩くと、「恋人の丘・龍連の鐘」に出ます。
 名前からして当方に無縁なのはわかっていますが、「江の島にはこういうところもある」と知っておこうと向かいました。

龍連の鐘・入口 

 なるほど。海を見わたす展望台のようなところに鐘が設えられてあります。
 これが「龍連の鐘」

展望台   

 若者たちはここで手をつないで「カ~ン!」と鐘を鳴らし、金網にふたりの名前を書いた南京錠をくくりつけると、(ハートに鍵をかける?)恋愛成就する。

龍連の鐘 

 というわけで、ここへくる若者はあとを絶たず、周囲の金網には南京錠がびっしり。
 (南京錠は売店に売っているけど、持参の錠でもいいらしい)

展望台から海を見る 

 しかし説明書きを読んでみると、この鐘は天女と五頭龍伝説にちなんで建てられたとか。

 鐘を鳴らすふたり

 天女と五頭龍(ごずりゅう)伝説?
 これは江の島誕生にまつわる伝説で、骨子は村人のためにさんざん害をなした五頭龍が天女の諫めによって改心し、それからは全力を尽くして自然災害から村を守り、そのために衰えて死んでしまうという話。(長いので意訳)

母子の愛? 

 若者たちはそんな伝説知らなくても、恋愛成就すればよろしい。
 恋愛に縁のないジジイには「伝説」という贈り物を賜った。
 ありがたや、ありがたや。

 御伊勢塚公園からは川越橋(入間川)、高沢橋を(新河岸川)をわたって川越の市街地へ。
   

 「なんだなんだ、この人出は」
 菓子屋横丁には多くの人でいっぱい。

菓子屋横丁①    

 ここは昨年火事で壊滅して、まだ空き地になっているところ。
 こんなところへきてもしょうがないけど、養寿院側からの流れがこちらへ溢れたということか。

菓子屋横丁②   

 蔵造り一番街。
 ここも大勢の人、人、人。

蔵造り一番街①     

 車は一切通行止され、歩行者天国になっている所為もあってか、溢れかえっている。
 人気のレストランには30人ほどの人が並び、「食べ歩き人気ナンバー1」と自称するスイーツには長蛇の列。これは昔食ったことあるけど、並んでまで食うことか……。
 (人の好みは様ざまです)

人気のお菓子に長蛇の列     

 もっとも家族連れも人の多さは承知していて、「どこに並ぼうか」といってるぐらいだから、並ぶのはそれほど苦でもないらしい。
 (日本の観光客はエライ!)

 蔵造り一番街②  

 そうそう川越のシンボル「時の鐘」
 これは現在工事中。どうやら耐震補強工事をしているらしく、櫓全体が網で覆われ、見えない。
 ライトアップも当分(10月まで)は見られないとのこと。

時の鐘は工事中   

 それでもみんな失望することなく、川越の街並みを堪能されている。
 (外国人もいるので)観光客はつくづくエライ!

人力車に乗る人も……

 こちらとしては、混雑ぶりを「こんな日もあるのか」と観察しただけで早々に退散しました。
 (それに混雑の原因のひとりになりたくないから)

 帰りは旧川越街道ではなくて、エコパへ寄るので254バイパス。
 「おおッ、こんなところに……」
 道路わきにツツジの植え込み。けっこう長い。

254バイパスのツツジ   

 しかもここはエコパの近くで、場所でいえばふじみ野市。
 川越までツツジを求めて徘徊したのはなんだったのか。
 またしても「幸福は近くにある」ということなのか。
 

 なにやら教訓ばかりの徘徊だったけど、こんな教訓はありがたくない……?

 昨夜は関東では暴風雨に見舞われました。
 あまりの強い風にガタガタと物音がし、夜中に一度目を覚ましました。(時計を見ると午前1時)
 現在(午前7時)雨は小降りですが、風は相変わらず強く、午前中いっぱい続くとか。
    
 昨日(05/03)は川越郊外を徘徊してきました。
 まず「川越水上公園」
川越水上公園 
 ここは入間川の調整池ですが、周囲にメタセコイアが植えられ、なかなかの景観です。
 所どころにアヤメも咲いていて、この時期の風情をかもし出しています。
湖畔のアヤメ     
 この時期といえば、向かいの広場では家族連れがバーベキューをしていました。
 肉を焼いてみんなで食らうのは、さぞか美味かろう。勝手にやってくれい。
 バーベキュー広場  
 そこから初雁橋をわたり、「御伊勢塚公園」へ。
 「先日、ツツジを観てきました」
 と川越の友人がいっていたからです。
御伊勢塚公園   
 この御伊勢塚公園は小畔川の右岸にあり、ここも小畔川の調整池らしい。
 ツツジは、小畔川の道路沿いに咲いていました。(近くの民家にも)
 川沿いのツツジ   
 「御伊勢塚」の名の由来は、伊勢信仰の対象としての塚がここにあったことから名づけられたそうです。
道路沿いのツツジ   
 小畔川を挟んだ向かいにある「小畔水鳥の郷公園」
 ここもすり鉢状の窪地にあり、小畔川の調整池らしい。
小畔水鳥の郷公園①   
 調整池とは大雨で川が増水したら、氾濫を避けるため、一時的に貯める近辺の池のこと。
 埼玉にはこのような池が至る所にあります。 
 それだけ治水事業はしっかりしているということか。
小畔水鳥の郷公園②    
 三つの調整池公園、GWに行くにはちょっと地味だったかな。

 昨日(05/02)は所沢航空公園にある和風庭園「彩翔亭」を徘徊しました。
 今の時期はツツジがきれいだよ、と聞いたからですが……。

ツツジ① 

 行ってみると、それほど大したことはない。(どこが「きれい」だ)
 園内の草木の間にツツジがパラパラ。

ツツジ② 

 仕方なく池のほとりに咲いていたアヤメをパチリ。
 遠くに滝が写っているところがミソ。

アヤメ越しの滝  

 紫陽花にはまだ早いし……。(6月です)

四阿 

 そんな不満を抱きながら茶室を見ると、和服を着た女性。
 花嫁さんか。
 これでもいいかとパチリ。
 遠かったのでボヤけていますが、それもまたよし。

 花嫁さん  

 帰宅して過去の写真を整理したら、彩翔亭の写真が出てきました。
 2年前のGW明け(05/07)の写真ですが、ツツジがもう少し元気があった。
 今年はしょぼい。

2年前のツツジ 

 しかし2年前の記事を読むと、ツツジがしょぼくてガックリしたと書かれている。
 なんの学習もしとらん。
  

 老化現象なのか、それとも懲りない体質なのか。
 まあ、今回の収穫は花嫁さんということにして……。

 富士見市役所の近くに長い藤棚があり、毎年この時期になると藤の花が咲いて通行人の目を楽しませてくれます。

市役所近くの藤棚 

 先月、その藤の写真を川越の友人に送ったところ、「今度、連れて行ってくださいよ」

 ということで昨日(05/01)の午後、行ってきました。

下から見た藤棚    

 まずは図書館前の藤棚から。
 「うーん、白い藤ですか。やっぱり藤は紫のほうがいいですねえ」
 「そうだねえ。亀戸の藤も、京都伏見の藤もみんな紫だなあ」

図書館前の白い藤     

 それでも400mもある藤棚は気に入ったらしく、「けっこう長いね。これだけあれば立派なものだよ」
 そして「富士見も変わったなあ。ぼくが住んでいたころとは大違いだよ」

 藤棚    

 「大体、市役所の周辺なんか畑と雑木林しかなかったよ。それがこんな立派な公園になるとはなあ」

 彼は若いころ鶴瀬(富士見市)に住んでいたこともあって、懐かしがることしきり。

藤のアーチ    

  藤のアーチをくぐり、「一本藤」のところへ。

 一本藤①   

 「藤って放っておくと横に伸びるんですねえ。初めて知りました」
 「なるほど、これが本来の姿か。というか『あらまほしき』処遇を受けた藤なのでしょうねえ」

 一本藤②

 というわけで、気に入ってくれたようです。

一本藤の下    

 しかしこの日は暑かった(25℃以上)。
 藤の回廊を一周して早々に退散し、日陰を求めて「ららぽーと」へ。

 マンホールのフタも藤の花   

 「いやあ、すごい人出ですね。今日は日曜日で、しかもGWだからですか?」
 「そうでしょう。平日はこんなには混まないよ」
 1階のグルメフロアをひと回りして引き上げました。