江の島の山頂に「サムエル・コッキング苑」があります。

入口 

 ここは文明開化の横浜にやってきた貿易商サムエル・コッキング(1842~1914)の別荘だったところで、当時東洋最大といわれた近代的温室をつくり、世界各国の植物を持ち込んでここで繁殖させました。

南陽植物  

 その温室は大正12年(1923)の関東大震災で損壊しましたが、平成14年(2002)江の島植物園再整備工事の際に大部分が残っていることがわかりました。
 調査の結果、面積は900㎡、基礎部分はレンガ造りで、地下には水槽やボイラー室、貯炭庫などが設置されていて、蒸気で温める装置があったとのこと。土木遺構としては貴重な資料です。

温室遺構   

 コッキングの植物庭園は戦後藤沢市の所有となり、昭和24年(1949)には「江の島植物園」が開設、平成15年(2003)には装いも新たに「サムエル・コッキング苑」としてオープンしました。

ツバキ園   

 同園の特徴は西洋式庭園と東洋の精神との融合。
 姉妹都市である昆明市(中国雲南省)との友好を記念してつくられた昆明広場(春澤園)。
 中国の伝統的な四阿と孔雀のブロンズ像が印象的です。

 昆明広場  

 ヨットハーバーを見渡すマイアミビーチ。

 マイアミビーチ  

 近くにはカフェもあり、いつも満員。

カフェ   

 アオノリュウゼツランやヤシの木なども植えられていて、南国情緒は満点。

 アオノリュウゼツラン   

 熱くなってからでも見どころは多い。

シーキャンドル   

 同園の南西に新しくできた展望タワー「シーキャンドル」があります。
 ここも上ってみる価値あり。

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2016.04.29 江の島神社

 江の島の入口の鳥居から土産物屋の並ぶ細い参道通り抜けると朱の鳥居。

朱の鳥居 

 その上が江島神社ですが、同神社は.辺津宮(へつみや)、中津宮(なかつのみや)、奥津宮(おくつのみや)の三宮に分かれており、島全体が江の島神社ともいえます。

上から鳥居を見る   

 社伝を読むと、その縁起は非常にややこしい。
 大雑把にいうと、欽明天皇13年(552)、天皇の勅命によって江の島の南の洞窟に宮を建てたのが始まりとされ、寿永元年(1182年)源頼朝の命により弁財天を勧請し、歴代の鎌倉幕府から崇敬を受け、江戸時代には弁財天信仰が盛んになり、多くの庶民が参詣するようになりました。

辺津宮   

 その間、辺津宮、中津宮、奥津宮の三宮は参詣者獲得の争いごともあって、寛永17年(1640)、奥津宮が幕府の朱印状を得て全島を支配するようになりました。
 (神様の世界も利権争いはある!)
  

 なお江の島弁財天は「日本三大弁天のひとつ」(他は安芸ノ宮島、近江の竹生島)とされ、辺津宮境内の弁天堂(奉安殿)に祀られています。

観音堂   

 堂内は撮禁ですが、ここに八臂(はっぴ)弁財天と妙音(みょうおん)弁財天が祀られており、真っ白い裸像の妙音弁財天がいわゆる江の島弁天です。
  

 そこから10分ほど上ると中津宮。

中津宮   

 さらに10分ほど歩くと奥津宮に着きます。
 ここは三宮の女神の長女格だけに龜井氏山田検校像などいろんなものが設置されています。

奥津宮   

 またそのとなりにある龍宮(わだつのみや)は平成5年(1993)につくられたもので竜宮大神が祀られています。

竜宮   

 拙い説明になりましたが、骨子は弁天堂。
 入場料150円払ってでも見る価値はあります。

 「見て見て、エイが泳いでいるよ」
 お母さんが坊やに話しかけています。
 水槽のなかではエイが悠然と。

悠然と泳ぐエイ 

 かと思えば飼育員さんと仲良く遊んでいる?

エイは友だち?   

 ときどき体を広げたまま近づいてくるので、愛嬌のある(?)顔がクローズアップ。
 こんなヤツ、どこかで見たことあるぞ。

エイの顔 


 ペンギンも面白い。

ペンギン 

 陸ではボケーッと突っ立って無気力に見えるけど、水に入るとバタバタと足を動かして懸命に泳ぐ。これも愛嬌があります。

泳ぐペンギン 


 さて、最後はイルカショー。
 数頭のイルカが飼育員さんの号令にしたがって、プールのなかを旋回したり、ジャンプしたり。

イルカのショー 

 前の席にいると水をかぶるので後方(上段)の席から見ましたが、それでも迫力はじゅうぶん感じられました。

イルカの遊泳 

 同水族館はバンドウイルカの繁殖に積極的に取り組み、昭和63年(1988)には日本で初めて繁殖に成功し、その後も4世まで順調に繁殖しているそうです。

アシカの逆立ち 

 ふーむ、その努力たるや、大変なものだ。

イルカのジャンプ 

 イルカショーもあだやおろそかにはできないぞ。
    

 水しぶき繁殖飼育の賜物ぞ
     

 字余りでした。

 水族館がまたブームだそうで、新江ノ島水族館をご報告。

サンゴやフジツボ 

 同館の特徴は巨大な相模湾大水槽。
 これは相模湾に限りなく近い環境の水槽のなかに8000尾のマイワシを放流。そのダイナミックな群泳ぶりには目を見張るものがあります。

イワシの群れ①   

 さらに大きな魚がそれを餌にしようと追いかける。
 イワシは群れを成して逃げる。そのなかに大きな魚が突っ込む……。

イワシの群れ②   

 こんな光景が目の前で繰り広げられます。なんという迫力。

イワシの群れにマグロが突っ込む  

 そして大きなサメが悠々と。

サメ   

 ここでは自然の摂理がリアルに理解できるようになっている。

 マグロ  

 もちろんフグも。

フグ 

 クラゲも人気があります。
 これはパシフィックシーネットル。
 鮮やかな橙色ですが、これは薄い表皮の色で、その下の中身は透き通った無色透明とか。

パシフィックシーネットル 

 赤いけど、ブラックシーネットル。最長6mにもなるそうです。

 ブラックシーネットル  

 ブルージェリー。
 ピョコピョコ、ポヨヨン、ピョ、ピョコピョコピョコ……動くのは楽しいことだと、教えてくれている。(原文ママ)

ブルージェリー   

 どの水槽も見ていて飽きない。

 「おや、こんなところに?」
 帆船日本丸から北仲橋を渡ると、左側に小さな公園。
 「北仲公園」といいます。
 いつも汽車道を渡るのでこの通りはほとんど通らないけど、こんなところに公園があったとは。

 北仲公園・入口   

 パイプの手すりなどを見ると、最近つくられたものらしい。
 しかし看板には「灯台発祥の地」と書かれています。

下へ降りるスロープ       

 説明書きを読むと、
 「明治2年、政府は西洋諸国の要望を受けて、ここ横浜元弁天(現在の中区北仲通6丁目)に燈明台(とうみょうだい)局を設置し、明治7年には燈明番(とうみょうばん=灯台守)の教育や、灯台建設のための試験灯台を設置した(意訳)」とあります。

 当時の燈明台局   

 そして当時の燈明台局の遺構である煉瓦が残されています。

煉瓦の遺構     

 洋式灯台の第一号は三浦半島の「観音崎灯台」ではなかったか? と思ったのですが、要するにここは全国の灯台の大元締め(本拠地)だったらしい。

 突き当りは第二合同庁舎   

 これについては、横浜公園の入口にある英国人土木技師R・H・ブラントン(1841~1901)の銅像の説明に、彼が灯台建設に心血を注いだと書かれています。

横浜公園入口のブラントンの像    

 燈明台局は昭和23年、海上保安庁燈台局として東京に移転しますが、それまでの約80年間、日本の灯台事業の拠点になっていたとのこと。
  

 ふーむ、そういうことだったのか。
    
    

 当時の石垣をそのまま残しているところもあります。
 それにしても、あまり知られていない地味な公園だ。

 古い石垣が残されている  

 解説板が設置されたのは「平成27年3月(海上保安庁第三管区海上保安本部)」とあるから、約一年前。
    

 歴史的な遺構の割には中途半端な扱いのように思うのですが……。

 旧横浜港駅プラットホームのさらに新港パーク側に「Marine & Walk YOKOHAMA」という商業施設が新たにオープンしました。

Marine&Walk 

 この辺りは長い間工事中で立ち入れなかったのですが、それが解かれてみると、意外に小じゃれた建物。それほど大きくもないし。

1階デッキ 

 謳い文句として、「海沿いの倉庫街に街路をつくるという発想から、海と緑をシームレスに繋ぐことによって生まれたオープンモール」とあるけど、なにを持って回ったいい方をしとるのだ。
「海と緑を直結させる」でいいじゃないか。(噛みつきオヤジです)

中庭①  

 「中央のストリートに沿って並ぶ個性的なファサードのショップ」なんて知らんわい。
 しかし中庭の景観はなかなかのもの。石畳と白壁で、メキシコあたりの街角に入った気分。

中庭② 

 海側の景色は素晴らしい。
 ウッドデッキが歩きやすいし、所どころ椅子やテーブルが設えてあって、ゆっくりくつろげる。
 (謳い文句通り!)

くつろげる空間も 

 こちとらファッションやショッピングにはなんの興味もないので、「ふーん、こんな店もあるのか」と思いながら歩くだけだけど、それでも雰囲気は楽しめます。
 

 店舗の内容は、横浜初出店13、関東初出店1、新業態7を含む25店舗が出店してるんだって。

2階デッキ 

 オープンしたばかり(3月4日)だから、まだ客は少ないのだろう……と思っていたら、長蛇の列。なんだなんだ、これは。
 なにやらパイの店らしい。看板を見るとチキンパイなどがあって、ランチメニューになっている。若者はシャレたものを食っておるのう。

長蛇の列 

 そんなことを尻目にオジサンは景色を楽しむのみ。
 気に入りました。2階のデッキから見る乗船ターミナルの景色が素晴らしい。

2階デッキからの眺め 

 またこようかな。

 赤レンガ倉庫の新港パーク側に「旧横浜港駅プラットホーム」(Old Platform of "Yokohama Minato" Station)というものがあります。
木の向こうがプラットホーム   
 説明書きによると、この駅は明治44年(1911)横浜税関構内の荷扱所としてつくられ、大正9年(1920)『横浜港駅』となり、東京駅から初の汽船連絡列車が乗り入れ、『岸壁列車』などと呼ばれて親しまれたそうです。
        
 この辺りは貨物船から荷の上げ下ろし、輸送をはかるための鉄道が張り巡らされていましたが、旅客のためにも使われていたとは……。
      
 この駅舎は関東大震災で倒壊しましたが、昭和年2年(1927)に復興し、翌年にはプラットホームが設けられ、華やかな海外航路時代の最盛期を迎えたといいます。
 旧横浜港駅①        
 戦後は米軍に接収され、解除された後しばらく鉄道が利用された時期もありましたが、輸送手段がトラックにとって代わり、廃止になりました。
       
 廃止後は平成元年(1989)の「横浜博覧会」で、線路の残っていた横浜港駅付近の臨港線を利用してレトロ気動車を走らせたこともありますが、博覧会終了後は撤廃。
旧横浜港駅②    
 その後みなとみらい地区開発に伴い、平成8年(1996)に旧旅客ホームが復元・保存されて赤レンガパーク内に一般公開されました。
 当時は線路も残っていたようですが、今は撤去され、石畳になっています。
  
 赤レンガ倉庫は当時の建造物としての注目度は高いけど、ここはよほどの横浜通でないと気づかないかも。
 赤レンガ倉庫は、途中の景色もなかなか風情がある、と最近気づきました。
チューリップ 
 まずは赤レンガ倉庫をバックにチューリップを。
ツツジ 
  花越しに赤レンガ倉庫を撮っていたら、大きなカメラで撮っていた女性から「これは何の花ですか?」と質問を受けました。
 「多分、ツツジだと思います」と答えましたが……。(当たってる?)
フラワーガーデン2016の看板 
  今年の赤レンガ倉庫「フラワーガーデン」のテーマは「イースター」とのことで、入り口に大きな「ウェルカムエッグ」が飾られています。
フラワーガーデン① 
  会場は「お出迎えゾーン」「食べちゃうゾーン」「タマゴの森ゾーン」「遊ぶゾーン」「水辺とメロディーのゾーン」の5つのゾーンで構成されているとか。
フラワーガーデン② 
 うーん、3年前は花壇が山状になって立体感があった。
フラワーガーデン③ 
 あれがおそらくピークだったかも。
  今年はしょぼい(悪いネ)
 フラワーガーデン④
 予算の関係もあるのかな。
 フラワーガーデン⑤ 
 オジサンとしては今イチ物足りない。
  早々に引き上げました。

 今回私が選んだ句は、
 ①雲迅く裾乱るるや花杏
 ②花散らす雨に屋台の灯の一つ
 ③うららかや野辺の祠に猪口二つ
 ④べんがらの仕舞屋格子杏花雨

 ⑤暮六つの鐘や欅の芽吹き空…○
 (○は特選)
    

 この句会は特選だけではなく、並選でも選んだ理由を求められます。
 それがこちらにとってはいささか苦痛。
 というのも、積極的に選んでいるのではなく、消去法で選んでいるのだから。
  

 強いていうと、①は(多分)女性の句。「裾乱るるや」に色気を感じました。
 ②の「花散らす」は本来色っぽい意味があるけど、これは文字通り雨で櫻が散って人も少なくなったのに、一軒の屋台だけ灯が点っていてほッとした気分になる。
 ③は情景が浮かびます。「猪口二つ」が具体的で印象に残りました。
   

 ④は本来なら「仕舞屋(しもたや)のべんがら格子」とすべきだと思うけど、「べんがら」を印象づけたかったらしい。その努力を買いました。
 ⑤は「暮六つの鐘」で夕方の情景が浮かんできます。あとは「欅の芽吹き空」とさりげなくいうことで空の模様まで浮かぶ。なかなか味わい深い。
   

 結果は
 ①雲迅く裾乱るるや花杏……(2)
 ②花散らす雨に屋台の灯の一つ……(3)
 ③うららかや野辺の祠に猪口二つ……(3)
 ④べんがらの仕舞屋格子杏花雨……(1)
 ⑤暮六つの鐘や欅の芽吹き空……(5)○○
   

 ④は助手の女先生の作、⑤は宗匠の作(最多得票)。やっぱりなあ。
   

 今回敢えて採らなかった句
 ⑥可惜夜のかそけき風や花万朶(4)
 ⑦一節切花の宴にはな添へて(1)
   

 ⑥は耳慣れないことばが多い。可惜夜(あたらよ)とは過ぎるのが惜しいような夜、という意味。万朶(ばんだ)とは枝垂のことをいうらしいので、花万朶とはしだれ桜?
 作者は「可惜夜ということばを知って使ってみたかった」との弁。
 ⑦一節切(ひとよぎり)とは尺八のことらしい。
   

 「可惜夜」も「花万朶」も「一節切」も知らなかった。
 いつもわからないことばを使われた句は、理解できないので、採らないことにしています。
     

 それよりひどいのは
 ⑧光帯て幸届けるごと濃溝の滝(1)
    

 上五、中七、下五、いずれも字余り。
 そもそも「濃溝の滝」というのがわからない。
 それを指摘したら、スマホで画像を見せられ、「濃溝(のうみぞ)の滝といって千葉県にあります。TVで放映されて今話題の滝ですよ」
   

 そんなこといわれても、こちとら知らんわい。(華厳の滝なら知ってるけど)
 しかもこの人だって実際行ったわけではなく、TVの画像を見て詠んだとのこと。
   

 TVの画像を見ただけで「幸届けるごと」と感じるのは大した感受性だけど、行きもしないで「濃溝の滝」と固有名詞を出すのは、いかにも唐突で(みんな知ってて当たり前という)傲慢さが感じられます。
 むしろ固有名詞は出さないで、「TVで見た滝」を仄めかしたほうが謙虚で、好感が持てるのではないか。
  

 句会が終わってみんな帰ったあと、宗匠にそのことを指摘すると、「その通りです」
 だったらそのときにいえ。
 「ダメなものはダメ」といわなきゃ、その人のためにならないぞ。

 先日、某俳句会(近くの公民館)に出席しました。
 私の投句は
 ①病院を出て雨あがり花杏(花杏が兼題)
 ②宴あとを乗せて冥府へ花筏
 ③足跡を拾うてほつく磯遊び
      

 結果は、
 ①病院を出て雨あがり花杏……(1)◎←宗匠の特選
 ②宴あとを乗せて冥府へ花筏……(1)◎←宗匠の特選
 ③足跡を拾うてほつく磯遊び……(2)○←宗匠の並選
 (参加者7名/ひとり5選/数字は得票数)
    

 宗匠(老先生)はかなりの大甘ですが、今回の特選は2句。それがすべて私の句(並選はほとんどの句に)
 他の人は全然入れなかったのに、さすがに目が高い(?)。
    

 宗匠の評は、
 「①は、病院に入ったとき雨が降っていたのに、出るときは止んでいた。しかもきれいな杏の花が咲いている、と明るい気持ちが表れています。しかもお見舞いなのか診察なのか、どっちとも取れるところがいい。これを<見舞い>とか<診察>にすると説明的でよくない。惜しむらくは<出て>ということば。これが疵かなあ」
 「<出て>に関しては、こちらもいろいろ迷いました。<帰路>とか<帰途>も考えたのですが、どれもしっくりせず、やむなく<出て>にしました」
 「なるほど、そういわれればそうかな。これは直さずに通します。希望が感じられて、とてもいい句です」

新河岸川の花筏     

 「②はすごい句ですね、ただし宴のあとが冥府につながるのが飛躍のように思うのですが……」
 「これは無常観を訴えたかったのです。この齢になるとあの世が近くなる、そんな思いを花筏に託しました。先生もそれに共感したからこそこれを(特選に)入れたのでしょう」
 「桜の宴と冥府は違いすぎる気がします」と別の女性の声。
 「私にとっては宴と冥府はコインの裏表で同じなんです。新河岸川の花筏を見ると、いつも思うのは『行く川の流れは絶えずして……』の無常観。これを表現したかった」
 「なるほど、これは京一郎さんの哲学句ということで……」(一件落着!)
   

 そして③の句を採った女性の感想。
 「お父さんと小さな子が砂浜で人の足あとを踏んだり、追いかけたりして遊んでいるのでしょうね。なんだか可愛い感じがして、いただき(=採り)ました」
 「そう、可愛さが感じられる句です」と宗匠。
 「これは誰もいない砂浜で、ひとりのオジサン(ジジイ?)が人の足あとをなぞって歩くという孤独な行動。遊びといっても、それしかないのです」
 これには一同失笑。

砂浜    

 「さらにいうと、足跡は『そくせき』とも読みます。人のやったことをなぞって(思想的に)彷徨ってきたということをも表しています」
 これには一同「えーッ、そんな意味もあるの」とおどろきの声。
 「いやあ、そこまでは気づかなかった。だとするとこれも特選にするかな」(宗匠)
 (特選の大安売りはけっこうです)
   

 「私としては『可愛い句』といわれたことが意外でした。解釈は人それぞれなんですね」
 「そうです。句というものは、つくった瞬間から作者の手を離れるもので、解釈はまさに人それぞれ。だから面白いのです」
          
 
今回も票数は少なかったけど、これはみんなの見る目がないということで……。

 喫茶店での会話の一部。
   
 「このところ寝るのが早よなってな。以前は9時半やったけど、最近は8時すぎや」
 「えらい早いな。起きるのは何時や」
 「2時半か3時」
 「私もそうやで。寝るのはもう少し遅いけど、起きるのはそんなもんや」

三崎坂    

 「ぼくはいつもそのころ寝るのや」
 「えーッ、それまで何してんねん」
 「本読むこともあるけど、PCで碁をやることが多いな。夢中になるといつのまにか夜が明けてたということもある」
   
 
「ワシなんか若いころ、夜寝て目が覚めたら翌日の夕方ということがあった。会社からは『あいつ、どうした』といわれてたらしいけど、しらんがな」
 「会社の寮に入ってたんやろ。誰も起こしてくれんかったんか」
 「何度か起こしてくれたらしいけど、全然起きんので諦めよった。それさえも覚えとらん」
 「それで夕方目が覚めてどうしたん」
 「飯食って、また寝たがな。朝まで」
 「なんや、それは」
 「若いころはそれだけ寝られるちゅうこっちゃ」
 「そうやな。寝るのも体力が要るらしいで」
    
 
そんなことを1時間ほど話して、そこを出ました。

六角堂    

 次に行ったのは三崎(さんさき)坂。
 ここは千代紙の「いせ辰」や、店主が江戸川乱歩のファンという喫茶「乱歩゜」など変わった店があって、観光客に人気の通り。
   
 
「ここが内田康夫の推理小説に出てくる店か」
 「内田康夫の小説は面白いなあ」
 「うん、TVドラマでもなかなか面白い」
 思わぬところで武蔵野の元教師と所沢女が意気投合。
   
 
我われはここから大円寺の脇を通り抜け、岡倉天心旧居跡(六角堂)を見て、我孫子念願の谷中銀座へ。

谷中銀座 

 「けっこう人通りが多いのやな」
 「面白そうな店も多いし」
 「外国人も多いな。えらい人気や」
 「これやこれや、ここのメンチカツが美味いのや」と我孫子。
 揚げたてをひとつ(230円)買って立ち食いしています。
 彼の健康を考えると望ましくはないのですが、この際好きにさせてやれ。
   
 
みんな立ち食いしているので、私も(つき合いで)ひとつ買いました。
 サクッとして濃厚な肉の味。適度に塩分が効いて、ソースの必要はないかな。
 立ち食いは4年前の中華街での「焼き小籠包」を最後にしたかったのですが……。

夕やけだんだんから見た谷中銀座   

 谷中銀座からすぐ近くの「夕やけだんだん」へ。
 「この辺の人はここで夕焼けを見るために集まってくるんやて。なかにはそれまで待ってる人もいるそうや」
 「東京の人は風流なことしゃはんにゃなあ」

夕やけだんだん  

 ということで、ここで記念写真を撮りました。(例によって私は入っておらず)
 夕焼けまでまだ時間はあったのですが、我われはそこをあとにし、日暮里東口にでて、そこで二度目のティータイムをとり、散会しました。
 

 言問い通りを南西に進むとだらだらとした下り坂(善光寺坂)。寺が多くて喫茶店はない。

善光寺坂 

 坂を下りると不忍通り(地下鉄根津駅)と交差し、さらに進むと今度は上り坂(弥生坂)。
 「あの向こう側はなんや」
 「東大工学部のキャンパスや」
 「ああ、ワシが入ったところやがな」
 「キミは赤門から入って正門から出ただけやろ」
 「はははは。ばれてたか」

 弥生式土器発掘ゆかりの地碑   

 「たしかここにあるはずやけど……、あったあった。しかし、これか」
 私が探していたのは「弥生式土器発掘ゆかりの碑」
 明治17年(1884)このあたり(東京府本郷区向ヶ岡弥生町=現東京都文京区弥生)から土器が発掘されたので、当時の地名を取って「弥生式土器」と名づけられました。
 しかし何の建物もなく、土器の展示もなし。拍子抜けしました。

根津神社・鳥居    

 こんなものを見るために、みんなに坂道を上らせたことを反省しながらも、くねくねとした細い道、急な「お化け階段」を下りて(悪いネ)、ようやく根津神社へ。
 「ここはつつじで有名やから、こようとは思ってたんや。つかし、つつじはどうかな」
 「まだ、満開というほどではないな」
 ということで、つつじは諦め、鳥居のトンネルへ。

つつじ苑   

 「伏見稲荷を思い出すな」
 「伏見稲荷ほどではないで。これやったら竹中稲荷(吉田神社)並や」
 「これ、私のことやで、乙女稲荷」
 「どこが…」(男たち、顔を見合わせる)

乙女稲荷の鳥居 

 仲間のひとりが「のど渇いたぞ」というのを、「もう少し待て」とだましだまし根津神社をあとにして、日本医科大付属病院の脇の細い道(やぶ下通)を北へ。
 この道は「森鴎外旧居跡」などがある風情のあるところなのですが、あまり風情は感じられず、徒労感が募るのみ。
      

 やっと団子坂に出ました。
 昔、坂の途中に評判の団子屋があったので「団子坂」とつけられたそうですが、今はむそれほど風情ある道ではなく、ただの自動車道。
            
 だらだらとそこを下りて再び不忍通り(地下鉄千駄木駅)に出ました。
 ここまでくると店が多いので、我われはやっと喫茶店に入ることができました。

 朝倉彫塑館を出たのがお昼どきだったので、向かいのレストランで「薬膳カレー」を食べ、しばし休憩して(記事と写真は省略)南下。
                

 次に足を止めたのが「観音寺」なるお寺。
 立派な楠に惹かれて何気なく入ったのですが、「赤穂浪士供養塔」とあるのに興味を持ちました。

観音寺山門 

 同寺は慶長16年(1611)に建てられた真言宗の寺院で、赤穂浪士・近松勘六行重のゆかりのあるところ。ここで浪士たちが密談していたともいわれています。

赤穂浪士供養塔 

 「なんやこれは。『氏田町(うじたちょう)』っていうんか」
 「違うがな。これは右から『まちだうじ』と読むのや。下に違いダカの家紋があるから、多分播州浅野家の家臣やったと思うわ」
 「違いダカってなんや」と我孫子がスマホで検索すると、まさしく浅野家の家紋。二枚の葉っぱのような図柄は鷹の羽で、「違い鷹」というそうです。(初めて知りました)
 恐るべし所沢女の歴女力。

下の家紋が「違い鷹」 

 観音寺の南側の塀もなかなかの風情があります。
 これは「築地塀」といって、土と瓦を交互に積み重ねてつくられた土塀。さらにその上に屋根瓦が積まれています。国登録有形文化財に指定。平成4年には「台東区まちかど賞」を受賞。
 我われはここで記念写真。

築地塀 

 「この通りは寺が多いのやな」
 「なんとなく京都の雰囲気もあるね」
 「せんべえ屋さんも多いね」
 「団子屋とかイモ菓子の店もある。ええ匂いしてるかせな」
 「あかんえ。そんなん食べたらまた太る」
       

 江戸時代に建てられた質屋をギャラリーに改造した「すぺーす小倉屋」にも入りました。
 「なるほど、蔵やな。ひんやりしてるわ」
 「保管にはちょうどええのやろな」
 「これは浮世絵やな。うーん、役者の絵か。男と女の交合図はないのか」
 「それは春画や。ここにはないで」
 「お前が燃やしたからや」
 「それをいうな」
 当方の旗色が悪くなったので、早々にそこを退散しました。
            

 この通りは鼈甲細工の店や、オリジナル鞄店など珍しい店がいっぱいあり、あっち引っ掛かり、こっち引っ掛かりでなかなか進まない。
 それでも大通りに出て、ようやく「下町風俗資料館・展示室」に入りました。

下町風俗資料館・展示室 

 「懐かしいな、この看板」
 「これは酉の市で売ってる熊手や。こんな立派なものやと200万ぐらいするんやろな」
 「おッ、200万か。安いな。買おか」
 「ここでは売っとらん。酉の市にならんと」
 「そうか、残念やな」
 例によって与太話です。

昔の看板と熊手 

 我われとしてはティータイムを取りたかったのですが、向かいの「カヤバ」が満員だったため、諦めて言問い通りを南西に進みました。

 一昨日(04/15)は日暮里駅で、京都時代の同窓生4人(取手、我孫子、所沢、武蔵野)と待ち合わせし、谷根千徘徊を決行しました。
   

 まず最初に入ったのは「朝倉彫塑館」
 ここは日本を代表する彫刻家・朝倉文夫(1883~1964)のアトリエ・自宅・彫塑塾を記念館にして一般公開されたものです。

朝倉彫塑館 

 「ああ、このブロンズ像見たことあるわ。上野駅の裸の女の人や」
 「キミの興味はそればっかりやな。あの大隈重信像もそうやで」
 「わかってるわい。この猫もなかなかええがな」
 (館内は撮禁なので、会話だけでご容赦)

玄関にあった作品「雲」 

 以前(約30年前)きたときは、大きな像を制作する際、地下から粘土の原型をせり出させて1階で作業できるように床に穴が開けられていたのですが、今回は塞がれていました。
  

 同館は中庭に大きな池があり、それを囲むようにアトリエ→書斎→住居→和室(居間・茶室・寝室)→客間(2F)→客間(3F)と続きます。
 「やっぱり畳はええな。気持ちが休まるわ」
 「いや、我われぐらいになると椅子に坐るほうが楽やで」
 「寝るのもベッドのほうが楽やし、和室は要らんな」
 和室不要派が主流を占めました。

屋上庭園 

 「あれはどういう意味や」
 展示室(蘭の間)に掛かっていた「香時四蘭」の文字。
 「そもそもどっちから読むのや」
 「昔の字やから右からやろな」
 「どういう意味や」
 「うーん、わからん」
 ということで、学芸員さんに聞くと、「欄は四季を通じて香っている」とのこと。
 花に関することはようわからん。(他のことだってわからないのですが)

屋上庭園にて 

 「それにしても彫刻ひとつでこんな豪邸を建てるとは。そんなに儲かるんか」
 「相手は政財界の大物ばっかりやから、実入りも大きいのやろな」
 「なんや、世知辛いことばっかりいうて。もっと芸術的な話せえ」
 「彫刻はようわからんのや。絵やったらわかるんやけど」
 「キミはこの前もそんなこというとったな」
 「はははは。ばれたか」

屋上にあった作品 

 ということで、そこをあとにしました。

 横浜公園の次は山下公園。
 ここは「よこはま花と緑のスプリングフェア」として「花壇展」が開催されています。

芝生の花壇①    

 これは公園内の22区画に市内の造園業者による花壇の展示で、趣向が凝らされ、彩り豊かなので、この時期の楽しみのひとつです。

マリンタワーと花壇  

 この日(04/13)はまだ準備中だったので、立ち入り禁止区域が多く、業者の方が作業をされていましたが、それでも花壇の様子を見ることができました。

芝生の花壇② 

 今年の特徴は海側にも花壇が設置されてること。

花壇から見る海① 

 芝生の花壇は見なれているけど、海っぺりの花壇を見たのは初めて。

花壇から見る海② 

 この額縁(?)から見る海の景色もなかなかのもの。

海側のデコレーション① 

 思えば5年前、東日本大震災の1か月後、打ちひしがれていた私の心を「頑張ろう日本」と銘打って花でつくられた「希望丸」がどんなに元気づけてくれたことか。

海側のデコレーション② 

 これらの花壇は市民投票によって市民賞や市長賞が授与されるそうです。
 どれが賞をとるのかはわかりませんが、私としては海辺の「額縁」に一票投じたい。

海側のデコレーション③ 

 この時期、横浜公演はチューリップまつりで賑わいます。
 公園の花壇に16万本のチューリップが花を咲かせます。

花壇① 

 「えッ、ヨコハマなんて品種があるの」
 「いかにもご当地のチューリップだねえ」
 そんな会話が聞かれるのは、西側の市庁舎側の細長い花壇。
 ここは品種別にチューリップが並べられています。

名札のつけられたチューリップ花壇 

 ひと口にチューリップといっても数種類あります。赤、白、黄色……。
 黒いのは……?

ヨコハマ 

 
 3年前には「クイン・オブ・ナイト」という真っ黒なチューリップがあったけど、今年はない。代わりに「ブラック・パーロット」という品種があったけど、ちょっとショボかった。

プリティーラブ 

 これに対して北側の花壇はダイナミックに植えられていて、なかなか壮観な眺めです。

 「あら先生、お久しぶり」
 「おや、キミ、どうしてここで……」
 年配女性と初老の紳士との会話。

これは撮っとかなきゃ 

 「ええ、こっち(市役所?)が職場なものですから」
 「いや、ぼくもこっちの△△センターには用事でちょくちょくくるものだからねえ」
 どうやら教え子と恩師らしい。(立ち聞きしていたわけではありません!)
 こんな再会があるのも、チューリップまつりのなせるワザ?

花壇② 

 かと思えば自撮りしたり、写真を撮り合うカップルも。
 男前に写してやれよ。

写真を撮るカップル 

 公園のなかには「横浜スタジアム」があります。
 横浜DeNAベイスターズの本拠地球場。

 練習風景が見られる     

 「おやッ?」
 フェンスが一部開いていて、球場のなかが見えるようになっています。
 行って見るとちょうどセンターの後方フェンスで、そこから両チームの練習が見られました。
 このときはDeNAの対戦相手阪神タイガーズの守備練習。
 うーん、DeNAより動きがいい。

練習する阪神の選手 

 これは練習を無料で見てもらって、プロ野球への関心を高めてもらおうという球団の策略らしい。(係員がカウントしてました)
 なかなか粋な計らいだけど、それにはDeNAが強くなってくれなきゃ。
 昨日(04/14)も負けたし。

花壇③  

 やっぱり、野球よりチューリップなのかな。

 桜のシーズンは終わったけどソメイヨシノとは別種の桜もある。
 それが横浜緋桜。
 この花はソメイヨシノとは開花期が少し遅いと思って、敢えてソメイヨシノの時期には行かず、終わったころ(04/13)に行ってきました。場所は関内桜通り。

関内桜通り① 

 横浜に桜のついた通りはみなとみらい桜通り、本牧桜道などがありますが、いずれもソメイヨシノ。
 それに対して関内のは横浜を代表する(?)横浜緋桜。

関内桜通り② 

 緋桜というだけあって、花びらのピンクが濃いことが特徴です。
 先日(04/04)近くの山崎公園で見たとき、もう咲いていたので「行かなきゃ」とは思っていたのですが……。

関内桜通り③ 

 まだ散ってはいなくて「間に合った」という感じですが、全部葉桜になっていて、ちょっと興醒めかな。
 「ほう、見事な桜だ」と見上げる人がいなかったのはそのため?

関内桜通り④  

 当方もちょっと勘違いをしていて、横浜緋桜も八重桜の一種だから、開花期はソメイヨシノと交代だろうと思っていたのですが、ソメイヨシノよりちょっと遅いだけ・
 それに横浜緋桜だけではなく、陽光桜や岡山桜、寒緋桜など、他種の桜もあるようだし。

関内桜通り⑤

 ちなみに4年前(2012/04/06)に撮った桜がこれ(↓)。

12年4月6日に撮った関内桜通りの緋桜 

 葉が出てなくてきれいです。
 こんなのを撮りたかったんだけど。

 先月のある夕方、川越の友人から電話がきて、
 「今、TVでラーメンの特集やってるけど、洋風ラーメンの店、みずほ台の近くですねえ」

 点けてみると、変りラーメンの特集で、件のラーメンはみずほ台近くの洋食レストラン「グランディール」の特製ラーメン。
 店内はサラリーマンでいっぱい。「美味くて、やみつきになります」との声。

グランディール 

 「美味そうですね。みずほ台はとなりの駅でしょ。一度行きましょうよ」
 ということで、3月31日(木)駅で待ち合わせて、グランディールに行きました。
 開店時(11:30)ということもあったのか、入ったのは我われふたりだけ。拍子抜けしました。

 店内①

 店はまだ若い夫婦で切り盛りしているようでした。
 「例のラーメン(1000円)ね」
 「ライスかコーヒー・紅茶・ジュース、いずれかがつきますが」と奥さん。がつくとのことで、「私はコーヒー」
 「ぼくはライスとコーヒー」

特製ラーメン 

 「おッ、きましたね。なかなか美味そうだ
 麺の上に大きなスペアリブがドーンと。
 このスペアリブは口にすると骨からほろりと肉が外れ、それもトロッと溶けるほど柔らかい。
 スープの味は豚骨スープに似ているけど、あれほど脂っこくない。コクと風味があってなかなかの美味。これが洋風スープというものなのか。

友人はライスも 

 麺はちょっと太目の茶色い縮れ麺。スープにマッチしていると思いました。
 麺が少ないように感じたけど、これにライスを入れてドリアのようにして食べる手もあるのか。
 (友人はそうしていました)
         

 我われが食べている間、となりの席に女性客が入ってきて、「あのう、先日TVでやってたラーメンを……」
 これには笑いました。(TVの影響は大きい?)
 他の席にも客が入るようになり、注文しているのはみんな「特製ラーメン」
 ここは洋食レストランだぞ。

店内② 

 「ふーッ、なかなか美味かった。ところでこのお店、いつからやってるの?」
 「5年前からです」
 「5年前はもういなかったなあ。そのころ、この辺はなにもなかったんだよ」

 友人はこのあたりにも住んでいたらしく、店を出てからも「懐かしいなあ」とつぶやくことしきり。
 しばらく周辺をうろうろして、当時住んでいたという団地の号棟へ。
 「ああ、ここだここだ。懐かしいなあ。涙が出そうだよ」

件の団地 

 しばし友人の「郷愁」につきあい、駅前のジャズ喫茶へ入ろうとしたのですが、生憎休業。仕方なく駅ビルの喫茶店へ。
 「すっかり変わったなあ、このあたりも。当時はなにもなかったんだから」
 「あのあのジャズ喫茶はあったの」
 「あそこはあった気がする」
  

 そんな話をして別れました。
 件のラーメン、食べた直後は「ライスも食べればよかったかな」と思ったけど、夕方になっても腹が減らないので、夕食は控えました。
 スペアリブの力、おそるべし。

 桜シリーズもいよいよ最後、ということで締めはやっぱり川越の新河岸川。
 新河岸川の桜といえば氷川橋周辺(氷川神社の裏)あたりが有名ですが、今回はあえて下流の精進場橋周辺を徘徊。

精進場橋から見た新河岸川 

 「まあ、きれいねえ」
 「でも、これで終わりだなあ」
 とは精進場橋から上流(弁天橋)方向を眺めていた老夫婦。

弁天橋付近の新河岸川 

 桜はもう散り初めていました(04/11現在)が、土手に咲く黄色い菜の花との取り合わせが見事です。
 ここは新河岸川の穴場かもしれない。

菜の花と桜 

 とはいえ、氷川橋周辺の桜も気になります。
 そこで、行ってみると……。

氷川橋にて     

 数人の女性がスマホで撮影していましたが、ほとんど散り桜。 
 舞い落ちた花びらは川面を静かに流れて行く。花筏です。

新河岸川の花筏①

 うーん、侘しいけど、そこはかとない風情があります。
 往く春を惜しむ。

新河岸川の花筏② 

 仮初の宴のあとや花筏
    

 ここでドンチャンやったことなどすっかり忘れて……。

 長い間続けてきた桜シリーズもそろそろ終わりですが、エコパへ行く途中の花影橋の桜はまだ健在?(04/10現在)
 花影橋は砂川掘用水路に架かる橋で、富士見市の市民プールの近くです。

花影橋より見る砂川堀 

 砂川掘用水路は最初に取り上げた「大井辨天の森」を流れる水路で、ここはその下流。
 ふだんはお年寄りも散歩しない殺風景なところです。

桜並木 

 そんなところに「花影橋」という風雅な橋名はそぐわないと思っていたのですが、その橋が面目躍如するのはこの時期。

対岸の桜 

 橋周辺の水路の両岸に一斉に花が咲き、桜のトンネルと化します。
 そのトンネルに入ると、ほの暗い。なるほど花影……。

桜のトンネル 

 「今年も見られましたなあ」
 「よかった、よかった。来年も見られるといいね」
 「いや、来年はわからんよ」
 とはお年寄りの会話。

手前は大島桜 

 ふだんは冴えない橋の欄干も、花に囲まれるとこれほどまでに風情のある橋に変わるのか。
 馬子にも衣裳、橋にも桜。

花影橋 

 桜を求めてあちこち徘徊したけど、近くにこんな「桜の名所」があったとは……。
    
 
幸福はすぐ近くにあるもの。
 メーテルリンクのことばでしたっけ。

2016.04.10 多摩湖の桜

 狭山湖の南に山口千寿観音があり、そこを下りると多摩湖に出ます。
 多摩湖は西湖と東湖に分かれていて、下りてきたところは西湖と東湖の間の堤体。これ(↓)がその景色で、右側が西湖、左側が東湖です。

上から見た東湖(左)と西湖(右) 

 地図を見ると狭山湖の南に西湖があり、その東に東湖があります。
 狭山湖に貯められた水は高低差を利用して多摩湖(西)に移動し、さらに多摩湖(東)に移動します。

 桜は堤体のたもとにちらほらと。そして西湖の取水塔の背後に。

西湖の取水塔 

 東湖の湖畔に下りてみると、これまたちらほら。どうも桜は今ひとつ。

湖畔の桜 

 そこで東湖北側のサイクリングロードを進みました。
 この道は垣根と金網に遮られて、湖の景色はほとんど見えません。わずから垣根の隙間から見るぐらい。

金網越しに見る多摩湖 

 東側の堤体に着きましたが、うーん、桜は今ひとつ。

桜越しに見る取水塔 

 あることはあるのですが、湖とは反対側。
 堤体の裏側の低地にある狭山公園の桜です。これが多摩湖の桜になるのか。

堤体から見る桜 

 堤体をバックに見る桜もなかなかのものですが……。

狭山公園 

 しだれ桜もあります。菜の花との対比も見事。

菜の花としだれ桜 

 ここにはいろんな種類の桜も植えられていて、小金井薄紅桜お嵐山なども見られました。
 これは「御車返し」

御車返し 

 高貴なお方が「もう一度見たい」と車を引き返させたから(?)。
 解釈はいかようでも。
           
 
そうそう、多摩湖といえばドーム屋根の取水塔。
 この日は絵を描く人が多かった。当然この取水塔も。しっかり描いてや。

絵を描く人 

2016.04.09 狭山湖の桜

 狭山湖にやってきました。
 ここは所沢市の敷地ですが、別名山口貯水池といって東京都水道局の管轄で、東京都の水がめとなっています。

湖畔の桜① 

 もっとも水源の大半は主として多摩川(東京都)でそこからここに溜められているので、埼玉県は貯水池を提供しているだけです。

湖畔の桜② 

 所どころ湖畔に桜が植えられていて、桜越しに見る湖も乙なもの。

四阿と桜 

 ただし金網で囲われているので、いささか無粋ではありますが……。
 (危険防止のため仕方がない、といってしまえばそれまで)

桜越しに見る取水塔  

 堤体(堤防)から見ると左側(南)に取水塔が見えます。なんとも風情があります。
 となりの多摩湖(村山貯水池)の取水塔の屋根はドーム型ですが、こちらはトンガリ屋根。ドーム屋根が有名ですが、これもなかなかのもの。

とんがり屋根の取水塔 

 堤体のたもとには大きな石碑があり、「五風十雨の味わい」と書かれています。
 五日に一度風が吹き、十日に一度雨が降る……気候が順調なこと、転じて世の中が平和なことを意味しているそうで、書いたのは元都知事。(ことばと人間は別?)

湖畔の桜③ 

 そんなことはどうでもいい。主役はあくまでも桜でした。
 オマケはその南側にある山口千寿観音の桜。

山口千寿観音の桜 

 

 ある友人にいわせると、「桜は水辺がいいようですね」
 私もなんとなくそう思いますが、それでは「陸地」の桜があまりに可哀相。
 そこで今回はこれまで撮ってきた「陸地の桜」を取り上げます。
   

栄緑道(新座市)
   

 陸上自衛隊朝霞駐屯地の南側にある遊歩道(約700m)、約170本のソメイヨシノやシダレザクラが咲いています。

栄緑道① 

 歩道はアスファルトですが、両側に小高いグリーンベルトがあり、そこで皆さんシートを敷いてのお花見。

栄緑道② 

 なんだか近隣の人たちが自転車でワーッとやってきて、芝生でワイワイ騒いで食べ散らかす(失礼)という雰囲気だ。

栄緑道③  

 それもそのはず、ここは新座では「花見の名所」とのことで、期間中は夕方からボンボリが灯り、夜桜も楽しめるそう。ドンチャンしたい人にはうってつけ(?)。
    

入間川桜堤(川越)
       

 ひと口に「桜堤」といっても、荒川、新河岸川、入間川……など7ヵ所もあるそうですが、これは川島町との市境になっている越辺川と入間川が合流する釘無橋近辺。

入間川桜堤① 

 とにかく長い。行けども行けども桜、桜、桜……。
 しかし木と木の間隔が広いので、桜並木といってもつかみどころがない。長けりゃいいってものではない

入間川桜堤②  

 車できて、大きな桜の木の下で花見をしている若者のグループがいたけど、そんなものだろうな。

入間川桜堤③ 

 ここは河川の堤防だから、正確にいうと「水辺」のはずなんだけど、川からははるかに遠い。お年寄りには不向きです。
    

山崎公園(富士見市)
     

 困ったときは近くの山崎公園。
 四季折々の花が咲いて近隣者の目を楽しませてくれます。ここは別名「せせらぎ菖蒲園」というように、6月になると菖蒲が咲き乱れ、名所にもなっています。

菖蒲田と桜① 

 その山崎公園には「桜園」があって数種類の桜が咲き誇り、これについては「早咲きの桜」として2週間ほど前取り上げましたが、今の時期はもちろんソメイヨシノ。

菖蒲田と桜②  

 まだ準備中の菖蒲田のそばで咲いているのがなんともいいですね。
 「次はお前だぞ」といっているのかな。

横浜緋桜 

 そうそう、念願の「横浜緋桜」がもう咲いていました。
 (関内桜通りの桜も咲いているのかな?)
    

運動公園(ふじみ野市)
     

 ふじみ野市は新河岸川沿いの運動公園。
 野球場とテニスコートがあるだけの、なんの変哲もない公園ですが、ここが隠れた「桜の名所」とか。

ふじみ野運動公園① 

 なるほど、起伏に富んだ芝生に桜の木がちらほら。家族連れの花見姿も見られます。
 うーん、ふじみ野市では「大井辨天の森」と「地蔵院」(しだれ桜)には及ばないけど、「福岡中央公園」や亀久保の桜並木(大井旧庁舎前)よりはましか。

ふじみ野運動公園② 

 しかし場所は辺鄙で、交通の便も悪い。(エコパの裏)
 「桜の名所」としてはいかにも地味ですなあ。

2016.04.07 伊佐沼の桜

 水辺の桜とあらば、伊佐沼(川越市)を無視するわけにはいかんだろう。
 伊佐沼は、南北約1300m、東西約300mほどの南北に細長い沼で、埼玉県内最大の自然沼ですが、ここも桜の名所。

伊佐沼湖畔① 

 湖畔には多くの桜が一斉に花を咲かせますが、特に西画湖畔の桜は湖面に映えてなかなか見事です。

伊佐沼湖畔② 

 花見客も多い。(圧倒的にお年寄り)
 蓮を見るために湖面に架けられた木道橋から見る桜も素晴らしい。

木道橋から見る伊佐沼の桜 

 おどろくのは西岸道路の反対側も桜並木、さらにその向こうの九十川を挟んだ対岸も桜。
 つまり桜が三列に並ぶという桜の三重奏。

湖畔沿いの道路 

 九十川は伊佐沼代用水路を源流として新河岸川に合流する河川。

九十川① 九十川②

 小さくてそれほど手入れもされてないので、野性味があります。絵を描く人も。 

九十川③ 

 九十川の向こうは伊佐沼公園で、ここも桜。
 人々はここでレジャーシートを敷いて花見をやっております。
 子ども連れとお年寄りが多い。

伊佐沼公園 

 その風景はどこでも見られる光景なので、見晴らしのいい四阿(あずまや)から伊佐沼を見ると、これがなかなかの絶景。

四阿 四阿から見る伊佐沼

 「どこからこられました?」
 ベンチに座ってポットに持参したコーヒーを飲んでいると、向かいからお弁当を食べていたお婆さんから声をかけられました。
 「△△町です」
 「ほう、そんな遠くから。車ですか?」
 これは息子らしい年配者。(どうやら車できたらしい)
 「いえ、自転車です」
 「運動も兼ねられてるんでしょうね」
 「まあ、そうですね」(経済的な理由とはとてもいえなかった)

橋の風景 

 せいぜい親孝行してくれい。

 「やっぱり桜は水辺に限るのですか。今日の記事は数人の女子大生が登場してるから華があるけど、桜情報としては今イチでしたね。そもそも京一郎さん自身が桜を楽しんでない」
 これは昨日(04/05)夕方の川越の友の指摘

桜並木 

 うーん、なかなか手厳しい。
 彼は俳句の達人だけに、私の文章から心境が読み取れるのか。恐るべし。

砂川堀 

 ということで、今回は趣向を変えて小手指(所沢市)砂川堀のしだれ桜を。
 このしだれ桜は小手指公園から南西方向に約500mの砂川堀の両側に植えられたもので、その数119本とか。
 川沿いの桜はよくあるけど、全部しだれ桜というのは珍しいんではないかい。

橋からの眺め 

 ここは川(?)幅も両側の道幅も狭いので、しだれ桜にうってつけ。
 というのもソメイヨシノだと、枝が横にせり出してくるので、通航の邪魔になる。
 なかには片側の枝を切り落としている愚かな桜並木(大井旧庁舎前=ふじみ野市)もあるから、横に面積を取らないしだれ桜で大正解。

数種類のしだれ桜 花見の女性たち

 「わあ、きれいねえ」
 「この桜越しに見る景色もなかなかのものねえ」
 花見に訪れた年配女性のよろこぶまいことか。

白のカーテン? 爛漫のしだれ桜

 砂川堀はコンクリート壁の下をチョロチョロ流れる小さい川。
 お世辞にもきれいとはいえない。川幅は狭く、土手も河川敷もないので川としての体裁をなしてない。はっきりいってドブ川だ。
 それを「桜の名所」に変えてしまった自治体の魔法行政?
 (その意味では東京の目黒川も同じ)

道路側から 

 なんだなんだこの車は。
 花見中、いやにゆったりと通り過ぎる数台の車。△△ホーム?
 なるほど、なかからお年寄りがこのしだれ桜を眺めているのか。
 「今年も見られてよかったのう。ナンマイダブ……」
 ならばとっくりご覧あれ。

デイケアサービス? 

 こちとらも他人事ではない。
 オマケは小手指公園のSLと桜。子どもたちは元気じゃのう。

SLと桜(小手指公園) 

 こっちのほうがよかったかな。

 昨日(04/04)午前中、川越の友人から電話がかかってきて、
 「このところ(福岡中央公園、本多緑道)の桜情報、パッとしませんね。ネタ涸れですか?」
 「いや、あちこち行ってるからネタ涸れはないけど、当たり外れはあるよ」
 「今朝TV観てたら、跡見女子大学の桜を放映してましたよ。なんでも41種類の桜が植わってるんだって。桜の時期は一般公開されてるらしいよ」

ヤマザクラ 

 「あそこ,実は昨日、新座の帰りに寄ったけど、入学式ということで断られたんだよ。腹が立って、『二度とくるものか』と思ったんだ」
 「そんなこといわないで、行ってくださいよ。お宅の近くでしょ」
 ということで、午後行ってきました。

ソメイヨシノと女子大生 

 正門のところで名前を記入すると、「跡見学園女子大学の桜」というパンフレットを渡されました。
 裏にはキャンパス内の桜の見取り図。木の一本一本に番号がつけられ、どこにどんな桜が植わっているのかわかります。
 そしてなかを開くと数種類の桜の写真と名称、解説。まるで桜図鑑!

大島桜 エドヒガン「八重紅枝垂」 

 これを手にしてキャンパスをうろうろ。
 「これは山桜。なるほどね」
 「この白いのは大島桜。ときどき見るなあ。
 などと感心したりして。

サトザクラ「駒繋」 仙台枝垂

 「ほう、これは駒繋(こまつなぎ)というのか。ここに馬(駒)をつないだのかな」
 「なんだ、交雑個体とは?」(品種名のつかない交雑種のことらしい)
 勉強になります。

交雑個体 サトザクラ」白妙」

 もちろんソメイヨシノも数多く見られます。
 並木道などでよく見るソメイヨシノは上に伸びていますが、ここには枝が横に伸びたのもあります。そういえば「いろは親水公園」や「柳瀬川」の川っぺりの桜は横(川面)に伸びていた。
 こういうソメイヨシノもありではないか。

横に張ったソメイヨシノ 

 この日はオリエンテーションなのか、新入生がぞろぞろ。
 女子大生を見ながら、桜見物も悪くないぞ。

新入生の方々 

 跡見女子大は桜(と女子?)の宝石箱や。

 新座市の本多緑道は「野火止用水」が通る歴史的な緑道ですが、ここは地元民の桜の名所とのことで昨日(04/03)行ってきました。

本多緑道① 

「おッ、これは……」
 目の前に広がる菜の花畑(6000㎡)。
 この日は「桜まつり」の最終日。菜の花取り放題とのことで、大勢の人が畑に入り、菜の花を摘み取っていました。

菜の花畑 

 なかには菜の花をバックに写真を撮る親子連れも。

菜の花を摘み取る人 写真を撮る親子連れ

 会場では筝の演奏もあり、しばらく聴き惚れていました。
 たまに聴く邦楽も素晴らしい。

筝の演奏 

 肝心の桜は菜の花畑の周辺と野火止用水沿い。
 野火止用水というのは川ではなく、ちょろちょろした水の流れ。
 なんだか物足りない。

緑道近くの桜 

 その所為か桜並木も今ひとつ。
 しかし「それが味わいがある」という風雅なご仁もおられるのかもしれない。

本多緑道② 

 そうした人向けの地味な桜。

野火止用水 

 菜の花畑と地味な桜並木。
 これが本多緑道の骨子(?)です。

 福岡といっても九州ではなく、埼玉県ふじみ野市の福岡中央公園。
 近隣では桜の名所というので昨日(03/02)行ってきました。

櫻のトンネル 

 なるほど、公園の細長い一画は普段は地味ですが、この季節になると大きな桜の木が一斉に花を咲かせ、ばっと華やいだ雰囲気になります。

花見風景① 

 その下では数10組のグループが青いシートを敷いてお花見をやっておられる。
 おなじみの花見の光景。

しだれ桜も 

 しかしなあ……。
 ここは桜の花(ソメイヨシノ)が頭上高く覆ってトンネルを形成するぐらいで、とくに風情はない。
 例えば柳瀬川だったら、川っぺりの風景と桜の調和を楽しむことができるけど、ここはプラス・アルファの魅力がない。

花見風景② 

 まあ桜の花を口実にその下で弁当を広げ、夜は夜で飲めや歌えのドンチャン騒ぎをするのなら、それは個人の自由。(好きにやってくれい)

花見風景③ 

 ついでにいうと、ここには地下に耐震型緊急用貯水槽が埋設され、災害時の飲料水が確保されています。その容量は50㎥。ひとり1日3ℓとして約16500人に給水できるとのこと。
 災害時にはここが避難所になるらしい。
    

 ドンチャンやっている人はそんなこと知らなくてもいいんだけど。

 柳瀬川の桜は近所なのでよく行くのですが、「高橋のさくら並木」が素晴らしいと聞いて行ってきました。

高橋の桜並木① 

 高橋といっても同じ柳瀬川。定番の「柳瀬川のさくら並木」とは東武東上線柳瀬川の駅周辺。
これに対して「高橋のさくら並木」とは、それより下流の高橋(橋の名称)周辺です。

高橋の桜並木② 

 「ほう、これは凄い!」
 柳瀬川右岸の土手に桜が見事に咲いています。
 長さはゆうに1kmを越える。(柳瀬川のさくら並木よりも長い)

高橋の桜並木③ 

 ここの桜も大井辨天の森やいろは親水公園と同じ川っぺりの桜。
 その意味では申し分ない。桜の下を歩く人々の顔も幸せそう(?)に見えます。

高橋の桜並木④ 

 しかし……。
 長けりゃいいってものではない。なんだか物足りない。

 そんなことを思いながら、どんどん上流方向に歩いて行くと、東武東上線の鉄橋。
 目の前をときどき電車が走ります。

東武東上線と桜① 

 鉄橋をくぐって向こう側に。すると……。
 土手の道路ではたこ焼きやおでんなどの屋台が並び、土手下の原っぱでは大勢の人たちがシートを拡げてお花見。

柳瀬川駅近辺① 

 昼間で、しかも家族連れが多いのでドンチャン騒ぎということはないものの、みなさん浮き浮きしておられる。
 先ほどの光景とはえらい違いだ。

柳瀬川駅近辺② 

 ここでハッと気がついた。
 この活況こそが花見の定番なのではないか。
 俗化した風景といえばそれまでだけど、花見というのはこういう要素もあってこそ。

柳瀬川駅近辺③ 

 高橋のさくら並木が今ひとつ物足りないと思ったのはこのためだったのか。
 むろん満開の桜の下をにっこり通り過ぎるだけの「花見」もあっていい。

東武東上線と桜② 

 楽しみ方は人それぞれ。

 「柳瀬川の桜もいいけどな、それより志木市役所近くのいろは親水公園のほうが見事だよ」
 先日エコパでオッチャンたちがそんな話をしているのを聞きつけ、昨日(03/31)行ってきました。

河川敷の桜並木 

 いろは親水公園とは新河岸川と柳瀬川が合流するあたり。
 昔は舟運の要衝として賑わいましたが、今は豊富な水源と自然の環境を活かした親水公園になり、野鳥観察できるゾーンもあります。

川沿いの桜並木① 

 この新河岸川沿いには100本のソメイヨシノが植えられ、なかなか見事です。
 ここの桜並木は花はもちろんですが、枝っぷりがいい。

川沿いの桜並木② 

 また所どころエドヒガンなどの種類も植えられて、変化をつけています。

エドヒガンザクラ 

 見どころは富士下橋周辺。

 富士下橋

 この橋は大きくはないけど、ここから見る新河岸川の眺めはなかなかのもの。
 とくに桜並木は素晴らしい。

富士下橋から見た新河岸川 

 また所どころ桜がせり出しているところがあり、桜が間近に見られるのもうれしい。

富士下橋にせり出してきた桜 

 橋を渡ったところにある愛の泉。ここの桜も風情があります。

愛の泉 

 ここはときどきチャリ徘徊でくるけど、桜の季節にきたのは初めて。
 うーん、大井辨天の森に次いで、桜の名所ではないかい。

対岸の桜 

 柳瀬川はもう飽きた(?)なあ。