今回グランモール公園を徘徊してみて最も印象に残ったのは、横浜美術館の向かいにできた商業施設「MARK IS みなとみらい」
 3年前(2013年)の6月にオープンしたそうです。
外観 
 まず入った1階のホールには、正面に横浜DeNAベイスターズ・三浦大輔投手の写真。
 下に「MARK IS みなとみらいは、横浜DeNAベイスターズを応援しています。」の文字。
 ベイスターズ、頑張れよ。優勝とまではいわないけど、せめて3位以内に入れよなあ。
1階ホール 
 2~4階はショッピング&レストラン街。
3階フロア 
 それほど「変わったコンセプト」という感じはないのですが。
4階フロア 
 これは体験型レストラン?
クッキングスタジオ 
 屋上階は「みんなの庭」なる庭園。
 ここには野菜や果物が栽培され、収穫時にはイベントなども開催されるそう。
屋上階 
 なるほど、大根が植えられている。
みんなの庭 
 そのとなりのフロアは「Orbi Yokohama」(オービィ横浜)なる劇場。
 係の女性の説明では、「日本最大級のスクリーン(幅40m、高さ8m)で大自然が体感できます」とのこと。
 ちょっと興味はあったけど、有料。シルバー料金でも2000円なので、今回は見送りました。
オービィ横浜 
 あとで調べてみると2階にはユニクロ、3階にはトイザらスが入っており、4年前に閉鎖したジャックモール(昨日掲載)に入っていた店の一部が移っているとのこと。

 なるほど、新高島の周辺はオフィス街にして、商業施設はなるべくランドマークタワーのほうに集めようという魂胆だな。
 ここに横浜市と三菱地所のしたたかな「みなとみらい開発政策」を見た思いでした。
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 昨日の続き。
 更地になった景色はすずかけ通り歩道橋の上から撮ったものです。
歩道橋 
 その反対側はグランモール公園。横浜美術館を通ってドックヤードガーデンに向かう遊歩道です。幅25m、長さ約700m。
反対側の景色 
 歩道橋の階段を下りたところの両側に「ジャックモール」というショッピングセンターがあったのですが、今はなく、まったく違う建物になっています。
両側にジャックモールがあった 
 ジャックモールが開業したのは平成11年(1999)。クイーンズスクエアなどと違って、ここは大衆的な店が多く、当初は若者や家族連れで賑わいました。
 しかし平成24年(2012)に閉店。その後は更地になり、2年前、まったく新しいビルが建ちました。1階は喫茶店やコンビニが入っていますが、全体はオフィスビルです。
花壇① 
 歩道の中央には花壇には色とりどりの草花が植えられ、その両側はウッドデッキになっていて、歩行者にはやさしい印象を与えます。
花壇② 
 私としては臨港パークを歩くことが多いので、ここにはそれほどの感慨はありません。
 「みなとみらいグランドセントラルタワー」なるビルが新しく建ったのですが、「ふーん」という感じ。
水のエリア 
 1階部分は屋外レストランになっているらしいけど、開店前は誰もいない。
 おばさんがひとりパンと牛乳の朝食(?)を摂っていました。
 「なるほど、弁当を食うのに使えるな」と思いました。
屋外レストラン 
 その上はテラスになっていて、ひと休みできます。
 カゴのような椅子があり、なかなか座り心地はよかった。
カゴ型の椅子 
 このグランモール公園(遊歩道)、目下改装中とのことで、まだまだ変わるらしい。
 私の目の黒いうちに変わった姿が見られるのかな。
 横浜駅からみなとみらい地区に向かうには、とちの木通(マリノスタウンの前の道)を直進して臨港パークに行くことが多いのですが、たまに新高島駅(みなとみらい線)からグランモール公園を通ることもあります。
新高島駅 
 「あれッ?」
 新高島駅周辺には金網が張られ、工事中。
 たしかこの辺にはいろんな建物があって若者で賑わっていたのに。
工事中の看板 
 私の覚えているのはゲント横浜とベイサイド迎賓館。
 ゲント横浜はゲームセンター。(他に映画館やライブハウスもあり)
 それも一風変わった雰囲気で、年配者にとっても気持ちをそそられる施設でした。
ゲント横浜① 
 これは昨年1月25日に営業終了となり、その後取り壊されたそうです。
ゲント横浜② 
 ベイサイド迎賓館は結婚式場で、なかなか立派な建物でした。
 私としては、結婚式場はほとんど縁がない。それでも「今の若者はこんな立派なところで式を挙げるのか」と思ったものです。
ベイサイド迎賓館① 
 これもまた昨年1月31日を以て終了し、その後取り壊されました。
 終了した理由は営業不振によるものではなく、土地貸借の契約が切れたからだそうです(Wikipedia)。
 営業期間はどちらも10年。そんな短い期間なのによくあんな立派な結婚式場を建てたものだ。
ベイサイド迎賓館② 
 それも今はなにもなし。
 行く川の流れは絶えずして、しかも元の水にあらず……。
 横浜においても無常観をつくづく感じました。
道路の奥に新高島駅。手前は迎賓館のあったところ。 
 昨日(01/27)の「ためしてガッテン」(NHK)は足の疲れ&むくみ撃退がテーマで、のっけから「○○を買ってください」というもの。
 「NHKもとうとうTVショッピングを始めたか」という冗談はさておき、○○とは弾性ソックスのこと。
 弾性ソックスとは足を圧迫するための特殊な編み方でつくられた医療用のソックスです。
 血管を圧迫することによって血液の逆流を防ぎ、静脈瘤やリンパ浮腫の予防に効果的だとか。

 実際に立ち仕事が多いすし職人の間ではこれが大流行。「もう手放せない」というほど。

 「あの靴下のことじゃないか!」
 これ、私穿いたことがあります。
 3年前の夏、上腕部剥離骨折の手術をされたとき、麻酔で体温が下がり、足の血行が悪くなるのを防ぐために右足に医療用ストッキングを穿かされました。(左足は上腕部骨折と同時に距骨粉砕骨折していたため、仮ギプス)

 とにかく締め付けが強い、というのがその感想でした。

 このストッキングは手術の際、私が購入したことになっているので、手術後もどされました。
 入院中は片手片足が不自由なため、穿くことはなかったのですが、退院してから療法士の先生に「治療のためにも、あのストッキングを穿いたほうがいい」といわれ、リハビリに行くときだけ(患部の左足に)穿いたことがあります。

 とはいえ締め付けが強いので、着脱にはひと苦労。
 それに当時は残暑厳しき9月だったので、外出するときは半ズボン。それが片足だけ医療用の白くて長い(腿まである)ストッキングを穿いたのでは見た目が異様な気がして、少しよくなると撤廃しました。

 私は「むくみ」に関してはよくわからない。
 ふくらはぎの血管が一部浮き出て見えることもあります。それに長時間歩くと攣ることも。
 これは老化現象と思っていたけど、あのストッキングで予防できる?

 となればこれを利用しない手はない。
 と、靴下の入っている引き出しを探していたら、あった!
 早速穿いて寝ました。何回か穿いて慣れたので、着脱に苦労するということもなかったし。

 今日はこれを穿いて少し歩いてみようかな。
2016.01.27 猿島を貸切
 横須賀の猿島が貸切りサービスを始めたとか。
 期間は12~2月。料金は7万円。(1日=宿泊は不可)
 さらに船賃と入島税(ひとり200円)がかかります。
うみかぜ公園(横須賀市)から見る猿島 
 猿島は横須賀の海岸の沖に浮かぶ小さな島。
 縄文・弥生時代の土器が発見され、日蓮聖人がこもったと伝わる洞穴もあります。
 幕末に江戸防備のため台場が建設され、明治時代には洋式砲台が整備されました。
切り通しとトンネル 
 戦後は米軍に接収されましたが、横須賀市に返還されてからは観光地として脚光を浴びるようになり、2014年度は約10万8000人、15年度は約13万8500人が訪れたそうです。(東京新聞)
愛のトンネル? 
 この島へは2年前の6月、訪れたことがあります。
 レンガで覆われた切り通しや、トンネル内の兵舎や爆薬庫などの要塞施設跡はなかなか見ごたえがあります。
展望台 
 しかしこの島を貸し切ってなにをやる?
 同窓会? 俳句会(吟行)? まさか。
 広場 広場(対岸は横須賀市街地) 
 あとは釣り大会とか、バーベキュー大会。(寒いぞ)
 変わったところでは「肝試し大会」とか。
 いずれにしても食料や飲み物、救護類なども(船で)持ってこなきゃならないし、経費や手間ひま考えると大変だぞ。
売店のあるホール 
 今のところ、「吉本興業から若手芸人とファンの交流ライブができないか」という問い合わせや、社員研修や雑貨を扱う会社が顧客を集めて行う交流会の問い合わせがあった(東京新聞)というけど、せいぜい映画撮影がいいところ。
 もし若松孝二氏が生きていたら、ピンク映画のロケ地に使うと思うよ。
2016.01.26 冬の山下公園
 ここ2~3日は記録的寒波襲来とのことで、西日本を中心に猛吹雪。南国の沖縄や奄美大島にも雪が降ったとか。
 関東は雪こそ(先週降った)降らないけど、連日寒い日(一日の最低気温は氷点下)が続きます。
 こんなときはやっぱり山下公園。
 
 どんなに寒くても、ここから港を見なきゃ横浜へきた気がしない。
 氷川丸。
氷川丸
 思えば今から50年ほど前、横浜の大学を受験して、それが終わってから旅館で仲良くなった受験生数名と山下公園にきて、氷川丸に入ったのが最初。
 
 当時はなかにレストランがあって、そこでランチを食べたような気がします。
 横浜の大学は落ちました。幸い、その前に受験した東京の大学は合格したから、事なきを得ましたが。
 それも遠い昔の話。(なぜ今になって思い出したのか?)
カモメの群れ① 
 「おや?」
 海っぺりの道路におびただしいカモメの群れ。

 去年も見たけど、今回はもっと近い。
カモメの群れ② 
 誰かが餌付けをしているに違いない。
 そう思ってみていたら、ベンチに座ったサングラスのおじさんが袋からなにやら取り出してバラ撒いている。ポップコーン?
カモメおじさん 
 以前氷川丸の近くでパンくずを投げてたオヤジがいたけど、カモメはすぐ飛んできて、空中でパクッと銜えていた。今回は粒が小さいから空中捕食は無理?
カモメの群れ③ 
 このおじさんが餌を撒かなくなったら、カモメも次第に少なくなる。
 また撒けよなあ。
ハトも… 
 大相撲初場所が終わりました。
 今場所は大関琴奨菊と横綱白鵬が10日間勝ちっぱなし。
 そして11日目に全勝同士がぶつかりました。

 「琴奨菊が優勝したら、日本出身力士としては平成18年初場所の栃東いらい10年ぶりの優勝となります」などとマスコミは騒いでいたけど、私はまったく信用していない。
 「琴奨菊のことだ、後半ボロボロ取りこぼす」

 そんな思いで見てたら、琴奨菊がグイグイとがぶり寄りで白鵬を寄り切りました。
○琴奨菊(寄り切り)●白鵬 
 「まあ、まぐれということもある。それに白鵬も工夫がなかった」
 そんな思いで観ました。
 ところが翌日(12日目)も横綱日馬富士を突き落として勝ち。なかなか強い。
○琴奨菊(突き落とし)●日馬富士 
 こうなれば、あとは豊ノ島、栃煌山、豪栄道と比較的楽な相手。「全勝優勝だ!」とマスコミは騒ぎ立てる。
 ところが13日目は豊ノ島のとったりを食いました。
 立ち合いはよかったし、グイグイと前に出たけど、頭を低くしてやみくもに走ってしまい、老獪な豊ノ島に腕を取られてころり。懸念していたもろさが出た。
○豊ノ島(とったり)●琴奨菊 
 「こうなるとやっぱり白鵬かなあ」
 と思ったのですが、14日目、稀勢の里にあっさり寄り切られ、どうも精彩がない。
 その間、琴奨菊は栃煌山を寄り切り、マジック1。
 さすがに私も琴奨菊の優勝は固いと思いました。

 そして千秋楽は豪栄道を突き落としての初優勝。
 「日本出身力士としては10年ぶりの優勝」とマスコミはやたら騒ぎ立てましたが、そんなに騒ぐことか。大相撲が国際化をはかった現在、なにが「日本出身力士」だ。
 琴奨菊はよくやったけど、これに「日本出身」とほめそやすのはいただけない。
 日本人としてあまりに料簡が狭いのではないか。
○琴奨菊(突き落とし)●豪栄道 
 それにしても今場所はおかしな裁定が多かった。
 とくに14日目。
 豪栄道vs.宝富士は豪栄道が宝富士をはたき込みましたが、審判から「髷をつかんだ」と物言いがつき、行司差し違えで豪栄道の反則負け。
 しかしビデオで見る限り、豪栄道は宝富士の首根っこを押さえつけているものの、髷はつかんでない。これは誤審です。

 さらに安美錦vs.栃ノ心。栃ノ心の寄りに安美錦の身体は土俵外に飛んだけど、安美錦が落ちる前に栃ノ心の左足が出たので、これまた行司差し違えで安美錦の勝ち。
 こんなおかしな裁定はない。決まり手は「うっちゃり」とのことだけど、安美錦は完全に死に体。空中に飛んでる人間が相手をうっちゃれるわけがない。安美錦は魔法使いか。
 安美錦はやたら引いたりかわしたりする相撲が多くで好感が持てないけど、マスコミは「ベテランの味」とかいってやたらほめそやす。審判団もそれを忖度したのか。
 この傾向は相撲をつまらなくします。

 おかしかったのはモンゴル三横綱の相撲。
 白鵬vs.鶴竜では白鵬が勝って、鶴竜vs.日馬富士は鶴竜の勝ち。そして千秋楽の日馬富士vs.白鵬はあっさり日馬富士の勝ち。
 みんなグー、チョキ、パーよろしく一勝一敗。
 これ、モンゴル三横綱による「互助会相撲」ではないのか。
琴奨菊優勝 
 これはマスコミ陣がやたら「日本出身力士として~」と騒ぎ立てることに辟易してのささやかな抵抗?
 こんなことでは大相撲の将来が思いやられます。
2016.01.24 雪景色と富士
 一昨日(01/22)午前中は病院の眼科の診察を受けました。
 ドライアイの治療と視力や眼底の検査。
 この病院は泌尿器科の病院と違って、森林側にあります。
病院の裏側 
 前々回(15/08/26)は結膜炎と診断され、点眼薬を変えてもらったところ、目ヤニも収まり改善したので、前回から元の薬に戻されました。(結膜炎の薬は目に少し刺激がある)

 今回もとくに問題はなかったので、これまで通りの点眼薬を処方してもらいました。
 早めに行ったので早く終わりました。
 そこで地蔵街道を抜け、多門院(所沢)方向へ。
地蔵街道 
 多門院といっても寺が目的ではなく、その近くの富士山のビューポイント。
 おッ、見られた。雪景色の向こうに富士の山。
富士山① 
 やはり富士山は雪が合います。
富士山② 
 富士山が見られれば、もう用はない。
 あとは「流し」のスナップで。

 あたり一面の銀世界。田舎だから、月曜日(01/18)に降った雪がなかなか融けない。
 これはこれで、なかなかの風情があります。
雪原 
 それよりも目を引かれたのは畑の雪景色。
 農作物の畝と雪がストライプ(縞模様)になって面白い効果をあげています。
畑 
 都会では見られない景色です。
 川越の住民が自慢するのは、蔵通り一番街や喜多院ではなくて、川越駅(東口)から北に延びる約1.2kmのクレアモール商店街。
 道幅は狭いけど、商店街がビッシリ。原宿の竹下通りとはいかないまでも若者向けの店が多いように見受けました。
商店街 
 その商店街のイルミネーション。
ゲート 
 イルミネーションの中心は通りの中ほどにあるクレアパーク。

 カボチャの馬車やトナカイ。なかにはクリスマスツリーらしきイルミネーションも。
カボチャの馬車 
 ハロウィンやクリスマスはとっくに終わっているけど、そんなことに関係ないのが川越流(?)らしい。
トナカイ 
 この商店街の歴史は古く、川越駅と市役所を結ぶ連絡道路(西町通り)だったのですが、丸広百貨店がここに本店を移して(昭和39年=1964)から、急速に賑わうようになりました。
 人の通行量は埼玉県では1位とか。
クリスマスツリー? 
 そういえば20年ほど前、風俗(出張ヘルス)の取材で接客嬢に「川越のいいところは?」と聞いたら、「クレアモール」と答えました。喜多院は行ったことないとか。
 思わず、「キミ、本当に川越出身なの?」と聞いてしまいました。(余計なお世話でした)
木の枝にも 
 イルミネーションも規模やセンスでは東京や横浜には及ばないけど、川越は川越なりに頑張っているぞ。「日本の頑張る商店街77選」にも選ばれているそうな。

 オマケは蔵造り一番街のイルミネーション。
蔵通り一番街 
 こちらのほうがよかったかな。
 先日(01/19)の「クローズアップ現代」(NHK)は「最期のときをどう決める~」という重いテーマでした。

 「末期癌患者の痛みを鎮静剤で緩和し最期を迎える終末期鎮静が在宅で静かに広がっている。眠ったままの穏やかな死とはどういうものか。新たなみとりのあり方を考える」
 ということで、具体例として取り上げられたのは末期癌の患者とその家族。
苦痛を訴える 
 当人は「痛い、痛い」と苦痛を訴える。家族はそれをなだめ、さするしかない。
 日本では安楽死は認められていない。
 しかし鎮静剤で痛みを緩和するという方法は認められている。これだと意識がなくなり、確実に死に向かう。
 その処置に対して、「それでよかった」と納得する遺族もあれば、「あれでよかったのか」といつまでも後悔する遺族も。

 私のような者がいうのもおこがましいけど、「それでよかった」と思います。
 鎮静剤を投与すれば死を早めるかもしれない。それを決断した家族が「自分が殺したのではないか」と自責する必要はありません。
 むしろ「苦痛を早く終わらせてあげた」と思ったほうがいい。
苦痛鎮静の処置 
 前にもいいましたが、治る見込みのない苦痛ほど残酷なものはありません。

 私の弟は8年前胃癌で他界しましたが、その半年前から激しい苦痛を訴えていました。
 彼の闘病記によると、「周期的にやってくる突き上げるような、あるいは絞られるような腹痛がひどく、七転八倒の苦しみ」だそうです。癌の痛みは想像を絶するといいます。
 しかも医師からは癌の宣告を受けたときから、「1年、長く持って3年」と告げられています。実際には1年で亡くなりました。
亡くなられた 
 私がこれまで味わった最大級の痛みといえば、痔の手術後の排便時のものでした。
 このときは肛門から脳天にズッキーンと激痛が走り、思わず涙が出たものです。しかしそれはほんの1~2分で、なによりも「治る」という希望がありました。
 希望があるのだから、多少の痛みには耐えなきゃ。
 
 人間が痛みに耐えるのは「治る」という希望があってこそ。
 希望がなくなった状態で耐えることになんの意味があるのでしょうか。
   クローズアップ現代  
    
 私の感覚ではこの「終末期鎮静」という行為は一種の安楽死ではないか。
 ホスピスの関係者は「安楽死とは一線を画している」といっているけど、それは安楽死が認められてない我が国でのギリギリの方便のように聞こえます。
 私はもともと「安楽死を認めてもよいのではないか」と考えているのですが。
 昨日(01/20)は泌尿器科の診察に行ってきました。症状は前立腺肥大。
 前回行ったのが昨年の11月25日。
 尿検査と問診で、いつも「とくに問題なし」と、最も軽度の薬を8週間分処方されます。
病院 
 私は飲み忘れもあって、どうしても薬が余る。
 そのため10~11週のサイクルで行ってました。3ヵ月以上離れると、受付の手続きが面倒になるので、このあたりが限度です。

 その引き伸ばし戦術(?)に業を煮やしたか、担当医(院長先生)に「次は来年の1月20日ね」と決められてしまいました。 うーん、予約券を渡された以上、従うしかないか。
待合室と廊下
 ところが一昨日(診察日の前日)病院から電話があり、「先生が骨折で入院されたため、代わりの先生が担当されます」
 なに、骨折だと?
 当方も骨折体験があるだけに、俄かに興味が沸き起こりました。
 そして昨日。
 問診の前に尿検査。いつものように採尿室(トイレの壁に採尿ボックスが設けられたもの)で行います。具体的にいうと、立ったまま排尿しながら紙コップに受けるのです。
 ただし冬は長いマフラーが邪魔。
採尿室 
 そこでこの様子を、

 マフラーを刎ね上げ臨む尿検査

 という句に詠んで句会に出したところ、宗匠からは大受け。
 「これは面白い。マフラーを勢いよく刎ね上げてなにをするのかと思ったら、尿検査。この意外性。目のつけどころがいい」
 と並選を賜りました(そんなに褒めるなら特選をくれ)。ちなみに他の人からの票はゼロ。
採尿ボックス

  採尿が終わって、代わりの医師による問診。
 「尿もきれいだし、問題はなさそうですね。前回通り8週間分出しておきましょう」

 「院長先生は骨折と聞きましたが」
 「そう、雪でね、滑って転んだらしくて」
 「あ、雪の影響ですか……。すると、この9階(整形外科病棟)に入院されているのですか」
 「そうです」
 「やっぱりなあ。私も9階に2か月間お世話になったから、他人事とは思えないんですよ」
 「そうですか」
診察室 
 院長が自分の病院に入院するとは。
 しかも院長だから、4人部屋とはいかず個室だろうな。
 おそらく、外科担当医をはじめ、療法士、看護士など病院スタッフが入れ替わり立ち代わり訪れているのではないか。
 そんなことを思いながら病院をあとにしました。
2016.01.20 田舎の雪景色
 一昨日(01/18)埼玉南部は珍しく大雪でしたが、この地域の住民は公共心に篤いのか、至るところで雪かきがなされ、翌日はほとんど自転車で行けるようになりました。
砂川堀① 
 ならばそれを利用しない手はない、と砂川堀用水路へ。
 砂川堀は川越市に端を発して狭山市、所沢市、三芳町、ふじみ野市、富士見市を流れて、新河岸川に注ぐ都市下水路。
 下水路といっても所どころ湧水からの合流もあり、きれいなのか汚いのかよくわからない。
 この上流は「大井弁天の森」でちょっとした桜の名所だけど、水遊びできるような箇所は皆無なので、水質はあまりよくないようです。
対岸の景色 
 この用水路は一部暗渠になっていて川幅も狭いので、大雨が降ると氾濫する恐れがある。そこで数ヶ所に調整池が設けられ、増水するとそこへ溜められます。
 この用水路の両側に小さなデッキが見えますが、これは排水口で、ここから調整池に流れるようになっています。
砂川堀② 
 その調整池。
 ふだんは草ぼうぼうの窪地ですが、雪が積もるといつもと違った景色で、魅力的に見えます。
調整池 
 調整池の土手沿いの道。これもいつもと違う風景。
 今世のなかでは軽井沢のスキーバス転落と、廃棄食料品の横流し事件で騒然となっています。
 大勢の大学生の命が失われるのは痛ましい。破格に安いバスというのは安全性をないがしろにされているのか。(大丈夫か、東名バス)
土手っぺりの道路 
 そして廃棄食料品。これ、売ったスーパーもいかがわしい。
 相手は産廃業者で、食品も廃棄物だと知ってたわけでしょ。「固く口止めされていた」などと被害者面しているけど、かなり悪質。叩けばボロボロ出てきます。
土手の下
 ふじみ野市のエコパ(余熱利用風呂)へ向かう途中の畑。
 ここも見事な銀世界。
畑 
 それとSMAPの解散騒動。悪いけど私は一切興味なし。
 それよりもショックなのは「ゆうゆうワイド」(TBSラジオ)のパーソナリティー大沢悠里さんが4月初旬で辞められること。4月から先、なにを楽しみに生きればいいのだ。
2016.01.19 大雪のあと
 昨日(01/18)は朝から大雪。
 5時すぎにゴミを捨てに外に出たとき、まだ暗くあたり一面銀世界。
 しかも雪が降り続いているので、傘を差しました。
 ズボッ、ズボッと足が沈んで歩きにくかった。
茶畑の雪① 
 「こんなときは家に引き籠るに限る」
 そう思っていたら、取手の友より電話。
 
 「こっちは雨や。雪なんか全然降っとらん。そっちはどうや」
 「大雪や」
 「そらよかった。絶好の徘徊日和やないか」
 「えーッ、こんな状態でか」
 「そうや。こういうときこそキミの本領発揮やないか。横浜の日本丸へ行って甲板の雪かきしてこい」
 「無茶苦茶いいよるな」
茶畑の雪② 
 それが終わると今度は川越の友から、
 「こっちは大雪ですよ。まさかこんなときに徘徊はしてないでしょうね」
 「まあ、こんな状態だからね。今日は蟄居ですよ」
 「それがいい。俳句でもひねってなさい。雪の日は雪の日の俳句がつくれますよ」
 「そんな、達人のようにはいかんよ」
雪かきした道 
 外では近所の人の雪かきの音。
 昨年はゴミ捨てに出たとき、雪かきの現場を通ったので手伝ったこともありましたが、やらなかったときもあって、

 雪かきの音が止むまで引き籠り

 という句を詠みました。
 
 それを句会で発表したら、句の良し悪しよりも「人間性」を疑われました。
 句会というのは(道徳の時間ではなくて)句の出来不出来を吟味するものだろうッ。
車もゆっくり 
 TVのニュースを観ると、首都圏では雪の影響で交通がマヒ。
 以前私が利用していた京王線も大幅な間引き運転で駅は大混雑。京王線って雪に強いのではなかったっけ。(もっともこれは国土交通省の指示によるものだそうです)
 そんなわけで今朝ゴミを捨てに行ったら、雪かきがされていて、歩くのは楽になったけど、一部凍結したところもあって滑りやすい。おっと、自転車、気をつけろよ。
裏の畑 
 おなじみの裏の畑と、茶畑を撮ってきました。
 取り残されたキャベツにも雪が。
 今の時期、キャベツは安くなっているので見向きもされないけど、雪を被ったキャベツは糖度が増して美味いぞおッ。
キャベツ畑 
 というわけで、徘徊も近所のみ。お茶を濁しました。
 取手の友の期待には沿えなかった。悪いね。
 「こんなこともあるのか」
 と思ったのが昨日(01/17)の全国都道府県対抗女子駅伝。

 女子駅伝は京都の市街地を走るので、いつも知ってる店などを確認しながら見ているのですが、今回は今イチ盛り上がらない。
 というのも、レースは序盤から京都が順調に首位を走り、かなり間をおいて兵庫、群馬が追いかけるという展開になりました。
1位の京都を追う兵庫、愛知、群馬 
 そして最後の中継所。
 最終区(9区)で注目されるのは愛知の鈴木選手。解説の金哲彦氏の話では、「スピードのある選手ですが、1分以上離されると逆転は無理でしょう」
愛知が兵庫を抜いて2位に 
 先頭の京都は京都の中学生が(8区)区間賞を獲り、2位以下の差をさらに拡げて、アンカーにタスキを渡しました。続いて約50秒遅れて兵庫、群馬。愛知に関しては1分37秒も遅れてのタスキ渡しです。
 このままでは京都優勝間違いなし。
ついに京都をとらえた 
 そのため9区の中間点あたりから差が詰まっても、私は、
 「後続のランナーは追いつこうと最初から飛ばしているのだろう。後半バテるに違いない。京都はそれを見越して前半はセーブしているのだろう」と思っていました。
愛知は京都を抜いて首位に 
 ところが注目の愛知・鈴木選手が物凄いスピードで群馬、そして兵庫を抜き2位に。首位との差がますます縮まりました。
トラックで力走する鈴木選手 
 金哲彦氏は、「あ、これは抜きますね」
 そのことば通り、鈴木選手はアッという間に京都を抜き、その後も加速し、どんどん差を拡げて競技場へ。
 鈴木選手は終始厳しい表情でしたが、ゴール近くになってようやく笑みが見られました。
 そしてゴールイン。記録は2時間16分2秒。愛知は初優勝です。
ようやく笑みが 
 2位は兵庫、3位は群馬。
 京都は昨年もアンカー勝負で大阪にひっくり返されて優勝を逃しただけに、「あの二の舞は踏むまいぞ」と思っていたはずですが、それだけに愛知に抜かれて気落ちしたのか、兵庫、群馬にも抜かれて4位。
ゴールイン 
 郷里のチームが負けて本来なら悔しいはずですが、今回はそんな悔しさは感じなかった。
 それだけ愛知のアンカー鈴木亜由子選手が凄かったということでしょうか。
監督との記者会見 鈴木亜由子選手
 横浜へはいつも横浜駅から歩いてくるので、臨港パークが最初の散策スポットになります。
 したがって目にするのはいつも朝の景色。

 「たまには夕暮れの景色を見たいものだ」
 とこの日はコースを逆にし、帰りに通ることにしました。

 国際橋から運河沿いを歩いてきて、まず目にしたのはシーバス。
 これは横浜ベイクオーターの船着き場から出ている遊覧船。
 いつも見慣れている船でも夕焼けをバックにみると優雅に見えます。
シーバス 
 次に見えるのはぷかりさん橋。
 これは浮き桟橋でシーバスの発着場。
 みなとみらい地区のシンボル的存在ですが、夕焼けをバックにすると一層味わいがあります。
ぷかり桟橋 
 釣りをする人。
 いつもここで釣りをする人を見かけます。
 なにが釣れるのか。サヨリ、メバル、ハゼ……など。
釣りをする人 
 一本の木。
 京都の女流画家が気に入っていた景色。
 夕焼けで見ると、いっそう風情のある景色になります。
一本の木 
 海岸線を一望。
 地図で見ると臨港パークの海岸線の湾曲はごくわずかなのに、実際にここに立つとかなりの湾曲して見えます。
 ここを速足で歩く人。ゆっくり歩いてこの景色を堪能しろッ。
 余計なお世話だって? スミマセン。
臨港パークを一望 
 錨のモニュメント。
 臨港パークのおなじみの景色。
 これも夕焼けがバックだと一幅の絵になります。
錨のモニュメント 
 横浜散策の最後は、大てい中華街で食事して元町中華街駅から帰ってくるので、ここまで歩くのは正直疲れます。
 しかしこんなに見事な景色が見られるとは。これはご褒美なのかな。
 我われは「まるごとにっぽん」を出て、新仲見世通りに出ました。
 「なんや、アーケードギャラリーて」
 天井に歌手の顔が写された横断幕が下がっています。
新仲見世通り 
 「昭和の歌手の写真やな。キミの好きな加山雄三の写真もあるやんか」
 「そういえばさっきのマルベル堂(ブロマイド店)にあったな」
 「おッ、伊東ゆかりや。撮っとこう」
 「なんや、好きやったんか。『ワシは専らアメリカンポップスや』いうてたくせに」
 「まあ、いろいろあるのや」

 しばらく歩いていると刀剣店がありました。
 「おッ、名刀正宗」
 「それよりも見てみい、こっちは和泉守兼定。土方歳三のや」
 「ここにあったんか」
 「いや、これはレプリカやろけど、こんなところで見られるとはな」
 ふたりとも「燃えよ剣」の愛好者だけに、土方歳三のことになるとつい熱くなります。
名刀(?)がズラリ 
 「珍しい、コサックの剣や青龍刀なんかもあるのやな」
 「こっちには十手なんかもある。岡っ引きはこれで刀相手に戦ってたんやろか。えらいもんやな」
 「もっとも捕り方となると、刺又(さすまた)のような長い武器もあるけどな」
 しばし武器の話で盛り上がりました。
外国の刀も 

 疲れたのでお茶を飲むことに。
 「なんやこれ、『昔ながらの喫茶店』、入ってみよう」
 と階段を上って二階へ。
 店内はけっこう混んでました。
 コーヒーは苦みが効いてました。ネルドリップ? 
 なるほど、これが「昔ながらの~」の味か。

 「それにしても去年の暮はビックリしたな。殺しても死なんようなヤツが」
 話題は昨年逝った友のこと。
 我われの年になると、どうしてもこんな話が多くなります。
喫茶店にて 
 「オレも、もうそろそろかなあ」
 「いや、キミはまだまだ生きるわ。憎まれっ子世にはばかる、いうてな」
 「なんや、オレはそんなに憎まれとんのか」
 「はははは。今ごろ知ったんか。せいぜい長生きしてくれ」
 他愛もない年配者の会話です。

 ちなみに「昔ながらの喫茶店」はキャッチフレーズで、正式な店名は「友路有」(トゥモロー)であるとあとで知りました。
イルミネーション① 
 外へ出ると日は暮れて、オレンジロードにはイルミネーションが。
 「ほんならワシ、これで帰るわ」
 と彼はつくばエキスプレスで。
イルミネーション② 
 「我われの年代になると、『そのうち』はない、か」
 大沢悠里氏のことばをかみしめて、地下鉄の駅に向かいました。
 正月は帆船日本丸にも入りました。

 日本丸は昭和5年(1930)に建造された、船員を養成する練習帆船。
 昭和59年(1984)に引退するまでの54年間に11,500名もの実習生を育て、地球を45.4周する距離(延べ183万km)を航海してきました。
 引退後は造船所跡に保存され、昭和60年(1985)年4月より一般公開されています。(パンフレットより)
甲板 
 この日本丸には一度小学生の息子と入ったことがありますが、当時の息子の学年を考えると、昭和60年の天皇誕生日。オープンして間もないときでした。
 おそらく話題になっていたのと、当時夕刊紙のコラムで首都圏の話題をレポートしていたので、その取材も兼ねていたのだろうと思われます。折しも総帆展帆の日でした。
船首甲板  
 ということで30年ぶり。
 頭のなかでは「氷川丸」とゴッチャになっています。
説明係の人 
 船首甲板では元船長(?)らしき人が見学客を相手に錨(アンカー)の説明。
 「アンカーで船を固定すると思うでしょ。さにあらず、実際はチェーン(鎖)なんです。長さがあるからチェーンのほうが重いんです。ではなぜアンカーが必要なのか。それはチェーンがユラユラしないようにするためです」
 そうだったのか。(勉強になります)
錨とチェーンを説明 
 この元船長は粋な人(?)らしく、外国女生とのデートの作法にも蘊蓄を述べておられました。

 実習生室にも入りました。
 ひと部屋8人で生活する狭い部屋。ベッドは長さ185cm、幅65cm。
実習生室 
 「そうだそうだ、私はここに寝てたんだ。懐かしいなあ」
 同じく見学していたおじさんがつぶやきました。
二段ベッド 
 「懐かしいって、ここに乗船しておられたんですか」
 「そうです。私も数10年前はこの実習生だったんです。いやあ、狭いところに寝てたんだなあ」
 そして丸窓を指さして、
 「この窓がね、密閉性が悪いものだから、船が揺れるたびに海水が入ってくるんですよ。こっちはそのたびに雑巾で拭いて大わらわ。あのときは大変でした」
 えーッ、窓から水が浸水してよく船が沈まなかったな。(無事だったからこそ、このおじさんは今こうして生きているのですが)
窓 
 このあと、おじさんに講義室や、通信室、看護長の部屋などを案内してもらって別れました。
講義室 
 偶然とはいえ、こんな人と同行するとは。
通信室 
 30年前とはまた違った面白さがありました。
船長公室 
 この帆船日本丸、おとなりの「横浜みなと博物館」と抱き合わせで、シルバー300円。さらにこの日は正月料金ということで200円。安かった。
 昨年12月17日、浅草(六区)にオープンした「まるごとにっぽん」
 47都道府県の「ふるさと」が一堂に会するとのことで、各地の名産やグルメが集められた施設です。
まるごとにっぽん 
 1階は食品。
 地域の食を集めたエリアで、約20店舗のブースが並んでいるというのですが、このとき我われ(私と取手の友)は昼食を摂ったばかりだったので、さしたる興味もなく素通り。

 あとで、みかんジュースが蛇口から出てくる(有料)愛媛県のブースや、魚のすり身をカツにした徳島県のフィッシュカツがあると知ったけど、ふたりとも「ふーん」
 ほとんど関心はなし。
2階くらしの道具街 
 2階は工芸品が多いとのことですが、私の印象ではやたら日本酒が多かった。
 「酒は昔浴びるほど飲んだけど、今は医者に止められてるねん」(取手)
 とのことで、ここも素通り。
2階ロビー 
 3階はイベントスペース。
 テラスに出られました。ちょっとした屋上庭園になっています。
 「おッ、スカイツリーが見えるやんか。写真撮っとこう」
 ということで、パチリ。
3階テラス 屋上庭園
 4階はレストラン街。
 ここもさしたる興味はなく、パス。
テラスからの眺め 
 結局サーッと見て、エスカレーターで降りて、館外に出ました。
 「なんのこっちゃ?」

 ということで、なんのレポートにもなってない。
 悪いね。
 我われは湯島天神にやってきました。
 「なんや物凄い人やな。初詣か」
 「いや、これは受験生の合格祈願や。センター試験も近いのやろ」
 「そうか、それでか」
お参りする人たち 
 例によっておびただしい数の絵馬。そして絵馬に記入する受験生。
 湯島天神といえば、学問の神様菅原道真公を祀った神社。そのためこの時期は受験生で混雑します。
合格祈願の絵馬 
 それも最近は親がついてくる。
 「あの子、可愛いな」と撮っても、拡大してみたら母親だったということも。
 これなら娘の「替え玉」だってできるぞ。(ダメだよ!)
絵馬に書く受験生 
 「たしかワシの孫も受験や。拝んどくかな」
 「いくらジイさんが拝んでも、当人の勉強次第や。やめとけ」
 「それもそうやな」

 我が尊敬する大沢悠里さん(ラジオパーソナリティー)にいわせると、お参りするのは「勉強しますから」と神に約束することで、単に「お願い」だけではダメ。まして当人以外の人間がお願いしてもなんの意味もないとのこと。やっぱりなあ。
天神さまといえば牛 
 参拝客が多いと、屋台はどこも大盛況。とくに串焼き屋は大忙し。
 「美味そうやな」
 「また食い意地を張る。あかんえ」
 「そうや。さらに腹が出るぞ」
串焼き店は大忙し 
 そうはいっても寒いので甘酒を飲む友も。
 さらに甘酒ではなく、日本酒の熱燗を飲む強者も(♀?)
 「やっぱり、暖まるわ」
酒売り場も大繁盛 
 湯島といえば湯島の白梅(♪湯島通れば 思い出す お蔦主税の心意気……)
 今年は年明けから暖かいので、ひょっとしたら梅が咲いているのでは? と思ったのですが、まだまだ。やっぱりなあ。
残念ながら梅はまだ… 
 この歌は有名だけど、この歌の元になった泉鏡花の小説「婦系図」はどうもよくわからない。
 この物語は人間関係が入り組んでいますが、有名なのが作家志望の青年(早瀬主税)が師匠から「女(お蔦)と手を切れ。でなければ破門する」といわれて悩み、お蔦から「別れろ切れろは芸者のことば……」というくだり。
 今とは時代感覚が違う、といってしまえばそれまでですが。
 不忍池に出ました。
 池のほとりから聞こえてくる南米の民族音楽。
 ヘブンアーティスト(公認の大道芸人)が演奏していました。
 「上手ね」
同窓生 不忍池の葦
 見るとこの人、サンポーニャ(笛)とチャランゴ(弦楽器)を同時に演奏。かなりの熟達者と見ました。「コンドルは飛んでいく」を弾いてくれたら、祝儀をはずんだ(?)のに。
ヘブンアーティスト  
 「おや?」
 蓮池のデッキの欄干におびただしい鳥。
 「あれはカモメか」
 「そうや。しかし、ここのカモメは人慣れししるなあ。我われが近づいても、どきよらへん」
 「気が強いというのか、図々しいのや」
 「誰に似とんね」
ユリカモメ(向こうは下町風俗資料館) 
 「これはユリカモメと違うか」
 「ユリカモメいうたら新橋から出てる交通機関やろ」
 「キミはそれしか知らんのか。これは別名ミヤコドリともいって、在原業平の歌にも出てくる」
 「名にしおはば いざ言問はむ みやこ鳥 我が思ふ人は ありやなしやと、という歌ね」
ユリカモメ 
 「おう、よう知っとるな。学あるやんけ」
 「キミはなさすぎや。そんなことでは番台も勤まらんぞ」
 「ホンマかいな」
ガルウィング? 
 池のなかにはカモもたくさんいましたが、ここの主役はカモメでした。
池にはカモが 
 このあと、弁天島に行ったのですが、初詣客でいっぱい。三が日はとっくに過ぎて(10日)いるというのに。
弁天堂は長蛇の列 
 不忍池のこの時期は、カモメ相手に遊んだほうがいいらしい。
 ヘブンアーティストも「コンドルが飛んでいく」ではなく、「かもめが翔んだ日」を弾けばよかったのかな。
 昨日(01/10)は京都時代の同窓生と上野で食事会。
 そのあと不忍池を徘徊し、「下町風俗資料館」に入りました。
下町風俗資料館・2階展示場① 
 ここは江戸時代から昭和中期の東京下町の様子が展示されています。(開館は昭和55年=1980)
ポンプ井戸
 1階部分は、大正時代の下町の路地裏が再現。
 「おう、ポンプ井戸や。懐かしいなあ」
 「懐かしいて、あんた。私らのときはもう水道やったがな」
 「はははは。こいつのところは山の中腹やったから、水道がなかったんや」
 「いや、水道はあったけど、井戸もあったんや。夏冷たく、冬温かい、ええ水やった。水に関してはワシらのほうがぜいたくやった」
路地裏 
 路地裏に入ると駄菓子屋の店先。
 洗濯物も干してあります。
 「これは赤ん坊のおしめか」
 「そうや」
 「これからはワシらがこれの世話になるんやろか」
 「そういう場合もあるやろな」
下町風俗資料館・2階展示場② 喫茶店 昔の居間   
 2階はベーゴマ、けん玉など遊具が展示。
 昭和10~30年代の民家を再現したスペースや、大正・昭和初期の喫茶店(ここのカフェは風俗営業ではない)、浅草の十二階(凌雲閣)の模型も。
浅草十二階(凌雲閣)  
 そして銭湯の番台。
 「これやがな。ワシがいちばんなりたかった職業や」
 「ほんなら、そこへ上がったらええやんか」
 「こんなところ、今上がったって、しゃあない。女のハダカが見られるわけないし」
銭湯の番台 
 「やっぱり、それにこだわるか。しゃあないから、知り合いの銭湯のオヤジに頼んだろか」
 「おッ、頼んでくれるんか」
 「頼んでもええけど、やっぱり断られるやろな。目的が浅ましいから」
 「なんや、あかんのか」
 「そら、キミのようなスケベでは番台は勤まらへんで」
 そんな会話が交わされました。
展示物を見る同窓生 
 あんまり期待しなかったけど、年配者数人で入るとけっこう盛り上がります。
 元町と山手通りの中腹に「元町百段公園」という公園があります。
 円形の小さな広場で、古代ギリシア建築のような柱が立てられており、展望テラスからは横浜市街が一望できます。
元町百段公園① 
 説明板によると、
 「ここは開港時から大正期にかけて浅間山の見晴台と呼ばれ、眺望のよいところで、この写真(↓)は前田橋から『元町の百段』を撮影したもの。石段は百一段あったそうだが、人々は「百段」と呼んで親しんでいました」
昔の百段の風景 
 そして、
 「この場所には元町の鎮守厳島神社の末社『浅間神社』が祭られ、小さな茶屋があり、外人の観光客もよくここを訪れています」

 やっぱりそうだったのか!

 以前「元町厳島神社」を取り上げた(参照)とき、
 「洲干辨天が山手の丘にあり、大佛次郎の文明開化モノの作品に出てくる。それによると、境内からは横浜の市街地が見渡せるので、参拝客も多く、若い女性が給仕をする茶店もあって、当時の横浜ではちょっとした名所であった。ただしフィクションなので、実際にあったかどうかはわからない」
 と述べました。
 フィクションではなく、実際にあったのだ。
元町百段公園② 
 説明書きにはこう結ばれています。
 「しかしその『百段』は関東大震災で崩れてしまいました。その歴史をとどめるために造られたのが同公園です。横浜市緑政局・中区役所」

 この公園がそうだというわけではないけど、たしかに実在したのだ。
石段(下り) 
 私は満足して石段を下りました。この石段は「百段」ではないのですが。
石段(下から上を見る) 
 桜木町から汽車道を歩いて行くと、前方に立ち塞がるのが「ナビオス横浜」の長方形の建物。
 しかしレールの通るところは吹き抜けになっていて、その向こうに赤レンガパークが見えます。
 「ナビオス横浜」は日本船員厚生協会が運営するホテルです。
汽車道とナビオス横浜 
 この吹き抜けは単にレールを通すだけではなく、額縁の意味があるそうです。
 額縁?
 なるほど、この吹き抜けを通して見る赤レンガパークが一幅の絵というわけか。
向こうは赤レンガパーク 
 ということは逆も?
 逆から見るとランドマークタワー。なるほど、上手いこと考えましたな。
反対側はランドマークタワー 
 赤レンガ側に出ると、大きな錨がモニュメントとして置かれています。
 さすが船員関係者の運営するホテル。とはいえ一般人でも泊まれます。
錨のモニュメント 
 こちら側は万国橋の通りです。
 万国橋は明治後半、清港埠頭の築造に伴い、陸地を結ぶ連絡橋として大正3年(1914)に造られました。
 現在の橋は昭和15年(1940)に建て替えられたものです。
ナビオス横浜から見る万国橋 
 橋から見るみなとみらいの景色。
 左はランドマークタワー、右はコスモクロック(観覧車)です。
万国橋から見るみなとみらい地区 
 余談ですが、赤レンガパークがまだ「倉庫」であったころ、ここへ入るには「入場許可申請」が必要で、橋のたもとに「関所」が設けられていました。
 30年ほど前、許可願いを記入して小学生の息子と入ったことがあります。
万国橋 
 そのころはすでに倉庫としての役割を終え、周囲にペンペン草の生える廃墟と化していましたが、それでも往時を偲ばせる風情がありました。映画のロケなどに使われていたようです。

 その「関所」だった万国橋が自由に渡れる。ちょっと拍子抜けした気分ではありますが。
 この時期(~02/21)赤レンガ倉庫のスケートリンクは若者でいっぱい。
 入場料が安い(大人・500円)ので、いつもオープン前は長蛇の列ができるほど。
スケートリンク① 
 滑っているのは大半が若者ですが、なかには年配のオッチャンがいて、これがけっこう上手い。
 「どうだ!」
 といわんばかりにグイッとエッジを利かせて若者の間をすり抜けてくる。 
 上手いのはわかったから、いい加減引っ込めよ。
スケートリンク②  
 曜日や時間帯にもよるのでしょうが、赤坂TBS前(東京)と比べて、こちらは女子が多いように感じました。しかも小学生。

 以前見たときは大胆な滑り方をして、あちこちですッ転んでいたけど、今回はおとなしい。
 これは場の雰囲気などで変わるのでしょうか、なんだか物足りない。
 スケートリンク③
 以前、女性が滑っているのを見て、

 スケートやひそかに願う転ぶギャル

 という句を詠んで句会に提出したところ、

 「悪趣味です。俳句は人の不幸を願うようなことは詠まないもの。これは俳句というより川柳の感覚だな」
 と宗匠にたしなめられました。
 「人の不幸を願う」なんてそこまでいわなくてもいいじゃないか、と思ったけど、今にして思えばあまりに露骨で稚拙な句です。
おっとっと 
 もう少し違う切り口で詠めば「その気持ち分からんでもない」と理解してもらえたはず。
 (かといって修正句はいまだに思い浮かばず)
そろりそろり 
 要は説得力。まだ修業が足りないなあ。

 蔵造りの通りにも足を延ばしました。
 喜多院の混雑ぶりに比べるとそれほどでもなく、平日並み。

菓子屋横丁① 

 ついでに菓子屋横丁に寄りました。ここも平日並みの人出。
 前回は昨年6月下旬に行ったので、ほとんど半年ぶりです。

菓子屋横丁② 

 お菓子ばかりではあまり興味はないのですが、今回興味を引いたは長崎県平戸産の焼きアゴ。「アゴとは飛び魚のことで、平戸の名産だよ」
 とは店主の塩から声。値段も安い。
 同じ立ち食いでも中華街とはえらい違いだ。(食べなかったけど)

平戸名物焼きアゴ 

 菓子屋横丁といえば、気になるのは火事現場。
 半年前は火事の直後で、県道(高澤通り)へ抜けるところはフェンスで閉ざされていました。

焼け跡の空き地 

 県道側から見ると、鉄骨が残っているだけで、焼け焦げた木材が積まれ、ほとんど壊滅状態でした。(参照

県道側から見る 

 今回は通り抜けられましたが、県道側の焼けたところは空き地になって、露店が菓子を販売。
 うーん、こんなになったか。

露店 

 「ここは去年火事になったところだよ」
 「ええッ、ここがそうなの?」
 「半年経ってまだこんな具合では、新しく建つのはまだ先だろうな」
 そんな会話が家族間で交わされていました。

焼け跡見学? 

 やっぱり難しいか。
 片方の空き地では地鎮祭のあとらしく、四角で囲って青竹が建てられていましたが、もう一方の空き地はそんな気配もなし。

地鎮祭のあと 

 復旧はまだまだ先になりそうです。

 川越大師(喜多院)の北に隣接したところに成田山川越別院(本行院)があります。
 真言宗智山派の寺院で、通称は川越不動。本尊は不動明王。
山門 
 成田山の別院だというのに、初詣客はかなりしょぼい。
 本家の成田山(千葉)は明治神宮に次いで初詣客の多いところなのに。
参拝風景 
 それよりも興味を引いたのが「四国88ヶ所お砂踏み」
 これは四国88ヶ所の寺(ご本尊)を刻んだ石柱の足元に砂が埋め込まれてあり、ここを踏みながらお参りすると四国遍路をしたのと同じご利益が得られるというもの。
四国88ヶ所霊場お砂踏み① 
 そんな虫のいいお遍路などあるものか。
 といったって、これでお遍路した気になれば、それでいいんじゃないの。
 
 現に熱心にお参りしている方がおられました。
 それも石柱に手をついたり、前で手を合わせ熱心にお祈りしたり、お参りの仕方は人それぞれ。
四国88ヶ所霊場お砂踏み② 
 よく見ると裏にもご本尊が。ということはこの柱は44本あるのか。
 それに砂はガラスプレートのなかに入っています。ありがたや。
裏側も……
 なにを信じるかは人の勝手。イワシの頭も信心から、といいますから。

 本堂の右側は通称「亀の池」
 不動明王の石像があり、亀がいっぱいいます。

 そのとき、
 ゴトッ、ゴトッ、ジャラジャラ~。
 と異様な物音。
亀の池では坊さんが… 
 見ると、作務衣姿の若い僧侶が賽銭箱から青い箱に硬貨(?)を移してました。
 この日は4日だったから三が日のお布施を集めたのかもしれないけど、こんなこと閉めてからやれよなあ。

 せっかく「イワシの頭も~」と肩を持ってやったのに、これじゃ興醒めだよ。
 昨日(01/04)は川越大師へ行ってきました。 
 「3日から『だるま納め』が始まるから、混むと思って2日に行ったけど、いやあ混んでた」
 と川越の友人がいうので、行ってみたくなりました。
 だるま納め?

 着いたのは午後3時過ぎ。
 境内は大勢の人、人、人。三が日は過ぎたというのに。
長蛇の列① 
 川越大師、別名喜多院。 正式名は星野山(せいやさん)無量寿寺。
 天台宗のお寺で、慈恵大師(元三大師)が祀られています。
 建物の大半は重要文化財に指定されています。客殿には春日局の化粧の間や、徳川家光誕生の間などがあり、また境内には五百羅漢などもあり、川越では一大観光スポットです。
長蛇の列② 
 というわけで、参拝所は長蛇の列。横10人が100列として、ざっと1000人? 
 それも次から次に人が並ぶので、列が減らない。おどろきました。
参拝の光景 
 実はここ、3年前の元日にきたことがあるけど、早い時間帯でもけっこう混んでいて、参拝には並びました。それでもこれほどではなかった・
おみくじを受け取る人たち 
 私はすでに瀬戸神社で初詣は済んでいるので、わざわざ並ぶことはせず、境内から拝殿に向かって手を合わせただけ。(どこだってこれでじゅうぶんなのですが)
 あとは参拝者の様子をパチリ。
屋台  
 ところで、友人のいっていた「だるま納め」とは。
 ありました。喜多院の脇にだるま納め所。
 どうやら用済みのだるまの捨て所らしい。(念願叶ってけっこうなことではありますが)
だるま納め所  
 なかを見るとおびただしい数のだるまがびっしり。
 それも大きいだるまの隙間に小さいだるまが埋め込まれていて、まるでお城の石垣(?)のよう。
 しかも赤だけではなく、ピンクや緑、白、金色……など、色とりどり。
納められただるま① 納められただるま②
 金色のだるまが本物だったら、こんなところに捨てられてはいないけど。
お札も納められていました  
 正月の2日、3日は恒例の「箱根駅伝」を観ました。
 毎年これを観ないと正月を迎えた気がしない。(従って出かけるのは元日)

 往路(01/02)往路は最初から青山学院がトップに躍り出て、終始リード。
 それより私が注目したのは初出場の東京国際大学。
 ここは川越の友の家の近くにあるので、彼が応援している大学。
 「強豪ぞろいだから後半は繰り上げスタートになると思うよ」
東京国際大学 
 私も初雁橋へ行ったとき、ここに寄って学食で定食を食べただけに、多少の愛着はあります。
 東京国際大学は決して遅くはない。往路では12位。
 よく健闘したけど、青学のペースがあまりに早いため、10分以上の差をつけられ、翌日は繰り上げスタートに。
6区・青山学院は終始トップ 6区・山下り
 復路(01/03)はやはり青学が独走。6区(山下り)、7区も快調に飛ばしました。
 おおーッと、7区で上武大の田中(1年)の走りがおかしい。前後左右にふらつき、今にも倒れそう。おっとっと、危ないぞ。
7区・上武大フラフラ 
 それでもようやく平塚中継所に着いたものの、先頭から20分経過したため、次(8区)の走者は繰り上げスタートしたあと。
平塚中継所に着いたものの 
 この繰り上げスタートは戸塚中継所(8区→9区)では5校が、鶴見中継所では8校が繰り上げスタートになりました。
戸塚中継所でも繰り上げスタート 
 とくに鶴見中継所では神奈川大の9区走者がすぐ近くまできているのに、目前で繰り上げスタートされるという場面が見られました。
 鶴見中継所では前のランナーがきているのに 中継所まできたものの
 ちょっぴり可哀そうだけど、見る側からすればこれも面白い(?)。
 (人の不幸を面白がるとは何たる不心得者。バチが当たるぞ)

 この繰り上げタスキ、白と黄色の縞模様でなんとも味気ない。
 これを肩にかけて次の走者に渡すのでは、モチベーションが上がるのかどうか。
 とはいえ、こういう悔しさを味わった選手は必ず強くなります。
優勝は青山学院 
 優勝は昨年に引き続いて青山学院。1区から10区まで首位を守り抜いた完全優勝です。
 総合タイムは10時間53分25秒。2位東洋大、3位駒大。
最後のランナー上武大 
 注目していた東京国際大学は17位。
 来年のシード権は取れなかったけど、予選を勝ち抜く力はあると見ました。
 来年の活躍が楽しみです。
2016.01.03 中華街の新春
 中華街へやってきました。
 大勢の人、人、人……。
 去年とはえらい違いだ。(去年の元日は雪が舞って寒かったから)
新年の中華街 
 去年は気がつかなかったけど、「占いの店」が意外に多い。
 日本の占いより中国の占いのほうが当たるのでしょうか。
占いの店 
 人だかりのあるところを見てみると、やはり立ち食いの店。
 大半は肉まんだけど、ちまきや小龍包も。
人だかり  
 それも若い女性だけではなく、家族連れや、いい年したオッちゃんまで。
 立ち食いに関しては一度小龍包を食べたことがあり、なんとなく恥ずかしかったけど、堂々と(?)立ち食いしているオッちゃんを見ていると、「別に恥ずかしいことでもないのかな」と思ったりして……。
山下町公園 
 こちらもなにか食べようと思ったのですが……。
 店の表に出ている看板を見ると、軒並み高いコース(¥1800~)ばかり。
 昨年の正月は¥1000以下の定食もけっこうあったぞ。(実際食べたし)
 これは人出を見越して正月用「豪華コース」に切り替えているのだと思われます。
立ち食いする人々 
 こちらとしてあまり豪勢なものを食べるのは本意ではないので、香港路にある安い店で遅い昼食を済ませました。
 それでもチャーハンの量は多かった。年寄りにこんな量は要らない・
海老チリ定食 
 「食後はコーヒーを」
 と思って、SやD(安い店)を見たのですが、どこも満員。
 あきらめて山下公園に向かいました。
 昨日午後からは横浜ランドマークタワー(70階建て、高さ296.33m)に上がりました。
 関西では「ア○と煙は高いところに上りたがる」といいますが、ア○でけっこう、こちとら横浜の市街地を俯瞰したいのだ。
真下から見るランドマークタワー 
 高さでいえば東京スカイツリー(634m)に負けますが、あれは塔。ビルとしては一昨年あべのハルカス(300.0m)に抜かれるまで21年間日本一を誇っていたのです。

 今回行ったのは23年ぶり。(最初に行ったのはオープン直後です)

 展望台でまず見えるのはみなとみらい。
 手前にヨコハマグランドインターコンチネンタルホテルが見え、左はは臨港パーク。さらに右手の奥にはベイブリッジ。右手前はコスモクロック(観覧車)とワールドポーターズ。
みなとみらい 
 「左に富士山が見えます」
 とのアナウンスで北西向きの窓へ。窓の左に見えるけど、単に富士を見るなら、そのとなりの南西向きの窓からのほうがよく見えます。
 そしてここがいちばん混雑。やっぱりなあ。(レストランもあるし)
景色を見る人々 
 「おおッ、富士山だ」
 「ありがたや。今年は春から縁起がええわい」
 「この時期は排気ガスなども少ないから、空気が澄んでよく見えるんだよ」
 とおしゃべりする年寄りがいるかと思えば、
富士山 
 「この景色を見ておかないと一生悔いが残るよね」
 と父親にいう小学生の男の子。(
 この子はどんな一生を送るつもりなんだ。こちとら後悔することばかりだよ。
左は大桟橋、山下公園 
 南は山下公園や、根岸湾まで。
向こうは根岸湾 
 なかなか面白い空中徘徊(?)でした。

 蛇足ですが、このビルの3階「風の灯台」のところにあるエスカレーターはカーブしています。
 カーブするエスカレーターは他にもあるのかもしれませんが、私が見たのはここだけ。
風の灯台 カーブしたエスカレーター
 新年早々富士山も見られたし、カーブするエスカレーターも。
 こいつは春から縁起がええわい。