背の高い男性に、私は「図書館で廃棄処分することはあるのですか」と聞きました。
 「あります。古いものとか、あまり利用されないものとか。スペースに限りがあるもので」
 「それならニューエスト(B5判・昭文社)が全県残っているのはどういうわけ? こっちのほうが(発行日が)古いよ」
 「そうなんですか」
 「こっちは両方利用してるから、よくわかるんだよ。取捨選択を間違えたんじゃない?」
 ちなみにニューエストは〇〇区、△△区で分けているので、町名を調べるのには便利だけど、区に関係なく散策する者にとっては使いにくい。

 彼は困ったような顔をして、「今、館長が奥にいますので、ちょっと話してみませんか?」
 「いいですよ」と私は答えました。

 ほどなくして年配の女性がやってきました。「話はうかがいました」
 この人が館長らしい。
 「私どものほうでもいろいろ事情がありまして、古いものは処分することになっております」

 「それはわかります。スペースも手狭になってるしね。しかし新しいほうを捨てたというのが納得がいかない」
 「そうかもしれませんけど、あっち(マップル)のほうは汚れが目立っていたもので」
 それは私も感じてました。しかしそれだと、この館長は地図帳の機能よりも「見てくれ」を重視したことになります。
 「汚れが目立つということは、それだけ利用頻度が高かったからでしょう。みんなマップルのほうが使いやすいのです」
 これに対する館長の答えは、「すみません。必ず新しく購入しますので」というものでした。

 「いやいや、地図なんかよりも、もっと子どもにとって有益な本を購入してください」
 「いいえ、予算の関係で今すぐは無理ですが、今年中には必ず購入します」
 そこまで要求してなかったのに、こんなことになろうとは……。

 こちらとしては、あったものが「なかった」といわれ、ムッとして引っ込みがつかなくなっただけ。
 さらにいうと、「汚れが目立つ」との理由で、頻繁に利用されていたほうを処分したのは、取捨選択の間違いではないか。それを認めてほしかっただけです。
 こんなもの、となりの市の図書館で借りてコピーすればすむこと。変なオッチャンのざれごとで、予算をつかうことはないのに。

 「いろいろご意見をいっていただいてありがとうございます。これからもおっしゃってください」
 館長にいわれ、またまた恐縮しました。

 これからはなるべくいわないようにします。(お返しがこわい……?)
スポンサーサイト
 今、あちこちの図書館で「アンネの日記」が切り裂かれる事件が勃発してますが、それとはまったく関係のない話。
 私は図書館をよく利用します。
 大佛次郎はじめ、司馬遼太郎、藤沢周平、山本周五郎、隆慶一郎……などの時代小説はほとんど図書館のお世話になりました。

 他には地図帳をよく利用します。
 横浜の市街地を見るには昭文社の「県別マップル道路地図・神奈川県」がサイズも大きく(A4判)、広い地域が分割され、さらに主要なところが拡大されているので、非常に利用しやすい。
 私は区域ごとにコピーを取り、行きたいところやコースを蛍光マーカーで書き入れます。
 これは横浜に限らず、横須賀、鎌倉、都区内、さらに京都、大阪もこのやり方です。
マップル神奈川①
 4月に京都へ行く予定があるので、先日このシリーズの京都を借りようとしました。
 むろん以前も借りてコピーしたのですが、今回は別のところをコピーしようとしました。
 ところが……。
マップル神奈川②
 いつもの地図の棚に京都がない。京都だけではなく、大阪もない。
 ひょっとして貸し出し中?
 しかしよく見ると、関西だけではなく、九州、東北、北海道の各県もありません。
 あるのは神奈川、東京、埼玉、千葉、栃木、茨城、群馬の関東各県と、長野、静岡の2県。

 「関東以外のすべてが貸し出し中とはあり得ない。おそらく棚のスペースの関係で、閉架書庫に移したのだろう」
 そう思って係の人に聞きました。「関東以外は閉架書庫にあるのですか?」
 「少々お待ちください」
 若い女性です。PCの検索にかけてくれたのですが、「ありません」
 「ありませんって、そんなバカな。前はありましたよ」
 思わず気色ばんでしまいました。

 そこで女性がデータ画面をこちらに向けて、説明してくれました。
 それによると、黒字で出ている書籍名は在庫、赤字で出ているのは処分したもの。
 ところが「県別マップル道路地図」の関東以外の県に関してはまったくデータがない、つまり最初からなかったことになります。

 あったものが「なかった」といわれれば、こちらも黙っていられません。
 「これね、ここで何度も借りてるし、コピーも取ったんだよ」
 あまりに私がいうものだから、面倒くさい客(クレーマー?)と思われたらしい。
 「どうされましたか」
 背の高い男性がやってきました。どうやら上司のようです。
 バレンタインの大雪にはわが地域もかなり堪えました。
 一部秩父や山梨では未だに孤立しているようですが、こちらは降雪後2~3日で日常生活を取りもどしました。

 私の地域では、向かいの家の方が毎日雪かきしている音がするので、「そんなに雪かきする必要あるのか」と思っていたのですが、よく見ると、なかなか融けない日陰の雪を日向に移して融かしていたのです。これには頭が下がりました。
 そのおかげで雪はほとんどありません。

 昨日(02/25)はけっこう暖かく、少しは春めいてきました。
 そこで少し足を伸ばして、富士見市の市役所方面へ。
富士見市役所
 この市役所の裏手、文化の森に「市民総合体育館」があります。
 これぞ、大雪の翌日(02/15)積雪によって屋根が崩落した体育館です。
富士見市の体育館のニュース
 NHKニュースでも報じられましたが、15 日午前 8 時ごろ縦34m、横 59 mの金属製の屋根が床に崩落しているのを、清掃の作業員が見つけました。
 当日は9時からオープンの予定でしたが、急遽とりやめ。以後シャットアウトの処置がとられました。
総合体育館①
 したがってこちらは外から建物の写真を撮るだけ。
 上から見れば屋根の崩落が見られるのですが、下からでは見えない。ただし破損した屋根の残骸が玄関付近に散らばっているのが金網越しに見えました。
総合体育館② 総合体育館③
 この体育館は 20 年ほど前にオープンし、なかなかシャレた建物です。
 この日の推定積雪は約30㎝。これまでにない積雪ですが、なぜ崩落したのか、その原因を調べているとのこと。
総合体育館④
 「できた当初は、お洒落でリッパな体育館だと思ったけど、こうもあっさり崩れるのかね」
 「聞いてみたら、他の地域の体育館は無事だっていうじゃない。手抜き工事なんじゃないの」
 「ここさあ、富士見市の緊急避難所に指定されているんだよね。こわいよ」
 というのが近辺で聞いてみた市民の声(?)です。
屋根の残骸
 富士見市のガイドマップを見ると、たしかに避難所に指定されています。
 この日もヘルメットを被ったおじさんたちが建物を見ながら、なにごとか相談していたぞ。
 修理の方法などを相談していたのかな。
調査団(?)
 市としては現在調査中なのでなんともいえないけど、修理して再開されるまでにはかなりの期間がかかりそうです。
 若宮大路東側。病院の脇道を東に入り、住宅地をどんどん入ると小川(滑川)にぶつかります。
 ここに架かる橋が東勝寺橋(築1924年、かまくら景観百選)。
 それを渡ると山道になり、その左側に金網が張られた空き地。これが旧東勝寺跡。
東勝寺橋
 この説明書きによると、
 「東勝寺は、13世紀前半に鎌倉幕府第三代執権の北条泰時により創建。北条一族の菩提寺であると同時に、防御のための城郭的な機能も持っていた。
 しかし元弘3年(1333)、新田義貞の鎌倉攻めにより、北条高時は東勝寺で一族郎党ともに自害し(東勝寺合戦)、鎌倉幕府は滅亡した」
東勝寺跡

 昭和50年(1975)~平成9年(1997)の発掘調査では、幕府滅亡時に焼失したと考えられる建物の跡が発見されたそうです。
 この旧東勝寺跡は平成10年、「東勝寺跡」として国の史跡に指定され、立入り禁止です。
                          *
 さらに山道に行くと、その上り口にある洞窟。これが「腹切りやぐら」です。
 今は卒塔婆が立てられ、丁重に供養されています。
腹切りやぐら① 腹切りやぐら②
 「いいか、鎌倉幕府が滅びた年は、1333=一味さんざん北条氏、と覚えるんだぞ」
 と日本史の授業で教わりました。
 「その現場が、ここか……」
 そう思うと感無量です。
洞窟内
 鎌倉武士の怨霊が籠もっているといわれ、今では首都圏の心霊スポットになっています。
 ちょっと気味の悪い場所ではありますが、厳粛な気持ちになります。
 昨日(02/23)は「2014東京マラソン」を観ました。
 時間帯が早い。いつもマラソンは12時から始まるのに、これは午前9時から。
 この時間帯はいつも「サンデーモーニング」(TBS)→「将棋トーナメント」(NHK・Eテレ)を観るのですが、やむなくマラソンに切り替えました。

 しかしなにか落ち着かない。
 男子も女子も一緒にやるわけですが、画面が男子⇔女子と切り替わる。
 それに埼玉の星、川内優輝君が出てない。これも面白くない。
 知ってる顔といえば藤原新ぐらい。
 それも最初の10kmぐらいは先頭グループにいて、沿道の声援に応えるなど余裕をかましていたけど、15kmぐらいでガクッと失速し、置いていかれました。その後は足が悪くなったのか、ジョギング走り。
先頭集団 遅れる藤原

 コースもよくわからない。
 以前は国立競技場から皇居の南側を通って日比谷通りから第一京浜に入り、品川駅→八つ山橋を通って南下、平和島で折り返し、元にもどるコースでしたが、2007年からは都庁をスタートし、皇居前→日比谷→品川→銀座→日本橋→浅草雷門→築地→豊洲→東京ビッグサイト(ゴール)と、X字状に折り返します。
 観光地を通るのでサービスのつもりかもしれないけど、ややこしいぞ。
 あくまでもマラソン中継で、ガイド番組じゃないんだから。
雷門にて

 先頭はディクソン・チュンバ(ケニア)とタデセ・トラ(エチオピア)の競り合い。というか、先頭から10位ぐらいは外国勢、その後やっと日本選手がきたけど、いくらなんでもこれは面白くない。せめて3位ぐらいについてくれないと。
トップ争い 日本人選手

 優勝はチュンバ(ケニア)。2時間5分42秒。
 日本勢トップは松村康平が8位で入りました。2時間8分9秒。
チュンバ優勝 松村康平8位

 女子の優勝はティルフィ・ツェガエ(エチオピア)。2時間22分23秒。
 日本勢トップは伊藤舞(大塚製薬)が7位でした。2時間28分36秒。
女子はツェガエ優勝 伊藤舞が7位

 男子のタイムはよかったのですが、盛り上がりに欠けました。
 日本人のスター選手がいないから。
 やはり川内君が出ないと寂しいぞ。
 こんなことなら、来年は観るの、やめようかな。
 JR鶴見線、鶴見からひとつ目が国道駅。
 この駅ができたのは昭和5年(1930)、駅の前を京浜国道(当時の国道一号線。今は第一京浜)が通っていたので、国道という駅名にしました。
駅のホーム
  鶴見線そのものがレトロですが、この駅は筋金入りのレトロ。
 ホームから階段を下りると、その雰囲気はすぐ伝わってきます。
ホームから改札口へ
 「おや? 駅員がいる」
 30年ほど前にもきたことがあるけど、そのころは無人駅だったぞ。
 無人駅のメリットは途中下車ができること。(鶴見⇔海芝浦間の料金は払ってます!)
 しかし今回きてみると、駅員がいました。「途中下車はならじ」ということでしょうか。
 しかも自動改札です。
 まさか自動改札機の乗り越え防止のために駅員がいるわけではないだろうに。
 (ちなみに当駅の一日の乗降者数は約1500人)
駅舎① 駅舎②

 この駅にはトイレもあります。
 古ぼけてはいますが、清掃は行き届いているようで消毒液の匂いがします。
 それも駅員さんの仕事なのでしょうか。
古い看板
 この駅は構内にいろんな店がテナントとして入っていました。
 昭和5年当時としては画期的なこと。駅ビルの草分けともいわれています。
第一京浜と国道駅① 第一京浜と国道駅②
 それが当時のまま改装もされずにきたわけですが、小さい駅の哀しさ、テナントはどんどん撤退しました。
 以前きたときは、構内にクリーニング店、帽子屋、食料品店、理髪店、居酒屋などが入っていたのですが、今は居酒屋が一軒。それもまだ昼間だったので、閉まってました。

 これもやはり「時の移ろい」でしょうか。
 いやあ、よかった。浅田真央選手、会心の演技。
 実は私、ソチ五輪は睡眠時間帯なので、SP(ショートプログラム)、フリーともにリアルタイムでは見てません。いずれもニュースの再放送です。
浅田選手フリー①

 初日のSP。最初のトリプルアクセルで転倒。起き上がったものの、その後のジャンプも回転不足で、動きも表情もどんよりした感じで、得点も伸びず16位。
 「絶不調。もう、あかん」と思いました。
浅田選手フリー②
 ところが翌日のフリーはまるで別人。
 8回のジャンプがすべて決まり、動きにもメリハリがあり、表情にも力が感じられました。
 ひと晩でこうも違うものか。

 「昨日の演技はとても残念で、すごく悔しくて、取り返しのつかないことをしてしまいましたが、フリーでは自分が目指している演技ができて、結果としては良くはなかったけど、私なりの恩返しができたと思います」と彼女は答えました。
浅田選手フリー③
 この切り替えは、あくまでも私の推測ですが、SPが終りメダルが絶望的になったとき、メダルへの呪縛が解かれ、「こうなったら自分の課題だけを目指そう」と開き直ったのではないか。それが功を奏し、のびのびと身体が動いた。
 それまではメダル(とりわけ金)へのプレッシャーが強すぎました。
 いわゆる「オリンピックの魔物」です。

 元陸上選手でスポーツ評論家の為末大さんは、「周りから『メダル、メダル』と期待され、なんとかそれに応えようとするあまり、身体が思うように動かなくなる」といいます。これがオリンピックの魔物の正体。
浅田選手フリー④

 オリンピックでいつも思うのは、メダルを期待されて獲った選手は少ない、ということです。
 今回では男子フィギュアの羽生結弦選手(金)、男子スノボー・ハーフパイプの平野歩夢選手(銀)、男子スキー・ジャンプの葛西紀明選手(銀)がそれに相当しますが、悪いけど他のメダリストはそれほど期待されてなかった。

 ノルディック複合ノーマルヒルで銀を獲って一躍脚光を浴びた渡部暁斗選手ですが、「次のラージヒルでは金を獲って君が代を聞かせます」といったのが呪縛になり(?)、5位に終わりました。
 周囲からメダルを期待されると獲れなくなる典型例です。
演技を終えて

 日本のマスコミは「メダル、メダル」といい過ぎる。
 それも外国の有力選手のことは捨象して、日本人選手がさも第一人者のようにいう。そのためこっちもその気になってしまいます。高梨沙羅さんがそうでした。
 当人も期待され、それがジワジワとプレッシャーになり、「魔物」になる。

 私たちの若いころは有力な外国選手のことも報じていました。そのため我われは外国選手にも関心を持ち、応援したものです。それがいつの間にか日本一辺倒になりました。
採点を見る

 アメリカでは、事前に自国の選手を期待するような報道はほとんどないそうです。
 それは「まだ成果をあげてない選手を持ち上げることはない」という合理主義もありますが、メンタル面への影響も考慮され、メディア側も自粛しているそうです。
インタビューの表情

 それはともかく今回の浅田真央選手、我われに大きな感動を与えてくれました。メダルとはまったく関係なかったところが素晴しい。。
 これを契機にマスコミの報道姿勢が変わってくれることを望みますが、無理でしょう、ね。
2014.02.21 都橋商店街
 このところ桜木町で下車しないので、野下にはずい分ご無沙汰しております。
 昨年この界隈を歩いたとき、心なしか以前よりも人通りが少ない気がしました。

 とくに寂れた感じがしたのは都橋商店街。
 大岡川にかかる宮川橋から都橋にかけて、川に面してつくられた二階建ての商店街です。
 1フロアに30店、計60の店舗がひしめいていますが、1階に靴屋さん、時計屋さんがあるぐらいで、大半は飲食店。
橋からの眺め
 外から見るとこの飲食街はいかにも怪しげです。
 2階の飲食店の通路は狭く、片側は川に面しています。
通路 トイレも完備

 店は単なる飲み屋ではなく、バラエティに富んでいます。プロレスファンの店(?)。「300円で飲めます」という店(?)。
プロレスファンの店? 300円で飲める?
 「清水節子さんの店」というのもありました。
 元祖テレフォンS〇Xのおネエさん。
 懐かしい。昔夕刊紙で取材したことがあります。ここでまだ活動されていたとは。
 お久しぶり、と顔を出そうと思ったのですが、まだ開店の時間ではなかったのでやめました。
ご存じ…
 この商店街ができたのは、1964年の東京オリンピックのとき。
 もともとこの界隈は露天商が多かったのですが、「これでは景観が悪かろう」ということで、行政が川沿いに集めたのが始まりだそうです。
外観
 当時はモダンな商店街だったのに、光陰矢のごとし、今では変なオヤジ(?)に「ディープ」扱いされるんだから。
 2020年にはまた「東京オリンピック」が開催されるけど、そのときここはどうなるのか。
 多分残ると思いますが……。
2014.02.20 二月の句会
 先日、二月の句会がありました。
 結果がひどいので記事にしたくなかったのですが、それでは自分の流儀に反する(?)ので、悔しい思いで書きました。
 今月の投句は先日(02/01)にも述べたように、
 ①急斜面上りし功徳梅の紅(兼題・紅)
 ②行く末の我が身の手本臥竜梅
 ③喧嘩かと思ひし怒声鬼は外
 ④豆撒きの残滓翌日掃除機に
 の4句です。(出席10名、出句10名)

 結果は「②行く末の我が身の手本臥竜梅」に1票入っただけ。

 次に先生の評ですが、
 ①いいたいことはわかるけど、「功徳」というのがちょっと大袈裟かな。むしろ「上りて味わふ」ぐらいにしたほうがよかった。
 ②ちょっと意味がわからなかったけど、老木への思いですね。でも今ひとつ弱い。
 ④これもわんるけど、「残滓」というのがよくない。ではなにがいいかというと、ちょっと難しい。

 どうも先生の口ぶりからすると、あまり心にくるような句ではなかったらしい。
 このように書いていると、今度の先生は少し冷淡に思われるかもしれませんが、実際はそれぞれの句に対して具体的な評と添削をされた上で次回(三月)に返されるので、非常に丁寧な指導です。

 私の駄句はそれぐらいにして、口直しに最多得票(5票)を獲得した句を。
 ①寒鯉の微動だにせぬ力かな
 ②雪催(もよひ)(つま)に汲む茶を深くせり
 ③待春や光を流す千曲川……◎(先生の特選)

 ②③は私も入れました。②は夫への思いやりが感じられて好感の持てる句です。

2014.02.19 大雪の爪あと
 昨日(02/18)で4日目。しかも晴天だというのに、裏庭の雪はそのまんま。
 それでもよく見ると、積もった当初(15日)に比べると、雪はかなり沈んでいます。触ってみるとカチカチ。解けては凍り、融けては凍り……がくり返されたらしい。
裏庭の残雪 茶畑の残雪
 前の道路は雪かきがなされているのですが、塀際に積み上げられた雪がまだ融けません。
 「今回の雪はしぶといですね」
 「まったく」
 塀際に積み上げられた雪をスコップで移動していたおじさんと、こんな会話を交わしました。
野のみち
 昨日、杉並区に住んでいる息子から電話がきました。
 都内もかなり積もったそうですが、今は大半融けているとか。
 息子としてはこっちの積雪が気になるらしく、「雪かきなんか、やったの?」
 「近所の人がやってくれた。雪景色を撮りに外に出たら、雪かきやってる人がいたので、さすがにバツが悪くて少し手伝ったよ。そしたら感謝されて、よけい恐縮したよ」
 「いい近隣に恵まれて、よかったね」
 「うん、いいほうだと思うよ。ただ、それ以上のつき合いはないけどね」
 「それでいいんじゃない」
 そんな会話を交わしました。
大根畑
 この日は銀行に用があったので、となりのふじみ野駅まで行きました。
 途中の畑に積もった雪がまだ残っています。「これは大根だと思うけど、大丈夫かな」
 ニュースによると、埼玉や群馬などの野菜が雪のため損傷して出荷できなくなり、値段が高騰しているそうです。そういえば、無人販売所のほうれん草(100円)はなかった。
ふじみ野駅前通り
 「うへッ、まだ雪が残っている」
 ふじみの駅は急行が止まるビッグな(?)駅。人通りは鶴瀬よりもはるかに多いはず。
 それなのに歩道の傍らに積み上げられた雪が全然融けてない。やはり雪の量が多かったからでしょう。

東横線の事故① 東横線の事故②
 今回の雪では東横線の車輌が元住吉駅で衝突事故を起こし、しばらく不通になりました。
 これまでだと東横線が事故を起こしても、横浜へ行く以外は差し障りなかったのですが、東武東上線と連結してからはこちらにも影響が出てきます。池袋や川越に行くにもダイヤが乱れるし。
東横線の事故③ 東横線の事故④
 「気をつけろよ、東急。神奈川の不始末は埼玉にも及んでくるんだぞ」
 もっとも先月はバカなドライバーの踏み切り事故で東上線が長時間ストップし、神奈川に迷惑をかけてしまいました。 迷惑のかけ具合を考えると、東武のほうが分が悪い、かな。
富士見市の体育館のニュース
 またニュースによると、富士見市の総合体育館の屋根が積雪で崩落したとか。
 「近くじゃないか」
 自転車で15分ほどの距離です。
 もっとも現地まで行くには急な坂があるので、いくら物好きな私でも、当分は行きませんが。
 大雪の降った夜(02/14)はBSで映画「愛情物語」(1956)を観ていました。
 これは実在のピアニスト、エディ・デューチンの生涯を描いた映画です。


 音楽で身を立てようとニューヨークに出てきたエディ(タイロン・パワー)はピアニストとして頭角を現しますが、出産直後の病によって妻マージョリー(キム・ノヴァク)に他界され、失意のあまり音楽を捨て、海軍に入ります。
愛情物語①
 エディにとってはニューヨークに残してきた息子ピーターには愛着が持てなかったのですが、戦地の焼け跡で現地の少年とピアノで遊んでいるうちに、わが子への愛情が芽生え、同時に音楽への情熱がよみがえり、楽団に復帰します。
 音楽を通じて父子の愛情は深まり、さらにピーターの面倒を見てくれたチキータ(ヴィクトリア・ショー)という女性に愛情を抱くようになり再婚します。
愛情物語② 愛情物語③
 こうしてエディは幸せを取りもどしたかに見えましたが、ピアノの演奏中、左手にしびれが走りました。医者の診断を仰ぐと、白血病で余命いくばくもないとの宣告。
 「もう時間がない」
 エディはピーターにそのことを打ち明けます。
 ふたりは2台のグランドピアノに向かい合って演奏します。その姿をチキータは愛情深く見つめます。
愛情物語④ 愛情物語⑤
 突然、エディの手が動かなくなりました。
 「アッ」と息を飲むチキータ。涙があふれています。
 そして画面はピーターの演奏をチキータが見つめるシーンになり、画面が引くと、いつの間にか反対側のエディがいなくなっていて、The End。
 何度観ても見事なラストシーンです。
愛情物語⑥ 愛情物語⑦

 この映画で実際にピアノを弾いていたのが新進気鋭のカーメン・キャバレロ。劇中に演奏された「トゥ・ラヴ・アゲイン」(ショパンの夜想曲をアレンジした曲)は大ヒットしました。
愛情物語⑧
 それよりも私が身につまされたのは、出産で妻を亡くした男のわが子に対する思い。
 私の場合、妻が亡くなることはなかったのですが、帝王切開の手術後しばらく意識がもどらず、心配で子どもどころではかったからです。
 妻の意識がもどってから、わが子をじっくり見て、「今まで放置して悪かった」と思いました。

 原題は「The Eddy Duchin Story」ですが、よくぞ「愛情物語」という邦題をつけてくれました。これはエディとふたりの女性との愛情物語ではなく、父と子の愛情物語だと思います。
 ソチ五輪にちなんで、ロシア人女性(?)の話題を。
 昨年夏、骨折で約2ヵ月入院しました。
 右上腕部剥離骨折に関しては「髄内釘(骨のなかに金属の支柱を入れる)手術」、その後は午前・午後のリハビリ治療です。

 「あのお婆さん、可愛いでしょ」
 リハビリ室で担当の女性療法士さんに示されたのが、先の台で治療を受けていた年配の女性(73)。
 色が透き通るほど真っ白、目がパッチリ大きく日本人離れしています。
 脳外科の患者とのこと。術後手足の動きが自由にならないので、回復のためのリハビリを受けていました。
 「Sさんっていうの。ロシア人みたいでしょう」
 そのことばに私はてっきりロシア人の血が混じっていると思い込み、ロシア人、さらにマトリョーシカとあだ名をつけました。
 マトリョーシカとはロシアの木製の人形で、なかを開けると少し小さい人形が入っていて、それを開けるとまた人形が……というもの。我ながら、絶妙のニックネーム……?

 Sさんとはその後しばしば近くになりました。
 しかし私が呼びかけても、目をパチッと見開いたまま表情はありません。
 「なんだ、オレが挨拶しても返事しないよ」
 「Sさんは若くてイケメンの男性じゃないと挨拶しないのよ」
 療法士さんにいわれ、ガクッとしました。
ある日のリハビリ室

 Sさんには意中の男性療法士がいます。名をC君といって、20代半ばの二枚目の青年。
 担当ではないのですが、Sさんは彼を見ると機嫌がよくなるそうです。

 このことは療法士さんだけではなく、リハビリ仲間のY子も知っています。
 というのもY子の担当がC君なので、治療されているところを見ると不機嫌になり、「ダメ! 離れなさい」と執拗にいうそうです。
 「女って年とっても嫉妬心は凄いのね。同性ながら恐ろしくなっちゃった」とY子は苦笑していました。

 私は歩行訓練中、奇妙な光景(?)を目撃したことがあります。
 Sさんが治療を受けているとき、となりの台で背を向けて他の患者を治療しているC君のうしろから右手を伸ばしたのです。男の尻を触っている!
 触られたC君は苦笑してましたが、近くにいた療法士はみんな「Sさん、頑張って。うんと手を伸ばして」と励ましていました。
 これはSさんを治療していた療法士が、「目の前にC君がいるよ。触ってごらん」といったから。
 これもリハビリの一環なのか!

 たしかに「好きな異性を触りたい」一心で、不自由な手が伸びることもあるだろう。
 しかしこれはお婆さんだから許されることであって、我われお爺さんがやるとセクハラだ。
 不公平じゃないかッ!?
 
 スミマセン、ロシアとはなんの関係もない話でした。
2014.02.16 ソチ五輪雑感
 羽生結弦選手金メダル、よかったです。
 私はソチ五輪に対してはいささか傍観者的で、リアルタイムで観ることはしませんが、それでも日本の選手が活躍するとうれしくなります。
羽生結弦選手① 羽生結弦選手②
 まだ19歳ですか。いうことがしっかりしています。
 思いはいつも自分の故郷、被災地の仙台にある。謙虚で思いやりがあります。
羽生結弦選手③

 その余韻覚めやらぬ今朝の一報、スキー男子ジャンプで葛西紀明(41)が銀メダル獲得。
 いやあ、よかった。
 実は私、この人のことは気になっていたけど、「年も年だし、メダルは難しいだろうな」と思っていました。
 本来この種の競技は20代がピーク。それなのに彼が第一人者とは、日本はつくづく若い世代の育成をおろそかにした。不況で企業がジャンプ競技界から手を引いた影響です。
 しかも日本選手団の主将に祭り上げられ、「重い責任を負わされて気の毒になあ」との思いでした。
 それがこんなに活躍してくれるとは。
 私の見る目のなさに「喝!」を入れられた思いですが、これはうれしい。

 見る目がなかったといえば、スノーボード男子ハーフパイプで、平野歩夢(15)が銀、平岡卓(18)が銅。中学生と高校生ということもあるけど、これまでの日本選手とは違うキャラ。
 私、この競技はまったく期待してなかったので、これに関しては意外感。彼らの練習場確保がいかに困難か、親が協力しているかを知り、「見えないところで苦労があるのだな」と思いました。

 ノルディック複合ノーマルヒルで渡部暁斗(25)が銀メダル。
 インタビューでは、「こんな爽やかな男がいたのか」という人柄でしたが、マスコミがとってつけたように「そもそもこの種目は日本のお家芸」といったのはいただけなかった。

 私はこれまでのオリンピック報道に対する不信感から、「今回はスキー女子ジャンプの高梨沙羅、浅田真央以外メダルは難しい」と思っていました。
 その予想は見事外れましたが、外れてくれてよかった。

 もうひとつの予想外れは高梨沙羅の4位。
 W杯では常に優勝して、向かうところ敵なし。ライバルがいるとすればアメリカのサラ・ヘンドリクソン。しかしそのサラは膝を痛めているとかで、日本の沙羅が絶対有利とマスコミは報道していました。
 しかし実際にはこんなに強敵がいたとは。そんなこと、ちっとも知らされなかったぞ。
 マスコミは彼女の心の負担になるほど金を期待していたと思います。
 それでもいいわけせずに、謝った姿が健気でした。

 私のマスコミ不信はますます募りましたが、真央さんは金のプレッシャーにとらわれることなく、楽しんでほしいと思います。。
 雪は昨夜(02/14)から激しく降っていました。
 しかし天気予報では「この雪は日付が変わると雨になるので、前回(一週間前)のように積もることはないでしょう」
 雪は雨で融けるというのです。ところが……。
昨夜の天気予報
 朝起きて外を見ると、大雪。前回よりもひどい。
 ニュースによると関東では記録的な大雪で、秩父82㎝とか。
 こちらは秩父からは遠いけど、同じ埼玉県、けっこう積もってるぞ。
 外へ出ようとしたら、かなりの雨。それにけっこう雪が積もっています。
 仕方なく外出はやめ、室内から外の景色を撮りました。
朝の景色① 朝の景色②

 午後3時過ぎ。
 雨が止んだので、外に出てみました。
 裏庭の雪はずっしり。これまでとはまったく様相が違い、雪の深さを感じます。
 畑の縁のカバーよりも高く雪が積もっています。これでは40㎝はある……かな。
裏庭の雪景色 積もった雪
 表の道に出ると、すでに雪かきは終っていました。
 なんと協力的な人たち。私はありがたくそこを通ったのですが……。
雪かき済みの道路
 幹道に出る一本道はまだ雪かきがされてなくて、歩行者は車のわだちのところを歩くしかありません。
 それでも所どころ雪かきしている人もいて、そこを通るたびに申しわけない思いをしました。
雪かきする人
 「ご苦労様です」というのは違うような(上から目線?)気がして、「ありがとうございます」を連発していました。
雪融け道 公園にて
 どうせなら、と駅の近くまで行ったのですが、わだちのところはシャーベット状の雪で滑りそうになるし、雪の積もっているところはズボッと入り込むので、これはろくなことにはならないと早々に引き上げました。
駅前の道
 こんな雪の量は最近では珍しい。30年ほど前にやたら雪が降ったことがありましたが、あのときに似ています。
 TVのドラマは大河、時代劇は観ますが、現代モノはほとんど観ません。
 話にリアリティーがなく、自分とは無縁なので、興味が持てないからです。
 しかし「明日、ママがいない」(NTV)は「子どもたちへの精神的な虐待、人権侵害にあたる」と問題になっているらしいので、一昨日(02/12)観ました。
明日、ママ①
 この回(第5話)はピアノの得意な女の子(ピア美)がピアノ教授に見出され、コンクールに出ることを薦められます。養護施設(コガモの家)にいるピア美にとっては、自分の才能を発揮するのと、父親が観にきてくれるかもしれないというチャンス。
 案の定父親はやってきました。仲間のポスト(芦田愛菜)は、ピア美から渡されていた写真でそれを見つけ、去ろうとする父親を引きとめようとします。
 「やめろ! そんな無力な父親が娘を幸せにできるわけはない」
 と怒鳴り、父親を行かせてやったのは施設長の佐々木でした。
 他にもまだありますが、これがザックリした筋です。

 これのどこが「子どもたちへの精神的な虐待、人権侵害にあたる」のか、この回を観た限りではわかりません。
明日、ママ②
 一説には施設長佐々木が粗暴かつ高圧的な性格で、「泣いた者から食べていい」「お前たちはペットショップの犬と同じだ」との言動があったとかで、養護施設の関係者が「職員が子どもに暴言を吐き、泣くことを強要するなど現実とかけ離れたシーンが多すぎ、誤解や偏見、差別を与える」と子どもたちや職員への謝罪を求めたそうです。

 しかし私はこの回で、ピア美の父親を去らせた施設長の態度は正当であると思いました。
 「父子対面などいう見せかけの美談で娘を救えるのか。どうせ娘を育てられない無力な親なら、なまじ顔を出すんじゃない。それだったらこっちで引き取ったほうが(将来いいところへ里子に出すことも含めて)、よほど幸せというものだ」
 彼はそう考えているのではないか。

 これはおそらく作者の化身でしょう。
 施設長には、子を生んでも育てられない無責任な親に対する「喝!」の感情が託されています。
 同時に子どもに対する叱咤激励も。
 そんな情けない親にいつまでも未練を持つことはない。したたかに逞しく生きろ。オレがその術(すべ)を仕込んでやる。それが親に捨てられた子の生きる道だ。
 そういいたいのではないか。
明日、ママ③
 そして子どもたち。
 名前(あだ名)が凄い。ポストは赤ちゃんポストに預けられていたから。ドンキは母親が恋人を鈍器(灰皿)で殴り、傷害で逮捕されたため。ボンビは家庭が貧乏だから。
 他にもパチ(母親がパチンコ依存症)、施設の卒業生で調理士をしているロッカーはコインロッカーベイビーだったから……と、悲惨な過去を思わせる名前ですが、子どもたちは平気でその名で呼び合っています。なんたる逞しさ。
 現実には、そのようなあだ名でからかわれる子もいるそうですが、作者はおそらくそれも承知で、「逞しく生きろよ」とのメッセージが込められているのではないか。
明日、ママ④
 そうすると施設長の意図も見えてきます。
 「泣いた者から食べていい」「お前たちはペットショップの犬と同じだ」が適切な表現かどうかは別にして、妙に突っ張ったりしないで、いいところの里子になればお前たちは幸せになれるんだ、そういいたいのではないか。
 ということは、本当は子どもたちに対して並々ならぬ愛情を抱いている?

 この施設長は、子を生んでも育てられない無力な親を憤り、「だったらオレが子どもたちを幸せにしてやる」との意気に燃えているのではないか。あの粗暴な態度は施設長なりの愛情表現。
 施設の環境はとてもいいとはいえないけど、施設長は子どもたちと一緒に食事しているし、ここを一種のユートピアとしているようにも思えます。
 それはとりもなおさず、現実の児童養護施設へのエールです。

 私はそう感じましたが、受け取り方は様ざま、抗議する人も出てくるでしょう。
 私自身、基本的には「フィクションに目くじらを立てるな」との考えですが、「これで傷つく子もいる」といわれれば責任のとりようがありません。(逞しく育ってくれることを祈るだけ)
明日、ママ⑤
 ではこのドラマは観るに値するのか。
 私はもう観ません。図らずもドラマそのものには擁護(?)しましたが、子どもたちのこましゃくれた(逞しい?)セリフにはうんざりです。
 それに午後10~11時といえば、私にとっては寝入りっぱなの貴重な時間帯。しかも残り少ない時間をこんなドラマに割かれたくありませんから。
 妙香寺を出て東に約50m歩くと、少し広い道と交差します。それを左に進むと上り坂になっています。これがビヤザケ通り。
 ビヤザケとはビールのこと。
 ここがビール発祥の地だからです。
ビヤザケ通り
 元治元年(1864)に来日したウィリアム・コープランドはここ(現在の中区千代崎町・諏訪町近辺)で良質な硬水を発見し、ビールの醸造に適していると考え、外国人の需要をもくろんで明治3年(1870)醸造所「スプリングバレー・ブルワリー」を設立しました。
キリン公園
 当初は居留地の外国人向けでしたが、次第に日本人にも飲まれるようになりました。
 明治14年には日本人の口に合うようにつくられたビールが発売されています。
 その後コープランドは醸造所を手放しましたが、跡地には新たな醸造所(ジャパン・ブルワリー)がつくられ、麒麟麦 酒株式会社に引き継がれました
 しかし関東大震災によって工場は倒壊し、鶴見に移転しました。
麒麟麦酒開源記念碑
 そのためビール工場は今はここにはありませんが、坂の中腹にあるキリン公園に「麒麟麦酒開源記念碑(日本の麦酒発祥の地)」((昭和12年=1937)が建っています。
工場跡のレンが
 記念碑の下にあるレンガは当時の工場の一部です。

 ビール醸造に使用された水源ですが、キリン公園からさらに上った北方小学校に残っています。
 道路わきに見える井戸がそれですが、校庭にもうひとつあって、水源を見ることができるそうです。(見学には許可が必要)
北方小の古井戸
 最近ではあまり飲みませんが、若いころはよくビールを飲みました。銘柄はほとんどここ。
 当時は気づかなかったけど、横浜発祥のビールだったとは。
 横浜とはよくよく縁がある……のかな。 
 昨日は「建国記念の日」でした。
 あちこちの会場で国歌「君が代」が斉唱されたと思います。

 では「君が代」はどこで生まれたか。
 実は横浜。山手の裏側を下りたところにある妙香寺が発祥の地といわれています。
妙香寺入口
 妙香寺の歴史は古く、弘仁5年(814年)弘法大師(空海)の創立とされ、本牧山東海寺と称しました。その後 日蓮聖人が日蓮宗に改宗、連昌山妙香寺となり、江戸時代に山号を本牧山妙香寺と改め、現在に至っています。
急な石段
 ではなぜここが君が代発祥の地なのか。
 由緒書きによると、明治2年(1869)薩摩藩藩士32名がイギリス軍の軍学長ウィリアム・フェントンの指導の下に軍楽隊を結成。楽器は管楽器と打楽器を中心にした吹奏楽でした。
 彼らが寝泊りして日夜練習していたのが、横浜山手のイギリス軍駐屯地に近い妙香寺でした。
境内 本堂 本堂・内部
 翌明治3年(1870)彼らはフェントン指揮のもと、となりの山手公園の野外音楽堂で見事演奏しました。「サツマバンド」の演奏デビューです。
 「音符も読めなかった青年たちが一年足らずでよくもここまで上達したものだ」とフェントン自身も絶賛しています。
 というわけでこの妙香寺が「日本吹奏楽発祥の地」になりました。(石碑あり)
吹奏楽発祥の碑
 当時日本には国歌がなく、フェントンの要請を受けた薩摩藩の大山巌が古今和歌集の「君が代」の歌詞を選び、それにフェントンが曲をつけ、この年に演奏されました。
 したがってここが「君が代発祥の地」とされました。(石碑あり)
君が代発祥の碑
 しかしフェントン作曲の「君が代」は洋風で歌詞とは合わず、なじめなかったので、雅楽調に作曲し直され、ドイツ人のエッケルトが編曲しました。これが現在の「君が代」です。
 フェントン作曲の初代「君が代」はこうして姿を消しました。
山手公園・野音
 初代「君が代」の曲は、タレントの野村将希さんのレポートによる横浜探訪番組(タイトルは失念)で少し演奏されていましたが、オペラ調(賛美歌風ともいわれている)で、不思議な感じでした。
 この曲は毎年体育の日に妙香寺で演奏されるそうです。
2014.02.11 国家と恋愛
 今日(02/11)は「建国記念の日」です。
 あちこちで集会が開かれ、「この美しい日本を愛しましょう」と叫ばれます。
 これに関して……。
 「愛国というのは恋愛と同じ」
 というのは社会学者の宮台真司氏。(TBSラジオ「デイキャッチ」)

 「恋愛とは人に強要するものではない。好きな相手に『オレのことを愛してくれ』とはいわないでしょう。もし愛されたいのなら、自分が愛されるにふさわしい人間になるよう努力しなさい」
 このことは国家も同じ。
 「わが国を愛せよ、という前に、国の側が愛されるにふさわしい国になること」
 というのが彼の主張です。

 私は現在、国を愛することに関しては人後に落ちませんが、若いころ(10~20代前半)は日本がきらいでした。
 映画は外国映画(西部劇)、音楽はアメリカンポップス、プロボクシングなどで外国人との試合では、外国人選手を応援していました。
 東京五輪にしても、日本の選手より外国の選手を応援していました。
 これは私だけではなく、当時の若者に共通していたと思われます。

 国家体制ということになると、まったくきらい。これは先人たちに対する反抗心です。
 「お前ら、益体もない侵略戦争しやがって。そのツケを我われが支払わされているんだぞ」
 そう思っていました。
 侵略戦争に関しては今も同じ(先日やめた大阪市長も同意見のようですが)です。

 日本に対する嫌悪感は20代後半、子どもが生まれると次第になくなりました。
 なにはともあれ、この国で子育てしよう、と。

 完全に変わったのは20年ほど前、「逝きし世の面影」(渡辺京二・著)を読んでからです。
 そこには幕末~明治の時期、日本にやってきた外国人の目から見た「日本人観」が書かれていました。
 それによると、当時の日本人は単純素朴で無邪気な人々、貧富の差はそれほどなく、その日その日を笑って過ごしていました。
 私の見てきた醜悪な先人たちとはまるで違う姿に、「こういう人たちなら好きになれる」と思いました。
 私自身、単純素朴で無邪気でありたい。

 さらにいうと……。
 学生時代の私は天皇制に対しては否定的でした。
 ところが10年前の秋の園遊会で、米長某という棋士(東京都教育委員)の「日本中の学校で国旗を揚げて国歌を斉唱させております」といったのに対して、明仁天皇が「強制でないことが望ましい」といわれたとき、「この天皇なら信頼できる」と思いました。
 学生時代の友人は「あの野郎、天皇崇拝者に転向しやがって」と思うでしょうか。

 ここでもう一度、宮台真司氏のことばを。「愛とは強制であってはならない。国家と国民の関係も」
 まさにその通りだと思います。
 先週は「日本のベートーベン」といわれた人の作品が実はゴーストライターのつくったものとわかり、騒然となりました。

 その「作曲家」とは佐村河内守氏(50)、全聾(=まったく聞こえない)だそうです。
 「実際に作曲していたのは私です」と告白したのは、桐朋学園大非常勤講師の新垣隆氏(43)。

 そのやり方とは、佐村河内氏がイメージを伝え、それをもとに新垣氏が曲をつくり、それを佐村河内氏が聴いて確認し、楽譜も新垣氏が書き、それを佐村河内氏が「私の作曲です」と発表するというもの。
 これは手柄の上前をはねる行為。徒弟制度ではよくあることです。
 しかもこれでは全聾も疑わしい。事実、新垣氏も「全聾と思ったことはない」といっています。
 これじゃ佐村河内氏はペテンの上塗り。
 我われは「全聾の作曲家」という虚像を礼賛していたことになります。

 ではなぜ新垣氏は今ごろ告白したのか。
 ソチ五輪で高橋大輔選手が使用する曲の真相を知ってもらいたかった、といっていますが、そんなのはカッコづけ。私は金銭の不満だと見ています。
 新垣氏が受け取った報酬は18年間で20曲以上提供して700万円前後。
 一方佐村河内氏はン(?)千万、しかも「日本のベートーベン」としてヒーロー扱い。
 これじゃあ不満が募るのは当然。ついでに全聾ではないこともバラしちゃった。

 ここで今話題になっているのはゴーストライターなる存在。
 タレントの告白本の大半はゴーストが書いているのは出版界の常識。大ていタレントの口述筆記をゴーストがやります。この場合、著者はタレントになります。
 ゴーストが受け取るギャラは、ライターの格によっても違うそうです。

 かくいう私も何度か「やってくれ」と頼まれたことがあります。
 一度などは通販会社の社長が「オレのことを書いてくれ」
 ギャラは一冊分が30万円。
 安いな、と思ったのですが、当時困窮していたので引き受けることにしました。
 この人物は別の人の証言では面白い失敗談がたくさんあるのですが、当人の要望は成功話ばかり。
 「これじゃ自慢話になって、伝記ものとしてはつまらないですよ」といったところ、「じゃあ、いい」と切られました。狭量なヤツ。

 リライトを頼まれたこともあります。
 某漫画週刊誌の風俗欄でした。「11PM」でも有名な風俗レポーターの記事があるのですが、この人の文章というのが下手クソで、まったく面白くない。そこで私がリライトをやりました。
 このときのギャラはふだんの原稿料と同じだったので不満はなかったのですが、もし半額だったらやらなかったかも。
 そう思うと通販会社の社長のゴースト、切られてよかったのかな。

 くだんの佐村河内氏ですが、「私はプロデューサー、作曲したのは新垣氏」といっていれば、なんの問題もなかった。新垣氏に手を噛まれることもなかったし。
 むろんそれでは「日本のベートーベン」の美談にはならないわけで、あんなに売れたかどうかはわかりません。
 昨日は一日中大変な大雪。
 都心の積雪は27cmとのことで、これは45年ぶりだそうです。

 そのため事故も相次ぎ、転倒して骨折する高齢者も続出し、東日本の1都9県で少なくとも309人が負傷したとか。
昨夜のニュース① 昨夜のニュース②
 また交通機関も乱れ、新幹線やJR各線、新交通ゆりかもめや東武、小田急、西武なども間引き運転、東京メトロ副都心線なども遅れました。

 こんな日は外出は控える。これ、鉄則です。

 そうはいっても、すぐ前の道が雪で閉ざされては食料品の買出しにも行けない。
 様子を見に外に出ました。

 「うわッ」
 アパートの階段に積もった雪を踏んだらズボッとはまりました。思ったより積雪は深い。30㎝以上はあります。
 自転車にも雪が積もっていますが、雪をはらうのも面倒なのでそのまま。
自転車カバーの積雪
 例のごとく裏庭に出ました。昨日よりもはるかに深い雪。
裏庭の積雪 積雪30㎝以上

 さらに茶畑も。
茶畑の積雪① 茶畑の積雪② 茶畑の積雪③
 このあと前の道路の雪かきを近所の夫婦がやっていたので、少し手伝わさせていただきました。
 私のやることなどほんの少しで、これで雪かきを手伝ったととてもいえませんが、なにもしないで通るのは、どうも居心地が悪かったからです。
道路の積雪
 それにしても大きな雪かきのスコップで掬った路上の雪はけっこう重かった。
 肩を負傷しているとはおくびにもいわなかったけど。
 今朝(02/08)起きて外を見ると、暗いながら路上に雪が積もっているのが見えました。5時30分。
 天気予報によると、「20年に一度の大雪」だそうで、予想では20㎝の積雪。昨年、首都圏の交通マヒを起こした成人の日の大雪は8㎝。あれの倍以上だから、いかに凄いかがわかります。

 ラジオのニュースでは、「無用な外出はお控えください」などとご親切な(?)注意。
 こんなときに、用がないのに出かけるヤツなんているのかね。

 こちらとしては出かける気なんて端からなかったけど、ストレッチしてメシ食って、雑用を済ませると、ちょっと外の様子を見たくなりました。

 雪は降り続いていますが、粉雪です。
裏庭 茶畑
 裏庭から茶畑にまわりましたが、先日(02/04)よりも積もってないのは、雪の量が少ないから。天気予報によると、これから激しくなるそうです。
道路
 8時半だというのに、誰も外に出てない。
 車がゆるゆると1台通っただけ。

 これも無用な外出なのかな……。早々に家にもどりました。

 (続き)
 予報通り、雪はその後激しくなってきました。
 窓から外を見ても、細かい粉状の雪が間断なく降り続いています。

 自分でも物好きだとは思いましたが、朝の景色がその後どう変わったかを確認するため、外に出ました。午後3時10分。
 裏庭も茶畑も先ほどよりも雪が積もっています。傘の先をズブッといれて計ってみると、約15cmありました。都心は8cmとのことですが、こっちのほうが北だし、田舎なので降雪量は多いのでしょう。
裏庭・午後 茶畑・午後 道路・午後
 「すみませーん」
 背後を郵便配達夫さんが自転車で通り過ぎていきました。
 自転車も雪にタイヤを取られるし、わだちのところは滑りやすいし、大変だなあと思いました。
郵便配達夫さん
 この雪は明日の朝まで続くそうです。もう外には出ません。

 先日(02/05)の「ためしてガッテン」のテーマは五十肩でした。
 五十肩に関してはとっくに克服しましたが、現在肩を負傷している身にとって悩みは同じ、共通点は多々あります。
ためしてガッテン① ためしてガッテン②
 問題は「腕が上がらない」という症状。
 放っておけば治る(五十肩)のと、放っておいたら悪化する(終身型)ものがあることがわかりました。
 私も手術直後はまったく上がらなかった。
 これは筋肉と靭帯が縮んでいるからですが、放っておけばますます悪化するので、「終身型」の一種でしょう。
 幸いたゆまぬリハビリ運動を続けることによって、どうにか上がるようになりましたが。
ためしてガッテン③ ためしてガッテン④

 リハビリ中、療法士さんから口酸っぱくいわれていたのが「肩甲骨を寄せるように」

 私の場合、上腕部の剥離骨折は金属の支柱でつないだものの、周辺の筋肉と靭帯が縮んで硬化しています。
 そこでマッサージとストレッチによって、軟らかく延ばしていくのですが、肩甲骨がズレているためになかなか腕が真っ直ぐ上がらない。
ためしてガッテン⑤
 むろん肩甲骨を寄せる運動もやっています。
 四つん這いになって猫のポーズ。これは退院時に療法士さんに教わりました。

 さらに仰向けになって腕を横に伸ばし、肘から先をL字状に曲げて頭の後ろに鉄パイプ(ベッドの)を握る運動(参照)を編み出し、励行しています。(運動の②)
ためしてガッテン⑥
 今回は立ったまま腕をしたに伸ばして肩甲骨を上げ下げ、腕を水平にして肩甲骨を寄せる運動を教えてもらいました。
 これも自主トレに加えようと思います。
 作家・村上村上春樹氏が北海道の町議から抗議を受けているとのこと。

 彼の小説に関しては「ノルウエイの森」「1Q84」を読みました。
 どこがノーベル賞候補なのか、さっぱりわかりません。
 「ノルウエイ~」は何だかんだいっても最後を読むと、単なるエロ小説。
 「1Q84」は主人公の女性が仕事を取るため、面接相手の男に胸元をわざと見せようとブラウスのボタンを外す描写が連綿と綴られていて、「よくもまあこんな末梢的な描写に行数を費やすものだ」とうんざりしました。
 むろん受け取り方は様ざまで、そこが「きめ細やかな表現でステキ」と評価する声があるのも承知しています。

 今回村上氏が抗議されたのは、月刊誌「文芸春秋」(昨年12月号)に発表した「ドライブ・マイ・カー」という作品。 文中「北海道中頓別(なかとんべつ)町ではたばこのポイ捨てが普通のこと」との表現は、中頓別を侮辱しているというのです。

 この小説は読んでませんが、所詮はフィクションです。
 例えば「犯罪都市横浜」というタイトルのドラマで、中華街の某所に麻薬の密売所があり、犯罪集団のアジトになっているというストーリーが展開されたからといって、「横浜のイメージダウンです」と横浜市長(林文子)が抗議するか。
 もし抗議なんかしたら、市長の狭量さを笑われるだけです。

 私は一度ラジオ局に抗議したことがあります。
 20数年前「ゆうゆうワイド」(TBSラジオ)で大沢悠里さんが「京都には『京の茶漬け』というものがあって、帰ってほしい客に『ぶぶ漬けでもどおどす』というんだってね」といったときです。
 京都出身の私としては看過できません。すぐにファックスを送りました。
 「大沢さんが実際に京都で『京の茶漬け』を体験し、いやな目にあったのならいってもいい。しかし伝聞でいってるのならやめてほしい。私は20年近く京都で育ったけど、そんなことは一度もなかった」

 しかしこれが小説やドラマで表現されたのなら話は別です。
 作品中でそういうことを考える人物がいるのは自由ですから。たとえそれが作者のいいたいことであっても。
 現実にないことでも、「あるかのように」思わせるのがフィクションの妙味です。

 それを真に受けて作品に抗議するとは、中頓別町も大人げない。
 別に旅行記で書かれたわけでも、講演でいわれたわけでもないんだから。
 「中頓別を有名にしてくれてありがとう。ただし、たばこのポイ捨てはダメですよ」
 ぐらいのことをいってくれたら、もっと中頓別に親近感が涌くのに。
 一昨日は17℃、この冬いちばんの暖かさだったというのに、昨日(02/04)は一転雪に。
 午前中はそれほど寒くなかったけど、昼過ぎから徐々に寒くなり、冷たい雨が降ってきました。
 天気予報では午後から雪といってました。
車の上にも
 こういうときは外出しないに限るのですが、午後4時30分から歯の治療があるので、出かけないわけにはいきません。
裏庭の雪
 少し早めに出たのですが、すでに外は雪模様。裏庭も3㎝ほどの積雪。
 いつものように茶畑(狭山茶)の雪景色も撮りました。
茶畑にも
 この日、午後4時現在の積雪は埼玉県秩父市で10㎝だそうです。
 うーん、秩父は山だからなあ。
 雪はどんどん降ってきます。バサバサと傘に当たる雪の粒は大きく、6本の長い足が見えました。
ビニール傘に落ちる雪
 「この調子なら積もるんじゃない」
 「どうかな、夕方には止むっていってたよ」
 とは下校する小学生の女の子。子どもたちはよろこんでいる様子でした。
下校時の雪 高校生

 「参っちゃうよな、この雪じゃ。年寄りにはキツイよ」
 と歯科医の待合室で爺さんに話しかけられました。
 失礼なジジイだ。こっちを同類化しやがって。

 歯は金属がとれたところに穴が空いてたので、そこを削って掃除して型取り。
 さらに衛生士さんによる歯石の除去に時間がかかり、歯科医院を出たのが6時。
 あたりはすっかり暗くなっていましたが、雪は止んでいました。
5日(本日)午前7時半の裏庭
 昨日(02/03)は17℃、この冬いちばんの暖かさです。
 木村屋の工場直営店で食パンを買ったあと、近くをブラブラ。

 畑のなかに一本あった白梅が咲いていました。
 梅となると越生梅園が有名ですが、これでも梅は梅。今年の観梅はこれで終り!
白梅

 この日は節分でした。
 私の故郷は京都の吉田神社の近くだったので、屋台も出て非常に賑わいました。
 関東では家庭で「鬼は外、福は内」と叫んで豆をまくだけ。それも子どもがいればこそで、今の私には無縁です。
 恵方巻もやりません。
 これは関西の風習とのことですが、子どものときにはなかったものです。浄瑠璃の豊竹咲太夫さんにいわせると、「あれは海苔業界の陰謀とちゃいまっか」とのことです。
大根畑

 節分といえば、「河道屋」の年越しそばをご馳走してくれた友を思い出しますが、その彼も今はこの世の人ではなく、寂しい限りです。
病院(裏側から見たところ)

 いつの間にか病院の裏手にきていました。
 「ここは見覚えがあるような……」
 去年の夏は9階の窓からよく見たものです。
田舎の風景

 さらに反対側の住宅地。
 病室からは赤い屋根ばかり見えてたけど、地上に立って見ると小じゃれた住宅。
 なかには「風見鶏の館」(?)もあります。
住宅地① 住宅地②

 この暖かさは3月下旬~5月上旬の気候だそうです。
 しかし長くは続かず、翌日(今日)からは寒くなるとか。
 このまま暖かくなるとは思ってなかったけど、急激な寒暖の変化は身にこたえます。
公園
 寒くなれば家でじっと我慢するしかない。そういい聞かせて家にもどりました。
 今日は日中暖かい気候でしたが、どこへも行かず昼間は「別大マラソン」を観ていました。
 出場者は過去最多の3211人ですと。
 これだけ多いと圧巻というより、画面が見苦しい。
 低レベルのランナーが「最初だけでも」とトップグループで走ってました。
 別に違反してるわけじゃないから、しょうがない。もっともすぐにいなくなったけど。
トップグループ
 それにしてもずっと霧が立ち込める変な天気のなかでした。
 しかも公務員ランナーの川内優輝クン(埼玉県庁)が走ってない。彼がいないとつまらんぞ。
前田遅れる
 それでもテレビ局としては、今井正人(トヨタ自動車九州)vs. 前田和浩(九電工)の対決を盛り上げようと必死。今井は元祖山の神、前田は昨年の世界選手権モスクワ大会代表で優勝候補とか。
トップは4人に
 しかしその前田は24km付近で集団から遅れ、優勝はほぼ絶望的。誰だ、優勝候補なんていったのは。
力走する今井 キプリモのスパート
 レースは今井、アブラハム・キプリモ(ウガンダ)、セルオド・バトオチル、ゲゼハン・アベラの4人がトップグループを形成するも、34km過ぎにキプリモが猛スパート。そのまま逃げ切って優勝しました。2時間9分23秒。
 2位は7秒差で今井。2時間9分30秒.
 3位は一般参加の白石賢一(旭化成)。2時間10分36秒
優勝はキプリモ 今井は2位

 今回は盛り上がりに欠けました。
 今井はよくやったけど、今イチ華がない。やっぱり川内クンが出ないと。
 彼が出ないのなら、もう観ないぞ。
2014.02.01 二月の句
 二月になりました。
 二月の句を詠まねばなりません。
 私からすれば、二月は雪、梅、節分ぐらい。困りました。

 今月の兼題が「紅」なので、「急斜面上りて突如梅の紅」
 これは東武森林公園の梅林での情景を詠んだのですが「突如」に違和感があります。それに上った末の報酬のような意味も込めたい。
 そこで「急斜面上りし功徳梅の紅」にしました。
紅梅

 他には梅で詠みたいものに「臥竜梅」があります。
 梅の木というのはふつう真っ直ぐ上に伸びるものですが、これは横に伸びているので「臥竜(がりょう=臥してうずくまっている竜)梅」と名づけられています。
 また臥竜には、すぐれた能力をもちながら、世に知られていない人物を指す意味もあります。
 したがって「臥竜梅」には非常に風情あるイメージがあるのですが……。
臥竜梅
 これを生物学的に見ると、梅の木の寿命は200~300年。それを過ぎると、幹の力が弱くなり、自身の体重を支えきれずにドテーンと横倒しになるのだそうです。(越生梅園の説明書き)
 それでも花を咲かせるものだから、人々は突っかえ棒で支えて幹を浮かせ、「臥竜梅」として愛でてきました。だから本当は足腰立たぬ寝たきり老木。(いつの日か空を飛ぶなんて不可能)
 人間でいえば、足腰は立たないけど生殖活動だけはお盛んな老人(男女)ということになります。
 そこでこんな句を詠みました。「行く末の我が身の手本臥竜梅」

 あとは節分の句。
 ある夜、近所から恐ろしい怒声が聞こえてきました。一瞬「夫婦喧嘩か」と思ってよく聞いたら、「鬼は外!」(えらくドスが効いてたぞ)
 そこで「喧嘩かと思ひし怒声鬼は外」(そのまんまやないか)

 他に節分の句として、「撒いた豆吸い取られては只のごみ」
 どうも味気ない。そこで「豆撒きの残滓翌日掃除機に」にしました。

 とりあえず月初めに四句詠みました。まだ句会までに日があるので、また詠むかもしれません。