先日、横浜駅東口からシーバスで横浜港めぐりをして山下公園に入ろうとシーバスのりばに行ったところ、午前9時。運行にまだ1時間も間があります。
 拍子抜けすると同時に、空腹感に襲われました。
 考えてみたら、朝メシを食ったのが午前5時。4時間経っている。腹も空くわけだ。
 そこで近くの中央卸売市場へ向かいました。

市場通り 市場内

 ここは2年前、神奈川台場跡から旧東海道を歩いているうち、瑞穂埠頭→コットンハーバーへと寄り道してしまい、市場のメシを食おうと中央卸売市場の入口に着いたのが午後3時。
 「もう、終わりだよ」と門衛のおじさんにいわれ、ガックリ。

食堂街 奥には食品店も 漬物店  

 いわばあのときのリベンジでもあるのですが……。
 中央卸売市場の食堂街に着いたのが9時15分。意外に近い。
 魚中心の定食屋(ハンバーグ、カレーもあり)寿司、天麩羅屋が8軒ほど。そのうちの魚料理の店に入りました。店は女将さんが切り盛りしています。常連客も多いようです。

マグロの切り身が 

 目の前にはマグロの切り身が無造作に置かれています。いかにも市場から下ろしたて。
 それを見ながら「ネギトロ丼」(¥800)をいただきました。なんたる臨場感。

ネギトロ丼

 写真右肩の小皿に盛られた黒いものはマグロの角煮です。
 「両方マグロじゃないか」と思ったのですが、この角煮、骨も髄も血合いも一緒に煮込んでいる。
 硬いのかと思ったら噛むとサクッと崩れ、骨まで食べられます。
 味付けは醤油のみ。しかし、これが意外に美味い。
 ネギトロ丼のほうも味は悪くないのですが、ご飯が軟らかかった。
 私は飯でも麺でも硬めが好きなので、これが難点。


 このネギトロ丼、量も多くて腹持ちがよく、夕方中華街に入っても全然腹が空かない。
 いつもならなにか食べるのですが、このときは食べないまま帰途につきました。


 帰宅したのは午後8時。さすがに空腹感を覚えましたが、ここで食っては便秘になるので、なにも食べず、10時に就寝。翌日は快適そのものでした。


 これだと横浜では朝中央市場で食事すれば、夕飯は食べなくていいことになる。
 魚介類だから、中華よりは身体によさそうだし。
 ただし、前回の店はご飯が軟らかすぎたので、別の店にするかな。


 6月上旬、句会の連中との横浜散策は中華街で食事するけど、これで最後になるのかも。

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 私はどこへ行っても神社・仏閣があれば、一応境内に入り、参拝します。(その後写真を撮ることもあります)
 これはキリスト教会でも例外ではなく、開いていれば入らせてもらい、礼拝します。
 (教会の場合は撮禁が多い)
 とはいうものの、キリスト教会の場合は開いていることは少なく、これまで入った教会は数えるほど。なかにはイスラム寺院でも礼拝していますが。(参照


川越キリスト教会・外観

 川越へくるたびに気になる教会がありました。
 川越坂戸毛呂山線にある川越キリスト教会。煉瓦づくりの瀟洒な建物です。

 それまでは通りの向こうから見ているだけでしたが、あるとき近くまで寄ってみると、ドアが開いていました。そこで図々しく入らせてもらいました。

ドアは開いている

 入口にあったパンフレットによると、同教会の伝道活動は明治11年(1878)から。明治22年(1889)に木造の礼拝堂が建てられたものの、明治26年(1893)、川越大火によって焼失。
 その後大正10年(1921) 現在の場所に煉瓦つくりの礼拝堂が再建され、現在に至っています。
 同教会は日本聖公会に属しているとのことです。

礼拝堂

 礼拝堂には誰もおられず、静謐そのもの。前列に立ち、手を合わせてお祈りしました。
 その後(撮禁とは表示されてなかったので)撮らせていただきました。


 もうひとつ。
 川越女子高の向かいにカトリック川越教会があります。
 伝道活動はフランス人神父によって明治25年(1892)から始まり、大正元年(1912)教会が建てられ、その後、数度の増築、改築を経て、平成4年(1992)現在の教会が建てられました。

門からの景観

 カトリックは私の祖父母が信者でしたが、ひとつ疑問があります。
 十字を切る際、どうして左→右なのか。
 昨年、横浜山手カトリック教会で聞いても今ひとつ納得できなかった。(参照

マリア像

 さて、その川越カトリック教会。
 以前桜の季節にマリア像を撮らせてもらった際、近くを通りかかった喪服姿の老婦人に質問しました。
 「えーッ、考えてもみなかった」と女性は当惑顔。
 それでも親切な方で、「神父様に聞いてみましょう」と教会内のロビーで私を待たせ、所在を聞きまわって、やっとひとりの神父様を連れてきてくれました。

庭からの外観

 「どのようなご質問でしょうか」
 黒い詰襟の法衣を着ていますが、まだ30そこそこの若い神父様です。
 そこで住所氏名を名乗り、例の十字を切る順序について聞いてみました。
 「順序ですか。これは慣習的なもので、なぜといわれても……」
 「しかし右から切る正教会(神田ニコライ堂)では、右に神がおられるからとのことです。左から切るカトリックにはそれなりの理由があるのではないかと」
 「いやあ、理由はないですね。考えたこともありません。ただし十字の切り方でカトリックか正教会かの区別がつきます。それだけですよ」
 非常に誠実な答え方でした。


 要するに「カトリックが左から切るのは慣習的なもので、理由はない」のです。
 それがわかった以上、この質問は打ち切ります。
 カトリックの皆さまにはご迷惑をおかけしました。お許しください。

 「うーん、ざっと見たけどあまりいいものはなさそうね」
 「そりゃそうだよ、こんな時間じゃ。もっと早くこなきゃ」
 そんなやり取りが交されています。
 ここは成田山別院。昨日(28日)は恒例の蚤の市(骨董市)が開かれました。
蚤の市① 蚤の市②
 ふだんはがらんとした境内に100店舗近い骨董・古民具などのお店がぎっしり入り込み、境内だけではなく道にまではみ出しています。
 この日は平日でしたが、けっこうにぎわってました。
女性は着物に関心を 日本刀も 昔のお金も
 通にいわせると、「この蚤の市は夜明けから始まるから、その時間に行かないと」とのことですが、こちとらそこまでの熱意はないよ。先日、小鉢が割れたのでその補充に。あとは冷やかし。

 「おや?」
 古伊万里(?)の鉢が30000円。となりの皿が35000円。古伊万里は高いと思うけど、それにしてもこんな値段で買うヤツいるのかね。こちとら3000円でも買わないぞ。
古伊万里?
 外国製のコーヒーカップやティーカップには興味あります。
 「この前もね、カナダのプリンスエドワード島、行ってきたよ。ほら、赤毛のアンの舞台となったところ」
 店主が年配客に話しかけています。
コーヒーカップ ティーカップ
 思わず店主の顔を見つめました。70代後半、総白髪の上品な顔だち。
 「赤毛のアン」は妻に勧められて読んだけど、無骨な当方にとっては理解不能の文学でした。
 ところがこの店主は大の愛読者らしい。
 とたんにティーカップなど、自分とは無縁のものに思われ、そこをあとにしました。
暇で居眠り?
 境内を出たところで、若い店主と年配客とのやり取りに遭遇しました。
 「これは防毒マスクだね」
 「そうです」
 「いくら?」
 「2500円です」
 「高いな。2000円に負けなさい」
 「えー、それじゃぼくが可哀相ですよ」
防毒マスク
  採算が取れない、というならわかるけど、「ぼくが可哀相」とはなんだ。甘ったれるのもいい加減にしろ。
 こんないい方、商売人として恥ずかしくないか。
 それにこんなぼろマスク、せいぜい300円。それを2500円で売ろうなんて図々しい。
 これが蚤の市のすべてとは思わないけど、本質の一部を垣間見たような気がしました。

 小鉢は11月に開かれる近所の福祉バザーで買うことにします。
 このところ、東急線と直結したことによって東武東上線沿線が脚光を浴び、先日もBSプレミアムで野火止用水のことが取り上げられていました。

 距離的にここを沿線とするのは無理がありますが、TV画面で見る景色はなかなかのもの。
 「あれッ、こんなにいいところだっけ?」
 わが家からそれほど遠くない。
野火止緑地総合公園
 野火止(のびどめ)用水とは、立川市(東京都)の玉川上水から新座市(埼玉県)を通り、新河岸川(志木市)に続く用水路のこと。全長約25Km。とくに新座市の景色が有名です。
憩いの森 ふれあい公園
 本当は上流から下ってくればいいのだけど……。
 立川からくるのは大変なので、新座市内だけにとどめ、まずは西堀地区から。
 「えッ、これが野火止用水?」
 整備された緑道の脇にチョロチョロと水が流れています。幅1mほど。水位も浅い。
 拍子抜けしました。
 しかもところどころ暗渠になって、上は遊歩道に。取り立てていうほどのものか。 
西堀地区 途中、暗渠に
 しかしこの用水の至るところにその成り立ちが説明されています。
 それによると、このあたり一帯は関東ローム層の乾燥した台地だったが、江戸時代初期(1655)川越藩主松平伊豆守信綱が玉川上水から分水して、野火止用水を開削し、これによって水に困窮していた開拓農民は武蔵野の地を開発することができたとのこと。
昔の風景
 そのためこの用水のことを「伊豆殿堀」とも呼ばれているそうです。
 そしてこの用水は昭和初期まで生活用水として使われていました。当時の写真もあります。
用水の分岐点
 史跡公園に着きました。
 ここで用水は本流と平林寺掘に分かれます。
 野火止用水は都市化が進むことによって生活排水と一緒になったため、水質が悪くなりましたが、埼玉県と新座市の努力によって昭和62年(1987)きれいな流れに復活させました。同公園にはその記念碑もあります。
 こんな小さな川が……と思ったことが恥ずかしい。
本多緑道
 野火止用水(本流)は雑木林(本多緑道)を通り、途中関越自動車道、産業道路に遮られますが、平林寺裏手の「伊豆殿橋」で、再び野火止用水に出会います。
 そのあとは平林寺裏の雑木林を通り、野火止緑地総合公園、憩いの森を通って、川越街道をわたってふれあい公園へ。
 あとは1kmmほど同じような遊歩道が続くので、ここで打ち切りました。
伊豆殿橋 平林寺裏
 実際に歩いてみると、TVに写された景色ほどのことはない。
 しかし平林寺裏の雑木林では紫陽花のつぼみがあった。6月中旬になればまたこようかな。
 昨日(05/26)は大相撲夏場所千秋楽。
 1敗の大関稀勢の里が琴奨菊に敗れた時点で優勝がきまりました。
 それまで全勝だった横綱白鵬は日馬富士を破り、2場所連続全勝優勝。優勝はこれで25回。そのうち全勝優勝が10回というのもすごい。
〇琴奨菊-●稀勢の里 その瞬間、白鵬は…
 結果的に見ると白鵬の強さが目立ちましたが、私から見ればけっこう危ない相撲もありました。
 相変わらず「引き、はたき」が多い。
 決まり手が「寄りきり」ではなく、投げ技が多いこと。

 「白鵬は最初から相手をブン投げてやろうと意識している」
 これは東京相撲記者クラブ会友の杉山邦博さん(元NHK)のことばです。
 さもありなん。これぞモンゴル相撲のDNA。
 モンゴル相撲には土俵というものはなく、投げ技主体ですから。
〇白鵬-●日馬富士
 しかし、これが近い将来「命取り」になるのではないか、と私は見ています。
 白鵬の得意は左からの上手投げ。残そうとする相手には、右手で相手の頭を押さえつけます。
 しかし、これがややもすると相手の頭を押さえつけることが先行し、逆に相手を呼び込むことになります。以前これで何度か取りこぼしました。
 今はそれで通じても、出足のいい若い力士が出てくればどうなるか。
白鵬
 安定した横綱になるには、投げよりも寄りを重視したほうがいいと思いますが、それは白鵬の相撲観だから、最近はあきらめました。

 DNAといえばヨーロッパ系力士の相撲観。とにかく「引き、はたき」が多い。
 相手に押されたら引く、というのがレスリングでは理にかなった反応ですが、いくら相手を転がしても、その前に土俵を割ったのではどうにもならない。
 「引かば押せ、押さば押せ」が相撲の鉄則。相撲に「引け」はありません。

 ところが4番に1番ぐらいは引き技で勝つことがある。
 これを「いい勝ち方ではないよ」と親方に注意されると、「なぜいけないんですか。勝ったのに」と食ってかかる力士もいるといいます。
 今場所、彼らの相撲を見ていると「さもありなん」と思いました。
 琴欧州はその典型。昨日勝って角(かど)番脱出したものの、ほめられたものではない。鶴竜の動きは明らかに変だったし。
〇琴欧州-●鶴竜
 もっとも今場所はヨーロッパ系に限らず引き技が目につきました。
 「引かば押せ、押さば押せ」という本来の相撲を見たいものです。
 深大寺を出て石段を降りると、門前町の賑わい。
 「いらっしゃい、いらっしゃい」
 「深大寺名物のおそばはいかが」
 各店の呼び込み合戦も盛んです。
深大寺から門前町を見る
 現在、深大寺の門前には30軒ほどの店が並んでいますが、その三分の二はそば屋さん。
 ご存じ、深大寺そば。
 この地はもともと湧水に恵まれていたこと、米の生産に向かないことから、小作人はそばをつくり、米の代わりにそば粉を寺に納めました。寺ではそばを打って来客をもてなしたのが、はじまりとされています。
門前町① 門前町②
 深大寺そばが有名になったのは、上野寛永寺の門主が大変気に入り、まわりの人々や全国の大名に「あそこのそばは美味いぞ」といったからだそうです。
 その後はここを訪れた文人墨客がほめたたえたとか。
水車
 私が初めてここを訪れたのは息子が4歳のとき。
 そばでも食べようか、と思っていたら、「サンドイッチがいい」
 息子の要求には勝てず、やむなくバス停脇のスナックに入って、サンドイッチを頼みました。
 「はははは。深大寺でサンドイッチ食べてきたの」
 帰ってから妻に思いっきり笑われました。悪いか、サンドイッチだって美味かったぞ。

 その後も何度か息子を連れてきましたが、あのときのことをいうと、「そうだっけ?」
 この坊主め、けろりと忘れやがって。
深大寺窯 絵付けをしているところ
 焼き物に絵付けをする深大寺窯は健在でした。
 覗いてみたら、女性が一心不乱に絵付けをしていました。いい茶碗できるかな。

 「ああ、これか……」
 ゲゲゲの鬼太郎をテーマにした鬼太郎茶屋。
 鬼太郎のグッズや書籍、菓子類が販売され、その奥は喫茶室。ぬり壁のみそおでんなどが味わえるそうです。2003年10月オープン。その後はNHKの朝ドラでも有名になりました。
奥に喫茶店が
 「せっかく深大寺にきたことだし……」
 そばを食べることにしました。
 どこにしようかと迷ったのですが、呼び込みのお姐(?)さんの美声につられて松葉茶屋へ。
ざるそば
 注文を取りにきたお姐さんに「もりとざるはどう違うの?」と聞いたら、
 「海苔がかかっているか、いないかだけです」
 それだけかよ。そば通が聞いたら怒るぞ。
 どちらでもよかったのですが、海苔がかかっているほうが見栄えがいいかと思って、ざるそば(¥750)を頼みました。細めですが、腰があってなかなかいい味でした。
 関東では必ずそば湯が運ばれてきます。残ったそばつゆをこれで割って飲みました。
そば湯 つゆ+そば湯
 同じ門前町でも柴又帝釈天に比べると……、
 こちらのほうが小ぢんまりして風情があります。
 柴又は二度と行く気はないけど、ここへはまたこよう……。
 そんな思いで深大寺をあとにしました。
 神代植物公園から裏門(深大寺門)を出ると、深大寺(じんだいじ)の敷地。
 深大寺の名称は水神「深沙大王」(じんじゃだいおう)に因むそうですが、天平5年(733)法相宗の寺院として開山され、その後(895)天台宗に改宗されました。
 本尊は阿弥陀如来。東京都では浅草寺に次ぐ古刹です。
境内 本堂
 本堂とは別に「元三大師堂」があります。
 元三大師とは慈恵大師(入滅したのが正月三日だったからだそうです)のこと。
 なかにはその慈恵大師像(鎌倉末期の作)が安置されています。
元三大師堂① 元三大師堂② おびんずるさま
 深大寺の由縁によると、近年では元三大師が深大寺の信仰の中心になったとうで、このときも読経の声がずっと聞こえていました。
 「おや、ここのもおびんずるさんが……」
 ここでは「賓頭盧尊者」といわれています。
 「インドの僧侶で、医学的な力をもっていました。大勢の病人を救ったところから、悪いところをなでると『病気平癒』の霊験があるといわれています」(説明書)

 さらに「なんじゃもんじゃの木」
 なんじゃもんじゃの木とは、その土地に珍しい樹種や巨木を指すので、土地によって違うそうです。深大寺ではヒトツバタゴ。(モクセイ科で英名はSnowFlower)。
 スノーフラワーというのは、開花すると雪が積もったように真っ白になるからだそうです。
 開花は4月下旬とのことで、見逃しました。
なんじゃもんじゃの木 虚子の句碑
 そして高浜虚子の句碑。「遠山に日の当たりたる枯野かな」
 うーん。俳句をやるものにとって句碑は大いに気になるのですが、私のような凡夫にはよくわかりません。(虚子26歳の作だそうですが、ますますわからん)
動物霊園① 動物霊園② 動物霊園③
 ところで、深大寺には動物霊園があります。植物園寄りにある萬霊塔がそれ。
 みなさん神妙にお参りされています。
 周囲の壁一面がペットの墓。ペットの写真も貼られたりして、いかに家族から愛されていたかがわかります。
 今のシーズン、バラが真っ盛り。
 ということで調布市(東京都)の神代植物園に行ってきました。
 ここの「ばら園」は圧巻。
 関西では大阪の中之島公園のばら園が見事ですが、ここはそれを上回ります。
ばら園・全景
 なにしろ広さ16000㎡、現代バラから野生種・オールドローズなど409品種・約5200株のバラが栽培されているから、スケール、量、質ともに群を抜いています。
ばら園① ばら園② ばら園③
 ここも府中市に住んでたころは子どもを連れて何度かきたことがありますが、バラの季節は初めて。「こんなに見事だったのか」という思いです。
バラハウス? 中央の噴水
 私は花にはおよそ無知で、名前もほとんど知らないのですが、印象に残ったものをピックアップしました。

グランドホテル(イギリス)
 アイスバーダ(ドイツ)
 グランドホテル。全景写真でもうバレバレですね。アイスバーダ。真っ白なバラです。

レオナルドダビンチ(フランス)
 なぜこれがレオナルドダビンチなのか、よくわかりません。

ミラベラ(アメリカ)
 アメリカ産のミラベラです。 ミッチ・ミラーの「テキサスの黄色いバラ」を思い出しました。
 ♪There's a yellow rose in Texas, that I am going to see……
 子どものころ、よく聴いた曲です。実在の女性のことを歌った曲だそうです。

 映画「ジャイアンツ」(1956)で牧場主(ロック・ハドソン)と酒場の店主が人種差別が原因で殴り合っているとき、ジュークボックスにかかっていたのがこの曲です。個人的な思い入れではありますが。
 本日のおまけは「テキサスの黄色いバラ


 一昨日(05/21)句会のあと、みなさんに私の作成した横浜散策プランを提示しました。

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 6月は横浜港が開港された月なので、「開港まつり」として盛り上がる時期。とくに第1週は山手西洋館では「花と器のハーモニー」という生花中心のイベントで盛り上がります。
 そこで山下公園山手西洋館元町中華街で食事というのはいかが。

横浜ベイシティ交通マップ

 <往路>鶴瀬・みずほ台→和光市(09:17発)→(渋谷)→横浜→元町中華街駅(10:30着)

 →徒歩(約10分)で山下公園へ。海を眺めて散策。
 赤い靴をはいていた女の子の銅像、かもめの水兵さんの歌碑、バラの花壇
 「氷川丸」シニア(65以上)料金(¥100)
 →山下公園の東端「水の階段」→「せかいの広場」→「ポーリン橋」→元町中華街駅5番出口(徒歩12分)→エレベーターで屋上階へ→「アメリカ山公園」(12:30見当)

山手西洋館マップ

 →「港の見える丘公園」(徒歩5分)バラ園、西洋館などを見学。
 →喫茶店でティータイム(山手111番館が第一候補)
 →エリスマン邸の脇道(額坂)から下りる→元町公園→元町へ(15:00見当)。
 →元町を散策して→中華街へ(15時30分見当)散策、関帝廟など見学、土産物買い
 ※中華街で食事。店は未定。

 <復路>元町中華街→(横浜)→(渋谷)→和光市→みずほ台・鶴瀬へ。
 18時台は川越行き直通はなし。和光市、志木までなら6本あり。(所要時間は約80分)

ベイサイドきっぷ案内(表) ベイサイドきっぷ案内(裏)

 <交通費>鶴瀬・みずほ台⇔横浜中華街(920×2=¥1840)
 「ベイサイドきっぷ」(往復¥1790)あり。
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 お年寄り(70代後半)向けの超ゆったりプランです。
 それでも「西洋館は全部観なくていいから、中華街に入るのを15時にしてください」との注文が入り、修正しました。
 お年寄りには「いろんなところへ行きたい」という欲求はあまりないようです。


 問題は日にち。
 みんなの都合の悪い日を消していって、残ったのは金曜日。6月7日にきまりました。
 足が悪くて行けないという人もいて、参加者は男(私も)4名、女6名の計10名。


 帰宅すると会長から「来月7日の横浜散策はお世話になります」とのメール。
 責任重大です。

2013.05.22 五月の句会
 昨日(05/21)は五月の句会でした。
 私の出句は、
 ①口開けて群がる鯉に春日差し
 ②庭園を歩き疲れて著莪の群れ
 ③男女輪に暗闇祭の名残りかな

 の三句です。
大きな口を開けて群がる鯉
 ①これは清澄庭園の泉水の鯉を詠んだもの。手を叩くだけで鯉が群がってきます。
「浅ましいヤツらめ」といったら、先輩に「そんなこというものではありません」とたしなめられました。
 すみません、人間が屈折しているもので。
 ②清澄庭園は意外に広かった。なにを句にすればいいか、ネタを拾いながらあちこち歩いて、ふと前を見たら一面の著莪の花。不思議に気持ちが落ち着きました。
シャガの群生 シャガの花
 ③これは府中市のくらやみ祭を詠んだもの。以前にも紹介しましたが(参照)、昔は町中の明りを消して真っ暗ななかで行われた男女無礼講の祭でした。
 近代になってさすがにそんな面は排除されましたが、健全化されるとどうも面白くない。多少淫靡なほうが参加者のモチベーションが上がるのではないかと、よけいなことを考えながら見ていると、男女肩組んで輪になって「ほいさほいさ」と踊り狂い、終いに足がもつれて路上に倒れこんでいました。
 それをかなり強引にくらやみ祭の名残りに結びつけました。
男女肩を組んで踊る
 今回は先生もK氏も休まれたので、なんともまとまりのないものになりました。
 その得票数。
 ①春口開けて群がる鯉に春日差し……(0)
 ②庭園を歩き疲れて著莪の群れ……(1)
 ③男女輪に暗闇祭の名残りかな……(0)
 (出句13名、選句はひとり5句。カッコ内は得票数)

 今回は②に一票入っただけ。惨敗です。

 先生もK氏も不在のため、選句→披講(発表)→名乗り→(個々で正の字を書いて票数を数える)……のあとは、それぞれが選んだ句の感想を述べるという形をとりました。
 得票数の少ない私は肩身の狭い思いです。

 一票も入らなかった句は誰の句かわからない。そこで「これは誰の句?」と順番に開けていきました。

 ③に関しては、暗闇祭は初夏の季語であるものの、こちらの人は知らないから一票も入らないだろう、と最初から覚悟してました。
 そこで暗闇祭の昔の淫靡な風習を説明したところ、
 「先生ならきっと◎くれたわね」
 仕切り屋のおネエさまに半畳を入れられる始末。

 当方としては、今回も散々な句会でした。
 山手通りから元町公園を経由して元町に下ります。
 「買わなくても、ウインドショッピングぐらいはしたいわね」
 この前話したときでも何人かの女性がそういっていたから、素通りはないでしょうね。
 移動の時間も含めて30分ぐらいとりましたが、男にとってはあまり面白くない時間帯です。

 それでも早めに中華街に入ることにします。
 早めに帰りたいのと、夕食の混雑どきを避けるためです。

 中華街での食事ですが、山手に比べると格段に安い。メジャーなところは別にして、香港路(ホンコンロー)や市場通りの店は終日セットメニューがあり、600~1200円とリーズナブルです。
 例の豚足ソバ以外ではとくに店は決めず、1000円以下で済ませてました。
市場通り① 市場通り②
 「さて、どこにするか」
 中華料理店のメニュー看板を見ていたら、「どうぞ」
 チャイナドレスを着た呼び込みの女性にニッコリと誘われました。思わず入りそうになりましたが、「そうじゃないんだよ」
 そこで1ヵ月ほど先15人ばかり年寄りを連れて中華街にくるので、どこにしようか下見しているところだというと、「よろしかったら予約してください」と店の名刺を渡されました。日にちも決まってないから、予約はちょっと……。
 「参考にしたいから」と看板の写真も撮らせてもらいました。
市場通り③ 市場通り④
 で、これをとなりの店でもやりました。
 前の店の女性からは「なんだ、こいつ」と思われたかもしれませんが、こちらとしては選択肢は多いほうがいいからね。

 市場通りだけではなく香港路も同じようなことをやって、溜まった名刺が10枚ぐらい。
 しかし、店の看板をいくつも撮っているうちに、「どうでもいいか」
香港路① 香港路②
 どこも同じではないか。当日は行き当たりばったりでいこう。
 ただし、店側としていきなり10数人の席は確保できないとなると、最初に(先遣隊が)ざっと回ってこれと決めた店に「30~40分後にくるから」と予約を入れ、媽祖廟や関帝廟などを見学すればいいのではないか。
 関帝廟 媽祖廟
 ということで、あまり深くは考えないことにしました。
 掲載した看板の写真は店名が出たり出なかったり、同じ店が出たりして、不公平感は否めませんが、写真の構成上のことで他意はありません。

 最後に、看板写真ばかりでは申しわけないので、ある日の食事を。
エビチリ定食 卵スープ
 市場通り「宝福楼」のエビチリセット(¥850)です。卵スープを別に撮ったのは、あとできたから。
 山下公園から山手通りにくるのに、いつもは谷戸坂を上るのですが、ジイサン、バアサンにはキツい。そこで「元町中華街駅」5番出口からエレベーターで屋上(アメリカ山公園)に出ました。
 同公園については何度か取り上げているので省略しますが、ここもバラが見事でした。
アメリカ山公園① アメリカ山公園②

 「おや? こんなところに」
 アメリカ山公園をあとにして、左側の石垣(ブラフ積み擁壁)に「横浜地方気象台」の白いプレート。 一般公開中、しかも「入場無料」とあるので、迷わず入りました。
気象台のプレート
 アールデコ調の建物、なかなか立派です。
 建物のなかは、気象台の役割と仕事を説明したものが展示されています。
 渡り廊下の向こうの別庁舎では、神奈川県の気象状況を監視する現業室も。 
展示 気象を監視する現業室
 「この建物の全景は撮った? 安藤忠雄さんが設計したのよ」
 靴を履き替えて出ようとしたとき、ひとりの年配女性に話しかけられました。気象台の人?
 それに安藤忠雄さん(表参道ヒルズの設計者)って本当かよ。どうも胡散臭い。
アールデコ調の建物
 女性はこちらの疑念など気にもせず、「おトウさん(私のこと)はどこからきたの?」
 そこで埼玉からきたこと、6月に年寄りを連れて山手散策にくることを話しました。
 「ここでのティータイムだと、どこがいいかなあ」
 「山手通りはみんな高いよ。そうだ、あそこなら安いよ。港の見える丘公園の左側に公務員宿舎があるでしょ。あの2階の喫茶店」
 そういってバアさんは外人墓地入口前までついてきて説明してくれました。

 「私はこれから下(元町)で食事だよ。フカヒレ定食が700円。安いでしょ」
 親切なバアさんではありますが、やはり変な人……?
 横浜にくると、どうもこの手のタイプから話しかけられます。
港の見える丘公園 ローズガーデン 奥はイギリス館
 その公務員宿舎の2階ですが、ステーキハウスでした。珈琲だって安くないぞ。
 そこで付近の喫茶店をざっと調べました。
 珈琲は¥500~600がふつう。
 大佛次郎記念館「霧笛」……珈琲+チーズケーキ(¥840)
 レストラン「山手十番館」……カレー(¥1000)、珈琲(¥500)※ランチは高い
 えの木てい……珈琲(¥577)、ケーキ(¥577~)
 山手111番館・喫茶室……珈琲(¥577)、ケーキ(¥500~)
 エリスマン邸・喫茶室……珈琲(¥577)、ケーキ(¥500~)
喫茶「霧笛」 ローズガーデンえの木亭
 いずれも昔、一度入った(珈琲のみ)ことはありますが、たしかに当時から高かった。
 このなかから連中がよろこぶところをあえて選ぶとなると、山手111番館・喫茶室(ローズガーデンえの木てい)でしょうか。眺めがいいから。

 それにしても……。
 横浜地方気象台の建物、あとで調べると、安藤忠雄氏の設計というのは本当でした。
 あのバアさんのいうことを疑って悪かった。
 それに700円のフカヒレ定食、どこなんだ。あのとき詳しく聞いときゃよかった。

 わが句会のメンバーを横浜に連れて行くプラン。
 そのなかで、横浜・東口からシーバスに乗って、横浜港をめぐって山下公園へ……というコースも入れ、選択させるつもりでしたが、いろいろ考えた挙げ句、やめました。

 これには横浜東口のシーバスのりばから乗る必要がありますが、これがあまりに遠い。階段を上ったり降りたり、しかも延々と続く通路。述べにすると約600m。彼らの足では無理。

シーバス乗り場


 まあ、船に関してはいずれ三途の川を渡ることだし……。


 もちろん当方も例外ではありませんが、たまには海から港を眺めてみたい。
 実はこのコース、数回経験があります。
 ひとりで乗ったこともあれば、家族、友人と乗ったこともあります。

みなとみらいの光景①

 「たまには海から港を見るのもいいものだぞ」
 相手が違うだけで、口説き文句は毎回同じ。(ボキャ貧です)
 みんな満足してくれます。(社交辞令?)

いよいよ乗船

 このとき乗船したのは10:40発のぷかり桟橋、赤レンガ倉庫経由の山下公園行き。
 まだ早い時間帯だからか、客はパラパラ。
 やはり船尾のオープンデッキに行きますね。
 眺めがいいし、開放感がある。潮風を肌に直接感じられるところもいい。

船から見るポートサイド地区左舷の客たち

 「右舷か、左舷か、どちらがいいのですか」
 若者のグループに聞かれました。
 「右舷のほうが常に市街地を見られるよ。左舷は外海だけど、防波堤や倉庫ばかり。でもベイブリッジが見えるかな」
 とアドバイスしてやりました。

ぷかり桟橋(手前) くらげも見える

 「これはいかん、帽子が飛ぶ」
 けっこう強い風です。

みなとみらいの光景②

 船はみなとみらい地区に入り、ぷかりさん橋へ。名前のごとく浮橋です。
 「見て見て、くらげがいる」
 となりの女の子。海だから、くらげがいるのは当然ですが、こちらもつられて写真を撮りました。

左に見えるのは海上自衛隊の船

 ぷかりさん橋を出ると、右舷に海上保安庁の船が停泊しています。日夜密輸を取り締まっているとのことで、お役目ご苦労様です。

 たまには海からの眺めも悪くないかな……。

 私の前に三途の川の渡し舟がくるのは、今しばらくお待ち願います。

 
 橋下氏が米政府に「風俗活用論」を主張し続けていればどうなるか。
TVニュースより①
 その前にアメリカの国家権力と「言論の自由」「情報公開の請求権」について考えてみます。
 ここにひとりの男がいいて、ホワイトハウスに「アメリカを本当に支配しているのは誰か」と質問したとします。
 最初は歯牙にもかけられないでしょう。あるいは「アメリカを支配しているのは大統領を選ぶ人民」と通り一遍の答をするかもしれない。
 それでも「そんなことでは納得しない。誰が本当の支配者なのだ」と質問したとします。それも単なる手紙ではなく、ニューヨークタイムズの意見広告のような形をとる。すると、どうなるか。
 「これは面倒なヤツ。捨て置けない」
 米政府がそう判断したら、社会混乱罪とかなんとか理由をつけて、逮捕にかかるでしょう。収監先は精神病院。そこで徹底的な恫喝、拷問も受け、そんな考えをやめるように説得されます。
 それでもいうことを聞かなかったら……。
 ある日、ハドソン湾にその男の死体がぽっかり浮かぶ。死因は不明……。
 警察は発狂ゆえの自殺と認定し、闇に葬ります。こわいよー。

 私はそんな愚かな質問はしません。大体の見当はついているから。
 知りたいですか?
 アメリカの真の支配者は大統領、ではなくてその政策ブレイン、でもなくて、それに直結するロビイスト(圧力団体)。ロビイストの大半は軍産共同体。ライフル協会も入っています。
 だから生産した武器の在庫整理と性能点検のため、数年に一度戦争を起こすのです。

 要するにロビイストの逆鱗に触れてはならんのです。
 これはロシアや中国だともっと露骨で、すぐに抹殺されます。アメリカでもご多聞に洩れず……。
 ジョン・F・ケネディがその例、アメリカの差し金で逮捕され政治生命を絶たれた田中角栄も同じです。
TVニュースより②
 ある国がある国を占領したら、必ず多くの強姦事件が起こる。
 1945年ソ連がドイツを侵攻したときや、アフリカの民族紛争などでは悲惨の極みでした。
 わが国はそんなことにならないように、幕末の横浜には港崎(みよざき)遊廓(今の横浜公園)をつくり、戦後はRAA(進駐軍特殊慰安施設)をつくって性の防波堤にしました。
 「だからアメリカさん、そこをなんとか考えてくださいよ」
 といったのが今回の橋下氏の提言。現実的な対処法です。それを「人権侵害」と憤る女性団体の意味がわかりません。(強姦のほうがもっとひどい人権侵害ではないのか)

 風俗を利用するのは彼らの倫理観にもとるとのことですが、その倫理観で兵士の性犯罪を抑止できないのだから世話はない。
  のみならず、橋下発言に対して、米国務省報道官は「言語道断で不快」と非難していますが、笑止千万、非難するのは沖縄の性犯罪をなくしてからにしてほしい。
 TVニュースより③
 風俗といえば、聖書にマグダラのマリアのくだりがあります。( ヨハネ福音書第8章)
 彼女についてはいろんな解釈がありますが、私は娼婦だと思っています。イエスは彼女にこういいました。「好きなように生きなさい。あなたに罪はない」
 というわけで、イエスは風俗を否定してない(?)

 まあ、私がこんなことをいくらいっても、「業界の提灯持ち」と思われるだけ。 (それで結構)
 それよりも大阪市長である橋下氏がいってくれたほうがはるかにインパクトがあります。

 ただし、前にもいったようにアメリカはそんなに寛容な国ではありません。橋下氏の提言を「言語道断で不快」と非難した以上、この意趣返しは必ず橋下氏の身にふりかかってきます。
 それはおそらく彼がアメリカへ行ったとき……。
 これは面白いことになった、と思いました。
 日本維新の会の代表橋下徹大阪市長のアメリカ軍司令部に対する進言、
 「沖縄の米軍は合法的な範囲内で風俗業を活用してほしい」

 これに対しては多くの女性議員や沖縄の女性団体は猛反発。
 戦中の慰安婦の実態や戦後の米兵による性被害について調査している宮城晴美さんは、
 「地方自治体を預かる長が女性の人権を無視する発言をするとは、その資質を疑う。人の痛みが分からずにどんな行政ができるのか」
 沖縄県女性団体連絡協議会の伊志嶺雅子会長(69)は、
 「風俗店を活用していないから規律が守れず、米兵らの犯罪が起こるという発想にびっくりした」
TVニュースより①
 一方、日本維新の会の石原慎太郎共同代表は、「軍と売春はつきもので、歴史の原理みたいなもの。決して好ましいものではないが、彼は基本的にそんなに間違ったことはいっていない」

 「ええぞ、ええぞ。もっといえ」
 橋下氏と石原氏、日ごろ意見を異にする私ですが、これに限っては一致します。

 以前にも述べましたが、私は風俗の取材をしていたことがあり、その体験から「この種の産業は必要である」という結論に達しました。
 女性は不愉快かもしれませんが、男には抗しきれぬ性欲があります。とくに若い時代は。
 橋下氏は、沖縄における米兵の性犯罪を極力減らしたいという立場から、現実的な対処法を述べただけです。
 風俗女性が(金のためとはいえ)自由意志でやっている以上、人権侵害には当たりません。

 この「風俗活用論」をアメリカ軍は「あり得ない」と一蹴。
 「アメリカはずるい。現地の女性を活用しながら性に対応してきたことも事実」と橋下氏が指摘したことについて、米国防総省のリトル報道官は15日、「そうした行為(買春)には強く反対している」反論しました。
 「そうした行為はいっさいなかった」といわなかったところがミソですが。
TVニュースより②
 橋下氏も引き合いに出したRAA(進駐軍特殊慰安施設)。これは敗戦直後、進駐軍が日本を占領したとき、警視庁の肝煎りで、芸妓組合の代表、吉原の貸し座敷、女郎屋の代表などの協力を得て、つくられた売春組織のことです。目的は性の防波堤でした。小沢昭一・永六輔「色の道、商売往来」 
 戦後の横浜には、その姿はざらに見られました。写真もあります。奥村泰宏, 常盤とよ子「戦後50年 横浜再現―二人で写した敗戦ストーリー」(平凡社)

 それを根拠に攻めようと思えばいくらでも攻められる。
 ところが昨日(16日)、「言い方、順番、アメリカの文化、風俗文化、性に対する考え方、価値観について認識が甘かった」と述べ、テレビ番組でも「表現のつたなさがあった。国際的な感覚が乏しかった。僕が言った法律上認められる風俗がアメリカにとっては買春売春で絶対に認められない、ととられたことは反省すべきだ」とトーンダウン。
 一方「米兵の性的エネルギーのコントロールは(米軍に)議論してもらいたい。そういう方法としてひとつ(風俗が)ある。それを排除してどういう方法があるのか」と。

 私から見れば「ヘタレ」の感は免れない。
 もし彼が徹底的に「正論」をいい続けていればどうなるか。それは明日、述べることにします。
 先月の俳句会で、雑談しているうちに数人で、「横浜、行きたいわね」ということになり、「辻さん、プラン立てて」といわれました。

 こちらとしては、みなさんに貢献できるのはこれぐらいしかない。
 そこで3通りのプランを立てました。それで選んでもらおうと思ったのです。

 <往路>鶴瀬・みずほ台→和光市→(渋谷)……これはどのコースも同じなので省略。
 <復路>元町中華街→(横浜)→(渋谷)→和光市→みずほ台・鶴瀬……も。


山下公園①
 山下公園②
 <コース1>山下公園を見て、山手通りを散策
 (渋谷)→横浜→元町中華街駅→徒歩で山下公園へ。海を眺めて散策。「氷川丸」見学。
 山下公園の東端「水の階段」→「世界の広場」→「ポーリン橋」→元町中華街駅5番出口(徒歩12分)→エレベーターorエスカレーターで屋上階へ→「アメリカ山公園」
 →外人墓地の前を通って→港の見える丘公園→バラ園などを散策。
 喫茶「山手十番館」、あるいは「山手111番館」「エリスマン邸」など西洋館の喫茶室でティータイム。
 山手通りを散策→イタリア山庭園まで。エリスマン邸までもどって、その脇道(額坂)から下りる。→元町公園→元町へ。→中華街、食事。土産物買い。→元町中華街→帰路

シーバス
 
<コース2>海から港を見て、山手通りを散策
 →横浜・東口からシーバスに乗って、横浜港をめぐって山下公園へ。海を眺めて散策。
 あとは<コース1>と同じ。


港の見える丘公園
 ローズガーデン 山手111番館
 <コース3>山手西洋館めぐり
 駅から山下公園まで歩くのはとても無理、というお年寄り向けのコース。
 →元町中華街。駅からエレベーターにてアメリカ山公園へ。外人墓地のすぐ近くに出る。→港の見える丘公園→バラ園などを散策。
 あとは<コース1>と同じ。


元町
 中華街
 <コース3>はつけ足しです。山下公園に行かないのなら、面白くもなんともない。

 しかし、あの主体性のないジイサン、バアサンに選ばせるのは酷というもの。3通りプランを示したところで、「お任せします」というに違いない。彼らに即したプランをこちらから立ててやる必要がある。

 そう考えた私は、結局<コース1>で、できるだけ時間に余裕を持たせたプランを提示することにしました。
 海から港を見て山下公園に入るコースも魅力あるのですが。
 昨日に続き、今日は写真⑤~⑩

八幡様
 若い女性が多い
 写真⑥・・・川越八幡宮
 縁結びの木とは、昭和8年(1933)現天皇御生誕を記念して境内に雄雌のイチョウを植樹したところ、いつの間にか二本の木が寄り添い一本に結ばれたことに由来する、とのこと。
 そのためこの御神木に触れ、手を合わせる人が絶えません。多くは若い女性。なかには年配のおばさんも。まあ、人それぞれ事情はありますから。

羅漢像
 ズラリ並んだ羅漢像 寝た羅漢も
 写真⑦・・・五百羅漢です。
 川越の観光名所のなかでも、ひときわ人気あるのがこの五百羅漢。(日本三大羅漢のひとつ)
 笑ったり、泣いたり、怒ったり……その表情はさまざま。
 「 おッ、アイツじゃないか」。仲の悪い知人に似た羅漢様もいたりして。

川越城本丸御殿
 御殿内の廊下
 写真⑧・・・正解は川越城。厳密には川越城本丸御殿です。
 川越には大きな城がありましたが、明治になって城内が埋め立てられ、市街地になりました。
 本丸御殿、櫓、お濠、城壁などあちこちに分断された形で残り、本丸御殿のとなりに高校があるのはそのためです。問題の写真は家老たちが評定(密談?)しているところ。もちろん人形です。

菓子屋横丁
 値段も手ごろ 芋も売っている
 写真⑨・・・菓子屋横丁です。
 ここでは明治の初めから菓子を製造していましたが、関東大震災で被害を受けた東京に代わって駄菓子を製造供給するようになり、昭和初期には70軒ほどに増えたといわれています。(現在は20数軒)
 あめやせんべいなどの下町風の駄菓子が多いのが特徴。川越名産の「いも」もあります。

伊佐沼の蓮①
 伊佐沼の蓮② 蓮の花
 写真⑩・・・伊佐沼です。
 自然沼としては埼玉県内最大、関東でも印旛沼に次ぐ広さです。
 なんといっても、7月初旬に咲く「古代蓮の花」は見事。私なんかは「おッ、きれいだな」と感心するだけですが、これを復活させ、一斉に咲かせるには「川越蓮の会」の並々ならぬ苦労があったようです。


 何問できましたか。川越をご存じの方にとってはやさしかったでしょうね。
 川越に行ったことのない人でも、3~4問は解けたと思います。
 昨日の問題の解答です。10問一気に出すと長くなり、写真も多くなるので、今日は写真①~⑤です。


時の鐘
 みんな上を見上げる
 写真①・・・川越といえば、時の鐘。これはわかりましたね。
 時の鐘は江戸時代初期、川越城主酒井忠勝によって建てられましたが、明治26年(1893)の川越大火で消失。翌年に再建され、現在に至っています。3層構造で、高さ約16メートル。
 現在は1日に4回(午前6時・正午・午後3時・午後6時)鐘の音を響かせています。


背後にまわると
 まずはお祈りを
 写真②・・・女の子の背後にまわって見ると、硬貨を洗っていました。ということで銭洗い弁天
 鎌倉にもあるので、わかった人も多いかと思います。
 ちなみに「ここでお金を洗えば倍になる」というのはウソで、「お金は大事に使いなさい」との戒めだそうです。こんなことで倍になるなら苦労はない。


境内
 大鳥居 絵馬のトンネル
 写真③・・・正解は川越氷川神社
 当神社の歴史は古く、1500年前、大宮の氷川神社より分祀、奉斎したことに始まるそうです。
 縁結び、家内安全の神社として知られ、絵馬の奉納が絶えません。問題の写真はその絵馬のトンネル。絵馬参道といいます。なかなか見事でしょう。


屋上①
 屋上② 神社もある
 写真④・・・正解は丸広百貨店の屋上
 地元では絶大な人気のあるデパートです。とくに屋上は子どもだけではなく、高校生にも人気があります。私は「どうせ地方のデパートだろう」と思っていましたが、なかに入ると、商品、陳列など、銀座や新宿のデパートに一歩も引けを取らないハイセンスぶりです。
 トイレ全個室ウォシュレット完備というのもすごい。


弘法大師の銅像
 隠れ不動 祈る女の子
 写真⑤・・・成田山別院。成田山新勝寺の別院で、真言密教の寺院です。
 ここは不動明王が信心されていますが、これとは別に「隠れ不動」というのが岩の間にあります。これを見つけた女の子が一心不乱に祈る姿が可愛いので、思わずシャッターを切りました。


 コメント欄は閉じています。
 横浜に続いて、今度はクイズ川越編です。
 川越は関東の一大観光地とはいえ、いかんせん地方都市。そこでマニアックなものは極力避け、オーソドックスなものにしました。

 川越にきたことがない人でも、写真や映像などでご存じの方は、わかるかもしれません。
 また当ブログを読んでいれば、当然わかる……はず?

写真① 写真②
 <ヒント>写真①・・・川越といえば……。写真②・・・この子はなにをしているのか。それがわかれば、わかります。


 写真③写真④
 <ヒント>写真③・・・関東のローカルニュースででときどき出てきます。写真④・・・川越の高校生の初デートの定番とか。


写真⑤
 写真⑥
 <ヒント>写真⑤・・・本院は千葉県にあります。写真⑥・・・縁結びの木


写真⑦
 写真⑧
 <ヒント>写真⑦・・・有名です。写真⑧・・・当然川越にもあります。


写真⑨
 写真⑩
 <ヒント>写真⑨・・・B級スィーツ大好き人間にとってはたまらない? 写真⑩・・・2ヵ月後が楽しみです。

 何問わかりましたか?
 解答は明日・明後日。
 例によってコメント欄は閉じます。
 前回はラジオのリスナーによる「つい口にする関西弁ベストスリー」でしたが、今回は私がよく口にする関西弁ベストスリー。
 こっちへきて数10年になるので、日ごろは関東弁でしゃべっているつもりですが、関西訛りは抜け切れない。
 それどころか、TVに向かってつぶやいているときは、どうやら関西弁……らしい。
 どんなことばを頻繁に使っているのか、自分で分析するのはなかなか難しいけど、やってみました。

 ③なにいうとんね
 関東弁では「なにいってるの?」
 意味不明、のことです。
 ただ聞いているのではなく、相手を少しバカにしているニュアンスがあります。
 私としては「なにいってるの?」というより、「なにいうとんね」のほうが迫力があって好きです。

 ②ほんまに
 関東弁では「本当?」
 相手のいうことに念を押しているように聞こえますが、「ほんまに」は単なる相槌。
 あまり私が「ほんまに」を連発するので、息子も「ほんまに」と相槌を打つように。
 今は離れているので、もういわなくなったと思いますが。

 ①しょうもな
 なんといってもこれがいちばん多い。
 関東弁では「つまらない」ですが、関西人のいう「しょうもな」は「しょうもない」とはまた違って幅が広い。
 以前息子が手がけた演劇を一緒に観ていて、少しこっけいな場面があったので、「はははは。しょうもな」といったら、「なんだ、笑ってるじゃないか」
 関西人は面白いときでも「しょうもな」というんだよ。
 笑わせるギャグが姑息なものだと、「こんなもので笑ってしまった」という自戒の念が込められています。

 以前TBSラジオの「たまむすび」を聴いていて、博多大吉の仮歯の話に笑い転げ、その直後に「しょうもな」とつぶやいてしまいました。
 私の場合、爆笑したときでも「しょうもな」というようです。
 一昨日の<横浜PHOTOクイズ>の解答(⑥~⑩)です。 


総受付の香積台
 長い廊下 石原裕次郎の墓  
 写真⑥・・・曹洞宗の総本山「総持寺」です。問題の写真は三門でした。大きくて立派ですよね。
 関東最大の寺院で、一、二のパワースポットともいわれています。石原裕次郎のお墓があることでも有名です。


野島漁港
 旧伊藤博文邸 夕照橋
 写真⑦・・・「野島漁港」。単に野島でも正解です。
 漁港とそのうしろにある山。これでもうおわかりでしょう。この山頂には展望台があって八景島や横須賀の夏島地区を見ることができます。また旧伊藤博文邸があって、景色のいいところです。


ミシシッピ・ベイ
 上海横浜友好園
 写真⑧・・・「ミシシッピ・ベイ」。本牧市民公園でも正解とします。
 上海横浜友好園があることでも有名。写真は湖心亭。
 「ミシシッピ・ベイ」の呼び名はアメリカの水兵がここを見て、故郷の「ミシシッピ湾」を思い出したからといわれています。
 ちなみに地元のお年寄りに聞いても、首を傾げて、「さあ……」
 そこで私が説明すると、「えーッ、そうなんですか」「いやあ、勉強になりました」といわれ、ガックリしたことがあります。


霧笛橋
 神奈川近代文学館
 写真⑨・・・「霧笛橋」。橋の向こうの建物がわかれば簡単ですよね。これは神奈川近代文学館。
 橋の名は大佛次郎記念館の脇にあるからでしょう。(「霧笛」は開花モノの代表作)
 この神奈川近代文学館には夏目漱石、芥川龍之介、泉鏡花から有島三兄弟、武者小路実篤、川端康成、太宰治、三島由紀夫、吉川英治、山本周五郎……の自筆原稿や資料が展示されています。


旧東海道
 田中屋前 旧東海道の絵 関所跡
 写真⑩・・・「旧東海道」。田中屋の看板や、「神奈川宿」の掲示板でおわかりになったかもしれません。
 横浜駅から北へ進み、環状1号に出て、そこから高台に上がると、この道に出ます。
 実はこれが旧東海道で、崖の下は海だった。横浜駅は広大な埋立地にできたわけです。



 いかがだったでしょうか。10問中7問できれば、あなたも横浜通?
 昨日の<横浜PHOTOクイズ>の解答(①~⑤)です。

 
両斑の家① 両斑の家② チャントッテ
 写真①・・・正解は三ツ池公園(鶴見区)にある「コリア庭園」です。
 これはチャントッテといって、味噌や醤油などの調味料を保存する壷です。コリア庭園のことは知らなくても、韓国の歴史ドラマに詳しい方なら、この壷のことはご存じでしょう。


鳥居 亀の子タワシの奉納
 写真②・・・「本牧亀の子神社」。三溪園に向かう本牧桜道にあります。
 由来によると、大昔漁師の網にかかった大亀が石に化し、その石は百日咳に効験ありとして信仰されるようになりました。このたわしは治った人のお礼として奉納されたものです。


大倉山記念館 内部① 内部②
 写真③・・・「大倉山記念館」。今では大倉山梅園のほうが有名になりました。 (参照
 ここはもともと大倉精神文化研究所の本館として竣工されたものを昭和56年横浜市が買い上げ、敷地は公園として一般公開されるようになりました。


県庁新館 県庁新館食堂より タイ風カレー
 写真④・・・正解は「県庁新館11階の食堂」から。
 ビューポイントの穴場です。ちなみにこのときは「タイ風カレー」というものを食しましたが、味は? これならふつうのカレーを頼めばよかった。


ゲント横浜 ゲント横浜・内部 看板
 写真⑤・・「ゲント横浜」。新高島にある「遊」と「食」の複合エンターテイメントパークです。
 なかは横浜の開港当初の街並が再現されています。



 今回も解答書き込み防止のため、コメント欄は閉鎖です。次回からは平常通り。

 突然ですが、クイズです。
 ここに10枚の写真があります。さてどこでしょう。
 いずれもクリックで拡大できます。


写真①
 写真② 写真③

 <ヒント>写真①・・・有名な公園の一部です。写真②・・・有名な庭園の近くにあります。写真③・・・梅の名所。


写真④

 <ヒント>写真④・・・写っているのは赤レンガ倉庫、クイーンの塔、大桟橋ですが、これをどこから撮ったか、それが問題です。


写真⑤
 写真⑥ 写真⑦

 <ヒント>写真⑤・・・遊技場。写真⑥・・・ノーヒント。写真⑦・・・ノーヒント。


写真⑧
 写真⑨ 写真⑩

 <ヒント>写真⑧・・・昨年アップしました。写真⑨・・・橋の名は? 向こうの建物が隠れているところがミソ。 写真⑩・・・これも以前アップしたことがあります。


 横浜在住の方はおわかりですよね。
 解答は明日・明後日。
 今回コメント欄は閉じさせていただきます。

 葛飾柴又といえば、寅さんでおなじみの柴又帝釈天、帝釈天参道、矢切の渡しが有名ですが、先日(GW前)柴又に行ったとき、観光案内で「山本亭」のことを知りました。
柴又公園から見た山本亭の長屋門
 この「山本亭」はカメラ部品製造の工場主山本家の邸宅だったものを、昭和63年に葛飾区が取得し、平成3年(1991)4月から一般公開されたものです。
入口
 建物は木造瓦葺き2階建てで、床面積は1階400㎡、2階50㎡。
 大半は和室ですが、洋室(鳳凰の間)もあります。
鳳凰の間
 和室は床の間、違い棚、明かり障子、欄間から成り立つ伝統的な書院造り。部屋の仕切りは、襖や障子で、壁がほとんどないため、開放的で明るいのが特徴。
 一部喫茶室になっており、お茶や甘いものを味わうことができます。
和風庭園
 「静かで落ち着いたところね」
 「柴又でこんなところがあるなんて、知らなかった」
 「帝釈天よりここのほうがいいわね」
 縁側から庭を見ていたら、背後からこんな声が聞こえてきました。
 お茶菓子を食べながら、数人の老婦人の談笑です。 
和室① 和室②
 「六義園」「小石川後楽園」などに比べると小ぢんまりしていますが、それはそれで落ち着いた風情があります。
 帝釈天よりいいとは思わないけど……
 こんなところもあると思えば、ひとつの穴場かもしれない。
縁側から見る庭
 この和室も句会などに使える?
 一瞬そんな考えが閃いたのですが、すぐ打ち消しました。交通の便が悪すぎる。わが句会の老婦人の足では無理。
 それにしても、なぜそんなことを考えるのだ。
 苦笑するしかありません。
 長嶋茂雄氏(77)と松井秀喜氏(38)が5月5日、国民栄誉賞を受賞されました。
 一昨日は府中市のくらやみ祭を観に行っていたので、その模様はリアルタイムでは観られなかったのですが、ニュースで観て、「ああ、よかったなあ」と思いました。

 松井君のスピーチも非常に謙虚なもので、好感が持てました。彼の人間性に関しては何度も述べているので、省略しますが、今回いいたいのは長嶋さん。

 「このたびの国民栄誉賞、ファンの皆さま、ありがとうございます」
 よくぞスピーチしてくれました。
 専門医の話では、長嶋さんの脳梗塞はけっして軽いものではなく、寝たきりになることもありえるのに、あそこまで回復するのは並大抵の努力ではないとのことでした。

 長嶋さんは天真爛漫な性格で、プラス思考の人、とよくいわれています。
 それはそれで好感が持てますが、裏を返せば単なるお調子者ではないのか。

 今から20年ほど前、「ニュース23」(TBS)に当時巨人の監督だった長嶋さんが特別ゲストで出たことがあります。その年の巨人はあまり成績がよくなかった。
 「長嶋さんは、勘ピューター采配といわれてますよね」
 キャスターの筑紫哲也氏が突っ込みました。
 これに対して長嶋さんは例のカン高い声で、
 「ええ、ええ。この勘ピューターは外れることのほうが多いんです。たまに当たるとよろこんでいただけますけどね」
 これには進藤晶子アナも目を丸くし、筑紫氏は苦笑い。

 はははは。私は思いっきり笑いました。
 と同時に、この人は単なるお調子者ではない、と確信しました。

 別の番組で長嶋さんは長男の一茂さんに、「野球というのは99%苦しいことばかりだ」といってました。
 意外でしたが、わが子相手なので、思わず本音が出たのでしょう。

 長嶋さんの表面的な言動は、彼一流のダンディズムではないか。
 いくら苦しくてもそれを表面に出さず、相手のよろこぶことをいう。
 かっこいい、と思いました。

 そのかっこよさは一昨日の始球式にも表れていました。
 過酷なリハビリのことはおくびにも出さず、左手一本できた球を打ってやろうという精神。

 それにしても松井君、引退したばかりの人間が、あの山なりの球はない。
 ど真ん中にストレートを投げろ。それなら長嶋さんは打っていた。
 昨日(05/05)は東京都府中市の大国魂(おおくにたま)神社のくらやみ祭を観てきました。
 府中市は古代に武蔵国の国府が置かれたところ。大国魂神社の例大祭は関東でも有名で、毎年多くの見物客が訪れます。
境内① 境内②
 くらやみ祭というのは、昔はまさに真っ暗ななかで行われ、男女無礼講でした。そのため祭に参加した女性が妊娠する、ということも珍しくなかったそうです。
 近年になって、さすがに「公序良俗に反する」とのことで、昔の「風習」(市の広報にはこれに関する記述は一切なし)は廃止され、夜と早朝に神輿の渡御・還御をとり行うようになりました。

 私は以前府中市に住んでいたので、この祭のことは知っています。
 毎年GWになると、大国魂神社の境内が賑わうので、子どもを連れて行ってました。
 その子どもも小学校の高学年になると、友だちと行くようになり、こちらはひとりではつまらないので、近くなのに(徒歩20分ほど)行かなくなりました。
大太鼓① 大太鼓②
 それでもGW中は大太鼓(日本一だそうです)が市内各地に置かれ、巡行するのでその雰囲気は知っています。
 しかし夜の神輿の渡御は観たことなかった。
 「こうなれば観るしかない」

 場所は勝手知ったる何とやらで、スケジュールも大体頭に入れて、ひと通り境内を観て、食事してから夕方6時からの神輿の渡御を境内で観ようとしたのですが、境内は神輿の担ぎ手など、関係者であふれるので、見物客は締め出されるとのこと。知らなかった。
女性も多い 男女肩を組んで踊る
 仕方なく参道に出ようとしたら、参道沿いの屋台は引っ込められ、警察が鉄柵で仕切っていて、通れない。しかも鉄柵の向こうは見物客がビッシリ。みんないい席を確保しています。
大太鼓③
 そこで甲州街道に出ました。それでもビッシリ。
 お旅所(ゴール=府中街道との交差点)近くだと比較的空いているとのことで、裏道を通りました。途中の路地から甲州街道を見ると、鉄柵の手前に空いたところがあったので、となりのおばさんに「ここいいですか?」とたずねると、「いいですよ」
神輿の渡御① 神輿の渡御②
 それはいいのですが、このおばさん、しゃべるしゃべる。
 「お宅は初めて? 遠くからいらしたの?」
 「ええ、埼玉から」(府中に住んでいたことは黙っていました)
 「私はここにきてから10年ぐらいだけど、毎年この祭が楽しみで。元気をもらってるの」
 太鼓の説明もしてくれました。こちらはわかっていたけど、「へーえ、そうなんだ」
  近くにきた
 ところが神輿の担ぎ手が「ほいさ」「ほいさ」と掛け声をあげて踊り出し、さらに神輿が「ほいさ」「ほいさ」と揉みこんでこっちに近づくと、自らも「ほいさ」「ほいさ」と手拍子で迎える。
 それどころか、担ぎ手たちと握手したり、抱擁したり。
 「なるほど、これで元気をもらっているのか」
手拍子する女性たち
 時刻は夜8時をとっくに過ぎてました。
 まあいい、これで見納めだろうから。

 この渡御は夜9時ごろには終り、翌朝(6日)4時にお旅所から神社への還御が行われます。このおばさんはそれも観るそうです。
 私はこの地に20年以上住んでいましたが、このような女性は初めて。
 こんなこともあるのか。不思議な思いでした。
 先日(04/29)に続いて、また川越にやってきました。
 この時期川越は「春まつり」が開催されています。

 蔵造り一番街南の連雀町一帯は、山車が出て、♪ピーヒャラピーヒャラ……、♪テンテケテンテケ……の音曲とともにおかめひょっとこが踊ります。 
山車 居囃子
 最近思うのですが、この♪ピーヒャラ…と、♪テンテケ…よく聴いていると、まるでジャズ。
 とくに♪ピーヒャラはハービー・ハンコックのフルートのような気がしてくる。音楽というのは世界共通なのだ、としみじみ感じました。

 それはさておき、このすぐ近くの連馨寺(れんけいじ)。
 ここは浄土宗のお寺で、子育ての呑龍様としても知られています。子育て…というだけあって、子どものためのイベントが盛んですが、この日は大人も子どもも一緒になっての小江戸川越縁日大会。
連馨寺境内
 「あれッ、いつの間に?」
 本堂の前に設えられた小さな釈迦像。先日きたときはなかったぞ。
 これにみんな水をかけています。
 それも大勢の人が並んで、お賽銭を入れ、お祈りして、恭しく水をかける。
 とげぬき地蔵のように擦りはしませんが、こんな風習はここにもあったのか。
ミニ釈迦① ミニ釈迦②
 それよりも連馨寺といえば「おびんづる様」
 真っ赤なお坊様ですが、自分の悪い箇所とおびんづる様の箇所をなでると、霊験あらたかなり、といわれています。
目がよくなりますように
 子どもが擦るのは大てい頭。勉強ができるようになりたいからね。
 お婆さんは足、腰、背中、お腹、首、顔(それも目、口)、そして頭……と欲深い。
 いくらおびんづる様でも、そんなに多くを一度に叶えられないぞ。
なぜか尻をなでる女性
 ところがこの女性は、なぜか尻を撫でている。
 お尻が大きくなりますように……、まさか?
 ひょっとして、痔が治りますように……それもなあ。
川越和服美女 和服の女の子も
 会場の舞台に目をやると、和服の女性が……。
 川越では和服を奨励していて、和服姿の人は博物館の入場料割引とか、コーヒー代割引など、市内の観光地ではいろんなサービスが受けられるのだとか。
 それかあらぬか、小学生女子の和服姿も。
 うーん、川越おそるべし。

 山の手ゾーンは和館、洋館、当時のセレブの邸宅が復元・展示されています。
 10年前、姪ときたとき、「こんな家に住みたい」というので、「こういう家に住むには、もう少しヤセないと似合わない」といって、怒らせてしまいました。

前川國男邸 田園調布の家(大川邸)

 その邸宅はシャレた洋館だったので、前川國男邸だったか、それとも田園調布の家だったか。


 三井八郎右衛門邸も立派でしたね。
 部屋数が多かった。今の私には無用の長物。それに和室より洋室のほうが楽です。

三井八郎右衛門邸① 三井八郎右衛門邸②

 和風の建物といえば高橋是清邸がその代表。
 高橋是清は経済通で、日銀総裁、大蔵大臣を経て総理大臣になりましたが、「2.26事件 」で反乱将校たちに襲われ、殺害されました。

高橋是清邸 高橋是清邸・庭

 当時の様子が説明されています。
 「兵士十数名が寝室になだれ込み、白寝巻姿で布団に座っていた是清に銃弾を浴びせ、軍刀で切り付けた。即死であった」
 2階の和室です。ここで殺害されたのか、と思うと生々しい思いがします。
 掛け軸に書かれた「不忘無」という文字が印象に残りました。
 無を忘れず、か。うーむ。含蓄が深い。

デ・ラランデ邸

 邸宅群の西端には瀟洒な洋館。デ・ラランデ邸です。
 デ・ラランデ(ゲオルグ・デ・ラランデ)とはドイツ人の建築家で、明治36年(1903)来日して、多くの建造物を設計しました。現存しているのは神戸の「風見鶏の館」
 このデ・ラランデ邸は新宿区信濃町にあったもので、ラランデの没後、持ち主はいろいろ変わり、平成11年(1999)まで食品会社の事務所として使われてしたそうです。

デ・ラランデ邸・内部

 「こんな建物、10年前にはなかったぞ」
 それもそのはず、ここは開園20周年を記念して、今年3月に移築復元されたばかり。
 内部は残された写真をもとに、デ・ラランデが住んでいた大正初期のころに復元されたとか。

デ・ラランデ邸・テラス  

 一部カフェになっていて飲食もできます。
 せっかくなので、ここで昼食をとりました。「特製カレーライス」(¥1000)
 とくに美味いということもなかったけど、横須賀カレーほどひどくはなかった。

特製カレーライス

 景観料も含まれているのかな。

 東京都小金井市にある「江戸東京たてもの園」に行ってきました。
 ここは「江戸東京博物館」(両国)の分館で、昔の建物を移築保存されたもの。
 もともとこの小金井公園には古代住居や江戸時代の農家を移築した武蔵野郷土館があったのですが、江戸東京博物館の 開館に合わせて、さらに内容を拡充させて、平成5年(1993)3月に開園しました。
 府中市に住んでいたころは、近くだったので、何回か行ったことがあります。 
万世橋交番
 ここは大雑把にいうと、下町ゾーン(東)と山の手ゾーン(西)に分かれます。
下町中通り
 下町ゾーンは、下町中通りの両側に昔の商店が並び、その奥に映画「千と千尋の神隠し」(2001)のモデルになった銭湯「子宝湯」があります。
銭湯「子宝湯」 銭湯・内部 銭湯の壁画
 銭湯に関しては、昨年近所の銭湯に毒蝮三太夫がきたとき見に行ったことがあるので、それほど珍しくないはずですが、それなりの懐かしさはあります。
 「わあ、やっぱり富士山の絵なのね」 
 「うん、世界遺産になってよかったなあ」
 若いカップル、そんなことを話していたのでしょうか。

 居酒屋はカウンター席。奥に座敷あり。
 10年ほど前にきたときは、「いらっしゃい」とオヤジ(実はボランティアのおじさん)がカウンターの向こうから声をかけてくれたのですが、飲み物が出るわけではなく、(展示だけなので当然)ガックリしたことがあります。
居酒屋(?)にて
 それもあってか、今回は誰もいなかった。
 なまじ飲み物などを期待されると、失望落胆も大きいのでやめたのでしょうか。

 その他荒物屋、傘屋、文具屋、旅館……なども。
荒物屋 売店も昔風
 ベーゴマに興じる若者もいました。
ベーゴマに興じる若者
 とうとう富士山が世界文化遺産に登録される見通しとなりました。
 「遅い」という声もありますが、まずはよかった。

 「デイキャッチ」(TBSラジオ)の荒川強啓さんは大の富士山好きで、みんなから「おめでとう」と祝福されたそうですが、当人は「うれしいんだけど、ちょっと複雑」
 観光客が増えることによって、環境が荒れることを心配している様子。
 これが本当のファンというものでしょう。
浅間神社 全国各地の浅間神社は富士山信仰

 大の富士山好きといえばある人物を思い出します。
 昔、新宿の出版社に勤めていたとき、歯の治療で社の近くの歯科医に通ったことがありました。
 「あの歯医者、富士山の話するとよろこぶよ」
 同僚にいわれました。
 「えーッ、富士山の話を……」
 そんな人間がいること自体が不思議でした。
 その歯科医は年配で、物静かな人物。しかし、いくら富士山の話をよろこぶといっても、なにをきっかけに話せばいいのか。やぶから棒には変だし。
 結局、その糸口がつかめず、富士山の話はせずに終りました。
 あの歯科医、すでにこの世にはいないと思いますが、草葉の陰でよろこんでいるのでしょうか。
鎌倉駅
 一方の鎌倉は「不登録」に終りました。
 これには地元の人や関係者はガックリ。
 「再チャレンジしてほしい」という人もいたけど、もう登録の目はありません。
小町通り入口
 これについて「ゆうゆうワイド」(TBSラジオ)の大沢悠里さんは、「鎌倉はマンションが多く建ちすぎだよ。それに小町通りはまるで原宿並み。これじゃ世界遺産にはそぐわないな」
 その通りです。
 私は鎌倉も好きですが、世界遺産になど登録されなくてけっこう。
鶴岡八幡宮・鳥居 鶴岡八幡宮・太鼓橋 鶴岡八幡宮・石段
 大沢さんにいわせると、「そもそも世界遺産とは、その環境を守ろうというのが主旨であって、観光客誘致のためのお墨付きじゃないんだから」
若宮大路① 若宮大路②
 富士山はこれからが大変だと思います。
 鎌倉はもうすぐ紫陽花の季節。世界遺産なんかにとらわれず、のびのびやってくれえ。