おどろきました。
 女子柔道で監督が選手に暴力をふるっていたとは。
 その監督とは園田隆二氏(39)。丸顔のやさしそうなトッチャン坊や。この人が……。

 全日本柔道連盟の昨日(01/30)午前の記者会見によると、昨年9月下旬に園田監督が合宿中に選手を殴ったり、蹴ったり、棒でこづいたりしたとの情報がもたらされ、全柔連が調査したところ、園田監督も事実を認めたため、11月10日までに始末書を提出させ、選手に謝罪させたとのこと。

 ところがその後12月になって、選手15人が連名で(全柔連の頭越しに)日本オリンピック委員会(JOC)に抗議文を出しました。これは尋常ではありません。
 しかも訴えたのがロンドン五輪メダリストを含む国内トップの女子15選手というから、JOCとしても捨て置けない。「こんな抗議文がきてるぞ」

 そこで全柔連はあわてて記者会見を開きました。
 ところが同監督に対する処分は戒告。「監督は深く反省しており、現時点では(入れ替えは)考えていない」
 夕方になって、「新しい事実が出てきたら(もっと厳しい処分も)考える」とつけ加えましたが。 

 これでは選手の納得は得られないでしょう。
 訴えた選手15人はよくせきのことだったと思います。「監督を代えてほしい」というのが本音でしょう。

 5年前の北京五輪で谷本歩実選手が優勝したとき、古賀稔彦コーチとガッチリ抱き合う姿を見て、つくづく「女子柔道の指導は上手くいっている」と思ったものです。
 あのときは他の選手のインタビューでも(暴力の)翳りなどまったく見られなかったけど、あれは勝ったから?

 それに比べて今回のロンドン五輪でのインタビューでは暗く、萎縮していました。むろん負けたからですが、メダルを獲った選手(松本さん以外)も冴えなかった。
 これを暴力の翳りと見るのは穿ちすぎでしょうか。

 私はこの際一新すべきだと思います。
 そこから白紙にもどって、選手を強化するとはどういうことか、果たして金メダル至上主義でいいのか、を考えてほしい。
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 海岸通りと大桟橋通りが交差するところに「開港広場」があります。
 ここは日米和親条約が締結されたところ。
 日本の武士とアメリカの水兵が整列して警護に当たっている中央で、両代表が会談している光景が描かれた絵は有名ですね。
 今年の大河ドラマ「八重の桜」(第一回)にも出てきました。
開港広場
 今はその当時の面影はなく、地面は石畳で、広場の中央部には噴水があり、それを囲むようにステンレスの鏡の柱が設置されています。

 私の持っている「PLAN OF YOKOHAMA」(慶応元年=1865)によると、広場から東は外国人街、西は日本人街に分かれ、中央部分は東側に「異人コンシェル」、西側に「日本運上所」とあります。
PLAN OF YOKOHAMA(慶応元年)
 日本運上所はその後神奈川県庁になり、異人コンシェルは外国領事館→昭和6年(1931)には英国領事館が建てられました。
 この英国領事館は昭和47年(1972)で閉館し、昭和56年(1981)に開港当時の資料を蔵した「開港資料館」としてオープンしました。
開港資料館入口 開港資料館内部
 中庭には立派なタマクス(玉楠)の木が植えられています。
 これは和親条約締結の絵画にも描かれていた木?
玉楠の木
 残念ながら当時の木は関東大震災で焼失しましたが、その後根元から新しい芽が出て、元のような美しい木に育ったため、今では横浜開港のシンボルになっています。

 開港広場のすぐとなりは「横浜海岸教会」
 ここは明治5年(1872)に大会堂が建てられ、日本人信者による初のプロテスタント教会です。
 日本人のキリスト教禁教令が解ける1年前。いかに当時の信者が熱心であったかがわかります。
横浜海岸教会
 この大会堂は大正12年(1923)の関東大震災で崩壊、その10年後(昭和8年)に新しく建て替えられ、現在に至っています。平成元年(1989)に横浜市歴史的建造物に認定。

 この開港広場に立って、海側に進めば大桟橋。
 左へ行けば桜木町。右へ行けば山下公園。海を背に進めば横浜公園(横浜スタジアム)。
 さて、どこへ行くか。岐路まさに愛すべし。
開港広場(直進すれば大桟橋)
 故高橋和巳(作家)のエッセイによると、昔中国の知識人が旅をしていて岐路に差しかかり、「自分は北へも南へも行くことができる」と号泣したといいます。
 なにも泣かなくても……と思いますが、「選択する自由」のありがたさをいいたかったようです。

 さてどこへ行くか。私は泣きませんよ。そのときの気分次第です。
 リンゴが赤くなると医者が青くなる……といわれるようにリンゴは百薬の長。
 食べるのは朝に半個。皮は剥きます。
 軟弱なヤツ、って? いやいや、皮は捨てずに冷凍庫で保存。
 これが溜まるとジャムをつくります。
リンゴの皮
 これには必ずレモンと合わせます。
 最初は酸味を加えるためにレモンを1~2個入れていたのですが、だんだんもの足りなくなり酸味を強くして、今では6~7個。
レモン
 調味料は、ハチミツ…大さじ1杯、砂糖…大さじ3杯。

 レモンは皮を剥き、皮をミキサーにかけて摩りおろし、液状になったものを加熱。
レモンの皮 レモンの皮をおろして煮る
 リンゴの皮もミキサーで摩りおろして、これに加える。

 ハチミツ、砂糖を加える。

 レモンの中身を入れて煮る。
 種は全部取りますが、袋に関しては、多少残っても可。(溶けるので)
 ただし皮と実の間の白いワタの部分は取り除くこと。
リンゴの皮、レモンの中身も入れて煮る
 最初は中火。少し煮立ってきたら、極弱火にして煮詰める。焦げないように、ときどきかき回す。6時間ほど煮詰め、量が最初の半分ぐらいになったら、火を止める。
6時間煮詰めてできあがり
 TVの料理番組では、1~2時間ほど煮てトロ~ッとした状態で引き上げますが、私はさらに煮詰めます。固くなるけど、それが私の好み。
 そのメリットは①味が濃いので食べ甲斐がある、②量が少なくなるので保存が楽、③濃いので傷みにくい……という点が上げられます。

 これをトーストに塗って食べますが、非常に酸っぱい。砂糖も入れているのに、ほとんど甘さを感じません。しかし慣れると、この酸っぱさがタマらん。 病みつきになります。
 もちろんプレーンヨーグルトや、紅茶に入れるのも最適。

 こんなのジャムとはいわない、って?
 いいんだよ、呼び方なんか。
 誰にも迷惑かけず、自分で「身体にいい」と思って食べているだけだから。

 和食には梅干や酢の物がつきますが、あれは日本人の知恵で、「酸っぱいものは身体にいい」とされてきたからです。
 それなのに「酸っぱいものはきらい」といって食べなかった人は癌になりました。
 これを科学的にいうと、人間の身体はph(ペーハー)値を弱アルカリ性にしたほうが免疫力が上がるとのことで、私はこの説を未だに信じています。

 お子チャマ向けの甘いジャムにはもう飽きた。身体によさそうなメチャ酸っぱいジャムが食いたいぞ、という向きは一度お試しあれ。
 昨日(01/27)は大阪国際女子マラソンを観ました。
 好きな大阪の町が舞台なので毎回観ていますが、今回は今ひとつ盛り上がらない。
大阪のマラソンコース
 「渋井陽子(33=三井住友海上)と福士加代子(30=ワコール)のライバル決戦」というフジテレビのドラマ仕立てに違和感があります。
 ふたりが悪いわけではないのですが、「いつまでも渋井、福士ではないだろう」
 もっと若い世代が出てこないのか。
左・福士、右・渋井中央公会堂
 昨年は重友梨佐(24=天満屋)という若いランナーが出てきて優勝したのに、今年はどうした。
 ロンドン五輪で惨敗して自信を失ったのか。
 それに天満屋の選手は見当たらなかった。2週間前の駅伝に勢力を注いだ?
 いずれにせよ女子マラソン界は人材不足です。
御堂筋 優勝はガメラシュミルコ
 レースは途中から福士が抜け出し、独走状態になりましたが、長居公園に入ってタチアナ・ガメラシュミルコ(29=ウクライナ)が抜き、2時間23分58秒で優勝。
 福士は2時間24分21秒で2位。タイムは平凡。渋井は8位に。
 盛り上がりに欠けました。
 御堂筋と中之島の中央公会堂を見られたことが唯一の救いとは。
 マラソンだけでは間が持たないので、今朝の積雪風景をアップしました。
 これは午前7時すぎの自宅近くの光景。
 積雪はそれほどではなく、暖かかったので、すぐ融けると思います。
裏の畑の積雪 茶畑の積雪


 大相撲初場所は昨日14日目(01/26)、横綱日馬富士が大関鶴竜を破り、千秋楽を待たずして優勝しました。
 日馬富士は横綱に昇進した先場所、終盤に5連敗して9勝6敗に終わり、「今場所再び一桁白星だったら引退だ」と横審からいわれてました。
 しかも「張り手を多用して、取り口に横綱としての品格がない」などと、横審はなにを勝手なことをいう。満場一致で推挙したくせに。
14日目・優勝インタビュー
 日馬富士にしてみれば煮えくり返る思いだったでしょう。
 意地でも優勝だ!
 よくやった、といいたいところですが、不満があります。かわし技が多い。
 ガツンとぶつかるのかと思いきや、さっと身体を開き、素早く左上手をつかんでたぐる。
 相手は目の前の相手が消えたようで、一直線に土俵外に出ざるを得ない。
 これを相撲巧者と見るのでしょうが、横綱としてはどうか。
 日馬富士は大関になる前(安馬と名乗っていた時代)はどんな相手にも真っ向勝負でぶつかっていったところに好感が持てたのに。
14日目・日馬富士の寄り 14日目・日馬富士が勝った瞬間
 ただし優勝を決めた昨日の鶴竜戦は怒涛の寄りで、これだけはよかった。今後もこういう相撲を取ってほしいものです。

 一方、優勝の本命とされた横綱白鵬。
 初日、2日目は危なげなく勝ったように見えました。
 決まり手は左からの上手投げ。残そうとする相手には、右手で相手の頭を押さえつけます。
 一見理に適っているように見えますが、相撲が雑になります。千代の富士、朝青龍がそうでした。

 3日目の妙義龍戦では相手が低く押し込んできたとき、咄嗟に右からの「頭押さえつけ」が出ましたが、これが逆に相手を呼び込むことになって、土俵を割りました。
 12日目は琴欧州の力強さを認めるしかありませんが、このときも白鳳は右手で相手の頭を押さえつけようとして、やはり呼び込んでしまいました。
12日目・左上手をガッチリ引かれ、胸を合わされた 12日目・苦し紛れに相手の頭を押さえようと… 12日目・琴欧州に敗れた白鵬
 右手での(相手の頭)押さえつけは、左からの強力な投げがあってこそ決まるもので、単独では決め手になりません。
 頭のいい白鳳ならわかっているはずなのに、これが習い性というのでしょうか。
 得意技に死角あり。墓穴を掘りました。
12日目・負けたか
 先日亡くなられた大鵬さんは圧倒的に「寄り切り」で勝つことが多かった。
 寄り切りは相撲の基本で、最も安全な勝ち方。ただし面白味には欠けます。
 白鳳は投げ技で勝つ誘惑(モンゴル相撲のDNA?)から抜け切れないのではないか。
 この誘惑、柔道をやった私にはよくわかるのですが、相撲としては邪道。
 大鵬さんの境地にはまだ及びません。
  昨日(01/25)いつもの診療所に行ってきました。
 2週間前に採血された血液検査について、 前回は「赤血球の値が少ない」といわれた(参照)のに、今回は「すべて異常なし」
 拍子抜けしました。
ふだんはガラすきの診療所
 とはいえ、「異常なし」の根拠はあります。
 野菜を多く摂り、脂っこいものや甘いものを極力控えた。昼食前には簡単な筋トレ。
 早寝早起き。入浴は39~40℃で約20分。
 趣味は散策、ブログ。
 ストレス、気苦労、人に対する気遣い、ほとんどなし。

 若いころは友人や同業者、編集者とよく飲んだくれました。
 といっても、もともと酒は強くないので量はそれほど多くなかったし、彼らが必ずやっていた「シメのラーメン」は(胃が重くて)つき合えなかった。

 しかし「シメのラーメン」を食べていた連中はそのころすでにメタボ体型。
 そしてその大半は50代後半になって、循環器系の疾患で倒れ、あるいは手術、なかにはあの世へ行った人間も。
 私の場合、脂っこいものが食べられなかったことが、結果的には身を守ってくれた?
近所の風景(地蔵街道)
 それにしても、この日は患者が多かった。大半はインフルエンザ。
 「お宅もですか」
 「ええ、夕べから熱が出て」
 待合室ではこんな会話が交わされていました。
 なかには孫の話に興じるジイさん、バアさん。元気じゃないか。
 近くの席でゴホンゴホン咳をしているバアさん、これ以上近寄るなよ。移されてはかなわん。

 私は予防摂取もしてないけど、今のところインフルの兆候はなし。
 「〇〇は風邪引かない」は本当だったのか。 
原宿竹下通りにて
 ここ半年ぐらいで私は「お迎え」を意識するようになりました。
 「自分のことだけ考えよう。行きたいところへは行き、会いたい人には会っておこう」と考えるようになったのもその表れ。
 と同時に「若い世代? 知ったことか」と一種の無責任感も。
 しかし身体はまだ生きながらえていて、丸儲けどころか、「異常なし」のオマケつき。
 お迎えはまだ早い、のかな。


 昨日(01/24)は晴れて、予想外に暖かかったので、近所の富士見江(ごう)川近辺を自転車で散策しました。
富士見江川
 山崎公園(富士見市)から下流に向かうと、新河岸川と合流します。
 川と川が合流するとなると、いつも私が思い描くのは郷里の風景。左に加茂川、右に高野川を見る加茂大橋からの眺めです。
 左・富士見江川、右・新河岸川
 しかし、これは……。
 貧弱すぎるぞ。
 それにこの三角地帯を間近に見る橋がないので、左右対称に見られず、加茂大橋とは及ぶべくもない。
 問題にはならん。

 こうなれば埼玉を代表する荒川に行くしかない。
 この時期、荒川に行ったことはなかったのですが、行きがけの駄賃だ。
 いつもなら羽根倉橋から行くのですが、南畑新田側の土手を強引に上がりました。
荒川の川面
 「荒川は水量が豊富だ。枯渇することはない」
 富士見市には多くの水田があり、すべて荒川の水を引いています。
 むろん埼玉県の生活用水も。それだけではなく、下流では隅田川となって東京都の生活用水も。

 これぞ「我が祖国より~モルダウ」(スメタナ)!


 この川の流れを見ていて、ふとこんなことばが浮かびました。
 生きてるだけで丸儲け。
 バカな、こんなことばしか出てこないのか。

 「おや、こんなところに神社が……」
 帰り道、水子地区で小さな神社を発見。水子神社です。
水宮神社・鳥居 水宮神社・本殿
 そのお触れ書きによると、「今年は巳の年。それも癸巳(みずのとみ)といいます」
 蛇は財力・豊穣・天候などに霊力のある神。
 とくにこの癸巳の年は「物事のすぺてに筋道を立てて進みなさい」とのご託宣。
 ははーッ、ありがたや。

 まさに、生きてるだけで丸儲け……ぞよ。
 一昨日(01/22)の「大沢悠里のゆうゆうワイド」(TBSラジオ)で音楽家の青島広志氏がモーツアルトの春への憧れ」と中田章作曲「早春賦」の類似性を指摘していました。
 なるほど、似ています。というか、ほとんどそっくり。
 ただしこれ、音楽に携わる人なら誰しも知っていることだそうです。

 韓流ドラマ「冬のソナタ」(2002)の名曲「最初から今まで」(リュウ)
 どこかで聞いたことある、と思ったら我夢の「愛はかげろう」(1980)にそっくり。
 とくにさわりの部分は、「♪愛はかげろう、つかの間の命 激しいまでに、燃やし続けて……」を思い起こします。
 これも一時期「パクリ」といわれたけど、その後どうなったの。

 マカロニウエスタンのさきがけとなった「荒野の用心棒」(1964)
 音楽はエンニオ・モリコーネ。
 ジョー(クリント・イーストウッド)が冒頭でバクスターの子分たちと対峙するとき、そして最後にロボ一味に向かうき、このテーマ曲が流れていました。もとは「リオ・ブラボー」(1959)で流れていた「皆殺しの歌
 これに関してはモリコーネ自身「皆殺しの歌」と認めていたというから、パクリもヘチマもないのですが。

 モリコーネに関しては翌年の「夕陽のガンマン」(1965)の曲も気になります。
 まず、オルゴールの音から始まる「ガンマンの祈
 インディオ(ジャン・マリア・ボロンテ)が裏切った子分を始末する前と、インディオとモティマー大佐(リー・バン・クリーフ)が決闘する前に流れていたのがこの曲。
 最初の荘厳なパイプオルガンの曲はバッハ「トッカータとフーガ」、そしてマントバーニ「碧空
 えッ、似てない?
 メロディーが似てると思うのですが。

 次に「殺し屋の嘆き
 これはインディオ一味がエル・パソの銀行を襲い、金庫を奪って夕陽の荒野を疾走し、メキシコの辺鄙な町アクアカリエンテに着いたときにこの曲が流れます。
 この曲もどこかで聴いた覚えがあると思ったら、ボロディンの「ダッタン人の踊り
 なんとなく似てるでしょ。

 音楽家というのは印象に残る曲があると、それが意識下に入り、ややもすると自分のなかから出てきた曲のように思うことがあるそうです。
 青島広志氏の話では「早春賦」がまさにそれではないか、と。

 しかしそれは好意的な解釈で、言語表現なら即「剽窃」になります。
 昔、アイドル女子が自作の詩として発表したものがパクリではないかと指摘され、「ノートに書きとめた(人の)詩を自分がつくったと思い込んでしまった」と弁解してましたが、これは紛れもない剽窃。

 音楽の場合は難しい。モリコーネはオリジナルだと思いますけど。
 先日、いつもの八百屋に行ったら、ちぢみほうれん草(群馬県産)が一把100円。
 ふつうのほうれん草が一把180円。迷うことなく、ちぢみを買いました。
ちぢみほうれん草
 ほうれん草は、以前は束のまま湯がいていましたが、今は根、茎、葉と三部分に切り、順に炒めています。ちぢみも同じ。
 「アク(シュウ酸)はどうするんだ」と思われるかもしれませんが、たんぱく質と一緒だと問題ないとのことで、私はカツオ(削り)節と一緒に炒めています。
根→茎→葉の順で炒める 削りカツオを入れる
 さて、それを使ってヘルシー丼をつくります。これは以前TV番組「世界一受けたい授業」でやってたものを、私なりにアレンジしたものです。

 <材料>
 ニンニク、タマネギ、ニンジン、ブロッコリー、赤ピーマン、シイタケ、長ネギ、トマト(ホールトマトでも可)、ほうれん草(前出)、豆腐

 <調味料>
 オリーブオイル、塩、コショー、オニオンペースト、摩りショウガ、コンソメスープの素(顆粒)、オイスターソース、コチュジャン、酒

 <つくり方>
 フライパンにやや多目のオリーブオイルを敷き、ニンニク(みじん切り)を炒める。
 こげ目がつかないうちに、タマネギ、ニンジン、ブロッコリー、赤ピーマン、シイタケ、長ネギを順に入れ、塩、コショー、オニオンペースト、摩りショウガ、オイスターソース、コチュジャンで味をつける。
野菜を炒める トマトを加える
 野菜が柔らかくなったところで、トマト、ほうれん草(前出)を入れ、酒を少々。最後に豆腐を切ったものを入れ(麻婆豆腐の要領)、しばらく加熱してできあがり。
豆腐を加える しばらく加熱してできあがり 皿に盛ったところ
 写真はわかりやすくカレーライスのように盛りましたが、丼のようにして食べるのも可。
 食べるときは、摩りゴマ、ラー油、ノリをかける。

 これがなぜ手抜き料理かというと、小口に分けて冷凍庫に保存。食べるときは1回分ずつ電子レンジで解凍すればいいから。
小口に分けて保存
 野菜中心、たんぱく質は豆腐(大豆食品)、カツオ節とヘルシーなところから、アメリカ人の栄養士さんが「ヘルシー丼」と名づけていました。肌にいいそうです。
 市民に親しまれている横浜三塔、横浜開港記念会館(ジャック)、横浜税関(クイーン)とくれば、次は神奈川県庁本庁舎(キング)しかないでしょう。
 横浜の方にはバレバレでしたね。

 昨日とりあげた横浜税関は明治18年に海岸寄りの場所に引っ越したと述べましたが、その跡地に建てられたのが神奈川県庁です。
 当時は石造りの建物でしたが、老朽化のため大正2年(1913)に建て替えられました。ルネッサンス様式の壮麗な建物でしたが、関東大震災によって焼失。現在の神奈川県本庁舎は昭和3年(1928)に完成したものです。
神奈川県庁(本町通り側)
 実は神奈川県庁の屋上には、2年前に一度上がったことがあります。港を見る絶景ポイントなのです。(参照
 とはいえ内部は見学できないものか。そこで入口の守衛の方に尋ねました。
 「私はこれまで、ジャック、クイーンの内部を見学させていただきましたが、キングである県庁内部の見学は許されるのでしょうか」
神奈川県庁(日本大通り側)
 守衛氏は苦笑しながら、
 「ご覧の通り県庁は職員が働いているので内部の見学はできませんが、屋上とその下の展示室のみ見学することができます」
 やっぱりなあ。
 ということで、県庁の屋上へ。
県庁展示室 県庁屋上
 海側の眺望は、左から赤レンガ倉庫、象の鼻パーク、大桟橋、そして海岸通り。
 見たのは二度目ですが、相変わらず眺めはいい。
県庁から見る赤レンガ倉庫 屋上から見る像の鼻と大桟橋
 またここからジャックの塔(横浜開港記念会館)、クイーンの塔(横浜税関)を見ることができます。
 そしてキングの塔……。
県庁から見るジャックの塔 県庁から見るクイーンの塔 屋上に建ったキングの塔
 キングの塔は県庁の屋上に建っています。これは五重塔をイメージしたものだそうです。
 しかしそれが仇になって(?)風雨に弱い構造になり、しょっちゅう修理を余儀なくされるので、文化遺産にはなかなか認定されないそうです。
 これも開港記念会館の案内係の女性に聞きました。文化遺産の認定も厳しいのですね。
県庁内部① 県庁内部② 県庁内部③
 神奈川県庁に関しては、屋上と展示室以外は見学禁止。むろん撮禁です。
 それはわかっていますが、口惜しいので少し撮らせていただきました。
 これぐらいは許されたし。
 海岸通りに面した横浜税関は「クイーンの塔」と呼ばれています。
 海岸通からはわかりにくいのですが、海側から見ると、てっぺんに緑青色のドームをいただいた堂々たる塔がそびえ立っています。 
横浜税関(海岸通り側)① 横浜税関(海岸通り側)②
 この横浜税関は、神奈川県庁本庁舎(キング)、横浜開港記念会館(ジャック)とともに「横浜三塔」として市民に親しまれています。高さ51mと最も高く、海に近いのです。
横浜税関(海側)昼 横浜税関(海側)夜
 「船が港に入ったとき、乗組員が真っ先に目にするのが税関のクイーンの塔。そして出航するときも最後まで見送ってくれるのが、やはりクイーンの塔なのです」
 昨年暮に「開港記念館」(参照)を見学した際、係の女性にそういわれました。
 そのことばが印象に残っていたので、訪れたというわけです。

 横浜税関の前身は、横浜開港の際に設置された神奈川運上所。
 明治4年(1871)の廃藩置県に伴って「横浜運上所」と改称されて大蔵省の管轄となり、明治5年に全国的に統一されて「横浜税関」に改称されました。
 初代庁舎は明治6年(1873)に建てられましたが、「より海岸に近いところへ」と、明治18年現在の場所に移りました。
 その二代目庁舎も関東大震災で崩壊、その後建てられたのが現在の庁舎です。
神奈川運上所の復元 団体見学風景
 なかは一部見学できます。
 ただしその大半は「横浜税関の役割とその仕事」のPR。
 「なーんだ、PRか」なんていうなかれ。
 これはこれで、なかなか見ごたえがあります。
麻薬を隠す手口① 麻薬を隠す手口②
 例えば、麻薬がいかに巧妙にわが国に入ってくるか。
 一見なんの変哲もない置物のように見えても、裏を開けると、あッとおどろくヘロインが……ということもあるそうです。
 また偽ブランド品問題も。
 海外でこれを買ってきても、没収されますよ。
偽物はどっち?① 偽物はどっち?② 偽物はどっち?③
 さらに旅行者が知らないうちに密輸に巻き込まれるケースもあり、注意を呼びかけています。
 「ほとんどの国で、密輸は重罪です」
偽札?いえ本物
 ということで、みなさん気をつけましょう。
 なんだか税関の広報のようになりましたが、私は政府の回し者ではありません。
 先日(01/14)首都圏は大雪に見舞われました。
 その後は晴天が続いて路上の雪は融けましたが、畑の雪はまだ残っていて(01/19現在)、そこからキャベツが顔をのぞかせていました。
裏の畑①
 「Y子さんはしばらくこないのですか」
 「ちょっとね。いろいろ忙しくて」
 昨日は俳句会のY子さんと喫茶店で会いました。数日前の初句会を欠席されたので、そのときの食事代の返金と、句会の報告、様子伺いなどです。

 会員さんたちの一挙手一投足を話すのは本意ではないので、私が選んだ句を中心に話しました。
裏の畑②
 ①喧嘩独楽止むや愚直の顔すなり……(5)◎
 独楽同士がカチンカチンと激しくぶつかり合うケンカ独楽。独楽がブンブン回り、ぶつかっているときは「やれやれ!」と興奮して叫んでも、止むと急に真顔になる。その落差が面白い。ちょっと川柳っぽくて、私が最も気に入った句です。

 てっきり男の句だと思ったら、H子さんでした。もっともこの人は仕切り屋で、ズケズケいう男っぽい人だから、さもありなん。
 みんなの票も集まりました(2位)。しかも◎。
 「愚直の顔、というのがなんともいいですな」(先生)

 ②橋に来て杖音止まる遍路道……(2)〇
 お遍路さんが橋までやってきて、ふと足を止めた。川になにがあるのだろうか。川魚が跳ねたのか、それとも水鳥がいるのか。想像力をかき立てられる句です。ところが……。

 これを詠んだのは、わが句会のエースのK氏。それによると、
 「これは昔お遍路に行ったときのこと。四国の地方の橋は木でできているため、コツコツと杖をつくと橋が傷むので、みんな杖を抱えて渡る。それを詠んだものです」
 なんだよ、それ。説明聞いたら、急に詰まらなくなったぞ。
 「そう、ほめられたときは舞台裏を明かさないほうがいい。この句はその典型例」(先生)

 ③初笑ひ曾孫笑ふと皆笑ふ……(6)〇
 お正月、親族が集まる。注目はいちばん小さい曾孫。その曾孫が笑ったらみんな笑うという、実に他愛のない句です。
 正月だからと一票投じたところ、なんと最多得票。みんな考えることは同じだなあ。

 「なんてことのない句ですが、正月だから大甘の〇をあげた」(先生)
 これを詠んだR子さんは70代後半。目に入れても痛くないのは孫ではなく曾孫。長生きはするものです。
裏の畑③
 「まあ、こんな感じでね。私の句はひどかったけど、なかなか楽しかったですよ」
 「そうみたいね。行きたかったわ」
 先生の政治的な句(参照)に関しては話すのもバカバカしいので控えました。

 「今年から会計やるようになったんですよ。やめられると会費が目減りするから困るんです。いろいろ事情はあると思いますが、春からは必ずきてくださいよ」
 そういって別れました。
 大阪市立桜宮高校の体罰問題に関連して、橋下徹市長が「今春の同高入試で体育科(定員80人)とスポーツ健康科学科(同40人)の募集を中止して、120人を普通科に振り替えるように」といいました。

 これに対して市立中学の校長会は17日午前、「影響が大きい」として、2科の募集実施を求める要望書を市教委に提出しました。「中止は困る。2科を存続してほしい」というわけです。

 また「受験生には罪がない」「子どもの夢を摘むのか」「無関係の受験生を巻き込むのはおかしい」などの抗議が相次いでいるそうです。

 中学の校長に関していえば、桜宮高校の体質改善の兆しも見えないのに、唯々諾々と子どもたちをそこへ送り込もうとする、その神経が知れません。
 「そんな危険なところへ大事な子どもを入れるわけにはいかない」
 これが校長の親心というものでしょう。

 また「無関係の受験生……」とありますが、受験生がそこを選択した以上、無関係では済まされない。
 否応なく「自分はこんなところを受験しようとしてたのか」と自覚しなければならず、この高校の体質を見極めなければなりません。
 今の段階でこの高校に入っても、教師から体罰の名の下に暴力を受ける可能性はまだなくなってはいない、となれば答えは自ずと出るはず。
 15歳にしてシビアな判断を迫られますが、それはそこを選択した者の宿命。

 それでもここへ行きたいというなら、よほど鈍感な神経の持ち主。
 まさか「やめる人が多くなると競争率が低くなって自分に有利」なんて考えてないだろうね。浅ましいぞ。

 私が親なら、「こんな高校はよしなさい」というでしょう。
 仮にスポーツで身を立てたいとしても、ここがすべてではない、やる気さえあれば、可能性は至るところにあるといいます。

 この桜宮高校は悪しき体質を一掃するため、ゼロからやり直すべきです。
 そのためには体育科とスポーツ健康科学科を(体質改善されるまで)廃止するのもやむを得ません。

 聖書に「新しいぶどう酒は新しい皮袋に」ということばがあります。(ルカ5章38節)
 新しい受験生は、古い体制(皮袋)に入ってはなりません。これが私の解釈です。

 橋下市長はさらに、市教委が2科の募集中止を拒否した場合、対抗措置として「市立高の今年度の入試関連予算の残り約130万円を支出しないぞ」といいました。これは脅しではない、と。
 その根拠は「生徒が亡くなったことを重く受け止め、こういうことが二度と起きないように学校の体質を改めたい」とのことです。
 そういうことなら全面的に賛成。ぜひ実行していただきたい。
 これまで私は同市長とは考えを異にしていましたが、初めて意見が一致しました。
 「飼育」や「日本春歌考」での「女性観」は女性からは違和感があるかもしれませんが、大島監督はこれまで女性に求められてきた「貞節観」のようなものをブチ壊したかったのではないか。

 「青春残酷物語」(1960)、「太陽の墓場」(1960)、「無理心中日本の夏」(1967)には、貞節とはほど遠い女性が出てきます。
 とくに「太陽の墓場」の花子(炎加代子)は強烈で、男を手玉に取り、激しい情欲に身を焦がしました。このような女性像は、これまでの日本映画には見られなかったものです。

 しかしそれらは大島監督にとっては枝葉のこと。本当は旧体制、先人たちに対する反逆を主張したかったのではないか。
 「お前ら、しょうもない戦争やりやがって」
 これが大島渚の真骨頂です。

 これは当時の私の心情とほとんど一致します。
 青春時代の私は先人に対する反逆心で凝り固まっていました。
 その反逆心は自分では上手く表現できなかったのですが、大島作品がそれを代弁しているような気がしたのです。
 「絞死刑」(1968)や「儀式」(1971)では権力の構造を明らかにし、前出の「青春残酷物語」「太陽の墓場」「無理心中日本の夏」「東京戦争戦後秘話」(1970)は暴力を持って反権力を象徴していると思いました。
 今にして思えば、私の反逆心のなんと稚拙なことか。恥ずかしいです。

 そして「戦場のメリークリスマス」(1983)
 第二次世界大戦における日本軍捕虜収容所の話。
 となればデビッド・リーン監督「戦場にかける橋」(1957)を思わせ、実際日本軍人と捕虜になった英国軍人の交情が描かれています。
 しかしその交情は、陸軍大尉(坂本龍一)と捕虜になった英陸軍少佐(デビッド・ボウイ)との間のホモ・セクシュアルな関係に主眼が置かれます。



 男ばかりの軍隊生活。管理者と捕虜の関係。となればこういう問題も派生してくるかもしれませんが、私からすれば邪道です。
 この少し前、ニューハーフ(ゲイ)を集中的に取材した私から見れば、この映画のホモ・セクシュアルの描写はいかにも表面的で、真髄をとらえているとは思えないのです。

 ではなぜこの問題をあえて持ってきたのか?
 ここから先は私の勝手な解釈です。
 これは初期の作品「飼育 」(1961)のリベンジ版ではないか。「飼育」では女高生が捕虜を弄びましたが、「戦メリ」では捕虜が日本の軍人を弄んでいます。

 これを通じて、大島監督は日本の軍国主義を批判したかったのでしょうが、このような批判の仕方は私の流儀には合いません。
 これによって、私は大島映画から決別しました。そのため以降の作品「愛のコリーダ」「御法度」は観ていません。

 しかし大島監督は私の青春に多大な影響を与えてくれました。今はご冥福を祈るばかりです。
 一昨日(01/15)映画監督の大島渚さんが他界されました。享年80。
 同監督の作品について、我われ世代はリアルタイムで観ていました。とくに学生時代は「大島渚がまたなにかつくったぞ」「じゃあ、観るか」というのが定石でした。

 私が観たものを列挙すると、
 愛と希望の街(1959)/青春残酷物語(1960)/太陽の墓場(1960)/日本の夜と霧(1960)/飼育 (1961)/白昼の通り魔(1966)/日本春歌考(1967)/無理心中日本の夏(1967)/絞死刑(1968)/帰って来たヨッパライ(1968)/新宿泥棒日記(1969)/少年(1969)/東京戦争戦後秘話(1970)/儀式(1971)/夏の妹(1972)/戦場のメリークリスマス(1983)

 初めて観たのは「飼育」
 これは高1のとき、アセンブリー(学年集会)の時間でした。
 原作は大江健三郎。太平洋戦争中、四国の山奥に撃ち落とされた敵機に乗っていた米兵を村人たちが捕虜にし、最後は惨殺する(?)というショッキングなストーリーです。
 それよりショッキングだったのは、村の女高生が捕虜を誘惑し、行為が終ってから「強姦された」と訴えるところ。「女ってこんな面があるの?」

 これはみんなの思いも同じだったようで、翌日のHR(ホームルーム)での感想は気まずいものになりました。女子は終始無言。
 こっちだって「女の人ってあんな面があるの?」とは聞けないし。

 製作した大島監督に罪はありません。
 また高校生が観るにしても、強姦シーンが執拗に描かれたわけではなく、成人指定でもなかったので、個人的に観る分にはさほど問題はなかったでしょう。
 ただし学年全体でこれを観て、女の「不可解(?)な部分」を共有するのは刺激が強すぎた。学校側の映画選択は不適切だったと思います。

 これについて担任(女子の体育の教師)はなにもいわなかった。内心忸怩たるものがあったのでしょうか。あるいは、
 「こんな映画もあります。あなたたちは人間のこういう醜い部分からも目を逸らさず、強く生きなさい」
 といいたかったのか。
 今となっては、そう解釈するしかありませんが。

 このパターンは「日本春歌考」でも見られました。
 地方から上京してきた主人公の女性(吉田日出子)は、ふとしたきっかけで日本の春歌に興味を覚え、それを探ろうとしてわざわざ危険なところに近づき、強姦されてしまいます。
 これは当時上京した私と重なる部分があり、春歌に興味を持つところには共感を持ちましたが、顛末はやっぱりそれか。

 最後のほうで若者たちが「♪This land is your land,This land is my land ……」とアメリカのフォークソング「わが祖国」を歌いますが、これは「付けたり」のように思いました。
 しかしこれを機に、大島監督のいいたいのは「女性観」ではなく、別のところにあるのではないかと思うようになりました。
2013.01.16 今年の初句会
 昨日(012/15)は俳句会でした。今年最初の句会なので、初句会といいます。
 私の出句は、
 ①暮に越し見知らぬ稲荷に初詣
 ②出さぬのに来て賀状買ひにけり
 ③駅伝の画像で仙る箱根みち

 の三句です。
某稲荷
 ①数年前のこと。暮になってバタバタと引越し、新年を迎えたものの、初詣はどこへ行こう。今まで行っていたところへは行けないし、というわけで、近くにあった見も知らぬ小さなお稲荷さんに初詣しました。
 ②出さなかった人から賀状がきて、「しまった、この人にも出さなきゃ」と本局まで行って年賀状を買ってきました。
 ③箱根は関東の人間にとっては憧れの行楽地。「今、宮ノ下ね。あ、小涌園通った?」などと、選手が走る画像を見ながら箱根の想い出をなぞったことを詠んだ句です。
箱根駅伝・TV中継より③
 その得票数と先生の評価。
 ①暮に越し見知らぬ稲荷に初詣……(0)
 ②出さぬのに来て賀状買ひにけり……(0)△
 ③駅伝の画像で仙る箱根みち……(1)△
 (出句12名、選句はひとり五句。カッコ内は得票数、〇△は先生の評)

 相変わらず得票数は少ない。
 次に先生の評。
 「①は、暮に越してきて近くの稲荷で初詣したという、そのまんま。これを報告句という。こちらとしては、『あッ、そうですか』というしかない」
 「②はこれもよくあること。報告句ではあるけど、①よりはましかな。ということで△」
 「③はどうしたの。辿るというつもりだろうけど、仙になってますな。漢字の間違い。これがなかったら〇をあげたのに。惜しい」
 そんな意地悪いわずに〇をくれ。(そうもいかんのか)

 というわけで、今回も惨敗でした。

 余談ですが、先生の句に
 「改憲の恐れひしひし去年(こぞ)今年」
 というのがありました。
 「俳句というのは季節を表現するものと思ってましたが、これは先生の思想でしょう。こういうのも俳句なのでしょうか」
 と聞いたところ、「これも俳句です」
 ふーん、そんなものかね。結果的には政治的アピールにしか思えないけど。
 もちろん表現の自由ではありますが。
2013.01.15 田舎の雪景色
 昨日(01/14)朝、ゴミを捨てに外へ出たら、雨が降ってました。
 雨、あるいは雪になるかもしれない、とは前日の天気予報では聞いていたのですが……。
 「今日は午後から渋谷でヘブンアーティスト(大道芸)のイベントが行われる。晴れたら行こうかな」と思っていたのですが、この雨ではなぁ。

 しかしその雨は時間が経つに連れ、雪に変わりました。
 窓の外を見ると、一向に止む気配はなく、それどころか積もっています。
 渋谷に行く気はすでになくなりました。「この分ではイベントも中止だろう」
裏の畑
 昼過ぎに、外に出てみました。
 雪はまだ降っています。道に積もった雪は意外に深く10㎝はありそう。
 裏の畑にも出ましたが、一面雪景色です。休日だったこともあり、人の気配はありません。

 TVのニュースによると、これは本州南岸で急激に発達した低気圧の影響とか。
 横浜市で13㎝、東京都心で8㎝の積雪を観測。
 このためあちこちで事故が起き、交通機関が麻痺している模様。
 「首都圏は雪に弱いんですね」
 これは東北に住む友人からのメール。

 3時間ほど経って、再び外に出ました。
 雪はまだ降っていますが、先ほどよりはボタッとした感じで水気を含んでいます。
 所どころで雪かきをしておられました。 「ご苦労様です」
雪かき風景
 この分ではせっかく雪かきしてもまた積もるけど、根雪になったらもっと厄介だから?
 私はなにもしてないので、通るのはちょっと気が引けました。
茶畑① 茶畑② 茶畑③
 茶畑に出てみました。ここも雪景色ですが、人や車の通った跡も見られます。
 茶畑の間の道は狭いけど近道だから。
茶畑の間の道
 住宅地の道路はすでに車が何台も通り、路面はグチャグチヤ。
 これが凍結すると、もっと大変だ。
意外に車の通りが多い 今朝(15日)の道路
 今朝、ゴミ捨てに出たら、一部は溶け、一部はガリガリのシャーベット状。
 今日は初句会ですが、「開始を2時間遅らせる」との連絡が昨日ありました。
 余裕を持って出かけねば。
 昨日(01/13)は「第31回全国女子駅伝」が行われました。
 駅伝は好きな競技。まして郷里を走るので、観ないわけにはいきません。
第1区(TV中継より)
 1区では鹿児島の上原美幸(高2)が最初から飛ばしました。
 「大丈夫か、この高校生。そのうちダウンするのでは」との心配もなんのその。
 中継点近くになっても、そのスピードは衰えず、1位でたすき渡し。
 おどろきました。けれどもこんな高校生が現れるのはうれしい。
上原美幸選手(TV中継より)
 かと思ったら3区では、大阪の髙松望ムセンビ(中3)。スムーズな走り方で、あれよあれよという間に6人を抜き、区間新記録で2位に。この子のお父さんはケニアの人。やっぱりなあ。
 将来どんな凄い選手になるのか、楽しみです。
 えッ、ケニア代表で出るの? たとえそうであってもいいじゃないの。
高松望ムセンビ選手(TV中継より)
 4区あたりからは私の地元を走るので、市街の光景に目が行きます。
 丸太町通り→熊野神社前→東大路から、百万遍を右折して今出川通りに入りました。もろ地元です。
 しかし喫茶「進々堂」などはあっという間に通りすぎました。
 知った顔が沿道に出ているのではないか、と思ったのですが、それもなかったし。
 銀閣寺を左折して、白川通りに。この通りにはほろ苦い思い出があります。
 別当町の交差点にある喫茶「ジュネス」。この店でコーヒーを飲みながら、ずっと店外を眺めていました。
今出川通り(TV中継より) 銀閣寺交差点?(TV中継より) 白川通り(TV中継より)
 白川通りの第4中継所からは5区。
 このあたりまでは岡山がトップ。しかも後半は中村友梨香、重友梨佐というオリンピック選手が控えている。「岡山優勝だな」と思いました。
 しかし監督は「いやいや、うちは後半弱いので」と弱気でした。
中継点(TV中継より)
 そのことば通り岡山は6区、7区でずるずると後退。
 後半からは大阪、兵庫が抜け出しました。そこへ神奈川が猛追。
 郷里の京都は、今回は冴えず10位あたりをうろうろ。もう、優勝の目はない。
 こうなったら関東人(?)としては、ぜひ神奈川に優勝してもらいたい。
3者の争いに(TV中継より)
 優勝候補は新谷仁美をアンカーに持つ千葉といわれ、神奈川は影が薄かったのですが、地味ながら後半はしぶとかったように思います。
 そしてアンカーの吉川美香に2位でたすき渡し。吉川はたちまち首位に出ましたが、終始苦しそうな顔。
 「大丈夫か……」。心配になりました。
 解説者は「大丈夫。この人はいつもこういう顔をするのです」
吉川美香選手①(TV中継より) 吉川美香選手②(TV中継より) 吉川美香選手③(TV中継より)
 そのことば通り、吉川は無事走りきって優勝のテープを切りました。
 インタビューではケロリとしていました。心配させやがって。
 他では前回くり上げスタートを余儀なくされ、49位だった福島が今回は17位と健闘したのがよかった。
 今日(01/13)から両国国技館では大相撲初場所が始まります。
 そこで両国の界隈をご案内。(写真は昨年末撮ったものです)
国技館の前
 まずは総本山の両国国技館。
 ここは初場所(1月)、夏場所(5月)、秋場所(9月)と興行されます。
 一年6場所の半分。入場者数も多いからですが。

 私はプロ野球の観戦では何度か息子を連れて行ったことがありますが、相撲はとうとう連れて行けなかった。
 野球に比べて相撲は高かったからですが、無理してでも一度ぐらいは連れて行ってやればよかったと思います。その代わり相撲は散々取りましたが。
両国国技館① 両国国技館②
 大相撲の興行とは別に、ここには相撲に関する資料がそろった相撲博物館があります。
 代々横綱の肖像画が並べられ、さらに現在はもちろん、昭和、大正、明治、そして江戸時代の力士の名鑑も目にすることができます。
 このときは江戸時代の相撲絵の特集でした。入場料は無料。ただし場内撮禁。
相撲博物館の壁画① 相撲博物館の壁画②
 「オー、センシュウラク……」
 外国人観光客がモニターTVに目を輝かせました。
 先場所の横綱同士の取組みを放映しています。この取組みは私も観てましたが、ここで観るとまた違う臨場感があります。思わず釘付けになりました。

 この周辺は相撲部屋も多い。
 両国界隈の観光案内図を見ても15~16部屋あります。
 各部屋には、その前に立札があり、部屋の由緒と親方の名前などが書かれています。それが相撲協会ではなく、墨田区というのも意外でした。他の地域にある相撲部屋にはこのような立札はないのでしょうか。
井筒部屋 部屋の立札
 入り口は閉じられ、一般人は入れません
 朝稽古の時間ですが、静まりかえっています。防音もしっかりしているようです。
 しかし、某部屋からは烈しい怒号が聞こえてきました。

 ときどきTVに映し出されるぶつかり稽古で、勝った力士に4~5人の力士が声を荒げて詰め寄る光景が見られます。
 まるでケンカしてるように見えますが、あれは勝った力士が次の相手を指名できるので、他の力士たちが「オレを指名してくれ!」とアピールしているのです。そのアピールがケンカ腰なので、そう見えるのです。
出羽の海部屋 八角部屋
 その稽古も、ヘロヘロにくたばるまで続けられます。
 これは格闘技での練習で、体罰ではありません。
 どこかの高校が「体罰は有功」とばかり生徒を殴打しましたが、あれは暴行傷害。許されることではありません。

 息子との「ぶつかり稽古」ではかなり鍛えましたが、ここまで厳しくなかった(苦笑) 
 両国を歩いていると、そんなことまで考えさせられます。
 今の季節(~02/24)、横浜・赤レンガ倉庫は恒例のスケートリンクです。
 アイススケートに関しては、赤坂サカス(参照)でも述べたように、滑るよりも見るほうが面白い。
 しかし赤坂では今ひとつでした。ハマはどうか。
赤レンガ倉庫広場のスケートリンク 圧倒的に女子が多い
 圧倒的に女子が多い。しかも滑り方が大胆です。
 それもけっして上手ではない。それなのに思い切りがいい。
 そのため、あちこちですっ転んでいます。
 もっとも転んでいる大半は小学生の女の子ですが。
ハマの女子は大胆? 転ぶのは慣れっこ?
 「あ~あ、ここにもいたよ」
 目障りな熟達オヤジです。
 黒い革ジャケットを着て、ハンチング帽を被ったオッチャン。スイーッと滑り、女子の間をこれ見よがしに、グイッとエッジを利かして回り込んでくる。しかもどや顔。可愛げがないぞ。
可愛げのないオヤジが…
 上手いのはわかったから、もう引っ込めよ。
 ところが一向に引っ込まず、いつまでも滑っている。いい加減飽きろよ、オヤジ。

 (私の願いは、若い女性がすっ転ぶこと)
 あー、いっちゃった。
 女性読者の方、ご容赦願いマス。

 もっともこんな願望、男なら誰だって持っている……はず。
 えッ、そんな下劣な願望はないって?
 品性下劣なのはオレだけ?

 ほどなくして私の願望は叶えられました。
 カップルで滑っていた若い男女。女子のほうがスッテンコロリン。
すっ転ぶ女子と天を仰ぐ男子
 「あー、やっちゃったよ」と男子は天を仰ぐのみ。
 冷たいぞ、そんなことでいいのかッ。
 その後、このカップルがどうなったか、知る由もありません。

 リンク中央にカッコいい女子が滑っていました。
 「こいつ、すっ転ばないかな」なんて、ちょっと不謹慎かな。
 この女子がすっ転ぶのを期待?
 内心ではなにを考えようと個人の自由(宗教によっては罪)ですが、「女性が転ぶところを期待して見ている」ことがバレたら、たちまち袋叩きでしょう。

 もう少し見たかったけど、怪しまれないうちに退散しました。じゅうぶん楽しめたし。
 ハマギャルは大胆で、尊敬に値します。
 今月16日は恒例の歌会始。
 それに先駆けて、皇居のご案内。といっても皇居東御苑です。
 皇居の見学は前もって申請しなければなりませんが、ここは休園日(月、金)以外は自由に入れます。
 かくいう私も知らなくて、武道館のある北の丸公園から南下して、堀端の小さな橋(北桔橋)をわたったところ、門衛さんに番号札をわたされました。「あれッ、入れるの?」
天守台①
 石塀の間を抜けると天守台(天守閣跡)。
 ここの天守閣は明暦の大火(振袖火事=1657)で全焼し、以後再建されていませんが、天守台に上ると広々とした城内が見わたせます。
天守台② 天守台③
 「おおッ、まさしく江戸城跡!」(気づくのが遅いんだよ)
 首都圏に住んでいても、私のような人間は多いと思います。
 そのため見学者は少なく、外国人観光客が多いように見受けました。

 「ここが松の廊下のあったところね」
 と年配の女性が携帯で写真を撮っていました。
 松の廊下とは、元禄14年(1701)浅野内匠頭長矩が吉良上野介義央に斬りつけ、赤穂浪士討ち入りにつながったところです。
松の廊下跡① 松の廊下跡②
 説明書きによると、
 「廊下に沿った襖戸に松と千鳥か描かれていたのが名前の由来といわれています。江戸城中で2番目に長い廊下で、畳敷きの立派なものでした」
 今は松がヒョロッと立っているだけ。うーん、松の廊下、か。
富士見櫓
 城を守る役割の櫓(やぐら)で現在残っているのは伏見櫓、桜田二重櫓、富士見櫓の三つですが、この富士見櫓は明暦の大火で消失した天守閣の代用としても使われ、将軍が両国の花火や品川の海を眺めたそうです。
大手門に向かう 大手門 大手門の鯱
 他には百人番所、三の丸尚蔵館、大手門の屋根に飾られていた鯱などもあります。
 この江戸城跡、入場料は無料。
 大手門、平川門、北桔門から入ることができます。このときは、みんなの流れに沿って大手門から出ました。
 東京見物の穴場だと思いました。
 このほど東北大の調査によると、日本で女性の首相が誕生する可能性について、女性の国会議員や自治体の首長ら計21人の名前を挙げ、首都圏の男女(20歳以上、310人)に聞いたところ、「適任者なし」との回答が約7割に上ったそうです。

 それでも「ふさわしい」とされたなかでの高得票者は、①自民党の小池百合子衆院議員……27人(8.7%)、②民主党の蓮舫参院議員……12人(3.9%)、③同党の田中真紀子前衆院議員と自民党の小渕優子衆院議員……11人(3.5%)

 小渕優子さんはよく知らないので除外しますが、①、②、③の3人には共通点があります。
 ①小池百合子さんは地元とは異なる選挙区から出馬したとき、会見を拒否して記者を会場から閉め出した。
 ②蓮舫さんはTBSラジオ「アクセス」でコメンテイターをしていたとき、舌鋒鋭くコメントするも、リスナーから逆襲されると、「それは専門外なので」と答えを拒否した。
 ③田中真紀子さんは人を責めるときは厳しいけど、遺産相続問題で記者から質問されたときは終始ダンマリで押し通した。
 いずれも人を攻めるときは威勢がいいけど、都合が悪くなるとコミュニケーションを閉ざすという傾向が見られます。

 コミュニケーションを閉ざすのは政治家だけに限らず、アスリートにも見られます。
 昨年からヤンキースに入ったイチローは、WBC優勝のときは大はしゃぎしましたが、マリナーズ時代、打てないときはよく記者のインタビューを拒否しました。

 人間は順風のときは誰でも好人物でいられます。問題は逆境にあるとき。
 昨年暮引退表明した松井は打てないときでも、記者のどんな厳しい質問にも、誠実に答えていました。

 相撲協会では北の湖理事長、終始強面で記者の質問にもまったく無視ですが、現役時代は負けたときでも記者の質問にきちんと答える誠実さがありました。今とは隔世の感です。

 印象深いのは野球評論家の関根潤三さん(1927~)
 この人は大洋ホエールズ監督時代、負けた直後でもその敗因を淡々と語っていました。
 私は「負けて口惜しくないのか」と思ったものですが、球団からは勝つことを使命とされ、選手を預かり、ファンの期待も背負い、勝負師としての評価を問われる立場で、負けて口惜しくないわけがない。
 本心は、はらわたの煮えくり返る思いだったでしょう。
 けれどもそこをグッとこらえ、敗因を語るのは、誠実で度量が大きいから。
 当時は負けると記者のインタビューを拒否する監督がいたので、いっそう際立ちました。

 そう考えると、女性首相として候補に上げられた御三方はいかにも度量が小さい。
 指導者として失格だし、人間としての誠実さが問われます。これでは首相など務まるわけがない。
 今はただ小渕優子さんがそういう人物でないことを祈るばかりです。
 昨年の日本シリーズは一度も見ず、年々プロ野球への興味が薄れていく私ですが、昨日「カネやん、マムちゃんのプロ野球ガチンコトーク」(TBSラジオ)を聴いていて、「なるほど」と思うことがありました。
                             *
 「大谷君は単身アメリカに渡って、1A(マイナー)から這い上がれ」
 これはカネやん(金田正一氏)のことばです。

 大谷君とは岩手・花巻東高の大谷翔平投手のこと。
 昨年「メジャー挑戦」を表明したものの、ドラフトで日本ハムに指名され、栗山監督に説得されると、決意をコロリと翻し、「(日ハムに)入ります」
 前にもいったように私は日ハムの指名には反対でしたが(参照)、所詮はよそ様の子、「好きにすれば」

 ところがカネやんは、
 「チャレンジ精神が足らん。たとえ最初は厳しくても、実力があればメジャーに上がれるはず。日ハムに行っても人寄せパンダになるだけ」
                             *
 WBCについても、(参照
 「相変わらずメジャーは勝手なことばかりいっている。金は持っていく、そのくせ主要選手は参加しない。こんなバカな話がどこにある。そんなWBCなら参加しなくていい。(WBC参加は)プロ野球機構の意向だけど、なんたる体たらく。王、長嶋はいつまでもプロ野球界にこびりついてないで、もっと自由な立場で発言しなさい」
                             *
 金田正一氏は400勝の偉大な投手です。国鉄時代の剛速球は今でも覚えています。
 類いまれな素質と人一倍の努力は私も認めますが、いつも自慢たらたらで今ひとつ好きになれなかった。
 しかし大谷君、WBCに関する今回の発言は、私が以前から漠然と考えていたことを(極端ではあるけど)ズバリいい表してくれました。
                             *
 それに触発されて、私もいいます。
 昨年末、引退表明した松井秀喜選手。読売のナベツネ氏が「将来は巨人軍の監督をやってもらいたい」といいましたが、とんだ世迷いごと。
 松井は巨人にはもどってきません。

 これは私の推測ですが……。
 松井は長嶋さんやチームメイトには友好関係は持っていても、巨人(読売)には愛想を尽かしています。ヤンキース入りを決意したとき、巨人首脳陣のとった裏工作に憤慨したからです。(参照
 そのためWBCにも参加しなかった(スポンサーは読売)し、(敵である?)朝日新聞にコラムに寄稿していました。またヤンキースタジアムのライトフェンスに読売新聞の広告が出たとき、不快感を表しました。
 彼は巨人入りなど端から考えてないでしょう。

 松井の夢は高校野球の監督になることだそうです。
 ぜひそれを実現してもらいたい。
 彼の率いたチームが甲子園に出るのを見たいものです。私の目の黒いうちに。

 思わずカネやんの勢いを借りてしまいました。
 雑煮も飽き、正月も明けた某日、残った野菜とベーコンで、パスタ焼きうどん風をつくってみました。

 <材料>
 野菜は、タマネギ、ニンジン、ブロッコリー、パプリカ、舞茸、ニンニク
 肉類は、ショルダーベーコン
 調味料は、つくり置きのオニオンペースト、オイスターソース、酒、塩、コショー、コンソメスープの素(顆粒)、他にオリーブオイル
具を炒める
 <つくり方>
 フライパンにオリーブオイルを多目に敷き、中火で熱し、刻んだニンニクを入れ、焦げないうちに、タマネギ、ニンジン、ブロッコリー、パプリカ、舞茸の順に野菜を入れて炒め、さらにベーコンを炒めます。 
ゆでたパスタを加えて炒める
 味付けは塩、コショー、オニオンペースト、オイスターソース、酒。
                              *
 今回のパスタは、平べったいきし麺状のもの。
 昨年スーパーで安かったので(500g=98円)買って家で見たら、平べったいパスタ。いつもは1.7mmのものを使っているので、「しまった!」と思ったのですが、かまわずゆで時間をいつもと同じ9分にしたところ、これでOKでした。
                              *
 先ほどの具を炒めたものにゆでたパスタを加え、コンソメスープの素で味を整えて、できあがり。
できあがり
 食べてみると、焼きうどんとはまったく違って腰があります。
 ベーコンの味が効いています。ショルダーベーコンにしたのは、脂が少ないから。
 「美味い!」のひとことです。(これを自画自賛といいます)
 この年末年始、私はキリスト教、神道、仏教……と、無節操ながらも、宗教づいてしまいました。(宗教ごっこ?)
 「こうなったら、行きがけの駄賃」と、行ってきたのが、代々木上原にある「東京ジャーミィ」。イスラム教の寺院(モスク)です。
東京ジャーミィ外観①
 イスラム教徒でもないのに?
 大丈夫です。
 ここの1階ギャラリーと礼拝堂は一般公開(10:00~18:00)されています。
 ただし、どの宗教施設もそうですが、他の礼拝者の迷惑にならないよう、静かに入場するのはいうまでもありません。
 また女性には髪を隠すスカーフを貸してくれます。
東京ジャーミィ外観②
 礼拝堂に入りましたが、誰もいません。
 他に礼拝者の方がおられれば、見よう見まねで礼拝するのですが、仕方なくニュースなどで教徒の方がやっていたように、坐ってお辞儀をしました。(日本式?)
踊り場から外を見る 礼拝堂入口
 私はどの宗派にも属さず、宗教としては部外者です。
 しかし部外者には部外者の流儀があります。それは、「郷に入れば郷に従う」こと。
 大ていの人はお寺では拍手を打たないでしょう、それと同じようなものです。

 ここは「撮禁」とは書かれてなかったので、礼拝後、何枚か撮らせていただきました。
礼拝堂内部① 礼拝堂内部②
 礼拝堂は広く(2000人収容)、なかなかきれいな装飾が施されていますが、祭壇や礼拝像はありません。
 メッカに向かってお辞儀をするのですが……。
 礼拝しているのは、自分ひとりというのも妙なものです。イスラム教徒でもないのに。

 ここ東京ジャーミィの前身は、ロシア革命を逃れて日本にやってきたトルコ系タタール人が1938年、代々木上原の地に建設した木造のモスクです。神戸に次いで日本で2番目のモスクでしたが、1986年に老朽化を理由に取り壊され、2000年に建て直されました。
 様式はオスマントルコ風ですが、現代建築の要素も取り入れ、1階の多目的ホールでは結婚式、演劇 展示会 公演などが行われるようになっています。
 建設費12億円は、トルコ国民や在日イスラム団体からの寄付によって賄われました。
礼拝堂天井
 現実的な話をするのもナンですが、運営費はトルコ共和国東京大使館、宗教法人「東京トルコディヤーネットジャーミィ」によって賄われているそうです。
 「トルコと日本は親しい国同士。相互理解を深めるためなら、これぐらいのことは……」
 といったところでしょうか。

 本日オマケの写真は、同じ井の頭通りにある古賀政男音楽博物館・けやきホール。
古賀政男音楽博物館
 我われは正月になると、当たり前のように初詣に行きます。
 このときばかりは信仰心が芽生える(?)のかもしれませんが、ついでにこんなところへ行くのはいかが。目黒・行人坂にある「大円寺」

 芸能関係に詳しい方なら、「ホリプロの裏だ!」とお気づきでしょう。
 というか、芸能プロダクション「ホリプロ」が行人坂にあるのです。
ホリプロ
 ここは天台宗のお寺。
 江戸時代、湯殿山(山形県)の行人、大海法印がここに大日如来堂を建て、修行に励んだのが始りです。ちなみに、この坂に多くの行人が住むようになったので、「行人坂」と呼ばれるようになりました。
目黒・行人坂
 境内に入ると、まず七福神が迎えてくれます。
 七福神とは、毘沙門天(威光)、寿老人(寿命)、大黒天(有福)、恵比須天(清廉)、福禄寿(人望)、布袋尊(幸福)、弁財天(芸事)の神々のこと。
七福神
 本来ならば「七福神めぐり」といって各神々がおられる寺社を一軒一軒回らなければならないけど、ここへくると一堂に会しておられるので、その必要はなーい。
 ははーッ、ありがたや。

 次に境内左手の崖沿いに並ぶ石仏群。釈迦三尊像、五百羅漢像などを含めて、その数520体。
 実はこの石仏群、江戸三大火事のひとつ「行人坂火事」(明和9年=1772)の 犠牲者供養といわれています。(ちなみに他のふたつは振袖火事、車町火事)
石仏群 
 火事の火元はこの大円寺といわれ、折からの強風により、白金から神田、湯島、下谷、浅草までを焼き尽くす大火となりました。しかも城中のやぐらまでも延焼したので、大円寺は以後76年間も再建を許されなかったそうです。
 
 石仏群はこの大火の犠牲者供養のために、石工が50年かけて完成したといわれています。そういえば、なんとなく哀しげな表情が多いのはそのためかもしれません。
 (昭和45年、都有形文化財に指定)
赤い布がかかっているのがとろけ地蔵
 なお、石仏群の前にとろけ地蔵なるものがあります。これは江戸時代に漁師が海から引き上げたもので、顔や手が溶けたような姿をしているので、その名がつきました。悩みごとをとろけさせ、解消してくれるありがたいお地蔵様といわれています

 火事といえば、好きな若僧侶に会いたい一心で放火事件を起こして鈴ヶ森刑場で火刑に処せられた「八百屋お七」祈念の碑もあります。これは惚れられた僧侶がお七を弔ったものだそうです。
八百屋お七の碑
 さらに本堂前に鎮座まします金箔だらけの大仏様。
 これは「薬師如来」といって身体の悪い部位に貼り付けると効き目があるそうです。
 なぜか金箔は顔と胸に集中しています。
大円寺本堂 薬師如来
 この大円寺、仏事の百貨店のようなお寺です。
 1月1日、アメリカの女性歌手パティ・ペイジさんが亡くなられました。享年85。
 パティ・ペイジさんといえば、なんといっても「テネシーワルツ」(1950)
 私の大好きな曲です。

 この曲を初めて聴いたのは小学校のとき、江利チエミさんのカバーです。
 当時大ヒットしました。江利チエミさんの歌もよかったと思います。

 しかしそのあと、パティ・ペイジさんのオリジナルを聴いたとき、ガーン!
 強い衝撃を受けました。歌唱力がまるで違う。
 低く、艶があって、伸びのある声。
 この一曲で、私のなかから江利チエミさんは吹っ飛んでしまいました。(悪いね)

 「テネシー・ワルツは三角関係の歌だよ」
 高校時代、友人が教えてくれました。
 翻訳すると、主人公(女)が彼とワルツを踊っていたら古い友人とバッタリ会い、彼に紹介したところ、ふたりが踊って意気投合し、自分はフラれてしまったという内容です。
 この歌はテネシー州の州歌になっています。失恋の歌なのに。

 I was dancin' with my darlin' to the Tennessee Waltz,
 When an old friend I happened to see;
 I introduced her to my loved one,
 And while they were dancin',
 My friend stole my sweetheart from me.
 I remember the night and the Tennessee Waltz --
 Now I know just how much I have lost.
 Yes, I lost my little darlin' the night they were playing
 The beautiful Tennessee Waltz.



 よく聴くと、高音も低音も彼女の声。つまり多重録音。当時の彼女はバックコーラスを雇う金がなかったから、といわれていますが、それがかえっていい効果を上げています。
 音楽評論家の萩原健太氏にいわせると、「当時はレコードしか機器はなかったのに、相当難しいことをしている」そうです。

 印象深いのは、ミケランジェロ・アントニオーニ監督「砂丘」(Zabriskie Point =1970)の一シーン。
 アメリカ南部のドライブインで、老人の顔がクローズアップされ、ジュークボックスから流れてくるのがこの曲でした。
 これはイタリア人(アントニオーニ監督)から見た古きアメリカの姿だったのでしょう。

 「パティ・ペイジさん亡くなったね。曲はCDなどで聴けるけど、ご当人が亡くなったのはやはり寂しい。テネシーワルツの歌の意味を教えてくれたのは貴兄だった」
 例の友人にメールを送りました。
 すると、
 「そうだったのか。昨日、カラオケでテネシーワルツを歌ったとこだよ」
 あの野郎、忘れやがって。
 でもテネシーワルツを歌ったのは、ヤツなりに哀悼の意を示したかったのでしょう。
 埼玉と京都から、彼女を偲んで、合掌。
 昨日(01/03)は箱根駅伝・復路。
 復路(6区)では、往路5区の着順にタイム差をつけて出発します。
 1位日体大、2位早稲田、3位東洋大が、係員の旗上げに次々とスタートしました。
TV中継・箱根駅伝①
 とはいえ首位に10分以上差をつけられると、くり上げスタートになります。このときも7チームが(くり上げ)一斉スタート。
 しかも中央大、城西大は往路の5区で走者が棄権したため、参加はできるものの、記録はつきません。酷だけど、これは仕方ありません。

 さて6区では、優勝候補と思われていた東洋大が、早くも早稲田を抜いて日体大を追いかけますが、これがなかなか追いつかない。それどころか逆に引き離される始末。

 さらに8区では3位の明治に追いつかれ、遊行寺の坂で熾烈なデッドヒートを繰り広げました。これは明治の走者が手ごわかったのか、それとも東洋大の力が落ちたのか。
第一京浜(鶴見付近)9区
 しかし、その明治も9区では松井選手(2年生)が途中から、足がもつれ、フラフラ状態。そのため3チームに抜かれました。今にも倒れるのではないかと思われましたが、ようやく鶴見中継所でたすきを渡せました。
 その松井選手は渡したとたんバッタリ倒れ、抱きかかえられて救護を受けました。順位は3位から6位に。(10区の走者も抜かれ、最終的には7位に) 
TV中継・箱根駅伝② TV中継・箱根駅伝③
 往路では派手な「ごぼう抜き」が見られますが、復路は走者の間隔が離れているため、それは見られません。その代わり下位のチームは「くり上げスタート」の恐怖に脅かされます。
 今回は往路で見られましたが、復路では見られなかった。期待してたわけではありませんよ。
第一京浜(品川駅)10区
 10区のゴール前は、帝京大と早大の4位争いが面白かった。
 相手の様子を窺いながら、あと100mというところで、猛スパート。短距離走に切り替わりました。わずかに帝京大が勝ちましたが、こんなのが見られるのもやはり箱根駅伝ならでは。 
TV中継・箱根駅伝⑤
 日体大は6区から終始首位を守り、総合タイム11時間13分26秒で優勝しました。
 思えば去年日体大は、戸塚の中継地点でたすきがつながらず、くり上げスタートを余儀なくされ、19位と惨敗。(これは去年の記事に書きました)
TV中継・箱根駅伝④
 これに大ショックを受けた監督はメンバーを一新し、当時2年生だった服部翔大を主将にし、生活態度から改めたといいます。
 10位内に入れなかったのでシードから外され、予選を勝ち抜いてのエントリーでした。
 そんなチームが優勝するのは非常に珍しいそうですが、監督以下選手全員の臥薪嘗胆が実を結んだといえそうです。
 正月の2日、3日はTVで箱根駅伝を観ます。
 毎朝、仕事をしながら聴いているTBSラジオ「ゆうゆうワイド」も、このときばかりは聴きません。大沢悠里さんには悪いのですが。
箱根駅伝・TV中継より①
 恥ずかしながら、私、この2~3年前まで、箱根駅伝は関東エリアだけの放送かと思っていました。出場するのは関東の大学ばかり、走るところも大手町→箱根芦ノ湖(東京、神奈川)だからです。
 ところが京都の友人に「毎年、箱根駅伝は観てるぞ」といわれ、「えーッ」
 ブログでも、九州、東北の方が話題にされてました。全国放送だったのですね。
第一京浜(鮫洲付近)1区
 出場する大学は20校、出場できなかった他大学の選手約2,000人は沿道の警備に当たるそうです。
 昨日のレースを観て思ったのは「駅伝というのは総合力。ひとり傑出した選手がいてもどうにもならない」ということです。
第一京浜(横浜駅付近)2区
 その典型例が日大。
 日大2区、ベンジャミン選手がたすきを受けたときは13位。難所「権太坂」もなんのその、他大学をどんどん追い抜きました。「走者としてのモノが違う」と思いました。
 そして、ついに先頭の東洋大もとらえ、これにも競り勝って首位でたすき渡し。12人のごぼう抜き。
 これで日大は先頭集団に、と思いきや、次の走者が他大学にどんどん抜かれ、15位に。
 一挙に多くの走者を抜くのを「ごぼう抜き」といいますが、逆はなんというのか。ごぼう抜かれ? まさか。
箱根駅伝・TV中継より②
 2区のごぼう抜きは他にもあって、山梨学院大のオムワンバ選手。これも16位→4位、12人のごぼう抜き。ベンジャミンもオムワンバもケニア人留学生。レベルが違います。

 見どころはやはり5区、箱根路に入ってから。
 函嶺洞門、宮の下、塔の沢、小涌園など、知っているところも多いし、ヘアピンカーブの急な坂。
 波乱も起こりやすく、走者の力量が試されます。昨年まで山の神・柏原竜二選手(東洋大)の独壇場でもありました。
箱根駅伝・TV中継より③
 今年もやはり東洋大が首位だったのですが、途中で2位の日体大、3位の早稲田が猛烈に追い上げ、3人でデッドヒートを繰り広げた挙げ句、日体大が首位に出ました。
箱根駅伝・TV中継より④
 日体大の服部翔大選手は、一昨年お父さんを癌で亡くし、悲痛な思いを振り払って練習に打ち込んだといいます。監督の話では、葬儀から帰ってきたときは、平静を保っていたとか。
 その精神力を買われ、3年生で主将に任命されました。
 服部選手はその期待に見事に応えました。新・山の神ともいわれています。

 さて復路はどうなるか。
 有力選手を揃えた東洋大の巻き返しは必定と思いますが。
 昨日は朝早く川越大師に行ってきましたが、午後はご近所にも顔を立てて多福寺にも行ってきました。
 「福多かれ」という名前が気に入って、この地に移り住んでいらい、初詣に行くのは恒例になりした。
 正月、多福寺に行くもうひとつの理由は、1~5日の間だけ奥庭を開帳するからです。
 ここの奥庭の枯山水が素晴しい。
 拝観料として200円とられますが、それでも一見の価値はあります。
多福寺・境内
 この多福寺、片田舎のお寺にしては立派な山門「呑天閣」があります。鐘楼も含め、埼玉県指定有形文化財になっていますが、私の見たところではそんなものはカス、見るべきものは奥庭だけ。
山門「呑天閣」 多福寺・本堂
 ということで枯山水、とっくりごらんください。(↓)
多福寺・奥庭

 もうひとつ、私の住居の近くに浅間(せんげん)神社があります。
 浅間神社は至るところにあり、浅間(あさま)神社と呼ぶところもあります。ご本尊は静岡県富士宮市の富士山本宮浅間大社で、いずれも富士山信仰の神社です。
浅間神社
 「小さくて目立たないが、いい神社だ。私は毎年、元日の朝お参りする」
 俳句の先生がそういっておられました。
 新年の朝には参詣者に甘酒がふるまわれるそうです。
神社の祠
 ご利益は安産、子育、火防守護、容姿端麗とのことで私にはほとんど関係ないけど、富士山に参ったのと同じご利益が授かると聞いて、多福寺の帰りに寄りました。
手水舎
 朝は人出もあったそうですが、さすがこの時間帯になると、人もちらほら。
 それでもちゃんとお祈りしてきました。
 これで富士山にお参りしたのと同じご利益とは、なんとも(虫がいい?)ありがたや。

 川越大師にも行ったし、多福に富士山。今年は春から縁起がええぞ。