今日は大晦日。泣いても笑っても、今年もあと一日。
 大晦日といっても、とくに変わったことはしません。夕飯にそばを食べる程度です。

 これでも若いころは二度、京都・八坂神社の「おけら参り」に出かけたことがあります。
 しかしそれは東京にきてからのことで、東京の友人を案内しました。京都時代は一度も行ったことがなかったのに、皮肉なものです。
 というのも、実家は「おけら」の火で雑煮を炊く習慣がなかったからです。
 行ってみると、意外に観光客が多いと思いました。
 火の点いた縄をクルクルまわしていた若者、「オレ? 埼玉からきたんだよ」
 京都人伝統の「おけら」の火も、埼玉の若者にとってはただの(火?)遊びでした。
山下公園・午後の風景 大勢の人で賑わう山下公園
 最も印象に残っている大晦日は、20年ほど前の横浜・山下公園です。
 同公園内にある「赤い靴をはいた女の子の像」の前で童謡を歌う催しがあると知り、矢も盾もたまらず、妻と息子(当時高1)を連れ出しました。
赤い靴をはいた女の子の像① 赤い靴をはいた女の子の像②
 とはいえ府中駅を出発したのが午後10時をすぎていたため、東横線・桜木町に着いたのは11時半、そこから3人で走った走った。ようやく山下公園に着きました。11時40分。
 公園のなかでは、女の子像を中心に30人ほどの人たち(大半が年配者)が集まり、童謡を歌っていました。
 このとき歌唱指導していたのが、作曲家の高木東六さん(1904~2006)
銅像の前で撮影①
 もう終了近くでしたが、それでも歌集をもらって3曲ほど歌うことができました。
 妻と息子はあまり乗り気ではなく、終始引いてましたが、私ひとりハイテンションで、見ず知らずの人たちと童謡を歌って、気分が(勝手に)盛り上がりました。
銅像の前で撮影② 銅像の前で撮影③
 そして12時になって終了。イルミネーションを施した氷川丸からは「ボーッ」という汽笛の音。
 童謡の会は「皆さま、よいお年を」と散会しました。
 「ハッピー・ニュー・イヤー!」
 「イエーイ!」
 若者たちが(中国風?)爆竹を鳴らし、歓声をあげました。これぞ横浜の大晦日!
氷川丸のイルミネーション①氷川丸のイルミネーション② 氷川丸のイルミネーション③
 しかし若者たちが派手に騒ぎ始め、ちょっと危険な空気も漂ったので、私たちは中華街に入り、中華チマキを食べ、喫茶「ブラジル」でコーヒーを頼みました。
 「な、横浜の大晦日も悪くないだろ」
 「…………」
 ふたりの苦笑した顔が今でも思い浮かびます。
夜の中華街  中華街(山下町公園)のイルミネーション
 その後、私たちは関内から吉田町、さらに伊勢山皇大神宮で初詣をしました。
 けっこう歩きました。
 しかも深夜から早朝の時間帯でかなり冷え込みましたが、私は「横浜で年を越した」という充実感で、(ひとりで)熱くなっていました。
 しかし、妻と息子はどうだったか。
 父親の「ひとり盛り上がり」に半ば呆れていた?

 家族で、例年とは違う大晦日を過ごしたのはこのときだけです。
スポンサーサイト
 明治神宮。
 首都圏に住んでいる方なら、一度は行ったことがあるでしょう。
 毎年初詣では、日本一参詣者数の多い神社です。
 2010年でも、大晦日から正月三が日の間で300万人といわれているから、大変な数です。

 私は20年ほど前、一度だけ初詣に行きましたが、やはり大変な人出でした。
 なぜか外国人の参詣客が目につきました。
 なかでも金髪の女性が着物姿、それも道行コートを羽織り、拝殿できちんと参拝しておられた姿が印象的でした。

 2日後に迫った来年の初詣には行きませんが、代わりに暮れの某日、行ってきました。
 原宿から南詰所前の鳥居をくぐり、参道を進みます。
南詰所前の鳥居 参道
 ここには昔から代々(だいだい)伝わる大きなもみの木があり、人々はそれを大事にしてきました。代々(伝わる)木ということで、この地を代々木(よよぎ)と呼ぶようになりました。
代々伝わるもみの木
 明治神宮は明治天皇と昭憲皇太后を御祭神とする神宮です。
 その面積約70万㎡。都心にこんな空間があったのか、と思うほどの鬱蒼とした森。
 大鳥居をくくり、しばらく進むと社殿に出ます。
大鳥居 社殿入口
 この日はまだ正月には早いので、参詣客もチラホラ。
 拝殿では若者もきちんと参拝(二礼二拍手一礼)しています。
 撮禁なので、拝殿のなかは撮れません。ガードマンもいるし。
 社殿 拝殿
 絵馬も数多くあります。
 中身は「〇〇さんと結ばれますように」「△△大学に合格できますように」「元気な赤ちゃんが生まれますように」などと、願いごとはまちまち。
絵馬の奉納も
 なかには別れた恋人との復縁を連綿と綴った祈願文もあって、これはこれで面白いのですが、主旨から外れるので割愛します。

 社殿を入った左に神社の方(禰宜さん?)がじっと坐っています。
 なにする人?
 無遠慮に写真を撮らせてもらいました。
 なかにはこの人をとなりにして、記念写真を撮る女性も。それでも微動だにせず。
見張り禰宜さん① 見張り禰宜さん②
 まさかこの人に話しかけるわけにもいかず、向かいでお札を売っている巫女さんに聞きました。
 すると、「社殿の見張り役。神社でいえば狛犬のような役割です」とのこと。
 そのほとんどが大学生(神道系の)。ローテーション制になっているそうです。

 この見張り禰宜さん、初詣でもお勤めされるのでしょうね。
 年の瀬も押し迫った昨28日、大きなニュースが飛び込んできました。
 松井秀喜外野手(38)現役引退を発表。ショックです。

 松井選手はニューヨーク市内で記者会見を開き、
 「命懸けでプレーして力を発揮するという気持ちでやってきたが、結果が出なくなったことがすべて」といいました。
TVニュースより①
 今年5月、メジャーのレイズに昇格し、対ホワイトソックス戦で4回の第2打席で、ライトオーバーの2ランホームランを打ったときは「やった!」と思い(参照)、その後の活躍を期待しましたが、鳴かず飛ばずに終わり、レイズからも解雇されました。
 今年末も浪人。来年はどこのチームで、と思っていた矢先でした。
TVニュースより②
 メジャーをやめるのだったら日本球界にもどって、(横浜で)プレーしてほしかったのですが、
 「10年前の姿を期待されても、もうその姿にもどれる自信は持てなくなった」
 といいます。
 うーん、もう無様な姿は見せられない、というところでしょうか。 
TVニュースより③
 この20年間で一番思い浮かぶシーンは、長嶋監督とふたりで素振りをした時間だそうです。
 それが以後のプロ野球選手としての20年間の支えになったといいます。
 自分が劇的なホームランを打ったとか、チームが優勝したという華々しい思い出ではないところに、松井選手の人柄を感じます。 
TVニュースより④
 私は松井選手が高校生のときから注目していました。
 忘れられないのは5打席連続敬遠。
 「ランナーがいるときはしょうがないけど、いないときは勝負しろ」
 私は怒りました。 
TVニュースより⑤
 このときの怒りは松井選手に対する同情というより、相手投手に対する同情でした。
 ランナーのいないときぐらいは勝負したかっただろうな。
 これはアスリートの本音です。
 この投手がのちに家庭を持って、わが子に甲子園の思い出を語るとき、「あの松井と対戦したんだよ」といっても、「監督の指示で全打席敬遠した」というのはいかにも辛いでしょう。
TVニュースより⑥
 しかし当時の投手、河野和洋氏は「敬遠されてふてくされるとか、睨みつけるということもなく、淡々と一塁に向かう松井の真摯な姿に、心を打たれた」といいます。
 彼はその後、プロ入りしてからの松井選手の打席を(ファンとして)見守り続けました。
 松井選手がヤンキースに入る前、再会し、握手して「お互い、頑張ろうな」と誓い合ったこともあります。
 その彼は松井選手から学んだことを、千葉の大学で学生たちに教えているそうです。
 彼にとって「5打席連続敬遠」は、少しもいやな思い出にはなってない。これは河野氏も立派だけど、そう思わせる松井選手の人柄にあるのではないか、そう思いました。
TVニュースより⑦
 敵をも魅了するのだから、もちろん同僚も魅せられます。
 ヤンキースから他のチームに移籍しても、対戦したとき、古巣の選手から熱い歓迎を受けました。いかに仲がよかったかわかります。

 自分に言葉をかけるとしたら、と問われて、
 「よくやったとか、頑張ったという気持ちはない。努力をしてきた気持ちはあるが、もう少しいい選手になれたのかも」
 といったのも、いかにも松井選手らしいと思いました。
 昨日(12/27)の午前中、地域の公民館へ行ってきました。
 いつも俳句会で使っている学習室その他の大掃除です。
 「今回は急用で行かれなくなった。悪いけど、代わりに行って」
 先日の俳句会終りで、世話役の方に頼まれました。

 公民館では、いろんなサークルが学習室や和室、ホールなどを使っています。
 そのため毎年年末になると利用者たちで掃除することになっているのです。
 去年は入ったばかりだったので、なにもいわれなかったのですが、一年経つといろんなことをやらされます。ようやく「仲間」と認められました。
公民館
  他のサークルのメンバーも集まって、全部で40人あまり。掃除なので汚れてもいい格好で、とのことですが、おばさまたちはけっこうお洒落してきているじゃないか。
 掃除用具に関しては、スプレー式の洗剤、スポンジ、雑巾などが用意されており、
 「床は業者がやるのでいいです。机と椅子、室内や廊下の腰板などを重点的にやってください」
 と職員の人にいわれ、手分けして取りかかりました。

 掃除には小学生の女の子が10人ほど手伝ってくれました。
 この地域の子どもたち(女子)の協力度は、東京(多摩地区)に比べるとかなり高いように思われます。これが田舎(?)の特徴なのか、ここだけなのか、よくわかりませんが。

 そんなわけで掃除はあっという間に終わり、あとはホールで懇親会。
 子どもたちは帰り、30名ほどが残りました。
 「せっかくですから、みなさん、それぞれ自己紹介してください」
 そんなの聞いてないぞ。
 とはいえ、「みずほ俳句会の辻です」と名乗り、
 「入会してまだ1年あまりです。みなさん20年以上も続けておられるベテランばかりなので、まだ新人の部類です。句のほうは全然上達せず、いつも先生にボロクソにいわれてます。それでも続いているのは、会の人たちがみんなやさしく、励ましてくれるから」と持ち上げ、
 「いいですよ、俳句は。ぼけ防止になりますから。興味ある方はぜひいらしてください」とPRに努めました。
鎌倉街道
 しかし、他の人たちは私以上に口達者、自らのサークルのことを喋るしゃべる。
 「フラダンスはいいですよ。腰をくねらすのでウエストがほっそり。便秘も治ります。ほっほっほ」
 とチャーミングなお婆さんがいえば、
 「私はそれまで病気がちだったんですよ。ところが社交ダンスやって元気になりました。背筋がシャンと伸びます。女はみんな美女に。男はみんなハンサムに」
 ときれいなお婆さん。
 社交ダンスやりたくなってきたぞ。

 他には韓国語グループ、スポーツ吹き矢、茶道、生け花、点訳、フルートなどのサークルの紹介もあり、大いに盛り上がりました。
 この地域のおばさんたちは、単に人懐っこいだけではなく、スピーチも上手です。
 最後に公民館の職員さんが、今年の運営報告と、来年の方針を話され、この日の目的は掃除よりもこれにあったのかと気づきました。
 なかなか面白い集まりでした。
 昨日に続いて今年撮った写真の蔵出しシリーズ。今回は湘南の海。
 クリックで大きくしてご覧ください。

 まずは江ノ島。
 江ノ島といえばヨットハーバー。東京オリンピックのときにできたヨットの繋留地です。
 稚児ヶ淵は裏の岩場。そしてそれを見下ろす食堂が富士見亭です。 
 江ノ島・ヨットハーバー 江ノ島・稚児ヶ淵 江ノ島・富士見亭からの眺め 
 鎌倉は由比ヶ浜海岸。
 ここは名だたる海水浴場であり、ウィンドサーフィンのメッカです。ふつうの波乗りサーフィンも見られます。ここでは棲み分けが上手くできているようです。
 写真は台風の翌日で、多量の海藻類が浜に打ち上げられていました。
由比ヶ浜海岸① 由比ヶ浜海岸②
 逗子海岸。
 ここには例の「太陽の季節」の記念碑があります。
 かの党が健在であればアップして揶揄したかもしれませんが、落ち目の人を叩くのは本意ではないのでやめました。
 葉山の森戸海岸、一色海岸は、意外に小ぢんまりして、地味な海岸でした。これが本当に歌に出てくる湘南の海なのか。不思議な思いでした。
逗子海岸 葉山・一色海岸 葉山・森戸海岸
 横須賀には「ヴェルニー公園」という素敵な公園がありますが、何度も出しているので、今回は外しました。けれども海に面した素晴しい公園は他にもあります。
 今回はそれをアップしました。
横須賀・うみかぜ公園 横須賀・海辺つり公園
 気に入っていただけましたでしょうか。
 今年撮った写真も、このまま使わずに年を越すにはあまりに惜しい。
 そこで年末恒例(?)の蔵出しシリーズ。今回は「横浜の海」
 クリックで写真を大きくしてご覧ください。

 まずは海芝浦。
 JR鶴見線の終点。観光地ではなく、東芝社員とその関係者以外は出られませんが、プラットフォームの下が海なので、写真を撮りにくる人はあとを絶ちません。
 次にコットンハーバー。
 瑞穂橋を南下したところにあるドック跡地で、今は住宅地。海に面した板張りの遊歩道(ボードウォーク)があって、ここからの眺めもなかなかのものです。
横浜・海芝浦 横浜・コットンハーバー
 臨港パーク。
 みなとみらい地区の西端にある海に面した公園で、すぐ海面まで手が届くのが特徴。向こうに見えるのはベイブリッジです。
横浜・臨港パーク
 山下公園。
 横浜を代表する公園ですが、ここはテーマを「海」に絞りました。
横浜・山下公園① 横浜・山下公園② 横浜・山下公園③
 金沢八景の平潟湾と野島。
 私の好きな景色です。とくに野島の夕照橋から眺める平潟湾の景色は素晴しい。
横浜・金沢八景・平潟湾 横浜・金沢八景・野島
 なにも説明は要らないと思います。
 今日はいよいよクリスマス。
 教会のミサには行きましたか?
 おっと、非クリスチャンの私がいうのもおこがましい。

 私は行きましたよ、数日前に。もちろんこの日(25日)のためにです。
 行ってきたのは横浜・山手通りにある「カトリック山手教会」
カトリック山手教会①
 同教会は文久元年12月13日(1862年1月12日)、パリ外国宣教会によって居留地80番に建てられました。開港後の日本で初めて建てられたキリスト教会堂です。
 ところが明治になって周辺が賑やかになってきたので、明治39年(1906)山手44番(現住所)に移転しました。
 これがカトリック山手教会のはじまりです。
 しかし大正12年の関東大震災によって完全に崩壊し、現在の建物は昭和8年に再建されたものです。
 聖堂は典型的なゴシック建築、鐘楼があまりに高いので、近くからだと写真に収められません。
 内部には細かな装飾が施された列柱などを備え、日本一美しい聖堂といわれています。
カトリック山手教会②
 ここも信者でなくても拝観可能です。しかも無料。ただし堂内は撮禁です。 (参照
 山手通りにはキリスト教会が数多く並んでいますが、私が見たところ、拝観できるのはここだけ。
 思えば「東京カテドラル聖マリア大聖堂」も拝観自由でした。
 これはカトリックの考え方なのでしょうか、元信者(?)としてはちょっぴり誇らしい気持ちです。
 ここでは額→腹→左肩→右肩の順で十字を切ってお祈りしました。
カトリック山手教会③
 聖堂を出たところに司祭館があります。
 事務所受付のところに私服姿の年配の方がおられたので、かまわず例の質問をぶつけました。
 「カトリックではなぜ左肩→右肩の順で十字を切るのですか」
 「さあて……」
 相手は、怪しげなオヤジのぶしつけな質問に、明らかに当惑顔。
 「これは我われが習慣的に行ってきたことで、なぜと問われても……」
 
 そこで、こう切り込みました。
 「正教会で聞いたら、神が右側におられるという理由でしたが、左から切るカトリックには別の理由があろうかと……」
 「いやあ、わかりません。考えてもみなかった。すみません、お役に立てなくて」
 なんじゃらほい。
 てっきり神父さんと思ったけど、単なる受付のおじさんだったのか。
マリア像(昼)
 それはともかく、教会の中庭にマリア像があります。これは明治元年(1868)フランスから贈られてきたものです。
 そのマリア像にもお祈りしました。
 不思議に気持ちが落ち着きました。十字の理由など、どうでもいい。
マリア像(夜)
 その後、山手の西洋館をあちこち回り、夕方になってもう一度前を通りました。
 教会は灯りに照らされ、門はまだ開いています。
 すると……。
 大きなオートバイが門の脇に横付けされ、ヘルメット姿の若者がつかつかと中庭を横切りました。
 なんだろう、と思って見ていると、若者はライトアップされたマリア像の前に立ち、ヘルメットを脱いで、手を合わせました。
 ヘーッ、こんなバイク野郎がマリア様に……。
 意外な光景でしたが、これも横浜。いいものを見たような気がしました。
 今日はクリスマスイブ。
 この日は浮かれ騒ぐのではなく、敬虔な気持ちで神にお祈りするのがかの国(?)の流儀。
 そこで行ってきました。御茶ノ水にある「神田ニコライ堂」
神田ニコライ堂①
 上京したてのころ、大田区に住む伯父がこんなことをいいました。
 「京都では、あほらしいとき『あほらし屋の鐘が鳴る』というやろ」
 「ええ、母親がよういうてました」
 「こっちでは『ニコライ堂の鐘が鳴る』という」
 「えッ、ほんとですか」
 京都に比べて、東京はなんと品がいいのだろう、初めの一歩という遊びでも、京都では「ぼんさんが屁をこいた」というのに対して、東京では「だるまさんが転んだ」
 なんと上品なんだ、東京は。私はすっかり東京コンプレックスに陥りました。
 しかし「ニコライ堂」には「あほらしい」という意味などあろうはずがなく、伯父一流の冗談でした。
 スミマセン、余計なことを。
神田ニコライ堂②
 ニコライ堂とは通称で、正式名は「東京復活大聖堂」といい、イイスス・ハリストス(イエス・キリスト)の復活を記憶する正教会の大聖堂です。日本に正教会の教えをもたらしたロシア人修道司祭(のち大主教)聖ニコライにちなんで、ニコライ堂と呼ばれています。(参照
 解説書によると、正教会とはハリストスの初代教会を引き継ぎ、ギリシャ、ロシアを経て日本に伝えられた宗派で、カトリックでもプロテスタントでもありません。
 
神田ニコライ堂③
 このニコライ堂、信者でなくても拝観することができます。
 ただし堂内撮禁、お布施300円が必要。
 有料はともかく、東京カテドラルといい、ニコライ堂といい、信者でなくても拝観できるのはありがたいこと。私としては神社仏閣に参拝するのと同じ感覚です。

 ここの祭壇もやはり凄い。荘厳のひとことです。
 ステンドグラスにはハリストスをはじめ聖母マリアなど、聖人のイコン(icon)が描かれています。こういうところにくると、私のようなものでも邪念(?)が取り払われるような気がします。
 私は正教会の流儀に従い、額→腹→右肩→左肩の順で十字を切って祈りました。
神田ニコライ堂④
 この聖堂ができたのは明治24年(1891)、設計者はロシア人のミハイル・シチュールポフ博士、工事監督はイギリス人のジョサイア・コンドル博士。建築面積は約800㎡高さ35m。
 日本最大ビザンチン式建造物として知られ、昭和37年(1962)、国の重要文化財に指定されました。

 「つかぬことをお尋ねしますが……」
 堂内で見学者のガイド役をしていた女性に聞きました。
 「十字を切るとき、正教会ではなぜ右肩→左肩の順なのですか」
 「それは神が右側におられるからです」と女性。
神田ニコライ堂⑤
 正教会では右側を重要視しているのではないか。
 ここで使われている「八端十字架」(参照)の下の棒が左に上がっている理由として、ハリストスが十字架に磔にされたとき、同じ磔にされた右側の泥棒が罪を悔い、「あの世に行っても私を覚えておいてください」といったので、ハリストスから見て右側の棒(足台)を上げたそうです。

 「ではなぜカトリックでは左から切るのですか」と聞いたのですが、
 「それは知りません。カトリックで聞いてください」 と、にべもなかった。
 誰か教えてくれ!
 「世界のクリスマステーブル」のテーマで、きれいなデコレーションを施された横浜山手の西洋館もいよいよ大詰め。全8館制覇した当方としては、出し惜しみしている場合ではない。
 そこで私が選んだ第1位は……パンパカパ~ン……山手111番館。
山手111番館
 ここは「願い叶う夜」と銘打って、デンマークのクリスマスを演出。
 デンマークの童話作家アンデルセンの代表作「人魚姫」と「マッチ売りの少女」
 ふたりとも願い叶わぬまま天国に上ったけど、もしYouTubeのクリスマスにて二人の願いが叶うのなら……というのですが。
クリスマスツリー① クリスマスツリー ② クリスマス・デコレーション
 「人魚姫」に関しては私の解釈とはちょっと違うけど、この際棚上げにして、食卓を見ると、なんとも豪華なもの。
 私は七面鳥ではなく、納豆、豆腐、メザシ一尾(土光会長か)、ケーキはなし。実にシンプルなクリスマスディナーです。
晩餐のテーブル デザートのテーブル
 まあ、そんなシケたヤツのことはどうでもいいとして、この山手111番館は建物自体が素晴しい。窓からの見晴らしもよく、下は低くなっていて、ローズガーデンが見わたせます。

 次にブラフ18番館。
 ここが担当する国はオーストリアで、テーマは「ノスタルジックなクリスマス」
ブラフ18番館 晩餐のテーブルクリムトの「抱擁」
 ヨーロッパの東西南北を結ぶオーストリア。全ての道はウイーンに通じ、多彩な文化・芸術が発展とのことで、グスタフ・クリムトの「抱擁」が飾られていました。

 イギリス館は紅茶のセット。「イギリス人なら紅茶でしょ」というわけか。
イギリス館 紅茶のセット
 いやあ、世界のクリスマスの雰囲気を満喫させてもらいました。

 ちなみにこれらの山手西洋館、入館料は全館無料。
 人件費、維持費を考えると、かなりの出費のはずですが、これは市が負担?
 つくづく横浜市民は恵まれています。
 もちろん我われ他県民にとってもありがたく、観光客があとを絶たないのもそのためです。
外交官の家 外交官の家・室内  
 神戸の異人館はほとんど有料というのに、なんという度量の広さ。
 林市長、あんたはエライ!
 この時期、どこもイルミネーションがきらびやかに街の夜を彩っています。
 その光景を撮って、ブログにアップされる方が多い。
 私も各地のイルミネーションの写真を撮って、当ブログにアップしています。
 これは「横浜ワールドポーターズ」のイルミネーション。
ワールドポーターズ① ワールドポーターズ② ワールドポーターズ③
 これは「クイーンズスクエア横浜」のイルミネーション。
 ここはファッション中心なので、入っても私にとっては無縁なのです。もっとも「クイーンズ」といっているので、女性向けには違いないのですが。
クイーンズスクエア① クイーンズスクエア②
 ファッションといえば「元町」とばかり思っていましたが、今は違うのですね。
 この地区のファッションビルは、他にも「ジャックモール」、前出の「ワールドポーターズ」があります。
 「こんなにあって、よくやっていけるな」と思います。
クイーンズスクエア③ クイーンズスクエア④ クイーンズスクエア⑤
 よくやっているかどうかはわかりませんが、元町を歩いてみると、やはりかつての活況はなくなっているように思います。
 ここで何着かジャケットやシャツを買った身としては寂しい限り。
元町① 元町② 元町③
 伊勢佐木町?
 ここはすでにファッションタウンの看板を下ろしていて、今は単なるショッピングストリート。料金的には安いけど、センスがちょっと田舎っぽいかな。
伊勢佐木町①伊勢佐木町②
 そういえば昔「マイカル本牧」というファッションタウンがありました。
 今は「ベイタウン本牧」ですか。
 建物は残っているけど、なかは百均ショップやマックなどが入っていて、ハイセンスで盛況していた当時とは見る影もない。
ベイタウン本牧① ベイタウン本牧② ベイタウン本牧③
 なんかね。きらびやかなイルミネーションを見てると、その陰に廃れていったファッションの街を思い出してしまうのです。
 すみません。年末なのに不景気な話になって。
 新橋には夕刊紙の編集局があった関係で、原稿を届けによく通いました。
 当時はメールで原稿を送る、ということはなかったから。
 その代わり編集者とのコミュニケーションは濃く、喫茶店で茶飲み話をしたり、ガード下や地下街の飲み屋でよくイッパイやりました。
 そのため、新橋界隈は熟知しているつもりです。 
新橋駅 街頭インタビュー風景
 新橋周辺は屈指のビジネス街であると同時に、駅界隈は一大歓楽街でもあります。
 そのためここのSL前広場にはほろ酔い加減のサラリーマンの姿がよく見られ、TVの街頭インタビューもよく行われます。
 この日も、サラリーマンがテレビ局のインタビューを受けていました。

 ここにSLが置かれているのは、初めて鉄道が開通したのが明治5年新橋~横浜間で、鉄道発祥の地になっているからです。
 12時、15時、18時には時報の汽笛が鳴ります。
広場のSL 夜はイルミネーションが…
 そのSLも、この季節は夜になるとイルミネーションが灯ります。
 それも時間によって色の流れが変わるので、なかなか幻想的です。
 ここは待ち合わせ場所にもよく使われますが、これなら待たされても苦にならない?

 汽車のイルミネーションといえば、駅の反対側、汐留シティセンターのファンタジア号、こちらのほうが素晴しい。
 旧新橋停車場のプラットフォームから空に向かって走り出しそうな感じ。
 前出のSLは本体の輪郭が光の帯で飾られていたのに対して、こちらは本体自身が光の電飾。
 夜の広場に燦然と輝いています。
空へ向かうファンタジア郷 光を落とすことも…
 しかも青いイルミネーションのトンネルがあり、これがなんとも幻想的。
 単に点灯しているだけではなく、10分ごとに演出が変わり、音楽が流れるので、楽しさも倍増。
イルミネーションのトンネル 写真を撮る人々 トンネルからファンタジア号を見る
 「当時はこんなもの、なかったなあ。ガード下のモツ焼き屋でイッパイやっていた」
 写真を撮りながら、隔世の感にとらわれました。
2012.12.20 十二月の句会
 昨日(12/18)は俳句会でした。
 今回の私の出句は、
 ①夜話や前に聞いたと息子言ひ
 ②柚子の皮正月待てずジャムつくる
 ③クリスマス童に帰り十字切る
 の三句です。
古民家
 ①夜話は秋の季語。息子と話していて、「前にも聞いたよ」といわれたことを詠んだものです。
 同じ話を何度もするのは老化の表れ? こういうとき孝行息子なら初めて聞いたような顔をするのです(?)が、うちの息子は容赦がない。
 ②先月下旬の福祉まつりで、柚子がひと袋50円(10個)で売られていたので買いました。しかし正月の雑煮用まで待てるわけもなく、ジャムになりました。
 ③これは子どものころ、カトリック教会に通っていたころの思い出です。クリスマスミサでは跪いて十字を切ったような……それを詠みました。
川越街道
 その得票数と先生の評価。
 ①夜話や前に聞いたと息子言ひ……(1)〇
 ②柚子の皮正月待てずジャムつくる……(0)
 ③クリスマス童に帰り十字切る……(0)〇
 (出句14名、選句はひとり五句。カッコ内は得票数、〇△は先生の評)
地蔵街道
 今回も得票数は惨敗。
 ただし、今回からはじまった「私の選んだ一句」では、①を選んでくれた人がいて、「俗っぽいとは思いましたが、これ、実感します。私も息子によくいわれます」と推してくれました。
 ひとりでも推してくれる人がいるのはありがたいものです。
鎌倉街道
 次に先生の評。
 「①は推薦の方とほとんど一緒ですが、老いた親の実感がありますな。誰しも共感すると思います」
 「②は事柄の説明。『ああ、そうですか』で終わりでしょ。句になってない」
 「③はなんとなくわかります。聖歌隊の少年時代を思い出した? 聖歌隊ではなかったのか。まあいい。子どものころはクリスチャンだった。そうだろうとは思いましたよ」
 以上。
 先生から〇ふたつもらったけど、みんなの票が得られないと、やはり寂しいものです。
近所の夕暮れどき
 終ってから「辻さん、ちょっと」と呼ばれました。
 来年の俳句会(1月15日)の準備のための打ち合わせです。
 初句会では食事会+運座(席題によって句をつくり、互選、選評すること)も行うので、弁当(寿司?)をどこで取るか、などを検討。私は来年から会計を任されることになったので、その役割分担などを話し合いました。
 少ない会員、少ない会費で先生への謝礼・交通費を支払い、運営していくのはつくづく大変だなと思いました。
 対人関係で最もショックだったのは、今年前半、学生時代の友人に去られたこと。
 これはケンカ別れというのではなく、以前からこちらが一方的に嫌われていたのです。

 原因は私にあります。
 私としては「よかれ」と思ってしたことが、すべて「おせっかい」だった。先方にしてみれば、無下に断るわけにも行かないし、じっと我慢していたというわけです。
 しかしその我慢も限界に達し、ある日ちょっとしたことでブチ切れた。
 こちらは、なんのことかさっぱりわからない。
 「そうか、オレは嫌われていたのか」と、あとで気づきました。

 彼は実直な人間。しかし実直であるが故に心のなかは繊細。
 そんな人間からすれば、耐えられなかったのでしょう。
新宿ミロードにて①
 「はははは。いくらお前が好きでも、そんな性格では先方には嫌われる。あきらめろ」
 小学校時代のガキ大将にそういわれました。こいつは私の性格を見抜いています。(参照
 私ももうあきらめました。
 人間、誰しも好き嫌いはあります。すべての人に好かれるなんてあり得ない。
 私を嫌いな人だっている。これは仕方がないこと。
新宿ミロードにて②
 今年の夏、わが俳句会のエースK氏が「自分はズケズケいいすぎて、嫌われているからやめたい」といったとき、私は「誰もKさんを嫌ってない」といいました。
 むしろズケズケいってほしい。いわれて落ち込む柔な人たちではない、とも。
 これにはみんなも「そうよ、そうよ」「やめないで」と同調しました。
 こうまでいわれてはさすがのK氏も翻意せざるを得ず、続けることになりました。
 私は基本「去るもの追わず」ですが、このときは去るものを引き止めました。
 これは「おせっかい」のなせる業(わざ)?
 わかりません。
新宿ミロードにて③
 うれしいこともありました。
 今年後半、それも年の瀬近くになって、親しい友ができました。
 詳細は差し控えますが、これは幾分私の「おせっかい」によるものです。
 もっとも以前より(おせっかいの度合いは)セーブしています。
 学習能力? なんとでも。
 今はこの友を大切にしたい。
新宿ミロードにて④
 こうしてみると、私の「おせっかい」もまんざら捨てたものではない。
 ちょっぴり自信が芽生えてきました。

 はたして来年はどんな人間関係ができるのでしょうか。
 (写真は本文記事とは関係ありません)
 当ブログで、最も多く書くようになった散策記。
 相変わらず横浜が中心で、今年最も印象に残ったのは能見台。(参照
 また今年は湘南散策を復活し、鎌倉、江ノ島、逗子、葉山などに出かけました。
横浜・みなとみらい 山下公園① 山下公園②
 横須賀にも足を伸ばしました
 それまでは基地の街というイメージが強く、行く気がしなかったのですが、実際行ってみると風光明媚ないい街でした。
 基地の街というと、アメリカ兵がのさばっているイメージがありますが、街を歩くアメリカ兵はむしろ穏やかで、フレンドリーでした。なにごとも食わずぎらいはイケマセン。
横須賀・ヴェルニー公園 どぶ板通り・下水溝の鉄蓋
 東京都内も散策しました。
 都内は見慣れているし、今さら、と思っていたのですが、関西在住のブロガーさんが観光で上京され、感激されていることに心を動かされました。
 とくに新宿や上野など、東京人がうんざりしているようなところまでほめられると、「あれッ、そんなにいいところだったっけ?」という気になりました。
 そう思って東京を歩くと、新たな発見もあり、見所がまだまだあることがわかりました。
東京スカイツリー 東京カテドラル聖マリア大聖堂
 もっとも私は単なる案内ではなく、そこで自分が思ったこと、さらにそこで思い出したことなどを中心に書きました。
 なかでも東京カテドラル聖マリア大聖堂は、いろんなことを思い起こさせてくれました。

 私の記事は、必ずしも街のガイドにはなりませんが、ブログはそれでいいと思います。
 街の案内が読みたければ、ガイド情報を読めばいいのです。
鎌倉・鶴岡八幡宮・鳥居 鎌倉・鶴岡八幡宮・大銀杏のあと
 今年は鎌倉に対して貪欲に足を運びました。
 気になるところはチェックし、地図にもマークを入れ、それらが溜まると重点的に歩きまわりました。

 ラジオパーソナリティーの大沢悠里さんはこういいます。
 「年取ると、『来年』『そのうち』『今度』はもうない。行けるときに行っとかなきゃ」
 本当にそう思います。
 貪欲に足を伸ばしたのも、それが底流にあるからです。

 歩いていて、「ここはもうこないだろうな」と思ったところもあります。
 はっきりいって、つまらないから。
 期待して行っても、必ずしも感動するわけではありません。
 「なんだ、こんなところか」とガッカリすることのほうが多いのです。
 それでも二度とこないと思うと、おろそかにはできません。
天園・山頂 天園・なじみの茶屋
 理由は違いますが、鎌倉の「天園ハイキングコース」を歩いて、「もう二度とくることはないだろう」と思いました。年寄りにはあまりにも過酷だからです。
 想い出は多く、茶屋のおばさんも親切だけど、こればかりはどうにもなりません。

 さて、来年はどこへ行こうか。おっと「来年」ということばは、もうないんだっけ。
 年末になると、毎年恒例の「今年の総括」をやりますが、選挙が終ったので、それに絡めて少し述べてみます。

 選挙は予想通り自民圧勝、民主惨敗という結果になりました。
 自民の安倍総裁は「自衛隊を国防軍に」ということをいってはばからない人。
 そんなところに票が集まるのは、やはり日本人の右傾化?
国会議事堂
 右傾化に関しては、自分でも実感してます。
 私はもともと、日本の東アジア政策は「先人の益体もない侵略戦争が原因」と思っています。
 安倍さんいうところの「自虐史観」です。

 しかし今年9月の中国の反日暴動、韓国の「従軍慰安婦問題」のアピールを目にして、「我われは先人の愚行のツケを、いつまで払わなければならないのだ」と思いました。

 先人のやったことは愚行です。
 今年8月のNHKドキュメンタリーでも「太平洋戦争突入」に関する新たな資料が(今ごろ!)出てきて、それがますます裏付けられました。
 しかし、それらは我われ世代にはなんの関係もないこと。
 我われに責任はありません。

 これはアメリカ東海岸に住む従姉の話ですが、仕事関係や地域の関連でいろんな会合に出席すると、「日本人は慰安婦問題をどう考えるんだ」と詰問されるそうです。

 これには、中国・韓国に対する謝罪・賠償がきちんとされてないからではないか、という意見があります。
 しかし中国は「日本には賠償を求めない」といったし、韓国に対しては金銭で「賠償」しました。むろん当事者の元慰安婦の人たちには、そんな金は届いてないし、日本からの謝罪のことばも聞いてはいない。それはのちに「河野談話」「村山談話」という形で表れたのですが。

 これは謝罪・賠償の問題?
 従姉は、「国民性の違いではないか」といいます。
 日本人はあっさりしてるけど、かの国の人たちはしつこい。

 私はもし外国人に「日本人は慰安婦問題をどう考えるんだ」と質問されたら、「恥ずべきこと」と答えます。
 そして「しかし、あれは先人のやったこと。我われには関係ない。私は靖国神社も参拝してない。先人の愚行で謝罪するのは筋違いだ」と突っぱねます。
 これでも外国人からすれば、「右翼」と思うのでしょうね。
 この時期、首都圏のあちこちでイルミネーションが施されていますが、私の見た限りでは六本木ヒルズが素晴しい。 
六本木ヒルズ(昼) 六本木ヒルズ(夜)  
 おなじみ六本木ヒルズ。昼の姿と夜の姿。

 ヒルズの広場にあるプラザイルミネーション。
光のオブジェ① 光のオブジェ②内部 光のオブジェ③
 巨大卵? なかに入ることができます。網目になっていて、時間によって色が変わります。

 圧巻はけやき坂。
 全長400mの並木に設えられたイルミネーションは、今や冬の風物詩になりました。
けやき坂イルミネーション 
 今年のテーマは「響明-Sympathy Moment」
 時間によって光が変わります。
 光に満ちた装いから一転、青い繊細な光がゆったりと呼吸をするようにほのかに煌めきます。
 このデッキからの光景はなかなか見事。真んなか遠くに見える赤い灯りは東京タワーです。
デッキから見たイルミネーション① デッキから見たイルミネーション②
 20年ほど前、表参道のイルミネーションが話題になり、私も見に行ったことがあります。
 小さな電球がすべての樹木に取り付けられ、それらが灯ると、それは見事なものでした。
 「こんなゼイタクはないな」と思ったものです。
 しかしこのけやき坂はそれ以上。
 光はおそらくLEDだと思いますが、これを木々に取り付ける手間を考えると、やはり「凄い」と思いました。
クリスマスマーケット① クリスマスマーケット② クリスマスマーケット③
 ここでもクリスマスマーケット、やってました。
 横浜(赤レンガ)だけではなかった。しかも、屋根の上の人形に関してはこちらのほうが立派。
 食べるものもこっちのほうが高い。

 うーん、雰囲気はやっぱり横浜……かなあ。
 赤坂サカスとは、TBS放送局前の広場。
 ここではいろんなイベントが行われていますが、冬の時期はここにスケートリンクが設けられてのWhite Sacas。
スケートリンク
 若者、とくに若い女性が楽しそうに滑っています。
 高さ10mのクリスマスツリーが飾られ、幻想的なイルミネーションに包まれると、思わず滑りたくなるのかもしれません。
クリスマスツリー① クリスマスツリー②
 私が中学生のとき、母と弟(当時小学生)で京都の「岡崎スケートリンク」に滑りに行ったことがあります。 母は満州で育ったため、スケートは得意でした。
 しかし弟は転んでばかりで不機嫌になり、母は母で「何回いうたら、わかるんや」と癇癪を起こし、ふたりともプンプン怒って帰ってきました。
 私はただ「あほらしい」と呆れ、スケートなんか一生やらんぞ、と心にきめました。
ちゃんとつかまって
 ところが上京して大井町の学生寮に住んだとき、「寮のスケート部に入れば昭和薬大の女子学生と品川スケートリンクで滑れるぞ」といわれると、京都時代の決意をコロリとひるがえし、「入ります」
 
 当時品川スケートリンクといえば、東京一大きなリンクでした。
 私はバーに伝わりながらよちよち滑るのがきらいで、最初からスイーッ(?)と滑り出しました。ところがたちまちバランスを失い、見事にスッテンコロリン。
 「体重を踏み出した足にかけること。それにお前のようなガニ股だと、進むにしたがって開いていくからやや内股に」
 と指導されました。
 その指導もあって、3回目ぐらいでなんとか滑れるようになりましたが、昭和薬大の女子学生とは交際できぬまま終りました。

 アイススケートにはそんなほろ苦い思い出があります。
 ここで滑っている女の子たちには、そんな鬱屈した気持ちなどあろうはずがない。
転んじゃった
 そう思って見ていると、クルクルッと回転してカッコよく滑っているおじさん、おばさん。
 上手だとは認めます。しかし可愛げというものがない。
上手なおじさん 上手なおばさん
 私には目障りです。
 女の子がスッテンコロリンと転ぶほうが面白いのに、そんな光景はお目にかからなかった。
 赤坂サカスのスケートリンク、見る面白さは今ひとつ。
 今日12月14日は、赤穂浪士討ち入りの日。
 となれば、そのゆかりの地を訪ねたい、ということで、行ってきました。

 まず、本所松坂町にある旧吉良邸。
 ここは両国駅から南へ約5分。
本所松坂町の碑 旧吉良邸
 広さは50坪ぐらいの小さな公園(?)。「これが吉良邸?」
 まさか。
 「当時の吉良邸はサッカーのフィールドぐらいの大きさでした」
 と一昨日の「歴史ヒストリア」(NHK)でもいってました。
吉良義央を祀った祠 義央公の木像 首洗いの井戸
 この「旧吉良邸」はその一部を記念公園にしたもの。
 吉良(上野介)義央公の像と社、それに「義央公首洗いの井戸」があります。
 浪士たちはここで義央公を討ち取り、その首を洗ったものと思われます。
 「我われは本懐を遂げたぞ。エイエイオー」
 ということで、一路(高輪)泉岳寺へ。
                             
                                *
 泉岳寺は主君浅野(内匠頭)長矩の菩提寺です。
 そこへ向けて赤穂浪士の一行は徒歩で向かいますが、私は都営地下鉄で。大江戸線と(大門で乗り換え)浅草線を利用します。
                                *
 泉岳寺は泉岳寺駅から徒歩5分。
 さすがこの時期になると、参拝者はあとを絶ちません。
泉岳寺正門 土産物屋も
 ここにも「義央公首洗いの井戸」があります。
 洗っても洗っても、血はしたたり落ちる。生々しい話です。 
首洗い井戸の説明 首洗い井戸  
 浅野内匠頭と大石内蔵助、そして浪士たちの墓は一箇所にまとめられています。
 参拝者は入口で線香を買い求め、点火してそれを少しずつ墓前に供えます。
 大石内蔵助はやはり線香の数が多いけど、なかには「この人、少ないから、」と供える女性もいて、どの墓も線香の煙は絶ちません。
隊士の墓を地図で確認 お祈り… 線香を供える
 今日は討ち入り当日ということで「義士祭」が行われます。
 また泉岳寺の境内には「義士資料館」もあり、討ち入りしたときの様子や、47人のプロフィールが詳細に述べられています。

 「赤穂浪士」を書いた大佛次郎氏は、
 「義士といういい方は、後世の人が彼らを美化してそう呼んだもので、幕府によって武士を剥奪されたのだから、浪士と呼ぶのが正しい」
 と書いておられます。
 私もそう思い、あえて「浪士」で通しました。

 私は「忠臣蔵」に関しては、はなはだ傍観者的で、ゆかりの地である旧吉良邸と泉岳寺を訪ねた割には淡々と述べているのはそのためです。
 丸の内の駅舎がリニューアルされて、再び脚光を浴びている東京駅。
 最近は丸の内のみならず、反対側の八重洲もまた脚光を浴びているそうです。
 大丸百貨店もリニューアルしたことだし。
リニューアルした大丸デパート
 ここには通称ヤエチカと呼ばれる広大な地下商店街があります。
 売場面積では、大阪市のクリスタ長堀に次いで2番目の広さです。
八重洲地下街
 ここの特徴は全国の土産物がそろっていること。
 例えば博多名物の明太子もここで買えます。もちろん博多店の袋入り。
 そのため昔は「博多に行ってきた」とアリバイ工作に使う輩がいたとか。稚拙といえば稚拙ですが。
全国の土産物はここで買える?
 今、ヤエチカはクリスマスモード。
 ここはホワイトLEDを使用したイルミネーションのクリスマスつりーとアーチが飾られています。
 新宿や横浜に比べると地味な感じですが、そこが東京駅の奥ゆかしいところ。
地下通路もクリスマスモード
 この八重洲地下街、息子が小さいときはよくきました。
 家族で里帰りするときは新幹線に乗るので、その前にちょっとした買い物をするのによく寄りました。
 食事したこともあります。
 妻は「鳳〇春」のジャージャー麺、私は「●月」のジャンボ餃子が好きでした。
地下通路に飾られたクリスマスツリー クリスマスツリー
 当時の地下街は今のようにアカ抜けてはいませんが、活気はあったように思います。
 「あれは……?」
 当時3歳の息子の目にとまったのは、玩具店の店頭に置かれたチンパンジーの人形。ぜんまい仕掛けで「シャン シャンシャン……」とシンバルを叩きます。
 息子はそれをじっと見つめていました。

 あまりに食い入るように見ているので、妻と私は「行こう……」というのをためらったほど。
 息子はそれがほしかったわけではなく、ただ面白くて見ていたのです。

 当時私たちには、あのチンパンジーの玩具を買ってやる発想はまったくなかったのです。
 いってみればサルがシャンシャンとシンバルを叩くのを見るだけの玩具、私たち夫婦の「玩具観」からは外れていました。
 そんな親の気持ちとは関係なく、息子はじっと見ていました。
 今思うと、買ってやればよかった。それほど高いものではなかったのに。
玩具店?
 私は「元祖イクメン」を自称し、父親としては子どもに接してきたほうだと思いますが、それだけに悔悟も多いのです。
 今回八重洲地下街をまわりましたが、あの玩具店はもうありません。
 ちょっぴり寂しいです。
 今、赤レンガ倉庫では「クリスマスマーケット」をやっています。
 クリスマスマーケットとは、1393年にドイツで始まったクリスマスイベントのことで、ヨーロッパの各地では、クリスマス関連のフードやグッズ関連の市が立ち、大勢の人で賑わうそうです。
クリスマスマーケットのゲート
 この赤レンガ倉庫も、石畳の広場に本場ドイツさながらの「ヒュッテ(木の屋台)」が建ち、高さ12mのクリスマスツリーに電飾が施されています。
クリスマスツリー① クリスマスツリー②
 「なんとかいうケーキが美味しいんだって」
 「ケーキよりも、ドイツはソーセージが美味しいのよ」
 「私はワインがいいな」
 と口々に話していた若い女性、食べ物の屋台のほうへ行きました。
愛の鐘
 彼女たちがいってたケーキとは、4週間かけて少しずつ食べるシュトーレンのこと?
 この女人たちなら、一日で食べるに違いない。
屋台
 飲み食いは別にして……。
キリスト生誕の人形① キリスト生誕の人形② キリスト生誕の人形③
 ちょっと懐かしかったのは、屋根の上の人形。
 イエスキリストの生誕を表しています。
 赤ん坊のイエスと聖母マリア、預言者ヨハネと3人の博士。
 幼少のころ、教会に通っていた身には郷愁の思いがあります。

 実は、2年前にもここへきました。(参照
 内容はほとんど同じですが、そのときは昼間だったので、また違う感覚です。
 うーん、こうしてみると夜のほうがいいかな、幻想的で。

 このクリスマスマーケット、「酉の市」や「世田谷ボロ市」に感覚が似てますね。
 一昨日、大宮氷川神社の「十日市」に行ってきた当方としては、そんな風に思いました。
 昨日(12/10)は大宮・氷川神社で恒例の「十日市」に行ってきました。
 十日市とは11月の酉の市と同様、熊手が売られる市です。
 大宮(さいたま市)は荒川を挟んだ川向こう。11月に行きそびれた当方としては、見逃すわけにはいかない、というわけで……。
 氷川神社は「武蔵一宮氷川神社」と呼ばれ、首都圏に点在する数百の氷川神社の総本山。しかも2000年以上の歴史を持つ神社。横浜・山下公園の「氷川丸」の守り神でもあるしね。
IMG_7236-2.jpg IMG_7219-2.jpg
 「なるほど、いつもとは違う」
 ふだんは閑散とした参道も、露店(1300店とか)がびっしり並び、人々で混雑しています。むろん周辺道路は車両通行止め。
 「さあ、買った買った」
 「美味いよ、美味いよ」
 の掛け声も。イカの焼ける匂いなどが充満しておりましたが。

 しかしメインは熊手売り場。
 とにかく多い。ざっと数えただけでも200店あまり。吉原(東京)の鳳神社よりも規模が大きいと思いました。
IMG_7221-3.jpg IMG_7222-2.jpg IMG_7223-3.jpg
 さて、その熊手ですが、最低でも3000円から。5000円、1万円……とランクは上がり、ちゃんとした竹の柄がついたものは3万円から。
 (500円、1000円のミニチュアもありましたが)
ミニチュア版 ミニチュア版
 買うときの流儀として、「いったん値切って、値切った分は祝儀」と以前述べましたが、ここではそんな光景は見られなかった。
 大きい熊手には値段がついておらず、予算と願いごとを聞いて、店の人が「じゃあ、これはどうですか」てな具合。
掛け声と手打風景
 客が熊手を買うと、掛け声と手拍子が起こりますが、それは早口で、
 「商売繁盛、商売繁盛……」、シャンシャンシャン……の三・三・三・一拍子で手を打って、「よいお年を……」というもの。
熊手を担いで本殿へ
 しかも、「領収書要りますか?」というやりとりもありました。
 たしかに領収書なしで、「熊手代10万円」なんて記載しても、税理士が認めないよ。
本殿でのお参り
 むろん神社本殿にお参りする人も多く、社務所でも熊手は売られていましたが、こちらはショボかった。
 他にも、招き猫やだるま、暦などを売る店もありました。
だるまを売る店も
 熊手は買わなかったけど、今回行ってみて思ったのは「見ると聞くとは大違い」ということ。
 「いったん値切って、値切った分は祝儀」とは本当なのか。あれはひとつの「伝聞」がひとり歩きしてるのではないか?
 そんなことを考えさせられました。
 今、横浜山手の西洋館はクリスマス一色。
 今年のテーマは「世界のクリスマステーブル」とのことで、どの館もクリスマスデコレーションが飾られます。
山手234番館・リビング
 この時期はみんな西洋館巡りするようで、次から次に館を見学します。
 なにしろ全館(8館)無料だから、入るのは気楽なもの。いわば西洋館の「はしご巡り」です。
 私は30年ほど前、神戸の異人館巡りをしましたが、ほとんど有料。何軒もまわっているうち、「入館料だけでもバカにならない」と痛感しました。
山手234番館・外観
 しかし無料だと、私のような人間はあまり有難味を感じず、次々とまわって「はて、なんだったっけ」といささか印象が薄くなるきらいはあります。
山手234番館・リビング 山手234番館・ダイニング
 この日私は4館入りましたが、印象に残っているのは「山手234番館」
 同館はオランダの「もうひとつのクリスマス」がテーマです。
 「もうひとつのクリスマス」とは、赤いマントに冠をつけたシンタクラース(Sinterklaas)がお供を従え白馬に乗って、子どもたちにプレゼントをするというもので、オランダの子どもたちはそれを心待ちにしているといいます。
 シンタクラースとはどうやらサンタクロースとのことらしい。しかもその日は12月5日、もう過ぎたじゃないか(ご愛嬌)
飾りつけ シンタクラース?
 私が注目したのはクリスマスツリー。
 ツリーに色とりどりのボールが飾られていますが、これはなに?
 聞いてみると、卵の殻だそうです。
 大きさはまちまちですが、大きいのは薄い紙を何重にも貼ったり、塗料を厚塗りして大きくしたのだそうで、ほとんど子どもたちの作品。うーん、横浜のチャイルド、おそるべし。
クリスマスツリー ツリーの飾りボール
 この日は平日だったので、訪れる人はほとんど年配の女性でしたが、休日になると家族連れも多いとのこと。
 こんな雰囲気の西洋館を何軒もはしご巡りできるとは、つくづく横浜の子どもたちは恵まれています。

 以前、野毛の大道芸でも述べましたが、イベントに参加する子どもたちの積極性とマナーのよさに感心したことがあります。京都で育った私には考えられぬことでした。
 「子どもを育てるのなら、横浜がいいのではないか」
 最近、こんなことを思います。
 今年は外苑前の銀杏を見たから、もういいのですが、横浜へきたからにはここの銀杏も押さえておきたい。ということで海岸通りへ。

 「おーい、水道管が破裂してるぞ。早く直してやれ!」
 そういいたくなるのが、開港広場の噴水。
開港広場の噴水
 水の噴き出し口が窪んだところにあるため、周囲に溜まった枯葉を巻き込みながら水が噴出しています。これがなんとも汚らしい。水も濁っているし。
 池と平地の境界線のないのがこの噴水のユニークなところだけど、奇をてらったことが裏目に出ました。

 しかし山下公園通りに入ってから、その考えは一変しました。
 やっぱり風情があります。
 歩道。右は山下公園歩道。左は山下公園
 先月末、私は外苑前の銀杏を見て、「全国の銀杏並木はここに止めを刺す」と思いました。
 しかし、あれは銀杏並木そのもの(ONLY)の素晴しさ。
左は山下公園。右はホテルニューグランド 左はホテルニューグランド
 そうではなく、銀杏並木+市街地という見方をすれば、ここもありではないか。
 とくにこの山下公園通りは北に山下公園、南にホテルニューグランドという絶好のロケーションに恵まれています。
 黄葉の盛りは過ぎ、大半は散っていますが、それもまた風情あり。 

 「おや……?」
 歩道に長蛇の列。
 先日、表参道の光景を思い出しました。若者だけではなく、年配の方も並んでおられる。
 「なに、これ、まさかあの……」
 彼らが並んでいるその先を見ると、またしても、パンケーキのレストラン。
長蛇の列 長蛇の列 お目当ての店
 これはハワイの有名店らしく、日本でも大人気なのだとか。「そうだったのか」
 さすがに今回は笑う気になれず、看板をパチリ。先日笑った罪滅ぼし?
 まあ、なんとでも。

 これも銀杏並木のひとつの光景だ。
 そう思えば、これも一興。
 散ってもよし、長蛇の列もよし。どんなことをしても、絵になります、海岸通りは。

 本日の大サービス。オマケの写真です。
歩道橋(ポーリン橋)の銀杏 日本大通りの銀杏
 伊勢佐木町にやってきました。
 ここに「へびや」なる漢方薬店があります。
 店頭には大蛇の剥製がドーンと置かれ、睨みを利かせています。
「へびや」の店頭
 これを見るたび、私は京都・新京極にあった「へびや」を思い出します。
 「あそこのオヤジは蛇を路上に放し、『蛇や!』と叫ぶんや。みんなびっくりして集まってきたところで、『みなさん、この蛇は……』と口上を述べよる」
 高校生のとき、クラスメートのひとりがこんなことをいってました。

 私はそれが見たくて、何度新京極に行ったことか。
 しかし、そんなことは一度もなかった。
爬虫類の剥製
 考えてみれば、露天商の香具師(やし)ならいざ知らず、れっきとした店舗を構える主が、そんなあざといことをするわけがない。近隣の商店の手前もあるし。
 どうもアイツのいうことは与太話だったか。
 (京都にも与太をいうヤツはいるものです)
コブラの剥製
 横浜・伊勢佐木町の「へびや」の正式名は「黒田救命堂」といって、強精強壮の生薬を販売する店。大正元年(1912)より続く老舗です。
 そのため、蛇の剥製の他にも、大ヤモリなど爬虫類の剥製、蛇の効能書きや毒蝮三太夫氏(同類?)の推薦メッセージがショーウィンドウに飾られています。
 もちろん店主が「蛇や!」と叫ぶことは、間違っても、ありません。
伊勢佐木町商店街
 ところで……。
 この「へびや」の向かいに、ご当地ソング「伊勢佐木町ブルース」(1968)の記念碑があります。
 歌手は青江三奈(1941~ 2000)
 前奏の「あっはん」のセクシーな吐息は一世を風靡しました。
 この記念碑の台座のボタン押すと、例の「あっはん」とともに「♪あなた知ってる 港ヨコハマ~」の歌が1分間流れます。
伊勢佐木町ブルースの看板 伊勢佐木町ブルースの記念碑
 へびと青江三奈。
 なんの関係もないように思われますが、彼女の生まれた昭和16年(1941)は巳年(へび)。
 だから……?
 まさか、単なる偶然だよ。強いて結びつけるとすれば、へびも「あっはん」も男の強精強壮を促すもの。
 折しも来年はへび(巳)の年。期待してますよ。
 まずは、このステンドグラスをごらんあれ。 (クリックで大きくできます)
日米不平等条約の図
 これは明治時代の「日米不平等条約調印」の様子を描いたものだそうです。船の名前はポーハタン号。日本の役人が小舟で乗り込むところです。

 続いてこの3点。
呉越同舟の図 外国人箱根旅行の図 横浜市のシンボルマークと鳳凰
 左は「呉越同舟」の図、中央は「外国人の箱根旅行」の図、右は横浜のシンボルマークを2羽の鳳凰が支えている図です。

 実はこれ、横浜開港記念館の内部にあります。
開港記念館外観
 横浜開港記念館は、大正6年(1917)横浜開港50周年を記念し、市民の寄付金で建てられたもの。当時は「開港記念横浜会館」と呼ばれました。
 その後大正12年(1923) 関東大震災により倒壊。時計塔と壁の一部のみが、かろうじて残存したのを、昭和2年(1927)に復旧されました。(ただしドーム屋根は復元されず)
ステンドグラスのある階段 貴賓室の天井 塔へ上る階段(通常は閉鎖)
 同館は太平洋戦争終戦の昭和20年(1945)連合国進駐軍により接収されましたが、昭和33年(1958)接収が解除され、翌年「横浜市開港記念会館」に名称を変更して、公会堂として利用されるようになりました。
 昭和60年(1985)創建時の設計図が発見され、平成元年(1989)横浜市によってドーム屋根等が復元されました。今は「ジャックの塔」として市民に親しまれています。(同館解説書)

 同館は公会堂として、会議や講演などで利用されていますが、見学することもできます。しかもボランティアのガイド付きで無料。

 私が訪れたときは品のいい老婦人(70代?)にガイドしていただきました。
 その説明は、懇切丁寧。
 冒頭のステンドグラスの説明はこの婦人によるものです。
 さらに、柱が大理石のイオニア式であることや、入口の敷石が「宝相華(ほうそうげ)」と呼ばれる日本古来のデザインであること、また鉄による独特の模様の窓は「薔薇窓」と呼ばれていること……など、その博識ぶりにはおどろきました。
イオニア式の柱 宝相華の敷石 薔薇窓
 しかも説明していくにしたがって、この婦人が活き活きしはじめ、どんどん若返って行く!

 こっちもいろいろ突っ込んだりして、「横浜談義」は大いに盛り上がりました。
 通常20分ぐらいのところ、私ひとりのために15分もオーバー。
 「ありがとうございました。楽しかったです」と礼を述べると、婦人のよろこぶまいことか。
 外へ出てからもまだ記念碑の説明をしてくれ、「私も楽しゅうございました。よろしければ、またどうぞ」
当時を物語る記念碑
 本当に楽しかった。名前聞かなかったけど、いいんだよね。


 先日、所用で新宿に行ったので、ついでに南口にまわりました。
 ここで「新宿サザンライツ」が行われています。
 サザンライツとは新宿南口に広がるサザンテラスに施されたイルミネーションのこと。

 甲州街道からサザンテラスに入ると、並んでいるのが高さ4.2m、9本の生木のツリー。
 ツリー全体がゴールドとホワイトのLED電球で装飾されています。
生木のツリー
 テラスシティ全体には約37万個のLED電球が使われているそうですが、使用する電力を風力によるものとか。
サザンテラス中央 サザンテラス中央
 「わァ、ステキね」
 若いカップルに人気があるのは、LED電球で装飾された中央のプロムナード。
IMG_5778-2.jpg
 ここをふたりで歩くと、さらに親密度が深まるかも。

 人気は流れ星のツリー。
 手をかざすと7種の音と光の演出で楽しませてくれます。
流れ星のツリー
 ちなみに恋の願いはピンク色とか。
ペンギンツリー
 JR東日本前のSuicaペンギンツリー

 誰も信じないでしょうけど、かつてここには「南口飲食街」がありました。
 最初の出版社に勤めたとき、先輩に連れられて一度きたことがあります。
 甲州街道から土手を下りると、線路沿いに中の島があり、そこに20軒ほどの小さな飲み屋が並んでいました。
 その姿たるや、ミニ新宿ゴールデン街。
 しかしゴールデン街よりは軟派で、色っぽいおネエさんたちがウロウロしてました。
 「あのなかの数人はオカマだよ。エライ目にあった」と先輩。
 エライ目にあった内容はここではいいませんが、私としては落ち着いて飲めなかった。

 それもあって自らくることもなく、それっきり。
 しかしほどなくしてこの飲み屋街はなくなり、ビル(JR東日本本社?)が建ってからは中の島の存在もわからなくなりました。
 そして15年前に新宿サザンテラスができました。
プロムナード
 私としては隔世の感があります。
 かつてここは小汚い飲食街だった……そんなこと、若者は知らなくてもよいのですが。
 昨夜(12/04)は久しぶりにボクシングを観ました。
 WBA世界バンタム級世界王座統一戦、亀田興毅vs. ウーゴ・ルイス戦です。

 亀田(26)はプロ通算戦績…29戦28勝(17KO)1敗。
 ルイス(26=メキシコ)はプロ通算戦績…32戦31勝(28KO)1敗。
 ふたりともボクシング一家で、家庭環境は似たもの同士とのことです。
テレビ実況中継より テレビ実況中継より
 亀田に関しては、父親がセコンドをやっていたころはきらいでした。
 ボクシングというスポーツのいいところは、どんなに激しく殴り合っても、試合が終ったら互いの健闘を称えて抱き合うこと。「お前も、よくやったな」
 これは死力を尽くして闘った者同士の率直な感情です。格闘技(柔道)をやった私にはよくわかります。
 ところがこの父親は、「そんなことせんでもええ」と、終っても相手を罵倒し続けました。

 これでは相手に失礼だし、ボクシングというスポーツが成り立たない。
 そう思っていたら、「あまりに品位に欠ける」と、日本ボクシング協会からセコンドを剥奪されました。
 これは当然ですが、興毅にとってはむしろよかった。
 「おやッ?」
 興毅を見直したのは、弟がアンフェアな試合をしたときの記者会見。記者の容赦ない質問にも、気色ばんだり、はぐらかしたりすることもなく、誠実に答えていました。これも父親から離れた効果でしょう。
テレビ実況中継より テレビ実況中継より
 さらに今年5月に結婚、9月に子どもを授かりました。
 男は子どもが生まれると「この子のために」という気になり、モチベーションが上がります。

 とはいえ亀田興毅とっては拳を痛めたことによるブランクがあります。
 さらにルイスはKO率90%というハードパンチャー。これまでにない最強の相手です。
テレビ実況中継より テレビ実況中継より
 必殺パンチは左右のアッパー。アゴを突き上げられるため、食らったら脳震盪を起こします。
 ただし打つ側からすると、タイミングがつかみにくい。
 ストレートと違って目標が定めにくい、接近して打たねばならないので、自らのリスクも大きい。下から突き上げるので、余分な動作と時間がかかる。しかも外すと隙が生まれやすい……など、デメリットも多いのです。
テレビ実況中継より.jpg テレビ実況中継より
 亀田はそこを見越してフットワークを活かし、相手のアッパーを封じました。
 そして10Rあたりから接近して細かく連打。これが審判の印象をよくして、2-1で亀田の判定勝ち。
 「有効打ではルイスの勝ち」とする意見もありますが、判定は妥当だと思いました。

 試合後のインタビューでも、亀田興毅は「みんなに感謝します」と意外に(?)謙虚な発言。
 これも父親になったからでしょうか。
 表参道にやってきました。
 神宮橋の交差点からラフォーレ→246に交差するまでの区間です。
 さぞかしここの紅葉は素晴しいだろう、と思ったのですが、実際にきてみると、それほどでもない。
 仕方なく歩道橋から撮りました。
表参道の並木 歩道橋から撮った表参道の並木
 「木というものは、(人間との関わりを考えると)下から仰ぎ見るように撮ったほうがよい」
 と人には(エラソーに)アドバイスしておいて、自分は上から目線で撮っている。
 説明写真だから、お許しを。
                               *
 「おや?」
 正体不明の長蛇の列。100人ぐらいは並んでいるでしょうか。
 「これ、なんの行列です。アイドルのコンサートですか?」
 品のいい老婦人に尋ねられました。
謎の長蛇の列 路地に入って行列の先を見る 行列の先頭
 こっちだって知るわきゃない。並んでいる若い女性に聞いてみると、ホニャララというパンケーキの店。
  「パンケーキだと?」
 行列の先を見ようと老婦人と路地の奥に入ると、なるほどレストランの看板の前に先頭の女性。
 お目当てはやっぱりパンケーキ。もう1時間半も待っているとか。
 「はははは」
 老婦人と顔を見合わせて、思いっきり笑ってやりました。
 ご苦労なこった。1時間半も並んで食えば、さぞかし美味いだろうよ。
                               *
 「おッ、これが表参道ヒルズか」
 昔からあった「同潤会青山アパート」を建て替えたもので、開業は6年前。
 全長約250m。地上6階、地下6階。地下3階~地上3階は国内外の有名ブランドが入居する商業施設、4階以上は住居施設です。安藤忠雄氏の設計によるもので、当時話題になりました。
表参道ヒルズ 表参道ヒルズの入口
 中央は吹き抜けになっていて、両側の廊下は表参道の傾斜に合わせてスロープ状になっています。
 「これは、クリスマスツリー?」
 プリンセスツリーというものだそうです。
 みんなここで記念写真を撮っていました。もちろん私もパチリ。
 イルミネーションとしては立派だけど、感動というには今ひとつ。トレンディなものは体質に合わないのかなあ。
プリンセスツリー プリンセスツリー プリンセスツリー
 外に出ました。
 「おッ、これだ、これだ」
 昔の「同潤会アパート」が一部残されていました。ここも店舗です。これぞ東京流。
 「安藤さん、ありがとう」
旧同潤会アパート 旧同潤会アパート
 行列と同潤会。表参道の「紅葉狩り」はそれなりに収穫がありました。
 昨日(12/02)は寒かったので外出せず、昼間は福岡国際マラソン、夕方は柔道グランドスラムを観ました。

 小5から中2までは川端警察署の柔道場に通い(参照)、高校時代は真夜中の都大路を走っていた(参照)私にとって、柔道とマラソンは、育ての親のようなものだからです。
                            *
 マラソンでは埼玉県の公務員ランナー川内優輝選手を応援したくなります。
 レベルはまったく違いますが、私も孤独の中距離ランナー、気持ちはわかります。
 彼は今年2月の東京マラソンで敗れ、ロンドン行きを断たれました。それだけにリベンジに燃える思いは並々ならぬものがあったと思われます。
川内選手 川内選手
 しかし25km過ぎたあたりから、苦しそうに顔が歪みました。
 「彼の真骨頂はこれから」(解説者・瀬古利彦氏)
 とはいうものの、ジリジリと先頭集団から離されていきます。
失速する川内
 今、「旭化成」の監督をしておられる宗兄弟は現役時代、レース中から苦しそうな顔で走っていました。口から泡を吹き、息も絶え絶え。「もう、ダメか」と思わせるのですが、それで優勝する。
 そんな光景を何度か見ました。
優勝はギタウ 日本人トップは堀端
 しかし今回は違う。
 優勝は折り返し点あたりからスパートしたジョセフ・ギタウ(ケニア)。タイムは2時間6分58秒。日本人トップは堀端宏行(旭化成)の2位で、2時間8分24秒。 川内君は6位に終りました。
 それにしても彼は福岡では人気があります。陸上競技場に入ってきたとき、拍手がいちばん多かった。次回の別大マラソンに期待しましょう。
                             *
 さて柔道グランドスラム。
 この日は最終日で重量級ですが、監督が井上康生氏に代わったものの、男子は冴えない。
 90kg級では西山将士(新日鉄住金)が決勝で韓国の選手の背負い投げを食って一本負け。
 「きれいに決まりましたね」と解説者はいってたけど、きれいなものか、二段投げのような感じで、コロンと西山の背が着いてしまった。むろん韓国の選手が上手いんだけど。

 そのお返しは100kg級決勝。
 小林大輔(ALSOK)がイリアス・イリアディス(ギリシャ)に内股を仕掛け、こらえる相手を二段投げでコロンと背を着かせての一本勝ち。まあ一本は一本ですが。
田知本愛 寝技にもつれ込んで… 首を絞めていた
 おどろいたのは女子78kg超級決勝。
 田知本愛(ALSOK)とロンドン五輪金メダルのオルティス(キューバ)の対戦では、組み合ってもつれ込んだときに、田知本の絞め技が決まりました。
 この子はぽっちゃりした童顔。それがこんな狡猾なことをするなんて。つくづく女はこわい?
 むろん、ふだんの練習の成果なのですが。
 赤坂見附に行ったついでに、国会議事堂に足を伸ばしました。
 この日は金曜日ではなかったので、警察の規制はなかったのですが、車両は多く出ていました。準備はおさおさ怠りない?
 世間同様ここにも「紅葉」が訪れています。
議事堂向かいの紅葉 議事堂遠景
 その国会も解散・総選挙。
 なので具体的な政党批判はしませんが、ざっくりと私なりの感想を述べさせてもらうと……。

 「わが党は国民の父親である」と、ろくに説明することもなく、長い間傲慢に政治を推し進めてきた政党がありました。実は超大国のいいなり。
 「それはならん」と、異議を唱えた政党が台頭し、3年前、国民の支持を得て政権を執りました。

 ところがいざ執ってみると、あれは「父親党」独自の政策ではなく、政権与党の政策であったことがわかりました。結局同じような政策をせざるを得なくなり、相変わらず超大国のいいなり。
 しかも、手法があまりに稚拙なため、内部がもろに透けて見え、外交政策もボロボロとエラーの連続。あげく、お家騒動……。

 「ほら、やっぱりあいつらではダメだろう」
 と父親党は巻き返しをはかります。
 それどころか、第三勢力、第四勢力まで出現して、混沌を極めるようになってきた……。

 といったところでしょうか。
議事堂近景 議事堂前庭 憲政記念艦前から見た議事堂
 この日の国会議事堂は、小学生の社会科見学。
 「はい、チーズ」
 と記念撮影。
議事堂の前で記念撮影
 あとは君たちにまかせたよ。
 こちらはこれから「紅葉狩り」に行くからね。