聖路加国際大学より海岸側は聖路加国際病院ですが、立ち入るのは遠慮して、その先の聖路加ガーデンに入りました。

聖路加タワー   

 聖路加ガーデンは1994年に開業した複合施設で、2棟の超高層ビルで構成されています。
 「たしかここに展望台があったはずだが……」
 ホールにいたガードマンに聞いてみると、今は閉鎖され、レストランになっているとか。
 なるほど、そういうことか。

聖路加ガーデン(ホール)   

 展望室はなくてもオフィス棟とホテル・レジデンス棟を結ぶブリッジから展望できるとのことですが、どうしても見たいわけでもないので外のテラスに出ました。

聖路加ガーデンのテラス   

 目の前を隅田川が流れています。
  

 水上バスも。

隅田川の水上バス  

 ♪春のうららの 隅田川 
 のぼりくだりの 船人が
 櫂のしづくも 花と散る
 ながめを何に たとふべき
  

 上流側の橋は佃大橋。その向こうに建っている高層ビルは大川端リバーシティ21。
 その左に見える斜張橋は中央大橋です。

隅田川と佃大橋   

 ♪錦おりなす 長堤に
 暮るれば昇る おぼろ月
 げに一刻も 千金の
 ながめを何に たとふべき
 (歌詞と今の景色とは雲泥の差があります)
  

 冥府より我にこと問ふ初ざくら
  

 楽しみにしていた桜を観ずに逝った知人もいたなあ。

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 明石小学校の南側は聖路加(ルカ)国際大学の敷地。

聖路加国際大学   

 ここは明治8年(1875)~23年(1890)の間アメリカ公使館が置かれたところで、その前まで元麻布の善福寺に置かれていたのを、この外国人居留地内に新築され、初めて公使館らしい形容が整えられました。
 公使館は明治23年(1890)赤坂の現在地に移転され、現在の大使館に至っていますが、その跡地であることを示すため、星、白頭鷲、星条旗の3個の石標が残されました。

星   

 白頭鷲はアメリカの国鳥。星条旗に彫られた13の星は米国初期の13州のことです。

白頭鷲 星条旗   

 その奥に山小屋風の洋館が建っていますが、これはトイスラー記念館。 
 トイスラーとは聖路加病院の創立者ルドルフ・ボリング・トイスラー(1876~1934)博士のこと。
 彼は明治33年(1900)25歳のとき、米国聖公会宣教医師として来日。
 翌年、日本初の近代型医療施設の聖路加病院 (聖路加国際病院の前身) を開設し、初代院長を務めました。
  
 また、明治37年(1904)には聖路加看護婦学校発足を発足させ、専門技術と知見を備えた看護職の育成に務め、日本の近代医療に大きく貢献しました。
 聖路加看護婦学校はのちに聖路加国際大学になり、今日に至っています。
 そのトイスラー院長は昭和9年(1934)聖路加国際病院で死去。享年58。

トイスラー記念館   

 この記念館は、昭和8年(1933)聖路加国際病院の宣教師館として建設されたものを解体し、平成10年(1998)に移築復元されたものです。非公開。
  

 トイスラー博士、初めて知りました。日本の近代医療発展の陰にこんな人がいたとは。
 もし長生きされていたら、後の太平洋戦争をどのように思われたでしょうか。

キャンパスの早咲き桜   

 キャンパスにまだ若木の早咲き桜が咲いていました。(03/24現在)
  

 医の道を託して彼岸桜かな

2017.03.25 明石町を歩く

 おッ、咲いてる、咲いてる。
 といってもソメイヨシノではありません。これは陽光桜。
 天城吉野と寒緋桜との交配で作出された品種だそうです。
 なるほど、だからピンクが鮮やかで、咲く時期が早いのか(03/24)。

陽光(築地川公園)    

 この場所は、なにを隠そう、築地川公園。昔は川だったところを公園にした。
 町名でいえば、東京都中央区明石町。ほとんど聖路加国際病院の敷地です。
 そしてこのあたりは「歴史の道」ということで、いろんな碑が立てられています。

聖路加病院   

 まず「芥川龍之介生誕地」の碑。(といっても解説の看板のみ)
 「えッ、こんなところで生まれたの?」と思われるかもしれませんが、この付近に牧場があって、その経営者・新原敏三の長男として生まれたのが龍之介。しかし家庭の事情で生後7ヶ月にして母方の親戚・芥川家に引き取られ、養子になりました。
 東京帝国大学在学中から文筆に親しみ、「地獄変」「羅生門」「或阿呆の一生」など、多くの名作を残しました。横須賀・吉倉公園の「蜜柑」も。

芥川龍之介の生誕地   

 さらに行くと「浅野内匠頭邸跡」の石碑があります。
 ご存じ「忠臣蔵」の原因となった殿様ですが、江戸城中で刃傷沙汰を起こし、即日切腹。江戸屋敷、領地は取り上げられ、浅野家は断絶しました。

浅野内匠頭邸跡   

 またここは明治になって外国人居留地が設置されたところであり、明石小学校の角にはレンガ塀とガス灯の遺構が保存展示されています。

築地外国人居留地跡とガス灯   

 外国人居留地でも、商館が多かった横浜や神戸と異なり、公使館や領事館、宣教師・医師・教師などの知識人が多かったそうです。

居留地時代のレンガ塀遺構 

 文明開化の場所といっても、ここは横浜とはまた違った趣があります。
  

 新入りの宣教師も見し江戸彼岸

 一昨日(01/08)は息子一家と池袋で会い、サンシャイン水族館へ行ってきました。
 水族館に関しては、昨年春には江ノ島水族館、夏には八景島シーワールドに行ったので、このところ続いています。
  

 ラグーン(珊瑚礁)。イソギンチャクやアナゴなども見かけました。

ラグーン(珊瑚礁)  

 イワシの群れとブダイ。これは共存しているようです。
 イワシを餌とする魚がくれば、イワシはパニックを起こして逃げまどいます。(江ノ島水族館で見ました)

イワシの群れとブダイ   

 クラゲの水槽。クラゲの水槽はトンネル状になっていたり、筒状になっていたりと、見せ方は様ざま。水族館によって違うようです。

クラゲの水槽  

 サンショウウオの一種。まったく動かないので合成樹脂製(?)と思ったら、のそのそと動いたので、やっと本物だと認識しました。

サンショウウオ  

 トカゲの一種。

トカゲ  

 ウミガメの一種。

ウミガメ  

 水槽には飼育員さんがときどき入ってきて、魚に餌をやるのですが、この飼育員さん(女性)がよそと違って、華やかなコスチュームを着ています。カメラを向けると、こちらに向かって手を振ってくれました。これは一種のショー?

魚と飼育員さん   

 ここの水族館はよそに比べて狭いので、見せ方にいろいろ工夫しているようです。

 雑司が谷の鬼子母神へ行くには、都電・鬼子母神前駅から石畳の参道(鬼子母神通り)を歩きたい。このケヤキ並木は古いもので樹齢400年。(東京都指定の天然記念物)

都電荒川線   

 それよりも、この通り、どこかで見覚えありませんか。
 私がすぐ浮かんだのは映画「復讐するは我にあり」(1979)。
 殺人鬼の榎津巌(緒形拳)が裁判所で知り合った老弁護士(加藤嘉)をだまして自宅に入り込み、弁護士を殺して洋服ダンスに押し込め、平気でスキヤキを食う。それも美味そうに。
 その現場がこの辺りにあったような……。

 鬼子母神通り  

 この通りにとってはとんだ迷惑。ロケに使われただけなのに。
 (それだけ昭和ロマンが残っている通りということで)
        
 鬼子母神の境内に入ると、仁王様が迎えてくれます。
 これは盛南山という寺の観音堂にあったものが寄進されたものだそうです。

仁王様   

 境内の大公孫樹(おおいちょう)は立派。
 説明書きにはこうあります。
 「樹齢…600年以上、幹周…8m、樹高…30余m 雄樹にして成長力を持続」
 「成長力を持続」ということは、未だ枯れずに成長し続けているということか。うらやましい。

大公孫樹 

 鬼子母神堂は、安産・子育(こやす)の神様である鬼子母神をお祀りするお堂として、多くの人々に親しまれています。
  この日は七五三ということもあって、正装したお子様の姿が見られました。

鬼子母神堂   

 境内に「上川口屋」という駄菓子屋さんがあります。
 猫がお店番?
 まさか、お婆さんがやっておられます。
 看板には創業一七八一年(1781)とあるから、江戸時代。日本一古い駄菓子屋さん。

 駄菓子屋  

 最古なる寺の駄菓子屋青嵐
  

 これは以前参加した7月の句会で出た句です。(私の句ではありませんよ)
 「上川口屋」さんのことですが、これでは「最古なる」が寺のことだと思ってしまう。
 それに下五が「青嵐」では季語が動く。「銀杏散る」でも成立するのだから。
 採ったのは大甘の老先生と助手の先生。そんなものでしょうな。