今日(08/15)は敗戦記念日です。
 そこで最近CS放送で観た「終戦のエンペラー」(米/2012)について述べてみたい。

 1945年8月30日、GHQ最高司令官ダグラス・マッカーサー(トミー・リー・ジョーンズ)が日本に上陸し、アメリカによる本格的な日本統治が始まると同時に、戦争犯罪人を一斉検挙し、戦争犯罪を裁く活動を開始します。

終戦のエンペラー①   

 アメリカ本国では天皇の訴追を求める声が多数を占めていましたが、マッカーサーは日本を統治・再建することを第一義とし、天皇に戦争責任の有無を部下ボナー・フェラーズ准将(マシュー・フォックス)に調べさせます。

終戦のエンペラー②  

 マッカーサーの命を受けたフェラーズは東条英機元首相、近衛文麿元首相、木戸幸一内大臣、関屋貞三郎枢密顧問官らと接触し、開戦に天皇がどのように関与したかを聴取していきますが、彼らはいずれも責任をなすり合い、日本人独特の「天皇観」を持ち出され、理解不能に陥っていきます。

終戦のエンペラー④ 

 フェラーズは一方で開戦前の学生時代に知り合った元恋人の島田あや(初音映莉子)の消息を知ろうと、静岡に住む叔父の鹿島元陸軍中将(西田敏行)を訪ねましたが、あやは空襲で死亡していることがわかりました。

 さらに鹿島からはこういわれます。
 「日本人に自立した思想はない。あるのは服従・忍耐・奉仕の精神。天皇の元には一致団結して奉仕します」
 では天皇の戦争責任に関しては「天皇は平和主義者であらせられる」
               
 フェラーズは漠然としながらも、「天皇の開戦への意識は希薄だったのではないか」という結論に達します。
 その報告にマッカーサーは不満を抱きながらも天皇の人物像に興味を抱き、赤坂の米国大使公邸で会談が行われました。
 天皇(片岡孝太郎)は側近の制止を振り切ってマッカーサーの握手に応じ、タブーとされていた間近での写真撮影も受け、こう述べました。
 「全責任は自分にあり、懲罰を受けるのは日本国民ではない」

終戦のエンペラー⑤

 これを聞いたマッカーサーは、「日本の再建のためにあなた(天皇)の力を貸してほしい」と応じ、会話は和やかに進んでいきました。

 この映画はアメリカが制作した割には日本に対して好意的に描かれています。
 敗戦後、昭和天皇は象徴として全国を行幸(慰励行脚)し、打ちひしがれた国民を鼓舞し、戦後復興に大きな役割を果たしました。
 マッカーサーたちの目論見は見事に当たりました。

終戦のエンペラー⑥ 

 しかし今の若者にとって天皇にそれほどの力があるとは思えない。
 むろん災害被災地などでは多くの被災者が天皇に声をかけられたことによって、励まされ、勇気づけられるという事実はあるけど、大半の若者は無関心である。
 

 これは戦前・戦中とはまったく違う様相で、私はこれでいいと思うし、おそらく天皇もこうなることを望んでいたと思われますが、一方で靖国に参拝する安倍さんをはじめ、そのお友だち、チルドレンなど保守系の人々が今の天皇に対して冷淡なのが気になります。
 これが若者の天皇への無関心とどうつながるのか。
  

 最後に、邦題「終戦のエンペラー」は、トミー・リー・ジョーンズ扮するマッカーサーの姿とともに見たので、てっきりマッカーサーのことだと思いました。原題は単なる「Emperor」。
 「敗戦のエンペラー」としてくれたら、天皇裕仁のことだとすぐわかるのに。

   

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 20年ほど前、仕事仲間数人と映画の話をしていたとき、イラストレーターの女性がが「『八月の鯨』が好き。お婆さんがとっても可愛いの」といいました。
  

 「そんな可愛いお婆さんの映画なのか」
 そう思ってビデオを借りて観たけど、ふたりのお婆さん姉妹を中心とするやり取りで、それほど可愛いとは思えなかった。とくに感動した映画でもなかったし。

若き日の回想   

 ところが今回CS放送のイマジカムービーで放映されたので、改めて観ました。
 原題「The Whales of August」(米/1987年公開)、監督はリンゼイ・アンダーソン。

 アメリカ・メイン州の小さな島の別荘で暮らすサラ(リリアン・ギッシュ)とリビー(ベティ・デイヴィス)の老姉妹は、8月になると入り江に鯨がくるのを楽しみにしていた。
 今はふたりとも夫に先立たれ、子どもたちとは別れて暮らしている。

サラとリビー   

 リビーは目が不自由になり、わがままになっているが、サラには若いころ夫が戦死したとき、リビーに面倒を見てもらった負い目があり、今はリビーの面倒を見ている状態。
  

 別荘には幼なじみみのティシャや修理工のヨシュア(ハリー・ケリー・ジュニア)、近くに住むロシア移民のマラノフ(ヴィンセント・プライス)らが訪ねてきて、お茶を飲んだり食事をしたりして和やかなひとときを過ごすが、リビーにとってはあまり面白くない。

客人たちと   

 居間の窓を大きくすることを提唱するヨシュアについては「金儲けのため」と疑い、魚をくれたり、さばいてくれたりするマラノフについては「こっちに入り込みたいからだ」といい切って、サラに辛く当たってしまう。
  

 マラノフは料理上手で知識も豊富。楽しく会話のできる人間だったが、リビーのすげないことばに去っていく。

右はマラノフ   

 リビーはある意味ではマラノフの本心を見抜いていたのかもしれない。しかしサラの落胆した姿を見ると心が痛む。
 翌朝、リビーはヨシュアが勧めていた窓を大きくする工事を承諾し、「鯨を見に岬まで行きましょう」とサラを誘いました。

鯨が見えるかしら 

 以前は鯨がどうしたということばかりが気になってよくわからなかったけど、今回は人物構成がよくわかりました。
 こちらも齢をとっているので、身につまされるところはあります。
 とくにマラノフの生き方について。
 いわば放浪の人生ですが、私は彼と違って自分で自活して生きたい。
 それを教えられた映画でした。

 首都圏は昨日(07/11)も真夏日。
 こんな日は外へ出ず、冷房を利かせてTVを観るに限る。
 観たのはBSプレミアム(13:00~14:41)で放映されたマカロニウエスタン「裏切りの荒野」(監督ルイジ・パッツォーニ/1968)です。

 時代は19世紀後半のスペイン。
 セビリアのタバコ工場の警備をしていた軍曹のホセ(フランコ・ネロ)は、傷害事件を起こしたジプシーの女工カルメン(ティナ・オーモン)を捕まえたものの、警察に連行するとき、だまされて逃げられてしまいます。そのためホセは兵卒に降格されます。

裏切りの荒野① 

 「あの女め」
 そんな思いとは裏腹に、ホセはカルメンに惹かれ、強引に口説いて、割りない仲になります。
 しかし多情なカルメンはホセの上官とも浮気し、怒ったホセは上官を殺害。追われる身となります。

裏切りの荒野② 

 ホセはカルメンの仲間に加わり、カルメンとアメリカに渡る費用を稼ぐため、金貨の輸送馬車を襲います。
 金貨の強奪には成功しますが、仲間割れが生じます。しかも警察の目はいっそう厳しくなり、ホセは山に逃げました。

裏切りの荒野③ 

 しかし密航するのに、カルメンが山を下りて、港町で船の手配や服装などの調達をしているうち、闘牛士のルーカスに惹かれていきます。
     

 不審に思ったホセは、警察に追われる身の危険も顧みず、闘牛場に向かいます。
 そこではカルメンがルーカスに派手な投げキスを送っていました。それを見たホセは逆上し、彼女の胸にナイフを突き立てました。

 この映画はメリメの原作「カルメン」を換骨奪胎したものです。
 舞台はスペイン。追われたホセが船に乗ってアメリカに渡り、そこからウエスタン(西部劇)になるのかと思っていたら、結局スペインから出ずじまい。どこがマカロニウエスタンだ。

裏切りの荒野④ 

 しかもホセ役のF・ネロはカルメンという性悪女にだまされ翻弄されてイライラさせられっぱなし。「続・荒野の用心棒」(ジャンゴ)の硬骨漢は微塵もなく、終始無様な姿です。

裏切りの荒野⑤ 

 当時F・ネロは「続・荒野の用心棒」(1966)で一躍人気を得て、立て続けに「真昼の用心棒」「ガンマン無頼」などで硬派なガンマンを演じました。
 しかし彼はそれらの人物像が好きになれず、もっと深みのある役をやりたかったといいます。
        
 これは役者魂というもので、演技の道を追求すればするほど、カッコいい役より、人間の内面の弱さや醜さのような「負の感情」を表現したくなるそうです。
 その意味でこのホセ役はF・ネロが意欲的に取り組んだ人物像ではないか。
       

 そうはいってもこの映画はあと味が悪い。F・ネロのみならずマカロニウエスタンのファンはガックリしたでしょう。
 私も以前一度観て「もう二度と観たくない」と思ったのですが、外に出るのは暑いので観てしまいました。

2016.11.12 野いちご

 「野いちご」(1957/スウェーデン)を最初に観たのは高2のときでした。
 高校は違いましたが、小学校から仲のよかったS君と観に行きました。白黒で、老人が主人公の地味な映画でした。

 老教授イサク(ヴィクトル・シェストレム)はある夜、不思議な夢を見ます。
  

 人気のない町を歩いていると目の前に針のない時計。振り返ると、通りにスーツを着た男が立っている。男の顔は歪んでおり、やがて溶けてしまう。馬車が猛スピードで走ってきたが、電柱に車輪が引っかかって横転する。馬車から転がり出たのは棺桶。その棺桶から手が伸びて、彼を捕えようとした……。

野いちご・冒頭シーン    

 彼は医学の研究で名誉学位を受けることになり、住まいのストックホルムから式場のルンドまで息子の嫁マリアンヌ(イングリッド・チューリン)と車で向かおうとします。
 

 半日ほどの小旅行でイサクの脳裏にいろんな人物がよぎります。
 青年時代、弟にとられた婚約者サラ、不貞を働いた妻、なさぬ仲の実の息子……なんと自分は彼らに冷淡だったことか。苦々しい思いばかりです。

野いちご①   

 そんな折、ヒッチハイクで乗り込んできたのは、女子学生サラとふたりの男子大学生。
 サラは天真爛漫な性格で、イサクの婚約者だったサラそっくり(二役)。男子大学生たちも気のいい青年で、ときには話が盛り上がり、イサクは若い世代から元気をもらいます。
  

 イサクは車に揺られながら、また夢を見ます。
  

 鳥の羽音がして目を開けると、昔の婚約者サラがいて手鏡を向ける。「鏡を見て!」
 映るのは今の老いぼれた自分の顔。「あなたにあるのは知識だけ」
 そういって彼女は去っていく。
 次にイサクは試験官から、森で妻と男が密会している現場を観察させられる。見たくない。不愉快な光景だ。
 しかし試験官はこういう。「全ての哀しみを手術で取り除きました」

  野いちご②

 夢か……。
 無事に授与式を終えた彼はその夜、息子(医師)と話し合いました。
 それまで息子とはあまり仲が良くなかったのですが、イサクのほうが腹を割って話しかけると、息子も素直になり、父子のわだかまりが氷解していきました。

   

 寝室の外では昼間に出会ったヒッチハイカーたちが彼の栄誉を心から祝福してくれました。イサクは満ち足りた気持ちで眠りにつきます。

 この映画はひとことでいうと、ある老人の過去との和解の旅です。
 監督イングマール・ベルイマンが入院中に書き上げたもので、当時女性問題や両親との確執など私生活のトラブルがあって、それが作品に反映されているそうです。
  

 最初に見たときは「うーん……」
 ふたりとも無言で帰途につきました。あまりにも感動が大きかったからです。
  

  その後、NHKの「名画劇場」でも観ましたが、やはりよかった。
  今観ても感動すると思いますが、身につまされて侘しくなるかもしれません。
  

 それにしても、高校生のときにこういう映画で感動したとは。
 自分の感性が当時から豊かだったのか、それとも名画というのは年齢に関係なく感動を与えるものなのか。
 おそらく後者でしょうね。

2016.09.27 ライムライト

 「ライムライト」( 1952年/アメリカ)はチャップリン晩年の映画です。
    

 初老の道化師カルヴェロ(チャーリー・チャップリン)はある日、自殺を図ったテリー(クレア・ブルーム)というバレリーナを助け、彼女を励ましバレエ界に復帰させるが、自らは落ち目になり、彼女の元を離れて辻音楽師になっていく。

ライムライト①   

 テリーは次第にスターの階段に上り、若き音楽家(実は再会)にプロポーズされるが、カルヴェロのことが忘れられない。

ライムライト②    

 そんな折、偶然カルヴェロに再会し、もう一度彼を舞台に立たせるように手筈を調える。 再起の舞台でカルヴェロは熱演し、観客から大受けしたが、熱演のあまり舞台から転げ落ち、ドラムにはまり込んで脊髄を損傷し、致命傷になる。

ライムライト③   

 駆けつけたテリーに「私は大丈夫。さあ、キミの出番だ」
 促されて舞台で踊るテリー。その姿を見てカルヴェロは息を引取った。

ライムライト④    

 この映画を最初に観たのは小2のときです。
 冬休みの絵日記に、「ライムライトという映画をみました……チャップリンはたいこ(太鼓)にはまって死にました」と書いたところ、
 「むずかしかったでしょう。わかりましたか」という担任の赤ペンが入っていました。
 担任から見れば「いい映画だけど、子どもには難しい」と思ったのでしょう。

ライムライト⑤    

 たしかに映画の内容まで理解していたわけではないけど、彼女が踊るラストシーンはよく覚えています。
 このときのテリーの美しかったこと。いらい私の憧れの女性になりました。
 また「エタナリー」の曲も好きで、木箱に納められたオルゴールをしょっちゅう開いては聴き入っていました。

ライムライト⑥    

 リバイバルで観たとき(19歳)は、幼いころから恋焦がれていた女性に再会した気分でした。
 彼女が勤める文具店にいつも買いにくる若き音楽家に五線紙をおまけするシーンでは、「あった、あった」
 子どもながら、意外に細かいところまで覚えているものです。

 ライムライト⑦  

 30代後半でこの映画を観たときは、気持ちは老喜劇役者カルヴェロ(チャップリン)に沿っていました。そして一抹の侘しさを感じました。
 「もう、私の時代は終わった。これからは若い者同士でやりなさい」
 と若いふたり(テリーと音楽家)に譲ります。これがなんとも切ない。

ライムライト⑧     

 実際チャップリンはこの映画で「もう、私の時代は終わった」というメッセージを託したそうです。
 最後に老喜劇役者がドラムにはまって死ぬのはこれ以上ない終わり方でした。

ライムライト⑨   

 余談ですが、息子は小学生のときからチャップリンのファンでした。
 「モダンタイムズ」「街の灯」「独裁者」「黄金狂持代」「ライムライト」……NHKで放映された作品すべてをビデオに録画して、よく観ていました。
 「モダンタイムズ」「ライムライト」は私が小学生のときに観て印象に残った作品です。
 そんなこと話したことはなかったのに、いわなくても伝わるのか。不思議な気がします。

ライムライト⑩    

 ※この項は旧ブログに投稿したものを大幅に加筆してリメークしたものです。