今、ハリウッドの大物プロデューサー、ハーベイ・ワインスタイン氏(65)が約30年間、セクハラ行為を繰り返していたことが判明して、米国内では騒然としています。
 その報道を聞いて、私は「さもありなん」と思いました。
        

 ここでいう「セクハラ行為」とは、プロデューサーの女優に対する「枕営業」の強要。これはハリウッドの悪しき風習として昔からいわれてきたことでした。
        

 これについては戦前のセクシー女優、ジーン・ハーローの伝記映画「ハーロー」(1965年)にも描かれています。もっともジーン本人はこれには応じなかったことになっていますが……。
       

 有名なのはジュディ・ガーランド(1922~1969)。
 ぽっちゃりとしていながら、清純派女優として人気がありました。日本にも彼女のファンは多かったと思います。
        

 しかし彼女の伝記を読むと、凄いことが書かれています。
 少女時代のジュディは、オーディションではいつも「あんな太った子はダメだ」と落とされるのに、なぜか主役に抜擢されている。
 審査員が不思議がるその理由は、制作関係者への枕営業によるものでした。
 彼女の枕営業は13歳から。それもMGMの製作担当者を「総ナメ状態」だったといいます。
             

 彼女の代表作はなんといっても「オズの魔法使い」(1939)。
 主役のドロシーを演じたジュディは当時16歳。可愛い少女だと思ったのに、このときからそうだったのか。
            

 そのジュディは、清純そうな容姿とは裏腹にセックス依存症になり、覚せい剤にも溺れ、5回の結婚・離婚をくり返し、荒淫と麻薬で身も心もボロボロになって47歳の生涯を閉じました。
            

 枕営業については、他にもハリウッドの内幕を描いた映画にも出てくるので、「そういうものはあるだろうな」と思っていました。
 それは日本や韓国の芸能界にも存在するといいます。
     

 それにしても彼女の歌う「虹のかなたに」(Over the Rainbow)はよかった。
           

 ♪Somewhere over the rainbow Way up high 
 There's a land that I heard of Once in a lullaby 
 Somewhere over the rainbow Skies are blue 
 And the dreams that you dare to dream Really do come true
       
 どこか虹の向こうの空高く
 子守歌で聞いた国がある
 どこか虹の向こうの空青く
 信じた夢は実現する(訳詞)
         

 今でも名曲です。

     

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 アメリカ西部劇は、1965年~70年代に席巻したカロニウエスタンによって吹っ飛んでしまい、従来の西部劇が史実を無視した虚構であったことがばれてからは、以前のような西部劇はつくれなくなり、当時の「名作」はお蔵入りになったと聞きました。
 私もマカロニのほうに魅力を感じ、本場アメリカ西部劇には冷めた目で見ていました。
       

 そんな私が最近CS放送でいろんな映画と接するようになって、アメリカではマカロニ以降も多くの西部劇がつくられていたことを再発見しました。(遅い?)

ロングライダーズ①  

 しかしこれらを見ると、当時ジョン・ウェインやヘンリー・フォンダ、カーク・ダグラスなどが出演していた西部劇とまるで作風が違います。
 以前のものは牧歌的というか、詩情あふれるものがありました。
 そこには生活があり、(ガンマンたちは別にして)人々の表情は明日を見つめていました。
 これは西部劇のバックボーンともいえるフロンティア・スピリット(開拓精神)ですが、これは原住民制圧の歴史を正当化(美化)したものとして今は否定されています。

ロングライダーズ② 

 フロンティア精神を否定されては、西部劇の魅力はガンファイトのみと、最近のものはやたらこれが強調され、バイオレンス性が強くなりました。
 そんな意味でここでは「ロング・ライダーズ」(1980)と「ヤングガン」(1988)を取り上げてみたい。

ロングライダーズ③   

 「ロング・ライダーズ」はジェシー・ジェームズ、「ヤングガン」はビリー・ザ・キッド、ともに西部を騒がせたアウトローが主人公です。
 フロンティア精神とは無縁の世界で、こうなると西部劇というよりフィルム・ノワール(暗黒映画=日本ではギャング映画と呼ばれる)ジャンルで、およそ明日のない映画です。(マカロニウエスタンがまさにそれだった)

ロングライダーズ④   

 ストーリーは省略しますが、昔のアメリカ西部劇だと、ジェシー・ジェームズを主人公にした「地獄への道」(1939)が有名。ジェシー役はタイロン・パワーで、兄のフランクはヘンリー・フォンダ。列車強盗や銀行強盗を働いた無法者ではありますが、どこか義賊的な扱い方をしていました。

ロングライダーズ⑤    

 一方ビリー・ザ・キッドを主人公にした映画はたくさんありますが、私の印象に残るのは「テキサスから来た男」(1950、ビリー役はオーディ・マーフィ)、「左利きの拳銃」(1958、ビリー役はポール・ニューマン)。21歳で21人を殺した(?)若きガンマンをかなり美化しています。
        

 ところが「ロング・ライダーズ」も「ヤングガン」もそんな正当化は微塵もない。
 とくに「ヤングガン」のビリー・ザ・キッドはすぐキレて人を射殺する短気な若者に描かれています。
 「ロングライダーズ」にしてもイラついてすぐ人(銀行員など)を射殺する若者が出てくる。

ロングライダーズ⑥  

 以前の西部劇ならこんな若者は(悪者側にしても)あまり見かけなかったのに、これはどういうわけか。今のアメリカ人のイラついた精神が反映されているのでしょうか。
 それに何といってもガンファイトが凄い。
 弾が当たると血しぶきが飛び、血まみれになって撃ち合う。
 これはマカロニウエスタンに刺激されたのか(?)、本場(イタリア)真っ青の凄絶な銃撃戦が何度となくくり広げられる。詩情もなにもあったものではない。
   

 これでは昔の西部劇ファンが嘆くだろうな、と思いました。

    

2017.10.04 ビルマの竪琴

 映画「ビルマの竪琴」(市川崑・監督)は1956年の作品ですが、私は原作のほうを先に読みました。
 私は小学生のときから本好きで、山中峯太郎の小説なども読んでいたので、竹山道雄「ビルマの竪琴」もその一環(アジアもの)でした。
 わかりやすい文章で、当時中学生の私にも理解できました。
        

 それが映画化されたことは知っていましたが、実際観たのは20歳すぎてから。リバイバル(?)で観たように思います。
 その後、TVで観たのは同じ市川崑監督による二作目の「ビルマの竪琴」(1985)。
 再び一作目を観たのはつい最近。CS放送によってです。

 1945年の夏、日本軍はビルマ国境で転戦していましたが、なかでも井上小隊は隊長(三國連太郎)が音楽大学出身ということもあって、士気を高めたり、気分を和らげたりするのにコーラスが取り入れられていました。
 伴奏は水島上等兵(安井昌二)の竪琴で、彼はまた原住民に変装して斥候の任務につくこともありました。

ビルマの竪琴①  

 その井上小隊も終戦を迎え、武器を捨て英国軍の捕虜になり、ムドンに送られましたが、水島上等兵だけは三角山で抵抗する日本軍への説得に向ったまま消息を絶ちました。
       

 ムドンの収容所にいた隊員たちは、作業に出たとき青いオウムを肩にのせた水島そっくりのビルマ僧を見掛けますが、僧侶は目を伏せて走り去りました。

ビルマの竪琴② 

 隊長は僧侶の肩にとまっていたオウムの弟を譲り受け、「水島、一緒に日本へ帰ろう」という言葉を熱心に教え込み、「これをその僧侶に渡してくれ」と物売り婆さんに頼みます。

ビルマの竪琴③ 

 隊員たちが晴れて日本へ帰る前日、僧侶は収容所の前に現われ、隊員たちが合唱する「埴生の宿」の伴奏を竪琴で奏でます。
 そしてみんなが「水島、日本へ帰ろうよ」と呼び掛けたとき、その返事として僧侶が奏でたのは「仰げば尊し」の曲。そして深々とお辞儀をして別れを告げます。

ビルマの竪琴④   

 出発の日、物売りの婆さんが手紙とオウムを持ってきました。
 隊長は「水島の気持ちはある程度わかっているつもりだが……」と前置きして、船のなかで隊員たちを前にして、水島からの手紙を読み上げました。

ビルマの竪琴⑤   

 「……私は三角山の戦闘で負傷し、現地の僧侶に助けられ、小隊のいるムドンに向かおうとしたものの、数知れぬ日本兵の死骸を見て、今は亡き同胞の霊を慰めるため、この地へとどまろうと決心したのです……」
 手紙にはこのようなことが書かれていました。

ビルマの竪琴⑥   

 そして水島上等兵から託されたオウムが叫びました。
 「アア、ジブンハカへルワケニハイカナイ」

ビルマの竪琴⑦ 

 二作目の「ビルマの竪琴」もストーリーはほぼ同じですが、総天然色。水島上等兵には中井貴一、隊長には石坂浩二が演じました。
      

 私としては一作目のほうがよかった。
 中井貴一からは水島の深刻さが伝わってこなかったし、隊長役の石坂浩二はいかにも軽い。(悪いネ)
 隊長はやはり三國連太郎。とくにコーラスを指揮するときの表情が活き活きしていた。
     

 むろん二作目だって悪くはない。ビルマの赤い土と、水島僧侶の赤い衣が印象的でした。

     

 このところCS放送でやたら洋画を観るようになりました。
 それも戦後~1970年代のアメリカ映画。しかし今改めて見直してみると、ほとんどが「つまらない」と思う作品ばかりです。
 我われはこんなもの(有名な作品もあり)をありがたがって観ていたのか。
   

 これはこちらの目が肥えたからか、それとも年とともに感動する気持ちが薄れたのか、あるいはアメリカに対する幻想(コンプレックス?)がなくなったからか。
   

 そんななかで「おや、これは?」と瞠目させられた作品がありました。
 それはビリー・ワイルダー監督の「地獄の英雄」(原題Ace in The Hole/1951)

 ニューメキシコ州の片田舎の地方新聞社で記者をしているチャールズ・テータム(カーク・ダグラス)は、元は都会の大新聞社の辣腕(らつわん)記者でした。
 酒グセが悪く、すぐカッとなる性格で、クビになったのですが、いつかは記事でひと山当て、中央に返り咲こうと虎視眈々と狙っていました。

地獄の英雄① 

 そんな折、近くの洞窟で落盤事故があり、男が瓦礫に挟まれて出られなくなったという知らせ。
 チャールズは現場に出かけますが、事故は大したこともなく、瓦礫に挟まれた男・レオもすぐに救出されそうでした。

地獄の英雄② 

 「これでは面白くない」
 チャールズは救出をわざと大掛かりな工事にして、この洞窟が原住民の聖地とされていたところから、事故を「原住民の祟り」に絡め、大げさに報道し、一大イベントに仕立て上げました。

地獄の英雄③ 

 その構想はまんまと当たり、全国からの見物客で溢れかえり、市を成すほどの大騒ぎ。
 さらに各地からマスコミが押し寄せ取材合戦になりましたが、チャールズは土地の保安官を抱き込み、これらを規制し、自分が報道を独占しました。

地獄の英雄④ 

 レオの妻ロレインは近くで食堂を営んでいましたが、連日客の大入りで目の回るような忙しさ。
 繁盛するのはいいけど、あまりの忙しさに食堂をやるより入場料や営業料を取ったほうが楽とばかり、屋台の食べ物屋や遊戯施設まで入れるようになりました。
 そして夫を見限り、チャールズに魅かれていきます。

地獄の英雄⑤ 

 チャールズはこの夫婦を美談に仕立て上げようと、レオから聞き出したプレゼントのマフラーを身に着けさせようとするのですが、ロレインは拒否。
 「着けろ」
 「いやよ!」
 ふたりは揉み合いになりますが、ロレインはチャールズの腹をハサミでひと突きします。

地獄の英雄⑥ 

 それでもチャールズは傷を負ったまま、救出工事と報道の対策を講じますが、レオは急速に体調を崩して死亡し、さらに独占取材は崩れ、すべてが泡と消えてしまいました。
 手負いのチャールズはやっとの思いで新聞社にたどり着き、「オレは名声を得ようとして、社是(Tell The Truth)を裏切った」と社主に告白し、床に倒れました。

 観終わって、「こんなすごい映画があったのか」と思いました。
 ジャーナリズムというものの正体を見事にえぐっている。
 これはビリー・ワイルダー監督の野心作ですが、結末が悲惨なためか、当時のアメリカでは不人気で、興業的には失敗だったそうです。
 そのため日本で封切られたかどうか。とにかく聞いたことのない作品です。

 地獄の英雄⑧

 しかし私のような曲がりなりにもジャーナリストの端くれにいたものとしては、「そうそう」「その気持ちはわかる」と共感できるところが多いのです。
          

 それかあらぬか、この作品は今ごろになって本場アメリカでも見直されているようです。
 (熱演したカーク・ダグラスは草葉の陰で笑っているでしょう)
 それにしてもおどろおどろしい邦題「地獄の英雄」とはよくぞつけたもの。
 これは生き埋めにされたレオのこと? それともチャールズ?

 

 ちなみに原題の「Ace in The Hole」とはチャールズのセリフで、ポーカーの手になぞらえて「こっちは穴のなかにエース(切り札)を抱えてるぞ」という意味らしい。
 しかし、この作品そのものがまさに「穴のなか(埋もれていた)のエース」ではないでしょうか。 

     

 今日(08/15)は敗戦記念日です。
 そこで最近CS放送で観た「終戦のエンペラー」(米/2012)について述べてみたい。

 1945年8月30日、GHQ最高司令官ダグラス・マッカーサー(トミー・リー・ジョーンズ)が日本に上陸し、アメリカによる本格的な日本統治が始まると同時に、戦争犯罪人を一斉検挙し、戦争犯罪を裁く活動を開始します。

終戦のエンペラー①   

 アメリカ本国では天皇の訴追を求める声が多数を占めていましたが、マッカーサーは日本を統治・再建することを第一義とし、天皇に戦争責任の有無を部下ボナー・フェラーズ准将(マシュー・フォックス)に調べさせます。

終戦のエンペラー②  

 マッカーサーの命を受けたフェラーズは東条英機元首相、近衛文麿元首相、木戸幸一内大臣、関屋貞三郎枢密顧問官らと接触し、開戦に天皇がどのように関与したかを聴取していきますが、彼らはいずれも責任をなすり合い、日本人独特の「天皇観」を持ち出され、理解不能に陥っていきます。

終戦のエンペラー④ 

 フェラーズは一方で開戦前の学生時代に知り合った元恋人の島田あや(初音映莉子)の消息を知ろうと、静岡に住む叔父の鹿島元陸軍中将(西田敏行)を訪ねましたが、あやは空襲で死亡していることがわかりました。

 さらに鹿島からはこういわれます。
 「日本人に自立した思想はない。あるのは服従・忍耐・奉仕の精神。天皇の元には一致団結して奉仕します」
 では天皇の戦争責任に関しては「天皇は平和主義者であらせられる」
               
 フェラーズは漠然としながらも、「天皇の開戦への意識は希薄だったのではないか」という結論に達します。
 その報告にマッカーサーは不満を抱きながらも天皇の人物像に興味を抱き、赤坂の米国大使公邸で会談が行われました。
 天皇(片岡孝太郎)は側近の制止を振り切ってマッカーサーの握手に応じ、タブーとされていた間近での写真撮影も受け、こう述べました。
 「全責任は自分にあり、懲罰を受けるのは日本国民ではない」

終戦のエンペラー⑤

 これを聞いたマッカーサーは、「日本の再建のためにあなた(天皇)の力を貸してほしい」と応じ、会話は和やかに進んでいきました。

 この映画はアメリカが制作した割には日本に対して好意的に描かれています。
 敗戦後、昭和天皇は象徴として全国を行幸(慰励行脚)し、打ちひしがれた国民を鼓舞し、戦後復興に大きな役割を果たしました。
 マッカーサーたちの目論見は見事に当たりました。

終戦のエンペラー⑥ 

 しかし今の若者にとって天皇にそれほどの力があるとは思えない。
 むろん災害被災地などでは多くの被災者が天皇に声をかけられたことによって、励まされ、勇気づけられるという事実はあるけど、大半の若者は無関心である。
 

 これは戦前・戦中とはまったく違う様相で、私はこれでいいと思うし、おそらく天皇もこうなることを望んでいたと思われますが、一方で靖国に参拝する安倍さんをはじめ、そのお友だち、チルドレンなど保守系の人々が今の天皇に対して冷淡なのが気になります。
 これが若者の天皇への無関心とどうつながるのか。
  

 最後に、邦題「終戦のエンペラー」は、トミー・リー・ジョーンズ扮するマッカーサーの姿とともに見たので、てっきりマッカーサーのことだと思いました。原題は単なる「Emperor」。
 「敗戦のエンペラー」としてくれたら、天皇裕仁のことだとすぐわかるのに。