先月(09/19)所沢の航空公園へ行く途中、市民武道館近くのバス停で徳光さん御一行のロケに遭遇しました。
 田中律子さんは遠くからでもすぐわかりました。色は黒いけどオーラがあります。
 もうひとりは派手な衣装の女。そして徳光氏。バス停で談笑していました。
      

 「あんな辺鄙なところをバスで乗り降りしても何もないのに」
 そんなことを思いながら一昨日(10/01)放映された番組を観ました。
      

 徳さんは所沢駅から一行(派手な衣装の女はモデルの藤田ニコルさん)を引き連れ、「ぶどう狩りをやりたいね」と市民武道館のバス停で下車。ぶどう館でぶどう狩り?
 そんなベタなしゃれは一切抜きで、この近くに(本物の)ぶどう園があって入園料200円でぶどう狩りが楽しめるというもの。(採ったぶどうは有料)
 ここでサンヴェルデなどを食べ、数種類のぶどうをゲット。

ぶどう狩り   

 それが終わって次の上富(いも街道)に向かうため、バス停でしばし談笑。
 (私が目撃したのはこの場面)
 「行った先では撮影交渉しなければならないよ」「面白そう、私やる」
 という会話が交わされていました。

バス停にて         

 3人を撮っているカメラクルーは2組ほどいたけど、あれだけぶどうを採ったのに身軽なのは随行車に乗せている模様。(バスを追いかける映像は随行車から)

  

 そして上富のいも農家でのいも掘り体験。
 実際はいも掘り体験などできないのですが、これはTV撮影なので特別。

いも掘り体験   

 この街道には約30件のさつまいも農家が並んでいるけど、ここは喫茶店などを経営してなかなか商売上手。私は別の農家を利用しています。

いも街道(筆者撮影) 

 次は(芸もなく)武道館にもどって花園行きへ。そこから本川越へ。
 ここらあたり西武バスの術中にハマってしまったようで、私としてはしっくりしない。
 もどらないで東武バスも利用しろ。
      

 もっともこのあたりは辺鄙なところだから、途中下車しても何もない。
 それに花園~本川越間は私鉄では5~6駅の距離。途中下車もしてないから、徳光さんはよく眠れたと思うよ。

恒例の居眠り   

 川越ではクレアモール商店街でプリクラを撮ったあと、老舗の料亭で松茸懐石。
 一人前6000円以上というので、ちょっと白けた。勝手に食え。

松茸懐石 

 ※次回は都立大学だから、やはり見なければ。

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 このところ雨の日が続いて月曜日からずっと雨。
 こんなときは徘徊はせず、家でTVを観ているのがいちばんいい。
 ということで昨日(08/15)はNHKスペシャル「ドキュメント太平洋戦争・インパール作戦」を観ました。
   

 昭和19年(1944)3月、日本軍はインドにあったイギリス軍の拠点「インパール」を攻略するため、ビルマのメイミョーから山岳地帯(標高2000m、全長470km)を越えて進軍しました。
 この作戦については、当初から「無謀だ」「兵站(武器や食料の補給)ができない」と猛反対があったのを、牟田口廉也司令官が「臆病者!」「大和魂で乗り切れ!」と怒鳴り散らして強行しました。
  

 しかし輸送と食料用に調達した水牛は、川幅600mにも及ぶ大河を渡ったときに大半が流され、山道はトラックが使えず、トラックや大砲などすべて分解して、兵士が一人ひとり担いで行軍するという有様。
  

 司令部の目算では「3週間で行ける」ところを2ヵ月かかってインパールまで15kmという地点にたどり着いたものの、山の上から待ち構えていたイギリス軍の機関銃攻撃に遭い、日本兵はなすすべもなくバタバタと倒れていきました。
 あるイギリス兵はのちに「(オレひとりで)40人は殺したよ。これは大げさではなくて、彼らは格好の標的だったから」と告白しています。
  

 このように味方にたくさんの犠牲者が出ても、司令部の間では「5000人殺せば落とせる」とか「いやあそこは3000人殺せば落とせるだろう」という話が飛び交っていました。
 「落とす」とは敵の拠点を陥落させることですが、「殺す」とは敵の兵士ではなく、部下の兵士のこと。つまり上層部にとって自軍兵士の命などはどうでもよく、単なる捨て駒(消耗品)扱いでした。
 このことは牟田口司令官に仕えていた斎藤少尉がきちんと書き留めていました。
  

 イギリス軍の機関銃攻撃で多くの兵士を失い、日本軍は総退却。
 しかしそれも悲惨なもので、疲れ切った上に、食料もない、衛生状態も悪いので疫病にやられ、下痢状態のまま走る、そこをイギリス軍が背後から追ってくる、さらに雨期に入って大量の雨。
  

 日本兵は戦わずしてバタバタ倒れました。このときの死者は戦死よりも病死のほうが多かった。
 インパールからビルマにかけての山々、谷、そして街道にはおびただしい日本兵の死体が横たわり、兵士たちは「白骨街道」と呼んだといいます。
  

 食べ物がなく、味方同士が殺し合ってその肉を食うという惨状でした。
 それを書き留めていた斎藤少尉も自らの死を考え、「恥ずかしくない死に方をしたいものだ」と記しています。そして「思えば将校は死んでいない」とも。
  

 下級兵士はこのように地獄の苦しみを味わっていましたが、牟田口司令官などの軍上層部は早々と引き上げ、日本に帰っています。
 のちの聞き取り調査によると、この「インパール作戦」に賛成し、強行した将校たちは「これは自然発生的に行われたもの」とか「ことの成り行きでこうなった」と責任のなすり合い。
 司令官の牟田口廉也はのちにイギリス軍の司令官が社交辞令に「あのときは日本軍に苦しめられた」といったことに気をよくして、「軍人として冥利に尽きる」というノー天気なことをいっています。
  

 その無益な「インパール作戦」の惨状を逐一書き留めていた斎藤少尉はどうなったか。
 生きていました。御年96歳。
 書き留めていたノートを渡されると、「あったのですか」
 一瞬顔をほころばせましたが、おそらくこれまで家族にも誰にもいわなかったことに直面する表情になりました。
   
 あの戦争に対する思いは? と聞かれ、彼は泣きながらこう叫びました。
 「悔しいけれど、上層部の、兵隊に対する思いはそんなものです」
 

    

 昨日(11/06)はテレ朝「路線バスで寄り道の旅」を観ました。
 この番組は徳さん御一行(徳光和夫、田中律子、ゲスト)が首都圏を路線バスで「徘徊」するというもの。
 今回は「都立大(東横線)」に寄るというので興味を持ちました。都立大は青春時代に過ごしたところなので。

タイトル   

 この地については、2年前「柿の木坂」の項にUPしましたが、実際に訪れたのは4年前。
 それまでも何度か訪れていましたが、いつも思うのは「変わったなあ」

駅前  

 徳さん御一行は駅前の商店街をうろうろ。
 「ほう、ここは面白い商店街だねえ」
 なんていってるけど、当方の学生時代はそんな面白くなかったぞ。

大学があった当時の商店街    

 とくに高架下の商店街など、当時はそんなに賑わっていなかった。
 駅のすぐ近くにドブ川(呑川)があり、これが商店の発達を邪魔していた。
 それが証拠に暗渠になってからは、川沿いに小じゃれた店が建ち並ぶようになり、活況を呈するようになりました。養鶏所の直売店のバームクーヘン屋なんてなかった。

歌う徳さん    

 さらに高架下の飲食街のスナックで、徳さんが唄ったのは春日八郎「赤いランプの終列車」
 いかにも古い。
 我われの30代はカラオケの大ブームで、某デザイナーが思い入れたっぷりに「別れの一本杉」を唄ったときはぞっとしたよ。
 徳さんの場合はあれほどひどくなかったけど。

都立大学のキャンパス   

 都立大学の駅名は、1949~1991年までこの先(柿の木坂)に都立大学があったからですが、今はもうありません。それでも駅名を変えないのは、地元の人たちがこの駅名に愛着を持っているからだそうです。
   

 余談ですが、お隣りの学芸大学駅にも大学はなく、とっくの昔に小金井に移転しています。
 以前、学芸大出身のブロガーさん(女性)から、「学芸大出身というと、『ああ、東横線の……』といわれるのがイヤ、駅名を変えてほしい」との意見を寄せられたことがありますが、私は変えてほしくない。
 彼女の場合は小金井のキャンパスに通っていたので、東横線とは無縁だったからでしょうけど。

  *  

 徳さん御一行は他にも、桜新町、武蔵小山商店街、川崎コリアタウンにも寄っています。
 いずれも予約なしのぶっつけ本番。

定食屋にて   

 いきなりお店に入って「TVのカメラが入っていいですか」と徳さんや田中律子さんたちが交渉している。(川崎では一軒の店に拒否されている)

川崎コリアタウン   

 飲食した分についてはちゃんと支払う。店側が「いい」といっても、徳さんは「それは困ります」と押し問答の末支払っている。この姿勢には好感が持てます。

武蔵小山商店街    

 昔、週刊誌の取材で加賀温泉に行ったとき、一緒に行ったテレ東のプロデューサーの計らいですべてタイアップ。おかげで宿泊は只、往復の飛行機代までもらったけど、これだと完全な提灯番組(記事)になります。
 今だからいえることですが。

 TVのドラマは大河、時代劇は観ますが、現代モノはほとんど観ません。
 話にリアリティーがなく、自分とは無縁なので、興味が持てないからです。
 しかし「明日、ママがいない」(NTV)は「子どもたちへの精神的な虐待、人権侵害にあたる」と問題になっているらしいので、一昨日(02/12)観ました。
明日、ママ①
 この回(第5話)はピアノの得意な女の子(ピア美)がピアノ教授に見出され、コンクールに出ることを薦められます。養護施設(コガモの家)にいるピア美にとっては、自分の才能を発揮するのと、父親が観にきてくれるかもしれないというチャンス。
 案の定父親はやってきました。仲間のポスト(芦田愛菜)は、ピア美から渡されていた写真でそれを見つけ、去ろうとする父親を引きとめようとします。
 「やめろ! そんな無力な父親が娘を幸せにできるわけはない」
 と怒鳴り、父親を行かせてやったのは施設長の佐々木でした。
 他にもまだありますが、これがザックリした筋です。

 これのどこが「子どもたちへの精神的な虐待、人権侵害にあたる」のか、この回を観た限りではわかりません。
明日、ママ②
 一説には施設長佐々木が粗暴かつ高圧的な性格で、「泣いた者から食べていい」「お前たちはペットショップの犬と同じだ」との言動があったとかで、養護施設の関係者が「職員が子どもに暴言を吐き、泣くことを強要するなど現実とかけ離れたシーンが多すぎ、誤解や偏見、差別を与える」と子どもたちや職員への謝罪を求めたそうです。

 しかし私はこの回で、ピア美の父親を去らせた施設長の態度は正当であると思いました。
 「父子対面などいう見せかけの美談で娘を救えるのか。どうせ娘を育てられない無力な親なら、なまじ顔を出すんじゃない。それだったらこっちで引き取ったほうが(将来いいところへ里子に出すことも含めて)、よほど幸せというものだ」
 彼はそう考えているのではないか。

 これはおそらく作者の化身でしょう。
 施設長には、子を生んでも育てられない無責任な親に対する「喝!」の感情が託されています。
 同時に子どもに対する叱咤激励も。
 そんな情けない親にいつまでも未練を持つことはない。したたかに逞しく生きろ。オレがその術(すべ)を仕込んでやる。それが親に捨てられた子の生きる道だ。
 そういいたいのではないか。
明日、ママ③
 そして子どもたち。
 名前(あだ名)が凄い。ポストは赤ちゃんポストに預けられていたから。ドンキは母親が恋人を鈍器(灰皿)で殴り、傷害で逮捕されたため。ボンビは家庭が貧乏だから。
 他にもパチ(母親がパチンコ依存症)、施設の卒業生で調理士をしているロッカーはコインロッカーベイビーだったから……と、悲惨な過去を思わせる名前ですが、子どもたちは平気でその名で呼び合っています。なんたる逞しさ。
 現実には、そのようなあだ名でからかわれる子もいるそうですが、作者はおそらくそれも承知で、「逞しく生きろよ」とのメッセージが込められているのではないか。
明日、ママ④
 そうすると施設長の意図も見えてきます。
 「泣いた者から食べていい」「お前たちはペットショップの犬と同じだ」が適切な表現かどうかは別にして、妙に突っ張ったりしないで、いいところの里子になればお前たちは幸せになれるんだ、そういいたいのではないか。
 ということは、本当は子どもたちに対して並々ならぬ愛情を抱いている?

 この施設長は、子を生んでも育てられない無力な親を憤り、「だったらオレが子どもたちを幸せにしてやる」との意気に燃えているのではないか。あの粗暴な態度は施設長なりの愛情表現。
 施設の環境はとてもいいとはいえないけど、施設長は子どもたちと一緒に食事しているし、ここを一種のユートピアとしているようにも思えます。
 それはとりもなおさず、現実の児童養護施設へのエールです。

 私はそう感じましたが、受け取り方は様ざま、抗議する人も出てくるでしょう。
 私自身、基本的には「フィクションに目くじらを立てるな」との考えですが、「これで傷つく子もいる」といわれれば責任のとりようがありません。(逞しく育ってくれることを祈るだけ)
明日、ママ⑤
 ではこのドラマは観るに値するのか。
 私はもう観ません。図らずもドラマそのものには擁護(?)しましたが、子どもたちのこましゃくれた(逞しい?)セリフにはうんざりです。
 それに午後10~11時といえば、私にとっては寝入りっぱなの貴重な時間帯。しかも残り少ない時間をこんなドラマに割かれたくありませんから。
 先日(01/06)、NHKBSアーカイブ「和あるど・和の音」を観ました。
 日本古来の和楽器、琴や篳篥(ひちりき)、三味線などの独特の響きの秘密を女優・深田あきさんが探るドキュメンタリーです。

 まず和楽器とは風のざわめきや川のせせらぎなど、自然の音を表現した音ということです。
 これは私の妻が琴をたしなんでいたので、ある程度わかっているつもりでした。
 例えば風の音、花びらが散る音、泉が湧き出る音など、琴の音で表します。
詩仙堂①

 しかし今回新たに知ったのは「ひしぎ」と「さわり」
 「ひしぎ」とは、龍笛(りゅうてき)などの管楽器から出る「♪ピッ!」という甲高い音。
 目覚めの音というか、身を引き締める効果があるといわれています。
 これはジャズのハービー・マンの演奏(フルート)で聴いたことがあります。
 彼はメロディにとらわれず即興的に演奏し、ときどき「♪ピッ!」という高い音を奏でました。
詩仙堂②

 似たようなものに川越まつりの「曳っかわせ」があります。
 これは山車と山車が鉢合わせしたとき、双方の神楽が♪ピ~ヒャラ、ピ~ヒャラ、♪テンテケテンテケと演奏し合うことですが、これぞまさしくジャズのジャム・セッション(即興演奏)。
 ということは和楽はジャズに近いのか……。
詩仙堂③

 一方「さわり」とは。
 これは三味線の一の糸を振動させて響かせる音。
 ふつうはギターでもピアノでも弾くと♪ボーンと澄んだ音が響くのですが、三味線の場合は♪ベエエエ~ンと濁った音。西洋音楽ではノイズです。
 これは糸の巻き方に工夫があって、高い音と低い音が交互に響き合うのだそうです。
猪脅し

 これは管楽器にもあって、竜笛つくりの名人が完成品を吹くと♪ピロ~と二音が混じり合った音。
 幼少期からフランスで暮らし、自らもピアノをたしなんできた深田あきさんは「えッ!」
 信じられないという表情。

 彼女はさらに雅楽「越天楽」を聴きました。
 「最初は音が調和してないようで、違和感がありました。しかし聴いているうち、その音がひとつの流れとなって、こちらに迫ってくるのです。それに圧倒されました」
 音楽の要素であるハーモニーもメロディラインも突き抜けている、といいたげでした。
山下洋輔氏

 これについてゲストのマーティ・フリードマン氏(ギタリスト)は、
 「これぞまさにロックのヘビメタ。欧米の年配者はヘビメタを理解できないけど、日本の年配者のほうがヘビメタを理解できるのではないか」

 なるほどと思うけど、日本の年配者がヘビメタを理解できるというのはどうかな。