「人は孤立すると攻撃的になる」といった碓井教授によると、「その傾向は若い世代にも出始めており、日本の中高年は危機的状況だ」といいます。いわゆる「キレるオヤジ」
       

 これについて、私は20年ほど前のとある事件を思い出します。
 ある男(私にとっては近い親戚)と墓参りに行ったときのこと。
 彼が花を買うというので、一緒に店に入りました。
 花屋さんには先客がいて店主はそちらに応接していました。店主は我われと同世代の女性で、きれいな人でした。
 我われに対して、ちょっと挨拶されたようでしたが、また先客との会話にもどりました。先客は少し年配の女性で、常連客だったのか話が盛り上がり、店主が思わず笑い声を上げるほどでした。
      

 そのときです。「ふざけるな、客をなんだと思ってるんだ!」
 彼がいきなり大声で怒鳴りました。なおも罵詈雑言を店主に浴びせ続けます。
 「この店はなんだ、全然対応がなってねえじゃねえかッ……」
    

 それは激しく下品で、聞くに耐えないものでした。
 こちらはあまりのことに呆然とするばかり。
 先客はさっさと帰ってしまい、女主人は頭を下げ続けました。
      

 いくらなんでもひどいと思い、私は「いい加減にしろよ」と小声で諫めました。
 彼は「こういう商売をやってるのはずるいヤツばっかりだ」とつぶやきながら、ようやく鎮まりました。
 彼は無言のまま花を選び、店主も無言のままそれを包装し、代金を受け取りました。
      

 そのとき私は彼が怒った理由がわかりました。
 彼は以前からこの店を利用していて、女主人に好意を寄せていたのではないか。しかしその人が自分以外の人間と楽しそうに談笑しているのが我慢ならなかった。
    

 これは「嫉妬心」です。
 嫉妬とは自己の度量のなさから生まれる感情ですが、この度量のなさというのは人間関係の乏しさから生まれるもの。
 愛に恵まれた人間が嫉妬するとは考えにくい。
     

 愛に恵まれた人間なら、好きな人が他の人間と楽しそうにしていても、にこやかに見ているでしょう。そうすると相手からも好感を持たれるようになる。愛の好循環です。
      

 ところが嫉妬して怒ってしまってはすべてぶち壊し。
 彼は支払いしたとき、「押せ」といわんばかりにスタンプカードを差し出しましたが、以後何度きても女店主からは「いやな人」と思われ続けるでしょう。
 キレてもなにも得はなく、マイナスばかりです。
    

 彼はこのとき50歳少し前だったからまだ老人ではないけど、確実に「キレる老人」の予備軍でしょう。
        

 もっとも彼は「キレる老人」になる前に、10年後、胃がんで他界しました。
 若いころから怒りっぽいと、アドレナリンが多量に出て長生きできないということでしょうか。
 あるいは「キレる老人」にならなくてよかった、とも解釈できますが。

    

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 Hは私に注意されてなぜキレたのか。
 ざっくりいうと、注意した人間(私)が同窓生(対等の間柄)だったから。
 もし相手が偉い人とか屈強な男(ヤクザ?)だったら、彼はキレなかったでしょう。
   

 おそらく彼は、なんでもいい合えるいい友人関係を築けなかったのではないか。
  

 いい友人関係とは対等の関係で、なんでもいい合え、おかしな言動に対しては「それ、ダメだよ」と遠慮なく苦言し合える関係のこと。
 むろんいわれたときはムカッとしてケンカになるかもしれない。しかしそれによって議論が生じ、お互いのいいたいことが少しずつわかってくる。
 「なるほど、彼のいうことのほうが当たっているかもしれない」
 「それに彼は自分のことを思って注意してくれたのではないか」
 そんなことを自問自答しながら、人は成長していく。
     

 さらに年をとると他人からの忠告(もっといえば誹謗・中傷でさえ)もやんわりと受け止めるようになる。
 よくいえば包容力ですが、私などは「もう先がない」と思うと、些末なことはどうでもよくなり、大ていのことはヘラヘラ笑って聞ける。これが年寄りの円満の正体。

 こうなると苦言を呈する相手の年齢には関係なく、自分より若い人間から注意されても、それが理に適っていれば「なるほど」と受け入れられるようになります。
  

 私などは息子からよく注意されたもの。
 3年前、入院したときは「同室の人と仲良くしてね」とのメールをもらいました。
 こいつ、父親の性格をよく知っとる。こちらは苦笑するばかりでした。(むろん息子の忠告は守りました)
             

 ところが若いうちになんでもいい合える対等の友人関係を築くことなく社会に出ると、そこには顧客vs.我社、上司vs.部下、先輩vs.後輩……という上下(力)関係しかないため、相手の言動を経済(利益)関係や上下関係を優先させて判断するようになる。

 その特徴は上からいわれると愛想よく従い、下からいわれると懐疑的になる。
 人によっては懐疑的どころか、下の人間から注意されたりすると、ことの善悪よりも、「自分より下のヤツから自分の欠点を指摘された」との悔しさから、激怒することもある。
    

 現に同級生のHは「お前はいつからそんなに偉うなったんや!」と怒鳴りました。
 つまり同窓生から「下に見られている」ことに我慢ならなかったのです。
 おそらく彼は小学生から注意されたら、激怒して首を絞めるかもしれません。
 世間ではこれを「度量が小さい」「自分を客観視できない弱さ」といいますが、要は対等の友人関係を築くことなく年をとったツケが晩年にまわってきたともいえるのです。
   
 08/21付の産経新聞によると、
 「加齢によるパーソナリティーの変化は大きく分けて、思慮深く優しくなる『円熟化』と、感情の抑制が利かなくなる『先鋭化』のふたつある。先鋭化では、感情を制御できずに些細なトラブルが暴力につながる」(新潟青陵大大学院・碓井真史教授=社会心理学)
       

 「先鋭化の背景には、核家族化や雇用の流動化、年長者を慕い敬う伝統の消失など社会構造の変化があるとされる。激高などの行動は孤立した状況で起こりやすく、女性に比べて変化への順応が苦手な男性で顕著になる」と碓井教授はいいます。
          
 要するに、「人は孤立すると攻撃的になる」ということです。
 これは(アプローチは違うけど)私の分析と同じようなものではないか?

   

 このところ「キレる老人」が問題になっています。
 昨年3月、兵庫県加古川市の公園で、たばこのポイ捨てをとがめられた70代の男が激怒して当時小学1年の男児の首を絞め、暴行容疑で逮捕され、10月には京都府舞鶴市で電話を借りるため市民センターを訪れた70代の男が申し出を断られて激高、杖で男性職員を殴る暴行事件があったとか。(産経08/21号)
  

 私も高齢者ですが、このようにすぐ切れる同世代の男の姿を駅や街などでよく見かけます。
 それどころか何度か「キレられた」こともあります。

 3年前、木村屋パン工場の直営店(今は閉鎖)の前で数人で並んで開店を待っていたところ、そのすぐ近くにひとりのおじさんがバイクを止めました。止めてはいけない場所です。
 そこで「ダメだよ、おじさん、ここに止めちゃ」と注意したところ、
 「なんだ、お前は。ここに止めて悪いのかッ!」
 「みんなの迷惑になるでしょ」
 「止めてるのは(オレの)1台だけだ。なにも迷惑かけてない」
  

 「それはみんなが所定の場所にバイクや自転車を置いてるからでしょ。みんながここに置けばどうなります。あなたは自分勝手だ」
 「なにをッ! お前にそんなことをいわれたくない」
 おじさんは大声でわめき、私の胸倉をつかまんばかりの勢い。
 私もこちらは悪くないと思っているので一歩も退くことなく身構え、一触即発になりました。
 しかし店員の男性がおじさんをうしろから抱き留め、やんわりと引きはがし、外へ連れ出しました。

 3ヵ月前、中学の同窓会に参加したときのこと。
 このときは代表幹事のアイデアが功を奏し、例年になく盛り上がり、一次、二次、三次会に進みました。
 さすがに三次会ともなると、一次会の三分の一ぐらいに減りました(それでも30人あまり)が、あまりに楽しかったのか、ひとりの同窓生が立ち上がって、「提案があります。次回も今回の代表幹事さんでやっていただきましょう」といいました。
  

 ところがこれに対して「そんなことはここで決めることではないッ。新しく決まった幹事の連中で決めればいいことだ」と激しく反論してきた同窓生がいました。これはHといって数分前まで再会をよろこび親しく会話した同級生です。
 筋論からいえばその通りですが、そのいい方があまりに険悪だったので、場内は一瞬静まり返りました。
 提案した同窓生は「これはまずい」と思ったか、「ぼくが間違ってました。提案は撤回します」と大人の対応をしたのですが、Hはなおも「撤回すれば済むもんやないッ」と怒りが収まらない様子でした。
  

 散会してから、私がHに近づき「ダメだよ、あんな大声出しちゃ。会が白けるし、キミ自身の評価も下がる」と諭したところ、
 「なんや、お前。ワシに説教するんかッ。いつからそんなに偉うなったんや!」
 と大声でわめいて、私の胸倉をつかまんばかり。
 こちらはおどろいて見つめていると、大声で「ワシがぶち壊したんか!」
 こちらは仕方なく、「そうだよ」といったところ、ますます逆上しました。
             
 このときは他の同窓生が「まあ、まあ」とHをなだめて収まったのですが、こちらとしては「こんなヤツだったのか」と思うと情けないやら、腹が立つやら、あと味の悪い思いで帰途につきました。
 キレる老人のことはこれまで何度か見聞きしてきたけど、同級生でこんなヤツがいたのか、とガックリした思いでした。

     

 安倍改造内閣一週間後、なんとも妙ちきりんな大臣が現出しました。
 江崎鉄磨・沖縄北方大臣(73)です。
   

 先週の5日(土)、今後の国会答弁では間違いを避けるために「しっかりお役所の原稿を読ませていただく。立ち往生より、ちゃんと答弁書を朗読かな」と発言しました。
 これを聞いて私は「なんというつまらん大臣だ」と思いました。
 役人の原稿を読むだけなら大臣は要らん。
  

 しかもこの人、安倍首相からの入閣要請を一度は固辞。「齢も齢だし、今さら大臣など」
 ところが所属する会長の二階俊博氏から「なんで断るんだ。これは派閥の総意だ」と激怒され、やむなく引き受けたという経緯があります。

江崎鉄磨・沖縄北方大臣   

 野党からは、「こんなやる気のない人間は大臣に不適格。即刻辞任しろッ」との声が上がりました。
 ここまでなら私も野党のいう通りだと思いました。
  

 しかし8日(火)の記者とのやり取りで「靖国は行きますか」と聞かれて、
 「この10年ほど行ってません。そもそも靖国は(A級戦犯を)分祀すべきです」
 と答えたのにはびっくりしました。

 私の考えと同じだ。
 靖国神社に関しては、1978年、当時の宮司が(昭和)天皇の意向を無視して、A級戦犯を合祀したため、天皇は激怒。いらい天皇の靖国参拝はなくなりました。これは今の天皇も同じ。
 江崎大臣の考えは天皇や私と同じで、安倍首相やそのお友だち(チルドレン)とは明らかに違う。
  

 さらに沖縄について、「日米地位協定は少し見直さないと(いけない)」と述べたのも閣僚の発言としては異例。これは私だけではなく、国民の大半が思っていることで、失言ではない。
 ただしいった以上は、あんた自身(沖縄担当大臣)が実現化するよう尽力してくれ。
  

 思うに、この人は(自分でもいってるように)大臣どころか政治家としても素人?
 それが悪いというのではなく、ありようによっては面白い。

 ♪うそとお世辞のご時世にゃ いてもいいだろこんな奴 ああ 東京永田町……(違った?)
 

 野党やマスコミにとっては突っ込みどころ満載のキャラクターだけど、「謙虚、謙虚」で押し通し、のらりくらりと交わすのではないか。
 安倍首相のサプライズ人事とはこれだったのか。

   

 昨日(07/24)は閉会中審査の実況中継を観ました。
 安倍サンは多少しおらしく、「李下に冠を正さず」などと持ち出して、国民のみなさまに疑われてもしょうがない、とはいいながら、「加計学園獣医学部新設を指示したことは一度もない」といい切りました。
         
 しかし首相官邸が文科省に圧力をかけているのは事実で、(「萩生田副長官ご発言」など)そのキーパーソンは和泉洋人首相補佐官。
 前川喜平前文科事務次官に「総理は自分の口からは言えないから、代わって私が言うんだ」と圧力をかけた(前川氏証言)とされています。
        

 その和泉補佐官は、「こんな極端な話をすれば記憶に残っております。そういった記憶がまったく残っておりません。したがって、言っておりません。言っておりません」と全面否定。
      

 この答弁、どこかで聞いたことがあるぞ、と思ったら、稲田防衛大臣が過去に籠池氏の弁護をしたことを頑強に否定しておいて、証拠が出てきたら、「記憶になかったので、ないと申し上げました」と弁明したこと。あまりの図々しさに国民は呆れました。
 この論法と同じじゃないか。
           

 「記憶にない」で通るなら、痴漢やっておいて「記憶にない。したがって私はやってない」と正当化できる。こんなご都合なことはない。
          

 これは私の考えですが、今回の和泉補佐官の妙な否定発言は、首相の足を思いっきりドロ沼に引きずり込みました。
 「総理は自分の口からは言えないから、代わって私が言うんだ」との前川発言に対して、「言ったかもしれない」といったほうがよかった。「ただし私の独断で」と付け加える。
 そして首相官邸の「忖度」を一手に引き受ける。「これが補佐官の仕事だ!」と。
 すべては「忖度」がひとり歩きしたとなれば、安倍サンは晴れて潔白の身になる。
 さらにいえばこれで和泉補佐官の株が上がる。「よくぞいってくれた」と。
         

 しかし残念ながらそうはならなかった。
 和泉補佐官という人、よほど肝が小さいのか、大所高所から見る頭脳がないのか。それとも首相を救う義侠心がないのか。
        

 こうなれば前川喜平前文科事務次官と和泉洋人首相補佐官を証人喚問すればいいと誰も思うでしょう。おそらく前川サンはOK。
       

 これに対して首相は「国会に任せる」と。(自分の一存で開くこともできるのに)
 国会に任せたら、自民・公明は多数を占めているので否定できる。明らかに逃げの姿勢。
        

 こうして安倍サンに対する疑念は少しも払拭されないまま、時間が過ぎていく。
 いいんだよ、別に。支持率はジリジリ下がっていくだろうから。