大阪南港のATC(アジア太平洋トレードセンター)です。
 また行ってきたのか、って?
 いえいえ、そうではなく、1ヵ月前に行ったときの写真をもう一度、というわけで。
 それだけ好きなところということで、ご容赦あれ。

トレードセンター

 イルカが跳ねる人工池。(いずれもクリックして出た画像をもう一度クリックすると大きくなります)

人工池 

 時刻は日没前。太陽は西に傾いている。この海岸は西向きなので、沖に夕陽が沈む。
 ということで海を背景に撮るとシルエットになるので、きれいな写真になります。
 右に写っている船はは「さんふらわー号」

日没風景 

 このデッキが気に入った景色。

デッキ① デッキ②

 そうはいっても、絵になるのはやっぱりカップル、かな。
 これは女性の腕の間から夕陽が……。ダイアモンドウーマン?

カップルのシルエット 

 おまけは日没後のイルミネーション。

イルミネーション 

 ここにきたのは初めてですが、すっかり気に入りました。
 またきたいと思います。(好っ きやねん、大阪)

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2014.12.23 大坂城物語
 NHK大河ドラマ「軍師官兵衛」が終わりました。
 関が原の戦い(慶長5年9月15日=1600)では東軍が勝ち、勝利に貢献したことで家康に篤く遇されたとよろこぶ息子長政を官兵衛(如水)は冷ややかに見つめ、政界から引退しました。
 その後は詩歌などの趣味に興じ、平穏な家庭生活を送って4年後他界します。(享年57)
乾櫓
 石田三成率いる西軍が関が原で敗れたのちも秀頼は大坂城に留まり、摂津・河内・和泉を支配していましたが、官兵衛が他界して11年後、家康の総攻撃によって豊臣氏は滅亡(大坂夏の陣=1615)し、大坂城は落城しました。
 
 灰燼に帰した大坂城は、江戸時代になって二代将軍秀忠によって再建され、寛永6年(1629)完成しました。城主は歴代将軍、管理は譜代大名が大坂城代として執り行いました。
大坂城
 しかし大坂城はたびたび火災に見舞われました。寛文5年(1665)には落雷によって天守を焼失し、以後は天守を持たない城になりました。

 幕末になって二条城から追われた徳川慶喜が大坂城に移り、倒幕軍と対峙しましたが、鳥羽・伏見の戦い(慶応4年1月3日=1868)で敗れ、慶喜は船で江戸へ退却、大坂城は新政府軍に開け渡されました。
 この前後の混乱で出火し、城内の建造物のほとんどが焼失しました。
城から見る市街地
 明治になって新政府は城の東側の敷地を陸軍用地に転用。
 火砲・車両などの重兵器を生産する大阪砲兵工廠が設けられ、大阪鎮台の司令部になる一方、城内では和歌山城より紀州御殿が移築され、大阪城公園として一般公開されました。
 また昭和6年(1931)には市民の寄付によって天守閣もつくられました。

 しかし太平洋戦争では陸軍用地であったことから米軍の爆撃の対象になり、二番櫓・三番櫓・坤櫓・伏見櫓・京橋口多聞櫓などが焼失、しかし天守閣は破壊を免れました。
金の鯱 
 終戦後、陸軍用地は占領軍に接収されましたが、昭和23年(1948)に接収解除。
 いらい建物の修復が進められ、大阪城公園の再整備も始まり、外堀を含む広域が公園地となって現在に至っています。平成18年(2006)には日本100名城(54番)に選定。
豊国神社
 城の南側に豊國神社(ほうこくじんじゃ)があります。
 これは京都の豊国神社(とよくに じんじゃ)の別社で、かつては中之島にあったのを昭和36年(1961)ここに移設しました。
 平成19年(2007)には秀吉像が建立。肖像画のような端正な顔ではなく、貧相な顔つきがリアルです。これは秀吉に対する大阪人の愛情表現?
秀吉像
 以上が大雑把な大坂城の歴史ですが、何度も消失と復興をくり返していることがわかります。
 それだけにこの大坂城は大阪の人とって心の拠りどころとなるのではないか。
 今回この地を散策し、大坂城の歴史を知るに連れ、そんなことを思いました。
出世絵馬 
 秀吉の命を受けて初代の大坂城を築いた黒田官兵衛は、今の大坂城を見て草葉の陰で笑っていることでしょう。
 地図にも出ている「ATC」とは、アジア太平洋トレードセンター(Asia & Pacific Trade Center)の略で、住之江区の咲洲(さきしま)に建設した大規模複合施設のこと。「南港ATC」とも呼ばれているそうです。
ATCと海岸通り  
 もともとは貿易の振興施設として大型展示場や会議室などがつくられ、それに娯楽施設などが入ってきたというから、「パシフィコ横浜」に似ています。
 するとここは大阪の「みなとみらい地区」?

 この海岸通りは「オズ岸壁」といってヤシの木が植えられ、まるで逗子マリーナのよう。
 南国の香りがしてなかなかの風情。
ATC・オズ岸壁
 時刻は日没前。太陽は西に傾いています。
 コスモタワーからここを見て思ったのは、この海岸は西に向いているので、葉山の森戸海岸のような、きれいな夕陽が見られるのではないか。

 ということでこの通りをうろうろ。
 クリスタルルームから海を見ると、こんな感じでいい景色です。
クリスタルルームより海を見る 
 「おや?」
 あちこちで写真を撮っている人たちがいます。
 みんな夕陽をバックに撮っています。
撮影する人① 撮影する人②
 夕陽をバックに撮ると、人物はシルエットになって肖像権などさほど問題ではなくなるので、こちらも遠慮なく撮らせてもらいました。
 この写真(↓)は沖に船が見えるけど、人物(家族連れ)がしゃがみこんでしまったので、今ひとつ面白くない。
親子連れ 
 
 高校生の集団がポーズをとって撮影していたので、「もう少しローアングルから撮ったほうが人物が上に伸びてきれいに撮れるよ」と撮った画像を見せてアドバイスしたところ、
 「さすがあ、プロですねえ」と女子高生。
 おだてるでない、プロがこんな小さなコンデジで撮るものか。
 このとき一緒に撮らせてもらったのがこれ(↓)。なかなか決まっているでしょう。
ポーズをつける高校生  

 カップルも撮らせていただきました。
 あるカップルなどは、私が夕陽を撮っているのだと勘違いして、「私たち、邪魔ですか?」
 「とんでもない。むしろおふたりがシルエットになっていい感じですよ」
 こちらは逆に恐縮して画像を見せました。
カップル 
 すると男性はにっこりして、「なるほど、見事やねえ。フォトコンテストでもいけますねえ」
 大阪の人はやさしいなあ。

 ちなみにこのシルエットは日没前だから撮れるので、日が沈んでしまうと(オートの機能上)カメラが勝手に光を補整するのでシルエットにならず、なんの変哲もない写真に(↓)なりました。これは余計だった?
日没後 
 夕陽の写真だけではなく、大阪の人と話ができたことも大きな収穫でした。
 天保山マーケットプレースから次に行きたかったところとはATC(トレードセンター前)。
 ここへ行くには地下鉄中央線のコスモスクエア駅でニュートラムに乗り換える必要があります。
 このニュートラムは無人運転。横浜のシーサイドラインに似ています。
無人運転のニュートラム 
 ここにコスモタワー(大阪府咲洲庁舎展望台)という高い塔があるのを知り、行ってみたくなりました。

 1階から52階までエレベーターで一気に。そこからはエスカレーターで展望台に上がります。
 高さ252mというから、新梅田シティのスカイビル(地上40階/173m)よりは高い。あべのハルカス(地上60階/300m)には負けますが。
展望台入口 展望台へのエスカレーター
 展望台に上ってみると、「見える、見える!」、なかなかの眺めです。
 まず北方向。北港が見えます。
北・北港 
 北東には先ほどまでいた天保山。天保山大橋と大観覧車が見えます。
北東・天保山大橋と大観覧車 
 東方向には湾岸線と赤くて長い橋が見えます。港大橋です。
東・港大橋 
 南方向はかもめフェリーターミナルなど。
南・南港フェリーなど 
 南西は倉庫街。
南西・倉庫街 
 そして西側。遠く明石海峡大橋が見えるそうですが、このときは逆光で見づらかった。
 しかし手前に大きな貨物船が停泊しているのがみえました。これは北埠頭。
 さらに倉庫街を挟んだ右側は南港野鳥園。
西・北埠頭と南港野鳥園 
 これを撮っているうちに、あることに気づきました。
 下の岸壁に行けば夕陽が見られるのではないか。
西側の足元 
 そう思うと矢も盾もたまらなくなり、展望台を降り、ATCの岸壁に向かいました。
 天保山公園が横浜の山下公園なら、その南西側にある天保山マーケットプレースはクイーンズスクウエアではないか。
 近くに大観覧車があり、大きなショッピングモールがある。
 そのため、初めてきたという感覚はなく、すぐに溶け込めました。
天保山マーケットプレース 大観覧車
 広場では大道芸をやってました。(この日は土曜日)
 これも見慣れた光景。観客は横浜に比べると少ないけど、パフォーマーは一所懸命。
 そのいじらしさが伝わってきました。
大道芸 
 マーケットプレースの外側は天保山埠頭。
 素晴しい眺めです。観ていて飽きません。
 埠頭の内側は倉庫街。これも山下埠頭で見慣れた光景です。
天保山埠頭 天保山埠頭の倉庫街
 「おや?」
 壁面に妙な図柄。黒と白の縞模様ですが、よく見ると人の横顔に見えます。
 「歓迎 WELCOME」と銘打ったこの絵はグラフィックデザイナーの福田繁雄さんのデザインによるもの。
福田繁雄作・歓迎 
 さらに岸壁に沿って南西に進むと大きな船が停泊しています。サンタマリア号。
 大阪港周遊の帆船型観光船です。(乗船料1600円)
 サンタ・マリア号といえば、1492年コロンブスがアメリカ大陸に上陸したときに乗っていた船。
サンタマリア号 
 そんな恐れ多い船で大阪港を周遊できるとは。
 乗船料もけっして高くないし、大いに惹かれましたが、他に行きたいところもあったので、これはまたの機会にして、マーケットプレースのなかに入りました。
なにわ食いしんぼ横丁 
 なかはふつうのショッピングモールなので、それほどの妙味はありませんが、いかにも大阪らしいと思ったのは飲食街の「なにわ食いしんぼ横丁」
 ちょうど腹も空いていたので、ここの「まぐろ屋・天」という店でねぎとろ丼を頼みました。
ねぎとろ丼 
 美味かったです。