山下公園にきました。
 いつもはここから歩くか地下鉄に乗るのですが、「たまには夜景を見てやれ」とシーバスに乗り込みました。
 山下公園の船着き場から、横浜駅東口へ行く船が出ています。
     

 まず見えるのが市街地の夕焼け。
 海から見るとこの方向はちょうど西。太陽が沈む方向です。

横浜市街地の夕焼け 

 船は赤レンガ倉庫の船着き場へ。沖から見るとこんな光景です。
 その左はランドマークタワー、クイーンズスクウェア、コスモクロック(観覧車)、ヨコハマグランド・インターコンチネンタルホテル。

赤レンガ倉庫沖から見る市街地 

 ぷかりさん橋から見るとこんな景色。
 コスモクロックとランドマークタワーの位置が違っていることにご注目あれ。

ぷかりさん橋から見る夜景 

 臨港パーク沖から見る夜景。
 左はヨコハマグランド・インターコンチネンタルホテル、正面はパシフィコ横浜。

臨港パーク沖から見る夜景 

 船はそこから入り江に入り、みなとみらい橋に向かいます。
 左手に(船の左側に坐っているので)みなとみらい21のビル群が見えます。

みなとみらいのビル群 

 船はみなとみらい橋をくぐり、ヨコハマポートサイトに入りました。
 右手に見える大きなビルは富士ゼロックスR&Dスクエア。

ヨコハマポートサイトへ 

 終点の横浜駅東口です。
 30分あまりの船旅でしたが、なかなか面白かった。途中波をかぶるハプニング(どの写真?)もありましたが。

横浜駅東口に入る 

 たまにはこういう帰り方もいいかな。

    

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 中華街にやってきました。
 昔、豚足ソバの好きなヤツがいて、その男と横浜にくると関帝廟近くの(路地に入った)店で食べたものですが、その男と疎遠になると行かなくなりました。

中華街大通り   

 ここ10年ぐらいは、香港路の適当な店に入っています。
 私はグルメではないので、「○○の△△が美味い」ということにはあまり興味はありません。
 それに中華街に精通したブロガーさんによると、このところ店の変遷が目まぐるしいようなので、私のような地方者は(美味い店情報については)端からあきらめています。
 どの店もそこそこ美味い……これでいいのではないか。

香港路 

 とはいえ同じ香港路「K」閉店の貼紙には愕然としました。
 同店の閉店についてはブロガーさんの記事で知っていましたが、現実に貼紙を見るとやはりショックです。
 貼紙には「店舗並びに店舗向かいの倉庫の改築を行うこととなり、平成29年7月1日より、当面休業を余儀なくされました」とあります。そして末尾には「次期店主 ○○○」とも。

閉店の貼り紙 

 「これは代変わりだな」
 だとしても告知から2ヶ月以上そのまま(09/14現在)というのはおかしい。改装というなら閉店した翌日から何らかの工事に取りかかるはず。すぐに再開できない事情がある?
     

 この店は子どもが小さいころ家族で何度か入ったことがあります。
 ここでは一品ものを何皿か頼んでみんなでシェアして食べるというスタイルでした。
 比較的大衆的な値段で、料理も美味かったため、いつも開店前から長蛇の列ができるほど。それを女将さんがテキパキとさばき、その活気ある姿もサービスの一要素のような店でした。

 

 しかし子どもの手が離れ、ひとりになってみるとこのスタイルは合わないので、自然に遠のき、同じ香港路でも比較的安い定食(800円ぐらい)ですますようになりました。
 それにこの店の前を通っても、以前のような長蛇の列はなかったように思います。

チャイナスクウェア

 これは中華料理に対する意識の違いにあるのではないか。
 私は4年前、俳句会の爺さん婆さんたち(10人)を引率して横浜へきたことがありますが、このとき入ったのは香港路のとある店で、みんな同じ定食を注文しました。料理は7~8種類あり(杏仁豆腐も付いていた)、ひとり1600円程度。
 これは日本のお膳料理の食べ方ですが、みんな大満足でした。
        

 中国の人ならこんな食べ方をせず、一品ものを何皿か頼んでみんなでシェアして食べるでしょう。そのために真ん中に回転卓がある。
 しかしこの方式は日本人には合わないのではないか。
 食べる人と食べない人が出てくると不公平感が生じるし、逆に譲り合ったりして余計な気を遣う。
          

 これは年寄りだけのことではないのではないか。
 現に私も友人と食事したときは、それぞれが定食を頼み、皿をシェアすることはなかった。
 そう思って中華街を眺めてみると、圧倒的に定食の看板が多い。そして最近は食べ放題の店。
 (食べ放題は皿をシェアしない)
 そしてここ10年ぐらいで増えた小籠包などの立ち食いの店。

立ち食いする人たち 

 これが最近の中華街の傾向で、高級店はいざ知らず、中国方式の大衆店は次第に取り残されていくのではないか。
 これは地元の人ではなく、よそ者が大局的に(?)見た中華街の流れです。

 ちなみに「K」の貼紙には「なお、再開の予定が立ち次第、店頭並びに開設予定のホームページにてお知らせいたしますので……」とあります。
 次期店主はこれらの事情を踏まえて再開するのでしょうか。あの元気な女将さんは店に出るのか? 気になります。
  

 この日はまだ腹が空いてなかったので、どこにも入らず中華街をあとにしました。

   

 (09/24)の続きです。
 山手通りから代官坂を元町方向に下りました。
 この坂はけっこう急です。

代官坂を下りる 

 少し下りると左手に有名なダンスホール「クリフサイド」が見えます。
 私は一度も入ったことはありませんが、川越の友人(元編集者)は出版記念パーティでここを使ったそうです。

クリフサイド 

 パーティは盛況だったのですが、来賓者にヤ―さんめいた人が多く、あとで上司に怒られたとか。
 それもそのはずこのとき出版された本というのが「聞き書き・横濱物語」
 元ヤ―さん(?)の松葉好市氏が語り、それを小田豊二氏が筆記したもの。

 私はヤーさん関係の自叙伝を何冊か読みましたが、押しなべて「若いころからケンカが強かった」「女にモテた」ということが書かれています。
 この本もその例外ではありませんが、戦後横浜の裏事情も描かれていて、例えば野球の強い横浜高校や武相高校は、昔は不良の行く学校だった。(改めて野球部の指導者に感謝)

「横濱物語」 

 さらに、美空ひばりは横浜出身でありながら横浜を捨てた。
 その理由は、彼女の実弟が横浜でさんざん乱暴狼藉を働き、地元ではひばり一家の評判が悪くなったから、というもの。
 これなどは横浜の裏事情を知っている人ならではの話でしょう。

 話が脱線しましたが、代官坂のクリフサイド側はトンネルになっていて、坂を上らなくても本牧方面に出られます。
 この光景は代官坂の特徴をよく表していると思います。

坂とトンネル(右はクリフサイド) 

 もう少し坂を下りると、左手に古めかしい屋敷が見えます。
 これこそ代官坂の坂名由来の場所で、ここに横浜村名主・石川徳右衛門が居住していたからとか。(表札には「石川」の名が)

坂名由来の屋敷   

 元町に出たところの角に喫茶店があったので、そこでひと休みしました。

喫茶店 

 今、元町はチャーミングセールで賑わっているそうですが、この日(09/14)はごくふつうの賑わいでした。

  

2017.09.24 山手の初秋

 噴水広場からとなりの山手111番館に入りました。
 10月半ばになるとハロウィンのデコレーションが施されるのですが、今の時期はなにもなく、それがかえって普段の西洋館のようで、静かな佇まいです。
  

 1階ホールの上の回廊へはふだんは上がることはできませんが、毎月第2金曜日の午前・午後、先着20人のみ上れるそうです。
建物の老朽化もあって制限しているのでしょうが、私はもうあきらめました。

山手111番館のホール   

 それよりもここから見る外の景色は素晴らしい。
 この前の通り名はわからないけど、一応は山手の道。(左へ行けばワシン坂)

山手111番館から見る山手通り(ワシン坂?)   

 山手通りは横浜気象台の角にできた見晴らし台から見る景色がいい。
 右は外人墓地、左はレストランのある建物。これが邪魔をして通りの先を見えにくくさせていますが、そこがまたニクい。

見晴台から見る山手通り 

 さすが「日本の道百選」に選ばれているだけのことはあります。

山手通り(代官坂上)  

 エリスマン邸2階の山手資料室には山手のジオラマが展示されています。

展示されている山手のジオラマ   

 西洋館のなかでも魅力があるのは、となりのベ―リックホール。

ベ―リックホール 

 外観だけではなく、内部も。
 ホールではときどき演奏会も行われます。

1階のホール

 さらに歩くと代官坂上の交差点。

山手通り(代官坂上) 

 ここから見ると、元町側も本牧側も下り坂。つまり山手通りは尾根道であることがわかります。
 今の時期は催し物がないので静かなもの。それがかえって味わいを感じさせてくれます。

  


 港の見える丘公園にやってきました。

港の見える丘公園・上り口   

 ここは横浜観光の定番。
 開園(昭和37年=1962)当時は港の景色が見渡せただろうけど、今は海岸沿いに雑多な建物や湾岸道路ができたため、あまり景観がいいとはいえないけど、目の前にベイブリッジが見えるのが辛うじて面目を保っています。(夜景は素晴らしいそうですよ)

テラスから見る港の景色   

 この日は絵画趣味の人たちが熱心に絵筆を走らせていました。

写生に余念がない 

 そこから沈床花壇へ。
 噴水の向こうに見えるのは大佛記念館です。

噴水の向こうは大佛記念館 

 大佛次郎氏は私を横浜好きにさせた「恩人」ではありますが、記念館は素通りして(何度も入ったので)、霧笛橋へ。(この橋名も氏の作品にちなんだもの)

霧笛橋 

 この橋のたもとに唱歌「港」の歌碑がありました。
 ♪空も港も夜は晴れて~
 たしか小学校で習ったことがありますが、これはこの港の歌だったのか。
 歌碑の下には、「日本初のワルツ・明治29年吉田信太作曲・唱歌 港 の作曲碑」とあります。

唱歌「港」の作曲碑 

 霧笛橋の下はローズガーデン。
 もともとこのあたりはバラの名所として知られていたのですが、整備されて平成11年(1999)洋風庭園として開園されました。約1800本のバラが植えられているそうです。
 この日はまだ秋バラの季節には早かったけど、庭の景色は素晴らしい。

ローズガーデン・四阿

 四阿は上から見るとこんな景色。これもなかなかのものです。

上から見る四阿  

 ローズガーデンを上ると噴水広場に出ますが、この噴水は「横浜水道創設記念噴水塔」というのだそうですが、これはわが国初の近代水道を記念してつくられたもの。
 ただしこれはレプリカで、明治20年(1888)横浜停車場(現JR桜木町駅)広場に設置された本物の噴水塔は保土ヶ谷区にある横浜水道記念館中庭に保存されているそうです。

水道創設記念噴水 

 ここを辿ってくるだけでも、横浜の歴史の一端が偲ばれるというもの。