一昨日(07/29)に続いて昨日(07/30)も川越夏まつりに行ってきました。
 前日は午後から大雨が降ったけど、この日は午前中に上がり、曇天ながら雨の心配はなかろうということで。
  

 相変わらず一番街は大勢の人。

蔵造り一番街 

 ♪ピ~ヒャラ、ピ~ヒャラ、テンテケ、テンテケ……
 山車の引き回しも出ました。

山車の引き回し   

 大正浪漫通りと連雀町では太鼓の演舞が行われていました。

連雀町にて   

 迫力からすれば、大正浪漫のほうに分があったかな。(腹にズシンときたし)

太鼓の演武 

 音といえば火縄銃の実演。
 川越藩火縄銃鉄砲隊保存会の方々(約15名)がズラリと陣を構え、指揮役の「弾込めえ!」の合図に隊員たちは銃口から火薬を詰め、棒で押し込み、弾を入れ、キッと構える。

鉄砲隊   

 そして「撃て!」の合図にズドン!
 時間差を置いて別の隊員がズドン!
 (いずれも空砲です)

火縄銃実演 

 この射撃音に父親に抱かれていた幼児が「ギャーッ!」
 射撃音については、昔見た府中市の火縄銃保存会の実演のほうがはるかに大きく、「ドーン!」と耳をつんざくような音で、腹にも響きました。
   

 それに比べればこれは大したことはない。これぐらいの音で泣くなよ、川越坊主。
 (うちの子は泣かなかった)
     

 夜はジャズの演奏もあるとのことでしたが、これでじゅうぶん。

         

スポンサーサイト
2017.07.20 違うだろッ

 「このハゲエーッ! 違うだろ」
 ポスターをみてすぐ思い浮かんだのがこのことば。
 この人、ここ(新座市)が地元だったんだよね。

川越街道にて 

 場所は川越街道の跡見女子大を出たところ。
 ポスターは健在でした。それも向かい側には4枚も並んでいる。これも無傷。
 (ただし本人はお隠れになっているとか)

向かい側も   

 「こんな議員、地元の恥だ」と破る人は誰もいない。(地元の人は温かい)
 もっとも破ったりしたら犯罪になるからね。

ポスター   

 この人も安倍政権の足を引っ張ったけど、稲田サンに比べればごく微量。
 稲田サンは思いっきり泥沼に引きずり込んだ。
    

 しかし本当に足を引っ張ったのは当の安倍サン。
 「国民には丁寧に答える」といってるけど、「丁寧にうそをつきます」ということ?
 いくら「岩盤規制に穴をあける」と正当論をぶっても、それで国民は納得するのか。それに「ではなぜ加計学園か?」と問われたらどう答える。
 まさか本当のこと(加計学園は私の肝入り?)はいえまい。政治家としてアウトだ。
      

 だから、あくまでもしらばっくれるしかないけど、官邸が文科省に圧力をかけたのは「事実」なので、和泉補佐官が勝手に忖度して暴走した、という「図を描く」しかないんじゃないの。
    
 この「図」を安倍サンはどう演じるのか。
 和泉補佐官を悪者にして、「私は関係ない」と突き放すのか。
 それとも「有難いけど、そのやり方はどうか」と本音を吐露するフリをして、さらに和泉補佐官をかばう。「みんなに悪気はなかった。忖度がひとり歩きした」
 いささか臭い芝居だけど、国民の情に訴える。その際「私も妻も軽率でした」との反省と謝罪もほしい。
 プライドの高い安倍サンがここまでやれば、私としてはぎりぎりセーフ。しかし国民の大半、マスコミなどはもっと厳しいかも。
     
 これ以外に国民を納得させる説明(論法)があるのだろうか。今の私にはそれしか思い浮かばない。
   
 それに比べれば「このハゲエーッ!」など可愛いもの。
 どうせ自民党を離れたのだし、いっそ野党になって稲田サンや安倍サンに「違うだろッ」とやれば面白いのに。
    
    

 ここは何度もきているので、それほどの感慨はありませんが、この丸の内駅舎が復元営業された当時(5年前)は、「こんなに立派になったのか!」と感激したものです。
  

 復元営業されたのは2012年の10月1日。
 私が訪れたのはその4日後でしたが、大勢の人であふれかえりました。
 「きれいになったのう」
 「目の黒いうちに見られてよかった」
 お年寄りのよろこぶまいことか。

行幸通りから見た東京駅丸の内駅舎   

 友人で京都に住む写真家は、「復元東京駅いいね。京都にはこんな発想はないからなあ」といいました。
 たしかに京都駅は(リニューアルされた当時は)斬新だったけど、月日が経つと陳腐なものになっていく。
 その点、古典は時代がどう移ろうと普遍的な存在感を保持します。
 ただしそのためにはレンガひとつにも極力当時に近いもの特注したりで莫大な費用がかかりました。

南側から見た駅舎   

 この東京駅、実は太平洋戦争の戦災により南北のドームと屋根・内装を焼失し、戦後、3階建ての駅舎を2階建てにして復興しました。
     

 そんな経緯はつゆ知らず、私は上京以来「こんなものだ」と思って見てきました。
 事実を知ったのは、「東京駅の復元工事が進められています」とニュースで知ってから。これは当方だけ?

南ドームの下   

 したがって今見ている(南北のドームと3階建ての)駅舎が創建当時(大正3年=1914)の駅舎に限りなく近いことになります。
 それにしても、全長335mは長い。(撮影泣かせ?)

ドームの天井   

 ところで、これは(↘)4年前(2013年)の4月25日、近くのKITTE館から撮った駅舎です。

KITTE館から見た丸の内駅舎   

 オープンしてから半年なので、しっとりときれいなものです。
 それに対して今の駅舎は幾分色褪せて見えます。
 もちろん気象条件によって写り方の違いはあるけど、「これが4年の歳月か」というのが当方の実感です。
 

 ※今回のシメ句は割愛します。
   

 赤レンガ倉庫の中庭です。
 ここは毎年、立体的でインパクトのある凝った花壇の飾りつけをするのですが、今年は主役を他のガーデンネックレスの会場に譲ったのか、意外に地味であっさりした飾りつけ。

散歩道①    

 ネーミングも「NAKANIwA  FLOWER  GARDEN」とそのまんま。
 「今年は従来までの草花鑑賞を楽しむ花壇スタイルから、草木を多く取り入れ自然の中で散策している感覚を味わえる庭園スタイルへと構成を変更。NAKANIwA(中庭)のタイトルが示すように、歴史的建物に挟まれた空間に、様々な地域の里山の風景を切り取ったナチュラルガーデンが出現する」(解説)
 要するに、あまり凝らなかったということでしょう。
  

 入ってみると、ふつうの里山の風景。
 牧場のようなところに風車が建てられ、馬がいたりして。

牧場の風景   

 海へ向かうと、公園の散歩道のようで、なんとなく落ち着きます。
 これなら赤レンガとマッチして、一年中このままでもいいような気もするけど、いかにもお年寄りの徘徊向き。あっちの庭はこんな感じかな。

散歩道②  

 若者にとっては面白みに欠けるし、これでは年末のイベントなどできなくなる。

 その近くの新港中央広場。
 ふだんは目立たないところだけど、今回はガーデンネックレスの展示が施されています。

 風のとおり道。
 明日は明日の風が吹く、ハマにはハマの風が吹く。

風のとおり道   

 しあわせ運ぶフラワーケーキ。
 フェリス女学院大学の作品。黄・赤・白はフェリスの校章の色だそうです。

フラワーケーキ 

 でもやはりチューリップかなあ。
 バックの赤レンガ倉庫が効果的で、絵になります。

チューリップ花壇 

 風薫るギャルの手掛けし花壇にも
        

 当方の趣味ではないけど。

 

 久しぶりの川越・大正浪漫通りです。

大正浪漫通り   

 川越を代表する蔵造り一番街の東側に平行する200mほどの商店街で、大正時代のレトロな店が30軒ほど並んでいるので、そう名づけられています。

レトロな喫茶店   

 今の時期、通りの上を数多くの小さな鯉のぼりが下がっています。その数500尾。

鯉のぼり①   

 これは一尾一尾子どもが描いたもので、それぞれ「みずき」「ゆうた」など、名前が書かれています。なかには幼稚園児の作品もありました。
  

 昔からの「教科書」販売の店?
 実際はふつうの書籍も販売しているのですが、ちょっと入りにくい印象を与えます。
 この日は休みでしたが。

教科書の店?   

 手づくりのブティック。
 以前、ふじみ野市の歴史資料館で草木染めのことを教えてもらったので、多少の興味はありますが、気後れして入るのはやめました。

草木染め?   

 通りから外れると、こんな人も。意味不明です。

通りの外れではこんな人も   

 でもやっぱり鯉のぼりだよなあ。

鯉のぼり②   

 吊るされて干物にならむ鯉のぼり