2月末に歯を抜かれて3ヶ月。
 抜いたあと(右横の下)を義歯で埋め込みます、ということで今月の8日、歯科医を受診したのですが、その5日ほど前から反対側の左横の下歯に痛みを感じたので、医師にそのことをいうと、「じゃあ、写真を撮ってみましょう」
     

 医師は写真を示しながら、「これは根元が折れてますね。それにぐらつきもひどい」
 それは鏡でも確認しました。
 「これは歯茎が弱ってきたからですか」
 「いや、あなたの歯茎は元もと弱いのです」
 これにはガックリ。
     

 「で、これを抜くのか、前回抜いたあとを埋めるのか、どちらを先にします?」
 と聞かれました。
 うーん、一瞬迷いましたが、ぐらついた歯を放置するのは少々不安だったので、「抜くほうを先に」
 医師はうなずいて、「では次回抜歯しましょう」
 日にちは15日(金)にきまりました。
     

 ところが今回は、化膿止めの抗生物質を処方され、「前日(14日)から食後に2錠ずつ飲んでください」
 これまで歯を抜かれたことは何度もありますが、前日から薬を飲むのは初めて。
 いつもと違う、「ただならぬ気配」(?)を感じました。
      

 それとは関係ないのですが、抜歯日の3日ほど前から、「あれッ、変だな」
 右の奥歯に軽い沁みを感じるようになりました。
    

 ここへきて連鎖反応的に歯にガタがきているのだろうか。
 少し不安になりました。

       

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 長々と続けてきた紫陽花の鎌倉シリーズ、トリは長谷寺です。
 ここは明月院と並ぶアジサイの名所で、この時期は多くの拝観客で賑わいます。

長谷寺・山門(出口) 

 拝観料(300円)を払った際、拝観券とともに「あじさい路・入場整理券」を渡されます。
 6年前きたときはどうだったっけ。 何らかの入場制限はされていたように思うけど……。
 当方のグループの番がくるまでちょっと待たされるけど、観音堂で巨大な金色の観音像(撮禁)をじっくり拝観してからなので、ちょうどよかった。
  

 あじさい路の入口からすでに満開のアジサイ(一部鉢植えも)。

あじさい路入口(観音堂前) 

 あじさい路はすぐに上り坂。これがけっこうな急勾配。

あじさい路(後続がどんどんやってくる) 

 この勾配は、この写真で見るとよくわかると思います。
 急なところだと45度ぐらいあるのではないか。

あじさい園・斜面の勾配 

 それだけにアジサイの撮り方は難しい。
 あじさい路から上の景色を撮っても角度があるため目の前のアジサイしか撮れず、下を撮っても下方のアジサイはよく撮れない。(空中から撮るしかない?)  
 これは良縁地蔵と。(6年前あったっけ?)

良縁地蔵と 

 当寺のアジサイは40種、2500株が山の斜面にびっしりと咲いているそうですが、これらを隈なく撮るのは不可能なので、あじさい路の全容を伝えるほうが賢明ではないか。

 あじさい路は所どころに出っ張った個所があり、そこから来し方を撮ると、この状況がよく捉えられます。アジサイではなく、人の行列。

来し方を振り返ると 

 しかしアジサイもこうして見るとなかなかのもの。

斜面のアジサイ 

 上りより下りのほうがいい景色が見られるような気が。
 これは下が経蔵(転輪蔵)だし。

下は経蔵(転輪蔵) 

 ときには振り返って撮ると、思わぬ風情が。

振り返ると… 

 ということで、長谷寺・あじさい路の景観は何とか伝わったかな。
 
    

 河津桜は富士見江川(富士見市)だけではなく、おとなりのふじみ野市でも見ることができます。
 上福岡駅前から南西に延びる上福岡駅前通り。
 この通りの歩道の一画に河津桜が植えられていて、毎年この時期に花を咲かせます。

駅前通りの一画   

 1本だけですが、これが意外に華やかです。

駅前通りの河津桜  

 この河津桜の一角に妙な石柱が数本立っています。
 すべてベートーベンの音楽碑で、そこには「エリーゼのために」の真相が書かれています。

ベートーベンの音楽碑   

 それによると、この作品はベートーベン41歳のとき作曲されたものの、当時彼の知り合いのなかではエリーゼという女性はいなかった。後年ベートーベンの筆跡研究家が調べた結果によると、エリーゼではなくて「テレーゼ」とも読めるとのこと。テレーゼなら、当時彼が想いを寄せていたテレーゼ・マルファッティではなかったか、というものです。
 これが名曲であることには違いないので、当方にとってはどちらでもいいのですが、なぜこんなところにベートーベンの音楽碑があるのかが不思議です。
   

 河津桜は駅の反対側の福岡中央公園でも見られます。
 同公園の県道並木川崎線沿いに4本ほど。

福岡中央公園の河津桜①    

 うーん、今イチ物足りない気がしたのはごくフツ―の公園(?)だからか。
 (同公園が昔の爆薬工場跡地であることは承知しています)

福岡中央公園の河津桜② 

 それとも葉桜になっていたからかな。
    

 ついでにいうと、エコパの近くの民家の河津桜も葉桜でした。

民家の河津桜 

     

 神田明神の北側は蔵前橋通り。それを渡ると石段があります。
 かなりボロいけど、横浜駅西きた口から旧東海道に上る景色に似ていなくもない。

石段を上る   

 当然上りました。
 上ると坂道。これを妻恋坂といいます。

妻恋坂   

 坂道を上ると右手に神社の鳥居が。妻恋神社です。

妻恋神社・鳥居   

 由緒書きによると、
 「その昔、日本武尊(やまとたけるのみこと)が東征の折この地に滞在し、倉稲魂神(稲荷神)を祀ったことが起源である。また日本武尊が三浦半島から房総へ渡るとき、大暴風雨に遭い、妃の弟橘媛命(おとたちばなひめ)が身を海に投げて海神を鎮め、尊の一行を救ったことから、妃を船魂神(海神)として当社に祀ったという」

妻恋神社・拝殿    

 この話は、その現場だった横須賀の走水(はしりみず)神社にも書かれていました。
 両社とも、奥さんによって助けられたとの思いで建てられたのでしょうか。
       

 またここは江戸時代、正一位妻恋稲荷大明神と呼ばれ、「稲荷番付」では筆頭にあり、高い社格を有した、とあります。
 当時は多くの参詣人が集まり、関東各地の求めに応じて稲荷社を分霊したり、野狐退散の祈祷を行ったそうです。

妻恋稲荷神社   

 その割には祠がショボい?
 何をいっておる。ここは妻を想うということで今なお恋愛成就、家内安全(夫婦相和し?)祈願の神社としてひっそりと(?)営まれているというから、それでいいのである。
 信心と見てくれは何の関係もない、と神はおっしゃっておるぞ。ははーッ。

       

2018.02.19 神田明神の梅

 湯島聖堂の北側にある神田明神(正式名は神田神社)。
 神田神社は神田・日本橋・秋葉原・大手町・丸の内・旧神田市場・築地魚市場など108か町会の総氏神。二年に一度行われる例大祭は江戸三大祭りのひとつです。

神田明神・鳥居    

 由緒書きによると、ご祭神は
 一ノ宮に大己貴命(おおなむちのみこと、だいこく様)、
 二ノ宮に少彦名命(すくなひこなのみこと、えびす様)、
 三ノ宮に平将門命(たいらのまさかどのみこと、まさかど様)

神田明神・随神門    

 創建は天平2年(730)、千代田区大手町の将門塚近くにあったものを、江戸城拡張に伴い、家康が表鬼門に当たるこの地に移したとのこと。
 将門は朝廷に叛乱を起こした東国のヒーローだけに、ここは霊気の強い神社として知られています。

神田明神・御社殿   

 当社の境内には銭形平次の碑もあるけど、今回は省略。
 それよりも裏手の末社にある梅を拝観いたしました。
 まずは金刀比羅大神の紅梅。

金刀比羅大神の紅梅   

 そして末廣稲荷神社の白梅。

末廣稲荷神社の白梅   

 湯島(天神)の白梅とまではいかないけど、この時期ならではの風情を味わいました。