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 日本大通りの突き当りは横浜公園。
 そのなかに「彼我庭園」という日本庭園があります。

彼我庭園の紅葉① 

 ここは幕末の横浜港開港当時には遊郭があったところですが、慶応2年(1866)の豚屋によって焼失。明治になって公園建設が着手され、明治9年(1876)外国人居留地運動場(クリケット場)を含んだ西洋庭園が開園されました。
 外国人(彼)と日本人(我)の双方が利用できるということで、「彼我庭園」と呼ばれました。

庭園内① 

 やがてクリケット場は野球場になり(現横浜スタジアム)、公園の一画に遊郭「岩亀楼(がんきろう)」の石灯篭や、水琴窟などが配置された日本庭園が造られました。

彼我庭園・人工池 

 今ではこの日本庭園のことを「彼我公園」と呼ばれています。

庭園内② 

 さらに平成29年(2017)には門も造られ、水琴窟のあるところは新たに竹垣で囲われました。
 これがなかなかの風情。

竹垣に囲われた水琴窟 

 この季節、ここの紅葉を愛でるのが私のささやかな楽しみになりました。

彼我庭園の紅葉② 

 今年も見られてよかった。

     

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 日本大通りにやってきました。
 象の鼻から横浜公園を結ぶ約400mの道路で、幅は36m。

日本大通り(海岸近く) 

 道の両側にはイチョウが植えられているので、この季節は黄一色に色づきます。
 これは神奈川県庁(キングの塔)

神奈川県庁(キングの塔) 

 他には横浜地方裁判所や日本新聞博物館など由緒ある建造物も多く、それが黄葉とマッチして独特の風情を醸し出します。

日本大通り(地検近く) 

 この通りは明治8年(1875)横浜公園がつくられたとき、都市計画の意味もあってつくられました。設計は横浜公園と同じイギリス人建築家リチャード・ブラントン。

日本大通り(オープンカフェ近く) 

  当時は歩道3m、植樹帯9mを含む36mの幅員を持ち、日本初の西洋式街路として、横浜のメインストリートになりました。
 この道路が「日本大通り」と名づけられたのはその5年後です。

横浜公園側から見た日本大通り 

 この時期は何度通っても飽きません。

    

 昨日(12/04)は久しぶりに横浜へ行ってきました。
 今年は紅葉が少し遅いのか、今が見ごろです。
 先ずは横浜美術館前。
 主な樹木はメタセコイア(スギ科)とモミジバフウ(マンサク科)。

横浜美術館前の紅葉 

 上はいちょう通り側から撮ったもの。
 美術館の前は広場になっているので、実際に樹木が植えられているのは、両脇と向かいのマークイズみなとみらい側。

マークイズみなとみらい側① マークイズみなとみらい側②

 マークイズみなとみらい側から撮るとこんな感じ。

マークイズみなとみらい側から見る横浜美術館 

 けやき通りの歩道橋から撮ると、どうしても斜めになります。

歩道橋から見る横浜美術館 

 この歩道橋の紅葉、反対側を見ると背景にランドマークタワーが。

歩道橋の紅葉 

 これはこれで紅葉も意味を持ってきます。
 ちょっと説明っぽかったかな。

2019.12.04 中院の紅葉

 久しぶりのチャリによる遠出ということで、川越にきました。
 この時期は、やはり中院。
 先ずは鐘楼門の紅葉。

中院・山門の紅葉 

 次は阿弥陀堂。
 紅葉を愛でている(?)女性が邪魔ですが、「どいてくれ」というわけにもいかないし。

中院・阿弥陀堂の紅葉 

 中院は天長7年(830)慈覚大師により無量寿寺として創建しました。
 永仁4年(1296)、尊海が慈恵大師を勧請して当寺を再興し、北院(現喜多院)・中院・南院となる各房が建てられました。
 寛永10年(1633)仙波東照宮建造の際に当地へ移転しています。(HPより)
   

 これは山門側から見た本堂側の紅葉。

中院・山門側から見た本堂 

 これは島崎藤村が義母・加藤みき(茶人)のために建てた茶室「不染亭」前の紅葉。

中院・不染亭前の紅葉 

 「紫陽花の小径」の紅葉(モミジ)もなかなかのもの。

中院・紫陽花の小径の紅葉 

 他には十月桜(冬桜?)も見られました。
 今年は少し遅いようですが、毎年11月と3月に咲きます。

中院・十月桜 

 花びらが小さいのが難点。
 それがいい、という人もいて、人の好みは様ざま。

    


 国立駅といえば赤い三角屋根の駅舎。
 この駅舎は大正15年(1926)にできたものです。
 私が覚えているのは、北口と南口に改札口があって、南北間を通過するには駅舎を通過しなければならないことでした。
 これはとなりの国分寺駅も同じで、当時こういう駅は多く、「入場料を取ろうというのか。国鉄(当時)はセコイことをする」と思ったものです。

国立駅 

 しかし経営母体がJRに変わり、中央線が高架化した(平成23年=2011)ことによって駅の構造も変わり、国立駅も南北間が自由に行き来できるようになりました。
  

 駅周辺でいえば、私がよく寄ったのは南口のブランコ通り。
 ここには「ロージナ茶房」「邪宗門」という喫茶店があって、国立にくる度、交互に入りました。
 「前回はロージナに入ったから、今回は邪宗門にしよう」という具合に。
    

 「ロージナ茶房」は何となくロシアの雰囲気。ロージナとは祖国や大地を指す言葉らしく、それに路地裏をかけたとか(朝日2004/04/14)
 一方の「邪宗門」は古いランプや柱時計、火縄銃などが店内に置かれ、おどろおどろしい雰囲気で、妙な魅力がありました。

ロージナ茶房     

 しかし「邪宗門」は閉店になり、寂しくなりました。
 今回、久しぶりに「ロージナ茶房」でコーヒーを飲んで、出てみるとすっかり日は暮れ、通りはクリスマスイルミネーション。

ブランコ通り① 

 この商店街はちょっとシャレていて、歩くだけでも楽しい。

ブランコ通り② 

 他の商店街とはひと味違う、まさに文教地区の商店街?