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 昨日(10/22)は一年ぶりに北鎌倉の建長寺に行ってきました。

建長寺・総門 

 何度も説明しているので、今さら説明しませんが、臨済宗建長寺派の大本山です。
 山号を巨福山(こふくさん)と称し、正式名は建長興国禅寺(けんちょうこうこくぜんじ)。創建は建長5年(1253年)。だから「建長寺」と呼ぶのか。

 写真も昨年UPしたものは(総門を除いて)UPしません。
 唐門(からもん)です。方丈の正門。金ピカで、しかも大きい。圧倒されます。

唐門 

 方丈の内部。
 僧侶の読経中は撮禁なのですが、このときは僧侶がいなかったので。

方丈の内部 

 東司。トイレのことです。初めて知りました。私も利用させていただきました。

東司(トイレのこと) 

 ところで、この建長寺は地元の人にすこぶる評判が悪い。
 昨日、私が各所で出会った人々の間では悪評芬々(ふんぷん)でした。
 その理由はいずれ述べるとして、今回は建長寺の塔頭(たっちゅう)を少し。
   

 塔頭とは本寺の境内にある小寺のことで、祖師や高僧の墓塔を守るために弟子たちが建立したもの。建長寺の場合は、大半が非公開。
 天源院 (てんげんいん)。山号は雲閑山。本尊は釈迦如来。

天源院 

 正統院 (しょうとういん)。山号は天津山。本尊は文殊菩薩。

正統院 

 参道にあった母子の石像。

正統院・参道の石像 

 回春院(かいしゅんいん)。山号は幽谷山。本尊は文殊菩薩。
 方丈の裏手から半僧坊へ向かう途中を、右に折れた谷戸の奥にあります。

回春院・山門 

 菩薩さまは境内にも立っておられます。

回春院・菩薩さま 

 このお姿に当方の回春にも少しはご利益あったかな。

       

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2018.10.22 古い町並み

 近江八幡の魅力はやはり掘割(八幡堀)にあると思います。
 それも掘割を囲む建築物が昔の風貌を保っているところに、その魅力があるのではないか。
 このようなところは川越市の一部でも見られますが、ここは静かで厳かな佇まいがいい。

八幡堀と昔の家屋 

 そんなことを思いながら、この通りを徘徊してみました。
 新町通りです。

新町通り 

 ここは江戸中期から明治にかけての商家建築が建ち並び、国の重要伝統的建造物群保存地区に選定されています。
 またこの通りには江戸時代初期に豪商として名をはせた伴庄右衛門(五代目は文筆家・伴蒿蹊。著書に「近世畸人伝」あり)の屋敷が残され(旧伴家住宅)、今は郷土資料館になっています。

旧伴家住宅(現郷土資料館) 

 博労(ばくろ)町通り。馬喰町と書くところもありますが、ここでは博労町。
 城下町時代は大工が集まって住んでいたそうです。

博労町通り 

 白雲館前を通る大杉町通りは車の通りも多いメインストリートであるにも関わらず、昔の佇まいを維持しているようです。

大杉町通り 

 思えばこの一画には高層マンションをまったく見なかった。
 とすると、市全体で昔の景観を守ろうとする強い意志が働いているのか。その意気やよし。
 とはいえ観光地としては、なにか物足りない。
     

 八幡山の下りロープウエーで「千葉からきた」という老夫婦とご一緒しましたが、彼らはこの地に二泊三日しているそうです。当方なら5時間ほど歩き回ったら、もう飽きるよ。
  
 ここへはもうくることはないかな。

 明治橋の近くにある銅像広場です。
 これはウィリアム・メリル・ヴォーリズさん(1880~1964)の銅像。

ヴォーリズ銅像広場 

 手前の少女が花束を差し出そうとしています。
 この人物がいかにこの地の人々に愛されていたかがわかります。

 実はここへくる前、白雲館の観光案内所で、こんなやり取りを交わしました。
 「八幡堀を歩き回り、日牟禮八幡宮にも行ってきました。あと、何がありますか」
 「かわらミュージアムは行きましたか?」
 「行きました」
 「八幡山には?」
 「さっき行ってきました」
 「そうすると、あとは水郷めぐりとヴォーリズ建築めぐりですかね」
      
 水郷めぐりはちょっと遠いし、時間もかかりそう。(夕方には京都に着かねばならない事情があります)
 そこでヴォーリズ建築について聞いてみました。「たしかに観光マップを見ると、あちこちにヴォーリズ建築がありますが、そもそもヴォーリズさんて方は建築家なのですか?」
 「いえ、最初は宣教師としてこられたのですが、教育者としても熱心で、さらにいろんな事業を起こしてこの地を復興させた方で、いわば近江八幡の恩人です」
 ふーむ、横須賀におけるヴェルニーさんのような方か。

 銅像の向かい側に近江兄弟社の本社があります。
 近江兄弟社といえば、皮膚の外用薬メンソレータムを日本で最初に手掛けた会社。
 これもヴォーリズによるものです。

近江兄弟社・メンターム資料館 

 その近くの「アンドリュース記念館」

アンドリュース記念館 

 そのとなりの教会。風格があります。

となりの教会 

 ヴォーリズ記念館。ヴォーリズ夫妻が住んでいた場所。
 観光案内所ではお薦めの場所だったのですが、行ってみると「予約者のみ」
 約束が違うじゃないか。ムッとしたけど、そこをこらえて外観のみパチリ。

 ヴォーリズ記念館

 旧八幡郵便局。

旧八幡郵便局 

 ここはなかまで入れました。

郵便局の内部 

 ヴォーリズ学園。なかのハイド記念館と教育記念館は入れるとのことだったのですが、入らず。

ヴォーリズ学園 

 西側にも寄りました。
 これはダブルハウス。
 当初は近江ミッションレジデンスとして使われていたそうですが、今は2戸の住宅です。

ダブルハウス 

 吉田悦蔵邸。
 ヴォーリズの教え子で、近江ミッションを支えていた吉田悦蔵の住居。

吉田悦蔵邸 

 旧八幡郵便局以外は外観見学のみ。
 一部入れるところもあるけど、有料。それも期日限定、あるいは予約制。
   

 ウィリアム・メリル・ヴォーリズ氏の年譜を見ると、彼が来日したのは明治38年(1905=24歳)。そして昭和39年(1964=83歳)にこの地で他界されました。
 しかし太平洋戦争前後のことはすっぽりと抜け落ちています。
 この間、彼はどのように生きたのか。日本政府、近江八幡の役所、市民は彼をどのように扱っていたのか、気になります。

      

 八幡山を降りて、日牟禮八幡宮にもどってきました。
 ここから白雲橋越しに鳥居を見ると、その向こうに一風変わった建物が見えます。

白雲橋越しに鳥居を見る 

 気になったので行ってみると、何やら由緒ありげな西洋館。

建物の前に行ってみると 

 これは「白雲館」といって、明治10年(1877)に建てられた八幡東学校の校舎を復元修理されたもので、今では観光案内所になっています。

白雲館・入口 

 八幡東学校は近江商人が子どもの教育充実を図るために建設されたもので、建設費6000円の大半が寄付によって賄われたそうです。
 開校当時の児童数は男子115名、女子117名と記されており、女子がわずかに多いのは、当時男子は丁稚奉公で江戸や大阪に出ていた者が多かったとはいえ、女子に対する教育の理解も進んでいたとされています。
   

 その後校舎は役場や信用金庫になり、老朽化のため空き家状態になりましたが、近江八幡市によって平成6年(1994)に復元修理され、現在に至っています。
 1階は観光案内書。
 2階は市民のための多目的ホール。ステンドグラスが見事です。

2階のステンドグラス 

 2階の窓から正面を見ると、前に日牟禮八幡宮の鳥居、背後(左上)の八幡山が見えます。

正面に見る八幡宮の鳥居 

 なお、白雲館の名称は、藤原不比等の和歌
 「天降(あまふり)の神の誕生(みあれ)の八幡(はちまん)かも 比牟礼の杜になびく白雲(しらくも)」
 に因む説や、鎌倉時代の臨済宗の僧・白雲慧暁(はくうんえいぎょう)から名づけられた説もあるとのこと。
    

 なるほど、目の前に架かる橋が白雲橋というのはそのためか。

     

 村雲御所・瑞龍寺門跡から降りると、しばらくして二の丸跡に着きます。
 一応、出丸→西の丸→北の丸→本丸(村雲御所・瑞龍寺門跡)と回って二の丸に下りてきたのだから、これで八幡山城の全容がほぼつかめたような……(?)。

二の丸跡 

 二の丸には展望館が建設されています。

展望館 

 展望館に入ってみると、1階は近江八幡の地形や八幡堀の成り立ちなど模型で説明されていて、むしろ資料館のよう。
 「どこが展望館だ」と思いながら2階に上がると、真っ暗ななかにぐるりと縄が張り巡らされている。なんじゃ、これは?

謎のオブジェ 

 ところがこれを一周した最後のところに怪しげな小部屋が。
 床には炭で埋め尽くされ、中央の床几には座布団。そして前には丸窓が。ははあ、これが展望室か。

怪しげな小部屋 

 そこからは近江八幡市の南西方面が見渡せます。
 向こうに見えるのは近江の山並み? 手前の屋根はロープウェー山頂駅。

展望館からの眺め 

 展望館の外に出ました。ここは展望台になっています。
 展望台からの眺め。
 向こうの湖は琵琶湖で、手前の湖が(八幡堀の源流になっている)西の湖であることがわかります。

展望台からの眺め 

 ここは展望館より下にあるのに、こちらのほうが見晴らしがいい。
 前に余計なものがないからか。(高ければ見晴らしがいいというものではない)
      

 しかしここにもハートマークが。
 当方にとってみれば、いささか興醒めですが、ここは「恋人の聖地」というらしい。

ここにもハートマーク 

 説明を読むと、ここは地域活性化、少子化対策の観点から「プロポーズにふさわしい場所」として認定されたスポットであるとのこと。

恋人の聖地 

 少子化対策とあらば仕方がない。この国の将来のためにも頑張ってや。