2018.02.19 神田明神の梅

 湯島聖堂の北側にある神田明神(正式名は神田神社)。
 神田神社は神田・日本橋・秋葉原・大手町・丸の内・旧神田市場・築地魚市場など108か町会の総氏神。二年に一度行われる例大祭は江戸三大祭りのひとつです。

神田明神・鳥居    

 由緒書きによると、ご祭神は
 一ノ宮に大己貴命(おおなむちのみこと、だいこく様)、
 二ノ宮に少彦名命(すくなひこなのみこと、えびす様)、
 三ノ宮に平将門命(たいらのまさかどのみこと、まさかど様)

神田明神・随神門    

 創建は天平2年(730)、千代田区大手町の将門塚近くにあったものを、江戸城拡張に伴い、家康が表鬼門に当たるこの地に移したとのこと。
 将門は朝廷に叛乱を起こした東国のヒーローだけに、ここは霊気の強い神社として知られています。

神田明神・御社殿   

 当社の境内には銭形平次の碑もあるけど、今回は省略。
 それよりも裏手の末社にある梅を拝観いたしました。
 まずは金刀比羅大神の紅梅。

金刀比羅大神の紅梅   

 そして末廣稲荷神社の白梅。

末廣稲荷神社の白梅   

 湯島(天神)の白梅とまではいかないけど、この時期ならではの風情を味わいました。

   

スポンサーサイト

 何の脈絡もなく、御茶ノ水・湯島聖堂。
 ここは元禄3年(1690)、5代将軍徳川綱吉によって建てられた孔子廟で、のちに幕府直轄の学問所となりました。
  

 大成殿です。孔子が祀られているので孔子廟とも呼ばれています。

大成殿   

 そこから下りたところにある楷樹(かいじゅ)。
 楷はうるし科の木で学名は「とねりばはぜのき」

楷樹    

 孔子の墓所に植えられていた木で、今日まで植え継がれてきたとか。枝や葉が整然としているので、書道の楷書の語源にもなったといわれています。
   

 そのすぐ近くにある孔子像。
 孔子像としては世界最大のもので。昭和50年(1975)台湾のライオンズクラブから寄贈されたもの。

孔子像   

 仰高門。
 この日(02/17)は土曜日ということもあって観光客が多かった。

仰高門    

 学問の殿堂だっただけに、受験シーズンは混むとか。
  

 湯島聖堂の東側は坂道になっていて、昌平坂と呼ばれています。
 幕府の学問所のことを「昌平坂学問所(昌平黌)」といい、この周辺には三つの坂があり、それらを等しく「昌平坂」と呼び、この坂もそのひとつ。

昌平坂  

 アカデミックな風情が感じられます。


 先日、例によってチャリで徘徊しようとして、わが家を出ました。
 道路はL字型になっており、すぐ左に曲がらなければなりません。
 ところが曲がったとたん向こうからおばさんが突進してきました。
 危ない!
 お互い急ブレーキをかけ、衝突は免れたもののおばさんは憮然とした表情。
 こちらはふつうに左側通行して曲がっているから、おばさんのほうが逆走なのに。
         

 実はこのおばさん(40代後半)はこの角の家の人。自分の家の前を曲がるのだから、家に入るのに近いほうから入るのは当然と考えたのかもしれませんが、それでも違反は違反。
 実際に衝突して裁判沙汰になればどうなるのかわからないけど、こちらは正当に左側通行しているのだから、明らかにおばさんに非があるはず。
  

 一瞬気まずい空気が流れましたが、一礼してその場を立ち去りました。本来なら「逆走だよ」というところですが。
 しかもこの前の大雪の日、私はこの家の前の雪をせっせとかいてあげたのに。(この家の人はひとりも雪かきに出てこなかった)
 そんなことを考えると、こちらとしては憤懣やるかたない。
  

 このところ自転車のマナーの悪さが問題になっています。
 先日も、女子大生がスマホをいじりながら自転車で走行して女性とぶつかり、死に至らしめたという事件がありました。
 私は携帯(ガラホなので)電話をいじりながら走行したことは一度もありませんが、スマホをいじりながら走行している人はよく見かけます。むろん若者に多い。
  

 それよりも私にとって苦々しいのは自転車の逆走。
 交通ルールでは自転車も左側のはずなのに、平気で逆走してきます。
 しかもすれ違うとき、ふつうなら左側に避けるのに、彼らは頑なに自分の右側(建物側)を固執します。間違っているのは自分のほうなのに、なんという傲慢な態度か。これは老若男女に関係ありません。
 なかには本格的な自転車ライダーの格好をした人が猛スピードで逆走してくることもあります。仏つくって魂入れずとはこのこと?
      

 なぜ右側通行するのかというと、その先で右折するからです。なかには右折はかなり先なのに長い距離を逆走している人もいます。
 むろん私だって(短い距離ながら)逆走することもあります。それは道路がY字状に交差しているなどやむを得ない場合。そんなときは歩行者やすれ違う自転車、車のドライバーに対して「申しわけない」という態度を示しながらゆっくり進むようにしています。
     

 私が子どもの頃、自転車で交差点を右折するときは、「まず反対側に渡って、それから右の方向に渡りなさい」と教わりました。信号がある場合は2度守らなければならない。
 しかし右側通行だと渡る必要がないので、信号に関係なく右折できます。これを彼らは「合理的」と考えているのか。
    

 右側通行は、道交法では罰金つき(金額は不明)の違反になります。「広報けいしちょう」(07年7月8日号)にも図解入りで「(道路の)左側の端を通行しなければなりません」と書かれています。
 また右折にしても、「自転車は交差点を一度で右に曲がれない」(朝日新聞07年7月4日号)と書かれています。私が子どものころ教わったこととなんら変っていません。
 しかし警察官は「自転車の右側通行」には甘いようで、交番の前でも平気で逆走する自転車を見かけます。警察官も注意しない。
     

 私は逆走自転車とすれ違うとき、必ず「逆走だよ」とやさしく声をかけることにしています。
 しかしみんな知らん顔。
 女高生は「フンッ!」とされるし、同年代のジジイは逆に睨んでくることもあります。
 みんな「変なジジイ」と思っているのかもしれません。(余計なことなのかも)
   

 それにしても、この前ぶつかりそうになった近所のおばさん。
 ひとこと「逆走だよ」といってやればよかった。今、思い出しても口惜しい。
 まだ人間ができておりません。

       

 昨日(02/15)の昼前、川越の友から電話がきて、「今朝の記事はショックだよ」
 私が書いた「癌は不意にやってくる?」です。
 「友人がバタバタとあの世に行って心細くなっているところへあの記事だろ。こちらは身体のあちこちにガタがきて、『そろそろヤバいかな』と思っているから身につまされたよ」
 「いやあ、こちらはほんの警告のつもりだったんだけど」
        
 このところ寒い日が続いたので徘徊はめっきり少なくなり、風景写真に絡んだ記事は控えがちになりました。
 それでも書くことはあるので、健康についても述べてみたのですが、こんな「効果」があろうとは。
 「今年は梅の開花が遅いからなあ。外へ出ても面白くないんだよ」
 「でもちらほらと咲いているようですよ。凍傷も治ったようだし、そろそろ徘徊を再開されては。今日は暖かくなるっていいますよ」
        
 そういわれて、午後から外に出てみました。
 なるほど、暖かい。
 鎌倉街道を南下して、藤久保の田園地帯に。
 ここに数本の梅の木が植わっているのですが、果たして……。

田園地帯    

 行ってみると白梅が咲いていました。

白梅が数本   

 それでも咲き始めたばかり。ここは陽当りがいいので早いのですが、他はまだだろうな。
 そんなことを思いながら、ここをあとにしました。

咲いている!    

 この日は暖かかった(3月下旬の気温とか)けど、今日はまた寒くなりそう。


 先日エコパに行ったとき、しばらく会わなかったおじさんの顔を見かけたので、「久しぶりだね」と声をかけると、「そうなんだよ。この1ヵ月ほど入院していたから」
 「えッ、入院。どこが悪かったの?」
 「胃癌でね。手術したんだよ」
 「えーッ、とてもそんなには見えないけど」
 「本当だよ、ほら」
 お腹のおびただしい手術跡を見せられては納得せざるを得ない。
 ふーむ、よほど予後がよかったのか。
   

 気になったのでいろいろ聞いてみました。
 「胃癌の手術というとやはり全摘ですか」
 「うん、3分の2を切られたからほとんど全摘に近いだろうねえ。おかげで1回の食事の量が極端に減ったよ。多く食べられないんだ。消化できなくて腸に負担がかかるからね」
 「なるほど」
 これは胃を全摘手術した王さん(巨人→ソフトバンク)の体験談でもよくわかります。
  

 「で、手術のあとは抗癌剤ですか」
 「いや、そんなものは飲まないよ。手術だけで終わり。あとは食事の摂り方なんかは教わったけどね」
 ふーむ、今は抗癌剤は与えないのか。それともこのおじさんだけなのか。
   

 「手術する前、なんかその兆候はあったのですか。胃が重苦しいとか」
 「いや、全然」
 「胃液がこみ上げてくるとか」
 「それもなかった。ただ便の回数が3回とそれまでより多くなったことぐらいかな。これとて大して気にしてなかったんだけど、検査受けたら胃癌だって。それで即手術」
 「えーッ」
   

 私がこれほどまでにしつこく聞くのには、胃癌で弟を亡くしたからです。
 彼の場合はその前から胃が重苦しく食が細くなり、ときには痛みがひどく、胃液がこみ上げたりする(逆流性食道炎)ことがあったそうです。
 あるとき全然食欲がなくなったので医者に診てもらったところ、2日前に食べたハンバーグがまだ胃に残っていた。「変だな」と思って精密検査したところ、胃の内部に大きな癌細胞が巣食っていることが判明。末期の癌で手術は不能、あとは抗癌剤治療しかなく余命1~3年といわれました。そして宣告通り1年後に他界しました。享年58。
   

 そんなこともあったので、思わずあれこれ聞いてしまいました。
 私の問いにおじさんはいやがりもせず答えてくれました。
 この齢になると隠すこともないし、「病気についてはお互いさま」という共通認識があるからでしょう。
   

 それにしても、なんの兆候もなく不意にやってくる胃癌もあると知らされてびっくり。
 改めて癌の恐ろしさを確認しました。